孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

分離・独立に向けた動き イギリスのスコットランド・北アイルランド、スペインのカタルーニャ・バスク

2017-06-10 22:59:27 | 欧州情勢

(スペインからの独立の是非を問う住民投票実施を発表するカタルーニャ自治州のカルレス・プチデモン州首相(2017年6月9日撮影)【6月10日 AFP】)

スコットランド民族党(SNP)「残念な結果だった。SNPはいろいろ考えるべきことがある」】
前倒し総選挙というメイ首相の“楽勝”と思われていた“賭け”が大失敗に終わったことについては、多くの報道があるとおりです。

もともとはっきりしていなかったEU離脱(ブレグジット)の今後は、いよいよ不透明さを増しています。

メイ首相としては、EU離脱に向けた自身の指導力を強化しようという狙いのほかに、ついでに独立を巡る2回目の住民投票実施を求めるスコットランド民族党の動きも封じ込めたい思惑があるとも指摘されていましたが、こちらのほうは一応の成果をあげたようです。

スコットランド独立を目指す地域政党スコットランド民族党(SNP)は、総選挙のマニフェスト(政権公約)に独立の是非を問う住民投票実施を求める方針を明記して臨みましたが大きく議席を減らす結果となっています。

****英総選挙で民族党大敗=独立派に痛手―スコットランド****
8日に投票が行われた英総選挙で、北部スコットランドでは、2015年の前回総選挙で59議席中56議席を獲得し大躍進した地域政党スコットランド民族党(SNP)が、第1党の座は確保したものの、21議席減の35議席と低迷した。

スタージョン自治政府首相(SNP党首)はじめ、スコットランドの英国からの独立を目指す勢力にとっては痛手となった。
 
今回の選挙で、ロバートソン副党首、サモンド前党首ら有力議員も相次ぎ落選した。

スタージョン氏は9日、「ひどく失望する敗北を喫した」と表明。その上で、「疑いなく、独立住民投票問題がこの選挙結果の一因となった」と指摘し、「有権者の声を聞き、将来のスコットランドの最善の在り方を慎重に検討する」と語った。
 
スコットランドでは2014年に独立を問う住民投票が実施され、接戦の末、賛成45%、反対55%で否決されている。【6月10日 時事】 
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スタージョン自治政府首相は前倒し総選挙について、表向きはスコットランド独立に向けた自身の計画に弾みが付く機会になるとの認識を示す強気の姿勢はとっていました。

しかし、前回選挙では59議席中56議席を獲得する圧勝だっただけに今回は苦戦が予想される中で、今回総選挙と独立の是非を問う住民投票実施をリンクさせることへは躊躇もあったのでしょうか、マニフェストへの住民投票要求明記は投票日直前の5月30日でした。

選挙の結果は、SNPの議席は35、保守党は13議席、労働党は7議席、自由民主党は4議席となっています。

スコットランドは労働党がもともと強い地域ですが、保守党が大きく議席を増やしています。再度の住民投票要求への反発でしょうか。

“スコットランド保守党のデービッドソン党首は20年ぶりの大勝利だと述べ「望まれていない2度目の国民投票にスタージョン氏が照準を合わせていなければ、SNPがこれほど議席を失うことはなかった」との見方を示した。

デービッドソン氏は「スコットランドの住民の多くはスタージョン氏に対して(国民投票への)反対を明確に表明した。スタージョン氏は主張を取り下げるべきだ」と述べた。”【6月9日 ロイター】

“スタージョン党首は「残念な結果だった。英国のEU離脱と(スコットランドの)独立を巡る不確実性が要因」と総括し「SNPはいろいろ考えるべきことがある」と述べた。”【同上】とも。

【“北アイルランドをEUに半分残すような『特別な立場』にしない”とは言うものの・・・
スコットランドと並んで、北アイルランドもEU離脱に伴って分離・独立の気運があることは、5月30日ブログ“北アイルランド 根深いカトリック・プロテスタント対立 EU離脱による国境線復活で英分離も現実味”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20170530でも取り上げました。

過半数割れしたメイ首相・保守党は、主張の似通っている北アイルランドの地域政党「民主統一党(DUP)」(10議席)などと連携する形で、今後の政権維持を図るようです。

ただ、そういう形でプロテスタント系「民主統一党(DUP)」の意向が政策に反映される度合いが強まると、北アイルランドにおけるカトリック系「シンフェイン党」(7議席)などとの対立が先鋭化することも懸念されます。

“英ガーディアン紙は、DUPの有力議員の話として「EU離脱後に、北アイルランドをEUに半分残すような『特別な立場』にしないことが、保守党との交渉条件になる」と報じた。”【6月9日 朝日】

“北アイルランドをEUに半分残すような『特別な立場』にしない”という意味合いはよくわかりませんが、前回ブログでも触れたように、EU離脱に伴って、現在は往来が自由なアイルランドとの国境線が復活することも予想されています。

移民の流入を防ぐというEU離脱の趣旨からすると、EU圏内のアイルランドとの間で人の往来を制限する必要があるからです。

もし、アイルランドとの国境線管理を復活しないのであれば、北アイルランドからイギリス本土への渡航について国境審査的なものをする必要がでてきます。“北アイルランドをEUに半分残すような『特別な立場』”というのは、そういう事態を指すのでしょうか。

逆に、北アイルランドと本土の間をフリーにするのであれば、アイルランドとの国境線管理復活は避けられず、そうなると現在のアイルランドとの往来自由を前提にした北アイルランドの人々の生活・経済は大きな打撃を受け、不満が一気に噴き出すことも予想されます。特に、カトリック系住民の反発を刺激します。

なかなか難しい問題ですが、どうするのでしょうか?
対応を誤ると、北アイルランドでイギリスからの分離を巡る内紛が再燃することも懸念されます。(スコットランドとは違って、かつてのIRAなどの“伝統”もありますので、対立は“血塗られたもの”になります。)
スコットランドよりこちらの方が厳しそうです。

普段、ネットで欧州を舞台にした“刑事もの”ドラマをよく観ます。ドラマでは、犯人も捜査側もほとんど国境線を意識することなく、同日中に各国をまたいで移動しています。

もちろんドラマと現実は異なるのでしょうが、欧州における人の移動の自由というのは、“国境”を当然のこととしている日本人の感覚からは想像ができない部分があります。

一旦そういう形になじんだ状況から、再び通常の国境管理に戻すのは相当に大変なことにも思われます。

フランコ独裁の亡霊 スペイン中央政府の強硬策が火をつけたカタルーニャの独立運動
イギリスから離れると、欧州における分離・独立の動きとしては、スペインのカタルーニャの問題もあります。
カタルーニャ州政府はスペイン中央政府の反対を振り切って、独立の是非をめぐる住民投票を実施する姿勢を見せています。

****カタルーニャ独立めぐる住民投票、10月1日に実施と州首相 スペイン****
スペインからの独立運動が盛んな北東部カタルーニャ自治州のカルレス・プチデモン州首相は9日、州都バルセロナで記者会見し、独立の是非をめぐる住民投票を10月1日に実施すると発表した。

スペイン政府は地方の独立をめぐる投票について強固に反対しているが、それに盾突いた格好だ。

プチデモン州首相によると、住民投票は「カタルーニャが共和国の形をとった独立国家となることを希望するか」という質問への有権者の賛否を問う。
 
独立を目指しているカタルーニャ州政府は、賛成多数となればすぐに独立に向けた手続きを始めるとしている。

しかし住民投票にはスペイン政府が反対しているほか、スペインの憲法裁判所も違憲との判断を示しており、住民投票の関係者、特に住民投票の準備をする公務員が罪に問われる可能性がある。住民投票の実施にこぎ着けるだけでもかなりの困難が予想される。
 
750万人の人口を抱え、独自の言語、習慣を持つ富裕なカタルーニャ自治州は長年、自治権の拡大を求めてきた。最近の州政府による世論調査では、独立賛成派44.3%、反対派48.5%という結果が出ているが、住民投票の実施自体には4分の3が賛成している。
 
住民投票は憲法違反だとして中央政府によってこれまで繰り返し実施を阻止されてきた。2014年に行われた非公式の投票では、賛成票は80%を超えたが、投票に参加したのは有権者630万人のうち230万人にとどまった。【6月9日 AFP】
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カタルーニャの分離・独立運動については、2015年10月1日ブログ“スペイン・カタルーニャ州議会選挙 「独立派の勝利」とも言い難い微妙な結果”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20151001などで何回か取り上げてきました。

独自の文化・言語を持つカタルーニャはスペイン国内有数の工業地帯で、近年は州の税収が他の貧しい地域のために使われていると不満を強めています。ただ、上記のように世論調査では独立反対派がやや優勢となっており、数年前と比較しても独立支持率は低下しています。

もっとも、賛否はかなり拮抗していますので、実際に住民投票となれば、そのときの気運次第ではイギリスのEU離脱のような結果もあり得ます。

カタルーニャでは2015年9月の州議会選挙で独立賛成派が「1年半以内の独立」の公約を掲げて第1党となっており、昨年9月段階で“2017年9月に住民投票実施”が明らかにされていました。

中央政府はこのような投票は違法として実施すべきではないという強硬な姿勢を崩していませんので、住民投票の行方もわかりません。

もっとも、「カタルーニャ独立運動はスペイン継承戦争(1701〜14年)に遡る300年余の歴史がある」とも言われますが、カタルーニャの分離運動が現在のように顕在化したのは、近年の中央政府における国民党による中央集権的な施策が原因だとする指摘があります。

****独立運動の震源地、スペイン・カタルーニャ自治州****
・・・・79年に自治州となったカタルーニャは中央政府に協力しながら自治権を拡大させてきた。
 
独立運動と言っても最初は自治権と、言葉や文化の違いを認めてもらうのが目標だった。世論調査を振り返ると2005〜06年ごろまで独立を支持する世論は15%にも満たなかった。

多数意見は自治州としての現状維持派で40%。連邦制への移行を求める声が30%余だった。それが今や独立派が50%近くに達する勢いを見せる。
 
なぜか。同州第2の都市ロスピタレート・デ・リョブレガート自治体の広報局長ベゴニャ・バローさん(48)は「中央政府が理不尽なノーを突きつければ突きつけるほど、カタルーニャの独立心は燃え上がる」と解説する。
 
英国の地域政党・スコットランド民族党(SNP)が主導するスコットランド独立運動と、カタルーニャのそれは歴史的に似ているようで、実相はまったく異なる。スコットランドではSNPが強く出て、英国の中央政府が譲歩する一方、カタルーニャの独立運動はスペインの中央政府の強硬策が火をつける形となっている。(中略)
 
スペイン政府とカタルーニャ自治州は国会で多数派を形成するため十数年前まで持ちつ持たれつの関係だった。しかし「あの日を境に状況は一変しました」とバローさんは続ける。

フランコ政権の流れを汲み、スペイン・ナショナリズムを掲げる国民党のアスナール政権が00年総選挙で絶対過半数を獲得した。カタルーニャの地域政党の協力を得る必要がなくなってから、再中央集権化の動きを見せる。
 
これに反発してカタルーニャは05年、「カタルーニャはネーション」と規定し、スペインを連邦的な国家にしようと試みる新しい自治憲章を制定した。

しかし国民党や他の自治州が反対し、憲法裁判所は10年、「カタルーニャの新自治憲章は憲法の定める『スペインの揺るぎなき統一』に反している」という違憲判決を下した。

憲法裁といっても裁判官の大半は国会や内閣によって推薦される。このため、時の政権の影響を色濃く受ける。バルセロナで110万人が参加した抗議デモは「私たちはネーションだ。決めるのは私たちだ」と大声を上げた。
 
11年末に国民党のラホイ政権が誕生してから再中央集権化はさらに強まり、カタルーニャ語による授業は必修時間の定めがない自由選択科目にされた。

独自の言葉と文化を抹殺される寸前まで追い込まれたカタルーニャは、フランコ独裁の亡霊を見た。スコットランドと同じように独立住民投票を行おうとしたところ、憲法裁は「住民投票は国の専権事項」として停止命令を出した。

そのため非公式の投票が14年11月に行われ、80%強が独立に賛成した。しかしカタルーニャ自治州のマス前首相ら3人が投票を止めなかったとして起訴されたのだ。

徴税権なく公共投資も抑制 不満募るカタルーニャ
租税と配分をめぐってもカタルーニャは虐げられている。バスクやナバラには認められている徴税権がなく、公共投資も抑えられている。(中略)

海外向けにカタルーニャ独立をPRする機関DIPLOCATのアルベルト・ロヨ事務局長も「カタルーニャは徴税権の90〜95%を中央政府に握られ、港湾施設も鉄道も十分な投資を受けていない」と指摘する。
 
独立運動が急激に盛り上がった発端は、国民党がスペイン・ナショナリズムを煽って票を集めたことだ。中央政府が再中央集権化を強行すればするほど、カタルーニャは独立への動きを一段と加速させるだろう。

政治もメディアも独立をめぐるオール・オア・ナッシングの二元論に陥り、単純化され、誇張されたメッセージだけが繰り返し流される。自治権の拡大や連邦制の導入といった現実的な議論は完全に隅に追いやられた。(後略)【2016年9月13日 WEDGE】
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【「バスク祖国と自由」(ETA)の武装解除 問題は解決したのか?】
なお、スペインにおける分離・独立運動と言えば、かつてはバスクの問題を意味していましたが、バスクの方は“収束”とも思える状況となっています。

****バスク祖国と自由、武装解除か 分離独立主張のテロ組織****
スペイン・バスク地方の分離独立を主張してテロを重ねた武装組織「バスク祖国と自由」(ETA)について、地元州政府は17日、完全に武装解除する方向になったと発表した。AFP通信などが伝えた。

800人超の命を奪ったテロ組織だが、摘発の強化で組織の弱体化が指摘されていた。
 
4月8日までに武装を解除し、武器の隠し場所を明らかにするという。

ETAは2011年、武装闘争の「最終的な停止」を宣言。14年には武器の放棄を始めたと伝えられたが、スペイン、フランス両国の捜査当局が爆薬や銃器の摘発を続けていた。【3月18日 朝日】
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“首都・マドリードで04年に発生した、国際テロ組織「アルカイダ」による列車同時多発テロ(死者191人)以来、ETAの転換期が訪れる。スペインにおいて、地方独立よりも国防問題に課題が移っていく。ETAは、独立活動における支持者の減少や、経済危機による資金源不足などに悩まされ、存続意義を失っていった。”【5月25日 WEDGE】との状況にあったようです。

ただ、住民の不満が解消した訳でもなく、“武力行使を続けることが独立のためなのか。独立を拒んででも平和の道を選ぶべきなのか。バスク地方には、今も肉親を囚人に持つ人々や、テロ活動を支持する独立派が多く潜んでいる。ETA問題が解決したのかは、誰も理解できないのが現状だ。”【同上】とも。
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中国  身内で固める「孤独の皇帝」習近平主席 “王岐山スキャンダル”の背景・今後は?

2017-06-09 21:59:58 | 中国

(「中国の真の依法治国(法に基づく統治)のために戦う」などと訴える、“王岐山スキャンダル”を暴露した“亡命政商”郭文貴氏のツイッター【5月18日 朝日】)

【“腹心”“懐刀”の異例の大抜擢で体制固め
中国ではこの秋の党大会に向けて、習近平主席が自身のかつての部下でもある“腹心”“懐刀”を異例の大抜擢で昇進させ、党指導部である政治局員における多数派を形成し、その権力基盤を固めようととする動きが相次いで報じられています。

****習氏腹心の蔡奇氏、北京市トップに 破格昇進で政治局入りへ****
中国共産党は27日までに、蔡奇・北京市長(61)を市トップの市党委書記に昇格させる人事を決定した。国営新華社通信が同日報じた。

最高指導部メンバーが大幅に入れ替わる今年秋の党大会で、習近平国家主席(党総書記)の側近として知られる蔡氏が政治局員(現在25人)に昇格することが確実となった。

蔡氏は習氏が福建省や浙江省に勤務していた時代の部下。地方指導者として突出した実績も北京での政治経験もなかったが、昨年10月末に習氏の意向を受けて国家安全委員会弁公室副主任から北京市代理市長に抜擢(ばってき)され、今年1月には市ナンバー2の市長に選出されたばかりだった。
 
首都北京のトップは政治局入りが約束されたポストだ。今年秋の党大会では、68歳定年の慣行に従えば政治局員25人のうち11人が引退する見通し。

習氏にとっては、確執が伝えられる李克強首相の出身母体、共産主義青年団(共青団)派などを抑えて自派で政治局の過半数を握れるかが焦点となる。

政治局入りが確実視されていた習氏の腹心、黄興国・元天津市党委代理書記が汚職で失脚したことから、蔡氏の抜擢は政治局入りの布石との見方もあった。
 
ただ蔡氏は2012年の前回党大会で、中央委員(定員205人)どころか中央委員候補(171人)にすら選出されていない。“一般党員”から一気に政治局入りするのは破格の昇進で、党内の一部から反発も予想される。(後略)【5月27日 産経】
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****上海も「三段跳び」か 北京トップに続き習氏側近****
秋の中国共産党大会の前後に、上海市トップの市党委員会書記に習近平国家主席の側近で市ナンバー2の応勇市長(59)が昇格するとの観測が高まっている。

実現すれば、北京市トップに習氏側近の蔡奇氏(61)が「三段跳び」で昇格したのに続く大抜てき。江沢民元国家主席の「上海閥」の本拠地で、習氏の権力固めを象徴する人事になりそうだ。(中略)
 
応氏は浙江省出身で派出所勤務から省高級人民法院(高裁)院長に上り詰めたたたき上げ。習主席が浙江省トップ時代に信頼を得たといわれており、2007年に習氏が上海市トップになったのと同時期に上海高級人民法院幹部として上海入りした「習氏の懐刀」だ。
 
5月に改選された上海市党幹部人事では、韓氏を除く他の幹部が応氏ら習氏側近でほぼ埋められた。15年に非習系の艾(がい)宝俊元副市長が収賄の疑いで失脚。前市長の楊雄氏も引退に追い込まれるなど反腐敗運動で幹部が次々と更迭された結果だ。
 
昨年秋に党中央の「核心」になった習氏にとって、北京に続き上海のトップも自らの側近で固めることができれば、「習1強」体制を内外に強く印象づけられる。危機感を募らせた上海閥からの巻き返しも予想され、党大会に向けた波乱要因になっている。【6月1日 毎日】
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“一般党員”から一気に政治局入りさせるという、相当に強引な人事です。それが可能になるということは、「習1強」体制とも言われるように習近平主席が党内の支配力を強めていることを示しているのでしょう。

ただ、同時に共産主義青年団(共青団)派や江沢民派などの対立勢力との軋轢を強め、厳しい権力闘争にさらされることにもなり、その結果次第では「習1強」体制も揺らぐこともありえます。

権力を一身に集めてみても身内以外は誰も信用できない「孤独の皇帝」】
そういった中南海での権力闘争についてはほとんど何も知りませんし、さほどの関心もありませんが、上記のような記事を読んでの個人的な感想は、“国家の指導部を決めるのに、個人的なつながりのある者をとりたてるような形でいいのだろうか?”という素朴な疑問です。

公正さ云々ではなく、そんな狭い範囲で人材を選んで大丈夫なのか?という疑問です。
いかに習近平主席とは言え、個人的に関係があり、知りえた人材は極めて限られています。広く探せば、13億の国民を束ねていく指導部にふさわしい人材は、いくらでもいるだろうに・・・。

こういう形で抜擢した“腹心”“懐刀”による指導部が、国民全体ではなく習近平氏個人にしか顔を向けないことは言うまでもありません。

しかし、共産主義青年団とか上海閥といった“組織”を背後に持たないうえに、これまでも権力闘争で多くの“敵”をすでにつくっている習近平氏としては、信頼できるのは自分とこれまで関係があった“身内”しかいない・・・という状況でもあるようです。

****孤独の皇帝」習近平 信頼できる盟友・側近が欠如****
・・・・(自ら提案した現代版シルクロード「一帯一路」構想を盛り上げる国際首脳会議という“晴れ舞台”で)習近平はなぜ形だけでも記者会見をして「世界の指導者」の肉声を発しなかったのか。秋の共産党大会を前に記者会見で聞かれたくない問題を抱えていたからだろう。
 
