(クーデター未遂事件後、自宅にトルコ国旗を掲げるトルコ国内のシリア難民【8月21日 朝日】)
【ISによるとされる大規模テロ 政権・世論の姿勢に変化は?】
クーデター未遂事件以後、ギュレン派の大規模粛清とエルドアン大統領の強権支配強化で注目されているトルコで、結婚式を狙った「イスラム国(IS)」の犯行とも見られる大規模テロが起きています。
****結婚式狙いテロか、50人死亡=IS犯行の可能性―トルコ南部****
トルコ南部ガジアンテプで20日夜、屋外で行われていた結婚式で爆発が起き、AFP通信によると、少なくとも50人が死亡した。負傷者も94人に達した。シムシェキ副首相は「自爆テロ」とみていると述べた。
犯行声明は出ていないが、エルドアン大統領は21日、過激派組織「イスラム国」(IS)による犯行の可能性を指摘した。
トルコでは昨年以来、ISやクルド人武装勢力の犯行とみられるテロ事件が相次いでいる。7月中旬に軍の一部勢力によるクーデター未遂事件が起きたが、ISのテロと確認されれば、同事件後では初めてとなる。
ガジアンテプはシリア国境から約60キロ北に位置し、IS戦闘員が多く潜伏している可能性が高い都市として知られる。
トルコのメディアによると、爆発はガジアンテプ市内のクルド人が多く住む地区で発生。新郎新婦はクルド人が多数派を占める南東部シールト県の出身で、参列者もクルド人が多かった。自爆テロ犯は参列者に交じっていたとみられるという。
エルドアン大統領は声明で、「私たちを攻撃した者に再度、一つだけメッセージを伝える。おまえたちは成功しない」と事件を強く非難した。【8月21日 時事】
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“トルコ政府がロシア、イスラエルとの関係改善に乗り出し、IS対策に力を入れ始めたことに対してISは反発を強めており、クルド人のコミュニティーを攻撃することでトルコ国内を混乱させる狙いがあるとみられる。”【8月21日 朝日】
“IS対策に力を入れ始めたことに対してISは反発を強めており”ということは、裏を返せば、従来はIS対策には力を入れていなかった、もっと言えば、ISを始めシリアのイスラム過激派に対し融和的で、実質的な支援を行ってきたということでもあります。
イスラム色を強めるエルドアン政権、それを支える保守的支持層はISなどイスラム過激派に対し一定のシンパシーを有していることが推測されますが、今回の結婚式を標的にしたテロという悪辣さで、そうした意識に変化が生じるのか注目されます。
もっとも、対象がクルド人ということで、あまり響かないのかも。(エルドアン大統領自身はクルド人に配慮した施策を進め、与党AKPはクルド人を票田にしてはいますが)
【ギュレン派粛清にのめり込むエルドアン政権】
エルドアン政権は、ISや少数民族クルド人の非合法武装組織「クルド労働者党」(PKK)の掃討に加え、7月中旬のクーデター未遂における黒幕だとトルコ政府が名指ししている在米イスラム指導者ギュレン師の一派を粛清する「3正面作戦」を進めており、どこからでも火を噴く状況ではあります。
17日から18日にかけても、24時間足らずで3件の爆弾攻撃が発生しています。
****トルコ東部で連続爆弾攻撃、14人死亡・300人負傷 PKKの犯行か****
トルコ東部で17日から18日にかけて24時間足らずで3件の爆弾攻撃が発生し、当局者らによると少なくとも14人が死亡、約300人が負傷した。
政府はクルド人の非合法武装組織「クルド労働者党(PKK)」の犯行だとしている。7月中旬のクーデター未遂を受けて混乱が広がる中、国の治安部隊に対する攻撃が激しくなっているもようだ。(中略)
PKKの最高司令官は先週、トルコ各市でさらなる攻撃を行うと宣言していた。(後略)【8月19日 AFP】
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エルドアン大統領は18日、一連の爆弾攻撃について、7月のクーデター未遂を企てたと政府がみなしているイスラム組織「ギュレン教団」が情報提供などを行い、加担していると指摘しています。
クルド人反政府勢力PKKとギュレン派が共同でテロ行為を行うなんてあり得るのだろうか?とも思いますが、今のエルドアン政権はギュレン派粛清に夢中ですから、不祥事はすべてギュレン派のせいにしたいのでしょう。
