【1月17日 朝日】
【汚職疑惑の首相 野党リーダーは服役中 野党の立場で復権を目指すマハティール元首相】
多数派マレー系の他、華人系、インド系などの多民族国家(日本外務省HPによれば、マレー系67%、華人系25%、インド系7%)であるマレーシアは1957年の独立以来、現在の与党連合が政権を維持しています。
しかし、マレー系優遇策であるブミプトラ政策を根幹とした体制には近年揺らぎがみられ、かつて政権内部で副首相も務めたものの、内部抗争で政権外に追われたアンワル氏を軸にした野党連合が与党に迫る勢いとなり、2013年5月に行われた総選挙では初の政権交代があるかどうか注目されました。
この2013年選挙では、野党連合は得票率で上回りながらも議席では与党を下回る結果に終わり、政権交代は実現しませんでした。
その後もアンワル氏は政権交代に向けて活動を展開していましたが、2014年3月、2008年にアンワル氏が事務所スタッフの男性に「同性愛行為」をしたとして異常性行為罪に問われた事件の控訴審で、マレーシアの上訴裁判所は無罪とした2012年の1審判決を取り消して逆転有罪判決(禁固5年)を言い渡し、2014年3月に最高裁がアンワル氏の上告を棄却して有罪が確定しました。
アンワル氏の収監により、野党連合はその主軸を失うことになりました。
一方、与党・ナジブ首相には、政府系投資会社「1MDB」(ワン・マレーシア・デベロップメント)を舞台にした巨額汚職疑惑が持ち上がり、批判も強まっています。
その批判の急先鋒に立ったのが、ナジブ首相の“師匠”でもあるマハティール元首相。
マハティール元首相(92歳)は与党を離脱し、宿敵アンワル氏サイド(次期首相とも見られていたアンワル元首相を政権外に放逐したのはマハティール元首相でした)とも“手打ち”を行い、崩れかけた野党連合の再構築を図って、ナジブ首相へ挑戦しています。
****92歳、復権狙う マハティール元首相、マレーシア総選挙へ ナジブ氏と師弟対決****
マレーシアのマハティール元首相(92)が野党連合の首相候補として再び政権の座を狙っている。
与党連合を率いるかつての盟友、ナジブ首相(64)への批判を強め、好感度ではナジブ氏に迫るとの調査もある。3期目を目指すナジブ氏は汚職疑惑もあり、人気は低迷。今年前半にも行われる見通しの総選挙に注目が集まっている。
「マレーシアは近隣国との友好を大事にしたい。対決姿勢だった過去の時代にはもう戻らない」
16日、シンガポールでリー・シェンロン首相と会談したナジブ氏は記者団にこう語り、同国のリー・クアンユー元首相と厳しい応酬を繰り返したマハティール氏を皮肉った。
マハティール氏は1981年から5期22年にわたった首相時代、師弟関係にあったナジブ氏を主要閣僚として引き立てた。だが、2009年に首相に就任したナジブ氏がマハティール氏が進めたマレー系住民の優遇政策「ブミプトラ政策」の一部廃止に踏み切ったことなどから関係は悪化した。
■不正疑惑を攻撃
15年、政府系ファンド「1MDB」の資金をめぐってナジブ氏の不正流用疑惑が発覚した際は「国民の信頼を失った」と辞任を要求。16年には新党を立ち上げ、野党連合を主導してきた。
マハティール氏は今月7日、野党連合の首相候補に選出された。首相になるには下院議員になる必要があり、総選挙に出る予定だ。
下院の任期は6月24日で満了し、総選挙は遅くとも8月22日までに開催される。ナズリ観光相は7日、記者会見で「4月には下院は解散されるだろう」と語った。ナジブ氏は解散に踏み切れずにいるが、低所得者層などへの補助金を充実させた今年の予算の効果が出るのを待って解散するとの見方が強まっている。
与党連合は同国の独立以来60年以上にわたって政権を握るが、都市部では、ばらまき予算で地方を優遇する政策への不満が高まっている。
13年の前回総選挙で与党連合は議席数では勝利したが、得票率では野党連合を下回った。今回はナジブ氏の「政治とカネ」の問題もあり、首相周辺は「ギリギリの戦いになるかもしれない」と懸念する。
マラヤ大学のアズマン准教授が昨年7~12月に行った調査によると、「望ましい首相」としてナジブ氏を選んだのは21%。マハティール氏は18%だった。
ただ、現時点では地元メディアは与党優勢と報じる。都市部より人口当たりで議席が多く配分されている地方では今も与党人気が根強いからだ。