習近平が恐れるのは、盟友、王岐山・党中央紀律検査委員会書記にかかわる汚職疑惑だ。震源地は、米国逃亡中の郭文貴という政商で、インターネットや外国メディアとのインタビューで、王岐山ファミリーの汚職腐敗調査を習近平サイドから依頼されたと吹聴していた。
 
事実だとすれば、習近平政権の功績である汚職一掃は見せかけで、実質は政敵打倒の党内抗争にすぎなかったことになる。中国大衆に広まった習近平神話は崩壊するだろう。

また習近平が王岐山の汚職を追及するなら、王岐山に弾圧され重要ポストを奪われた江沢民派、共産主義青年団(共青団)派などが不満を爆発させ、党大会の議案を事前審査する八月上旬の北戴河会議で党長老たちが王岐山の責任を問うかもしれない。

そうなれば王岐山の定年延長を柱とする習近平の第二期政権構想は砂上の楼閣となる。習近平の心中は「一帯一路」どころではないだろう。

郭文貴告発の背後に権力闘争
当初、海外メディアは亡命政商の発言を疑っていた。しかし、記事を流した米国の中国語メディアが激しいサイバー攻撃を受けたり、米国政府の運営するVOAの衛星テレビが郭文貴のインタビューを放映中、上層部の圧力で突然中断したりしたため、郭文貴の告発の背後に中国共産党内の権力闘争があることは明白となった。
 
郭文貴の暴露によれば、王岐山の妻は、保守派長老の姚依林元副首相(故人)の娘で、その親族が中国の航空、金融大手の「海航集団」(HNA)を実質支配し、汚職腐敗にまみれているという。HNAは最近、ドイツの投資銀行「ドイツ銀行」の筆頭株主に躍り出るなど活発な海外投資で知られている。
 
だとすると王岐山は反腐敗運動の主将という顔の裏に、運動で打倒された薄煕来・元重慶市党委員会書記らと同類の、「赤い二世」利権集団の一員の顔も持っていたことになる。
 
習近平は秋の党大会で、王岐山を定年延長させて党中央政治局常務委員に留任させ、来年の春、設置予定の「国家監察委員会」のトップに就けようとしている。王岐山の恐怖支配をバックに独裁体制を維持しようという目論見だ。だが反腐敗闘争の道義的優位性が消滅すればそれは成り立たない。
 
中国政府は郭文貴を国際刑事警察機構(ICPO)に国際指名手配申請し「犯罪者の発言は信用できない」というキャンペーンを始めたが、姚依林ファミリー疑惑について具体的反論は乏しい。(中略)

身内以外は誰も信用できない
ロシアのプーチン大統領は政権中枢を「シロビキ」と呼ばれる秘密警察出身者で固め、「オリガルヒ」と呼ばれる新興財閥を弾圧して政権を維持している。習近平はプーチンの統治スタイルを模倣したが、それが自分の足元を崩すことを忘れていたのではないか。
 
郭文貴は、習近平を警護する「シロビキ」の弱体さも直撃した。郭文貴によれば、王岐山の調査を依頼したのは習近平警護の責任者である傅政華・公安部常務副部長(公安省筆頭次官)で、そのうえに傅政華の弟が介入して拘留中の郭文貴親族の身柄釈放と引き換えに金銭を要求したという。

真偽は不明だが、習近平は「一帯一路」首脳会議が終わると、首都警備責任者の王小洪・北京市公安局長を中国版NSCといわれる党中央国家安全委員会の弁公室常務副主任に昇進させた。
 
王小洪は習近平が福建省時代の警護官で、習近平の宿舎近くに住み身辺警護に当たっていた。習近平政権が誕生すると福建省の地方公安幹部から河北省公安幹部を経て北京市公安局長に抜擢された。今回の昇進は、王小洪が副部長(次官)級の定年である六十歳になったため、六十五歳定年の部長級ポストに異動させてその身分を守ったのだ。次期政権で傅政華を抜いて公安部門の柱に起用するという意図が見える。
 
習近平は執務時間の一割を経済、一割を外交、残りは人事と言われるほど、身内集めの人事に徹している。権力を一身に集めてみても身内以外は誰も信用できない性格が政権を硬直化させ、海外逃亡中の政商の告発ひとつで動揺したように見えるのだ。

「一帯一路」首脳会議を終えた今、中国国内では秋の党大会で勢力確保を狙う党内各派の動きが再び活発になってきた。「孤独の皇帝」と化した習近平を中心に、抗争は続く。【「選択」6月号】
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“執務時間の一割を経済、一割を外交、残りは人事”・・・日本でも“人事の佐藤”と評された長期政権の首相がいましたが、政治の要は人事・・・・でしょうか?ただ習氏の場合は、“人事の妙”といった話ではなく、自己保身のための極めて狭い範囲の人事に腐心しているにすぎません。

中断された“王岐山のスキャンダル”暴露インタビュー トランプ政権の対応は?】
“敵”に囲まれた習氏の“右腕”どころか“両手・両足”ともなって“敵”を切りまくっているのが盟友・王岐山ですから、その王岐山のスキャンダルが正式に取り上げられることになれば、習氏の権力は一気に大きく制約されます。

王岐山のスキャンダルを明らかにしている亡命政商・郭文貴氏のTVインタビューが中断された件では、一体だれが中断させたのか?という疑問が当然にあります。

****郭文貴のVOAインタビューを中断させたのは誰か****
“秘密”抱えて米国に逃げた「闇の政商」を巡り、米中が駆け引き

・・・・郭文貴は北京五輪公園開発で暗躍した闇の政商であり、太子党の“ラスボス”とも呼ばれている元国家副主席の曾慶紅の腹心でもあった。すでに失脚した元公安副部長の馬建から習近平政権のスキャンダル情報を得て、そのまま米国に逃亡中だ。(中略)

2015年春にいわゆる「馬建失脚事件」「郭文貴事件」が発生、私はこうした事件が、習近平による曾慶紅をターゲットにした権力闘争の一環と捉えて見ていた。

習近平はオバマ政権に、米国に逃げ込んだ郭文貴や、令計画(失脚済み)の弟・令完成らを、汚職容疑者として引き渡すように求めてきたが、さすがに弱腰と呼ばれたオバマでさえ、彼らの引き渡しに応じなかった。

中国側が勝手に私服警官を米国に送り込んで、彼らを探し始めたのが、オバマ政権の逆鱗に触れ、二人の引き渡し問題は暗礁に乗り上げた。曾慶紅も未だ失脚せずに健在である。

米国がこの二人の持つ“スキャンダル”(が本当にあるなら)を利用すれば、習近平政権を揺るがすこともできる。なので習近平は焦っていた。
 
だが昨年12月に国際刑事警察機構(ICPO)の総裁にまんまと初の中国人を就任させたことで、情勢は習近平に利するように傾き始めた。中国はついに、ICPOに郭文貴の「国際指名手配書(赤手配書)」を出させることに成功したのだ。(中略)

この流れから考えると、トランプ政権は、ひょっとして郭文貴や令完成を中国へ引き渡すこともあり得るのでは、という気もしてくるではないか。
 
こうした状況で、おそらく郭文貴が焦ったのだろう。4月19日、VOAの衛星放送番組で、インタビューを生中継で受けることにした。(中略)インタビューは全部で3時間、最初の1時間は生中継で、途中定時ニュースやCMを挟み、時間をおいて収録分を流す予定だった。
 
ところが、結論を先に言ってしまうと、このインタビューは1時間が終わり、残り2時間に入ったところで突然、VOA側の都合で、視聴者に何のことわりもなく打ち切られてしまったのだった。

ちょうど、習近平が王岐山を信用しておらず、王岐山自身の汚職問題の調査をするように、側近の公安副部長の傳政華に命じて、その協力を傳政華が郭文貴に要請した、という話が終わったタイミングだった。あまりのことに、世界中のチャイナウォッチャーたちが騒然とした。

暴露話は本当か、打ち切りは誰の圧力か
私たちが知りたいことは主に二つある。一つは、習近平と王岐山の対立や、王岐山の汚職など郭文貴が番組で暴露した話は事実なのかどうか。もう一つは、インタビュー打ち切りは誰の圧力によって、誰が判断したのか。(中略)

汚職問題ではなく権力闘争
さて郭文貴の話は事実なのか。これは何とも判断しにくい。姚慶応という人物の存在も裏がとれない。だが、口から出まかせばかりとも思えない。

中国のハイレベルの政治家、官僚が汚職の一つや二つやっているというのは当たり前だし、中国人ビジネスマンが工作員として海外の民族運動組織や民主化運動家に接触していることもよく聞く話である。
 
だが、この件において、実のところ細部の事実の正確さは重要ではない。重要なのは、これは汚職問題ではなく、権力闘争であるという点だ。

習近平は郭文貴の背後にいる政敵・曾慶紅を牽制する意味でも郭文貴を逮捕する必要があり、スキャンダルの暴露を抑え込まなければならない。

一方、郭文貴は、背水の陣で習近平政権にスキャンダルを小出しにしながら、自分の身を守り抜かねばならない。矛先が、党序列一位で最高意思決定者である習近平にではなく、王岐山に向いているのは、習近平にメンツを与えて妥協を引き出すつもりかもしれない。
 
次に、誰がVOAにインタビューを中断させたのか、という問題である。要するに、米国政府が関わっているのかどうか。トランプ政権が、郭文貴をどう扱おうとしているのか、である。それによっては、習近平政権がひっくり返る可能性も、習近平政権の長期独裁に貢献する可能性もあるのだ。

送還されれば死刑の可能性も
中国外交部と駐米大使館がVOAに対して、番組の内容がどのようなものか説明を求めていることは、番組中、キャスターが漏らしている。だが、中国当局から圧力がかかるのは想定の範囲内だ。仮にも米議会からの資金提供も受けている天下のVOAが中国当局だけの圧力に屈することがあるだろうか。
 
華字ネットメディアの明鏡ニュースは、国務省やホワイトハウスがVOAに圧力をかけた形跡はなく、あくまでVOAのハイレベルの独自判断で打ち切りを決定した、という情報を出した。VOAサイドが国際指名手配者を擁護するように受け取られたくないと判断した、という見方だ。
 
だが、そこに米国が北朝鮮の核問題で中国の協力を強く要請しているという米中関係の成り行きが忖度されていない、とも限らない。(中略)

トランプが切るカードは?
郭文貴が逃げ込んだのはトランプ政権下の米国である。伝統的な米国政府は、祖国の重要機密情報を握る政治亡命者は手厚く庇護し、その情報を対外戦略に生かしてきた。

だが、トランプはどうだろう。少なくとも中国の送還要請を拒否する理由として人道主義を掲げるのには無理がありそうではないか。
 
秋の党大会まであと半年ほどだが、それまでに郭文貴が米国に居続け、王岐山の汚職を暴露し続ければ、習近平が目論む王岐山の政治局常務委員会残留の可能性は消えてしまうのではないか。それどころか、反腐敗キャンペーン自体に説得力がなくなり、党中央の執政党の正当性や権威が大きく崩れることになりはしないか。
 
一方で、トランプ政権が習近平政権の求めに応じて、郭文貴を中国に引き渡すことになれば、米国は習近平政権の安定と権力闘争を支持しているとみなされるだろう。米国が支持すれば、中国はさらに大国への道、帝国主義への道を切り開くことになる。
 
郭文貴問題は、米中関係の試金石となると同時に、習近平政権の命運も左右しそうである。【4月26日 福島 香織氏 日経ビジネス】
******************

この中断されたTVインタビュー後、“中国の官僚腐敗、暴露続ける郭氏に単独取材 一問一答”【5月18日 朝日】http://digital.asahi.com/articles/ASK520H62K51UHBI03Y.htmlで郭文貴氏の主張が取り上げられています。

話が事実かどうかはわかりません。郭文貴氏も“同じ穴の・・・”ですから。

同氏は、王岐山の腐敗調査を命じられた件について、“私には習主席が調査を命じたとは思えない”“習主席は心から反腐敗を望んでいたが、王氏、孟氏、次官が反腐敗を利用してライバルを捕まえた”云々と、習主席批判は慎重に避けています。

レッドラインを超えないように・・・ということでしょうが、とっくにラインを超えています。“中国国内では、中国メディアが郭文貴の汚職のものすごさをこれでもかと、一斉に報道している。もし、米国が彼を中国に送還することがあれば、死刑は免れ得ない。”【前出 福島 香織氏】

情報漏洩者に対するネガティブキャンペーンは日本でもありましたが、漏洩情報内容以上に怖いものを感じます。

郭文貴氏は今後について、6月に改めて記者会見して、更に多くの秘密・証拠を暴露するとも主張しています。【前出 朝日より】
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中国  文革期の批林批孔運動 現在は“儒教ブーム” 共産党は儒教概念を国家支配に利用しつつも警戒

2017-06-08 23:23:17 | 中国

(南京にある儒教の寺院で行われた新学期の式典に出席する小学生【6月13日号 Newsweek日本語版】
なかなかインパクトのある光景です。)

儒教ブーム:急激な社会変化のなかでの「道徳の危機」への不安感
日本と中国の間に様々な難しい問題があることは今更言うまでもないことです。

ただ、“ライバル”としてアジアにおける影響力を競い合うなかで、種々の軋轢があるのは、ある意味当然のことです。歴史認識の問題や、領土問題は厄介な問題ではありますが、これらも世界中いたるところで“ごく普通に”隣国間に存在するものであり、日中関係だけに特別なものではありません。

それだけの話であれば、いろいろな問題はあるにせよ引っ越す訳にはいかない隣国同士ですから、問題を乗り越えて、あるいは棚上げして、お互いの利益となる関係を・・・ということにもなるのですが、そのような方向を難しくしているのが、相手の国民に対する嫌悪感みたいな国民感情が存在することです。

日本側からすると、そうした感情の中核に、中国人はマナーをわきまえていない、自分や家族の利害しか考えていない、カネがすべてのような下品さがある・・・等々の“礼節をわきまえない中国人”というイメージがあります。

そんな中国から領土や歴史問題でとやかく言われると、解決策を探るより反発が先立つ・・・といったことにもなります。

文化大革命で伝統的価値観が破壊され、共産主義が新たな価値観を提示できないままに、食べるのがやっとの貧困状態から一気に物欲全開の時代に突入した中国では、日本人が重視する礼節といった精神的なものへの配慮が欠けているのもやむを得ないところもあります。

もっとも、最近は日本を訪れる中国人が急増し、彼らが日本の清潔さ、礼儀正しさ、細部へのこだわり、互いの思いやり等々の日本的価値観を称賛するような話も多々目にしますので(もちろん、従来同様の反日的な声も中国国内には多々あるのでしょうが)、中国人が礼節・日本的価値観を否定している訳でもないようです。

となれば、教育の問題になります。

中国にあっても、急激な社会変化のなかで道徳が失われていることへの不安感は一定にあるようです。そうした不安感を抱く人々を“儒教”が惹きつけており、儒教を基盤とした私学教育が増加しているそうです。

もとより、日中両国は儒教文化の国ですから、お互いが儒教が教えるような礼節をわきまえる国民になれば、様々な問題を乗り越えての“大人の関係”の構築も可能となりますので、中国の“儒教ブーム”は日本としても歓迎すべきことでしょう。

しかし、儒教の教えは、誤った国家権力への不服従・抗議を説くものでもありますから、批判を許さない権力者たる共産党にとっては“要注意”の側面もあります。

****共産党が怖がる儒教の復権****
孔子の教えを重んじる私立学校の存在を党指導部がひどく警戒するこれだけの理由

中国で今、孔子が再びブームになっている。
 
学術会議でもテレビのクイズ番組でも、孔子の思想が取り上げられている。政治指導者や有名人が、こぞって孔子の言葉を引用し、さまざまな自称「儒学者」たちが儒教の意味を議論している。
 
だが中国共産党にしてみれば、儒教の流行はあまり歓迎すべきものではないようだ。中国政府は国外で展開する中国語学校を「孔子学院」と称し、習近平国家主席は公式なイベントで孔子をたたえてもいる。だからといって、全ての国民に儒教を支持させたいわけではないというのが本音だ。
 
中国の教育省が2月に発した通達は、儒教の流行の一因となつている私立学校を牽制するものだった。これらの学校は、古典的な哲学の書物や慣習を重視した教育を行っている。
 
共産党機関紙・人民日報系のタブロイド紙である環球時報は、この通達の背景を次のように報じている。
 「子供の教育について保護者たちは伝統的な手法に目を向けつつあるが、各地方の教育当局には、『四書』(儒教の重要な書物)を教育に取り入れている私立学校には注意を払うようにとの指示が出ている」
 
同紙によれば、国内にあるそうした私立学校の数は約3000校。そのほかに、公立学校の教育方針が合わないため自宅学習を選んだ子供が約1万8000人いる。

だが中国にいる膨大な小中学生の数に照らせば、ほんの少数だ。なぜ教育省は、非主流の教育をそれほど懸念しているのだろうか。
 
パリを拠点に研究を行う社会学者のセバスチャンービリユとジョエルートラバールは、共著『賢人と国民-中国における儒教の復活』の中で、その理由を以下のように指摘した。

「四書教育がいま注目されているのは、中国の教育制度に及ぼす影響力というより、新世代の儒教活動家を生む可能性があるという点に関連している」

実は権力批判の基盤に
私立学校の運営の細かな点には、国の権限が及ばない。ところがこれらの学校は、権威主義的な専制国家を批判する基礎になり得る道徳規範の下に、新しい世代の教育を行っている。
 
孟子はかつて言った。「民を貴しと為し、社稷(しゃしょく)はこれに次ぎ、君を軽しと為す」
すなわち人民が栄えることも、伝統儀式が尊重されることもないのなら、君主などいなくてもいいという意味だ。明朝の皇帝はこの思想を脅威と見て、孟子の書から削除しようした。
 
古くから儒教は、国家を支持するために使われたが、同時に国家に反抗する道具にもなってきた。(中略)

しかし、儒教が権威に対してむやみに追従を示したことは一度もない。歴史のさまざまな時点において、高潔な官僚たちは儒教の原則を引用し、理不尽な君主を批判してきた。(中略)
 
それから現在にかけて、中国からは道徳が失われていったと多くの中国国民は考えている。私立の儒教学校の存在は、多くの国民が文化面で不安を抱えていることの証しだ。経済の急成長は、都市化や物質主義化、性的解放や個人主義化という急激な変化を社会にもたらした。
 
この混沌とした状況の中で、毛沢東時代に既に崩壊していた道徳的方向性が失われたという実感が広がっている。何か善で何か悪か、国民が共通の感覚を抱けなくなっていると指摘する知識人たちもいる。中国は「道徳の危機」とも言うべき状況にあるのだ。
 
不確実な時代に直面し、多くの国民が宗教に目を向けた。この流れの中で、儒教を道徳的指針の源と考える人たちが出てきた。儒教は厳密には宗教ではないが、機能としては宗教的な役割を果たしている。
 
そんな中、一部の市民が私立学校を開設した。伝統的な儒教の書物や慣習に基づくカリキュラムを用いて、小中学生に道徳を基礎とする教育を提供。公立学校をやめる決心がつかない子供たちのために放課後や週末の授業を提供する学校もある。
 
だがこうして増えた私立学校の存在は、義務教育の全国的な基準と衝突する。

党の言う道徳とは別もの
中国では、全ての子供は中学校教育を修了することが求められている。教育当局は学年ごとに、全国共通のカリキュラムを設定している。全国の中学3年生は同じ試験を受け、それによって高校や大学に進学できるかどうかが決まる。厳格である上に競争の激しいシステムだ。
 
そのため、道徳的に意義ある教育を求める保護者たちは、困難な選択に直面する。わが子を私立の儒教学校に入学させれば(入学させるのにも義務教育法の履行を任されている地方自治体の承認が必要だ)、子供の進学に不利になる可能性がある。

『論語』や『孟子』の暗唱に時間を費やせば、国立の高校や大学への進学に向けた準備に費やす時間を削ることになる。
 
共産党は道徳的な指導力を独自に示そうとしている。しかしその道徳とは、共産党自身が定義し、コントロールする道徳だ。

この図式の中で儒教は、いかに高潔に生きて不当な指導者を批判するか、あるいはいかに優れた統治を行うかという指針を示すよりも、中国の偉大さをたたえる国粋主義的な主張の背景としての役割を果たしている。
 
