孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

エチオピア  政府の「明確なビジョンと戦略」で経済成長と医療改善を実現

2016-08-11 22:13:14 | アフリカ

(首都アジスアベバに開業した初の地下鉄駅【7月23日 朝日「GLOBE」】 エチオピアは急速に変わりつつあります)

国が豊かになるかどうかを決めるのは、運命や資源ではなく、明確なビジョンと戦略
アフリカ・エチオピアの首都アジスアベバには成田からエチオピア航空の直行便があるようです。知りませんでした。アフリカへは唯一の直行便ではないでしょうか。

アフリカのイメージというと、どうしても内戦・紛争、飢餓、貧困、暴力といったネガティブなものが先にたちますが、いつも言うようにアフリカは経済成長が著しい地域でもあります。

とは言うものの、私自身、アフリカについてネガティブなイメージでとらえがちですし、何より情報・知識がありません。エチオピアと聞いて思い浮かべるは東京オリンピックのアベベ選手(古いですね・・・)など、陸上長距離種目がやたらと強いといったところ。70年代、80年代の大飢饉の記憶も残っています。

国際ニュースで目にするのは、隣の内戦国ソマリア絡みのものが多く、4月には、やはり内戦国の南スーダンの武装集団が国境を超えてエチオピア西部ガンベラ付近を襲撃し、約140人を殺害、多数を拉致したといったニュースも。

内戦・紛争が絶えないソマリアや南スーダン、スーダン、更には人権侵害で「アフリカの北朝鮮」とも言われるエリトリアなど“物騒な国”に囲まれていますが、エチオピア自体は1991年以来、国内に戦乱はなく、首都のアディスアベバは夜中に外を出歩いても安全(エチオピア政府関係者)だそうです。

エチオピアは未だ世界最貧国の一つではありますが、近年は10%を超える経済成長を続け、資源ブームが終わって失速傾向のアフリカ経済にあっても独自の成長を続けています。人口も1億人近く、市場規模もかなりのものです。

****エチオピア*****
人口約9700万人。2050年には2億人近くになると見込まれる。

国際通貨基金(IMF)によると、14年の実質GDP成長率は10・3%。世界でもトップクラスの成長を続ける。人件費が安く、外国からの投資が集中。小売業や建設業も活発だ。【3月22日 朝日】
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順調な経済成長について、アルケベ・オクバイ首相特別顧問は、国が明確なビジョンを持って主導していると語っています。

****エチオピア 高度経済成長の秘密とは(アルケベ首相特別顧問****
エチオピアの経済は今、急速に成長しています。国内総生産(GDP)は過去12年間、平均して年11%ずつ成長を続けています。おもに農業と製造業の成長によるものです。

この成長はなぜ可能だったのか。私たち政府は、教育やインフラに投資してきました。1991年に大学は二つしかありませんでしたが、今では公立、私立を合わせて60以上の大学があります。人文系や社会科学系よりも、自然科学系や工学系を強化してきました。

交通機関の建設にも力を入れています。全国に総延長6000キロに及ぶ鉄道を敷設する計画があります。エネルギーも重要です。水力、風力など、クリーンエネルギーの開発に力をそそいでいます。政府予算の6割は、教育やインフラなどの長期的な投資に費やしているのです。

エチオピアはアフリカの中で最も安定した国でもあります。91年以来、国内に戦乱はありません。首都のアディスアベバは夜中に外を出歩いても安全です。

エチオピアは今も世界の最貧国の一つです。でも、状況は大きく変わりつつあります。国が豊かになるかどうかを決めるのは、運命ではありません。資源でもありません。日本だって資源に恵まれた国ではないでしょう。大事なのは、明確なビジョンと戦略です。

私たちは、アジア諸国など、これまでに成功を収めてきた国々から学んできました。日本からは製造業の「カイゼン」を学びました。韓国の科学技術大学のモデルも導入しようとしています。職業訓練センターはドイツの仕組みに学びました。

私たちは、アフリカにおける製造業のリーダーになることを目指しています。基本的な条件はそろっています。まず、優秀な労働力です。中国などの新興国では、労働力のコストが上がっています。世界は競争力のある労働力を探しています。我々にとって大きなチャンスです。

製造業は今後、毎年25%の成長を目指します。輸出の中で製造業が占める割合をこれまでの4倍に伸ばしたい。製造業だけで200万人分の雇用を新たに創り出したい。そう考えています。

そのためにも、外国からの質の高い投資が必要です。私たちは工業団地を大きく拡張しています。工業団地の中に行政のワンストップ窓口も開設したいと考えています。(中略)

今のところ、日本企業は出遅れています。日本企業がアジアに力を入れていることは理解しています。地理的に近く、サプライチェーンを築くことも容易でしょうから。それに、日本企業はアフリカのことをよく知らない。

でも、この状況は近いうちに変わると思います。エチオピア航空は昨年、東京に直行便を就航させました。今や、日本とアフリカ大陸をエチオピア航空がつないでいます。アフリカにおけるビジネスチャンスの認識も、これから広まると期待しています。

私たちは日本企業を誘致したい。そのために日本企業に特化した工業団地を建設することを日本側に提案しています。(中略)

エチオピア政府は明確なビジョンを持って経済発展を引っ張っています。一方で、「政府が多くのことをやりすぎている」と批判されることもあります。たとえば、エチオピア航空や、通信事業を独占しているエチオテレコムは、国営企業です。

それと、金融も今のところ外資はお断りしています。私たちに外国資本をコントロールする能力はありません。2008年の金融危機や、97年のアジア通貨危機を見れば、先進国にとっても金融をコントロールすることは容易ではないことが分かります。しかし、金融と通信以外の分野はすべて、外国資本にも開かれています。

私たちは非常に低い位置からスタートしました。通信事業は稼げるビジネスです。そこで稼いだお金を、鉄道などのインフラ建設につぎ込んでいるのです。日本でも韓国でも台湾でも、経済が成長するときに国家が重要な役割を果たしました。私たちも国家の役割の重要性を信じています。

エチオピアは2025年に中所得国の仲間入りを目指します。その頃には1人あたりGDPが1300ドルくらいになっているでしょう。人口も1億5000万人になっているはずです。これから10年でエチオピアは大きく変わります。この構想を現実にするために、これからも一生懸命働きます。【7月23日 朝日「GLOBE」】
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“国が豊かになるかどうかを決めるのは、運命ではありません。資源でもありません。日本だって資源に恵まれた国ではないでしょう。大事なのは、明確なビジョンと戦略です。”・・・「失われた20年」を続け、来るべき少子高齢化社会への準備が進まない日本にとっては耳が痛いお言葉です。

日本から学んだ「カイゼン」】
“日本からは製造業の「カイゼン」を学びました”とありますが、「カイゼン」とは「改善」のことです。

****カイゼン」で変わるアフリカ****
・・・・エチオピア政府は11年、工業省の傘下に「エチオピア・カイゼン機構」を設立した。「カイゼン(改善)」とは、日本の製造業の現場で生まれた作業効率化の取り組みだ。

日本の国際協力機構(JICA)が専門家をエチオピアに派遣し、具体的な「カイゼン」方法を助言。これまでにエチオピア国内の縫製業や皮革産業など、計約180社が取り組んでいるという。

エチオピア・カイゼン機構のゲタフン・タダセ所長は「製造現場の意識と態度を変えることで、各企業で3~30%のコスト削減に成功した」と言う。

2013年から「カイゼン」に取り組む地元の靴メーカー「ピーコック」の工場を訪ねた。建物に入るとすぐに目に入る看板に、「整理」「整頓」「清掃」「清潔」「規律」を意味するアムハラ語(エチオピアの公用語)の標語が書かれていた。

工場を見学すると、さまざまなナイフや、革、靴の中敷きなど工具や材料が、きれいに色分けされた箱に、種類ごとに見つけやすく片づけられていた。工場内の床は、作業場や通路などのスペースごとに緑や黄色のペンキで塗り分けられている。

工場のマネジャー、チャラムラク・サハレが、カイゼンを導入する前の工場の写真と比べながら説明してくれた。「以前は工具や材料がバラバラに散らばっていて、工場の中が雑然としていたが、整理整頓したことで作業効率が上がった。

1カ月の生産量は靴1万8000足から2万3000足に増え、品質のばらつきも少なくなり、今では約半数を米国や英国、イタリアなど外国に輸出している」。各職場にリーダーを置き、現場の従業員らの意見を吸い上げながら、職場の「カイゼン」に務めているという。

JICAの神公明・エチオピア事務所長は「エチオピアはかつて『貧困』の代名詞のような国で、JICAも主に保健衛生や井戸掘りなどのプロジェクトに携わってきた。だが、最近10年余りの発展はめざましく、今では私たちも『カイゼン』などの産業支援に力を入れている。これからはさらに、輸出振興のために、有望な革製品のブランド化などにも取り組みたい」と話している。【7月12日 朝日「GLOBE」】
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アフリカ経済を牽引してきた中国の動向
アフリカ、そしてエチオピアの経済成長を支えてきた大きな要因のひとつが中国の支援・投資です。

中国の支援・投資にはいろいろ問題もあります。隣国ケニアでは8月2日、中国資本による鉄道建設の現場で作業中だった中国人14人が、地元の青年ら約200人に襲撃され負傷する騒ぎがありました。地元青年らは就業機会が分配されないことに不満を感じていたとのことです。

ただ、中国が資金的にアフリカの成長を支えてきたことも事実です。エチオピアでは中国人2万人が働いていますが、エチオピアに進出している日本企業は首都アディスアベバ郊外に工場を開設した横浜市の革製品店ぐらいのようです。
関与の差は歴然としています。

****インフラをつくる中国(JETRO平野克己理事****
アフリカ経済で注目されるのは中国の動向です。

中国のアフリカ政策は一般に「資源獲得」ばかりが言われていますが、今の習近平政権は資源にほとんど手を出していません。代わりに何をやっているかと言うと、インフラづくりです。

経済成長はインフラ建設との追いかけっこです。急速に経済成長する国では、電力、道路、鉄道網がものすごい勢いでつくられます。日本も韓国も中国もそうでした。

経済成長が一段落したときに、そういった建築土木部門や公共事業をいきなりなくすわけにはいきません。日本の場合は、国内各地で公共事業を展開しました。中国はそれを国際的にやっている。それがアフリカにも及んでいる。そう言えるのではないかと思います。

もう一つ、国家主席の習近平氏が言っているのは、「中国は賃金が上がって国際競争力を失いつつある。このままでは輸出力が落ちてしまう。競争力の劣る国内企業は、国外に出て稼いでほしい」ということです。その対象にアフリカも含まれています。

エチオピアは、アフリカの中でも中国がもっとも熱心に製造業投資をしてきた国です。アフリカ大陸には中国人が100万人いると言われますが、エチオピアには少なくとも2万人はいるとみられています。エチオピアはアフリカ連合の本部もありますから、政治的にも非常に重要です。

ただし、エチオピアの製造業に対する投資も、今は激減しています。おそらく中国の景気が悪くなったからでしょう。今後どうなるか、注意深く見ています。

いま、世界のものづくりの25%は中国一国にあります。その中国からどこに製造業が飛び出していくのか。

戦後の開発史をみると、ものづくりの現場は最初は日本、次に台湾、香港、韓国、そのあと東南アジア諸国連合(ASEAN)に移って、そこから中国に行きました。中国の次にベトナム、カンボジア、ミャンマーに広がっています。

それがアフリカにまで来るかどうか。中国のエチオピアに対する製造業投資が今後どうなるかを見れば、その行く末を占うこともできます。(後略)【7月13日 朝日「GLOBE」】
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日本は“緩慢なる自殺”】
上記記事の平野氏は、外に目を向けない日本は“緩慢なる自殺”をしているとも。

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日本は長い不況の中にいます。問題は、輸出力の減退と、対日投資の低さです。先進国の中で日本の輸出力は極端に低く、外から入ってくる投資も少ない。日本はグローバル化の恩恵をまったく受けていないとさえ言えます。

これから日本の人口は減っていきます。それなのに国内の市場に依存している。緩慢なる自殺をしているのと同じです。まずは、輸出を増やすことが必要です。そこでまず、市場としてのアフリカの重要性があるのです。

資源価格の低迷で、資源ビジネスは、もうからなくなりました。それでは、他の分野があるのかどうか、本腰を入れて考えなければいけない。そういう中で注目されている国がエチオピアなんです。【同上】
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医療状況を劇的に改善している「保健普及員」】
エチオピア政府の取り組みは、経済成長に向けた産業政策だけでなく、国民生活に直結した保健衛生分野にも及んでいます。

****エチオピア、草の根医療 「保健普及員」若い女性ら3万人****
エイズなどの感染症に長く苦しめられてきたエチオピアの医療が、劇的な進歩を遂げている。カギは「保健普及員」として活躍する若い女性たちだ。

保健システム強化はアフリカの新たな課題で、ケニアで8月末に開かれる第6回アフリカ開発会議(TICAD6)=キーワード=でも議題となりそうだ。

農村に拠点、診療や処方担う
エチオピアの首都アディスアベバから北へ約500キロ。ティグレ州キヘン村の一角に、トタン屋根の「ヘルスポスト(診療所)」がある。
 
「おなかの赤ちゃんの動きが止まったり、出血したりしたら危険なサインです。すぐ連絡下さいね」
シンダヨ・タッカさん(29)は、ここで保健普及員として働く。妊婦健診に訪れた女性(40)に注意点を説明し終えると、「緊急時には電話して」と携帯番号のメモを手渡した。
 
エチオピア政府は2000年以降、全国1万6千カ所に、ヘルスポストと呼ばれる地域の保健医療の拠点を設置。保健普及員を2人ずつ配置し、診療や薬の処方を担わせた。国際援助を活用し、感染症関連などは無料だ。これが農村の医療事情を大きく向上させた。
 
受診した女性(45)は、簡易検査でマラリアの再発が見つかった。薬を飲んで回復したが、「昔なら死んでいたでしょう」。別の男性(52)も「10年以上前は、具合が悪くなったら薬草を飲んだ。現代的な薬のおかげで、感染症や出産での死亡はすごく減った」と喜ぶ。
 
政府が急ピッチで配置を進める保健普及員は、現在全国で3万人以上いる。担うのは地元の女性たちだ。
 
高校卒業後に1年間の研修を受ければ、政府から保健普及員に任命される。予防接種や、エイズやマラリアの検査もできる。国からもらう月給約8千円は、周囲の農家の収入よりも高い。特に妊婦や子供の医療が課題だったため、女性が適任なのだという。
 
ヘルスポストに入ると、壁一面に張られた手書きの表やグラフが目に飛び込んでくる。病気別の患者数の推移などをまとめたものだ。こうした情報は州レベルで集計され、例えば感染症が拡大してもすぐ覚知できる体制をとっている。

死亡率激減、課題は医師不足
エチオピアは1990年代まで、アフリカでも最低レベルの医療水準だった。近年は保健普及員の活躍で向上ぶりがめざましい。
 
5歳未満の死亡率は00年に145人(千人あたり)だったが、15年には59人に減少。この15年間でエイズ死亡率(78%減)、マラリア死亡率(74%減)も大きく減少した。
 
ここに至るには問題もあった。壁となったのは伝統や宗教だ。
 
エチオピアでは自宅出産が伝統で、15歳に満たず結婚する女性も珍しくない。性器切除を強いられる「割礼」も根強く残る。識字率も約4割だ。
 
政府は地元の女性たちに保健・衛生面の知識を教えたほか、キリスト教やイスラム教の指導者たちへの研修も進め、意識の変化を促した。「押しつけてはいけない。地道に理解を進めるのが大事」と政府の担当者は話す。
 
05年から7年にわたり保健相を務めたテドロス外相は「政府の主導や資金援助に加え、地域が主体的に取り組んだことが大きい。保健普及員はその代表格だ」と胸を張る。(後略)【8月11日 朝日】
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もちろん「光あるところに影あり」で、今回取り上げたような“いい話”ばかりではないでしょう。急速な変化で伝統的な生活・文化が困難に直面している面もあるでしょう。エチオピアも多くの問題を抱えているであろうことは当然のことです。

それはそれとして、ややアフリカに対する認識・イメージを改めさせてくれるようなエチオピア政府の取り組みです。
今度機会があったらエチオピアを観光してみましょう。直行便もあることですし。
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タイ  国民投票で「新憲法」承認 問題は多いものの、「民政復帰」で国民和解と政治安定を目指して

2016-08-10 22:42:57 | 東南アジア

(新憲法案に対する一票を投じるインラック前首相。「タイの民主主義にとって重要な日」と語ったが、憲法案への見解は口にしなかった=7日午前10時すぎ、バンコク、大野良祐撮影【8月8日 朝日】)

内容も、手続き的にも、民主的とは言い難いタイ新憲法
タイの軍事政権主導の新憲法案については、7月27日ブログ“タイ 自由な議論や批判、広報活動を封殺した状況での「国民投票」という「茶番」”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160727 で取り上げたように、「民意」を背景としたタクシン派の勢力拡大を封じ込めることを狙いとし、今後も軍部の政治への影響力を維持して、既存の伝統的社会秩序を維持していこうとするものとなっています。

また、国民投票も、政党などによる反対運動が許されず、軍事政権側の情報だけが流されるなかで行われました。

****タイ憲法草案、あす国民投票 軍政が「信任」迫る 選挙制度めぐり元首相派など反発****
2014年5月のクーデター以降、軍事政権が続くタイで7日、新憲法草案の是非などを問う国民投票が実施される。草案は、来年中の実施を予定する総選挙後も軍の政治介入を保障する内容が盛り込まれており、実質的な軍政への「信任投票」となる。
 
憲法草案は、軍政が設置した憲法起草委員会がまとめた。国会は上下両院の二院制を維持し、下院議員(500人、任期4年)は選挙で選出するが、上院は新憲法制定後の最初の議員(250人、同5年)を軍政が任命する。
 
下院は350人が小選挙区制で選ばれ、150人は比例代表制。比例では中小政党に有利に議席が配分されるため、大政党による単独過半数獲得が難しくなる。このため、従来の選挙制度で躍進してきたタクシン元首相派は反発している。また、同派と対立してきた民主党党首のアピシット元首相も、民主的でないと反対を表明している。
 
国民投票では、従来は下院が単独で行ってきた首相選出投票に、上院の参加を認めるかも問われる。承認されれば、議員以外からでも、軍が意中の人物を首相に据えやすくなる。
 
選挙管理委員会によると、有権者は約5000万人で、投票率は約80%を予想。投票時間は午前8時〜午後4時(日本時間午前10時〜午後6時)で即日開票される。国際機関などの監視は受け入れず、出口調査も禁止されている。
 
軍政は4月、「草案に関し歪曲(わいきょく)した情報を広めた者」に最長で禁錮10年を科す法律を制定。タクシン派を中心に、政治集会への参加者などを次々と逮捕し、草案に関する討論会なども事実上禁止してきた。
 
東南アジア研究所(シンガポール)のタームサック研究員によれば、「軍政が内務省を使い、地方首長に投票を促進するよう圧力をかけている」とされるなど、軍政が草案の承認に血道を上げている様子が指摘されている。【8月6日 産経】
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“国際機関などの監視は受け入れず、出口調査も禁止されている”ということで、万一、反対票が多いようなときには、軍事政権は何らかの「操作」を行ってでも「賛成多数」を演出するつもりなのでは・・・とも邪推していましたが・・・。

約6割の賛成で承認 厳しい締め付けと「安定」を求める声の結果
結果は周知のとおり、約6割の賛成で新憲法案が承認されました。

****賛成6割で承認確定=「独裁助長」と人権団体―タイ新憲法案****
タイ選挙管理委員会は10日、新憲法草案の賛否を問う7日の国民投票の公式結果を発表し、賛成61.35%、反対38.65%で草案承認が確定した。

5年間の経過措置として、首相指名投票に軍事政権が任命する上院が加わることも賛成58.07%、反対41.93%で承認された。投票率は59.4%だった。
 
タイではクーデターなどにより憲法の改廃が頻繁に行われてきた。今回制定される新憲法は、絶対王制から立憲君主制に移行した1932年の立憲革命以降20番目の憲法となる。プミポン国王の署名などを経て公布・施行される。【8月10日 時事】
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反対運動を許さない状況での“61.35対38.65”ですから、おそらく自由な広報活動が許されていれば逆の結果になったのではないかと思われます。