「ばらまきによって地方票を固める強大な集票マシンを作り上げたのはマハティール氏。それを本人が打ち崩すのは難しい」と政治評論家のオ・エイスン氏は分析する。
■野党に不協和音
野党連合内にも不協和音がある。連合を組む人民正義党のワンアジザ党首は、同国が刑法で禁じる同性愛行為の罪で収監中の野党指導者アンワル元副首相の妻。
アンワル氏は98年、当時首相だったマハティール氏と対立。副首相を解任され、同じ年に同性愛行為の罪などで1度目の起訴をされた経緯がある。アンワル氏の支持者には不満が残っており、連携の行方は不透明だ。【1月17日 朝日】
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原発問題で安倍首相を批判する小泉元首相が野党首相候補として選挙に挑む・・・といった感じでしょうか。
ただ、マハティール氏については、自身の息子の政治的扱いなど、ナジブ首相との権力闘争的な側面もあるとの指摘があります。
上記記事にもある「望ましい首相」に関する世論調査については、以下のようにも。
****マレーシア次期首相 世論調査でナジブ氏優位****
マレーシアは、5年に1度の総選挙が今夏に行われる。公立マラヤ大学が次期首相に関する世論調査を実施した結果、2009年から現職のナジブ首相が最も高い支持率を集めたことがわかった。現地紙ニュー・ストレーツ・タイムズが報じた。
調査は17年7~12月に主要12選挙区で行われ、次期首相に誰がふさわしいかという問いに対し21%がナジブ首相を挙げた。以下、2位が1981年から2003年に首相を務めたマハティール氏で18%、3位が1998年に副首相の座を解任されたアンワル氏で10%などとなっている。
調査担当者は「現時点では、ナジブ首相と政府が国民のための政策を示していると受け止められている一方、野党は自分たちに何ができるかをアピールできていないようだ」と分析した。(後略)1月23日 SankeiBiz】
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“世論調査でナジブ氏優位”とのことですが、マハティール氏とアンワル氏を足すと28%となり、ナジブ首相を上回ります。
前出記事にもあるように、マハティール氏とアンワル氏サイドには過去の因縁もあって、単純な“足し算”にはなりませんが・・・・。
ナジブ首相とマハティール元首相の間では、激しいやり取りがなされていますが、中国依存をめぐって、日本の名前もあがっています。
****マレーシア首相、「国の主権を中国に売却」に反論****
2018年1月25日、中国メディアの参考消息網は、シンガポールメディアの報道を引用し、マレーシアのナジブ首相が、中国からの直接投資に関連し「政府が国の主権を中国に売り渡している」とする批判が出ていることについて、日本を例に挙げて反論したと伝えている。
シンガポール華字紙・聯合早報によると、ナジブ首相は23日、「投資マレーシア2018」の基調講演で、こうした主張は「無責任な政治家によるもの」と反発した。
ナジブ首相は「中国と香港からの直接投資額を合わせると630億マレーシアリンギット(約1兆7600億円)だ。日本からの700億マレーシアリンギット(約1兆9600億円)よりも少ないが、私たちの国を日本に売っている主張する人は誰もいない」と指摘。「政府は中国だけでなく、日本や米国、欧州連合(EU)、インド、アラブ諸国からの投資も歓迎する」と述べた。
ナジブ首相はまた「現政権は、残された朋党主義に向き合わなければならない」とも述べ、名指しを避けながらもマハティール元首相を批判した。【1月25日 Record china】
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ナジブ首相が日本を持ち出したのは、“ルックイースト”で日本との関係を重視したマハティール首相への当てつけでしょうか。
【アンワル元首相釈放予定の報道も】
収監中のアンワル元首相については、釈放予定の報道も。
****同性愛罪で収監中の元副首相、6月釈放へ****
1/9 NNA ASIA