しかも共産党の現指導層には、古代中国の君主だちよりも、さらに儒教を恐れる理由がある。習は自分を教養ある紳士として見せたがり、演説に占典の引用をちりばめる。その一方で彼は、共産党の支配の及ばないような概念的・哲学的な流れを拒絶している。
 
習は儒教やその他の伝統的文化の復活を進んで容認し、奨励さえしている。だがそれは、共産党の覇権を脅かさない場合に限った話だ。共産党指導部にしてみれば、私立の儒教学校の台頭のような比較的小さな社会の動きでさえ、初期の段階で抑えておく必要がある。
 
そうしなければ孔子の言葉が、習とその仲間たちを脅かすことになるかもしれないからだ。孔子はこう言った。
 「もし君主の言葉が間違っていて、誰も反対する者がいないのであれば、それはまさに、わずか一言で国家が滅亡するという事態に近いと言えるだろう」【6月13日号 Newsweek日本語版】
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【“批林批孔運動”から「孔子学院」へ 党の掲げる「小康社会」、「以徳治国」、「和諧社会」】
文化大革命の時代は“批林批孔運動”という言葉をよく目にしました

****批林批孔運動*****
1973~74年に中国で展開された林彪,孔子を批判する政治運動。林彪事件後の 73年7月,毛沢東は「林彪も国民党も尊孔 (子) 反法 (家) 」と述べた。以後,江青をはじめ四人組は北京大学,清華大学などで梁効などの「大批判組」を組織し,マス・メディアなどを通じて林彪・孔子批判を展開しはじめた。さらに,74年1月毛沢東の決定で,共産党中央は江青の編集した『林彪和孔盂之道』を全国に送達し,批林批孔運動はさらに全国規模に拡大した。そのなかで,四人組は「影射史学」の手法を用いて周恩来首相を「現代の大儒」「周公」として攻撃し,運動のほこ先を周恩来らの古参幹部に向けた。【ブリタニカ国際大百科事典】
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失脚・死亡した林彪と孔子という奇妙な取り合わせですが、孔子は変革と進歩に反対し復古と退歩に固執した〈頑迷な奴隷制擁護の思想家〉〈反革命のイデオローグ〉というレッテルを貼られて、林彪批判、更には周恩来追い落とし利用されたようです。

孔子・儒教については何も知りませんが、歴史ドラマなどに登場する“儒家”には、確かに伝統や前例に固執し、変革を受け入れないといったイメージがあります。

当時の孔子・儒教の評価は、新たな共産主義革命に抗する封建主義的思想という位置づけでしょう。

しかし、現在は儒教ブームを警戒しつつも、“習は儒教やその他の伝統的文化の復活を進んで容認し、奨励さえしている”というように、評価は変わったようです。中国政府は「孔子学院」なんてものも世界中に広めています。

****中国における儒教のルネッサンス― 共産党の政権強化の切り札となるか****
・・・・歴代の王朝は、政権を維持するために、孔子を尊敬し、その教えである儒教を実践することを標榜したが、1919年の「五四運動」(ヴェルサイユ条約の内容に対する不満から発生した反日、反帝国主義を掲げる大衆運動)や70年代前半の文化大革命の最中において、孔子と儒教は封建主義の象徴として厳しく批判された。

しかし、近年、次の一連の出来事を通じて、再び脚光を浴びるようになった。

①孔子学院の設立
2004年以降、中国政府は、世界各国の大学と提携し、語学教育や中国文化を海外で普及させる機関である「孔子学院」を設立している。2010年現在、その数は約280校に上る。「毛沢東」ではなく、「孔子」を担ぎ出したことから、中国の共産主義国としてのイメージを薄めようとする政府の意図が見て取れる。

②孔子生誕記念式典
2005年9月28日に、初めて政府主導の下で大々的に孔子生誕記念式典がその故郷である山東省曲阜市で行われた。中国中央電視台は4時間にも及ぶ実況中継を放送し、式典には共産党幹部、各界の重要人物が数多く出席した。

③映画「孔子」の上映
2010年年初に、国策映画と見られる「孔子」が公開された。同映画の上映から、「孔子」を肯定するという指導部のスタンスがうかがえる。

④天安門の斜め向かいに現れた孔子像
2011年1月11日、天安門広場に隣接する中国国家博物館の改装工事の終了に伴って、その北口に建てられた高さ9.5メートルの孔子像が披露された。毛沢東の肖像画が掲げられている天安門の目と鼻の先に巨大な孔子像が登場したことは、儒教の復活を強く印象付けた。【2011年4月27日 関志雄氏 RIETIhttp://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/110427kaikaku.html 】
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いつのまに、すり替わったのか?
孔子評価の変化の背景には、共産党指導部も従来のイデオロギーの代わる国民が共有できる何らかの精神的支えの必要性を認識していたことがあるようです。

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共産党が孔子と儒教を批判する立場から、その復興を後押しするようになった背景には、次のような内外の環境変化があった。

中国では、「失われた十年」といわれた文化大革命によって、社会が荒廃し、経済が破綻する中で、人々は共産主義に幻滅した。

1990年以降のソ連の崩壊と東欧の激変も加わり、共産党による統治の正当性が厳しく問われるようになった。

近年、経済が急速に発展したが、その一方で、貧富格差の拡大、党幹部の腐敗、環境の悪化などを背景に、国民の不満は高まっている。

社会を安定させるために、共産党は、従来のイデオロギーの代わりに、国民が共有できる何らかの精神的支えが必要だと考えるようになった。

しかし、共産党は無神論を標榜してきただけに、仏教やキリスト教といった既存の宗教を利用するわけにはいかない。宗教ではなく、中国人に理解されやく、しかも由緒ある思想を探したところ、孔子・儒教に辿り着いたのである。

儒教は、正真正銘の中国独自の思想であるだけに、中国国内では納得、支持を得やすく、愛国教育の一環としても推進しやすい。また、海外に向けて、コピー製品ではない本物の「中国ブランド」として正々堂々と「輸出」できるのである。(中略)

2000年6月、江沢民総書記は「中央思想政治工作会議における講話」において、「法律と道徳は上部構造の構成部分として、いずれも社会秩序を維持し、人々の思想と行動を規範化する重要な手段であり、そして相互に関連し補完している。法治はその権威性と強制的手段で社会の成員の行為を規範化している。徳治はその説得力と誘導力で社会成員の思想認識と道徳的自覚を向上させる。道徳規範と法律規範は互いに結合し、統一的に作用を発揮すべきである」と語り、「以徳治国」という方針を打ち出した。(中略)

胡錦涛・温家宝政権になってから、(鄧小平が提唱した)「小康社会」(鄧小平が提唱した中国の現代化の目標で「いくらかゆとりのある社会」を意味する)は「調和の取れた社会」(「和諧社会」)であることが強調されるようになった。

それを実現するための指針として、「人間本位主義(「以人為本」)の立場から社会全体の持続的な均衡発展を目指す」という「科学的発展観」が提示されている。(中略)これらは、まさに儒教の「和」の思想に基づいている。【前出 関志雄氏】
*********************

なお、鄧小平が提唱した中国の現代化の目標で「いくらかゆとりのある社会」を意味する「小康社会」は、儒教の古典「礼記」に登場する概念で、私有制と人々の私欲を前提とし、「礼」(制度)によって治める社会だそうです。

「小康社会」、「以徳治国」、「和諧社会」・・・何やら儒教概念のオンパレードの感もあります。

“米国議会の政策諮問機関「米中経済安保調査委員会」は、中国政府による近年の孔子思想の復活の意図などを分析した報告を発表した。同報告は、中国がかつて共産主義に反するとして排除した、孔子の教えをいま選別的に復活させたのは、共産主義の欠陥が一般国民を失望させた空白を埋めようとするプロパガンダ作戦だと診断した。”【https://okwave.jp/qa/q8534718.html

為政者にとっては“諸刃の剣”にも
ただ、共産党が儒教の復権を認めたのは、あくまでも共産党支配に資する範囲にコントロールできることが大前提ですので、“腐敗した共産党支配への抗議”などは到底容認されません。

イスラム教のモスクや神学校の教えの中から一部に過激思想に走る者が生まれているように、儒教教育の私学から共産党批判に“目覚める”者が出ても不思議ではありません。

“儒教ブーム”が拡大すれば、法輪功弾圧の再現もありそうですが、一方で、上記のように共産党の指導理念のなかに儒教概念がすでに取り込まれていますので、一概の儒教否定もできません。

儒教の私学教育については、しばらくは注意深く観察しながら・・・といったところでしょうか。
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アメリカ・トランプ大統領の“軽すぎる”言動 独自の道を模索し始めた同盟国

2017-06-07 23:20:57 | アメリカ

(パリ協定が履行されても温暖化の抑制効果は限定的であると主張するトランプ大統領【6月6日 日経ビジネス】)

もともとカタールが気に入らなかったサウジアラビア
サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)などアラブ諸国がカタールと国交断絶した件が大きな話題となっています。直接のきっかけは、5月23日に国営通信のサイトに掲載された、カタールの国家元首タミム首長が述べたとされる発言がイランに宥和的だなどとサウジアラビア等が批判していることですが、カタールとイランとの関係のほか、エジプトなどが敵視するムスリム同胞団との関係なども取り上げられています。

この件自体は今日の主題ではないので、二つほど関連記事を紹介するだけにします。

ひとつは、そもそもカタールがなぜそこまで標的にされるのか・・・という話で、カタールの施策や権力奪取の方法に対しては、アラブ世界の盟主を自任するサウジアラビアなどを苛立たせる、また、自国の国家体制にも影響しかねないものがあったようです。

***国交断絶、小国カタールがここまで目の敵にされる真の理由****
<サウジアラビアなど6カ国が突然カタールとの国交断絶を発表。小さなカタールがここまで目の敵にされる背景にはテロ支援などの他に、父を退けて首長の座を奪ったり、女性が自由に運転できる文化など、湾岸諸国の体制を危うくしかねない要素があるからだ>(後略)【6月7日 Newsweek】
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1995年に、カタールの皇太子だったハマド(現在の元首タミム首長の父)が、外遊中だった無能の父ハリファを退けて首長の座を奪って権力を掌握した「宮殿クーデター」に対し、サウジアラビアとUAEは、湾岸諸国の王制の安泰を揺るがす危険な前例として看過できないと、ハマドらの暗殺を計画・準備した・・・とのことですから、そもそも何か理由が見つかれば潰してやる・・・という思いがサウジアラビア等にあったと思われます。

カタールは、イランやムスリム同胞団、ハマスなど、やや問題のある相手とも関係を維持して、その独自性をアピールしてきましたが、そうした対応が“盟主”サウジアラビアの神経を逆撫でしていたことは想像に難くありません。

興味深い関連記事のもう一つは、今回騒動のきっかけとなったタミム首長の発言とされる記事(カタール側はハッキングによる偽ニュースだとしていますが、タミム首長の本音に近いものがあるとも・・・)についてですが、ロシアのサイバー攻撃によるものだとの話も報じられています。

****<カタール断交>ロシアがサイバー攻撃か 首長の発言で****
サウジアラビアやエジプトなどがカタールとの国交断絶を決めたきっかけとされるカタール国家元首のタミム首長の発言について、米CNNは6日、ロシアからのサイバー攻撃でカタールの国営通信がハッキングされ、偽のニュースが流された可能性があると伝えた。
 
米・アラブ諸国の同盟に亀裂を入れる狙いがあったとみられ、米連邦捜査局(FBI)は既に捜査チームをカタールに派遣したという。在米カタール大使館は「捜査が完了すれば、結果は速やかに公表される」としている。FBIはコメントしていない。(後略)【6月7日 毎日】
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真偽のほどはわかりませんが(現段階では、「本当かね・・・???」といった感じですが)、アメリカがロシアの介入に神経質になっていることを示すものでしょうか?

トランプ大統領 カタール断交容認、一転して「団結重要」】
で、今日の主題に関係してくるのは、このカタール断交問題に関するアメリカ・トランプ大統領の対応です。

カタールには、IS掃討作戦の出撃拠点になっている、アメリカの中東最大の空軍基地であるアルウデイド空軍基地が存在しており、アメリカの中東戦略における重要拠点であること、また、つい先日トランプ大統領がサウジアラビアを訪問し中東アラブ諸国によるイラン包囲網をぶち上げたばかりであることなどからして、サウジアラビアとカタールの内紛は困った事態として、その鎮静化に動く・・・と思っていましたが、トランプ大統領の考えはそうではないようです。

****カタール断交容認?=すぐ一転、湾岸団結要請-米大統領****
トランプ米大統領は6日、ツイッターへの投稿で、初外遊のサウジアラビア訪問に触れ「(中東各国の首脳は)過激主義への資金提供に厳しい姿勢を取ると述べていた。それはカタールを指す」と指摘した。

サウジなどがテロ支援を理由にカタールと断交したことを念頭に「テロの恐怖の終わりの始まりになるだろう」とも述べ、断交を容認するような姿勢を示した。
 
ただ、ホワイトハウスは同日、トランプ氏がサウジのサルマン国王に電話し「(サウジやカタールが加盟する)湾岸協力会議(GCC)の団結がテロを打倒し、地域の安定を図るために重要だ」と訴えたと発表。サウジ側に肩入れする投稿の軌道修正を図ったとみられる。

湾岸諸国は過激派組織「イスラム国」(IS)掃討戦の重要なメンバー。ティラーソン国務長官らが和解を促している。【6月7日 時事】
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6日のツイートは“カタール政府を孤立させた湾岸諸国の措置は自らの功績だと主張するかのよう”【6月7日 AFP】でもあります。

かりにカタールにイスラム過激派への資金供給といった問題があるとしたら、それは普通水面下で対応し、表面上は“結束”を維持するというのが通常の外交ですが、トランプ大統領の場合はあてはまらないようです。

それはそれで、その方針を貫くならまだしも、すぐに「湾岸協力会議の団結が重要だ」と手のひらを反すというのは・・・。それなら、サウジアラビア訪問時にそう言えよ!という感も。

大統領の発言のたびに火消しに追われるティラーソン国務長官ら側近も大変です。何かホワイトハウスを題材にしたTVドラマのコメディーのような感も。

イギリスもあきれるロンドン市長批判
6月3日にイギリス・ロンドンで起きたテロに関して、トランプ大統領によるロンドン市長を批判したツイートも物議をかもしています。

****ロンドン市長批判で、トランプの訪英反対運動が再燃****
<総選挙直前のメイ英首相に新たな打撃。イスラムに対する悪意が透けて見えるトランプのロンドン市長批判が、テロ直後のイギリスにとってあまりに酷過ぎる、と英政治家も反撃>

ドナルド・トランプ米大統領が1月に出したイスラム差別的な入国禁止の大統領令をきっかけにイギリスで盛り上がったトランプの訪米反対気運が、先週末のロンドンテロをきっかけに再び勢いが増している。

6月3日にロンドン橋でテロが発生した後、トランプはツイッターで、ロンドン市長のサディク・カーンを批判。その理不尽さに怒ったイギリスの大物政治家がテリーザ・メイ首相に対し、トランプの公式訪問招請を取り消すよう求めている。(中略)

トランプは、ロンドンでテロが発生した数時間後に次のようにツイートした。「(ロンドンでの)テロ攻撃で少なくとも7人が死亡し、48人が負傷したというのに、ロンドン市長は『心配する必要はない』と言っている!」

しかし、これは発言の文脈を無視した誤用だった。市長報道官によれば、カーンは実際には「市内に武装警官が増えるが、心配する必要はない」と言ったのだ。

にもかかわらずトランプはその翌日、再びカーン批判のツイートを投稿した。

「ロンドン市長のサディク・カーンは、『心配する必要はない』と発言した後で、病的な言い逃れをした。主流メディアはそれを売り込むのに必死だ!」

こうしたトランプのツイートに対して、英最大野党・労働党の古参議員であるデービッド・ラミーは辛辣なツイートで批判した。

「トランプは軽蔑にも値しない人間だ。単なるトロール(誹謗中傷)だ。メイは勇気を見せて、トランプの公式招待を取り消し、限度を示してほしい」(中略)

今回メイは、カーンに対するツイートについて直接のトランプ批判は避けながらこう言った。「サディク・カーンは立派な仕事をしている。それ以外のことを言うのは適切ではない」

6月8日に総選挙を控え、相次ぐテロと労働党の猛追でただでさえ崖っぷちのメイに、トランプの見当違いな横槍がとどめを刺すことにならなければいいが。【6月6日 Newsweek】
*********************

トランプ大統領とイスラム教徒でもあるロンドンのカーン市長の間には、これまでもいろいろありましたが、世界で最も大きな影響力を有する政治指導者の発言としては、あまりに軽すぎるものがあります。

多くの共和党議員が大統領の精神状態を疑う
さすがにアメリカ国内でも「トランプは大丈夫か?」といった声も出ているとか。

****大丈夫かトランプ 大統領の精神状態を疑う声が噴出**** 
<テロ攻撃への対応に奔走するロンドン市長に的外れな攻撃を繰り返したトランプ。メディアはもちろん、共和党保守派からも疑いの声が・・・・>

ドナルド・トランプ米大統領の「精神状態」について5日、有名な保守系コラムニストが疑問を投げかけた。月曜の朝にCNNの情報番組「New Day」にゲスト出演したワシントン・ポスト紙コラムニストのジェニファー・ルービンは、共和党内部でトランプは「不安定で信頼できない」という声が上がっていることを明かした。トランプの大統領としての適正に疑問が膨らんでいるのだ。

米政治専門メディア「ザ・ヒル」によれば、ルービンは次のように言った。「トランプの精神状態には深刻な懸念がある。アメリカの大統領がこれほど不安定で頼りにならないというのは大問題だ。どれほどの被害をもたらすかわからない」

さらにルービンはロンドンのサディク・カーン市長を批判したトランプのツイッタ―投稿を引き合いに出し、「問題は、的外れな批判で、テロリストに襲われたばかりで緊張状態にある市の市長を攻撃するという最悪の妨害をやってのけたのが、我々の大統領だということだ」と指摘した。(中略)

「学習能力」は、ない
トランプは昨年の選挙戦の最中から、共和党の右派やメディアから厳しい言葉を浴びせられている。女性誌バニティ・フェアによると、ジョー ・スカーボロー(元共和党下院議員、MSNBC『モーニング・ジョー』司会者)は先月、トランプをこう評している。「残念ながら彼は学習しない。落ち目の男だ」と。

ウォーターゲート事件をすっぱ抜いたことで知られるジャーナリスト、カール・バーンスタインは5月、他のジャーナリストらとともに、トランプの精神状態と判断力に懐疑的な複数の共和党議員と話をしたと語っている。

バーンスタインはCNNに対し「多くの共和党議員が大統領の精神状態を疑うと言っている。私を含め複数の記者が、そういう意見を聞いている」と語った。【6月7日 Newsweek】
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アメリカ国内では、コミーFBI前長官やコーツ国家情報長官、マッケーブFBI長官代行、ローゼンスタイン司法副長官らの上院情報特別委員会の公聴会での証言が行われますので、またトランプ大統領のツイッターが飛び交うことでしょう。ホワイトハウスは大統領のツイッターの事前チェックが必要では?