また、賛成にしろ、反対にしろ、内容・問題点についてあまり理解できていない投票者も多かったのではないかと思います。

そいうことはあるにしても、今回結果はタクシン元首相支持層の農民や低所得労働者の相当数が、賛成票を投じたことを意味します。それだけ“締め付け”が厳しかったと言えます。

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軍主導の最高機関、国家平和秩序評議会(NCPO)は投票前に憲法案に関する意見表明などを禁じたが、取り締まりは赤シャツに厳しく、反発も強かった。このため、「軍が作った憲法は論外」という空気が支配的だった。
 
それが変化した背景には、地方の赤シャツリーダーが拘束されたり、厳しい監視下に置かれたりして反対運動が封じられたことがある。

赤シャツ組織、反独裁民主同盟(UDD)のチャトゥポン議長は7日夜、「結果を受け入れ、国民としてやるべきことに取り組む」と敗北宣言をした。【8月8日 朝日】
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また、タクシン派と反タクシン派の政治対立から社会が混乱することを嫌い、多くの者が「安定」を求めた結果とも言えます。

****タイ国民投票、新憲法草案承認へ 民政復帰大きく前進****
軍政が2年以上も超法規的権力を握るタイで、民政復帰への一歩となる国民投票が実施された。承認される見通しの新憲法草案は、軍が実質的に権力を握り続けることを可能にする内容で、多くの政治家が反対を表明してきた。

一方、政治対立による混乱の再現を恐れ、安定の継続へ制限された「民主主義」を選択して賛成票を投じた有権者も多い。
 
バンコク中心部の小学校に設けられた投票所には、軍服姿の兵士が正面入り口で目を光らせていた。これまでの選挙などではなかった光景だという。
 
投票に訪れた民主党党首のアピシット元首相は報道陣に、「皆さんも投票を」と呼びかけるにとどめた。普段は多弁な政治家の慎重姿勢について、憲法草案に非民主的だと反対したため「軍から圧力を受けた」と、ある市民は説明する。
 
軍政は批判への発展を恐れて草案の賛否を論ずる討論会なども禁じた。そのため、内容は国民にほとんど周知されておらず、投票所では「(憲法の)中身はよく分からない」と答える有権者も多かった。
 
過去の総選挙で躍進を続けてきたタクシン元首相派は、政党の影響力を弱体化させるとして憲法草案に反対を表明。だが、同派のインラック前首相は投票後、「タイにとって極めて重要な日だ」とだけ語った。
 
ただ、タクシン派支持者が多い北部ピサヌローク県の女性(53)は、賛成に票を投じた。軍政の2年間、薬物取り締まり強化などで「治安が向上したため」で、タクシン派と反対派の対立で引き起こされた国政の混乱はもうこりごりだという。
 
軍政が権力の引き締めをはかる背景には、軍を統帥し、国民の敬愛を集めてきたプミポン国王(88)の健康状態の悪化も指摘される。不透明な王位継承問題で、既得権益層を巻き込む政治対立となれば、大混乱を引き起こしかねない。
 
「戦後でみれば、民政の時代は最近だけ。今の軍政はこれまでの中の政権で最高よ」。ある高齢女性は、皮肉交じりに賛成した理由を述べた。【8月7日 産経】
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【「いびつな民主主義」「形ばかりの民政復帰」への批判
新憲法によってもたらされる「いびつな民主主義」「形ばかりの民政復帰」を懸念する声は多々あります。
また、新憲法は改正が難しく、「タイ社会は、この制度に縛り付けられてしまう」との声も。

*****タイ、新憲法案承認へ 軍、強い影響力を維持****
・・・・タイでは、不安定な連立政権で国政の混乱が繰り返された反省から、1997年に「人民の憲法」とも呼ばれる憲法ができた。小選挙区制の導入など強い与党、安定した政権を生み出す狙いだ。その結果、タクシン派が台頭。立て続けに選挙に大勝した。
 
これが軍や官僚を中心に少数の支配層が既得権益を握る伝統的な政治システムへの脅威となった。

タクシン氏を2006年のクーデターで失脚させると、07年制定の憲法は「強い与党」路線を修正。上院に非公選の議員を登場させ、憲法裁判所などを与党や政治家を排除する手段として使った。

今回はその方向性をさらに強めた。また、新憲法は改正がきわめて難しいことが特徴だ。「タイ社会は、この制度に縛り付けられてしまう」とタマサート大学法学部のウォラチェート教授(公法)は懸念する。
 
新憲法下の選挙制度は、単独政党が過半数をとりにくい小選挙区比例代表併用制で、不安定な連立政権が生まれる可能性が高い。タクシン派と反タクシン派の対立が再燃し、混乱が起きると案ずる関係者は少なくない。(後略)【8月8日 朝日】
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****タイ憲法案承認】形ばかりの民政復帰では****
軍事政権下のタイで、新憲法草案の是非を問う国民投票が行われ、賛成多数で承認された。
 
プミポン国王の承認によって成立し、来年には総選挙が予定される。形の上では、民政復帰への大きな節目を迎えた。
 
だが、草案は民政移管後も軍の政治介入を認める内容で、国民投票も徹底した言論統制下で実施された。実態は、地方の農民や貧困層を中心とするタクシン派の抑え込みだったといえよう。
 
対立の構図が改めて浮き彫りとなったと言わざるを得ず、混迷を収拾する糸口は見えないままだ。
 
東南アジアでかつて「民主主義の優等生」と評されたタイだが、近年はその面影もない。タクシン派と、軍や財閥など都市部のエリート層・中間層に支えられた反タクシン派との政治対立である。
 
2001~06年に首相を務めたタクシン氏は、低額の医療制度など大衆的な政策で支持を拡大した。一方の軍部は06年、14年とクーデターを起こし、力でタクシン派の体制を覆してきた。
 
14年の政変は、長年対立する両派の「和解」を名目としていたが、次第に軍事政権はタクシン派への抑圧を強めていった。
 
憲法の制定は国の方向性を決める最重要事項で、本来は民政移管への大きな一歩となる。しかし、新憲法は対立の延長線上で、軍政による既得権益の維持拡大に利用された印象が拭えない。
 
草案は、民政復帰後の5年間は上院の公選制を廃止し、軍による任命制とした。下院も大政党の単独過半数獲得が難しい選挙制度に変える。選挙に強い、タクシン派の封じ込め策だろう。
 
さらに国民投票で憲法草案とは別に、下院だけだった首相選出選挙の投票権を、上院に拡大することも認めさせた。憲法草案と合わせれば、軍人など下院議員以外からの首相就任も可能となる。
 
「合憲的」に従来の議員内閣制を骨抜きにした上、軍部の権限を温存した。これでは事実上の軍政にほかならない。
 
政争に疲れた国民が、軍のコントロール下であっても安定した民政復帰を望んだとの見方はあるが、こうした草案の問題点が国民の間で議論されたとは言い難い。
 
軍政は4月、「憲法草案に関し歪曲(わいきょく)した情報を広めた者」を取り締まる法律を制定し、反対意見を徹底して抑え込んだからだ。逮捕者は100人を超えたという。
 
民主主義社会は、民意とその形成過程を尊重してこそ成り立つ。形ばかりの民政復帰が実現したところで、文民統制の基本原則をないがしろにし、抑圧によって世論もゆがめる国が、国際社会で信頼を得られるはずはない。
 
社会の安定を力に求めるだけでは、いつまでたっても対立の構造から抜け出せない。民主主義の原点に立ち返る必要があろう。【8月10日 高知新聞社説】
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問題はあるものの、10年におよぶ政治の混迷と社会の分断の克服へ向けて進むしかない
個人的には上記社説と同意見ですが、そうは言っても決まったものは仕方がありません。これでやっていくしかありません。

いったん強権的な権力が生まれると、そこから抜け出すには長い時間をかけるか、多大な流血を覚悟するかしかありません。

現実問題としては、もし新憲法案は否決されたら、今後の道筋を失った軍事政権の強権支配が一層強まることになったかも・・・・との思いもあります。

また、タクシン派も新憲法を受け入れて、総選挙に活路を求めるしかないといった状況のようです。

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一方で、独裁体制が長引くほどタクシン派政党のタイ貢献党の弱体化が進むとの危機感もあったとみられる。

同党首脳に近い関係者は「切り崩し工作が強まり、このままでは選挙を戦えなくなる」と話した。現状ならば、来年の総選挙で少なくとも第1党になる可能性は高い。

民政に復帰すれば、軍部には戒厳令並みの治安権限がなくなり、政治的な自由は、一定程度回復するとの読みだ。【8月8日 朝日】
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新憲法のもとで民主主義がどのように機能するかはよくわかりませんが、やってみるしかないでしょう。

****タイは新憲法を生かせるか ****
タイの新しい憲法の草案が、国民投票で承認の見通しとなった。内容も制定の手続きも民主的とはいいがたいが、軍政から民政への移管に向けた一歩ではある。10年におよぶ政治の混迷と社会の分断を克服する足がかりになることを、期待したい。(中略)

大切なのは政治の安定に向けた足場として新憲法を生かすことだろう。それには、様々な意見をくみ取って社会の分断を修復する民主的な取り組みが求められる。【8月10日 日経】
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総選挙は来年の年末に予定されています。

****タイ総選挙 来年11〜12月 国民投票受け****
タイ暫定政権のプラユット首相は9日の閣議で、国民投票で新憲法草案が承認されたことを受け、民政復帰のための総選挙実施は2017年11〜12月になるとの見通しを示した。首相府報道官が明らかにした。
 
閣議後の記者会見でプラユット氏は、ロードマップ(行程表)通りに総選挙を実施して民政復帰を果たすと強調した。
 
一方、ドン外相は記者団に対し、近く各国大使らを集め、国民投票の結果と今後のスケジュールについて説明会を実施することを明らかにした。
 
選挙管理委員会は10日、国民投票の公式集計結果を発表。プミポン国王の承認などを経て新憲法が成立する。【8月10日 毎日】
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ミャンマー  反感と必要性のはざまで複雑な中国との関係 17日からスー・チー氏訪中

2016-08-09 23:09:15 | ミャンマー

(ミャンマー中部モンユワ地区で5月6日、中国企業によるレパダウン銅山開発再開に抗議する住民 【5月7日 時事】)

横行する中国への人身売買
スー・チー氏が牽引するミャンマー民主化については、アメリカはこれを支援する関係にありますが、6月28日、アメリカ国務省は人身売買に関する今年の報告書において、ミャンマーを人身売買状況が懸念される国のリスト中最悪となる「ティア3」に格下げしました。

イスラム教徒で少数民族のロヒンギャ族に対する迫害が続いていることへの米国の懸念を伝えるメッセージの意味合いもあるとのことです。

****米、人身売買問題でミャンマーを「最悪」国に格下げ****
米国は、ミャンマーを人身売買状況が懸念される国のリスト中最悪となる「ティア3」に格下げした。民主的に選出された政府と、依然力の強い軍に対し、子供の兵士や強制労働の抑制に一段と尽力するよう求めるためという。

この格付けは、売春や強制労働のための違法な人身売買を含む近代の奴隷状態を回避する目的があり、報告は国務省から30日に発表される。「ティア3」にはほかに、イラン、北朝鮮、シリアなどが含まれている。

今回の格下げは、イスラム教徒で少数民族のロヒンギャ族に対する迫害が継続していることへの米国の懸念を伝えるメッセージの意味合いもあるという。

アウン・サン・スー・チー氏主導の新政権が今年発足して以来、この問題が放置されているとして、同氏に対する国際的批判が高まっている。

「ティア3」の国は、人身売買状況が最低基準を満たしておらず、満たす努力もしていないことから、米国や国際社会の支援に対するアクセスが制限されるなどの制裁を受ける可能性がある。

ミャンマーは、最大期限となる4年間「ティア2」に格付けされており、期限を迎えたことから、格上げが正当化されるか自動的に格下げされるかのどちらかだった。【6月28日 ロイター】
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ロヒンギャの問題、仏教徒が多数を占めるミャンマー国内のロヒンギャへの強い反感があって、民主化運動の象徴でもあったスー・チー氏もこの問題については多くを語らないことなどは、これまでも再三取り上げてきたところです。

また、その良し悪し、あるいは「実態」は別として、国連や国際機関でもない一国家に過ぎないアメリカが、世界各国の人権状況に関する報告書を定期的に発表するということが、民主主義・人権の「守護者」としてのアメリカの世界に対する姿勢を示してもいますが、トランプ氏のような「自国第一主義」ということになれば、こうしたものもそぐわなくなるのでしょう。

アメリカ国務省のミャンマーにおける人身売買への批判は、上記記事にあるロヒンギャ問題にとどまらず、中国との間での人身売買にも及んでいます。

****ミャンマー人身売買の実態、「職ある」とだまされ中国で強制結婚*****
ミャンマーの貧しく若い女性が、働き口があるとそそのかされていった先の中国で会ったこともない男性と結婚させられそうになり、遠く離れた母国へ必死の思いで逃げ帰ろうとする例が後を絶たない。
 
貧困に苦しむミャンマーの最大都市ヤンゴンから約1時間離れた場所に、家のない人々が集まりテントや粗末な竹の屋根を張って暮らす地域がある。チー・ピャー・ソーさん(22)は今年4月、その一帯から姿を消した。(中略)
 
ソーさんともう1人の女性は、中国で家政婦の職があるという誘いに乗った。月給は210ドル(約2万1500円)。ミャンマーでの稼ぎの数倍に上る額だ。
 
仲介業者が無料でソーさんらをミャンマー北東部シャン州にある中国国境沿いの町ムセまで運び、そこから2人は合法的に越境した。しかし中国に入った途端に、約束はたちまちほごにされた。
 
ソーさんの地元の警察官は匿名を条件にAFPの取材に応じ、「2人はある中国人女性の家に連れて行かれた。そこに、複数の中国人男性が彼女らを見にやって来た」と明かした。「2人は、中国人男性と結婚しなければならないと告げられた」という。
 
ミャンマーは近年、その民主改革で国際社会から称賛を浴びてきた。抑圧的な軍政を終結させ、民主化運動の象徴アウン・サン・スー・チー氏が、選挙で選ばれた政府を事実上率いていく道が開かれた。
 
ただ、誕生間もない文民政権に6月30日、外交上の難題が突き付けられた。米国がミャンマーを、世界最悪の人身売買の中心地の一つと名指ししたのだ。
 
米国務省は人身売買に関する年次報告書で、「ミャンマー人女性らは中国に移送されて中国人男性との結婚を強要され、性労働や奴隷並みの家事を押し付けられている」と指摘。さらに、政府関係者らが「時にこの種の人身売買に加担している」と信じるに足る理由さえあると糾弾した。

■人身売買の被害者は数千人規模
公式なまとめによると、2006~2016年の中国への人身売買の被害者は3000人を上回っている。ヤンゴンに拠点を置く人身売買対策班の警察幹部は、「被害者のうち2000人は女性で…400人は18歳未満の未成年者だ」としている。
 
ソーさんら2人には運が味方してくれた。中国で出会った高齢のミャンマー人女性の助けで、見知らぬ男と結婚させられる前に自国へ戻ることに成功した。
 
2人は現在、ヤンゴンにある国営の女性支援施設に保護され、就業訓練を受けている。一度も学校に通ったことがないというソーさんにとって、再び同じ道をたどらないためには就業支援は不可欠だ。【8月9日 AFP】
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同様の“高い給与を餌に中国へ連れて行き、現地に到着すると売春や結婚を強いる”というような人身売買は、ベトナムと中国の間でも横行しています。

ベトナム側発表では“11〜15年の5年間に摘発された誘拐事件は2200件、拘束された容疑者は3300人に上るという。救出された被害者は4500人で、7割が女性。だが、それ以前の5年間と比べると、事件数は11.6%増えている。”【7月31日 Record China】とのことです。

“政府関係者らが「時にこの種の人身売買に加担している」”ということでミャンマーも厳しく批判されるべきですが、まず第一には、ミャンマーやベトナムなどで大規模に不法行為を続ける中国こそが、その責任を問われるべき問題でしょう。

中国との関係見直し
軍事政権時代、経済制裁にあったミャンマーに大きな影響力を行使するようになった中国ですが、すでにテイン・セイン大統領の頃から、中国との関係の見直しは始まっています。

2011年、テイン・セイン大統領が中国出資の巨大ダム「ミッソンダム」の建設を「任期中は開発を認めない」と中断したことは、中国との関係見直しの象徴として注目されましたが、スー・チー政権にあっても、同様の“見直し”が行われているようです。

****シャン州政府が中国のダムにNO! 大型公共事業見直しへ****
2016年7月13日、ミャンマー東部のシャン州で、中国が進めるダム水力発電などの大型プロジェクトの見直しが進んでいる。

シャン州のソー・ニュン・ルイン財務計画大臣が、中国企業との合弁で進めるナウンパ水力発電所を例に挙げて、再検討を行うため事業を凍結すると明らかにした。英字紙ミャンマータイムズなどが報じた。

ナウンパ水力発電所は、シャン州のサルウィン川に計画されているもので、中国の中国水利とミャンマー側との合弁企業が手掛ける。1200メガワットの発電量の90%を中国に送電することになっているとされ、ミャンマー側から不満の声が上がっていた。

同紙によると、ナウンパのほか、7つの水力発電や石炭火力発電所、ホテル開発など前政権で認可された大型事業が差し止められている。今後、情報公開を進めながら収益性などを再検討するという。同大臣は「国民の声は書類よりも重要だ」として、世論を重視する方針を示している。
 
今春に政権の座についたアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相率いる国民民主連盟(NLD)政権は、シャン州など地方政府のトップを独自に任命。地方行政の主導権を握っている。NLD政権は、外国との不当な条件にある契約を見直す方針を示している

ミャンマーでは軍事政権時代、欧米の経済制裁下で影響力を伸ばした中国の援助で公共事業や資源開発を進めた経緯がある。その契約の中にはミャンマー側に不利なものもあるとして、見直しを求める声が上がっていた。

発電所についても、ヤンゴンなど大都市でも停電が頻発する中で、中国などへ送電する割合が多いために不満が出ている。

一方、ミャンマー経済は最大の貿易相手国の中国に大きく依存しており、中国の反発を招く大型事業の見直しをどこまで行うことができるのかが焦点となる。テイン・セイン前大統領もカチン州のミッソンダム計画を凍結し、中国から一定の距離を置く姿勢を取っていた。【7月13日 GLOBAL NEWS ASIA 】
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“発電量の90%を中国に送電する”というのはミッソンダム計画と同じです。
慢性的かつ深刻な電力不足に悩むミャンマーが、どうして不足する電力を中国に送電しないといけないのか・・・当然の疑問です。

経済開発・住民生活向上のためには必要な中国資本
ただ、経済開発によって国民生活の底上げを図りたいスー・チー政権にとって、中国資本はその手段としては無視できません。

ミャンマー中部の「レパダウン銅山」は、中国・万宝鉱産公司が2010年に開発を始めましたたが、環境汚染や土地の強制収用があったとして大規模な抗議デモが起き、警官隊の強制排除で100人超の負傷者が出ました。

この「レパダウン銅山」は操業がストップしていましたが、今年5月から操業が再開されています。

問題が表面化した当時から、野党指導者としてのスー・チー氏が委員長を務める調査委員会が「事業は続けるべきだ」とする報告書を出していたように、スー・チー氏は開発の必要性を重視していました。

トゥレイン・タン・ジン駐日ミャンマー大使は6月7日、東京都内で講演し、3月末に発足した国民民主連盟(NLD)新政権によるインフラ開発は住民の声を尊重し、環境や民間企業の利益にも配慮しながら進むとの見解を示しています。