マレーシア連邦野党・人民正義党(PKR)の実質的指導者で、同性愛罪で収監中のアンワル・イブラヒム元副首相が、今年6月8日にもスランゴール州のスンガイブロー刑務所から釈放される見通しだ。8日付ニュー・ストレーツ・タイムズが伝えた。(後略)【1月9日 NNA ASIA】
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これが、刑期満了によるものなのかどうかは知りません。
6月というと、総選挙直前の微妙な時期です。
出所後5年は選挙に立候補できませんが、刑務所の中にいるのと、外で野党連合を支えるのとでは大違いです。
あるいは、アンワル氏サイドとマハティール元首相の間を裂くために、あえてこの時期に釈放する、あるいは、そうしたニュースを流して揺さぶるのか(アンワル氏が出所すれば、アンワル氏サイドとしては、あえて宿敵マハティール元首相と組む必要性は薄れます)・・・・まったく知りません。
ひとつ言えるのは、アンワル氏について、出所しても年齢を考えると政界復帰は困難・・・と見られていましたが、92歳のマハティール元首相がここまで活動できるなら、アンワル元首相(70歳)も、まだまだいけるのかも・・・・。
【微妙な民族間の空気のなかで、民族対立のリスクもはらむブミプトラ政策の扱い】
汚職疑惑に関しては当然に議論・追求される必要がありますが、マレーシアの今後にとっては、“合法的民族差別政策”でもある、マレー系優遇策のブミプトラ政策をどうするのか・・・という問題が非常に重要でしょう。
ブミプトラ政策は、“企業の設立や租税の軽減などの経済活動のほか、公務員の採用などでもマレー系住民が優遇されている。また、マレー人は国立大学へ優先的に入学できる”【ウィキペディア】といったマレー系優遇策で、経済的に劣後していたマレー系住民の地位引き上げを目指したものです。
ナジブ首相は2013年当時、「ワン・マレーシア」のスローガンで華人・インド人の取り込みを図り、ブミプトラ政策の緩和を目指しましたが、選挙敗北後、地盤のマレー系住民の支持を固めるべく、ブミプトラ政策に戻っています。
華人など、ブミプトラ政策に不満を持つ層を糾合するアンワル氏は、ブミプトラ政策の改革を目指すでしょう。
ブミプトラ政策の“生みの親”であるマハティール氏は?
マレー系住民に対する優遇政策の必要性を訴えながらも、過保護がマレー系住民から危機感を奪い勤労意欲を削いでいるという弊害に苦慮もしていたと言われます。
現在どのようなスタンスなのかはよく知りません。
マレー系優遇策のブミプトラ政策を緩和・廃止することは、多民族国家マレーシアにあっては、民族問題を惹起する非常に敏感なも問題となります。
政府側には、野党の反政府運動を華人中心の運動として民族的なイメージを刷り込むことで、多数派マレー系の支持を固めようとする動きがあります。
マレーシアは多民族共存が比較的うまくいっている・・・とも見られていますが、当然に民族間の緊張・対立もあります。
従来は、華人やインド系も、有力者はブミプトラ政策の“抜け穴”を活用する形で実質的な被害が及ばないよにしており、そうした有力者のコントロールもあって、華人・インド系の不満を抑えられていた側面があります。
しかし、そうしたコントロールは通用しない時代ともなっています。
一方で、マレー系にあっては、イスラム重視の宗教保守派が影響力を強める社会的流れもあります。
民族間の微妙な空気を反映した話題としては、以下のようなものも。
****「不浄な」犬の置物は店内に 戌年の春節迎えるイスラム教国マレーシア****
戌(いぬ)年の春節(旧正月)が迫る中、イスラム教徒が多数派を占めるマレーシアで小売業を営む華僑・華人は、もめ事を避けるために犬の飾り物を店内に隠している。イスラム教において犬は不浄な生き物と考えられているからだ。
マレーシアのイスラム教徒の中では保守派が勢力を伸ばしており、少数派宗教や少数民族との間に緊張をもたらしている。
華僑・華人は人口の4分の1近くを占めているが、首都クアラルンプールのにぎやかなチャイナタウンでは春節用の赤いランタンや花が飾られている一方で、犬の形をした飾りのほとんどは外から見えない場所に隠されている。【1月27日 AFP】
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選挙結果や、ブミプトラ政策の扱いは、微妙な民族間の問題に火をつける危険性を常にはらんでいます。