頼りにできないアメリカから距離を置き始めた同盟国
与党内から「精神状態は大丈夫か?」という声が出る、また、最大の同盟国で“特別な関係”を自任してきたイギリスで公式招待を取り消すべきという声が出る状況ですから、その他同盟国も「アメリカに頼ってはいられない」ということになります。

ドイツ・メルケル首相の、“欧州が同盟国だけに依存できる時代は「ある程度終わった」”との発言・対応については、6月2日ブログでも取り上げました。

アメリカの北の隣人カナダも同様です。

****<カナダ>フリーランド外相「独自の路線を取らざる得ない****
 ◇米国が世界の指導者の役割を果たさない場合に
カナダのフリーランド外相は6日、米国が世界の指導者の役割を果たさない場合、カナダは「独自の路線」を取らざるを得ないとして、軍事費を大幅に増やす方針を明らかにした。ドイツに続いて隣国カナダも米国との信頼関係に疑問を呈した形で、主要な同盟国が米国との関係を見直しつつある。
 
フリーランド外相は6日の議会演説で「70年間不変と思われてきた外交関係に疑問符がつけられている」と述べ、自国第一主義に走る米国に強い危機感を示した。

さらに「友人の同盟国(米国)は世界の指導者であることの価値を疑っている。残る我々は独自で自立した道を歩む必要がある」と、米国と距離を置く方針を明確にした。(後略)【6月7日 毎日】
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話はアジアでも同様です。

****アジアの覇権は中国の手に****
アメリカ政府が混乱に陥るなか、5月中旬に北京で開かれた「一帯一路」構想に関する国際会議は、アジアにおけるアメリカの指導力が危機に瀕していることを示す警鐘のようだった。(中略)

TPP復帰は最も簡単な一歩
これらの構想(「一帯一路」構想、アジアインフラ投資銀行(AIIB)、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉など)が重要なのは、純粋な経済的インパクトのせいではなく、アジアにおける中国主導の経済秩序という未来が避け難いという認識を喚起しているからだ。
 
アメリカがこれらのプログラムのいずれにも参加していないことは、誰もが心得ている。これは米政界内部だけで通用する空論の産物でもない。
 
最近の調査によると、東南アジア諸国のエリート層は、アメリカは戦略的に優位な立場を中国に譲り、トランプ政権はアジアにあまり興味がなく、頼りにならず、自由貿易を維持する可能性が低いとみている。
 
トランプ政権の経済政策が、無視と軽視の有害な組み合わせに見えるとしたら、問題は主に軍事力に基づく戦略が果たして有効かどうかという点に戻ることになる。
 
この地域の政府当局者らは、東南アジア各国が中国の経済的報復を恐れて、アメリカと大規模な安全保障協力をしたがらなくなる寸前だと警告する。シンガポールやオーストラリアのようなアメリカの旧友でも同じだ。(中略)

トランプはアジアにおいてTPPと同じくらい野心的な経済的試みに取り掛からざるを得ないだろう。そうでなければ、軍事力強化のために議会がどれだけ国防費の増額を約束しても、アメリカはアジアのかなり広い地域から締め出されることになってしまう。【6月6日号 Newsweek日本語版】      
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日本も例外ではありません。安倍首相が「一帯一路」への“協力”を表明せざるを得ななくなっているのも、こうした流れによるものでしょう。

****安倍首相、中国主導「一帯一路」に初めて「協力」表明****
2017年6月6日、米ボイス・オブ・アメリカの中国語ニュースサイトによると、安倍晋三首相は5日、中国主導の経済圏構想「一帯一路」に条件が整えば協力すると表明した。首相が同構想への「協力」を表明するのは初めて。

安倍首相は、東京都内で行われた国際会議で講演し、「一帯一路」構想について「潜在的な可能性を持っている」と評価した一方で、協力の条件として「国際社会の共通の考え方を十分に取り入れること」を挙げた。

日中両政府は、7月にドイツで開かれる主要20カ国・地域(G20)首脳会議に合わせた日中首脳会談実現に期待を寄せている。首相の今回の表明は中国との関係改善に向けメッセージを送ったものと受け止められている。【6月6日 Record China】
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トランプ大統領の信頼感のなさ、「アメリカ第一」による国際影響を顧みない施策などは、アメリカの国際的影響力の低下、国際関係の地殻変動を惹起しそうです。日本では自主防衛強化を重視するサイドでの“期待”も。

伝統的価値観を共有していない大統領
なお、個人的な関心で言えば、トランプ大統領のロシア疑惑などは“取るに足りない”問題だと思っています。(ただ、それ以上に遥かに“取るに足りない”クリントン氏のメール問題を責め立てて現在の地位にある訳ですから、責任は免れませんが)

いろんな施策も、パリ協定脱退なども含めて、ある程度は“立場の違い”“見解の相違”でしょう。

ただ、容認できないのは6月4日ブログで取り上げた天安門事件に関する発言や、種々のポリティカルコレクトネスを軽視した差別的言動など、価値観の面でこれまで日本や欧米社会が重視してきたものを否定している、または、否定する風潮を助長していることです。

****ドゥテルテ&トランプの「超法規的」大統領会談****
4月末日に行われたフィリピンのドゥテルテ大統領とトランプ米大統領との電話会談。そこで交わされたとんでもない会話が明らかになった。
 
米ワシントン・ポスト紙が入手した会談の議事録によれば、トランプはドゥテルテ政権が進める麻薬撲滅戦争を「素晴らしい仕事ぶり」と称賛。

超法規的な殺人も辞さない「戦争」は世界中から非難されているが、トランプは「アメリカをはじめ、麻薬問題を抱える国は多い。祝意を伝えたくて電話した」と擁護したという。
 
さらにトランプはドゥテルテの「仕事」を支持しなかったオバマ前米大統領を非難。ドゥテルテはさぞや喜んだことだろう。
 
この会談によって、トランプ問題の根幹があらわになったのかもしれない。大抵のアメリカ国民が大切にしている信念に対する強い不信と嫌悪感だ。

「公正」「法の支配」「民主主義」「基本的人権」―こうした価値観を「信じている」と口にすることさえしない。
 
これまでわれわれがトランプを批判する際、その暴言や奇妙な行動に目を奪われ過ぎていたようだ。リベラル派の偏見を捨て、FOXニュースのヨイショ報道に惑わされず、共和党指導部の色眼鏡を通さずに、トランプを観察してみよう。

すると見えてくる問題の本質は、大統領が国民とアメリカの伝統的価値観を共有していない、ということに尽きる。【6月6日号 Newsweek日本語版】 
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インド  強まるIS・イスラム過激主義の影響 広まるヒンズー至上主義が対立の温床となる懸念

2017-06-06 22:36:06 | 南アジア(インド)

(設立記念日にインド北部パンジャブ州アムリツァルを行進する同国のヒンズー至上主義団体「民族義勇団(RSS)」のメンバーら(2016年11月13日)【5月22日 AFP】)

モスル・ラッカ奪還で各地に拡散するイスラム過激主義
シリア・イラクにおけるイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)に対する掃討作戦はモスル・ラッカ奪還作戦の進行で大きな節目を迎えつつあります。

イラク・モスルではイラク軍によってISが残るのは西部地区旧市街の一部のみを残すだけとなっています。5月中にも制圧が完了する・・との見通しも言われていましたが、まだそこまでには至っていないようですが、時間の問題でしょう。

シリアのISが“首都”とするラッカでも、クルド人勢力を主力とする部隊による市街地内への侵攻作戦が始まったようです。

****IS“首都”へ進攻作戦開始 シリア北部ラッカ 米国支援の部隊、3方面から攻勢****
米国の支援を受けるシリア民主軍(SDF)は6日、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)が“首都”と称するシリア北部ラッカ市内への進攻作戦開始を宣言した。市街地の北、東、西の3方面から攻撃を仕掛けるとしている。
 
対ISでは、イラクで同国軍などが進める北部モスルの奪還作戦も「最終段階」(司令官)にあり、東西でISの最重要拠点への攻勢が並行して進められる形だ。(後略)【6月6日 産経】
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こうした奪還作戦については、現在の問題として、ISが住民を“人間の盾”として使用することもあって多数の民間人犠牲者を出していること、今後の問題として、面的な支配地域を有するISが崩壊した後、イラク・シリアでは“IS後”をめぐる各勢力・関係国の勢力争いが表面化する懸念があること・・・などの問題がありますが、今日の主旨ではないのでその件はパスします。

ISがシリア・イラクでの面的支配地域を失ったとしても、ISに参加していた戦闘員の多くがイラク・シリア国内、あるいは紛争などで権力の空白状態にあるリビア・イエメンなどでテロ活動を続けることが予想されています。

また、シリア・イラクから脱出した戦闘員が各地に散らばって、世界各地で新規の参加者のリクルート、“現地”におけるテロ活動が活発化することも予想されます。

世界最多のイスラム教国でもあるインドネシア、ミンダナオ島など南部でイスラム教徒が政府への抵抗運動を続けるフィリピンなどは、ISにとって恰好の標的ともなります。

****東南ア、IS拠点化に懸念=劣勢の中東から波及か****
過激派組織「イスラム国」(IS)が一定の支配権を確立していたシリアやイラクで劣勢を強いられ、新たに東南アジアに拠点を設けようとする動きが顕在化している。

イスラム教徒が世界最多のインドネシアではIS支持者のテロや襲撃が頻発しているが、政情が不安定なフィリピン南部でも活動の活発化が伝えられ、ISの過激思想の浸透が懸念されている。
 
ロレンザーナ比国防相は1日、治安当局が南部ミンダナオ島での交戦で殺害した、ISを支持するイスラム過激派マウテの外国人戦闘員8人がサウジアラビア人やイエメン人、チェチェン人ら、少なくとも5カ国の出身者だったと公表。

ドゥテルテ大統領もマウテによるとされる病院占拠やカトリック教会焼き打ちなどについて「純粋なISの仕業だ」と非難した。2日に起きた首都マニラのカジノ襲撃もISが犯行声明を出した。
 
ISがイスラム教徒の多い東南アジアで勢力を伸ばす危険性はかねて指摘されてきた。米情報当局者は米紙ワシントン・タイムズに「ISはフィリピンのさまざまな集団からの忠誠を受け入れ、東南アジアの信奉者らに『シリアに行けなければフィリピンに赴け』と呼び掛けていた」と説明する。
 
ISが首都と称するシリア北部ラッカは米軍が支援する民兵組織「シリア民主軍(SDF)」に包囲され、イラク最大拠点モスルは、イラク軍などの奪還作戦が最終局面にある。

敗走したISは一時、内戦状態のリビアで勢力を盛り返そうとしたものの、昨年8月に拠点だった中部シルトを制圧され、新たな拠点探しに躍起になっているもようだ。
 
ISに詳しいイラク人ジャーナリスト、アブドルガニ・ヤヒヤ氏は「モスルで敗れてもISが消えるわけではない。将来、新たな形で組織が生まれ変わる恐れはある」と述べ、ISが拠点を移しつつ勢力を保ちかねないと警戒している。【6月3日 時事】 
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ISなどのイスラム過激派の浸透・拡大が懸念されているのは東南アジアだけではありません。アフガニスタンや中央アジア、その延長線上にあるロシア・中国(新疆ウイグル)などでも強く懸念されています。

タリバンとの抗争が続くアフガニスタンでは、ISによるテロ活動が激化し、最近悲惨な爆弾テロが相次いでいます。

十分な統治がなされていない地域・国では、住民の不満が宗教的大義名分を掲げる形で、容易に宗教的過激主義が広まります。

インド・カシミール 強まるISの影響 「カシミールをイスラムの国にする」】
アフガニスタンの状況などはまた別機会で取り上げるとして、今日は“インド”です。

ヒンズー教徒が多数を占めるインドですが、イスラム教徒も約12%を占めています。全体が13億人ですから、その12%というと約1億5千万人という大変な数です。多数派ヒンズー教徒と少数派イスラム教徒の対立は、インドが建国以来抱える最大の国内問題であることは改めて言うまでもないことです。

一方、カシミール地方はパキスタンとの領土をめぐる争いという、建国以来のインドの抱える最大の対外的問題ですが、最近はイスラム教徒を主体とするこの地域におけるISの勢力拡大によって、イスラムを前面に掲げた住民抵抗とインド治安当局の“衝突”の色合いが濃くなっているようです。

****インドで広がる「イスラム国****
インド北部ジャンムー・カシミール州で「イスラム国(IS)」の黒い旗を掲げる若者が相次いでいる。

三月には中心都市スリナガルの反政府デモで若者たちの集団がISの旗を持って参加。五月一日にはプルワマ地区の学生によるデモ隊がISの旗を掲げた。

「カシミールの若者には二つの選択肢がある。ツーリズムかテロリズムか。過去四十年間、テロは何も与えてこなかったはずだ」。インドのモディ首相は四月二日、カシミールでこう演説し、若者に暴力の放棄を訴えた。

だが、若者たちとインド治安部隊との衝突はおさまらない。インド情報機関の元幹部は「インド軍を挑発するために旗を掲げているだけで、ISとのつながりはない」とみるが、治安部隊へ投石を繰り返す現地の十代の少年たちは口をそろえる。「ISに参加する準備はできている」。

グローバル・ジハードへと傾倒
政情不安が続くカシミールで、イスラム過激主義が急速に広まっている。同州には七十万人規模のインド治安部隊が駐留し、カシミールの独立やパキスタンへの編入を主張する「分離派」の取り締まりを行っている。

こうした「抑圧」に苦しむ多くの若者がいま、ISなどの過激思想に引き寄せられているのだ。カシミールではISによるテロ事件は起きていない。だが「リクルーターが来ればあっという間に戦闘員が集まる状況」(地元記者)であり、近い将来、インドの治安を脅かすテロの震源になる可能性を秘めている。
 
カシミールに過激主義の種がまかれたのは、武装闘争が激化した一九九〇年代にさかのぼる。本来、カシミールはイスラム神秘主義が主流で、厳格なワッハーブ派やタリバンに通じるデオバンド派とは一線を画していた。

しかし、パキスタンの諜報機関ISIが支援するラシュカレ・タイバ(LeT)や、アフガニスタンで旧ソ連と戦ったハルカトゥル・ムジャヒディン(HUM)などが続々とカシミールに戦闘の舞台を移した。

インド治安関係者によると、これらの組織は九〇年代からインド側のカシミールで各村にリクルーターを潜伏させ、若者の勧誘を続けてきた。
 
彼らがカシミールの地元武装組織と決定的に異なるのは、闘争の中心に「イスラム」を掲げていることだ。イスラム法の統治をもたらすことを目標とし、「ジハード」と称して治安部隊を攻撃する。

現在、これらの組織に加わっているのは、武装闘争の中で育った十代~二十代の若者たちだ。九〇年代にまかれた過激主義の種を刈り取るように、武装組織が地元の若者たちを吸収している。
 
さらに、インターネットの普及が若者の過激化を加速させている。昨年カシミールで大規模デモが続いたのは、地元住民の間でカリスマ的な人気を博していたヒズブル・ムジャヒディン(HM)の司令官、ブルハン・ワニ(二十二歳)がインド軍に殺害されたのがきっかけだった。

ワニは過激派の「ポスター・ボーイ」(広告塔)と呼ばれ、武装蜂起を呼びかける動画をひんぱんに発信していた。こうした動画はフェイスブックで瞬く間にシェアされ、若者たちを駆り立てた。
 
ワニの後継者となったザキール・ムーサは三月、ビデオ声明で「カシミールのナショナリズムのためではなく、イスラムのために」戦うよう呼びかけた。

さらに五月にはHMを脱退し「カシミールをイスラムの国にする」と宣言。カシミールの政治闘争を批判し、アルカーイダへの支持を明らかにした。

「カシミールの独立」を目指す武装闘争の中で、戦闘員が過激主義を強め、グローバル・ジハードへと傾倒していった形だ。
 
ISは拠点とするアフガン東部から越境しパキスタンでたびたびテロを起こすなど、活動を広域化させている。カシミールはテロリストの越境ルートが構築されており、彼らがインドに侵入するのも難しくない。

「ISが本物のイスラムをもたらすのか注視しているところだ」。かつてHUMで戦った三十代のある元戦闘員はこう語り、ISへの参加を検討していることを明かした。ISがカシミールに到達すれば、こうした若者たちが参加を表明することは想像に難くない。

IS関連事件は急増
深刻なのは、インドではカシミール以外にも各地でISシンパが出始めていることだ。

インドメディアによると、三月七日、中部マディヤ・プラデーシュ州で列車爆破事件があり負傷者が出た。治安部隊が北部ラクナウで犯行グループの拠点を急襲したところ、銃器や爆発物などとともにISの旗が見つかった。このグループはISを自任し、メンバーは過去にシリアへの渡航を試みていた。
 
また、四月四日にはインド当局が、サウジアラビアから強制送還されたインド人のイスラム教徒(三十七歳)を逮捕した。この男はISのリクルート活動を続ける地下組織「インドのカリフ軍」の中心人物の一人とされる。

この組織はすでに数十人をリクルートしたとみられ、インドでヒンドゥー教の祭典を狙った爆破テロなどを計画していた疑いがある。

地元シンクタンクのまとめでは、インド人による戦闘員のリクルートなどのIS関連事件は一四年が六件だったが、一五年は三十五件、一六年は七十五件に急増した。

米軍は四月十三日、アフガン東部で大規模爆風爆弾(MOAB)によりIS戦闘員約百人を殺害したが、このうち十三人はインド人だったとの情報もある。ISの思想はすでに多数のインド人を惹きつけているのだ。
 
カシミールにもリクルーターの触手が伸びている。昨年七月、シリアのIS戦闘員の指示で、コルカタのマザーハウスで外国人を狙ったテロを計画していた男が逮捕された。その後の調べで、この男は前述の「インドのカリフ軍」メンバーとつながりを持ち、一六年五月にはスリナガルの反政府デモでISの旗を掲げていたことが判明した。
 
また、四月二十一日にはドバイなどでISのリクルーターをしていたインド人二人に対し、デリー地裁が懲役七年を言い渡したが、このうち一人はカシミール出身だったことも判明している。
 
インド当局や在印米大使館は近年、タージマハルや宗教施設などでISのテロ攻撃が起きる可能性があるとして、たびたび警告を発している。五月には、シリアでISに参加したインド人が帰国する可能性があるとして、全土に警戒態勢が敷かれたばかりだ。

バングラデシュでは昨年七月、ISとのつながりを構築した地元過激派組織が飲食店襲撃テロを起こした。インドでも過激主義に引かれた若者がシリアやアフガンのIS戦闘員と連絡手段を確立し、「バングラ型」のテロを起こす可能性が現実味を増している。【「選択」6月号】
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イスラム過激主義の温床ともなるモディ首相のヒンズー至上主義
こうしたイスラム過激主義のインドへの浸透を加速させるおそれがあるのが、モディ首相が進める(あるいは黙認している)ヒンズー至上主義の風潮です。

****インド政府、「牛の幸福のため」牛肉規制 家畜市場での肉牛売買禁止、一部の州やイスラム教徒は反発****
インド政府は「牛の幸福を守るため」として、今月26日、食肉処理を目的とした家畜市場での牛の売買を禁止する法令を出した。牛は多くのヒンズー教徒に神聖視され、モディ首相は、ヒンズー至上主義者の顔をさらけ出している。
 
インドでは、3年前にインド人民党(BJP)が与党のモディ政権が発足した。連邦制のインドでは、州によって牛の食肉処理の規制が異なり、ヒンズー至上主義のBJPが州与党の一部州で強化されていた。今回、連邦政府もモディ政権発足後初めて、牛肉規制に乗り出したことになる。
 
牛肉の消費や輸出が盛んな東部、西ベンガル州の首相は、法令について「州の権限を侵害し違憲だ」として提訴も辞さない構えで、南部ケララ州首相は「非世俗主義だ」と非難した。イスラム教徒が多い食肉業界も反発している。【5月30日 産経】
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今回の連邦政府の措置に反対している南部ケララ州では、公共の場で子牛を殺すという過激な抗議行動が市民の反発を強め、対立を煽る形ともなっています。

****野党メンバーが公共の場で牛殺す、食肉用の売買禁止に抗議 インド****
インド南部ケララ州で、最大野党である国民会議派(NCP)の青年組織メンバーらが食肉処理目的の牛の売買を禁じた法律に抗議するため公共の場で子牛を殺し、市民らから怒りの声が上がっている。
 
NCPの青年組織メンバーらが政府に抗議するスローガンを唱え、子牛を殺している様子が映像に捉えられている。
 
インドで国民の多数が信奉するヒンズー教で牛は神聖な動物とされており、牛の食肉処理や、牛肉の所有または消費は国内の多くの州で禁止されている。違反者には終身刑が科される州もある。
 
ケララ州は、牛の食肉処理や牛肉の消費が許されている数少ない州の1つ。(中略)

ナレンドラ・モディ首相率いる与党インド人民党(BJP)が先週発令した市場における食肉処理目的の牛の売買禁止をめぐっては、デモ隊が抗議を行うなど混乱が広がっていた。
 
ケララ州は政府がヒンズー至上主義の政策を推し進めているとして、この禁止令に関して法廷闘争に臨む姿勢を示している。【5月30日 AFP】
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モディ政権のもとでのヒンズー至上主義拡散を示すものとしては、以下のような話題も。