*****ミャンマー新政権下の開発は住民の声を尊重=駐日大使****
国際機関・日本アセアンセンターが主催した講演会でトゥレイン・タン・ジン大使は政権交代後の開発姿勢に関するNNAの質問に対し、「住民や環境、企業の3つの利害を勘案したインフラ・資源開発を行う」と回答した。

前政権下で開発が中断したカチン州のミッソンダム、ザガイン管区モンユワのレパダウン銅山については「(開発を主導する)中国企業は自らの利益優先の開発を推進していたが、住民が反発。当時野党だったNLDの党首アウン・サン・スー・チー氏が解決に乗り出し、政府と住民、民間企業の3者の利益を模索しながら開発するよう調整した」とコメント。

中国企業が住民との対話を重視するようになり、銅山開発は再開、軌道に乗りつつあると指摘した。(後略)【6月8日 Global Interface Japan】
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レパダウン銅山の操業再開にあったては住民の抗議活動も報じられており、“住民との対話を重視するようになり、銅山開発は再開、軌道に乗りつつある”とのことなのか・・・・よくわかりません。

微妙なかじ取りを要求される中国との関係 中国は外交攻勢
スー・チー政権にとって、中国との距離の取り方は微妙な問題です。
もちろん従来のような過度の中国依存からは脱却する方向ではありますが・・・・。

****スー・チー氏、「非同盟・中立」を強調****
・・・・一方で、ミャンマー国民の対中感情は必ずしもよくない。中国がミャンマーに投資したとしても、その果実は中国が持って行く構図になっているからだ。

例えば中国最大の投資案件である北部ミッソンのダム建設プロジェクトは、生み出した電気の9割を中国に輸出するという内容。住民の不満は大きく、反対運動が頻発。たまらずテイン・セイン政権は11年秋、同計画を凍結した。

この構図はヒスイも同じだ。開発の表向きの主体はミャンマー国軍系企業や、トゥー・トレーディングスなど旧軍政と密接だった政商になる。だが、内実は中国資本との合弁事業が多く、操業は実質的に中国人に担われているとされる。

そうして生産したヒスイは中国へ持ち出される。中国とそれに結びついた勢力だけが利権を握り、果実は一般の住民に落ちるわけではない。「経済への貢献は認めるが、中国人は大嫌い」(宝石商)というのがミャンマー人の標準的な考え方だ。
 
このような国民感情を考慮してか、3月末に発足した新政権をけん引するスー・チー氏の対中外交も、どこかよそよそしいものだ。

4月には諸外国外相で最初に訪問した中国・王毅外相と会談したが、中国政府の求めるミッソンダムの開発再開には応じず、新政権発足後、中国企業による大規模投資は認可されていない。

外相として対外的に情報発信する際も、かつてミャンマーの伝統だった「非同盟・中立」の重要性を繰り返すようになり、外遊もラオス、タイなど東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国に限られる。
 
ASEAN諸国の外交は、中国に対するスタンスで大きく2つにグループ分けできる。南シナ海で領土紛争を抱えるフィリピン、ベトナムは「中国けん制」、中国の経済支援に従属するラオス、カンボジアは「親中」が基本軸だ。

南シナ海の大半の領有権を主張する中国の主張に対して、フィリピンが仲裁裁判を申し立てたのを契機に、これまで中立だったインドネシアやシンガポールが「中国けん制」に回るなど、ASEAN内でも中国への態度に変化がみられる。
 
そんな中、伝統的にラオス、カンボジアと並ぶ親中派と見られていたミャンマーは、あいまいな態度を取るようになった。南シナ海問題が大きな議題となった6月14日の中国・ASEAN特別外相会議(雲南省)にスー・チー氏は参加せず、カンボジアなどが仲裁裁判に関して中国支持を打ち出すなか、沈黙を守る。

「軍政時代の“親中”、前テイン・セイン政権の“脱・中国依存”から、さらに中国との距離は広がっている」(外交筋)との見方が一般的だ。(後略)【7月22日 日経】
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ただ、繰り返しになりますが、中国の存在は無視できません。
また、中国はミャンマーに対するかつての特権的影響力を取り戻そうと盛んに外交攻勢をかけています。南シナ海問題などでも、ミャンマーを一定に繋ぎ止めておく必要もあります。

経済成長のためには現実問題として中国の支援が必要なスー・チー政権は、少数民族問題も絡んで複雑な対応を迫られています。

****スーチーも苦慮する複雑な対中関係****
反感強まる中国の影響力
ミャンマーの新政権は中国の王毅外相を最初の賓客として迎え、スーチーは中国の「多額の援助」を歓迎し、王外相は両国の暖かい兄弟関係を称えた。
 
しかし、両国の関係は以前とは異なる。ミャンマーの軍事政権が開国に踏み切ることになった要因の一つは、増大する中国の影響力への強い反感だった。

ミャンマーの人々は、中国からの投資に伴う大勢の中国人労働者や商人の流入に、自国が中国の一省になりさがると危惧し始めていた。将軍たちも、中国の支援がリスク要因になってきたことに気づいたようで、2011年、テイン・セイン大統領は中国出資の巨大ダムの建設を突如中止、銅山開発や中国雲南省とベンガル湾を結ぶ鉄道の建設も取りやめた。この時、既にテイン・セインとスーチーは民主主義への移行を協議していた。
 
今や中国はミャンマーの唯一の庇護者ではなく、西側諸国と競合する立場にある。とは言え、中国は今も最大の投資国であり、ミャンマーに巨大な商業的、戦略的利害を有する。

中でも重要なのが、中東の石油・ガスを中国内陸部に送り込むための中国石油公社所有のパイプラインだ。他にも中国企業が関わる工業地区、港湾、精油所等の建設計画がある。王外相の融和的姿勢は、中国がこうした利害をより上手く運営しようとしていることを示すものだ。
 
これらのプロジェクトには国民の反発が見込まれるが、新政権が目指す経済成長には中国からの投資が不可欠であり、スーチーはこのことを国民に納得させようとしている。

経済問題以上の懸案
中国との関係でさらに厄介なのが少数民族問題だ。国境地帯では長年不穏な動きが続いている。1年前には、北部シャン州コーカン地区で反政府組織と戦闘中、ミャンマー軍が中国領内に入り、中国人を爆撃、殺害する事件があった。ミャンマーの反政府組織はいずれも、中国と血縁、歴史的関係がある。(中略)
 
もっとも、中国側もミャンマーは政治的変化を遂げ、立場が変ったことはわかっている。記者会見で王外相は、中国企業は「ミャンマーの社会的慣習を尊重」し、「地元の生態と環境」は守らねばならないと述べた。

今のミャンマーには他にも求婚者がおり、もはや中国もカネでたやすくミャンマーの好意を買うことはできない。【6月3日 WEDGE】
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インド英字紙インディアン・エクスプレスによると、中国政府は官僚、議員、記者ら100人超をミャンマーから中国に招いたほか、100人を超える学生を中国留学に招いたとのことで、ミャンマーとの新たな関係構築を進めています。

そんなこんなの状況で、スー・チー国家顧問兼外相が17日から4日間の日程で中国を訪問するようです。
スー・チー氏の訪中は野党指導者だった昨年6月以来で、3月末の新政権発足後、ASEAN域外では初となります。

恐らく、中国側は相当な“贈り物”でスー・チー氏を迎えるのではないでしょうか。
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マレーシア  国内的に幕引きがなされた「1MDB」疑惑 アメリカ司法省の差し押さえ訴訟提訴で再燃

2016-08-08 22:21:33 | 東南アジア

(「1MDB」疑惑で抗議集会を行う人権活動家マリア・チンアブドラ氏(中央女性) 今後、更に抗議活動を展開していく計画を発表しています。【8月3日 ロイター】)

ナジブ首相への資金還流疑惑も それでも盤石なナジブ体制
マレーシア・ナジブ首相が代表を務めていた政府系投資会社「1MDB」(ワン・マレーシア・デベロップメント)を舞台にした巨額汚職疑惑については、これまでも何回か取り上げてきました。

2016年3月14日ブログ「マレーシア 汚職疑惑のナジブ首相 マハティール元首相との権力闘争も 批判報道規制を強める」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160314
2015年9月17日ブログ「マレーシア 汚職疑惑の首相へ高まる批判 民族間の対立に飛び火する不安も」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150917
2015年7月8日ブログ「マレーシア 与党は首相の汚職疑惑、野党は共闘崩壊 それぞれに困難に直面」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150708
2015年5月1日ブログ「マレーシアで進む宗教保守化と強権支配」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150501

“1MDBは、2009年にナジブ首相が主導して創設された投資会社であり、創設以来、同首相自身が顧問会議のトップとして経営に関与していた。マレーシアを先進国入りさせるプロジェクトの一環として期待されたこの投資会社は、14年3月末時点で約420億リンギットに上る巨額(GDPの3.9%、国家予算の16%に相当する金額)の負債を抱え込む状況に陥った。さらに、不正経理の疑惑も指摘されている。”【6月1日 石井順也氏 「苦境を乗り切るマレーシア・ナジブ首相のしたたかな統治術」 読売】

疑惑は、巨額負債のほか、マネーロンダリング、首相親族の関与、更には首相自身への資金還流など多岐にわたっています。

そのひとつが、「1MDB」関連会社を通じ、ナジブ首相の個人口座に約7億ドル(約800億円)の不透明な資金が振り込まれた・・・というものです。

政府批判の中核となるべき野党連合が、取りまとめ役のアンワル・イブラヒム元副首相が同性愛問題という政治的策略とも思われるような形で政治生命を断たれたことで崩壊した一方で、与党側の中核にあったマハティール元首相がナジブ首相批判の先頭に立つ形で、両者の権力闘争的な側面も見せていました。

野党勢力、マハティール元首相などの批判に対してナジブ首相側は、“潅流”したとされる資金はサウジアラビアの王族が寄付したものであり、「汚職」ではないという調査報告で幕引きを行っています。

****苦境を乗り切るマレーシア・ナジブ首相のしたたかな統治術*****
・・・・こうした中で、法務長官は16年1月、「ナジブ首相に対する送金は、サウジアラビアの王族からの個人的な献金であって1MDBからのものではなく、犯罪性は認められない」として捜査の終了を宣言した。

同年4月にはサウジアラビアの外相も個人的な献金である旨説明した。

本件について調査を行っていた公的会計委員会も、最終報告書において、1MDBのガバナンスの問題を指摘しながらも、犯罪性はないとの見方を示した。同年5月にはマレーシア中央銀行も同様に捜査の終了を宣言した。
 
公的会計委員会の最終報告書の提言に従い、1MDBの経営陣は辞任し、顧問会議は解散するに至った。議長であるナジブ首相も退任した。

1MDBの主要資産は財務省が管轄する投資会社に移管され、1MDBは今後、資産売却や債務返済など限定された業務にあたることになった。
 
こうしてマレーシア国内においては、捜査やナジブ首相の責任追及は終了し、1MDBも実質的に解体が進められ、問題の幕引きが図られた。(後略)【同上】
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上記記事において石井順也氏は、多くの批判の集中砲火を浴びながらもナジブ首相の政治基盤が揺るがない要因として、ナジブ首相側の強引とも言える反対勢力排除が奏功したこと、野党連合が崩壊するなど足並みが乱れたこと、マハティール元首相に対する拒否感が野党側に強く、その連携が進まないこと、マレー系住民を取り込むナジブ首相の政治的対応が奏功していることなどをあげています。

アメリカ司法省提訴で問題再燃  ナジブ首相「自身は直接は無関係」】
こうして「一件落着」というか、“うやむや”というか、とにかく事件に幕引きがなされた形でしたが、石井順也氏も“盤石とみられるナジブ政権であるが、いくつかの不安材料がある”として、いくつか指摘されていました。

そのひとつが、「1MDB」事件は海外でも捜査が行われており、“今後、何らかの違法行為を示す証拠が発見される可能性も否定できない。そうなれば、国内では収束していた問題が再び息を吹き返す可能性がある”ということでした。

実際、火の手はアメリカからあがりました。

****米、10億ドル差し押さえ提訴 マレーシア資金流用疑惑****
米司法省は20日、マレーシアのナジブ首相が主導して設立した政府系ファンド「1MDB」から資金が不正に流用された疑いがあるとして、米国にある不動産や美術品など総額10億ドル(約1070億円)の資産の差し押さえを求める訴訟を起こしたと発表した。
 
司法省によると、この疑惑にはマレーシアの政府当局者らが関与し、1MDBから35億ドルあまりが不正に流用されたとみている。司法省はナジブ氏の義理の息子らの名前も、この疑惑の「関係者」として挙げた。
 
リンチ司法長官は20日の記者会見で「腐敗した政府当局者が公的ファンドを個人の銀行口座のように使っていた」と指摘。これに対し、1MDBは21日、「1MDBは米国に資産を持っていない」などとする声明を発表した。
 
1MDBをめぐってはナジブ氏の資金流用疑惑も浮上。本人は流用を否定しているが、米国のほか、スイスやシンガポールなどの捜査当局も汚職や資金洗浄の疑いで1MDB関連の資金の流れを調べている。【7月21日 朝日】
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差し押さえの対象にはディカプリオ主演の映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート(The Wolf of Wall Street)』の関連権利の他に、ビバリーヒルズの高級不動産、ニューヨークのタイム・ワーナー・センターのペントハウス、ロンドンのベルグラビア地区の物件など20近くの資産が含まれています。

スイスやシンガポールの当局も関連口座の凍結に踏み切っており、シンガポール当局は21日、「1MDB」に絡む不正と資金洗浄の疑いでナジブ首相の義理の息子に近い知人が所有する不動産などを差し押さえたと発表しています。
アメリカ司法省の提訴について、ホワイトハウスはマレーシア政府に“透明性向上”を求めています。

****マレーシア政府は透明性向上を=資金流用疑惑でホワイトハウス****
マレーシアの政府系投資会社ワン・マレーシア・デベロップメント(1MDB)をめぐる資金流用疑惑で、ホワイトハウスは21日、マレーシア政府は良好なガバナンスと透明なビジネス環境を重視していることを示す必要があるとの見方を示した。アーネスト報道官が会見で述べた。

米司法省は20日、1MDBから資金が不正に流用されたと主張し、10億ドル以上の関連資産の差し押さえを求めて提訴した。

ホワイトハウスのアーネスト報道官は「マレーシアで事業を検討している企業は、ビジネス環境が良好であることを示すサインを探すことだろう」と述べた上で、マレーシア政府は「透明性や良好なガバナンスにコミットしていることを明確に示すべきだ」と語った。【7月22日 ロイター】
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石井順也氏が【6月1日 読売】でも指摘していたように、アメリカとマレーシア政府は極めて良好な関係にあると見られていましたので、アメリカがこのようにナジブ政権に対し強い姿勢を見せたことは意外でした。

****卓越した全方位外交****
・・・・このようなナジブ首相のしたたかな政治手腕は、外交においても遺憾なく発揮されている。

現在のマレーシアは、関係国すべてと良好な関係を築く全方位外交を展開している。その中でも最も重視する国は米国と中国である。
 
マレーシアと米国の関係は、かつてない程に良好な状況にある。ナジブ政権は環太平洋パートナーシップ(TPP)に参加し、重要な貿易国・投資国である米国との関係を一層強化しようとしている。

マレーシアには反体制派の抑圧、ロヒンギャへの対応をめぐる人権問題が存在するが、オバマ大統領はナジブ政権の外交姿勢を評価し、親交を深め、14年には現職大統領として48年ぶりにマレーシアを訪問した。
 
15年版の国務省の人身売買報告書は、ロヒンギャ族の人身売買問題が深刻視されていたにもかかわらず、マレーシアの評価を14年度の最低ランクから引き上げた。

背景には、人身売買報告書で最低ランクに分類された国と交渉を行うことを米貿易促進権限法が禁じているという事情があったとみられる。すなわち、米国としては、マレーシアとの間でTPP交渉を進めるためマレーシアのランクを引き上げる必要があった。
 
このような米国とマレーシアとの間にある強い信頼関係は、かつてマハティール政権が強固な反米政策を採った時代と比べると隔世の感がある。(後略)【6月1日 石井順也氏 読売】
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アメリカとしては、これまでの政治的関係と不正資金の問題は別物ということでしょうか。

ナジブ首相は「自身は直接は無関係」だと主張しています。

****1MDBの資金流用訴訟、マレーシア首相が「直接は無関係」と主張****
マレーシアの政府系ファンドの資金不正流用をめぐり米司法省が訴訟を起こしたことについて、マレーシアのナジブ首相は5日、自身は直接は無関係だと主張した。

同省は7月、政府系ファンドであるワン・マレーシア・デベロップメント(1MDB)の資金でナジブ首相の「関係者」が不正に取得したとする関連資産10億ドルに対し、差し押さえを求める民事訴訟を起こしていた。

これに関してナジブ首相は、テレビ局で「司法省が最近起こした訴訟に、私は直接含まれていないし、マレーシア政府も1MDBもそうだ」と主張。「訴訟は5人の人物に対するものだ」と述べた。

さらに首相は、訴訟はビジネス上の問題であるにもかかわらず、「特定の敵対者」により政治問題化されていると話した。【8月5日 ロイター】
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水面下では、アメリカ司法省が1MDBからの資金の受け取り手の一人と指摘した「マレーシア政府関係者」がナジブ首相だとする見方が出ています。ただ、さすがにアメリカ側も友好国トップの名指しまでは踏み込んでいません。

ナジブ首相の「無関係」という言い分は、限りなく疑わしく思えますが、前出のようにナジブ首相の政治危基盤は盤石とも言える状況ですから、弱体化した野党勢力やかつての威光を失ったマハティール元首相がこれ以上ナジブ首相を追い詰めるのは難しいようにも思えます。

そういう意味で、策略だろうが政治的陰謀だろうが、とにかくアンワル氏さえ潰せば“水と油”の寄せ集めの野党連合は崩れるとしたナジブ首相側の対応は実に効果的だったとも言えます。

マレー系・イスラム重視で複合民族国家の統一性が損なわれる危険も
ただ、政治的求心力を維持するためにマレー系住民重視の姿勢を強めたことで、これまでまがりなりにも複合民族国家としての統一性を維持してマレーシアの安定性が損なわれる危険性もあります。

****それでもぬぐえないマレーシア政治の不安材料*****
第三に、マレー系の優遇、イスラム教の重視が国民の分断を招くおそれがあることである。
 
イスラム国家の側面を強調することは、非マレー系の疎外感を生むおそれがある。イスラム主義の傾向は、保守的なイスラム政党であるPASが前述のとおり与党連合に参加したことで、一層強まる可能性がある。

16年5月26日にはPASの党首が連邦議会下院にイスラム刑法導入に向けた議員立法法案を提出、与党連合の中でも華人系政党とインド人系政党から猛烈な反発を招いた。
 
また、中東との協力強化に資する反面、反米感情を高めることになれば、ナジブ首相が進める米国との連携強化と両立しなくなる可能性もある。
 
さらに、中国は海外の華人や華僑を積極的に取り込む政策を採っており、15年9月には、駐マレーシア中国大使がチャイナタウンを訪れ、華人に対して、「中国はあらゆる人種差別に反対する」、「華人の権利の侵害は中国にとって許容できるものではない」と発言し、マレーシア外務省が同大使を呼び出して釈明を求めるという事件があった。

ナジブ政権がブミプトラ政策を強化し、またイスラム的価値観を強調することで、非マレー系の不満が高まり、中国の華人に対する影響力も一層拡大する可能性がある。【6月1日 石井順也氏 読売】
*********************

マレーシアは2018年に総選挙が予定されています。
前回2013年の総選挙では与党連合は過半数の議席を維持したものの、野党連合を束ねたアンワル氏の働きなどもあって、得票率の上では野党連合が与党連合を上回るところとなりました。

アンワル氏は同性愛事件で5年間収監されることになっていますので、2018年はまだ塀の中です。

今後ともナジブ体制が維持されるのか、「1MDB」問題などを足掛かりに野党勢力の巻き返しを図れるのか・・・・注目されるところです。
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中国  深刻化する習近平主席と李克強首相の対立 「北戴河会議」で人事の駆け引き進行中