拘束・逮捕者はクデーター未遂事件を起こした軍関係者にとどまらず、警察・司法・学校・マスメディア・企業経営者など、これまでギュレン支持者が多い(ということは、エルドアン大統領に批判的が多い)とされていた分野に及んでいます。
ユルドゥルム首相は、クーデター未遂事件の関連で拘束者が4万人を超え、このうち、正式に逮捕したのは約2万人に上ることを明らかにしています。また、トルコ政府は国家公務員約7万6千人を解任・停職処分にしています。
教育分野ではギュレン派関連とされる1500以上の教育施設を閉鎖。14万人近くの生徒が転校を強いられており、教職免許を奪われた教諭は2万人余りとされています。
そんなに拘束・逮捕して司法・警察・行政とか教育などの運営に影響はないのだろうか?受け入れを拒否されるケースが相次いでいるとされる転校を強いられる生徒はどうするのか?とも思いますが、エルドアン大統領は千載一遇の好機にギュレン派を一掃する構えです。
****トルコ、大量の囚人仮釈放へ さらなる逮捕へ場所確保か****
トルコ政府は17日、収監中の囚人のうち、約3万8千人の仮釈放に道を開く政令を出した。
治安当局は7月中旬のクーデター未遂事件後、「首謀者」と主張する米国亡命中のイスラム教指導者ギュレン師を信奉しているなどとして、軍人や警官ら約1万8千人を逮捕した。逮捕者はさらに増える可能性が高く、収容場所を確保する狙いがあるとみられる。(中略)
トルコ政府は米政府に対し、ギュレン師の身柄の引き渡しを繰り返し要請しているが、米国側は応じておらず、両国の火種になっている。【8月17日 朝日】
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【悪化する欧米との関係 懸念される難民問題への影響】
ギュレン師については、「終身刑2回と禁錮1900年」が求刑されています。憎悪の深さが窺われる求刑です。
****ギュレン師に終身刑2回求刑=金融活動などめぐり―トルコ検察****
トルコ検察は、エルドアン大統領の政敵の在米イスラム教指導者ギュレン師に対し、終身刑2回と禁錮1900年を求刑した。トルコのメディアなどが16日伝えた。同師は7月中旬のクーデター未遂の首謀者とされているが、今回は検察が昨秋から捜査を行ってきたギュレン師率いる「ギュレン運動」の金融活動などをめぐる事件についての求刑。
トルコ政府はギュレン運動を「テロ組織」に指定している。この事件では、ギュレン師は「憲法秩序を破壊しようとした罪」や「テロ組織を形成、運営した罪」に問われている。【8月16日 時事】
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エルドアン大統領は2004年に禁じた死刑の復活を認める方針を示していますが、EUは死刑廃止を加盟条件にしていますので、死刑復活となればトルコが目指してきたEU加盟は不可能になります。
ただ、EU側はこれまでも非民主的な制度も残る異質なイスラム国トルコの加盟には消極的で、後から申請した国が先に加盟を果たすという状況にあり、エルドアン大統領としても“どうせ入れる気のない”EU加盟はご破算になってもいい・・・というところでしょうか。
“オーストリアのケルン首相は3日、地元メディアに対し、トルコのエルドアン大統領がクーデター未遂後に強権姿勢を取っていることを踏まえ、トルコの欧州連合(EU)加盟交渉について「今やフィクションでしかない」と述べた。9月の非公式EU首脳会議で交渉打ち切りを議論したい考えを示した。”【8月4日 時事】
エルドアン大統領のギュレン派粛清にのめり込む姿勢に対し、欧米諸国は人権無視との批判を強めており、その関係は悪化しています。
これまでも先延ばしにされてきたEU加盟問題はともかく(EU側もイギリス離脱の問題で、それどころではありませんので)、トルコとの関係悪化で難民問題への対応が破綻することが懸念されています。
****EU域内へのトルコ国民のビザなし渡航、早期実現は困難=独閣僚****
ドイツのミヒャエル・ロート欧州担当相は16日、ロイターのインタビューで、トルコが欧州連合(EU)域内への国民のビザなし渡航を実現するには長く険しい道のりが控えており、早期の実現は難しいとの認識を示した。
EUとトルコの間で合意した難民問題では、トルコが72項目の基準を満たすことがビザなし渡航実現の条件となっている。
ロート欧州担当相は「少数の項目がまだ残っている。72の基準が満たされない限り、ビザなし渡航の実現はあり得ない」と述べた。