****ヒンズー至上主義団体、色白の「秀でた」子づくり指南で非難浴びる****
インドのヒンズー至上主義団体が、知能指数(IQ)が高く両親よりも色の白い「秀でた」赤ちゃんづくりをアドバイスすると喧伝し、メディアが激しく批判している。
 
この団体の代表で、インド古来の治療法アーユルベーダの療法士であるカリシュマー・モハンダス・ナルワニ
氏はAFPの取材に対し今月9日、これから親になろうとする夫婦に子どもが完全に悪から解放される「浄化」プロセスの方法についてアドバイスしていたと述べ「まず種が良くなければならない。つまり精子と卵子の質が最上級でなければならない」と説明。「こうしたことを気に掛ければ、精神的、身体的、霊的に望ましい赤ちゃんが生まれる」と述べた。
 
また食事法や思考法など、この団体のアドバイスに従えば「秀でた子ども」が夫婦の間で生まれるとし、「その秘法は全て、いにしえ以来のわれわれのヒンズー文書に書かれている」と語った。
 
この団体はヒンズー語で「子宮の科学的浄化」を意味する名称を持ち、ナレンドラ・モディ首相の地元である同国西部グジャラート州を拠点としている。現在はおよそ400組の夫婦を指導しているという。
 
報道では、モディ首相率いる与党インド人民党(BJP)がイデオロギー的な流れをくむとされる極右ヒンズー団体「民族義勇団(RSS)」とナルワニ氏の団体のつながりが指摘されているが、同氏はこれを否定。

だが一方で、RSSの保健部門と称されることの多い団体「アローギャ・バーティ」と協力関係にあることを認めた。
 
アローギャ・バーティの幹事でRSSの運動員でもあるアショク・クマール・バーシュニー氏は、同団体の技術が「IQの低い両親がIQの高い子どもを持つ」ことや「肌の黒い夫婦が肌の白い子どもを持つ」ことを可能にすると述べた。
 
こうした動きについてインドのメディアは「ナチス・ドイツのシナリオそのまま」だと非難している。【5月22日 AFP】
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ゲルマン人の能力的・外見的優秀さを信奉した「ナチス・ドイツのシナリオそのまま」の差別的・優生学的運動ですが、首相とも関連がある組織につながる者によって行われているところが不気味なところです。

最近のヒンズー至上主義的風潮の拡散は、イスラム教徒側の不満を刺激し、イスラム過激主義浸透の土壌となります。インドにおいてヒンズー・イスラムの対立が火を噴くと、手に負えない悲劇をもたらします。
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カンボジア  来年国政選挙の前哨戦となる地方選挙 野党が議席増 与党も得票率で過半数は維持

2017-06-05 22:36:03 | 東南アジア

(選挙集会での支援者 帽子・胸元のマークからすると救国党支援者のようです。
人民党対救国党の争いという話のほか、両党ともに、候補者リストにおいて女性候補者が不当に下位に引き下げられるという女性差別の問題があるようです。【Poste】)

内戦・大虐殺を生き抜いてきたフン・セン首相 内戦の記憶も薄れ、腐敗・強権支配・格差への批判も
世界遺産アンコールワットを訪れた方は日本でも多いと思いますが、そのアンコールワットがあるカンボジアの政治状況となると、関心がある方はあまり多くないのでは。

カンボジア政治の日本への影響は全くない訳でもなく、後述のように、現在カンボジアを治めているフン・セン首相はASEAN内における“中国の代理人”的立場にありますので、フン・セン支配体制が崩れればASEANにおける中国の影響力にもダメージがあり、ひいては日本への影響も・・・という関係もあります。

カンボジア政治というと先ず思い出されるのはポル・ポト、クメール・ルージュによる想像を超えた悲惨な支配であり、1975年から1979年の間の死者数300万人、国民の3分の1が犠牲になったとも言われる大虐殺(犠牲者数は定かではなく、80〜100万人程度とする説もあります)です。

フン・セン氏は当時クメール・ルージュの一員でしたが、途中でベトナムに亡命、1979年にベトナムの支援でポル・ポトが追放されヘン・サムリン政権が成立すると外相に就任、1985年には閣僚評議会議長(首相)に選出されています。

その後、ラナリット殿下など政敵を蹴落として実権を掌握し、そのまま現在に至っています。

そのフン・セン首相率いるカンボジア人民党の支配体制に挑んでいるのが野党・カンボジア救国党で、その指導者はサム・レンシー氏でした。

国民とともにカンボジア内戦を生き抜いてきたフン・セン氏ですが、汚職・腐敗の蔓延、強権的支配・人権弾圧、経済成長に伴う格差の拡大・・・という諸問題で国民の不満は高まり、サム・レンシー党首率いる救国党は2013年7月の国民議会選挙では都市部の若年層を中心に支持を集め、約45%の得票を、また、選挙前の29議席を大幅に上回る55議席(定数123)を獲得しました。(フン・セン首相率いる人民党は大きく議席を減らしたものの、過半数は確保)

サム・レンシー氏に関する私個人のイメージは2015年12月20日ブログ“カンボジア 最近の話題から(タイとの関係強化 野党党首への逮捕状 カネがすべての社会)”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20151220でも触れたところです。

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最大野党・カンボジア救国党のサム・レンシー党首については、リベラル派ということで、フン・セン首相の力による政治、そのもとでの腐敗・汚職の蔓延というカンボジアの問題を改善してくれることが期待もされています。

ただ、個人的には、これまでも政治危機のたびにフランスへ逃れ、フランスとカンボジアを行ったり来たりしてきた経歴、あのポル・ポト、クメール・ルージュによる悲劇・狂気の大虐殺のときも国内にいなかったこと(いたら生きていませんが)に、政治家として強靭さに欠けると言うか、やや物足りないものも感じます。

フン・セン首相に問題があるのは事実ですが、「フン・センは自分たちと一緒に、厳しいポル・ポト時代を生き抜いてきた。サム・レンシーはその時、フランスでエアコンのきいた部屋にいた。ベトナムの力を借りたかもしれないが、実際にポルポト政権を倒したのは人民党だ」という国民の声には(ポル・ポトを倒したのがベトナムか人民党かという判断は別にして)重いものもあります。【2015年12月20日ブログよりの再録】
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よくも悪くも内戦・大虐殺というカンボジアの悲劇的歴史を生き抜いてきたフン・セン氏ですが、時の経過とともに、内戦・虐殺を経験していない若者らも増えました。

選挙結果に危機感を持ったフン・セン首相の反撃(あるいは弾圧)によって、サム・レンシー氏に逮捕状が出され、同氏は再び国外に・・・という話は、2015年12月20日ブログでも取り上げました。

ただ、さすがに国外にいては党の指導もままならないということで、今年2月、党首を交代すことになりました。

****カンボジア最大野党、党首が辞任表明 サム・レンシー氏、海外に滞在中****
カンボジア最大野党、カンボジア救国党のサム・レンシー党首(67)は11日、党首を辞任し離党する意向を明らかにした。
 
カンボジアでは2018年の下院選を控え、フン・セン首相率いるカンボジア人民党政権が救国党への締め付けを強化。サム・レンシー氏は逮捕を避けるため、15年11月から海外に逃れているが、辞任表明は党首不在による党内の混乱を沈静化させ、下院選に向け態勢を整えるのが狙いとみられる。
 
首都プノンペンの裁判所は昨年12月、サム・レンシー氏に対し「カンボジア、ベトナム国境に関する虚偽の内容の文書を公文書としてフェイスブックに掲載した」として、被告不在のまま禁錮5年の判決を言い渡した。
 
またフン・セン首相は今年1月「虚偽の内容の発言で名誉を毀損された」として、サム・レンシー氏に100万ドル(約1億1000万円)の損害賠償を求めて提訴した。【2月11日 産経ニュース】
*********************

地方議会選挙 前回国民議会選挙同様に野党・救国党が議席増
こうした政治状況下で地方議会選挙が昨日4日に行われましたが、2013年の国民議会選挙同様に救国党が議席数を増やしたようです。

****カンボジア地方選挙 政権交代訴えた最大野党 議席伸ばす****
4日に投票が行われたカンボジアの地方選挙で、フン・セン首相率いる与党からの政権交代を訴えた最大野党が議席を伸ばし、来年の議会選挙に向けて弾みをつける形となりました。

来年の議会選挙の前哨戦とされるカンボジアの地方選挙は、全国に1600か所余りある末端の行政区の議員を選ぶ選挙で、4日に投票が行われ、即日開票されました。

与党・人民党がまとめた暫定の集計結果によりますと、1646の行政区のうち、フン・セン首相率いる与党・人民党が第1党となったのは前回より大幅に減って全体のおよそ7割となり、残りのおよそ3割の行政区では最大野党・救国党が勝利しました。

2002年から始まったカンボジアの地方選挙では、これまで与党・人民党が豊富な資金力と組織力を背景に圧勝しており、前回、5年前の選挙でも全体の97%の行政区で人民党が第1党になっていました。

しかし、4年前の議会選挙で野党・救国党が大きく躍進したのに続き、今回の地方選挙でも野党が議席を伸ばし、来年の議会選挙に向けて弾みをつける形となりました。

野党が議席を伸ばす背景には、高い経済成長の一方で貧富の格差が広がっていることや、30年余りにわたって実権を握るフン・セン首相の強権的な政権運営に対する不満などがあり、来年7月に予定されている議会選挙に向け、与野党の対立がさらに激しくなることも予想されます。【6月5日 NHK】
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*****与党過半数も野党伸長=カンボジア地方選****
来年7月に予定される総選挙の前哨戦として注目された4日投票のカンボジア地方選は5日、大勢が判明した。フン・セン首相率いる与党・人民党が過半数の票を得たが、最大野党・救国党も大きく票を伸ばした。
 
国家選挙管理委員会は公式開票結果を発表していないが、フン・セン氏がフェイスブックに投稿したメッセージによると、人民党は約51%の票を獲得した。これに対し、救国党によれば、同党の得票率は46%だったという。 【6月5日 時事】
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救国党の得票率は46%ということであれば、ほぼ2013年国民議会選挙のときと同じです。
救国党が勢いを維持したとみるべきか、人民党も踏みとどまっているとみるべきか・・・。

簡単には政権を渡さないと思われるフン・セン氏
今回選挙でもフン・セン首相は激しい野党批判を行ってきました。

“与党への不満から救国党(CNRP)への支持は高まっており、危機感を持ったフン・セン氏はサム・ランシー前党首(2月に辞任)、後を引き継いだケム・ソカ党首に対し、過去の名誉毀損、女性問題などで攻撃を繰り返していた。フン・セン首相は「野党が大勝したら、内戦になりかねない」などとも繰り返し発言している。”

「野党が大勝したら、内戦になりかねない」・・・・武力に訴えても政権は渡さないということでしょうか。
いすれにしても、来年の国民議会選挙に向けて、フン・セン首相は合法・非合法いかなる手段を使っても、政権を維持するための方策をとってくるでしょう。

カンボジアの政治的事件に関するニュースは日本メディアではあまり知ることができませんが、昨年夏には下記のようなニュースも。

****反政権活動家、射殺される=白昼コンビニで―カンボジア****
カンボジアの首都プノンペンで10日、著名な政治活動家のケム・レイ氏(45)が射殺された。同氏はフン・セン政権を批判する評論活動で知られていた。
 
目撃者によると、ケム・レイ氏は同日午前9時(日本時間同11時)ごろ、ガソリンスタンドにあるコンビニエンスストアでコーヒーを飲んでいたところを銃撃された。

警察は事件発生から間もなく、容疑者として男(33)を逮捕した。警察によれば、男は犯行を認め、動機については借金をめぐるトラブルがあったと供述しているという。
 
今回の事件は、フン・セン首相率いる政権が最大野党・救国党や人権活動家への弾圧を強め、政治対立が深まる中で起きた。【2016年7月10日 時事】 
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なにせ、あの“カンボジアの悲劇”を生き抜いてきたセン・セン首相ですから、絶対に政権を渡さないと覚悟すれば、どんな手段をとるかは・・・・。生半可なことではすまないような懸念もあります。

【“中国の代理人”としてのカンボジア
フン・セン政権が中国と緊密な関係にあることは周知のところで、先述のようにASEANにおける“中国の代理人”とも評されています。

最近はフィリピン・ドゥテルテ大統領という新たな味方も中国は手に入れましたが、ドゥテルテ大統領はトランプ大統領同様に何に考えているのかよくわからない、何をするかよくわからない不安定さがあります。その点、フン。セン首相は中国にとって信頼できる存在です。

****カンボジアという代理人を確保した中国*****
カンボジアと中国との関係強化は、東南アジア情勢に波紋を及ぼすことになろう、と1月21日付の英エコノミスト誌が報じています。要旨は次の通りです。
 
二つの大国、タイとベトナムに挟まれたカンボジアは、小国の常として保護してくれる国を見出した。過去3代の中国主席がカンボジアを訪れ、気前のよい援助と投資を提供した。中国はカンボジアへの最大の投資提供国で、2015年の投資額は、他の諸国からの投資の総額を上回った。
 
現在、中国は軍事援助や投資を行うだけでなく、中国企業がカンボジアの建設・採鉱・インフラ・水力発電に深く関与、さらに、衣料や食品加工の工場を経営し、広大な土地利権を得て砂糖やゴム等を栽培している。2011~15年のカンボジアの工業投資の70%は中国企業に由来する。

一方、カンボジア政府は中国企業には、国立公園内でのリゾート開発や海岸線の20%の開発権を認める等、規則を曲げても便宜を図ることが多い。
 
貧しいカンボジアが得る最も明らかな利益は経済で、中国のカネがなければ買えなかったものを買い、建てられなかったものを建てている。
 
しかし、そこには経済的利益だけではなく、戦略的利益もある。中国はベトナムに対する防衛策として使える。クメール帝国時代の領土奪掠や1980年代の占領への恨みから、カンボジア人の反ベトナム感情は強い。
 
また、政府の行動を規制する条件が付く西側の援助と違い、中国のカネはヒモ付きではない。1990年代にフンセンがクーデターで連立相手を排除すると、西側は援助を停止したが、中国は逆に拡大した。
 
一方、中国にとってのメリットは、ASEAN内に代理人を確保できることだ。カンボジアは、ASEANが中国の南シナ海での行動について非難声明を出すのを繰り返し阻止した。昨年、領土問題の二国間解決を主張する中国をカンボジアが支持すると、中国は6億ドル相当の援助をカンボジアに与えている。

また、中国は地域における米国の影響力も侵食しつつあるようだ。今週、カンボジアは、過去8年行ってきた米国との合同軍事演習を今年と来年は見合わせると発表した。しかし、中国とは11月に合同演習を行っており、初の海洋演習も実施した。
 
中国がカンボジアに及ぼす影響は地域の結束を妨げるとのASEANの長年の主張も空疎なものになってきた。

南シナ海をめぐる結束は既に崩れたようで、中国を国際仲裁裁判所に提訴したフィリピンは路線を変更し、ドゥテルテ大統領は米国を軽侮し、親中の姿勢を見せている。同じく中国と領有権を争うベトナムも、最近、二国間解決を図ると約束した。

トランプ政権がいかなる南シナ海政策をとるかは不明だが、カンボジアは勝ち組を選んだように思える。(後略)【2月17日 WEDGE】
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1月、カンボジアが米軍との合同軍事演習を中止(「発表では「延期」という言葉が使用されていますが、実質的中止とみられています)したのは上記のとおりです。

また、2月には中台問題で、中国の側に立った対応も示しています。

****台湾の旗を掲げてはならない」=カンボジア首相、中台問題で発言****
2017年2月7日、環球時報によると、カンボジアのフン・セン首相は先日開かれた華僑らの春節(旧正月)イベントの席で、「いかなる場合でも台湾旗の掲揚を認めない」との考えを示した。

現地紙によると、同首相は「いつ、いかなる場所においても台湾旗の掲揚を禁じる」と述べ、この決定はカンボジアの長期にわたる対中外交政策の継続だと説明。

さらに、台湾が公的な背景を持つ組織をカンボジア国内に設置することを決して認めないとし、「台湾問題において中国の尊厳と領土保全に影響を及ぼすいかなることも行わない」と発言した。

台湾は貿易関係を強化したいとして、カンボジアへの機関設置を過去に何度か目指したが、いずれもかなわなかった。2014年7月にはプノンペンに台湾貿易センターを設置する計画が発表されたが、フン・セン首相は1週間後に同計画を禁じると表明した。「一つの中国」政策の堅持がその理由という。【2月7日 Record China】
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もし来年の国民議会選挙で人民党が敗北するようなことがあれば、現在のこうした“中国の代理人”的な対応も変更される可能性があります。

ただ、カンボジア経済はどっぷり中国資本につかっていますので、中国に代わって支援してくれる国がなければ、やはり中国に頼らざるを得ない・・・という話になるのかも。

****中国、カンボジア鉄道建設の覚書調印****
中国鉄建総公司(CRCC)十七局は17日、「カンボジア鉄道建設における覚書」に調印した。契約内容に、プノンペンからシアヌーク港間の高速鉄道建設などを含む国家レベルの重要プロジェクトだ。(中略)
 
(中鉄十七局の)盧氏は、「中国とカンボジアは、友好な関係にあり、政治的環境も安定している。カンボジアは、中国企業対外投資のホットエリア。近い将来、より多くの中国企業がカンボジアで投資を行うだろう」と語った。
 
現在カンボジア政府は、鉄道建設に関して3段階の建設プロジェクトを計画。既存の鉄道の建設を強化すると同時に、プノンペンからシェムリアップ、タイ、ラオス及びベトナム辺境までの鉄道、プノンペンからシアヌーク港の鉄道建設を予定している。【5月19日 CNS】
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私事では、今年12月に、15年ぶりのアンコールワット観光、10年ぶりのカンボジア旅行を計画しています。
プノンペンは経済成長で随分変わったと聞いていますが、そのあたりを実際に見てみたいとも思っています。
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中国・天安門事件から28年 事件の再評価を拒み、事件から国民の目を遠ざける当局

2017-06-04 22:25:51 | 中国

(国内の学生が外国人記者に託した画像(天安門での抗議行動に参加していた張健氏が提供)【http://www.epochtimes.jp/jp/2011/09/html/d45067.html】)

【「きょうは敏感な日だ」】
28年前の1989年6月4日(日曜日)、胡耀邦元党総書記の死をきっかけとして、中国・北京市にある天安門広場に民主化を求めて集結していた学生を中心とした一般市民のデモ隊に対し、中国人民解放軍が武力弾圧を決行し多数の死傷者がでました。いわゆる「天安門事件」です。

軍の武力弾圧では、市民に向けての無差別発砲や装甲車で轢き殺すなどもあったとされ、当局は死者を319人と発表していますが、実際の死者数については数百人から数万人に及ぶなど諸説あり定かではありません。

“ウィキリークスが2011年8月に公開した米外交公電の1990年3月の内容には、軍兵士は下された「無差別発砲」命令を受けて、1000人以上の学生を死亡させたことが記されていた。(中略)また、ソ連の公文書に収められているソ連共産党政治局が受け取った情報報告では、「3000人の抗議者が殺された」と見積もられている。”【ウィキペディア】

当時は、抗議行動への対応をめぐって共産党指導部・解放軍内部にも対立があるとされ、内戦状態に発展するかも・・・とも見られ、その成り行きを固唾をのんで見守った記憶もありますが、結局は鄧小平氏の決断で悲劇的な結末を迎えました。

事実上の一党独裁のもと国民の権利が大きく制約されている中国の政治体制には多くの問題がありますが、「天安門事件」は中国共産党の政治姿勢を象徴する事件であり、この事件をどのように評価するのか、これまでの共産党の評価のように、単なる「暴徒による動乱」とみなすのか、それとも「民主化を求める抗議行動」として前向きに再評価するのかが、中国の民主化・人権に関する試金石となっています。

しかし、中国共産党は「天安門事件」の再評価を頑なに拒み、当時の対応を正当化し、事件が国民の目に触れることを恐れるがごとく事件を隠蔽し、時間の経過による“風化”を目論んでいます。

今年も6月4日を迎え、特段の目新しい情報などはありませんが、中国当局の狙いどおりに事件が風化していくことがないように、関連記事をピックアップします。

****北京市内、厳戒に=天安門事件から28年-中国*****
中国・北京で民主化を求める学生らを武力弾圧した天安門事件から28年を迎えた4日、事件の現場となった天安門広場は厳戒態勢が敷かれた。習近平指導部は言論統制を一層強め、真相究明を求める声を抑え込んでいる。
 