2016-08-07 22:25:52 | 中国

(7月1日、北京・人民大会堂で、中国共産党創設95周年の祝賀大会に出席した習近平国家主席(左)と李克強首相(ロイター)【7月31日 産経】)

東シナ海でも既成事実を重ねる中国
仲裁裁判所の判決以後も、スカボロー礁の周辺空域を「パトロールした」と発表するなど南シナ海での積極姿勢を続ける中国ですが、東シナ海での活動を強めていることも報じられています。

****中国、東シナ海のガス田にレーダー・・・・軍事利用か****
中国が東シナ海の日中中間線付近で開発を進めるガス田の海上施設1基に、レーダーと監視カメラが設置されたことが6日、分かった。
 
複数の日本政府関係者が明らかにした。レーダー設置が判明したのは、東シナ海の日中中間線付近に16基ある海上施設で初めて。日本政府は5日、外交ルートで中国に厳重に抗議し、撤去を要求した。日本政府は海上施設が今後軍事目的で利用される可能性もあるとみて警戒している。
 
レーダーと監視カメラの設置が確認されたのは、日本政府が「第12基」と呼んでいる海上施設。日本政府は6月下旬にレーダーのようなものが設置されたのを確認し、その後、防衛省が写真を分析し、水上レーダーと判明した。
 
設置されたレーダーは、主に狭い範囲での水上の捜索に使用されるとみられる。【8月7日 読売】
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レーダー施設に関しては、“中国は25年11月、尖閣諸島(沖縄県石垣市)の上空を含む東シナ海に防空識別区を設定したが、中国の地上レーダーが捕捉できる空域は限定的だ。プラットホームにレーダー施設ができれば、沖縄本島を含め、自衛隊や米軍の活動が捕捉されることが懸念される。
無人機やヘリコプターの運用拠点となれば、中国軍の監視能力を一層高めることになる。戦闘能力を持つ部隊が常駐すれば、中国軍は機動的な部隊運用が可能になり、新たな脅威が生じることになる。”【8月7日 産経】とのこと。

“主に狭い範囲での水上の捜索に使用されるとみられる”今回レーダーの軍事的意味合いは素人で全くわかりませんが、そうしたことを冷静に判断することも必要でしょう。

尖閣諸島付近にも多数の中国艦船が、日本側の抗議にもかかわらず今もとどまっています。

****中国の海警船2隻が尖閣領海に侵入、日本は抗議*****
日本の外務省は7日、中国海警局の船2隻が東シナ海の尖閣諸島(中国名:釣魚島)の日本領海に侵入したため、駐日中国大使に抗議したと発表した。2隻はすでに領海を出たが、正午現在で合計9隻の海警船が尖閣の接続水域にとどまっている。

海上保安庁によると、7日朝に2隻の海警船が接続水域に入域。前日からいた7隻と合わせ、接続水域を航行する船は9隻に増えた。このうち2隻が午前10時ごろ領海へ侵入。1隻は機関砲のようなものを積んでいたという。

海保の巡視船が警告したところ、「中国の管轄海域で定例のパトロールをしている。貴船はわが国の管轄海域に侵入した。わが国の法律を守ってください」と応答があった。

2隻は午前10時40分ごろに領海を出たものの、海保によると、正午時点で9隻が接続水域にとどまったままという。(後略)【8月7日 ロイター】
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こうした中国側の動きは、既成事実を重ね、日本への圧力を強める狙いと見られています。

****日本への圧力強める=東シナ海、既成事実求め攻勢―中国****
「海洋強国」を目指し権益確保を叫ぶ中国が、東シナ海での活動を過激化させている。沖縄県・尖閣諸島周辺に膨大な数の漁船を集め、日中中間線付近のガス田施設には新たにレーダーを設置したことも判明した。南シナ海では造成した人工島の「軍事拠点化」を着々と進める中国。東シナ海でも既成事実を重ね、日本への圧力を強めている。
 
中国海軍は1日、東シナ海で東海、北海、南海の3大艦隊が参加する実弾演習を繰り広げた。大規模な海軍の演習は7月に南シナ海でも実施したばかりだ。
 
中国が海上での示威行動を強める背景には、南シナ海問題で中国の主張を全面的に退けた仲裁裁判所の判決があるとみられる。判決受け入れを迫る日米などに対し、中国は防戦に回らざるを得ず、中でも日本には「当事国でなく、輝かしくない歴史を持つ。とやかく言う権利はない」(外務省報道官)と、戦争の歴史まで持ち出して厳しく反発した。
 
中国の海洋進出を非難する防衛白書、靖国神社参拝を続けてきた稲田朋美防衛相の就任と、中国は安倍政権の対中姿勢に不満を募らせている。【8月7日 時事】 
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【「われわれが行動を起こせば、対立状態が保たれることになる」】
南シナ海や東シナ海での中国の強硬な姿勢を裏付けるような、習近平主席の発言が報じられています。

****<南シナ海問題>習主席の内部会議での発言が流出―香港紙****
2016年8月4日、香港・明報によると、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席が南シナ海問題について、仲裁裁判所の判決が出る前の内部会議で「われわれが行動を起こせば、対立状態が保たれることになる」と述べていたことが分かった。

習主席は「南シナ海問題で今手を打たなければ、将来的に歴史資料が残るだけで、何を言っても無駄になる。われわれが行動を起こせば、対立状態が保たれることになる」と語ったという。中国共産党中央政治局の会議後は「真の大国は問題を恐れない。問題の中から利益を得ることが可能だ」としていた。

習主席は就任後、南シナ海問題で大きな行動に出てきた。フィリピンは13年初め、南シナ海問題で仲裁裁判所に仲裁を申請。中国は同年9月に埋め立てを始め、これまで3つの島で大型飛行場を建設している。中国軍の将官昇進記念式典でも南シナ海担当者の昇進が目立っている。南シナ海での軍事演習、行動も増えている。【8月6日 Record China】
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後出のように激しい権力闘争のただなかにいる習主席としては、失敗を認めるような“譲歩”の姿勢を見せると敵対勢力に足をすくわれかねない・・・といった事情もあっての進軍ラッパのようにも思われます。

記事のタイトルに“内部会議での発言が流出”とありますが、本来であれば公開されないはずのものが、リークされたということでしょうか?

事情はよくわかりませんが、もしそういう“リーク”ということであれば、内容よりそちらの方に興味が引かれます。

【“ツートップ”の確執で現場も混乱
“トラもハエも叩く”粛清運動の形で、党内基盤を強めてきたとされる習近平主席ですが、その分、党内や軍部に“敵”も多く、必ずしも政治基盤は安定的なものでもないようです。

現在注目されているのは、中国指導部の“ツートップ”である李克強首相との関係です。
これまで経済政策を主導してきた李克強首相に対し、習近平主席が不満を募らせており、李克強首相の権限を剥奪する方向で動いているとも報じられています。

****中国政権に異変の兆候=習主席の存在目立ち、李首相影薄く****
中国では6月末から7月中旬にかけては湖北、湖南、江西など南部各省で、7月下旬には河北省など北部各省で水害被害が相次いでいる。中国では民政分野の問題が発生すれば首相が前面に出て指導する方式が定着していたが、今回の全国規模の水害では習近平主席の存在感が目立つ状態が続いている。

中国の国家主席は英語では「president」と訳されていることでもわかるように、国家元首であり政権の最高指導者だ。さらに国家主席は共産党トップの総書記と中央軍事委員会主席とを兼任することになっており、軍事・武力部門と政権党においても最高指導者という、極めて強い権限を持っている。

一方の首相は「行政組織の責任者」の位置づけで、国家主席と比べて地位はかなり低い。しかし江沢民政権下の1998年から03年まで在任した朱鎔基首相の時代に、経済や民政分野の具体的問題に対しては、首相が前面に立って指導し、国家主席は首相を「立てる」方式が定着した。(中略)

習近平政権でも当初は同様で、特に経済問題については李首相の活躍が目立った。しかし16年春ごろからは、習近平主席の経済問題についての発言が目立つようになった。そのため、習主席と李首相の「対立説」が出た。

個人的な思想の違いや確執が原因ではなく、習主席が抱える共産党内の経済担当部門と李首相の手足である国務院(中国中央政府)の経済官僚の意見が対立し、“親分”同士の関係が難しくなったとの見方だ。

中国共産党中央も国務院も北京市中心の故宮博物院の西側にある「中南海」と呼ばれる敷地内にあるが、共産党中央の建物は中南海の南寄り、国務院は北寄りなので、両者が対立しているとして「南北院戦争」などの言い方も出たほどだ。

経済政策について、李克強首相と国務院の官僚は内需拡大を重視し、そのための規制緩和を加速しようとしている。いわゆる「リコノミクス」だ。

共産党の経済専門家は、李克強首相が通貨供給量を増やしたことなどを厳しく批判。5月9日には共産党機関紙の人民日報が、「リコノミクス」を事実上、厳しく批判する論説を掲載した。

6月末からの全国的な洪水・土砂災害多発については、人民日報が7月24日付で、「1カ月に3度語った。習近平はこのように言った」と題する記事を掲載。一連の被害に対して、習近平主席自らが、関係者を叱咤激励して対策を指導している状況を強調した。

中国で洪水対策は通常「抗洪」と呼ばれる。インターネット検索大手のグーグル(中国語版)で日本時間24日午後7時、「李克強 抗洪」の2語でニュース検索してみたところ、ヒットした記事は9万6000本だった。一方、「習近平 抗洪」で検索するとヒットは16万1000本。洪水対策でも習近平主席の存在感が極めて強く、李克強首相は“影が薄い”という異常な状態が続いている。【7月31日 Recoed China】
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経済政策を異にする“ツートップ”の対立で、現場も混乱しているようです。

****共産党ツートップがここまで対立するのは近年珍しい 習近平vs李克強 中国行政の現場が混乱している****
「南院と北院の争いに巻き込まれて大変だ」。7月中旬、久々に会った中国共産党の中堅幹部がこう漏らした。

北京市中心部の政治の中枢、中南海地区には、南側に党中央の建物、北側に国務院(政府)の建物がある。党幹部らは最近、習近平総書記(国家主席)と李克強首相の経済政策などをめぐる対立について、冒頭のような隠語で表現しているという。
 
国有企業を保護し、経済に対する共産党の主導を強化したい習氏と、規制緩和を進めて民間企業を育てたい李克強氏の間で、以前からすきま風が吹いていたが、最近になって対立が本格化したとの見方がある。
 
江沢民氏の時代は首相の朱鎔基氏、胡錦濤氏の時代は首相の温家宝氏が経済運営を主導したように、トップの党総書記が党務と外交、首相が経済を担当する役割分担は以前からはっきりしていた。

しかし最近、権力掌握を進めたい習近平氏が経済分野に積極的に介入するようになったことで、誰が経済政策を主導しているのか見えにくい状態になったという。
 
党機関紙、人民日報が5月9日付で掲載したあるインタビュー記事が大きな波紋を呼んだ。「権威者」を名乗る匿名の人物が、「今年前期の景気は良好」とする李首相の見解を真っ向から否定し、「(このままなら)中国経済は『V字回復』も『U字回復』もなく『L字型』が続く」と主張し、痛烈に批判した。
 
共産党最高指導部内で序列2位の李首相をここまで否定できるのは序列1位の習主席しかいないとの観測が広がり、「習主席本人がインタビューを受けたのではないか」との見方も一時浮上した。
 
複数の共産党幹部に確認したところ、「権威者」は習主席の側近、劉鶴・党財経指導小組事務局長であることはのちに明らかになった。しかし、インタビューの内容は習氏の考えであることはいうまでもない。最近の株価の下落や景気低迷の原因は、李首相の経済運営の失敗によるものだと考えている習主席は、周辺に李首相への不満を頻繁に漏らしているという。
 
習主席は7月8日、北京で「経済情勢についての専門家座談会」を主催した。経済学者らを集め、自らが提唱した新しいスローガン「サプライサイド(供給側)重視の構造改革」について談話を発表した。李首相はこの日、北京にいたが会議に参加しなかった。共産党幹部は「“李首相外し”はここまで来たのか」と驚いたという。
 
その3日後の11日、今度は李首相が「経済情勢についての専門家・企業家座談会」というほとんど同じ名前の座談会を主催した。自らの持論である「規制緩和の重要性」などについて基調講演を行った。
 
李首相周辺に近い党関係者によると、李首相は習主席に大きな不満を持っており、自分が主導する経済改革がうまくいっていないのは、習氏による介入が原因だと考えているという。
 
共産党のツートップがここまで対立することは近年では珍しい。「天の声」が2つあることで、行政の現場で大きな混乱が生じているという。

8月に河北省の避暑地で開かれる党の重要会議、北戴河会議で、党長老たちが2人の間に入り、経済政策の調整が行われるとみられ、行方が注目される。【7月31日 産経【矢板明夫のチャイナ監視台】】
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習主席 共青団へ「圧力」】
“ツートップ”の対立は抜き差しならないところまで来ているようで、“李首相解任”の可能性も囁かれています。

*****習主席と李首相の対立鮮明に 経済で不協和****
・・・・習氏はそれまでの集団指導モデルを転換し、政策決定を習氏自身が主宰する幾つかの小委員会内部に集中させた。それには経済問題も含まれている。習氏の支持者たちは、党指導部は前政権下で弱体化し腐敗しており、経済を改革する一方で一般の支持を得る強い中心人物がいまや必要だと述べている。
 
これに対し、習氏に批判的な人々は、習氏が効率的な支配のためあまりにも多くの権限を掌握する一方、李氏やその他のもっと有能な経済専門家から権限を剝奪したと述べている。これら李氏支持派は、李氏が過去2、3年間こうした処遇を甘受してきたが、最近数カ月間で同氏の立場はどんどん切り崩されていると述べている。
 
現在、党内部では、来年の主要党ポスト交代の際に李氏が解任されるのではないかとのうわさが広がっている。党の最高機関である政治局常務委員会(7人の常務委員で構成)の中で、来年退職年齢に達しない委員は習氏と李氏の2人だけだ。(後略)【7月22日 WSJ】
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周知のように李首相は、江沢民派と並んで習近平氏勢力に対抗するグループであるエリート集団「団派」を代表する立場にありますが、その「共産主義青年団(共青団)」の改革を習近平主席が指示しているということで、単に李首相ひとりではなく、習主席は「団派」そのものを追い落とす目論見のようにも思えます。

****中国が共青団改革計画 習氏、主導権争い見据え牽制か****
中国共産党中央弁公庁は2日、党エリートを養成してきた党の青年組織「共産主義青年団(共青団)」の「改革計画」を発表した。

習近平(シーチンピン)総書記(国家主席)が自ら指示して作成したとされ、共青団中央の高級幹部を減らし、地方に人材を振り向けるなど大幅な機構改革を求めている。背景には、李克強(リーコーチアン)首相らが輩出した共青団に対する習氏の厳しい姿勢がある。
 
党指導部や長老などが集まり、重要事項について話し合う非公式の「北戴河会議」が例年開かれるこの時期に合わせて改革計画が発表されたことから、最高指導部の人事が動く来年秋の党大会をにらんだ政治的な駆け引きだとの見方も出ている。(中略)

共青団は、胡耀邦(フーヤオパン)・元党総書記、胡錦濤(フーチンタオ)・前国家主席、李首相らが輩出。共青団出身者は「団派」と呼ばれ、党内の一大政治勢力となっている。

最高指導部である政治局常務委員入りをうかがう候補の中には、汪洋副首相や胡春華・広東省党委書記らもいる。革命世代の高級幹部を父祖に持つ「紅二代」の支持を受ける習氏らと共青団派の間では、政治的路線の違いなども指摘されている。
 
今回の改革計画など、共青団に対する「圧力」ともとれる一連の動きは、次期最高指導部の主導権争いを見据えた共青団派に対する習氏側の牽制(けんせい)だとする見方も出ている。【8月4日 朝日】
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共青団については、地方での現場経験を欠いていることに習近平総書記は不満を抱いており、かねてより共青団は「硬直化している」と批判していました。また、昨年10〜12月に共青団の調査を実施した巡視チームは今年2月、「党の指導が弱まり、貴族化、娯楽化の問題が存在する」と指摘していました。

駆け引きの舞台「北戴河会議」】
どの記事にも出てくる、重要事項について話し合う非公式の「北戴河会議」ですが、現在進行中のようです。

****来年人事、駆け引き本格化=習主席らが北戴河会議―中国****
中国の習近平国家主席(63)ら最高指導部や長老が7日までに、河北省の避暑地・北戴河に集まり、毎年恒例の非公式会議を開いているもようだ。来年秋に開かれる第19回党大会で決まる新指導部人事に向け、駆け引きが行われているとみられる。
 
会議について公式発表はなく、習主席は7月末ごろに現地入りしたようだ。国営新華社通信によると、党序列5位の劉雲山政治局常務委員は5日、習主席の委任を受け、北戴河で56人の学者と面会した。関係筋によれば、党幹部らが宿泊する施設の周辺では厳重な警備体制が敷かれている。
 
来年の人事で焦点となるのは、最高指導部である7人の党政治局常務委員の構成。習主席は反腐敗闘争で実績を残した序列6位の王岐山党中央規律検査委員会書記(68)の手腕を高く評価し、留任を望んでいるとみられている。
 
ただ、68歳以上は退任が慣例となっており、王書記の続投には「定年制」の変更が必要となる。これが実現すれば、習主席が第20回党大会以降も政権を維持する可能性も出てくる。

一方で、反腐敗闘争で、江沢民元国家主席に近い有力者らを排除してきた習主席には「強権的」との批判がつきまとう。習政権の長期化に道を開く改変は、激しい反発を避けられそうにない。【8月7日 時事】 
*******************

不透明な中国政治の象徴のような「北戴河会議」ですから、何がどのように話し合われているのか外部の人間にはわかりません。そこで話し合われたことは、来年秋に開かれる第19回党大会に向けてジワジワと表面化してきます。
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新技術の話題 「道路をまたぐバス」「セックスロボット」「自動運転車」

2016-08-06 22:11:57 | 世相

(巴鉄(はてつ)1号と名付けられた立体バスの試作車 自動車は「バス」の下をくぐりぬけて走ります 【8月5日 Newsweek】)

【「現在の車両でカーブを曲がれるかどうかは不明」だが、とにかく試験走行実施
4月15日ブログ「サウジアラビア  変わる社会? エジプトとの間で「紅海に橋を建設」で合意 ついでに領土問題も」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160415で、余談として、中国の世界一長い橋「丹陽-昆山特大橋」(全長165km)や「青島膠州湾大橋」(海上部分約27km)に触れたことがあります。

安全性、環境への影響、住民との問題、経済効率等々、いろんなことはあるのでしょうが、(中国経済崩壊の危険性とか、社会が抱える様々な深刻な問題といった話はさておき)こうしたものを作ってしまう中国経済・社会の活力というか、バイタリティーというか、かつて黒四ダムなどに挑戦していた日本社会が失いかけているものを感じます。

日本は東京五輪のスタジアム建設で揉めている状況ですから。もちろん、それは社会の成熟を示すものでもあり、なんでもかんでもつくればいい・・・という話ではありません。物事にはすべて功罪の二面性があります。

ただ少なくとも、中国の技術水準にについて、「パクリ」「安全性無視」云々の悪いイメージが先行しますが、それだけでもないことは留意する必要はあるでしょう。

そんな中国らしさを感じさせる「新技術」が「道路をまたぐバス」の話題。

****道路をまたぐバス」、中国で、試験走行を実施****
交通渋滞を緩和させる目的で、複数車線をまたぐ立体構造の大型バス「トランジット・エレベーテッド・バス」(TEB)を走らせる構想が、中国で進められている。

このほど試験車両「TEB-1」が完成し、テスト走行を行った。中国国営の新華社通信が8月2日に報じ、米ニューズウィークをはじめ多くの国外メディアも取り上げている。

1台で300人を輸送
報道によると、TEB-1は1両のみの編成で、全長22メートル、全幅7.8メートル、車高4.8メートル。上部の車内には300人の乗客を収容できるという。
 
