孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

メキシコ  大統領選挙で治安悪化を批判する野党候補勝利 “麻薬戦争”の行方は?

2012-07-02 22:48:32 | ラテンアメリカ

(女性警察官のエリカ・ガンダーラ(28)さん。メキシコ北部チワワ州グアダルーペで10年12月23日、麻薬組織に拉致されました。生存は絶望視されています。
激しい麻薬抗争が続くグアダルーペでは同僚警察官が当初12名いましたが、相次いで殺害されたり辞職したりしたため、ガンダーラさんがただ1人の警察官となっていました。そのため、拉致された頃は自動式拳銃を手に、ただ1人で市内をパトロールしていたそうです。
ガンダーラさんはAFPの取材に対し、「誰もこんな危険なところで警察の任務にあたりたくない。そもそも警官を雇う予算もない」と語っていました。【10年12月29日 AFPより】http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2780917/6615982

【「われわれは新たな世代だ。過去に逆戻りすることはない」】
メキシコでは1日、大統領選挙が行われましたが、中間集計段階ではありますが、野党・制度的革命党(PRI)のエンリケ・ペニャニエト前メキシコ州知事(45)が当選したもようです。

****野党ペニャニエト氏が勝利宣言=2位候補は敗北認めず―メキシコ大統領選****
1日投開票のメキシコ大統領選で、中道左派の野党・制度的革命党(PRI)のエンリケ・ペニャニエト前メキシコ州知事(45)は同日深夜(日本時間2日午後)、「私に与えられた任務を責任を持って全うする」と勝利宣言した。

他の2候補は敗北を認めたが、前回大統領選で惜敗した左派のアンドレス・ロペスオブラドル元メキシコ市長(58)は「確定結果を待つ」と態度を保留している。

選管の2日未明の中間集計(開票率約50%)によると、ペニャニエト氏の得票率は36・8%で、2位のロペスオブラドル氏は同33.2%。同氏は「われわれの元には公式情報と違う傾向を示すものがある」と不正があった可能性も指摘した。

ペニャニエト氏は勝利演説で「われわれは新たな世代だ。過去に逆戻りすることはない」と強調。若者らの不満に耳を傾ける姿勢を示し、かつてのPRI支配で嫌われた強権イメージを変革すると明言した。麻薬組織対策では「手加減をせず、取引もしない。新たな戦略で犯罪対策を続ける」と治安回復に全力を挙げると述べた。【7月2日 時事】
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野党・制度的革命党(PRI)のペニャニエト候補と中道左派・革命民主党(PRD)のロペスオブラドル候補が激しく争い、与党である中道右派・国民行動党(PAN)のバスケスモタ候補が苦戦・・・というのが戦前の予想でしたので、ほぼ予想どおりの結果が出ているようです。

なお、当選を手中にしたペニャニエト氏の制度的革命党(PRI)については、時事・日経・産経では“中道左派”となっていますが、毎日では“中道右派”としています。

もともとPRIはメキシコ革命後の成果を維持するために、地方軍閥・州政府・労働組合・農民運動など、様々な革命勢力を一つの政党に統合する目的でつくられた組織で、日本で言えば共産党から自民党の保守派までのすべてを党内に含んだ包括政党とのことです。【ウィキペディアより】
ですから、課題によっては、あるいは見方によっては、右派にも左派にもなるのかも。

PRI は71年間の長きにわたり与党の座にありましたが、政策の矛盾、党内の腐敗の深刻化などによって、2000年政権を中道右派のPANに奪われています。
今回は、地方政界のサラブレッドと言われるほど血筋もよいうえに、若くてTV映りのよいペニャニエト氏を推し立てて政権奪回に成功しました。

【「州民と麻薬組織は母親と胎児のように一体。切り離すことはできない」】
今回の大統領選挙で論点になったのは、麻薬戦争と呼ばれる治安悪化と、経済成長にもかかわらず進む金融危機後の貧困拡大の問題でした。

“麻薬戦争”については、このブログでも再三取り上げてきました。
カルデロン現大統領はカルテルと呼ばれる麻薬犯罪組織の掃討作戦に軍隊を動員しました。
しかし、掃討作戦開始から5年半が経過しますが、カルテル対政府軍、そしてカルテル同士の争いによって、この間の死者は約5万人に達しているにもかかわらず、出口が見えない状況にあります。
今回選挙では、こうした治安悪化から抜け出せない現政権への国民の批判が、野党候補勝利に結びつきました。