快晴の休日となった4日、天安門広場は多くの観光客でにぎわっていた。しかし、普段より警備が強化され、記者は広場への立ち入りを認められなかった。現場の警官は「きょうは敏感な日だ。取材の許可証が必要だ」と説明した。
 
当局は4日が近づくと、事件犠牲者の遺族や人権活動家に対する監視を強めた。人権団体のヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)などによると、5月以降、広東省広州市の当局は人権派弁護士を市外に退去させたり、活動家の集会を解散させたりして、引き締めを強化。

また、3日夜には、事件で多くの犠牲者が出た現場に近い地下鉄の駅入り口が封鎖され、周辺で多数の当局者が監視していた。
 
4日を前に犠牲者の親たちの会「天安門の母」は声明を発表し、「地上に焼き付けられた血痕を強弁で覆い隠すことはできない」と共産党・政府の対応を批判。事件の真相究明のため調査委員会を設置し、調査結果を公表するよう求めた。
 
だが、党・政府が事件を「暴乱」鎮圧とする見解を変える気配はない。むしろ、次期最高指導部の人事を決める5年に1度の党大会を秋に控え、習指導部は異論を許さず、国内の政治的締め付けをさらに強化している。【6月4日 時事】
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【「中国の発展が十分(武力弾圧の正当性を)証明している」】
中国当局は「中国の発展が十分(武力弾圧の正当性を)証明している」と強弁し、国内外の批判を受け付けない姿勢です。

****天安門事件28年】中国報道官「肯定的な変化にもっと関心を****
中国外務省の華春瑩報道官は2日の記者会見で、4日で28年となる天安門事件について「前世紀80年代末の政治風波(騒ぎ)と関連の問題について、中国政府はすでに結論を出している。近年来の中国の発展が十分に証明している」と述べ、事件の再評価や真相の究明を行う考えはないことを強調した。

華氏は「中国社会の各方面で起きている肯定的な変化にもっと関心を払うよう希望する」と主張した。【6月2日 産経】
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国民から事件の情報を遮断する中国当局
中国では4日午前6時すぎ(日本時間4日午前7時すぎ)、NHKが海外向けテレビ放送、「ワールドプレミアム」で天安門事件に関するニュースを伝えた際、映像と音声が2分近く中断され、画面が真っ黒になったとのことです。

かねてより中国当局は事件の全容が国民の目に触れないように神経を使っており、中国国民の多くは「天安門事件」についてほとんど知らない・・・といった実態もあるようです。

軍が自国民を虐殺した事件の実態が知らされないままに、仮に多少の「動乱」あったことを知ったとしても、混乱を収拾して現在の豊かな暮らしを実現した共産党の指導を評価するといったことにもなります。

****天安門事件の影響で中国ネットに書き込めない言葉 隠語まで規制****
中国で「5月35日」が危険な投稿?・・・天安門事件の影響、ネットの世界にも 天気ダメ、ろうそくもダメ
中国ネットに書き込めない言葉

1989年6月4日、中国で天安門事件が起きました。事件の影響は今も続いており、ネット空間では書き込めない言葉がいくつかあります。

事件があった日の日付や天気も「危険な投稿」としてブロックされます。それだけでなく一見、無関係でタイプミスのような「5月35日」も。(中略)

「5月35日」=5月31日+4日
中国のインターネットで、「天安門事件」は規制の対象になっています。そして、規制の対象は年々拡大しています。

「6月4日(月)、曇り、おはよう」――。2012年には中国版ツイッター「微博」で、このような文章も「公開に適しない」として削除されました。また、「今日」「広場」「民主」といった単語の検索も制限されました。

さらに規制は隠語にも広がっており、「5月35日」(5月31日+4日)や8の2乗を表す言葉(答えが64=6月4日)も「関連法規と政策に基づいて表示できない」との表示が出てしまいます。

また、追悼をイメージさせるろうそくの絵文字も削除されてしまいます。(後略)【6月4日 livedoor’NEWS】
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中国では今月から、インターネットに関する新たな法律が施行され、違法と見なされる情報の削除や突発的な事件が起きた際、特定の地域での通信制限を行うことが明文化されましたので、上記のような情報制限も今後さらに拡大・強化されると思われます。

一般の情報検索すらシャットアウトする状況ですから、再評価を求める活動など一切許されません。

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民主派の関係者によると、広東省広州市では5月、事件の再評価を訴えている活動家らが当局から強制的に市外に追い出された。

国際人権団体アムネスティ・インターナショナルによると、中国当局は昨年、事件の発生日にちなんだ「八酒六四」のラベルを貼った中国酒を販売したなどとして四川省の活動家ら4人を拘束、3月に国家政権転覆扇動罪で起訴した。【6月4日 産経ニュース】
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【「真実を示すことでしか、事件は清算されない」】
そうした状況ですので、事件を告発する関係者の活動の場も海外が多くなります。
中国国内での活動を続ける者は、当局の厳しい弾圧を覚悟する必要があります。

****天安門、今も続いている 戦車にひかれ両足失った方政さん きょう事件から28年****
1989年6月、中国・北京の天安門広場に集まり民主化を求めた学生らを、軍が弾圧した天安門事件から4日で28年になる。

共産党政権は異論を力で封じ込める姿勢を今も変えていないが、事件にこだわり、社会を変えていこうと声を上げ続ける人々がいる。
 
「私のような当時の学生だけでなく、新たな被害者が絶えず生み出されている。事件はまだ終わっていない」
 
天安門事件で戦車にひかれ、両足を失った方政(ファンチョン)さん(50)がこのほど来日し、朝日新聞のインタビューでこう語った。
 
北京体育学院の学生だった方さんは6月4日、デモ隊を蹴散らそうとする戦車に足を押しつぶされた。94年に北京で開かれた障害者スポーツの国際大会への出場資格を勝ち取ったが、外国人記者に事件を語るのを恐れた当局が出場を許さなかった。
 
事件に縛られ続ける生活に限界を感じ、09年に家族と渡米。サンフランシスコを拠点に、天安門事件を国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産に登録する運動を続ける。28年の歳月に加え、経済成長による社会の激変で、人々の記憶から事件が遠のいているのを感じるからだ。
 
方さんは「(当局の理不尽な仕打ちから)自分の暮らしや財産を守ろうとする人々の権利意識が広がっている。そこに中国の民主化の兆しがある」と期待を寄せるが、習近平(シーチンピン)指導部はそうした人々を支える弁護士やNGOを徹底的に弾圧している。

政権は「中国の発展が(当時の対応の正しさを)十分に説明している」(外務省の華春瑩副報道局長)とするのみで、「動乱」とした当時の民主化運動の評価の見直しはもちろん、軍による発砲の実態や犠牲者の数などを明らかにする気配すら見せていない。
 
方さんは「真実を示すことでしか、事件は清算されない。事件を本当の意味で歴史にするために私は声をあげ続けている」と話す。

 ■監視・暴行…私は屈しない 市民支援の元弁護士・倪玉蘭さん
批判的な声を厳しく取り締まり、弾圧する政権の姿勢は今も変わっていない。天安門事件の記憶を胸に、社会を変えようと圧力にあらがい続ける人もいる。
 
北京の元弁護士、倪玉蘭(ニーユイラン)さん(57)は4月、家を失った。前の家の契約が切れて引っ越したばかりだったが、「この部屋は賃貸できない。すぐ出て行け」と私服警官から宣告された。
 
自宅の強制立ち退きに遭った市民を支援し、弁護士の資格を取り消されても、政府への抗議を続けてきた。取り調べ中の暴行で下半身がマヒし、今は車いす生活だ。昨年、米国務省の「勇気ある国際的な女性賞」を受けると、当局の監視は一層厳しくなった。
 
退去を拒むと電気を止められた。それでも部屋にとどまると、身元不明の男たちに車で連れ去られ、戻ると家財はなくなっていた。一時は野宿を余儀なくされ、今はカンパでホテル暮らしをしながら家を探す。
 
事件当時、倪さんは運動には参加できなかったが、天安門広場の学生らに共感し、差し入れした。「この時代を生きる私たちが何もしなければ、この国はもっとひどくなる。不公正な社会が私たちを変えることはできない。たとえ微力でも、私たちが社会を変えていく」【【6月4日 朝日】
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中国共産党と同じ価値観に立つアメリカ大統領
当局による種々の圧力、暴行等はあっても、命まで狙われることはない(実際のところどうなのかはよく知りませんが)というのは、政権批判者の暗殺等が珍しくない世界各国の現状にあって、中国はその意味では一定に限度をわきまえているのだろうか・・・とも思えますが、暗殺等の事件にしてしまうと国際社会からの批判が強まるので、“賢く”対応しているとみるべきなのかも。

もっとも、これまで中国に対する最大の批判者であったアメリカの大統領が、「天安門事件」に対する中国共産党の評価を容認していますので、今後は対外的批判をそんなに気にする必要もなくなったのかも。

****トランプ氏、天安門事件を「暴動」と呼ぶ 米大統領選TV討論会****
米大統領選の共和党候補指名争いで首位を走るドナルド・トランプ氏は(2016年3月)10日、米CNNによるテレビ討論会で、1989年に中国・北京の天安門広場で行われた民主化運動を「暴動」と呼んだ。
 
司会役のジェイク・タッパー氏は、トランプ氏が1990年に米男性誌プレイボーイ上で述べた天安門事件についてのコメントに対して批判が上がっていることを受け、トランプ氏のコメントを求めた。

これに対しトランプ氏は、天安門で起きたことを支持していないと強調した上で、「(中国政府は)暴動を抑え込んだ」と発言した。(後略)【2016年03月11日 AFP】
********************

トランプ大統領については、アメリカ国民の半数が選んだ者であり、その主張・言動についてもいろんな見解・評価はあるでしょう。

ただ、「天安門事件」に関して中国共産党と同じような理解をしているということ、これまで欧米社会が最も重要なものとして守ってきた民主化・人権に関する価値観を共有していないという一点において、信頼に値する人物とは認められません。

トランプ氏のこうした感覚は、フィリピンのドゥテルテ大統領と行った電話会談で、「薬物犯罪の問題で素晴らしい仕事をしている」としてドゥテルテ氏を評価した件でもうかがえます。

アメリカにしても日本にしても、現在の国際情勢、今後の予想を考えれば、いたずらに中国と敵対するような対応がいいとも思いませんが、より緊密な関係を構築する場合でも、価値観の違いがあるということはわきまえておく必要があります。

価値観の違いを認識しないのであれば、単なる力比べや節操のない取引にすぎず、その時々の条件次第でいかような結果にもなるでしょう。また自国社会もいつのまにか中国のような社会に変容することも。
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アメリカ  硬直的な議会政治を更に困難にする与党内強硬派「フリーダム・コーカス」

2017-06-03 23:05:00 | アメリカ

(【http://rief-jp.org/blog/65665】“影の支配者”とも呼ばれる、共和党の最大スポンサーでもあるコーク兄弟 その資産は10~11兆円とか)

【「政府機関閉庁」の次は「デフォルト」】
このところのアメリカ政治の“恒例行事”の感がある、予算案をめぐる「政府機関閉庁」と政府借入上限をめぐる「デフォルト」を背にしての騒動。

ともに、「大きな政府」「小さな政府」という政府の役割・財政支出の範囲をめぐる民主・共和両党の基本的考え方の違いが根底にありますが、硬直化した妥協できない議会政治の在り方が議会そのもの・既存政治全般に対する国民の不信感を助長する形で、既存政治を否定するトランプ大統領の誕生などの背景ともなっています。

予算案に関しては、トランプ大統領が公約するメキシコ国境の「壁」建設費用や、トランプ大統領が廃止・改革を目指すオバマケア関連費用の問題などがあって、民主・共和両党の交渉は難航することが予想されましたが、なんとか「政府機関閉庁」を回避するギリギリでの妥協が成立しました。

****米議会、今会計年度末までの予算案で合意=議会筋****
米議会は2017会計年度末(9月末)までの予算案について合意に達した。議会側近が明らかにした。

政府機関の閉鎖を回避するためには5日までに下院と上院で可決する必要がある。

まず下院が今週早くに採決を行い、その後上院に送られる可能性が高い。同案が両院を通過しトランプ大統領が署名すれば、1月20日の大統領就任以来、初めて与野党が合意した重要法案が議会を通過することになる。

議会筋は28日、予算案には今年の国防費の約150億ドル増額が盛り込まれる可能性があると述べた。ただ週末の合意内容の詳細は現時点では明らかになっていない。

民主党議員は、女性向け医療機関「プランド・ペアレントフッド(家族計画連盟)」の支援確保やプエルトリコ支援に向けたメディケイド(低所得者向け医療保険)増額を求めていた。

米ワシントンポスト紙はこれより先、合意案には国防費と国境沿いの治安確保に向けた予算の増額が含まれる見通しで、議会は今週早くに採決を行う見通しだと報じた。

議会は28日、5月5日までの政府資金を手当てし、予算協議の期限を先延ばしする法案を可決しており、週末の政府機関の閉鎖は回避されていた。【5月1日 ロイター】
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“予算案は、トランプ氏が意欲を示していたメキシコ国境の「壁」建設費は、移民に支持層が多い野党・民主党の反発を考慮し、計上を見送った。トランプ氏や与党・共和党が求めていた国防費や国境警備の費用を増額する。民主党が求める医療保険制度「オバマケア」の関連費用も含まれる。”【5月2日 読売】ということで、今回は一応の“妥協”が図られましたが、本格的なトランプ政権の予算となる10月以降の来年度の予算案では、壁の建設費などで協議が紛糾するおそれがあると懸念されています。

与党の多数によって政府案がすんなり通ってしまう議会も問題ではありますが、どちらも妥協せず“チキンレース”状態の議会も困ります。

「政府機関閉庁」の次は「デフォルト」です。

****米議会で債務上限引き上げをめぐる攻防再び****
<アメリカにデフォルトの危機が再来。すぐにも債務上限を引き上げなければ資金調達ができなくなるが、保守強硬派は財政支出削減が条件と譲らない>

トランプ米政権は、大きな問題を抱えている。悪くすると、世界を巻き込む危機になりかねない。連邦政府の資金調達が予定通りに進まず、すぐにも新たな借り入れをしなければならないかもしれないのだが、米議会が連邦政府の債務上限を引き上げてくれない限り、借り入れは増やせない。そうなると、米政府は国債の元利金などが支払えなくなるデフォルト(債務不履行)も免れない。

アメリカが突然デフォルトに陥れば、世界の金融システムが混乱する。米ドルは、世界で最も安全な資産され、世界各国が外貨準備として保有する。万一ドルへの信頼優位が揺らげば、世界的な金融危機の引き金を引きかねない。招きかねない。

デフォルトはおそらくないとしても、依然として深刻で極めて高くつきそうな問題は存在する。

この問題は過去にも何度か浮上した。オバマ政権下の2011年には、共和党が歳出削減を条件に債務上限の引き上げに反対した。民主党との対立が続くなか、市場では米国債に対する絶対的な信用が揺らぎ始めた。

夏に土壇場で合意に達し、デフォルトは回避されたが、格付け会社スタンダード&プアーズ(S&P)が米国債の格付けを引き下げた結果、米政府の借り入れコストは上昇した。

保守強硬派はデフォルトに危機感なし
そして今年、スティーブン・ムニューシン米財務長官は議会に対し、歳入が思うように上がっていないので、8月に議会が休会する前に「付帯条件なし」で債務上限を引き上げるよう求めた。

だが、共和党の保守強硬派下院議員で構成する議員連盟「フリーダム・コーカス」は、歳出削減とセットでなければ債務上限の引き上げには応じないと今から噛みついている。ムニューシンが、デフォルト寸前だった2011年の悪夢の再来を懸念するのは当然だ。

議会の駆け引きを難航させそうなのが、米行政管理予算局(OMB)のミック・マルバニー局長だ。共和党下院議員でフリーダム・コーカスの共同創設者でもあるマルバニーは、財政保守派として知られ、歳出削減なしでは債務上限引き上げに応じたくない立場だ。

債務上限が引き上げられなかったときの混乱に対する危機感が、ムニューシンほど強くないのだ。「米国債がデフォルトになれば、世界経済に甚大な被害をもたらす」とマルバニーは1月に上院議員に向けた書簡で述べた。「だからといって債務上限を引き上げれば絶対に事態を打開できるとも思わない」

理論的には、マルバニーの見解が正しいのかもしれない。

財務省はたとえ債務上限が引き上げられなくても、会計上の操作で当面の間はデフォルトを回避できる。ただしそれは単なる時間稼ぎで、米国債の急落を止めることはできない。

マルバニーは先週の下院予算委員会で、債務上限の引き上げをどのくらい引き上げたいのか、どんな譲歩をするのかについて、具体策を示すようトランプ政権に求めた。一刻も早い債務上限引き上げを求めるムニューシンとは全く対照的だ。

しかも議会は今、米大統領選へのロシアの関与やトランプ陣営とロシアの共謀をめぐる疑惑で大忙し。今後の議会運営がますます苦しくなるのは必至だ。

大統領就任前のトランプが、多くの事業で資金繰りができたのは借金のおかげだ、借金が大好きだと豪語していた。実際に自分が助かるためなら、連邦破産法11条の適用を申請して債権者に損をさせるのも厭わなかった。

不動産王だったトランプは、過去に4度も破産した。昨年の大統領選中も、財政難のアメリカを救うため、米国債の債権者に借金棒引きを受け入れてもらうと言ったこともある(トランプはすぐに発言を撤回した)。

だが米投資銀行ゴールドマン・サックス出身のムニューシンは、それがどれほど危うい話かを理解している。議会もその危機感を共有できるかどうか、今後も目が離せない。【6月1日 Newsweek】
*********************

いかに“過去に4度も破産した”トランプ大統領とは言え、世界最大国家アメリカのデフォルトとなるとその影響は計り知れないものがあり、トランプ大統領も何らかの対応をするのでしょう。(そうでなくては困ります)

米国政治を振り回す「フリーダム・コーカス」】
債務上限引き上げには、「小さいな政府」を目指す与党・共和党の方に強い抵抗がありますが、大統領と与党の関係ですから通常なら比較的話がつきやすいところです。

大統領も上下両院多数派も共和党ということで、大統領と議会多数派が異なり対立する「分断政治」状況が解消されるたのは第1期オバマ政権前半2年間の第111議会(2009年1月~2011年1月)以来、4会期ぶりです。

しかし、与党・共和党内にあっても、一部議員はトランプ大統領との間に溝があり、大統領もロシア疑惑などで手いっぱいの感もあります。

それに加えて、事態を難しくしそうなのが、上記記事にもある与党・共和党内の財政支出削減など小さな政府を強く求める議員連盟「フリーダム・コーカス」の存在です。

****米国政治を振り回すフリーダム・コーカス:その正体と議会展望****
• フリーダム・コーカスとは
第114米国議会が開幕した2015年1月、フリーダム・コーカスは下院共和党の保守強硬派議員9人によって発足しました。

同コーカスメンバーの多くがこれまで保守強硬派のティーパーティー(茶会党)運動に関わり、財政支出削減など小さな政府を標ぼうし、共和党の中で最も保守的な政策を追求しています。

同コーカスは、政策実現のためには政府閉鎖も辞さない強硬な姿勢から「政府閉鎖コーカス」と呼ばれることもあります。

最近では財政問題以外に、移民政策、妊娠中絶問題などさまざまな政策において影響力を発揮しています。

他の議員連盟と違い、同コーカスは9人の創設者以外のメンバーは正式に公表せず、招待された議員だけに参加資格が与えられ、ウェブサイトも存在せず、会合も一般公開されていないことから、その全容は不可解と言われています。

メディアでは同コーカスメンバーは約40人と報道されていますが、米世論調査機関ピュー・リサーチ・センターは2015年10月末時点で36人がメンバーであることを確認しています。

茶会党が躍進した2010年中間選挙以降に当選した議員が同コーカスの約7割を占め、議員在職期間が他の共和党下院議員と比べて短いのが特徴です。(中略)

• 小規模コーカスが、なぜ多大なる影響力を保持しているのか
共和党下院議員247人のうちのわずか約15%を占めるフリーダム・コーカスが影響力を持っている背景には、メンバーの8割が合意した議案については表決行動の拘束をコーカス内で徹底していることが挙げられます。