下半分はトンネル状になっているため、前方の道路が渋滞していても、TEBは止まらずに運行できる。逆に、利用客の乗降時にTEBが停車しているとき、後続の乗用車は車線を変更することなく車体の下を通り抜けられる。
 
TEB-1の試験運行は、河北省秦皇島市で実施された。今回は300メートルの直線道路に設置された軌道の上を走行。なお、現在の車両でカーブを曲がれるかどうかは不明だという。

渋滞を30%緩和、建設費は地下鉄の5分の1
TEBテクノロジー社でチーフエンジニアを務める宋有洲(ソン・ヨウジョウ)氏は、「TEBは交通渋滞を30%緩和できるうえに、建設費も地下鉄を新設する費用の約5分の1で済む」と主張している。
 
TEBの構想は2010年、北京国際ハイテクエキスポで披露され、国際的に広く知られるようになった。新華社によると、ブラジル、フランス、インド、インドネシアの政府がすでにTEBに興味を示しているという。
 
ニューヨークタイムズは5月に掲載した記事で、TEBテクノロジーが秦皇島市のほかにも、南陽、瀋陽、天津、周口の4市と、軌道の敷設を含む試験プロジェクトを実施する契約を結んだと伝えている。【8月5日 高森郁哉氏 Newsweek】
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建設期間も地下鉄が5〜6年かかる距離を巴鉄は1年もあれば完成でき、また、クリーンエネルギーを動力として使い、ガソリンを使うバス40台分のエネルギーが節約できるとも。

小池東京都知事は総2階建て車両(駅のホームも2層化)で「満員電車ゼロ」を提唱されていますが、それ以上に非常に大胆・ユニークな発想・技術です。

何がすごいといって、「現在の車両でカーブを曲がれるかどうかは不明だという」という試作品をとにかく作ってしまうところがすごいです。

実現可能性は今後の話ですが、今日はそうした「新技術」の話題から。

【「人工知能が人の命を救った国内初のケース」】
AI(人工知能)については、数十年前から期待されてきましたが、囲碁の名人に勝てるようにもなって、ようやく実用化の兆しも出てきたようです。

****人工知能 病名突き止め患者の命救う 国内初か****
東京大学医科学研究所が導入した2000万件もの医学論文を学習した人工知能が、専門の医師でも診断が難しい特殊な白血病を僅か10分ほどで見抜き、治療法を変えるよう提案した結果、60代の女性患者の命が救われたことが分かりました。

人工知能は、このほかにも医師では診断が難しかった2人のがん患者の病名を突き止めるなど合わせて41人の患者の治療に役立つ情報を提供していて、専門家は「人工知能が人の命を救った国内初のケースだと思う」と話しています。(中略)

このうち60代の女性患者は当初、医師から「急性骨髄性白血病」と診断されこの白血病に効果がある2種類の抗がん剤の治療を数か月間、受けましたが、意識障害を起こすなど容体が悪化し、その原因も分かりませんでした。

このため、女性患者の1500に上る遺伝子の変化のデータを人工知能に入力し分析したところ、人工知能は10分ほどで女性が「二次性白血病」という別のがんにかかっていることを見抜き、抗がん剤の種類を変えるよう提案したということです。

女性は、治療が遅れれば、免疫不全による敗血症などで死亡していたおそれもありましたが、人工知能が病気を見抜いた結果命を救われ、無事退院しました。

こうした病名の診断は、現在、複数の医師が遺伝情報のデータと医学論文を突き合わせながら行っていますが、データが膨大なため必ずしも結論にたどり着けるかどうか分からないということです。(中略)

こうした医療分野での人工知能の活用はアメリカで先行していて、すでに複数の病院で白血病や脳腫瘍の治療の支援などに使われています。

広がる活用
人工知能の活用は、自動運転などの注目技術に加え、企業の人事や経営判断、絵画や小説といった創作活動など幅広い分野に広がろうとしています。

このうち自動運転への応用については、トヨタやホンダが人工知能専門の研究拠点を設けるなど、実用化に向けた動きを本格化させているほか、開発をリードするアメリカでは運輸省が人工知能をドライバーとみなす判断まで行い、人工知能を受け入れる環境の整備も進み始めています。

また人工知能は、将来的には私たち一人一人の仕事にも大きな影響を及ぼす可能性が指摘されています。

10年から20年後には今、日本で働いている人の49%の職業が、機械や人工知能によって代替が可能になるとする報告もあり、すでにコールセンター業務の支援など一部の業種への導入が進められているほか、採用活動など企業の人事や、経営判断にまで人工知能を活用する計画もあります。

さらにこれまで機械が人に代わって行うのが難しいとされてきた、「創造力」の世界にも人工知能の波は押し寄せています。囲碁では、プロ棋士に勝利したほか、絵画などの芸術作品から小説の執筆に至るまで、その活用の可能性は広がりつつあります。【8月4日 NHK】
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医療など専門知識をサポートする技術としてのAI利用は、それこそ数十年前から提唱されてきましたが、今になってようやくその「活躍」が報じられるということは、逆に言えば、それだけ実用化が難しいということでもあるでしょう。

体調が悪いとき、その症状をネット検索すると、いかにもそれらしい難しい病気がたくさん出てきますが、実際は翌日になったら症状はなくなっている・・・というのはよくある話です。

単に、そうした症状をインプットすれば病名が決まるという話でもありませんので、素人がAIに相談して診察してもらう・・・というのは、まだ遠い先の話でしょう。

【「セックスロボット」】
身近な生活場面でAI技術の活用が「期待」されるのはロボットへ応用でしょう。
下世話な話で恐縮ですが、男性としては「セックスロボット」というのはやはり興味をひかれます。

****セックスロボット】数年以内に「初体験の相手」となるリスク、英科学者が警鐘****
英シェフィールド大学で人工知能(AI)とロボット工学を専門とするノエル・シャーキー名誉教授が、数年以内に普及するセックスロボットが青少年の「初体験の相手」になる場合、深刻な悪影響を及ぼすとして警鐘を鳴らした。

10代の人間関係に悪影響を及ぼす
シャーキー教授は、チェルトナム科学フェスティバルの「Robots: Emotional Companions?」(ロボットは心の友?)と題された討論会に登壇。セックスロボットの分野が適切に規制されない場合、「10代の若者がヒューマノイドを相手に童貞や処女を失うリスクがある」と訴えたと、英テレグラフなどが報じている。

かつて国連のロボット工学顧問を務めたシャーキー教授によると、韓国と日本の少なくとも14社が、「子供の世話」用のロボットを製造販売。セックスロボットの性能が向上すれば、数年以内に同分野へ参入する可能性が高いという。

なお、以前に「年内にも発売されるセックスロボット、英研究者が禁止を呼びかけ」という記事で取り上げた米新興企業トゥルーコンパニオンの女性型「Roxxxy」(ロキシー)と男性型「Rocky」(ロッキー)は、現在それぞれ9995ドル(約104万円)で販売されている。今後参入するメーカーが増えれば、当然価格は下がっていくだろう。

同教授はこう述べている。「私が心配するのは、本質的に中身がコンピューターの相手と、人々が絆を感じたり関係を持ったりすること。もしそれが、性的な初体験の相手だったら? 反対の性に対してどう考えるようになる?」(後略)【6月17日 Newsweek】
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個人的には、およそ人類の歴史は、必要性の問題がクリアされるにつれて、群れ社会から大家族、核家族と次第に小規模化し、現在は「結婚しない若者」なども増え、将来的には「個人」に細分化していくのではないかと考えています。

その流れにおいて「セックスロボット」は当然に出現しますが、将来的に高度なAIを備えた「セックスロボット」が実現すれば「家族の崩壊」を加速させることにもなるのではないか・・・とも考えています。「東京エレキテル連合」の「朱美ちゃん」ですね。当然、セックスだけでなく、話し相手にもなり、家事もこなすアンドロイドです。

もちろん「ロボット」相手の“人間関係”の問題性は多々ありますが、なんだかんだ言っても生身の人間を相手にするより楽ですから。

おそらく、いろんな問題があっても“果敢に挑戦する”というか、“儲かるなら何でもつくってしまう”中国あたりが大量生産してくれるのではないでしょうか?

【「AIの暴走・反乱」は?】
そうなると、当然のごとく出てくる問題が「AIの暴走・反乱」の話です。

****グーグル、人工知能の暴走を阻止する「非常ボタン」を開発中****
人工知能(AI)が人類の敵になることへの懸念を表明する著名人が増えている。

こうした懸念に応え、グーグルは、AIが人類に反逆しそうな場合に人為的な操作で回避する「非常ボタン」のような仕組みを開発中だと発表した。(後略)【6月10日 Newsweek】
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ただ、進化したAIが素直に「非常ボタン」でストップされるのを座視するだろうか・・・という点については、“将来的にAIが非常ボタンを無効化する方法を学習しないよう、手動による中断操作を偽装して、AIが自らの判断で挙動を変更したように「思い込ませる」仕組みについても説明している。”【同上】とも。

それで“謀反を起こした”AIに対抗できるか・・・・SF小説・映画の世界の話が現実のものになるかも。

【「自動運転」車に問われる「究極の選択」】
すでに実用化テストが始まっている技術が「自動運転」
今後、高齢化社会がどんどん進みますので、高齢者ドライバーの事故を防ぐためにもぜひとも実用化が望まれる技術です。

「自動運転」技術については、5月に「テスラ」の自動車が高速道路を自動走行中に、側道から出てきたトレーラーと衝突し、運転手が死亡した事故が注目されました。

ただ、この「テスラ」に関しては、そもそも「自動運転車」ではなく、ハンドルから手を放すことに問題があるとも指摘されています。

****死亡事故のテスラは自動運転車ではなかった****
<事故で死亡したドライバーが乗っていたテスラ車は「運転支援」は搭載しているが当局規定の「自動運転車」ではない。例え運転支援機能があっても、ドライバーは注意を怠ってはならないし、この事故によって自動運転の開発が滞ることもあってはならない>

今年5月にフロリダ州で発生した交通事故で、運転支援機能が搭載されたテスラのセダンのドライバーが死亡していたことについて、多くのメディアが「自動運転で初めての死亡事故」と報道した。

ここで理解しておかなくてはならないのが、事故にあったテスラは自動運転車ではないことだ。アメリカ運輸省高速道路交通安全局(NHTSA)が「レベル4」や「レベル3」と区分している自動運転車、つまり「走行中に、安全上必要なすべての動作を自動で行う」ものでも、「特定の状況で、安全上必要なすべての動作を行う」ものでもない。

「手を離していい」故の勘違い
このテスラに搭載されていたのは「高度運転支援システム(ADAS)」という機能で、走行中のハンドルや速度の調整は自動で行うが、ドライバーは安全確認を継続しなければならない。

これはNHTSAの区分では、運転中の主要な動作を少なくとも2つ自動で行う「レベル2」に区分され、テスラの場合、前の車への衝突を回避する「クルーズ・コントロール」と車線の外に出ていかないようにする「レーン・センタリング」機能のことだ。

BMWやメルセデス・ベンツなど他の自動車メーカーもこれらの運転支援機能を搭載した車を販売している。しかし他社は、ドライバーが数秒以上ハンドルから手を離すことを許していないが、テスラはそれを許している。

このためテスラのドライバーは、自分の車が「特定の状況で安全上必要なすべての動作を自動で行う、レベル3」の自動運転車だと勘違いしてしまうのだろう。(後略)【7月8日 Newsweek】
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それはともかく、「自動運転」技術に関して興味深いのは、事故回避に係る「究極の選択」についてです。
前方に多くの歩行者がいて、事故を避けるためには自分が道路から飛び出して木に激突するしかない・・・という場面です。

そうしたケースにどのように「自動判断」するかをプログラミングしておく必要があります。

「そのまま突っ込んで大勢を跳ね飛ばすべきか(その場合、運転者は助かります)、それとも車が木にぶつかって大勢を救うべきか(その場合、運転者は死亡します)」と訊くと、多くのひとは「自動運転車が木にぶつかる形で事故回避すべき」と答えるそうですが、「では、そのようにプロミラミングされた車を買いますか?」と訊くと「・・・・・」という話です。

*****歩行者とドライバー、自動運転車はどちらを守る*****
<自動運転は交通事故死を減らせる「夢の車」かもしれないが、歩行者と搭乗者のどちらの人命を守るべきかという究極のジレンマも突きつけている>

道路を走る自動運転車の前に突然、数人の歩行者が現れた。ここでの選択肢は2つ。歩行者の間に突っ込むか、それとも進路を変えて木に激突し、車に乗っている人を死なせるか。

これは先月末、科学誌サイエンスに発表された「自動運転車の社会的ジレンマ」と題する研究論文の質問だ。この調査に協力した人々は、車に歩行者を守る選択をしてほしいと答えた。

でも、車に乗っているのが自分だったら......。この自己防衛本能が社会的ジレンマを生み、さらに新たな輸送技術の導入を遅らせ、防げるはずの何十万もの交通事故死につながる可能性があると、論文は指摘する。

「多くの人は、事故の犠牲者数を最小限に抑える車のほうがいいと考えている」と、論文の共著者であるマサチューセッツ工科大学(MIT)のイーヤド・ラーワン准教授は述べる。「しかし誰もが自分の車には、どんな犠牲を払っても自分を守ってほしいと考えている」(後略)【7月22日 Newsweek】
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人間の行動は曖昧で、非論理的で、場当たり的です。そうした人間の行動をAIで代用しようとするといろんな問題が浮かび上がってくるようです。「人間とは何か」が問われることにもなります。
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フィリピン  麻薬犯罪撲滅に「射殺」を奨励するドゥテルテ大統領 「法の支配」無視では中国と同じ

2016-08-05 22:33:56 | 東南アジア

(フィリピン・マニラの路上で何者かに射殺されたマイケル・シアロンさんの遺体を抱き締める妻のジェニリン・オライレスさん。現場には「麻薬密売人」と書かれたボール紙製の札が残されていた(2016年7月23日撮影)。(c)AFP/NOEL CELIS 【8月5日 AFP】 ドゥテルテ大統領は写真を、十字架にかけられて死んだキリストを抱く聖母マリアになぞらえて「メロドラマ」と形容しているそうです。)

一か月で、麻薬の取り締まり現場などで容疑者402人が警官に射殺
「6カ月以内に犯罪組織撲滅を図る」(そのためには、死刑制度のないフィリピンにあって、麻薬犯罪容疑者を警官が現場で射殺することも奨励する)ことを公約とするフィリピン・ドゥテルテ大統領は、“誠実・着実”に公約実現に取り組んでいます。

その結果、刑務所が超満杯状態となっていること、批判も出つつある大統領を擁護して、麻薬密売に関与した疑いのある容疑者らをさらに殺害するよう奨励する検事総長の発言など、8月1日ブログでも取り上げたばかりです。

そのとき、“警察はすでに容疑者110人以上を殺害した”という数字を紹介しましたが、実際はそれより遥かに多いようです。フィリピン警察の“誠実・着実”な仕事ぶりをゆがめることになり申し訳ありませんでした。
そのうちフィリピンに行く機会もあるかと思いますが、機嫌を損ねたフィリピン警察に射殺されるのは困りますので訂正します。

****フィリピン新政権、1カ月で麻薬容疑者400人射殺 恐れなした57万人が出頭***** 
就任から1カ月が過ぎたフィリピンのドゥテルテ大統領が、公約に掲げた「治安改善」をめぐり強権姿勢をあらわにしている。

警察が400人を超える違法薬物の容疑者を現場で射殺。恐れをなした薬物中毒患者や密売人ら約57万人が当局に出頭するなど、取り締まりは一定の成果を上げているが、人権団体からは“超法規的殺人”との批判が上がっている。
 
フィリピン国家警察は2日、ドゥテルテ氏が就任した翌日の7月1日から8月2日までに、麻薬の取り締まり現場などで容疑者402人が警官に射殺されたと発表した。逮捕者は5418人だった。同国は死刑制度を廃止している。
 
就任前の半年間で、同様に警官に射殺された容疑者は約100人。ドゥテルテ氏はダバオ市長時代、自警団による薬物犯罪者の「暗殺」を容認する姿勢も示しており、警官以外による射殺人数も増加しているもようだ。
 
人権団体や非政府組織(NGO)など約300団体は2日、ドゥテルテ氏の薬物取り締まりが国際規範を逸脱しているとし、国連機関に「容疑者殺害の扇動の中止を大統領に要求するように」と要請した。
 
ドゥテルテ氏は先月7日、収監中の2人、逃走中の1人の計3人の中国出身者を「麻薬王」と名指しして“宣戦”を布告。全国の薬物密売の75%が、マニラ首都圏にある刑務所内で取引され、現職国会議員や元役人も関与しているとして摘発を進めている。【8月3日 産経】
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そのうち、拳銃片手にハーレーで夜のマニラを走り回る大統領、マシンガンを手にヘリコプターで容疑者の車を追う大統領・・・の姿も見られるのではないでしょうか。
ダバオ市長の頃は、そうした形で自ら“犯罪者の処刑”を実践していたとも言われていますので、大統領執務室に座っているだけでは物足りなくなるのではないかと思います。

犯罪に関与している国会議員も多いと聞きますので、現職国会議員の摘発もそのうち始まるのでしょうが、まずは市長から。

****麻薬ビジネスの「庇護者」とされた市長、比大統領の脅しで出頭****
フィリピン警察は3日、同国中部のアルブエラで、ロドリゴ・ドゥテルテ比大統領に麻薬絡みの犯罪に関与していると非難されていた市長の支持者6人を射殺したことを明らかにした。

ドゥテルテ大統領は今回の事件の数日前、麻薬の密売に携わる息子をかばっているとして、この市長を「その場で撃ってよい」と述べていた。
 
地元警察によれば、アルブエラで3日、ローランド・エスピノサ市長の支持者らと当局の間で銃撃戦が起き、武装していた支持者6人が射殺された。また警察は17丁の拳銃と複数の手投げ弾を回収したという。
 
ドゥテルテ大統領は1日、エスピノサ市長とその息子に出頭を呼び掛け、24時間の猶予を与えた。それに先立ち、警察当局は麻薬取り締まり作戦の一環で、市長のボディーガード2人と雇い人3人を逮捕していた。

また、エルネスト・アベリャ大統領報道官はテレビで、「抵抗し、逮捕を試みる警察官らの命が危険にさらされた場合は、その場で撃ってよいとの命令が出されることになる」と述べていた。
 
エスピノサ市長は2日に警察に出頭。ドゥテルテ大統領に、麻薬取引に携わる息子を甘やかしている報いを受けさせると脅され、身の危険を感じたと話しているという。
 
一方、フィリピン国家警察のロナルド・デラローサ長官は、エスピノサ市長の息子はアルブエラ地方の麻薬ビジネスを牛耳っており、市長自身も「麻薬の庇護(ひご)者」として警察の記録にリストアップされていたと指摘。
 
デラローサ長官は、エスピノサ市長を伴い、テレビ中継された記者会見を開き、市長の息子に対して「おまえの父親は既に出頭したぞ。おまえも父親のように出頭しろ。出頭しなければ死ぬことになる。おまえの命は危険な状態にあるのだから、出頭した方が良い」と呼び掛けた。【8月5日 AFP】
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殺戮を繰り返す“身元不明の武装集団” 「法の支配」を無視する政権
これだけ殺しまくっていれば、公約実現に6か月も必要ないかも。
なお、ドゥテルテ大統領のほかの実施予定の主な政策は(1)全国で禁酒(2)午後10時以降の夜間外出禁止令(3)公共の場所での禁煙(4)自動車の制限速度30キロなどだそうです。【5月16日 まにら新聞】

禁煙以外はいずれも実現が難しいそうですが、(違反者は射殺していいという形で)仮に実現できたとしたら何やら恐ろしい社会にもなりそうです。
シャリア(イスラム法)で厳格な恐怖政治を行うISやタリバンとどこが違うのでしょうか?

おそらく、ドゥテルテ大統領の強力なリーダーシップで治安改善が実現できたとして、「人権だなんだと言っても、フィリピンの現実を改善するにはこれしかない」と称賛する向きも多いかと思いますが、そうなのでしょうか?

