孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

クルド自治区  進む「脱イラク」志向

2007-10-11 17:15:23 | 国際情勢

(クルド人小学生 flickr”より By julie ADNAN)


最近、新聞紙上でクルド関連の記事を目にします。
油田キルクークの帰属を決める住民投票や、自治政府による外資油田開発承認のニュースです。
また、トルコ領内におけるクルド人問題なども。

クルド人は人口2500万~3000万人で、国家を持たない最大の民族とも言われ、現在イラク、イラン、トルコなどに分断される形で暮しています。
イラク領内のクルド人は北東部3県が自治区を形成していますが、旧フセイン政権のもとで化学兵器による攻撃などの弾圧を受けていました。
91年の湾岸戦争時に蜂起、米英が飛行禁止区域を設ける形で支援、フセイン政権の支配を脱しました。
イラク戦争によるフセイン政権崩壊後は、アラブ人社会が宗派間対立で混乱するのに対し、クルド自治区は治安を確立し経済成長を実現しています。
また政治的にはマリキ政権存続のキャスティング・ボートを握る立場にあります。

現在問題になっているのは、2005年に制定されたイラク憲法140条で「2007年12月31日までにキルクーク(及びその他の係争領土)を正常化し、国税調査及び住民投票を実施する」ことが規定されていることです。

クルド側は、旧フセイン政権の「アラブ化政策」によって移住してきたアラブ人には投票の権利はないとの考えで、重要な油田地帯のキルクークだけでなくその周辺州で早期に住民投票を実施し、キルクークを含む大幅な(現在の2倍近い)自治区拡大を目指しています。
自治政府キルクーク問題特使アジズ氏は「過去百年間で最強の立場だ。石油も人口も歴史も取り返す。この機会は逃せない。」と断言しているそうです。【10月7日 南日本新聞】

当然ながらアラブ側の投票実施への反発も強く、「イラクの混乱に乗じている」との批判があるそうです。
キルクークを連邦直属の特別州にするとか、住民投票の凍結などの意見もあります。【同上】

もし、投票が実施されてクルド側の意図するような結果になれば、アラブのイスラム過激派の矛先はクルドに向かうことが予想されます。
更に、クルド人自治区の拡大、権限の強化はクルド問題を抱える周辺国に影響します。
クルド労働者党(PKK)のテロにさらされているトルコ国軍は、PKKの活動拠点であり、またPKKを支援しているとみなしているイラククルド自治区への越境攻撃を意図しています。
トルコはイラク政府の対策を不十分としており、現時点でもエルドアン首相は10月9日の声明で「隣国でのテロ組織の活動を阻止するため、越境作戦を含むあらゆる手段を講じる」と警告しています。【10月10日 毎日】
今後、クルド自治区の拡大・権利強化が進めば、越境攻撃が現実のものとなるでしょう。
またもうひとつの隣国イランも、クルド独立に向かうような現状の変更は容認しないと考えられています。
(内藤正典データルーム http://www.global-news.net/ency/naito/daily/070718/01.html

しかし、投票の延期も混乱を招く点では同じことのようです。
クルド自治政府のバルザニ議長は「(投票が大幅に遅れれば)イラクの統一は保たれない」と独立を示唆してイラク中央政府に圧力をかけているとも報じられています。【10月7日 南日本新聞】
独立の強行は当然イラク情勢を根底からくつがえすことになります。

投票延期を容認し、独立運動などの過激な行動もとらないという選択は、恐らく自治政府には相当の負担になると思われます。
それはそれで、内部の路線対立によって、90年代に数千人の死者を出して激しく対立していたクルド民主党とクルド愛国同盟の内紛の再燃にもなるのでは。
それとも「治安維持と経済発展が一番。現状でしばらく様子を見て。そのかわり審議中の石油法によるクルド取り分に少し色をつけて・・・」といった方向があり得るのでしょうか?

すでにアラブ人のキルクークからの退去補償支出が始まっているとの報告もなされています。
(極東ブログ http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2007/09/post_733c.html )

住民投票に向けた各勢力の動向というメインの問題はともかく、10月7日の南日本新聞の記事で私が一番興味深かったのは、クルド自治区での教育の現状を紹介した部分です。
公立学校では小学校1年生から英語教育が始まるに対して、アラビア語教育は4年生からだそうです。
ある小学校の6年生に「アラビア語が話せるか」訊いたところ、30人中1人しかいなかったとか。
また、ある少年は「好きな“外国”は?」との問いに「バグダッド」と答えたそうです。
クルド自治政府の「脱イラク」志向はすでに進展しつつあります。

この歯車を進めるのも、止めるのも、相当の混乱を呼びそうです。
今後年末から年明けにかけて、12月31日にセットされたクルドの“時限爆弾”をめぐって緊張が高まりそうです。


(クルド人女性 アラブ化政策で農場と家を失い南部イラクで生活していましたが、フセイン政権崩壊でキルクークに戻ってきました。 flickr”より By Marksjmn )

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする