家訓は「遊」

幸せの瞬間を見逃さない今昔事件簿

蓼科 奈良井 高遠

2009-04-15 05:42:54 | Weblog
スポーツ吹き矢磐田支部の旅行に行ってきた。

サントリー白州ディスティラリーに寄った。

私が大をしている間に皆はガイドと一緒にバスに乗って出てしまった。

案内所に行くと私だけ車で送ってくれた。

さて追いついてみると誰一人として私が居なかったことに気付く人はなかった。

そんなに影が薄いのかと少し心配になった。

さていよいよウィスキーの試飲タイムが来た。

嬉しくて。

だがサントリー側も、そう易々と、ただ呑みさせてはくれない。

「それでは皆さん水を比較試飲してみてください。今から、ここの工場で詰められた天然水のペットボトルをお分けします。それをコップに移し既にコップに注いである物と比較してみてください」と言われた。

真っ正直に味を見る。

少し苦味を感じたが、ほとんど変わらない気がした。

硬水、軟水などの説明を聴き、さんざん水を飲んでから、やっとウィスキーが出てきた。

50%白州ウィスキー 50%天然水 の割合いで作った水割り。

美味しかった。

恥ずかしげもなく出て行ってお替りした。

でも「ロックでください」というオヤジもいた。

残念ながら仲間だった。

蓼科は某有名車メーカー系の保養所に宿泊した。

従業員の教育がいいねえ。

挨拶が良いなんて当たり前のことを誉めなくてすむ。

本当に客に対して誠意が伝わる感じがした。

おかげで夕食は楽しかったこと。

美味しさにかなりプラスされた。

しかも安価だ。

翌日、木曽路は奈良井の宿に行った。

家具を修理している職人と長々話しこんでしまった。

彼はパーキンソン病を患っているが揺れる手や頭を押さえ込んで色紙を書いてくれた。

たまたま入って来た吹き矢仲間の女性の書いてもらいたい言葉が、

「一日一生」だった。

私の尊敬する酒井雄哉大阿闍梨の言葉だった。

この店に、その酒井雄哉大阿闍梨が2回目の千日回峰行を終えた後立ち寄り、その後ずっと連絡をしてくれていると言ってアルバムを見せてくれた。

御主人も我々に何かの縁を感じたようで次々に色紙を出してきては筆を滑らせるのだった。

奥様も自家製の漬物を袋に詰めて持たせてくれた。

高遠のサクラを見に行った。

混み合う所の嫌いな私だから自分で立てる計画の中には絶対にこの場所は無い。

さて現地に到着するとやはりメチャメチャ混んでいる。

シャトルバスで向かうが帰りのバスを待つ長い長い列を見て愕然とした。

「下りたくない。このまま帰りたい」と正直感じた。

サクラの大木がこれほど密集している場所を他に見たことが無い。

山が全て満開のサクラだ。

サクラの中にドップリと浸かっていると何故か遠くに見えている緑の山の中に1本だけ見えているサクラの方が価値あるように思えてくるから不思議だ。

場外で絵描きをしている人物と話をした。

彼もちょうど話をしたくなった頃だったのだろう。

筆を洗って置くと、いろいろ喋り始めた。

絵から始まって政治の裏話しが多かった。

「何故そんな詳しいことまで知っているの?あなたは何者?」

と言いたくなった。

「絵描きに身をやつしてはいるが実は」というスパイ物語の中に入り込んだようだった。

「どんな一日であっても、今日の自分は今日で終わり、明日はまた新しい自分。どこで断ち切られても、自分の一生だったといえる今日の一日でありたい。だから、今日も黙々と、日々の勤めをこなしていく」という酒井雄哉大阿闍梨の言葉を聞いたばかりであったが華やかなサクラの宇宙の中でブラックホールとでもいうような政治の裏話を聞くとは思いもよらなかった。

出会いを感じることが立て続けに2度。

「今日も濃く生きた感」があった。