****メキシコ:「麻薬戦争」激化…掃討5年半、死者5万人****
「麻薬戦争」が激化するメキシコ。7月1日に投開票される大統領選の最大争点は治安回復だ。カルデロン大統領がカルテルと呼ばれる麻薬犯罪組織の掃討作戦に着手して5年半。死者は約5万人に達したが、出口は見えない。世界最大の麻薬犯罪組織シナロア・カルテルの本拠地に飛んだ。(中略)

麻薬組織を排除したという同市の漁村アルタタに向かうフランシスコ・コルドバ州検察長官に同行した。4台の車列に分乗した18人に警護されて移動する長官は車中で「1年前まで麻薬組織が通行車両を止めて車を奪っていたが、96人を逮捕して安全になった」と成果を強調した。特殊警察隊は600人。州警察、海軍、陸軍からリクルートされた精鋭で、「エリート警察隊」と呼ばれる。州全体の殺人はこの1年で2割近く減ったという。

カルデロン大統領が06年12月に着手した「麻薬との戦い」。米国と連携し麻薬組織を武力で壊滅させる計画だったが、これを機に密売ルートを奪い合う組織同士の抗争に発展。掃討に従事する警官や軍人、買収に応じない政治家も標的となった。シナロア州では07年に747人だった死者が10年には2238人に急増。11年も1905人に上った。

「安全になったというのは幻想だ」。クリアカンの地元紙リオドセ編集者のハビエル・バルデス氏(45)は言う。5日にはクリアカン近郊で7人の切断遺体が見つかった。殺人請負料は1人当たり3000〜5000ペソ(約2万〜3万4000円)。9割超の犯罪が検挙されない「無法地帯」。就任からこれまでの1年半で長官の警護官は11人が殺害された。

アルタタで雑貨屋を営む女店主は「15日前にも強盗に冷蔵庫を奪われた。あなたと話していることでまた襲われるかもしれない」とおびえる。シナロア自治大学のアルトロ・サンタマリア教授(58)は冷めた口調で指摘する。「祖父も父もケシや大麻を育てた。麻薬組織は若者や女性にも根を張る。(掃討作戦は)家族や社会全体を相手に戦うようなものだ」

 ◇貧困が結ぶ組織と住民
(中略)麻薬戦争が泥沼化する背景には、麻薬組織が政官界や市民社会に浸透している実態がある。メキシコ当局はカルテル側から流れる賄賂は年10億ドル(約800億円)超に達するとみている。なかでもクリアカンを拠点とするシナロア・カルテルの影響力は国会議員、軍、警察に及ぶ。

昨年7月に発足したシナロア州の「エリート警察隊」。隊員になるには連邦警察学校での訓練後、最終テストとしてウソ発見器を装着し質問に答える。(1)罪を犯したことがあるか(2)麻薬を使ったことがあるか(3)権力を乱用したことがあるか(4)麻薬組織と関係したことがあるか(5)以上四つの質問に正直に答えたか−−。
「6割が落ちる」。同州のコルドバ検察長官は顔色も変えずに言う。

地元警察官の多くが麻薬組織に買収されていることは周知の事実だ。エリート警察隊の給与・手当を州警察官の約3倍とし麻薬組織より高い給与を払う。麻薬組織が愛用するAK47ライフルに対抗できる装備もそろえた。

カルテルは人的情報網も張り巡らす。取材中、背後の車道を遮光フィルムを張った四輪駆動車がゆっくりと2度通過し、物ごいが寄ってきて「何をしているのか」と聞いてきた。ホークス(タカ)と呼ばれる麻薬組織の目と耳になる情報屋だ。地元記者ユーディス・バレンスエラさんは「ホークスや資金洗浄など州民の4割は麻薬犯罪組織のために働き、残り6割も友人、知人、親族の中に関係者がいる。無関係な人間などいない」という。