一方で、難民危機でトルコは重要なパートナーであり、同国との交渉チャンネルをオープンにしておくことは重要だと述べた。【8月17日 ロイター】
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EUとトルコは3月、トルコからギリシャへの密航者をトルコに強制送還する見返りとして、EU域内を旅行するトルコ国民のビザを免除することで合意しています。
トルコのチャブシオール外相は独ビルト紙とのインタビューで、EUへ渡航するトルコ国民のビザ免除が10月に実現しなければ、EUと合意した難民対策を破棄する可能性があると語っています。
“再び大勢の難民・移民がトルコ経由で欧州に押し寄せるという事態になっていいのか?”とEU側へ圧力をかけている状況です。
【深まるドイツとの間の溝】
難民対策でEUを牽引するドイツとの不協和音が拡大しているのも懸念されるところです。
7月31日、クーデター未遂事件を受けて、エルドアン大統領への支持を表明するため、ドイツ西部ケルンにトルコ系住民3万~4万人が集結しました。当初、主催者側は会場でエルドアン大統領の演説を中継する予定でいましが、ドイツの裁判所が治安などを理由に禁止。この措置にトルコ側が反発しています。
****トルコと独、新たな火種 大統領演説、独が集会で中継禁止****
・・・・ドイツ側が懸念したのは、トルコ国内の政治的緊張がドイツに持ち込まれることだった。
ドイツには全人口の約4%にあたる約300万人のトルコ系住民が住む。1960年代から労働者として移住し、ドイツ生まれの2世、3世が増えている。多くはトルコの選挙権も持ち、トルコ政治への関心は高い。約6割が大統領支持派とされる。
クーデーター未遂後、エルドアン氏が事件を首謀したと批判する米国亡命中のイスラム教指導者ギュレン師を支持するグループの施設が、大統領支持派に襲撃されるなどトルコ系同士の対立が深刻化。会場近くでは、エルドアン氏の強権政治を批判するドイツ人らのデモも予定されていた。
■「表現の自由を侵害」
トルコ大統領府のカルン報道官は集会後、緊急声明を出してドイツ側に抗議した。声明では「民主主義、自由、法の支配を訴え、クーデター未遂に反対するイベントを妨害するのは、表現の自由、集会の自由を侵害するのと同じだ」と非難。「なぜ大統領のメッセージ放映を禁止したのか、本当の理由を知りたい。ドイツ政府に納得できる説明をするよう望む」と迫った。(中略)
エルドアン氏は2日、首都アンカラで演説し、ドイツでは今回、自身の演説の放映が禁止されたが、トルコや欧米がテロ組織に指定する少数民族クルド人の非合法武装組織、クルディスタン労働者党(PKK)の指導者のビデオ演説が過去に許可されたと指摘。「西側諸国は民主主義を支持するのか? それともテロとクーデターを支持するのか?」と非難した。
厳しいドイツ非難の背景には、欧米諸国がトルコの人権状況悪化に懸念を表明していることへの反発がある。クーデター未遂後、トルコ当局は公務員ら6万人以上を矢継ぎ早に拘束・解任したほか、報道機関を次々閉鎖している。
■難民問題への影響も
最近のドイツとトルコの摩擦の根底にあるのは、エルドアン氏の強権的な政治手法と、欧州の民主的な価値観との対立だ。
英国が離脱を決めた欧州連合(EU)でさらに存在感を増すドイツと、中東の大国トルコの関係は難民問題でかぎを握る。双方の内政の不安定化も周辺国に波及する。
ドイツは難民問題でトルコの協力を必要としている。今年3月、EUとトルコは欧州への難民流入の抑制策で合意し、多くがトルコ国内にとどまっている。中心となって動いたのは、昨年100万人を超える難民が流入したドイツだ。
トルコのチャブシュオール外相は7月31日、この合意を反故(ほご)にする可能性に言及した。ドイツ国内で最近、難民による襲撃事件が相次いだこともあり、メルケル首相は苦しい立場に置かれている。再び難民の数が増加に転じれば、国内ばかりではなく、極右勢力が台頭する欧州全体に影響を及ぼすのは必至だ。
トルコにとっても、最大の輸出相手国であるドイツとの関係悪化は本来、望ましくない。トルコは観光関連産業が国内総生産(GDP)の1割強を占める観光大国だが、相次ぐテロの影響に苦しむ。ドイツ人はトルコへの訪問者数でトップを占めるが、今年6月は約34万6千人で、前年同月比37・89%減と落ち込んでいる。【8月3日 朝日】