もちろん、これまで麻薬犯罪が横行していたフィリピン社会は異常でした。
そうした状況を許してきたのは、犯罪組織と警察・政治家の癒着があってのことでしょう。(その警察が、一転して容疑者を殺しまくるというのも笑止です)

末端の麻薬売人を殺しまくることより、法律に定めるところによりそうした警察・政治の腐敗一掃に取り組み、数年かかってもいいですから「法の支配」を確立していくことが重要なのではないでしょうか。

“容疑者402人が警官に射殺された”とのことですが、この数字には自警団とみられる武装グループに殺害された人数は含まれていません。

“フィリピン最大のテレビネットワークABS-CBNによると、5月の大統領選以降に殺害された人数は603人に上り、うち211人が身元不明の武装集団によって殺されたという。”【8月5日 AFP】

警察の容疑者射殺も、その真相には疑問があります。これまで一緒に甘い汁を吸ってきた“仲間”も多いことでしょうから、“口封じのために・・・”といったこともあるのでは?

更に問題なのは、殺戮を繰り返す“身元不明の武装集団”の存在です。
これでは「法の支配」が無視されている点で、麻薬犯罪組織が横行する無法となんらかわらないのではないでしょうか。

****フィリピン「麻薬戦争」の犠牲、積み上がる死者の山*****
にぎやかな街路では銃で撃たれて倒れた血まみれの人々が放置され、空き地には切断遺体が遺棄されている——ロドリゴ・ドゥテルテ大統領が麻薬撲滅戦争を掲げて就任して以降、増える一方の死者数に、フィリピンのスラム街には恐怖が広がっている。
 
ドゥテルテ氏は今年5月、圧倒的支持を得て大統領に選出された。半年以内に社会から麻薬と犯罪を撲滅すると公約し、そのためならば何万人でも犯罪者を殺害すると宣言。実際、ドゥテルテ氏の就任以来すでに数百人が死亡している。
 
インターネット上では、テレビカメラの照明の中、血だらけの夫の遺体を抱きしめて泣き叫ぶ若い女性の写真が、人的犠牲を象徴するイメージとして話題を集めた。警察の張った黄色い非常線の向こうから、通行人がこわごわと様子を見守っていた。
 
殺害されたのは、三輪タクシーの運転手だったマイケル・シアロンさん(30)。バイクで乗り付けてシアロンさんを射殺した男たちは、ボール紙で雑に作った札に「麻薬密売人」と書き残していった。

しかし、「夫は無実だった。誰かを傷つけたことなど一度もなかった」と妻のジェニリン・オライレスさんは強く反発する。(中略)
 
暗躍する自警団、「メロドラマ」と大統領
警察は麻薬密売人の地下拠点と疑う場所に次々と一斉摘発を行っており、ほぼ毎晩のように死者が出ている。当局は、血だまりに伏せた容疑者の遺体の傍らには拳銃が転がっているとして、逮捕に抵抗した証拠だと主張している。
 
麻薬撲滅運動に同調したとみられる自警団による殺人も後を絶たない。夜、人通りのない通りや空き地で、顔を梱包用テープでぐるぐる巻きにされボール紙製の「麻薬密売人」と書いた札を首から提げた遺体が見つかるケースが相次いでいる。
 
ドゥテルテ大統領は就任後初の施政方針演説で、自らの麻薬撲滅運動を擁護。射殺されたシアロンさんを抱き締め嘆き悲しむオライレスさんの写真について、まるで15世紀の芸術家ミケランジェロが彫刻した聖母子像「ピエタ」のようだと評し、十字架にかけられて死んだキリストを抱く聖母マリアになぞらえて「メロドラマ」と形容した。
 
オライレスさんによれば、亡くなったシアロンさんも大統領選でドゥテルテ氏に投票した1600万人以上の有権者の一人だったという。
 
殺害された人々の妻や親族たちが現場で泣き崩れ失神する中、各地の警察署には続々と麻薬常用者や密売人らが自首してきている。警察発表によると、出頭者の数は56万5806人に上っているという。【8月5日 AFP】
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法やルールを守るというのは、そのルールが自分にとって都合がいい場合も、良くない場合も「守る」ということです。「麻薬犯罪を犯してならない」というルールは重視するが、「殺してはならない」というルールは無視するというのでは、「法の支配」はいつまでたっても確立しません。

南シナ海で対立する中国も協力を申し出
外交の面でドゥテルテ大統領が注目されているのは、南シナ海をめぐる中国との関係です。

当初、ドゥテルテ大統領は中国との交渉に何度も言及してしており、中国への宥和的な姿勢が指摘されていました。
ただ、フィリピンの全面勝利とも言える仲裁が出てからは、中国がこれを無視する対応をとったことが大統領のご機嫌をそこねたようで、中国とは交渉しないとも。

中国も馬鹿ではありませんから、麻薬犯罪撲滅にご執心のドゥテルテ大統領に配慮して、冒頭【産経】にもある中国系「麻薬王」に関し協力を申し出ています。

****中国、麻薬犯摘発で比に協力=南シナ海で譲歩促す狙いか****
フィリピンのドゥテルテ政権が最優先課題に掲げる麻薬犯罪の一掃に、南シナ海の領有権問題で対立する中国が協力する姿勢を鮮明にしている。

中国は7月末、比当局が捜査対象とする実業家に関する情報を提供。中国には、南シナ海問題をめぐり比に全面敗訴した仲裁裁判所の判決を受け、同問題で比側の譲歩を促す思惑があるとみられている。
 
中国警察幹部は7月下旬にマレーシアで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)警察長官会議で、デラロサ比国家警察長官と会談。その直後フィリピンを訪問し、比国内で「麻薬王」と称される中国系の実業家ピーター・リム氏らのデータを提供した。デラロサ長官は30日、中国から情報提供があったことを明らかにした上で、「詳細は明かせないが価値は高い」と評価した。
 
比国内で出回っている麻薬などの違法薬物は、中国から流入するか、中国人が比国内で製造するものがほとんどとされる。ドゥテルテ大統領は「(違法薬物の)大物はどこにいる? それは中国だ」と名指しで批判。

これに対し、在比中国大使館は「違法薬物は共通の敵。ドゥテルテ政権に効果的な協力を行いたい」とする声明を発表し、今後も支援を約束している。
 
6月末に就任したドゥテルテ大統領は、就任から3〜6カ月以内の麻薬犯罪一掃を掲げており、7月中旬にはリム氏と直接面談して「(容疑が固まれば)処刑する」と警告した。
 
フィリピンでは死刑が廃止されているものの、警察はドゥテルテ氏就任後、逮捕に抵抗したなどとして400人以上の薬物容疑者を射殺した。このため人権団体からは「司法手続きを逸脱した殺人だ」と批判する声も上がっている。【8月4日 時事】 
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【「秩序やルールを守らない」中国人 「法の支配」無視ではフィリピン・中国も同じ
「法の支配」に関心がない点では、中国もフィリピンも同じです。
単に国家の政策だけでなく、社会全般の問題でしょう。

****中国人よ・・・「なぜ列に並ばないのか!」、中国人がルールを守らない理由****
南シナ海問題で仲裁裁判所が下した判断に中国が従おうとしない様子が世界中で報道され、中国は「秩序やルールを守らない国」との認識が定着しているのではないだろうか。そんななか、中国メディアの捜狐は中国国民が普段の生活のなかでも秩序やルールを守らない理由を考察している。

記事は、現代の中国人について「中国人は列に並ぶのが嫌いな民族」と表現し、「中国人よ、なぜ列に並ばないのか」と疑問を投げかけた。確かにほとんどの中国人はバスに乗る時もチケットを買う時も並ぶことをしない。なぜこのような国民性になったのだろうか。

記事が挙げた1つ目の理由は、「特権意識の氾濫による不公平な競争」だ。中国では立場やコネによって何事も対応が大きく異なるのが普通の国だ。病院での診察や手術もコネがなければ後回しにされてしまう国であり、正直に順番を守る人が少なくなるのも当然と言えるだろう。

2つ目の理由は「並ばないことが習慣になっている」ことだ。大衆の力は強く、たとえ自分が列を守っていても、大多数の人たちが守らなければ秩序は生まれない。反対に大多数が列を守っていれば、一部の人が列を乱そうとしても秩序が保たれる。外国人であっても、中国で生活していれば自然と列に並ばない習慣が身についてしまう。

最後に挙げたのは、「管理しきれていない」点である。記事は日本が中国を占拠していた当時の例を挙げ、兵士が鞭を持ち、秩序が保たれるようにしていた状況を説明。現在は権力者が「鞭」を持って秩序を保とうとしていないことが原因の1つであると論じた。

中国人が国内での秩序やルールを守ることができていない現状で、南シナ海問題で仲裁裁判所が下した判断を中国が守るよう期待することは無理があるのかもしれない。【8月5日 Searchina】
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(なお、中国も大都市では最近は「列に並んでいる」光景も目にします。少なくともその点では変化が見られます。ただ一般的に、中国社会に自分の利益第一で、ルールを軽視する風潮があることは否めないでしょう)

容疑者を殺しまくるフィリピン・ドゥテルテ大統領と「秩序やルールを守らない」中国人、政権に都合の悪い活動家を拘束する共産党政権・・・・どちらも「法の支配」に関心がない点では似た者同士です。

南シナ海問題もどうなるのかわかりませんが、似た者同士ですから中国のフィリピンの鉄道建設への資金提供などで利害が一致すれば話は早いのではないでしょうか。

****南シナ海のスカボロー礁、比政府が自国漁師に操業を避けるよう警告****
フィリピン政府は3日、同国の漁師に対し、中国からの妨害行為を回避するため、中国が領有権を主張している南シナ海のスカボロー礁には立ち入らないよう警告した。
 
オランダ・ハーグにある常設仲裁裁判所(PCA)は最近、南シナ海の領有権をめぐる中国の主張を退けてフィリピンに有利な判断を示したにもかかわらず、今回の警告は発せられた。
 
中国政府はPCAの判断を拒否し、2日には南シナ海の係争中の海域を含め、自国の領海内で「違法」操業する漁船に対して罰則を科すと発表している。
 
フィリピン外務省のチャールズ・ホセ報道官は記者団に対し、「中国がスカボロー礁を占拠していることは分かっている。それゆえ、漁師たちがこれ以上嫌がらせを受けずにあの場所へ戻れる方策が明らかになるまで待とうではないか」と語った。
 
ホセ報道官は、PCAの判断は明確なものだったが、「現場での現実」は異なっていると述べ、「現実には中国があの場所にいるのだから、この件について話し合わなければならない」とした。
 
さらに同報道官は、フィリピンの漁師はスカボロー礁を現在のところ避けるべきという意味かとの質問に対し、「これは皆の安全のためだ」と返答した。
 
フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領率いる新政権は、中国に対して弱腰との批判を受けており、スカボロー礁をめぐる今回の政府の対応は、さらなる批判を招きそうだ。【8月3日 AFP】
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ウクライナ東部  戦闘・犠牲者が増加 欧米・ロシアも停戦合意順守を求めているものの・・・

2016-08-04 23:19:43 | 欧州情勢

(ドネツクに近いマリインカ周辺で、親ロシア派武装勢力に発砲する政府軍。7月30日撮影 【8月2日 AFP】
“政府軍”というより、民兵のようにも見えますが・・・)

OSCE 犠牲者の増加を警告
最近あまり情報がないウクライナ東部の情勢ですが、停戦中の現在も戦闘は続いているようです。
「停戦破綻」という刺激的なタイトルの記事もありました。

****動画:停戦破綻、ウクライナ東部で続く激しい銃撃戦****
欧州安保協力機構(OSCE)は、停戦発効後もウクライナ東部で戦闘が続き、犠牲者が増加しているとして警告を発している。(後略)【8月2日 AFP http://www.afpbb.com/articles/-/3096031
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確かに動画を見ると、停戦中とは思えない銃撃戦が展開されています。
7月には、下記のような死者を伴う戦闘も報告されています。

****親ロ派と戦闘、ウクライナ兵7人死亡****
ウクライナ大統領府高官は19日、記者会見し、東部を支配する親ロシア派との過去24時間の戦闘で、ウクライナ軍の兵士7人が死亡、14人が負傷したと明らかにした。
 
ウクライナ軍は「親ロ派から78回の砲撃があった」と説明した。一方、インタファクス通信によると、親ロ派はルガンスク州で5回、ドネツク州で379回の砲撃を受けたと主張した。【7月19日 時事】 
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****ウクライナ東部、政府軍と親ロシア派が戦闘 兵士13人死亡****
ウクライナ軍は24日、東部の親ロシア派武装勢力との戦闘で過去24時間に兵士6人が死亡したと発表した。戦闘の間、同軍は狙撃兵の銃撃を受けたほか、無人機1機を敵軍によって撃墜されたという。
一方で政府軍側も迫撃砲で攻撃し、親ロシア派の兵士7人を殺害した。

ウクライナ政府と親ロシア派の間では2015年2月に行われた協議に基づき停戦合意が成立しているが、その後も散発的な衝突が繰り返されている。

国連はウクライナ危機での紛争によって、14年4月半ば以降、9400人以上が死亡、2万1532人が負傷したとしている。【7月25日 CNN】
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停戦中の散発的衝突にしては、1日の戦闘の死者が7人とか13人というのは多すぎます。
こうした状況が、冒頭のOSCEの“犠牲者が増加している”という警告にもなっているのでしょう。

関与を深めるアメリカ ロシアに合意順守を求める
先月7日、ケリー米国務長官はウクライナ・ポロシェンコ大統領と会談し、親露派武装勢力を支えるロシアに改めて停戦合意の順守を呼びかけています。

****<ウクライナ紛争>改めて露に停戦合意順守を 米国務長官****
ケリー米国務長官は7日、ウクライナを訪れ、ポロシェンコ大統領と首都キエフで会談した。ケリー氏は共同記者会見でウクライナ東部紛争について、親露派武装勢力を支えるロシアに改めて停戦合意の順守を呼びかけた。

ポロシェンコ氏は8日からポーランドで始まる北大西洋条約機構(NATO)首脳会議の際、自身も参加しての会合が開かれることに期待感を示した。

ウクライナ政府の発表によると、東部では6~7日にかけて政府軍兵士2人が死亡するなど再び緊張が高まりつつある。昨年2月の停戦合意(ミンスク合意)に基づき双方が撤去した重火器が前線に戻されている模様だ。

ケリー氏は、プーチン露大統領がオバマ米大統領との6日の電話協議で「(ミンスク合意の)プロセスを前進させたいとの姿勢を見せた」と述べ、「近日中に言葉が実行に移されると期待している」と言及。また、米国が東部の人道支援のため2300万ドル(約23億円)を拠出すると発表した。(後略)【7月8日 毎日】
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これまでアメリカはウクライナ問題にはあまり関与してきませんでしたが、イギリスのEU離脱などで欧州が揺れる状況にあって、ウクライナへの関与を強める姿勢を見せているとも報じられています。

****米、ウクライナ関与強化 停戦巡り独仏英伊と協議へ *****
・・・・ケリー長官は7日、ウクライナの首都キエフで同国のポロシェンコ大統領らと会談した。両氏は会談後の記者会見でNATO首脳会議の場で米欧5カ国とウクライナが首脳会議を開くことを明らかにした。

ロシアの支援を受ける親ロ派武装勢力との戦闘が続くウクライナ東部の停戦合意を巡り「合意を履行するようロシアに圧力を掛ける方策を話し合う」(ポロシェンコ大統領)。
 
ケリー長官は「停戦合意の実現に向け幅広い方策を取る準備がある」「ロシアが義務を果たさなければ、制裁は続く」となどと述べ、ロシアに停戦合意の履行を求めた。ウクライナに対する人道支援を追加で支出する方針を示し、NATOも首脳会議でウクライナ支援を打ち出すとの見通しも明らかにした。
 
ウクライナ東部の停戦協議はこれまで独仏がロシアとウクライナを仲介する形で4カ国の枠組みで進められてきた。英国のEU離脱問題の余波が広がるなかで、欧州内では対ロ関係の改善を求める声が高まるとの見方も出ている。

こうした情勢を踏まえ、米国はウクライナの停戦合意の実現に向けて関与を強める姿勢を示したとみられる。(後略)【7月8日 日経】
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もっとも、アメリカもシリア・イラクに加えて、最近ではリビアも空爆するなど、対IS対策で手一杯なのが実情で、“停戦合意の実現に向けて関与を強める姿勢”とは言いつつも、あまり具体的な行動はないようにも思えます。

ロシアも独仏にウクライナへの圧力を求める
“手一杯”なのはロシアも同様で、ロシアとしても今この時期に欧州を刺激するようなウクライナ東部での戦闘を拡大する意向も基本的にはないように思えます。

7月31日には旧ソ連構成国アルメニアの首都エレバンで野党系の武装勢力が人質を取って警察施設に立てこもる事件が発生し、警察施設前には連日、野党支持者のデモ隊が集結、市民が武装勢力支持を連呼する異例の事態に発展しました。

このアルメニアの騒動でもロシアは動いていません。

“アルメニアはロシア軍が駐留する親ロシア国家。何かあれば介入も辞さないはずのロシアは今回、基本的に静観する姿勢を貫いた。ロシア・メディアも警察施設前のデモについて「ジョージア(グルジア)のバラ革命、キルギスのチューリップ革命、ウクライナ政変のいずれにも似ていない。政治的なスローガンもない」(独立新聞)と指摘、性格をつかみかねていた。”【8月1日 時事】

一方、ロシア系メディアは、ウクライナ東部での戦闘が拡大していることに関し、ロシアがフランスとドイツに対し、ウクライナ当局へ圧力をかけるよう呼びかけていることを報じています。

“ロシアの専門家らは、ウクライナ軍によるドンバスの紛争地域への大規模な軍事侵攻の準備について語る根拠がある、とは考えていない”というロシア側の見解を報じる一方で、ウクライナ政府と親露派の双方が現状に不満であり、本格的な戦争は「いつで再発しうる」との見方も。

****ウクライナ軍の侵攻の可能性は****
ウクライナ東部での武力衝突の激化を背景に、ロシアでは、ウクライナはドンバス(ウクライナ東部)の自称共和国の支援者らに対する軍事作戦を開始するのではないか、との見方が広がっている。ロシアは、フランスとドイツに対し、ウクライナ当局へ圧力をかけるよう呼びかけた。

ロシアのグリゴリー・カラーシン外務次官は、7月6日のドイツおよびフランスの大使との会談で、ドンバスにおける状況の悪化は、ウクライナ軍による軍事作戦の準備について物語るものである、と語った。

カラーシン氏は、ロシアおよびウクライナの大統領とともに自国の首脳がドンバスでの危機の解決を目指す「ノルマンディー4者」協議に参加している両国の大使に対し、「軍事的シナリオを阻むべくウクライナに対して自国の影響力を行使するよう」求めた。(中略)
 
砲撃の数の増加
(ロシア・親露派と欧米・ウクライナ政府の)どちらがウクライナ東部における安定化を促すべきかに関しては、一致した意見はないが、このところドンバスの分離ラインにおいて緊張が高まっていることに関しては、疑問の余地はない。

メディアの報道によれば、ここ数週間で、ドンバスにおける砲撃の数は、三割強、増加した。欧州安全保障協力機構(OSCE)も、停戦違反が頻発化した、と声明している。
 
一方、ロシアの専門家らは、ウクライナ軍によるドンバスの紛争地域への大規模な軍事侵攻の準備について語る根拠がある、とは考えていない。

独立国家共同体(CIS)諸国研究所のウラジーミル・エフセーエフ副所長によれば、「(ウクライナによる)大量の軍隊の展開について語るべきではない」。それは、むしろ、ロシアと西側の関係悪化を望んでいる過激主義者らの挑発と言える対峙ラインには、過激主義的な思想で知られる義勇兵団の戦士が多数いる。
 