メキシコ西部を南北に貫き、シナロア州に連なる西シエラマドレ山脈は大麻の巨大栽培地だ。1ヘクタールから8キロ、約20万ペソ(約135万円)分の大麻が育つ。3〜5ヘクタールの土地があれば暮らしていける。カルテルは山奥に家、学校、教会を整備し、住民が収穫した大麻を回収する。住民にとって、政府に代わってインフラを整備する麻薬組織は「命綱」だ。コルドバ長官は「麻薬組織は住民の世話をしているのではない。利用している」と指摘するが、麻薬組織のカネが地方経済を左右するのも事実だ。

麻薬組織は推計年660億ドルの利益を上げ、シナロア・カルテルは300億ドルを手にするといわれる。州の域内総生産の2割弱を占める。だが、取り締まり強化で羽振りも以前ほどではない。クリアカンではカルテル関係者が好んで乗る高級車BMWの売り上げが08年に比べて半減した。

カルテルとの「共存」を望み、沈静化を願う人は少なくない。「稼ぎは半分に減った。麻薬戦争のせいだ」。港町マサトランのタクシー運転手、ラファエル・サンチェスさん(37)は嘆く。抗争のあおりで観光業がふるわないというのだ。コーヒー店を営むラウラ・カステニエダさん(61)は「州民と麻薬組織は母親と胎児のように一体。切り離すことはできない」と言い切った。(後略)【6月30日 毎日】
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5月6日ブログ「メキシコ さすがの「麻薬戦争」もピークを越した? ブラジルにとって代わるメキシコ経済?」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20120506)では、“メキシコの「麻薬戦争」に関して言えば、かつての目もくらむような暴力急増のペースが鈍り、地域によっては減少している。その理由は定かでないが、連邦治安維持費が74%も増加すれば、どんな国でもいずれは効果を生むだろう。”【4月16日 JB PRESS】との指摘も取り上げましたが、国民はもっと明確な成果を求めているようです。

では、カルデロン現大統領による“麻薬戦争”を批判するペニャニエト氏側の対策は何かと言えば“警察力の強化”だそうです。

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野党の2候補はともに、麻薬組織対策からの軍の撤退を主張。PRIは州横断で警察を強化するよう唱えている。長い与党経験を生かして治安を回復できるのでは、との期待もある。

ただPRIは昨年12月にも党首が汚職疑惑で辞任するなど、今も腐敗イメージがつきまとう。軍を撤退して麻薬組織と取引するのでは、との疑念も飛び交う。

米国は警戒感をあらわにする。米メディアによると、アリゾナ州で5月開かれた、米下院国土安全保障委員会の麻薬問題の小委員会公聴会で、米司法省幹部は「いかなる変化も極めてダメージが大きい」と言い、同州選出のクエール下院議員は「次のメキシコ大統領が麻薬組織に目をつぶって譲歩することのないよう望む」と声を強めた。【6月4日 朝日】
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警察がカルテルと癒着している、あるいはカルテルの暴力に怯えているため無力であるから、カルデロン現大統領は軍隊を投入した訳ですが、“州横断で警察を強化”という方法でカルテルに対応できるのでしょうか?

上記【6月30日 毎日】にもあるように、「州民と麻薬組織は母親と胎児のように一体。切り離すことはできない」といった現実を容認する立場にたてば、この際、麻薬組織と事を荒立てることもなかろう・・・、どうせ麻薬組織の流す麻薬の害を受けるのはアメリカの消費者だ・・・麻薬は地元にカネと雇用をもたらす輸出産業だ・・・といった考えもあり得るでしょう。麻薬組織との“共存”です。

ペニャニエト氏は勝利演説で、麻薬組織対策について「手加減をせず、取引もしない。新たな戦略で犯罪対策を続ける」と治安回復に全力を挙げる決意を述べていますが、どうでしょうか・・・。

失業率の悪化が、麻薬組織に身を投じる若者を増やしている
大統領選挙のもうひとつの争点である貧困拡大の問題は、麻薬戦争とも関連します。

昨年は、メキシコの経済成長率は中南米の新興国代表ブラジルを上回りました。また、6月7日に国連が発表した経済予測によれば、2012年の成長率はメキシコが4%で、ブラジルは2.7%となっています。
「過去10年にわたってブラジルは間違いなく、中南米で最も輝かしい成長を遂げ、投資家に十分なチャンスを与えてきた。だが将来的には、メキシコ経済がブラジル経済をしのぐようになると予想される。主役交代の時はゆっくりと、しかし確実に迫っている」(ニューヨークの野村證券アナリスト)との見方もあります。
経済成長によって、アメリカの不法移民も減少していることも6月26日ブログで取り上げました。