日本では各政党によって党議拘束がかけられることが多いのですが、米国ではそういうことはなく、議案によって民主党議員と共和党議員が各自の意思で投票し、それによって党から除名されることもありません。

例えば、共和党出身の下院議長の意に反し、共和党下院議員247人のうち36人のフリーダム・コーカスがある議案で反対に回った場合、共和党の実質の議席数は211議席となり、議案可決に必要とされる全議席数435の過半数(218票)を下回ります。

従来は熟練議員から構成される共和党指導部によって議論が方向付けられていたところを、議員在職期間が短い同コーカスの団結力によって指導部のリーダーシップがとれない事態に陥ります。

ベイナー前議長が辞任表明後、同コーカスは次期下院議長候補に対して21項目の要望を突きつけました。

マッカーシー院内総務が議長立候補辞退の後、次期議長候補と注目されたライアン議員は、立候補を決断する前に同コーカスと協議し、一部要望に応じることに合意したと報道されています。

多数派である共和党下院議員の過半数が反対する法案は、たとえ民主党下院議員の賛成票を合わせて可決できたとしても議長は下院本会議で採決にかけない慣例のハスタート・ルールを尊重することにライアン議員は合意したと報道されています。(中略)

• フリーダム・コーカスが存続する背景
フリーダム・コーカスが今後も米国政治で影響力を保持することが想定される背景には、社会の分極化と選挙制度が挙げられます。

米国社会の貧富の格差は1980年代以降、拡大傾向にあることが分極化の一因です。また、ニュース番組の24時間放送など自らの思想に合ったメディア報道の選択が可能となっていることも影響していると思われます。

米国政治アナリストのチャーリー・クック氏は、社会全体で無党派層が拡大する中、民主党はよりリベラル派で結束し、共和党はより保守派で結束し、各党の多数派が似通った考えの人々に偏ってきている傾向を指摘しています。

同氏によると、多くの議員はより政治的に単一化した有権者を代表していることから無党派層を知らず、同層の考えを自らの思想に取り入れていないとのことです。(中略)

さらには、選挙区割り制度(ゲリーマンダリング)によって、一部の選挙区で共和党支持者あるいは民主党支持者の人数が極端に偏っていることも挙げられます。このような選挙区では当選した下院議員が少数派の意見に耳を貸さず、多数派が支持する強硬な政策を追求する傾向もみられます。

政治経済などの統計分析に定評があるウェブサイトのファイブ・サーティエイトの集計が、フリーダム・コーカスメンバーの出身選挙区がより共和党支持者が多い点を顕著に示しています。(中略)

•ライアン新議長で下院は変わるか
(中略)ライアン新議長への置き土産として、ベイナー前議長は退任する前日、これまでフリーダム・コーカスと常に対立してきた連邦債務上限引き上げと2年間の予算案を下院で可決しました。

ベイナー前議長のおかげで、ライアン新議長は政府閉鎖をもたらす連邦債務上限問題を2017年3月まで心配しないでよい見通しです。

しかし、ベイナー前議長は可決するために民主党議員の賛成票の協力を得ており、ハスタート・ルールを遵守していません(下院:賛成266票「うち民主党187票、共和党79票」、反対票167票「全て共和党」)。

議長就任後、初めてのテレビインタビューで、ライアン新議長は「ルールには常に例外があり、状況によっては全てのオプションを検討する必要もある。しかし、今後、特に意見が分かれる案件については(下院共和党の)総意に基づいて党を運営することが重要」と述べ、ハスタート・ルールを基本的に尊重する方針を示唆しています(フォックス・ニュース、2015年11月1日放送)。

米国社会および議会の分極化の進行など構造的な問題が根底にある中、いずれ予算問題など下院共和党内で大きく意見が分かれる苦境にライアン新議長は直面することが予想されます。

その際、ライアン新議長は国を政治危機に陥れるか、あるいはフリーダム・コーカスとのハスタート・ルール尊重の約束を破って同コーカスと対立するか、どちらかを選択する必要性に迫られることでしょう。【2015年11月25日  渡辺 亮司氏 住友商事グローバルリサーチ】
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フリーダム・コーカスは、減税及び財政規律を重視しています。この点において反オバマ色の強い保守系の市民運動である「ティーパーティー(茶会)」と類似しています。次の税制改革でフリーダム・コーカスはトランプ大統領のインフラ投資に反対し、公約実現に対する阻害要因になる可能性が高いと言えます。
 

ピュー・リサーチ・センターの調査によりますと、ラウル・ラブラドア下院議員(共和党・アイダホ州第1選挙区)はヒスパニック系ですが、フリーダム・コーカスの他のメンバーは圧倒的に白人男性であり文化的多様性に欠けています。選挙区は南部に偏っているという特徴があります。【4月10日 海野素央氏 「トランプの天敵、フリーダム・コーカスの正体」 WEDGE】
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偏った選挙区から選出された少数派意見に耳を貸さない傾向が強い強硬派集団でもある「フリーダム・コーカス」は党議拘束的な集団行動をとること、共和党内の多数意見を重視して民主党議員賛成票をあてにしない「ハスタート・ルール」に関する合意がライアン下院議長との間にあること、現状では民主党の協力はほとんど期待できないこと・・・・を踏まえると、債務上限引き上げではトランプ大統領はこの「フリーダム・コーカス」対策が重要な“取引”となります。

ただ、その“取引”内容は、民主党側には受け入れがたいものになるでしょうから、民主・共和の分断、トランプ支持派と批判層の分断は、一層先鋭化することも想定されます。

なお、「フリーダム・コーカス」が“手ぬるい”として反対していたかバマケア改廃法案に関しては、「フリーダム・コーカス」は4月末に支持することを表明し、5月4日に下院を通過しています。どういう“取引”がトランプ大統領との間であったのかは知りません。

「フリーダム・コーカス」を強力に支援しているのがコーク兄弟ら富裕層の献金ネットワークだとされています。

“コーク兄弟とは米エネルギー複合企業、コーク・インダストリーズを経営するチャールズ・コーク氏、デビッド・コーク氏を指す。共和党の大口献金者として知られ、資産総額はともに約4兆6千億円とされる。米国の長者番付はそろって7位。大統領選でトランプ氏を支持せずに、様子見に徹した。”【3月31日 日経】

3月段階でオバマケア代替法案が「フリーダム・コーカス」の反対などで頓挫した際、「今回はコーク兄弟にしてやられた。税制改革も簡単ではない」とトランプ大統領に近い党関係者は弱音を吐いたとか。

また、“オバマケア代替法案が頓挫した直後の3月28日、トランプ氏はオバマ前政権の地球温暖化対策を見直す大統領令をぶちあげた。「保守強硬派の懐柔が狙いだ」と関係者。保守系政治団体は規制色の強い温暖化対策を毛嫌いする。そもそもコーク兄弟の事業は石油精製が中核だ。”【同上】とも。

トランプ大統領は、このコーク兄弟とはあまり良い関係ではないとも言われていますし、その主張も異なりますが、大統領選挙戦での終盤では“会談”も行われたとかの話もありますし、積極的なトランプ阻止にも動きませんでした。両者を仲介したのが「コーク兄弟の小飼政治家」マイク・ペンス氏(副大統領)だったとか・・・・政治を動かす大富豪たちの世界ですのでよくわかりません。

トランプ政治も、ツイートされているような話とは別の世界があるようです。
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「同盟国だけに依存はできない」EUが模索する独自性 「EU軍」的な軍事統合 ユーロ圏共同債券

2017-06-02 21:55:54 | 欧州情勢

(5月27日 先進7カ国(G7)首脳会議(サミット)でのメルケル首相とトランプ大統領【5月30日 ロイター】)

【「同盟国だけに依存できる時代はある程度終わった」】
先進7カ国(G7)首脳会議を受けて、アメリカ第一の姿勢を崩さず国際協調を軽視したアメリカ・トランプ大統領の姿勢に、ドイツ・メルケル首相が「同盟国だけに依存できる時代はある程度終わった」と異例の強い調子の不満を表明。これにトランプ大統領も応戦する形で、これまた異例の“罵りあい”の様相を見せていることは周知のとおりです。

****同盟国だけに依存できる時代終わった=メルケル独首相****
ドイツのメルケル首相は28日、先進7カ国(G7)首脳会議(サミット)の終了後、欧州が同盟国だけに依存することはできないと述べた。

首相は、北大西洋条約機構(NATO)同盟国を批判し、地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」への支持を表明しなかったトランプ米大統領への名指しを避けた。ただ、欧州が同盟国だけに依存できる時代は「ある程度終わった」と言明。「欧州が本当に自分たちの運命を自分たちの手で握るべきだとしか言えないのは、そのためだ。もちろん、米国や英国との友好関係や、ロシアとであっても、他国との良い隣国としての関係に基づいてだ」と話した。

さらに「ただ、自分たちの将来のため、欧州人としての運命のため、自分たちだけで戦うべきだと理解しなければならない」と述べた。(後略)【5月29日 ロイター】
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****トランプ米大統領、貿易とNATOで独批判****
トランプ米大統領は30日、ツイッターに「われわれは対ドイツで巨額の貿易赤字を抱えているのに加え、ドイツは北大西洋条約機構(NATO)に対し、必要額よりはるかに少なくしか支払っていない」と書き込んだ。その上で「米国にとって非常に良くない。変わることになる」と主張した。
 
トランプ氏は先週のNATO首脳会議に出席した際、国防費を国内総生産(GDP)比2%とする目標を達成していない加盟国が多いことに不満を表明した。また、トゥスク欧州連合(EU)大統領らとの会談で、対米貿易黒字が大きいドイツを「ろくでもない」と批判したと伝えられ、波紋を広げた。【5月30日 時事】 
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メルケル独首相は大きな反響をよんだ28日の発言のあと、29日には、自身は(アメリカとの関係を重視する)完全な大西洋主義者とも語り、前日の率直な発言をやや軌道修正はしましたが、「ここ数日の動向は、他人に完全に頼れる時代はある程度終わったことを示している」と重ねて述べ、同盟国としてのアメリカの信頼性に対し、あらためて懐疑的な見方を示しています。

こうしたメルケル独首相の発言は、“ドイツ国内では「反トランプ感情」が強く、ライバルで連立与党の社会民主党は巻き返しのため、トランプ氏への反発を強める。トランプ氏が求める国防費支出の増大にも、言うなりで従うことに批判的だ。メルケル氏としてはトランプ氏と距離を置く姿勢を見せる方が得策で、国防支出増大も米側への妥協でなく、「欧州の自立」のためと訴えられる。”【5月31日 産経】という国内選挙対策の側面もあるとの指摘もありますが、基本的には、トランプ大統領への不信感・失望感がベースにあることは間違いないでしょう。

ドイツを軸とするEU域内の軍事力統合へ向けた動き
「同盟国(アメリカ)だけに依存できる時代はある程度終わった」「欧州が本当に自分たちの運命を自分たちの手で握るべきだとしか言えない」という話になれば、ドイツが寄って立つ基盤はEUの強化・深化ということになるでしょう。

そうでなくとも、イギリスのEU離脱に加え、欧州各国で高まる反EU感情は各国の政治を揺るがし、EUの存続を危ぶませるほどになっており、今後のEUをどのように改革していくかという視点は避けて通れません。

ある意味では、これまで何かとEU統合深化の足を引っ張てきたイギリスが抜けることで、EU内の議論はリードしやすくなったとも言えます。

新たなEUの枠組みとしては、安全保障面における「EU軍」創設に向けて、ドイツが動き始めているということがあります。

これまでのNATOはアメリカ主導の仕組みで、財政負担でトランプ大統領にあれこれ文句を言われているだけでなく、その活動もアメリカの視点で決まることが多かったことへのドイツなどの不満があります。

****ドイツが独自の「EU軍」を作り始めた チェコやルーマニアなどの小国と****
<過去の戦争の反省か軍備増強はタブーだったはずのドイツが、ルーマニアやチェコやオランダなどドイツの「傘」が要る国と部隊統合をし始めた。目標はヨーロッパ統合軍だ>

「EU軍」の構想は、数年ごとに浮上しては論争を巻き起こす。それは夢の計画であると同時に厄介な難題でもある。

ブリュッセルを中心としたEU(欧州連合)内の欧州統合推進派は、ヨーロッパの世界的地位を向上させるためには統合された防衛力が必要だと考えている。一方、ロンドンなど他の地域には、EU軍がいずれNATO(北大西洋条約機構)の対抗勢力になるのを警戒する声もある。

だが2017年に入り、ドイツとチェコ、ルーマニアが、実質的な「EU軍」の設立に向けた大きな動きを進めている。メディアは大きく取り上げなかったが、3カ国共同で兵力統合を発表する記者会見も行っている。
この方法なら、EU軍創設について回る果てしない論争や官僚主義を回避できる。

と言っても、ルーマニア軍が完全にドイツ連邦軍に統合されるわけではなく、チェコ軍がドイツ軍の一部隊に格下げになるわけでもない。

今後数カ月のうちに両国は、それぞれ1個旅団分の兵力をドイツ軍に統合させる。ルーマニアの第81機械化旅団がドイツ連邦軍の即応師団に加わり、チェコの第4緊急展開旅団がドイツ軍の第10機甲師団の一部となる。(中略)

軍事力統合へ大きな一歩
オランダ軍は、すでに1個旅団がドイツ連邦軍の即応師団に、もう1個旅団が第1機甲師団に統合されている。

ミュンヘン連邦軍大学教授で国際政治学が専門のカルロ・マサラは、たとえヨーロッパの他の国々が時期尚早と考えているとしても、「ドイツ政府はヨーロッパの軍事力統合に向けて進もうとしている」と言う。

欧州委員会委員長のジャン=クロード・ユンケルは、EU軍構想を繰り返し提言しているが、これに対する反応は常に、冷笑か気まずい沈黙かのどちらかだった。

EU軍に断固として反対のイギリスがEU離脱を決めた後も、その雰囲気は変わっていない。

EU軍がどのような形態を取るのか、統合の結果として各国軍がどのような能力を放棄することになるのかについては、EUに残る加盟国の間でも、ほとんど議論が行われていない。統合軍に向けた動きは当然、鈍い。

EUは2017年3月に合同軍司令部を立ち上げたが、その担当任務はソマリア、マリ、中央アフリカ共和国での軍事訓練に限られており、人員もわずか30名。

ほかにも、EU内で多国籍軍が構想されたケースはある。バルト3国と北欧諸国、オランダで結成する緊急対応部隊の北欧戦闘軍(人員2400名)や、バルト3国、スウェーデン、フィンランドなどが加わり「ミニNATO」とも呼ばれるイギリスの統合遠征軍が挙げられる。しかし、このような作戦ベースの連合軍は、具体的な軍事力展開の機会がなければ、存在しないも同然だ。

そこでドイツは、独自の構想を推し進めている。すなわち、ドイツ連邦軍主導により、欧州各国軍の部隊を結ぶネットワークの創設だ。

ポーランドのシンクタンク、東欧研究センターに所属する北ヨーロッパ安全保障アナリスト、ユスティナ・ゴトコウスカは、「この計画は、ドイツ連邦軍の弱点を補うものとして構想された」と指摘する。「ドイツは、NATO内での政治的・軍事的影響力を強めるために、(中略)連邦軍における陸上部隊の戦力不足を補う必要があるとの認識に達した」という。(後略)【5月25日 Newsweek】
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ドイツ連邦軍の軍備不足は深刻な状態にある一方で、防衛費の増額は、軍事大国となった20世紀に2度戦争を仕掛けて敗れた反省から、国民の間で大論争になるのは必須・・・という現状で、“ドイツにとって、EU域内の中小国から支援を仰ぐ取り組みは、手っ取り早い軍事力強化の手段としては最良のものだろう”【同上】という、ドイツ側の事情があります。

また、“小国である相手国にとっても、ドイツの軍事力拡大という政治的に微妙な問題を回避しつつ、ドイツが欧州の安全保障により深く関与する道筋をつけられるメリットがある。”“さらに相手国にとって決定的に重要なのは、部隊統合で自国の軍事力を増強できること。しかも万一ドイツがそうした部隊の実戦配備を決めても、相手国の合意がなければ実行できないことになっている。”【同上】とも。

この“欧州各国軍の部隊を結ぶネットワーク”の相手国となる小国の軍備は、ドイツ以上に貧弱であるという現実、軍事大国フランスは“、NATO域内の多国間連携にはいつも及び腰”という事情もあります。

反響等については、“今のところ本格的なEU軍にはほど遠いが、今後は規模が拡大しそうだ。”“今のところ、ドイツの統合軍構想は地味で限定的なイメージが功を奏し、オランダやルーマニアの軍がドイツ師団と統合しても、欧州内で反対する声はほとんど聞かれない。今後参加国が増えれば政治的な反動に見舞われる可能性はあるが、見通しははっきりしない。”【同上】とのことです。

「EU軍」に関しては、イギリスのEU離脱で流れが加速しています。

昨年6月のイギリスがEU離脱を決める国民投票の結果が判明してからほどなく公表された「EU外交・安全保障の為のグローバル戦略」というEUが歩むべき外交と安全保障の施政方針を示したプランにおいて、NATO軍とは別にEU加盟国だけによる「EU軍」を創設する意向が示されています。

****イギリスのEU離脱が、EU軍創設の動きを加速させた****
・・・・EUのリーダー国のドイツやフランスがEU軍の創設の必要性を感じるようになったのは、特にウクライナ紛争からである。NATO加盟国は28か国あるが、その維持費の75%は米国が負担している。即ち、NATOは実質ヨーロッパの米軍のようなものである。しかも、最高司令官は常に米国の軍人が就くことになっている。

NATOのブリードラブ前最高司令官は、米国からウクライナに武器が十分に供給される目的でロシアからの脅威を捏造していたことが、ハッカーによって、彼の1096通のメールの分析から判明している。彼の提供していた情報が疑わしい情報元からのものであったことも明らかとなっている。

また、メルケル首相もロシアと戦争を急ぐ当時のブリードラブ最高司令官と常に対立していたという。その結果、EUは米国と一緒になってロシアに制裁を課すことに繋がった。

しかし、その影響は米国ではなく、EU加盟国に多大の損害となって表れた。ロシアがEUからの大半の輸入を禁止したからである(「SLAVYANGRAD」)(「Sputnik news」)。

この出来事を教訓に、EUは独自の連合軍を創設して国境のコントロール、イスラムテロやそして敵対するロシアとの取り組みなどに米国の為ではなく、EUの為の連合軍の創設の必要性を強く意識するようになった。
米国とロシアの対立の犠牲になったのがEUであると、EUは受け止めたのである。

しかし、この創設の妨げになっていたのが英国であった。そして英国のEU離脱が決定したことによって障害が取り除かれたことになったのである。しかし、英国はEUから離脱するまで、このプランに反対する意向である。

EU軍の創設の軸となっているのはドイツとフランスである。オランド仏大統領は、「米国に依存することなく、EUは自ら守らねばならない」と9月のEU首脳会議に臨む前に述べた(後略)【2016年10月14日 白石 和幸氏 The News Standard】
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アメリカに頼れない(頼るに値しない)という考えは、何もメルケル独首相に突然降ってわいた訳でもありません。
(トランプ大統領への不信感が、そうした考えを著しく助長していることは確かでしょうが)

もちろん、前出のドイツを軸とした軍事力統合にせよ何にせよ、EU軍的なものを作っていく試みは、反EU感情が強い中で、国家主権との調整を含めて、様々な現実課題をクリアしていく必要があるでしょう。

フランスが進めるユーロ圏共同債券発行
一方、経済面における統合深化の動きはフランスが乗り気なユーロ圏共同債券発行の話です。
特に、フランスのマクロン大統領誕生で期待が膨らんでいるとのことですが、こちらについてはドイツには以前から慎重論・反対が根強くあります。

****マクロン氏勝利で再燃するユーロ圏共同債への期待*****
フランス大統領選でのマクロン氏の勝利は、ドイツの強硬な反対を突き崩しユーロ圏としての共同債券発行へと向かう大きな一歩となるかもしれない─。選挙結果を受け、ジャック・デルプラ氏はロイターにこうした受け止めを語った。