軍事専門家で「アルセナール・オチェーチェストヴァ(祖国の兵器廠)」誌の編集長であるヴィクトル・ムラホフスキイ氏は、本紙へのインタヴューで、ウクライナ側が「何らかの大規模な軍事行動」を準備していることに関するデータを自分は持ち合わせていない、と語った。

また、政治的軍事的分析研究所のアレクサンドル・フラムチヒン副所長は、ウクライナによる侵攻の準備に関する報道がないにしても、ドンバスにおける戦闘行動は完全に終熄したわけではなく、本格的な戦争は「いつで再発しうる」とし、その原因として、双方が現状に不満である、つまり、ウクライナもドネツィクおよびルハンシクもより多くを望んでいる、という点を指摘している。

ロシアは、7月8日、「ノルマンディー4者」協議の欧州の参加者に訴える試みを続けた。今回は、より高いレベルにおいてで、プーチン大統領は、電話会談で、ドイツとフランスの首脳に対し、ウクライナ軍が「挑発的性格の行動」を停止すべくウクライナへ圧力をかけるよう呼びかけた。(後略)【7月12日 ロシアNOW】
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ウクライナ国内にはEU統合路線への失望が
ウクライナ政府も停戦を破棄して戦線を拡大する余裕はありませんが、イギリスのEU離脱という混乱でウクライナのEU加盟が遠のく現状にあって、“一部の親欧派政党が方向転換を図る可能性”や民族派勢力の台頭も報じられています。

****ウクライナのEU統合、英離脱で暗雲 域内に倦怠感 「遠心力」抑えるのに手一杯****
英国が国民投票で欧州連合(EU)からの離脱を決めたあおりを受け、ウクライナのポロシェンコ政権が旗印としてきたEUとの統合路線に暗雲が立ちこめてきた。

EU内にウクライナを支援することへの倦(けん)怠(たい)感が出ていたのに加え、EUが今や内部の「遠心力」を抑えるのに手一杯のためだ。

EUのウクライナに対するビザ(査証)廃止の見通しは遠のき、ウクライナ国民自身にもEU統合路線への失望が芽生えつつある。
 
ウクライナ政界では英国の投票を受け、最高会議(議会)の欧州統合問題副委員長が「展望のなさ」を理由に職を辞するなど、波紋が広がった。ポロシェンコ政権にとって英国の離脱決定は、オランダの国民投票で4月、EUとウクライナの自由貿易を柱とする「連合協定」の批准に「ノー」が突きつけられたのに続く打撃となった。
 
英国の投票後、EU首脳会議に合わせて行われたポロシェンコ大統領とEU首脳の会合は成果に乏しく、「象徴的成果」になると期待されていたビザ廃止に関する合意も見送られた。
 
ウクライナの政治学者、スピリドノフ氏は「貧しいウクライナを統合すれば、(労働移民の問題などで)EUの社会状況がさらに悪化する。ただでさえEU統合路線は幻想的だったが、英国の投票後は、EUの役人がいっそうウクライナを警戒している」と話す。
 
ウクライナで2014年、大規模デモによる親露派政権の崩壊を受けて発足したポロシェンコ政権にとって、EU統合路線は最大の公約であり、よりどころだった。EUも、ウクライナ東部に軍事介入したロシアに経済制裁を発動し、ポロシェンコ政権を後押しした。
 
しかし、EUでは、ウクライナ東部紛争をめぐる15年2月の和平合意が履行されないことへのいらだちが出ている。ロシア側もさることながら、ウクライナが合意に盛られた改憲などを実行していないことに厳しい視線が向けられつつある。
 
ウクライナの国内総生産(GDP)は14年の前年比6・6%減に続いて15年も同9・9%減で、EUとの連合協定の恩恵は見えてこない。

前出のスピリドノフ氏は「国民は欧州統合の話題に疲れている」とし、一部の親欧派政党が方向転換を図る可能性があると語る。東部紛争の政権側元義勇兵など、民族派勢力が力を増している現状もある。【7月11日 産経】
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親露派 支配地域拡大の野心も
アメリカもロシアもEUも、また、ウクライナ政府も「手一杯」で戦闘拡大を望んでいませんが、現地で対峙する双方が現状に不満であり、閉塞的な現状を打開すべく本格的な戦争が「いつで再発しうる」という状況にあります。

****<ウクライナ東部紛争>「大規模攻勢なら停戦破綻」親露派****
ウクライナ東部で2014年に一方的に独立を宣言した親露派武装勢力「ドネツク人民共和国」の指導者、アレクサンドル・ザハルチェンコ氏(40)が毎日新聞の書面インタビューに答えた。

政府軍との紛争で昨年2月の停戦合意(ミンスク合意)を重視する考えを示す一方、大規模攻勢が始まれば「反撃して首都キエフまで進攻する可能性がある」と政府側をけん制した。(中略)

ザハルチェンコ氏はプーチン政権とは「協力関係にある」と説明。「ロシアとは事実上全ての問題で認識が一致している」と述べ緊密さを強調した。
 
ザハルチェンコ氏はまた「共和国の領域を州全体まで広げるのが我々の目標だ」と、領土的野心ものぞかせた。ウクライナ東部ドネツク、ルガンスク両州では、親露派が州域の3分の1程度、国民の約1割に当たる400万人弱を支配下に置いているとみられる。【7月26日 毎日】
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ウクライナ “愛国主義”民族派勢力の拡大
ウクライナにあっては、政府に批判的なジャーナリスト襲撃や嫌がらせ・圧力が相次いでおり、前出記事にもある“民族派勢力が力を増している現状”も懸念されます。

****ウクライナはジャーナリストを殺す****
<政府と親ロ派の分離独立勢力の戦いが続くウクライナで、政府に批判的なジャーナリストへの攻撃が相次いでいる。民主化を進めてEUに加盟しようとしていたウクライナで、危険な愛国主義が高まりつつある> 

先月20日、ウクライナの首都キエフで、ジャーナリストのパーベル・シェレメト(44)が暗殺された。運転中に車に仕掛けられた爆弾が爆発した。

シェレメトはラジオ局ベスチの朝の番組の司会を担当し、ウェブサイト「ウクライナ・プラウダ」ではスター記者だった。ベラルーシのミンスク出身で常に真実を追う彼は、母国からもロシアからも追放された身だ。

シェレメト暗殺は特異な例だ──そう思えたらどんなにいいだろう。だが、それだけはない。彼の死は、ここ数カ月着々と悪化されている報道弾圧の一例に過ぎない。劇的だからより人目についただけだ。

相次ぐ襲撃
シェレメト暗殺の翌21日には、ウクライナ版フォーブスのマリア・リドバンがキエフで背後から3度刺される事件があった。軽傷で済んだのは幸運だった。

先月25日には、ビジネスセンサー誌の編集長セルゲイ・ゴロブニオバが、キエフの裕福な地区ポディルで2人の男に殴られた。盗まれたものは何もない。

ニューヨーク・タイムズ・マガジンにウクライナの権力者に批判的な記事を書いていたクリスチナ・ベルディンスカヤ記者は、この数カ月、何度も脅迫状を受け取っている。

いったい誰がジャーナリストを狙っているのか。

治安トップは疑惑否定
(中略)シェレメト殺害の背後に誰がいるのかはまだ不透明だ。だが人権団体などは、ここ数カ月、ウクライナ政府が政府に批判的なジャーナリストに嫌がらせをして口を塞ごうとしていると非難する。

4月には、政府は国内トップの人気を誇るカナダ人テレビ司会者、サビク・シュスターの労働ビザを取り消した。シュスターは、毎週400万人が視聴するロシア語トークショー「シュスター・ライブ」のホスト役だ。

原因は、シュスターがペトロ・ポロシェンコ大統領を批判するようなことを言ったからではないか、ともっぱらの噂だ。(中略)

5月には、親ロシアの分離独立派が支配するウクライナ東部で仕事をしたことがある400人以上のジャーナリスト、カメラマン、プロデューサー、フリーランス、翻訳者、そして運転手の名前と連絡先がリークされた。(中略)

シェレメト暗殺は、現に報道の委縮効果をもたらしていると、VICE誌の記者、シモン・オストロフスキーは7月末のインタビューで語っている。「まるで(民主化革命以前の)1990年代に戻ったようだ。当時は、記者が襲われ、殺され、犯人の罪は不問に処された」【8月1日 Newsweek】
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ウクライナの“愛国主義”民族派勢力と勢力拡大を狙う親露派、現状に不満を持つ双方の衝突の危険を孕んだウクライナ東部情勢です。
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アメリカ大統領選挙  白人低所得層の不満・不安を煽り逆転を狙うトランプ氏

2016-08-03 22:22:27 | アメリカ

(まだまだ逆転の可能性を残すトランプ氏 【8月2日 毎日】)

共和党内部からの批判も改めて強まるものの・・・
アメリカ大統領選挙の共和党候補トランプ氏の場合、度重なる暴言やスキャンダルも型破りな「持ち味」のひとつとして、あまりダメージにもならないようです。

ただ、イラクで戦死したイスラム教徒の米兵の両親に対する侮蔑的な言動は、“国家のために戦死した英雄”という、アメリカ社会の聖なるものを汚す言動として、やや大きな反響を呼んでいます。

“英雄”を侮辱云々ということだけでなく、大統領候補が一般市民を攻撃するという点でも、異例の事態のようです。

****戦没者遺族に「手を出した」トランプは、アメリカ政治の崩壊を招く****
トランプが戦没者遺族の両親をまともに批判し、再反論までしたことは、アメリカでこれまでにもますセンセーションになっている。いずれにしろトランプが、問題をアメリカ政治の規範にも関わる大きなものにしてしまったことは間違いない。

現代において、大統領候補あるいは現職の大統領が一般市民を侮辱することはまずありえない。イラク戦争で息子を亡くした遺族に対して、ドナルド・トランプが不適切で自己破壊的な侮辱を向けたことが極めて異様に見える理由のひとつはそこにある。(後略)【8月2日 Newsweek】
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民主党側や外部世論だけでなく、もともとトランプ氏に不信感・嫌悪感を持っている者も少なくない共和党内部からも批判が噴出しています。

****共和党内からも非難集中****
米政界では戦死者の遺族批判はタブーとされており、カーン夫妻に対し敵意を示し続けているトランプ氏の肩を持つ共和党の重鎮はほとんどいない。
 
過去にベトナム戦争で捕虜になった経験をトランプ氏にやゆされていたジョン・マケイン(John McCain)上院議員は長文の声明を出し、「私がトランプ氏の発言にどれほど強い反感を抱いているかは、どれだけ強調しても足りない」と憤りを示した。
 
またオバマ大統領も、障害を負った退役軍人らとの会合で、米国の軍や兵士を「こき下ろす」一部の人々にはうんざりしており、「戦没者の遺族ほどわれわれの自由と安全のため犠牲を払ったものはいない」と述べ、トランプ氏を暗に非難した。【8月2日 AFP】
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米共和党のリチャード・ハンナ下院議員や、共和党員でもある米ヒューレット・パッカード・エンタープライズのメグ・ホイットマン最高経営責任者(CEO)などは、クリントン候補支持を明らかにしています。

もっとも、トランプ氏も、改選を迎えるライアン下院議長とマケイン上院議員を支持しないと、一歩も引かない構えです。

****共和有力者への支持拒否=月内に予備選控え―トランプ氏*****
米大統領選の共和党候補の実業家ドナルド・トランプ氏(70)は2日、ワシントン・ポスト紙とのインタビューで、11月の上下両院選で改選を迎えるライアン下院議長とマケイン上院議員の共和党有力者2人について、現時点では支持できないという考えを明らかにした。
 
2人はトランプ氏支持を表明しているものの、トランプ氏を批判することも多い。ただ、月内に予備選を控えた2人への支持拒否は「尋常でない政治儀礼違反」(ポスト紙)で、発言は波紋を広げそうだ。【8月3日 時事】 
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戦死したイスラム系米兵遺族の問題のほか、著名投資家のウォーレン・バフェット氏も1日に取り上げた、トランプ氏が「納税申告書」を公表していないこと(「納税額ゼロ」の可能性があり、税金に敏感なアメリカ世論の反発を恐れているのでは・・・とも推測されます)や、ロシアのクリミア半島併合を容認するような発言やプーチン称賛発言などに垣間見えるロシアとの関係(自身もロシアとビジネスを行ってきていますし、陣営中枢にもロシアとの関係が深い人物が多いとも言われています)なども今後の“地雷”になる可能性があります。

クリントン氏リードとはいうものの・・・】
そうした問題点をあげていくときりがないのですが、民主党が党大会を終えた時点ではクリントン氏が数ポイントのリードを奪っている報じられています。

****クリントン氏、再びリード=党大会効果大きく―米大統領選****
米CBSテレビが1日発表した世論調査によると、大統領選に向けた支持率で共和党候補の実業家ドナルド・トランプ氏(70)と並んでいたヒラリー・クリントン前国務長官(68)が、7月25〜28日の民主党全国大会を挟んで再びリードを広げた。
 
同14日発表の調査は両候補とも40%で横一線。同18〜21日の共和党大会後も42%で並んでいたが、民主党大会後はクリントン氏46%、トランプ氏39%と、クリントン氏が一歩先行した。トランプ氏よりクリントン氏の方が党大会の効果が大きかったことがうかがえる。
 
民主党大会をきっかけにクリントン氏の大きな課題である好感度も改善。クリントン氏を「好ましい」とみる人は5ポイント増の36%、「好ましくない」は6ポイント減の50%だった。
 
1日発表のCNNテレビの調査でも、クリントン氏は民主党大会の前後で支持率を45%から52%に伸ばし、トランプ氏は48%から43%に減らした。【8月2日 時事】
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逆に言えば、これまでも、現在も多くの問題を抱えたトランプ氏相手に数ポイントのリードしか奪えないクリントン氏の“嫌われぶり”も半端ないものがあります。

ただ、アメリカ大統領選挙の場合は、州ごとの勝敗・代議員獲得競争の積み上げですから、全国ベースの支持率での判断は限界があります。

伝統的に民主党あるいは共和党が勝利することが確実視されている州が多く、そうした勝利確実州でいくら支持を伸ばしても、あるいは敗北確実州でいくら嫌われても、大勢には影響ありません。

支持が拮抗しており、どちらに転ぶか確定していないいくつかの州の動向が全体の勝負を決めると言う点は、アメリカ大統領選挙に関していつも指摘される点です。

クリントン氏優勢の現時点では、トランプ氏勝利の可能性は2割程度とも言われていますが、「まだ2割も可能性がある」とも言えます。

【「人種カード」で「ラスト・ベルト(錆びついた地帯)」の白人不満層を狙うトランプ氏
そうしたなかで、州単位の勝負というアメリカ大統領選挙の特性を踏まえて、トランプ氏が逆転勝利を懸けているのが白人低所得層の支持拡大です。

黒人・ヒスパニック系の影響力拡大、中間層の経済的没落、拡大する格差・・・という社会情勢にあって、“取り残されている”という不満・不安を抱える白人層、特に白人低所得層にアピールして支持を拡大する戦略です。

それによって重要州を攻略できると言う点で、戦略的には間違っていませんが、分断が問題となっているアメリカ社会にの溝を更に深くえぐることにもなります。

****白人至上主義」で危険な大勝負へ トランプに「大逆転」はあるか****
米大統領選のドナルド・トランプ共和党候補が、ホワイトハウス奪還のため危険な賭けに出た。民主党地盤の東部・中西部で、「人種カード」を使って白人票を掘り起こそうという戦術だ。黒人による警察官殺害事件が相次ぐ中で、白人層の不安を煽るキャンペーンには、米国社会の亀裂をさらに深める懸念がつきまとう。
 
トランプは指名獲得後の最初の遊説先にペンシルベニア州を選んだ。民主党全国大会がフィラデルフィアで開かれているさなかに、同じ州内にある小都市スクラントンに乗り込んだ。人口七万人あまりのこの街は、ジョー・バイデン副大統領が生まれ、民主党候補のヒラリー・クリントンの父親も生まれ育ったことで知られる。

「巧妙な戦術ですね。スクラントンは白人労働者階級の町で、トランプが一番食い込みたいところ。人口は最盛時から半減して、失業率も高いので、『白人不満層』が住む典型的な地域です」と、在ワシントンの米国人政治記者は言う。

中西部戦略は「人種カード」で
ペンシルベニア州は人口約一千三百万人(全米六位)の大州で、民主党が六連勝中の同党地盤。ただ、レーガン、ブッシュ(父)が三連勝したこともあり、白人保守層も多い。白人比率が八割近くで、全米平均(七二・四%)より高い。地理的には「東部」だが、農村部は保守的で中西部に気質が近い。
 
トランプが中西部を最重点に位置付けたのは、副大統領候補にインディアナ州のマイク・ペンス知事を選んだことでも分かる。ペンス知事の全国的知名度はゼロに近いが、地元中西部での保守票、白人票の掘り起こしが期待されている。

中西部やペンシルベニア州は、二十世紀には自動車産業や鉄鋼産業で栄えたものの、その後は低迷。「ラスト・ベルト(錆びついた地帯)」という、ありがたくない呼称がつく。白人層の不満・困窮の度合は強く、トランプ陣営が劣勢を挽回するための最大の標的だ。
 
七月末時点で全米各種選挙予測を見ると、各予測とも「クリントン勝利」の確率を六〇~七〇%台とし、「トランプ勝利」の確率は二〇~三〇%だ。
 
ただ、ニューヨーク・タイムズ紙の選挙担当記者が、「本紙の予測モデルでは、トランプ勝利の確率は二四%だが、これはNBAのプロバスケットボールの選手が、フリースローに失敗する確率と同じくらい。つまり『結構ありうる』ということ」と言うように、逆転不可能な数字ではない。
 
大統領選は五十州と首都ワシントンに振り分けられた「選挙人(計五百三十八票)」を、州ごとに取り合う陣取り合戦である。CNN「選挙人調査」の最新集計では、民主党が十六州とワシントンDC(二百一票)、共和党が二十州(百五十八票)を固めたものの、その他の十四州(百七十九票)はまだ、いかようにも転びうる。
 
トランプ陣営は、ペンシルベニア(二十票)のほか、中西部のオハイオ(十八票)、ミシガン(十六票)両州と、フロリダ州(二十九票)の四つが最重点。いずれも前回、前々回とオバマが取って、勝利を決定付けた。フロリダ以外は、白人比率が全米平均より高い。
 
フロリダは当初、「ヒスパニック(約二二%)が多すぎて、トランプは勝てない」と見られていたが、七月の世論調査平均では「クリントン三九%対トランプ四二%」で、事実上の同率だった。他の三州も僅差だ。
 
トランプの中西部戦略は、ずばり「人種カード」である。
民主党議会筋によると、共和党大会の指名受諾演説は、露骨な表現を避けながら巧みに白人層へのメッセージで埋めていた。「トランプは『法と秩序』を前面に掲げたが、これは『白人社会を守るため犯罪に立ち向かう』という意味で、呼びかけ対象は明白だ」と、同筋は言う。
 
トランプは「街中の平和を脅かす者(=黒人のデモ)」「警察への攻撃(=ダラス、バトンルージュでの警察官殺害事件)」「街中でのテロ(オーランドでの乱射事件)」などをあげて、白人中産階級の暮らしに深刻な脅威が迫っていると、繰り返し説いた。

「我が国には忘れられた男性、女性がいる。私がその声になろう」という言葉は、リチャード・ニクソンが使った「サイレント・マジョリティー(声なき多数派)」という言葉を言い換えたものだ。黒人やヒスパニックが声高に「権利」を主張する中で、戸惑う白人層に手を差し伸べた。

黒人から突き上げられるヒラリー
下部組織はもっと露骨だ。トランプ陣営のバージニア州支部は、ダラスの警察官殺害事件が起こった後の声明で、「悪いのは、ヒラリー・クリントンのようなリベラル政治家だ。彼らは司法・警察を批判して、(黒人の行動を)煽り立てている」と、一連の警察官襲撃事件と民主党を結びつけて批判した。
 
さすがに、この声明は後にネットから削除された。一方で、「黒人をのさばらせるクリントン」という攻撃は、今後も繰り返し登場するのは間違いない。(中略)
 