このように中南米最大の産油国メキシコ経済はマクロ的には堅調ですが、その一方で貧富の格差が広がり、若者を中心に失業率は5.1%と10年前の約2倍になっています。(2000年頃がメキシコで一番失業率が低かった時期ですが、不法移民を減少させているように国内雇用機会が増大する一方での失業率増加という経済状況は、よくわかりません)
こうした現政権下の失業率の悪化が、麻薬組織に身を投じる若者を増やしているとの指摘があります。

麻薬組織に頼らない住民生活確保のためには、若者の失業率改善、貧富の格差拡大の阻止という地道な取り組みが必要とされています。
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ブータン  「幸せの国」で目覚める“物欲”

2012-07-01 22:05:20 | 南アジア(インド)

(車社会を迎えた首都ティンプー 以前、隣国ネパールのカトマンズを訪れた際、人・車・バイクそして牛が溢れた道路の“カオス”に驚いたことがあります。それに比べれば、ティンプーまだ随分と整然としています。“flickr”より By coyote-agile  http://www.flickr.com/photos/coyote-agile/5212313035/

経済開発は必要だが、それが伝統的な文化、生活様式、自然環境を犠牲にするようなものであってはならない
ヒマラヤの小国ブータン。この国に関しては「国民総幸福(GNH)」の話題が多くなります。
最近ではロイヤル・ウェディングの際、11年10月13日ブログ「ブータン ネパール系難民の“影” 近代化で変わる意識・価値観」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20111013)でも、そうした話題を取り上げました。

****国民総幸福(GNH)****
現国王の父にあたる前国王が1976年、国際会議後の記者会見で「GNHは国民総生産(GNP)より重要」と発言して知られるようになった。経済開発は必要だが、それが伝統的な文化、生活様式、自然環境を犠牲にするようなものであってはならないという考え方。

ブータン政府では、10ある省の上にGNH委員会が組織され、国のすべての政策に反映させる仕組みになっている。
(1)公平で持続可能な経済発展(2)環境の保全(3)文化の保護(4)良い統治――が4本柱。
さらにこれらを支える領域として、(1)精神的な幸福(2)健康(3)教育(4)文化の多様性(5)地域の活力(6)環境の多様性と活力(7)時間の使い方とバランス(8)生活水準・所得(9)良き統治、が定められている。

GNH推進のため、政府は医療費と教育費を無料にしているほか、公的な場所では民族衣装の着用を義務づけたり、国土の森林面積の割合を60%以上に維持することを定めたりするなど独特の政策をとっている。【6月6日 朝日】
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消費欲の政府コントロールは、「できないさ。民主主義だから、最後は人々の選択だ」】
多くの国々が目指している物質的豊かさに対する批判・警鐘として注目されるところですが、一方で、消費文明が波及するにつれてブータン社会が変質しつつあり、国民総幸福(GNH)の理念が維持できるのか・・・という視点でも取り上げられます。
11年10月13日ブログでも、都市部若者の意識の変化に触れました。

そんなブータンにも車社会の波が押し寄せているようです。

****物欲を税で抑える幸せの国 〈カオスの深淵*****
■立ちすくむ税金:1
ふくらむ欲望を増税によって抑え込もうと、もがいている国がある。「幸せの国」で知られるブータンだ。
標高2300メートルの首都ティンプー。5月末から6月半ばに訪ねたヒマラヤの山すその街は、政府が引き上げを打ち出した自動車関連税の話題でもちきりだった。

「40%アップはきつい。早く買わなきゃと慌てて来たんだ」。
隣国インドの自動車メーカー「タタ」の販売店で、ビシュワさん(52)は税込み約50万ヌルタム(約75万円)の小型車の座り心地を試していた。
購入時にかかる現行税率は最大50%。上乗せが実現すれば90%になる。観光客向けの風景画を描くビシュワさんの月収は2万ヌルタムほど。現状でも年収の2倍の買い物だ。妻のインドラさん(52)は「親戚からお金を借りてでも、いま買わなと」。