デルプラ氏はユーロ圏の中で財政状況の悪化しているメンバー国がの債務危機に陥るのを防ぐため、2010年にユーロ圏共同での借り入れに関する計画を取りまとめた1人だ。

ユーロ圏での国政選挙におけるポピュリスト支持の高まりは、2011─12年の欧州債務危機以来の試練だ。
7日の大統領選で欧州連合(EU)支持のマクロン氏が極右政党・国民戦線(FN)のルペン候補を大差で破ったことは、EUが財政・経済上の結びつきを強めることに期待を抱かせる結果となった。(中略)

マクロン氏のユーロ圏債に対する姿勢は明らかではないが、マクロン氏に近い筋によると、同氏はユーロ圏としての予算の枠組みを創設することを望んでおり、これは共同での借り入れにつながるとみられる。マクロン氏はこうした見方を2015年6月の英紙ガーディアンで、ドイツのガブリエル現・外相との共同コラムで示している。(中略)

<ドイツの反対>
マクロン氏の勝利はドイツでは喝采を持って迎えられ、ドイツのユーロ圏債に対する反対は弱まるとの見方も出ている。(中略)

ドイツはユーロ圏メンバー国の共同での借り入れには反対し続けてきた。経済危機に陥ったメンバー国の改革意欲を削ぎ、ドイツの負担が増すことが懸念されるためだ。しかし、地域銀行がその国の国債を過剰に抱えるリスクに対応する必要性は認めている。

そこで、デルプラ氏が唱えるような共同保証によるものではないが、国債に代わって銀行が保有できるような、ユーロ圏横断的な代用合成資産としての「安全」債券の選択肢が浮上した。

ピクテのシニアエコノミスト、フレデリック・デュクロゼ氏は、フランスとドイツとの間での信頼感が増すことの方が、どういった債券にするかといった細部よりよほど重要だと指摘。

「マクロン氏がフランスの次期大統領に決まっているだけに、ドイツの国政選挙後がチャンスだ。ユーロ圏債も含めた全ての選択肢を議論するという交渉戦略で臨み、相手の主張との間を取った、安全債権的なもので決着を目指すことになるのではないか」と予想してみせた。

一方で、ユーロ圏債をどういった構成にするのかを巡る意見の隔たりは大きく、フランス、ドイツ両国の国政選挙が終わった後の今年後半にさらに突っ込んで議論される可能性があるとの見方もある。

とはいえ、たとえ独仏間で合意に達したとしても、依然としてユーロ圏のその他の17カ国の承認を得る必要があるとみられる。リトアニアのシャポーカ財務相が、共同引き受け債発行に関し、機は熟していないとロイターに語るなど、容易な道のりにならないのは確実だ。【5月8日 ロイター】
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マクロン大統領は選挙戦で、ユーロ圏には改革が必要である、独仏協力してユーロ圏を強化しないと10年後にはユーロは消滅するかも知れないと言ったことがあります。

マクロン大統領の考えについては、「ユーロ圏はユーロ共同債の発行で調達する資金で賄うそれ自身の予算を持つ必要がある。この予算で成長のための投資を行うとともに、経済困難に陥った加盟国に対する財政支援を行う。この予算の執行のためにユーロ圏の財務相を設け、財務相はユーロ圏議会に責任を負うものとする」といったものとも。【6月2日 WEDGEより】

ドイツへの負担が大きくなりかねない・・・と危惧するドイツは、従来こうした考えには否定的ですが、もしマクロン新政権が政権運営つまずけば、あるいは結果を出せなければ、次の選挙でルペン氏を阻むものはもう何もない・・・という情勢で、フランスとの協調を重視せざるを得ないということもあります。

なお、「ユーロ圏共同債」については、以下のように説明されています。

****ユーロ圏共同債とは****
ユーロ圏共同債とはドイツ、フランスなどをはじめとする欧州連合加盟国が共同して発行する超国家的な債券のことを指します。(中略)

ユーロ圏共同債は単独の国よりもっと大きな主体が発行する債券なので一般論として国債よりも更に信用力があると考えられています。

欧州連合加盟各国が超国家的にひとつになって共同の債券を出せば「借金のコスト」、つまりユーロ圏共同債の発行時の利回りが低くて済むと想定される理由はこのためです。(中略)

ユーロ圏共同債が実現した場合、ユーロ加盟各国は決められた負担率(例えば欧州中央銀行資本分担比率など)に応じて国家の税収の一定額をユーロ圏共同債の利払いや元本の返済に充当することになります。

その場合、それぞれの国の国債の利払いや元本の返済よりもユーロ圏共同債への支払いが優先すると考えるのが自然ですが、この部分は今後ユーロ圏共同債構想が具体的に詰められる過程で議論されることになると思います。

もしユーロ圏共同債への支払いが優先する(=これをシニアといいます)となるとそれは国家の財政権をユーロという超国家的上部構造が制圧する構図になります。

「財政主権を侵害される」という危惧を個々の国が抱くのはそのためです。(中略)

これまでの欧州連合(EU)は「中央銀行は持つけれど、財務省に相当する機関は存在しない」という体裁を取ってきました。ユーロ圏共同債の発行はその既成秩序をなし崩しにし、事実上、欧州財務省に相当する機能の存在を認めることになります。

つまり欧州はユーロ危機に直面して「ユーロから弱い国がどんどん脱落するのを許すか?それともいっそのこと今まで以上に緊密に連携するか?」の選択を迫られているわけです。【http://markethack.net/archives/51759960.html
*********************

「EU軍」同様、本格的なものとなると実現のためのハードルは越えがたい高さになりますが、“フランスとドイツとの間での信頼感が増すことの方が、どういった債券にするかといった細部よりよほど重要だ”ということでしょう。
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ベネズエラ  「飢餓債」購入で国民弾圧政権の延命に手を貸す「資本には心はない」ゴールドマン

2017-06-01 22:10:52 | ラテンアメリカ

(ゴールドマン本社前で「飢餓債」購入に抗議する人々【6月1日 Bloomberg】)

1日3回食べられるベネズエラ人はさほど多くはない
南米ベネズエラで“チャベスなきチャベス路線”を続ける反米・急進左派マドゥロ政権の無理な価格統制やバラマキ、そして主要輸出品である原油の価格下落による経済破綻(物価上昇、食料・日用品・医薬品の品不足、通貨下落、財政逼迫)、また、そうした状況への国民不満を押さえつけての強権的な居座り、それに対する国民の退陣を求める抗議行動などについては、このブログでも再三取り上げてきました。

最近では、「糞便瓶」が飛び交う状況などについて、5月12日ブログ“ベネズエラ 居座るマドゥロ大統領、新憲法制定を画策 連日の抗議行動で増える死者 「糞便瓶」も”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20170512など。

混乱が相変わらず続いています。
その“耐えがたい日常”生活について、昨年7月まで6年ほどベネズエラに在住した風樹茂氏が【WEDGE】http://wedge.ismedia.jp/articles/-/9627で詳しく報じています。

リアルな日常生活における困難については原文をあたってもらうことにして、一部だけ抜粋します。

****破綻国家ベネズエラの耐えがたい日常 異形の国家が生き延びる理由****
ファシズム政権の暗部を隠す広告燈の役割も担っていたオーケストラ、エル・システマのバイオリン奏者Armando Cañizales(18)も抗議中に銃弾を受け殺された。
 
政治活動や言論の自由を求めて、何十万、何百万という国民がデモを行うことは、めったにない。独裁政権でも、それなりの生活が保障されていれば、国民はさほど文句を言わない。

ベネズエラでは、国会の立法権の剥奪の試み、大統領選出馬阻止を目的とする野党リーダー、エンリケ・カプリレスの政治活動15年の禁止と、その事務所への放火などをきっかけに、マドゥロ大統領退陣を求める大規模な抗議行動が3年振りに広がっている。

底流には何があるのか? 昨年7月まで6年ほど留まっていたベネズエラの耐えがたい日常を報告する。

電気も水もない 銃弾はある
土曜日の午前中にテレビでチャンピオンリーグの試合を見ているとき、突然、停電となった。途上国では珍しいことではない。水不足に加え、送電網や変電所の整備不備、盗電なども重なり、計画停電が続いている。

だが、実質無計画停電。いつ復旧するのか? 1日、2日、3日と続くことがある。電気がないとポンプが働かず、水も出ない。トイレの水も流れない。食事も作れない。シャワーも浴びられない。カリブの暑さは格別だ。たちまち汗がたらたらと落ちて行く。(中略)

自宅に戻ってから、自転車でパン屋とスーパーマーケットをはしごする。残念ながら、パンはどこにもない。小麦が手に入らないのだ。

でもラッキー! 2週間ぶりでスパゲティを見つけた。4000ボリバル、あっという間に価格は2倍になっている。5つ買えば、ベネズエラ人の月給はふっとんでしまう。
 
トイレットペーパーを買いたかったので、中国人経営の雑貨屋にも寄ってみた。ところが長蛇の列。紙おむつ、シャンプー、石鹸、鶏肉、トウモロコシの粉(アレパという主食を作る)などの価格統制品を買うための闇商人と普通の人たちだ。

身分証明書の番号によって、購入曜日が限られている。筆者は、日曜日と金曜日。だがめったに並ばない。
 
暑い日差しの中、早朝5時から3時間、4時間と並んでも、購入できる保障はない。途中、必ずといっていいほど、列のどこかでイライラが募り、小競り合いが始まり、警官の出動となる。あるいは略奪が始まる。人間の尊厳など皆無の長い長い不幸な苦役だ。だから、路上などで闇商人から数倍の値段で購入する。(中略)

時折、数カ月ぶりかで、友達に会うと驚く。ふっくらとしていたはずなのに、痩せて一回り小さくなっている。1日3回食べられるベネズエラ人はさほど多くはない。(中略)

どの店にも薬も注射液も存在しない。外貨不足で輸入できない。
 
国際金融市場にはベネズエラのデフォルトの噂が数年前から流れ続けている。けれども腐敗しているがゆえにこそ政府はどんな手段を使っても返済する。

もしデフォルトとなり政府が国際管理になったならば、政権は崩壊する。国家反逆罪、人権侵害、麻薬密売の罪が待っている(=『家に食べ物がなければ、盗むほかない 犯罪立国の謎(その1)』参照)。外貨は借金返済のためにある。(中略)

ベネズエラ国民の悲劇
10カ月が経過した。さすがのベネズラ人も我慢の限度にきたようだ。全土で何十万人もの人間が政府に対する抗議デモを1カ月以上続けている。

ところが、彼らを待ち受けているのは、催涙ガス、時に実弾、装甲車による轢殺、そして拷問の待つ刑務所だ。その上、犯罪集団がここぞとばかりに商店略奪へと繰り出す。
 
あっという間に犠牲者の数が10人、20人と増えて行った。憎悪の炎が一層盛り上がる。若者たちは糞爆弾や火炎瓶の投擲で装甲車に挑み、治安部隊の何人かを血祭りに上げる。

催涙ガスが実弾へと変わり始める。30人、40人、50人と犠牲者が増える。医師を目指していたのエル・システマのバイオリン奏者も射殺される(5月3日 若干18 歳)。治安部隊の側にも1人、2人と死者が出る。
 
このような時にこそ、ファシズム独裁政権(『民主政権下でのハイブリッド型ファシズム独裁の作り方』参照)はその真価を見せる。

マドゥロ大統領はサルサを踊り、新たな憲法を作ると宣言した。自信たっぷりだ。コカイン利権に深く関与する軍と治安警察が裏切ることはありえない。彼らの真の役割は国内反対勢力と国民の弾圧である。
 
もし万一彼らが裏切ったときは、チャべスが飼いならしてきた民兵がいる。もしも民兵に裏切られた時は、キューバの警護隊が政府高官と大統領を守る。ベネズエラ政府は盤石の態勢に見える。
 
その上、国際社会は北朝鮮と同様にベネズエラ政府の崩壊は望まない。

共産主義の変種チャべス主義を信奉し、反米なのにアメリカとの交易が25%以上を占め、トランプ大統領に献金し、スホイ戦闘機など最新兵器はロシアから買い、石油資源は半ば中国の担保に入り、政治はキューバの指示を仰ぎ、世界一の石油埋蔵量を持つのにガソリンを輸入し、国際金融への債務は必ず返す。

そのような政権はさほど悪いものではない。悲惨はすべて国民に負わせる。こうして、異形の国家は生き延びて行く。
 
かつてチリのピノチェト軍事独裁政権下の終末時に「Por No! =独裁にノー!」というクンビアの歌が全土に流行った。今はせめて国際社会にこの歌が流布されるとことを希望して。「ミスユニバースの国の自由へのバラード」
http://www.el-nacional.com/videos/protestas/video-conmovedor-las-heroinas-abarrotaron-las-calles-caracas_26386【5月27日 風樹茂氏 WEDGE】
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【「ベネズエラ庶民の苦しみから手っ取り早く一儲けすることにした」ゴールドマン
“ベネズエラほぼ内戦状態 政府保管庫には大量の武器<権力の座にしがみつこうとする一人の独裁者のせいで、経済と政治の危機から戦争状態へ>”【5月23日 Newsweek】といった記事もありますが、耐えがたい混乱にもかかわらず政権が維持されるのは、単に“権力の座にしがみつこうとする一人の独裁者のせい”ではなく、マドゥロ大統領を頂点とする周辺既得権益層、軍、警察、そして民兵組織という“権力構造”が存在するからです。

マドゥロ大統領個人はその中のひとつの駒にすぎず、場合によってはマドゥロ大統領を辞職させ、首をすげかえて体制の維持をはかることも行われるでしょう。

また、現体制を支えてきた中国・ロシア・キューバなどは別にしても、国際的にマドゥロ政権を批判する欧米諸国は多々ありますが、“国際金融への債務は必ず返す”限りは、なんだかんだ言われながらも延命が可能にもなります。

現体制にとって命綱ともいえる借金返済のための外貨獲得に、アメリカ・ニューヨークに本社を置く世界最大級の投資銀行「ゴールドマン・サックス」が加担しているとして批判を浴びています。

****ベネズエラ反政府デモ、米ゴールドマンに飛び火****
体制を支える「飢餓債」購入に怒り、マンハッタンの本社前で抗議へ
(英フィナンシャル・タイムズ紙 2017年5月31日付)

ベネズエラ政府に抗議している野党勢力の幹部らは、窮地に立たされている同国からほぼ30億ドル相当の債券を購入したことで米ゴールドマン・サックスを非難し、これは他人の不幸からカネを稼ぐ利己的な行為だと訴えている。

デモ隊は彼らが「飢餓債」と呼ぶ証券を購入したことを批判し、マンハッタンにあるゴールドマンの本社に押し掛ける準備をしていた。

ベネズエラは経済・政治危機に見舞われており、国民は食料を買うために行列を作り、病院は医薬品不足を報告している。インフレは3ケタに達している。国際通貨基金(IMF)の試算では、ベネズエラ経済は昨年18%縮小しており、2017年も大幅な経済縮小が見込まれている。

反体制派のグループはこの2カ月というもの、ほぼ毎日街頭に繰り出し、不人気なニコラス・マドゥロ大統領を退陣させるための選挙実施を要求している。

外国企業はおおむね、投資をやめた。ベネズエラは債券償還資金をまかなうために外貨準備に手をつけており、同国の外貨準備高は4年前にマドゥロ氏が大統領に選出される前の300億ドルから100億ドル程度まで減少している。

ゴールドマンは先週、資産運用部門のゴールドマン・サックス・アセットマネジメント(GSAM)を通じて流通市場で問題の債券――ベネズエラの国営石油会社PDVSAが発行したもの――を購入した。

米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、GSAMは最近までベネズエラ中央銀行が保有していた28億ドル相当のPDVSA債を約8億6500万ドルで購入したと報じている。

GSAMは投資を擁護し、債券はあるブローカーから買ったもので、ベネズエラ政府とは接触していないと述べた。問題の債券は同社がクライアントのために運用するファンドや口座で保有されるという。

「状況が複雑で変化していること、ベネズエラが危機に陥っていることは認識している」。GSAMは声明でこう述べた。「ベネズエラの生活が改善されなければならないことには同意する。改善されると考えているからこそ投資した面もある」

ブルームバーグのデータによると、PDVSAは2014年に発行した債券に6%の利率を払っている。

ベネズエラの閣僚経験者で現在は米ハーバード大学の国際開発センター長を務めるリカルド・ハウスマン氏は、ゴールドマンは大幅なディスカウントで債券を買ったことから48%の利回りを期待できると指摘する。

「この債券は飢餓債だ」とハウスマン氏は言う。「ゴールドマンは人権について、守ることを誓った指針を出している。今回、自ら立てた誓いを破った」(中略)

野党議員のフリオ・ボルゲス氏はゴールドマンのロイド・ブランクファイン最高経営責任者(CEO)に宛てた公開書簡で、ゴールドマンは「ベネズエラ庶民の苦しみから手っ取り早く一儲けすることにした」と書いた。

「ゴールドマンが政権側に与えた金銭的な命綱は、国の政治改革を求めて平和的に抗議している何十万人ものベネズエラ国民に対して振るわれる残忍な抑圧を強める役目を果たす」。(中略)

今回のデモは、ロウアーマンハッタンにあるゴールドマン本社に抗議者が集まる最新の事例となる。今年に入ってからは、デモ隊が、ゴールドマン出身者らがトランプ政権の最高幹部職に就くことに抗議した。【6月1日 JB Press】
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“債券はあるブローカーから買ったもので、ベネズエラ政府とは接触していない”とのことですが、“最近までベネズエラ中央銀行が保有していた”ということからして、間に入ったブローカーも最終的にゴールドマンが引き受ける前提であり、実質的に資金はゴールドマンからベネズエラ中央銀行に入った・・・ということではないでしょうか。

仮に、単なる市場での債券購入だとしても、そういう購入者がいることで結果的に債券発行が容易になり、ベネズエラ側の外貨獲得が維持されるという構図はあるでしょう。
債券取引とは全く縁がない貧乏人なのでよくわかりませんが・・・・。

“改善されると考えているからこそ投資した”云々にいたっては噴飯もので、再建を安く買い叩くことで、“ベネズエラ庶民の苦しみから手っ取り早く一儲けすることにした”というのが実態でしょう。

ゴールドマンは、自分たちが支えるマドゥロ政権は抗議行動を徹底弾圧することでこの先もしぶとく生き残ると判断しているようです。

「飢餓債」の購入を止めるようにとの運動は8カ月前に始まったもののようで、ゴールドマンはそうした批判・抗議があることを承知で購入に踏み切ったようです。

結果的に、世界の注目を集めることで、ゴールドマンは抗議行動の存在を世界に広める“貢献”をした・・・とも。

****ゴールドマン、ベネズエラの「飢餓ボンド」運動に期せずして貢献****
ベネズエラの「飢餓ボンド」運動は開始から8カ月間、あまり前進しなかった。

非人道的政権への支援となる債券への投資をやめるよう国際的投資家に働きかけ、少なくとも同国の窮状の認知度を高める取り組みだが、この運動の名前すら少数の専門家の中で知られているだけだった。
  
そこへ、米ゴールドマン・サックス・グループが国営企業の社債に大きく投資した。全ての抗議運動には引き立て役が必要だが、過去に何回もこの役回りを果たしているゴールドマンが今回も役割を演じ、運動は一躍知名度を増した。

ニューヨークの同社本部ビル前では30日、デモ参加者らが「飢餓ボンドを買うな」とシュプレヒコールを繰り返した。飢餓ボンドの名前がインターネット上を駆け巡り、数々のツイートや飢えたベネズエラ人が食べ物を探す画像が登場した。

知名度アップでベネズエラ債ボイコットが成功するとは限らないが、昨年この運動を開始したベネズエラのビジネスマン、ホルヘ・ボッティ氏は大喜びだ。

「資本に心はないと友人たちは言うが、世界には違う機能の仕方もあると思う」と言う同氏は、運動が「少し世界に響き渡り始めるだろう」と述べた。【6月1日 Bloomberg】
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国民を銃弾で押さえつける強権支配政権と“資本に心はない”国際投資銀行の組み合わせは、これ以上はないほどわかりやすい組み合わせです。

2011年の“ウォール街を占拠せよ”運動、大統領選挙でのウォール街批判に乗ったサンダース氏やトランプ氏の躍進もわかる気がします。(なお、周知のように、「ワシントンから腐敗したウォール街及び政治に影響を与える富豪支配層を一層する」と公約したトランプ氏の政権にはゴールドマン出身者が多数入り、“ゴールドマン政権”とも言われています。)
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