黒人は早々に立場を決めており、クリントン支持が八割。トランプを「好ましくない」と思う黒人は九割以上だから、トランプ陣営は何の遠慮もなく白人有権者に絞った選挙戦ができる。
 
クリントン陣営の頭痛のタネは、黒人の権利擁護団体からの要求が強まっていること。その一つ「ブラック・ライブズ・マター」(黒人の命も大切だ)は、クリントン候補に「立場をもっと明確にせよ」と迫っており、最近も夫のクリントン元大統領と、激しい口論になった。(後略)【8月号 選択】
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「ラスト・ベルト(錆びついた地帯)」の白人低所得層の動向は前回選挙でも注目されたところですが、今回は前回以上に重要となっています。

****分断大国 米大統領選)揺れる人種:上 白人の不満層、トランプ氏に熱****
トラック運転手のディーン・シェルボンディーさん(50)はバーでグラスを傾け、店の近くを流れる川を指した。
「今では想像もできないが、20年ほど前までは川沿いに工場や製鉄所が並び、にぎやかだったんだ」
 
かつて製鉄業が栄えたペンシルベニア州ピッツバーグ近郊にある地元グリーンビルは、貨車製造などで知られた街だったが、今や見る影もない。
 
メキシコや中国との貿易交渉をやり直し、雇用を取り戻す――。シェルボンディーさんは、米共和党の大統領候補となったドナルド・トランプ氏のそんな訴えに強くひかれている。(中略)

白人の「悲観」は世論にも表れている。ピュー・リサーチ・センターが今年3月に実施した調査で「あなたのような人にとって、50年前と比べて米国での生活はどう変わったか」と聞いたところ、白人の54%が「悪くなった」と答え、「良くなった」は28%に過ぎなかった。
 
黒人の58%とヒスパニックの41%が「良くなった」と答え、「悪くなった」はそれぞれ17%と37%だったのとは対照的だ。
 
「生活が悪くなった」と答えている人の政治的傾向もはっきりしている。トランプ氏の支持者のうち、「悪くなった」は75%に上り、「良くなった」(13%)の5倍以上だった。クリントン氏の支持者は53%が「良くなった」と答え、「悪くなった」の22%の2倍以上だった。
 
共和党の予備選で、トランプ氏が特に強かったのは北東部のニューヨーク州やペンシルベニア州など、製造業の不振で地域経済が落ち込んでいる通称「ラストベルト(さびついた地帯)」から、アパラチア山脈を伝ってミシシッピ州など南部にまたがる地域だ。中年白人の死亡率が上がっているエリアとほぼ重なる。
 
11月の本選で勝利演説をするのは、初の女性大統領か、それとも政界のアウトサイダーか。これらの州の白人たちの一票が、大きな鍵を握っている。【8月1日 朝日】
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最近のアメリカが、警官による黒人に対する「過剰行動」問題で大きく揺れていることは、これまでも何回か取り上げてきました。各種世論調査では、「人種間関係は悪い」と思う人は60~70%にのぼり、「前より悪化している」と思う人も半数以上を占めるとも言われています。

トランプ氏の戦略は、この人種間の分断・溝という傷口に手を突っ込んで、さらにこれを広げようとするものでもあります。

前出【選択】にもあるように、クリントン氏側は黒人支持者からの突き上げという問題を抱えています。

****奴隷制の賠償」を要求=米国の反黒人差別グループが綱領****
「黒人の命も大切だ」をスローガンに、米各地で黒人差別への抗議行動を展開するグループ連合「黒人の命のための運動」は1日、結成後初めての綱領を発表した。綱領で、連邦や州に対し、かつての奴隷制の影響が今も続いていることを公式に認め、黒人社会から搾取した富について賠償を行うよう要求した。
 
綱領には黒人の若者に対する差別的な刑事摘発の即時停止など、38項目の要求が掲げられた。賠償に関しては、政府や関係する企業、機関に対し、奴隷制などにより黒人に強いた「過去および今に続く損害」を補償するよう求めている。
 
綱領は、奴隷制の非人道性や残虐さを認め、救済のための委員会設置を可能にする法案を直ちに可決するよう訴えている。法案は2013年に連邦議会に上程された。【8月2日時事】
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この動きが現実政治においてどれだけの意味を持つものかは知りませんが、こうした黒人側から要求が拡大すれば、それだけだ白人層を刺激し、トランプ氏側に更に追いやることにもなります。
奴隷制の問題はともかく、時期的にはあまり賢明でないようにも見えます。

また、投票日までの間に、白人警官が黒人に襲撃されるといった事件が再発すれば、トランプ氏の戦略は強い追い風を受けることにもなります。

多くの調査・予測はトランプ氏の指名獲得を予測できませんでした。
それだけ、トランプ氏の支離滅裂ともとれる既成政治批判への共感が国民、特に白人層に根深く存在するということでしょう。

まだまだ、トランプ氏逆転の可能性も消えていない・・・・という話です。
外交的には、「アメリカ第1」で、国際関係とか、他国の人権問題などには関心をもっていないトランプ大統領実現に、ロシア・中国は大いに期待しているようです。
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インドネシア  麻薬犯罪者の死刑執行 中国を含む違法操業漁船取締りなど“強い姿勢”のジョコ政権

2016-08-02 23:06:20 | 東南アジア

(6月23日、中国との対立の舞台となっている南シナ海にあるインドネシアのナツナ諸島を訪れ、軍艦に乗るジョコ大統領=大統領府提供【AFP=時事】【時事】 就任直後は与党党首でもあるメガワティ元大統領の“操り人形”とも揶揄されましたが、最近は野党も取り込んで政権基盤を強めているようです。)

シャリア(イスラム法)を適用するアチェ州 異教徒・外国人にも
最近はバングラデシュでおきたイスラム過激派のテロで示されたようにアジアにおけるイスラム原理主義の台頭が懸念されていますが、東南アジアのイスラム国、インドネシアやマレーシアでも近年、イスラム原理主義の拡大、宗教的保守化が指摘されています。

インドネシアにあっては、今年1月14日、首都ジャカルタ中心部で自爆テロが発生、テロがアジアに拡散していることを世界に印象付けました。

世界最多のイスラム教徒を抱えるインドネシアでは、外国人観光客を含む202名が死亡した「2002年バリ島爆弾テロ事件」を起こした「ジェマ・イスラミア」が活動していましたが、「ジェマ・イスラミア」は厳しい掃討作戦で弱体化したものの、その分派・残党による小規模テロが拡散しています。

従来はアジアのイスラム教は従来は宗教的多様性に対し寛容であるとされてきましたが、近年の原理主義拡大、宗教的保守化、テロ事件発生は、社会全体の経済成長のなかで格差も拡大し、成長の恩恵が及ばない人々の政治・社会に対する不満も大きくなっていることが背景にあるように思われます。
(1月14日ブログ“インドネシア ジャカルタ中心部で爆破テロ イスラム原理主義台頭の土壌も”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160114

ただ、バングラデシュのダッカ・テロ事件の犯人が比較的裕福な家庭の出身であったように、テロ事件は必ずしも貧困そのものが原因という訳でもなく、社会に対する不満がインターネットのような情報手段の発達によって増強・組織化されやすくなっている側面もあります。

“インドネシアは人口の9割がイスラム教徒だが、1945年の独立以降、政治や法律に宗教を持ち込まない「世俗主義」を国是としている。1万3000以上の島々で構成される多民族国家で、イスラム教を優先すれば国の統一を保つのが難しいためだ。”【1月14日 毎日】というインドネシアですが、イスラム教徒が大多数を占める北部アチェ州ではシャリア(イスラム法)が適用されています。

****未婚の若者、異性交際で公開むち打ち刑 インドネシア・アチェ州****
インドネシア・アチェ州で1日、異性と交際した未婚の若者1人に対する公開むち打ち刑が行われた。刑が執行された州都バンダアチェにあるモスク(イスラム礼拝所)前には、大勢の見物人が集まった。
 
イスラム教の厳格な地域で、近年ますます保守色を強めるアチェ州ではインドネシアで唯一、シャリア(イスラム法)が適用されている。【8月1日 AFP】
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“未婚の若者”という表現になっていますが、画像からすると女性のようにも見えます。

公開むち打ち刑がどうこうと言う以前に、こうした処刑に大勢の見物人が集まるということへの生理的抵抗感を感じます。別にインドネシアに限らず、古今東西どこでも、いつでも見られることですが。人間というのは他人の不幸を喜ぶ生き物ですから仕方がないのでしょうが・・・。

アチェ州におけるシャリア(イスラム法)は、イスラム教徒、あるいはインドネシア人だけに限定されるものではなく、キリスト教徒・外国人にも適用されます。

****酒販売の女性キリスト教徒に公開むち打ち刑 インドネシア****
インドネシア・アチェ州で12日、キリスト教徒の女性(60)がアルコール飲料を販売したとして、むち打ち刑を受けた。同州では、イスラム教徒以外に厳格なイスラム法を適用して処罰を与えるのは今回が初めてとなる。

当局によれば、女性は集まった数百人の見物人を前にして、むちで30回近く打たれたという。

イスラム教徒が大多数を占めるインドネシアで唯一、厳格なシャリア(Sharia、イスラム法)が適用されているアチェ州では、シャリアに違反したかどで公開のむち打ち刑が日常的に行われ、刑を執行する様子を群集が見物することは珍しくない。

AFPの取材に応じたアチェ州の検察当局によれば、シャリアが適用されるのはこれまでイスラム教徒のみだったが、昨年に発効した条例により、状況によっては非イスラム教徒にも適用されることになったという。【4月13日 AFP】
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同性愛や婚外交渉もむち打ち刑の対象となりますが、アチェ州一部地域では、女性がバイクの後部座席にまたがって乗ることは「シャリアに反する」と禁止する規則が導入されるなど、シャリア適用の厳格化の傾向があります。

ジョコ政権で相次ぐ麻薬犯罪者の死刑執行 その大半が外国人
シャリアの外国人適用はアチェ州だけの話ですが、インドネシアにあっては麻薬犯罪に関与した外国人への死刑執行が国連等の反対を振り切る形で実施されています。

****インドネシアで薬物犯4人死刑執行…国連反発も****
インドネシア司法当局は29日、麻薬などの違法薬物犯罪で死刑判決が確定していたナイジェリア人2人、セネガル人1人、インドネシア人1人の計4人の死刑を執行した。

国連や人権団体が、インドネシア政府に死刑の中止を求めてきた経緯があり、国際的な批判が高まりそうだ。
 
インドネシアでは毎日30人以上が薬物で死亡しているとされる。現政権は薬物犯罪に厳罰姿勢で臨む構えを見せており、検察幹部は「薬物犯罪を止めるためだ」と正当性を主張している。今後、さらに10人の死刑執行を行う考えも示した。
 
インドネシアは昨年1月と4月にも、外国人12人を含む計14人の死刑を執行している。これに対し、潘基文(パンギムン)国連事務総長の報道官は声明で、国際法に照らせば薬物犯罪は死刑にあたらないと指摘。インドネシア政府に死刑制度の見直しを呼びかけていた。【7月29日 読売】
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インドネシアでは、薬物輸入犯罪に対する最高刑は死刑と規定されています。

インドネシア及び東南アジア諸国の麻薬犯罪への厳しい対応については以下のように指摘されています。

****インドネシアで死刑執行|薬物密輸と死刑の問題****
・・・・東南アジア地域は国際的な薬物密輸ルートの途中にあり、アフガニスタンやミャンマーで生産されるヘロインや覚せい剤がアジア太平洋地域に向けて密輸される際の重要な中継拠点になっています。

東西冷戦の時代には、薬物密輸によってもたらされる莫大な資金が反政府組織の資金源になり、また近年では、国際的な薬物組織の活動によって地域社会の安定が損なわれてきました。

こうした歴史的な背景から、この地域では薬物犯罪に対して厳しい法制度が採用され、とくに薬物密輸事犯に対しては、最高刑を死刑と定めている国が集中しています。

世界的に死刑廃止の流れが加速しているなかで、とくに、他人の生命や身体を直接侵害したわけではない薬物事犯者に対して、死刑を科すことの是非が問われています。

法律上、薬物の大量密輸や密売などに対する最高刑を死刑としている国は、世界で30か国ほどありますが、その半数ほどは(米国、韓国、インドなど)実際に薬物犯罪のみの被告人に対して死刑が言い渡されることはまずなく、実際に薬物犯罪者に対する死刑が適用されているのは、世界でもわずか17、8か国です。(後略)【2015年4月30日 「弁護士小森榮の薬物問題ノート」】
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死刑制度そのものへの考え方はさておいて、上記のような事情や毎日30人以上が薬物で死亡しているといわれる現状からインドネシア政府が厳しい姿勢で薬物犯罪に対応していることは分かりますが、死刑執行が外国人に偏っており、今回を含めるとジョコ政権になってから死刑が執行された18人中15人が外国人だったという点はどういう事情でしょうか?

死刑執行、それも外国人の死刑執行という“強い姿勢”をアピールすることで、国内における政治的な支持獲得を狙っているのではないか・・・という疑念もあるようです。

なお、ジョコ政権の厳しい姿勢は麻薬犯罪だけでなく性犯罪にも及んでいます。
インドネシアでは4月、西部スマトラ島で10代の少女が集団レイプされた末に殺害される事件があり、国民の間で性犯罪者に対する厳罰化を求める声が高まっていましたが、ジョコ大統領は5月25日、子どもが被害者の性犯罪者に対して、薬剤による去勢や死刑を含む厳罰を科すことを認めた大統領令を発令しています。

違法操業漁船への厳しい姿勢で中国と対立
薬物犯罪者への死刑執行ではありませんが、インドネシア・ジョコ政権は違法操業で拿捕した漁船を「爆破」するというショーで国内世論にアピールしています。外国違法漁船の死刑執行でしょうか。

****インドネシア、外国漁船の大量爆破を予告=独立記念日に“見せしめ****
2016年7月21日、環球時報によると、インドネシアのスシ・プジアストゥティ海洋水産相はこのほど、これまで拿捕(だほ)した外国漁船71隻を8月17日の独立記念日に爆破処理する考えを示した。中国漁船3隻も含まれるとみられている。

今年はインドネシアの独立71周年に当たる。中国社会科学院の研究員は、独立記念日に合わせた漁船爆破について、「違法操業の取り締まりは、現政権、特にスシ氏にとっては際立った成果だ」と述べ、「8月17日の外国漁船爆破はイメージ的な意味合いが大きい」と指摘。「摘発は中国に的を絞ったものではなく、処理される漁船の多くはベトナム、マレーシア、タイなどの船舶」と説明している。

現地紙ジャカルタ・ポストによると、2014年10月から今年4月までにインドネシアが爆破処理した外国漁船は176隻に上る。前述の研究員は「インドネシアはこの先も違法操業の取り締まりに力を入れる」との見方を示した。【7月21日 Record China】
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こうした違法操業漁船への厳しい対応のなかで、南シナ海の各地で操業を強行する中国との関係が険しくなってきています。

****緊迫・南シナ海】インドネシア、中国に対抗姿勢強める 「中立」から転換 経済水域保護へ特別班発足**** 
インドネシア政府は(6月)23日までに、中国が軍事拠点化を進める南シナ海での自国の権益保護に向け、国連海洋法条約に精通した専門家による特別班を結成することを決めた。

南シナ海での中国の領有権主張をめぐっては、フィリピンの提訴を受けた常設仲裁裁判所(オランダ・ハーグ)が近く、結論を出す見通し。「中立」を表明してきたインドネシアが法的措置に乗り出せば、中国には大きな逆風となりそうだ。
 
ジョコ大統領は23日、南シナ海南端のインドネシア領ナトゥナ諸島沖で海軍艦船を視察し、同行したルトノ外相など主要関係閣僚らと艦上で会議を開いた。
 
諸島沖合の排他的経済水域(EEZ)では17日、同国海軍が不法操業の中国漁船を拿捕(だほ)した。だが、中国外務省は19日、現場海域は「中国漁民の伝統的漁場」だと声明で非難した。

異例の艦上会議は、「中国の主張を認めることはできず、大統領は事態を深刻に捉えている」(ルフット調整相)との意思表示だ。
 
ジョコ氏は20日、国際法で認められたナトゥナ諸島周辺海域の権益保護のため、法律家らによる特別班の結成を指示した。中国が南シナ海の9割を管轄していると主張する根拠の「九段線」は、ナトゥナ諸島沖のEEZと重複する。この海域では、インドネシア当局が不法操業中の中国漁船を今年3月に摘発しながら中国海警局の監視船に漁船を奪われ、5月は海軍が出動して拿捕に成功した。
 
インドネシア海軍幹部は21日、「(不法操業は)単なる口実に過ぎない」とし、「真の狙いは(同海域には)主権があるとの主張を確立することにある」と指摘。国軍のガトット司令官は、ナトゥナ諸島周辺海域への航空機投入と艦船5隻の派遣を決め、密漁船を“保護”する中国の監視船に対応するとした。
 
東南アジア諸国連合(ASEAN)の「盟主」であるインドネシアは、南シナ海の領有権で対立する中国と加盟国の間で「調整役」を担ってきた。だが、不法操業をめぐる摩擦で、中国との緊張が高まるのは避けられない情勢だ。【6月23日 産経】
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6月に中国漁船を拿捕した際には、中国側はインドネシア海軍の銃撃によって船員1人が負傷したと抗議していますが、インドネシア側は威嚇射撃だけで負傷者は出ていないと否定しています。

回復傾向の大統領支持率
ジョコ大統領の支持率は、就任直後のガソリン価格引上げなどで物価が上昇し、成長も鈍化したことで、いったん落ち込みましたが、このところは回復傾向にあります。

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ジョコ大統領は就任直後の2014年11月、政府の補助金で価格が低く抑えられているガソリンなどの燃料価格を引き上げ、2015年1月からガソリンに対する補助金を廃止しました。

補助金削減によりインフラや教育などに予算を回す財政改革で、中長期的な経済成長の押し上げを狙った政策です。

短期的には物価上昇や成長率鈍化で支持率は低下しましたが、燃料価格引き上げの影響が一巡すると物価は落ち着き、成長率は回復に向かって支持率も上向いてきました。

発足時には少数与党であったジョコ政権は、過半数の国会議員が支持する安定政権となりました。【http://www.eastspring.co.jp/investment/files/indonesia/biweekly/Eastspring_Indonesia_Biweekly20160601.pdf
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麻薬犯罪者や違法操業漁船への“強い姿勢”も、こうした支持率回復に寄与しているのでしょう。

ただ、“強い姿勢”の行き過ぎは国民の反発を買います。

****断食中に営業のカフェ取り締まり、警察対応に批判 インドネシア****
インドネシアの首都ジャカルタ)郊外で、イスラム教の断食月「ラマダン」の日中に営業していたとして、女性が1人で営む小さなカフェに警察が取り締まりを行ったことに対し、同国のインターネット上で批判や怒りが巻き起こっている。
 
ジャカルタ西郊のセランでカフェを営む53歳の女性が、食べ物を押収しないよう警察に懇願している映像が今週末、インターネット上で拡散されると、ソーシャルメディアのユーザーたちは当局を非難。女性を助けるためのクラウドファンディングも開始され、13日までに約2万ドル(約210万円)が集まった。
 
現地メディアによると、女性は借金があるため、少しでも売上を増やすためにラマダンの日中も店を開けていたと述べている。
 
世界最大のイスラム教徒人口を抱えるインドネシアだが、日の出から日の入りまで断食が行われるラマダンの期間中にも大都市では、たいていの飲食店は日中も営業している。それだけにこの女性の店に対する強硬な取り締まりに対し、多くの批判の声が上がった。
 
警察は女性が法律に違反していたとして取り締まりを正当化しているが、ジョコ・ウィドド大統領も警察の対応を非難し、個人として寄付を行うべく側近らに手配を指示したという。【6月13日 AFP】
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宗教的保守化も指摘されるなかで、ラマダン中の営業に世論が同情的だったことは、少しほっとしました。
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