大型増税の狙いは、車の急増にブレーキをかけることだ。国内の登録台数は5年前に比べ倍増し、6万5千台を超す。人口70万人の小国にとっては激変だ。
「マイカー」が普及し始めて間もないため、市内に信号機は存在しない。交通事故の犠牲者は昨年初めて100人を超えた。朝夕のラッシュ時、数年前まではなかった交通渋滞も生じるようになった。

車だけではない。市内には2月、輸入品が並ぶ大型スーパーが開店した。2011年の国内の個人ローン総額は08年の3倍に拡大した。首都では郊外の田畑をつぶし、マンション開発が進む。

「国民総幸福(GNH)」という独自のものさしを掲げ、公平さや環境に配慮した成長を模索してきたブータンで、いま、人々が買い物の魅力に目覚め始めた。
「消費を抑えよう。収入が支出に追い付かない」。4月、ティンレイ首相は緊急テレビ演説で、国民に訴えた。理由は貿易赤字による外貨不足だ。ブータンは、車も家電も建材も、インドからの輸入に頼る。ローン頼みの旺盛な消費で、支払うインドルピーが底を突いた。政府は外貨をインドの銀行から借りてしのぐが、金利は10%に達する。

以前の鎖国に近い状態から、テレビ放送やネットが解禁され、消費に火がついた。グローバル市場がブータンをのみ込む。
精神的豊かさから、物質的豊かさへ。社会の変化に危機感を募らせるのは政府だけではない。国教である仏教界。首都の僧侶学校のツェリン校長(45)は「車や商品は現世だけのもの。来世には持って行けない、と説いているのだが……」と憂う。

6月には、火曜日を「車に乗らない日」とする試みが始まり、人気の高い国王が自転車で市内を走ってPRした。
とはいえ、目覚めた欲望を抑え込むのは簡単ではない。政府は昨年も自動車関連税を引き上げたが、効果は薄かった。

今回の再増税について、タタの販売店で会ったビシュワさんは「高級車を何台も買ってきた金持ちにかけるのが先じゃないか」と不満を漏らす。増税への反発は強い。
結局、開会中の国会下院は6月27日、「40%は高すぎる」として、大型車は20%、それ以下は5%と増税幅の縮小を決めた。消費抑制のために提案されたクーラーやビールなどへの増税も認めなかった。

人々の消費欲を政府はコントロールできますか? 国会審議前にティンレイ首相に尋ねると、今回の結果を予想していたかのように、こう答えた。「できないさ。民主主義だから、最後は人々の選択だ。政府は国民に、立ち止まって考えるよう訴えるしかないんだ。(後略)【7月1日 朝日】
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国王が自転車で市内を走り「車に乗らない日」を訴えるより、車の増加という現実に信号機の設置や交通ルール教育で対応するのが先ではないでしょうか。

【「幼少から教育する必要が出てきている」】
税金など経済対策と並んで、国民総幸福(GNH)の理念維持のために重視されているのが教育です。

****テレビ、ネット、ケータイ…現代化に危機感 ブータン 子供から幸せ教育強化****
物質的な豊かさよりも精神的な豊かさを重視する「国民総幸福量(GNH)」を国家開発の柱とし、“幸福の国”として知られるヒマラヤ山脈の小国ブータン。伝統社会は維持されているが、1999年から相次いで解禁されたテレビやインターネットによって現代化の波がいや応なく押し寄せる。こうした中、政府はGNHの考えを子供のうちから確実に定着させようと教育現場での取り組みを強化している。

 ▼授業の前に瞑想
ティンプー市内中心部にある公立ジグミ・ロセル小学校。あちこちで草花が咲き乱れた校内が水を打ったように静かになる瞬間がある。各授業の冒頭に行われる3分間の瞑想(めいそう)の時間だ。
瞑想は約2年前から全国の学校で導入された。GNHの権威の一人、ブータン研究所のカルマ・ウラ所長は「人間は常に何かを考えており、子供でさえそうなっている。子供たちが“幸せ”を理解するためにも、何も考えない時間を持つことが重要だ」と説明する。