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更に、ドイツ内務省がトルコについて「トルコは中近東のイスラム過激派に活動拠点を提供している」と記した非公開文書が明らかになり、トルコ政府が声明で抗議するという事態にもなっています。
****「トルコはイスラム過激派に拠点提供」 独の非公開文書****
・・・・文書は、ドイツの左派党の質問に対して回答したもの。機密情報に基づいているため、非公開を条件に回答したが、独公共放送ARDが16日、独自に報じた。
文書は「2011年以降、トルコは中近東のイスラム過激派グループの中心的な活動拠点になりつつある」とし、パレスチナ自治区ガザを実効支配する「ハマス」や、エジプトのイスラム組織「ムスリム同胞団」、シリアの反政府勢力を支援先として挙げた。
これに対し、トルコ外務省は「トルコを攻撃するゆがんだ精神を反映している」「背後には(トルコからの独立を求めるクルド人の武装勢力・クルディスタン労働者党)PKKをサポートする一部の政治勢力がいる」などと批判した。
ドイツ国内には、エルドアン大統領の強権姿勢が目立つトルコと協力することに慎重論が根強く、内務省の見解が明らかになったことで、今後さらに反発が強まる可能性がある。ドイツ政府は17日の会見で、文書の存在を認めたものの、内容については「コメントできない」とした。【8月18日 朝日】
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冒頭のIS犯行とも見られているテロでも触れたように、トルコがイスラム過激派に融和的な姿勢をとってきたことは周知のところではありますが・・・・。
こうした欧米の批判的な姿勢を牽制するように、ロシアとの関係を急速に改善させていることは、これまでも触れてきたところです。
【状況を注視するシリア難民】
EU・ドイツとトルコとの関係次第で大きく左右されるのが、トルコに暮らす300万人とも言われるシリア難民です。トルコ国内には難民への批判的な動きも出ているようです。
****排除の空気、シリア難民注視 クーデター未遂のトルコ****
7月中旬にクーデター未遂事件が起きたトルコには、内戦を逃れた約300万人のシリア難民が暮らす。エルドアン大統領が強権姿勢を強め、国を挙げた団結ムードが高まるなか、難民たちはトルコが難民排除の動きを強めないか、事態を注視している。
■「市民の資格ない」「帰れ」
「お前らに市民の資格はない」。最大都市イスタンブールに住むシリア難民の男性(31)は、乗車したタクシー運転手につばをはかれた。7月上旬、エルドアン氏がトルコ国籍を望むシリア難民に「国籍付与のチャンスを与える」と発言した直後のことだ。以来、国籍を明かすのはやめた。(中略)
■失業や治安悪化、不満
女性がこの1年で相談を受けたシリア人は約200人にのぼる。就業難など生活に不満もあるが、「多くのシリア人はエルドアン氏支持だ」と言う。エルドアン氏が、シリア難民に比較的、寛大な政策をとってきたことが背景にある。
トルコが受け入れているシリア難民は世界最多。国連によると40万人超の子どもが学校に通えず、難民の多くは低賃金の非正規労働に就いているが、それでもトルコ政府は多くの難民キャンプを整備し、NGOと連携して教育や職業訓練の機会を与えてきた。
ただ、トルコ人の失業率も10%に近く、15~24歳では約17%に上る。政府の姿勢とは裏腹に、トルコ人男性(29)は「シリア人のせいで治安が悪くなり、仕事も見つけられないと怒る人もいる」と話す。地元メディアによると、首都アンカラで政権を支持するグループの一部が、シリア人が営む店舗を襲撃して窓ガラスが割れるなどの被害が出た。
こうした動きは一部にとどまるが、難民にとっては気がかりだ。欧州連合(EU)が3月、ギリシャに渡った難民らのトルコ送還で合意し、渡欧も難しくなった。シリア難民の男性(32)は「トルコがどう変わるのか、注意深く見守っている」と話した。
岩坂将充・同志社大准教授(現代トルコ政治)はエルドアン氏の姿勢について「アサド政権退陣後のシリアの国造りに関与することが、自国の安全保障に役立つと考えている。多くのシリア難民を受け入れ、欧州などから援助を引き出す狙いもある」とみる。ただ「国内的には、イスラム的な連帯をアピールできる一方、ナショナリズムの考えが強い人からは反発も見られる。両刃の剣だ」と指摘する。【8月21日 朝日】
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