ブータンでは1999年にテレビ、2005年にはインターネットが相次ぎ解禁された。ケーブルテレビで主にインドの映画やドラマが見放題で、携帯電話も普及している。ティンプーの中心街では、細身のジーンズに身を包んで日本人と見間違うようなファッションの若い男女も少なくない。複数の政府関係者は、テレビなどの影響は「欲を増幅させるだけ」「幸せに対する脅威」などと警戒感をあらわにする。

 ▼経済成長で格差
経済的な豊かさだけを追求しているわけではないブータンだが、水力発電による電力をインドへ輸出し、近年高い経済成長率も続ける。09年の成長率は8・7%に達した。高成長は国民生活の現代化を後押しする一方、貧富の格差を招いているとの指摘もある。

ウラ所長は、小学校からのGNH教育の狙いが「過度の近代化による悪影響を食い止めることにある」とし、「今あきらめたら情緒不安定、消費欲にかられた競争心といった自己破壊的な習慣が身についてしまう」と指摘。政府は今後本腰を入れる方向で教育カリキュラムの見直しを進めているという。

同小のチョキ・ドゥクパ校長も「GNHは伝統的な文化、習慣に根ざしているので難しい考えではないが、幼少から教育する必要が出てきている」と話す。
教員歴32年で感じるのは、国外からの影響による子供の話し方や欲求の変わりぶりだ。ドゥクパ校長は「外国の影響に負けないように学校側も努力しなければならない時代」と語気を強める。そこで、GNHの概念の“実践”を重視する教育方針を掲げている。

 ▼「学校が楽しい」
瞑想以外にも、自然の重要性を体験させるため草花の栽培や、相手の気持ちに配慮できる人間づくりとして、毎週2回、学校が設定するテーマに関してクラス全員が考えを披瀝(ひれき)する「共有の時間」を導入。国を担う人材を育てるため、プレゼンテーション能力の向上を含むリーダーシップ養成にも力を入れる。

児童はどうとらえているのか。6年生のダワ・デンダプ君は「学校が楽しくてたまらない。テレビなんて時間の無駄」と声を弾ませ、GNHについて「私たちが平和で調和のとれた国で暮らすことができ、ブータンの発展を支えてくれている」と明瞭に答えた。(後略)【11年10月20日 産経】
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GNHの抽象的な理念を、実際の教育現場での授業にどのように反映させるか・・・という例が紹介されています。

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地理の授業で環境問題に触れ、資源をむやみに使うことのリスクを教えることなどが一例だが、それだけではない。算数で、引き算を教える際の問題の作り方にまでGNHが反映される。「4個の卵のうち2個盗まれた。残りは何個?」と問うのはダメで「男性が4頭の牛を飼っていた。心優しい人だったので、生活に困っている娘に2頭を譲った。残りは何頭?」と尋ねよう、といった具合だ。【6月6日 朝日】
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つい笑ってしまうのは不謹慎でしょうか。
個人的には、ブータンが「国民総幸福量(GNH)」の理念を今のまま維持するのは難しいのではないかと思っています。

これまでの「幸せの国」は、物質文明・消費社会から隔絶された山奥の閉鎖社会だから成立しえたユートピアであり、外の世界に解放され、多くの情報・商品が流入するなかでは、人々の“物欲”を抑え込むのは無理があるでしょう。
敢えて人々の物質的な欲求を抑えようとすれば、そこにはマインドコントロールにも似た歪と強制が生じます。

物質文明・消費社会からの脱却、あるいはステップアップは、一度その功罪両面を自身で体験するところからでないと生まれないでのはないか・・・と考えます。

なお、ブータンの教育については、意外な国際性もあります。
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ブータンの教育は、伝統文化を重んじる一面で、国際性につながる別の特徴もある。国語のゾンカ語以外の科目はすべての授業が英語で教えられているのだ。
教育省によると近代教育が始まった1960年代、ゾンカ語による教科書はなかったため、英語による教育を選んだ。結果として若い世代は英語が使え、主要産業の観光を支えている。留学など国際的な人材育成の基礎にもなっている。
ツァンカ村のように、ゾンカ語以外のことばを母語とする子どもが少なくない地域では、英語による授業が平等な教育機会を与えている側面もあるという。【6月6日 朝日】
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