19の時、小学校のクラス会に行ったことがある。帰り際「ただ拡大しただけだな。」と言われた。今思うと小学時代散々遊んだ彼には判ったのだろう。私は無段階で今に至っている。思春期に黙り込んで遠くを見る目になったり、そんな変化がまるでなかった。工芸学校時代の同級生の工房に、卒業以来、数十年ぶりに遊びに行った時、結婚し、子供も持って、長年地元に根付いて工房を営んで来た彼は、私があまりにあの頃のまま現れたので、戸惑って慣れるまで時間がかかった、と後日聞いた。ポール・マッカートニーがビートルズ解散後、ジョン・レノンのアパートにギターを持って尋ねた。ジョンは「195○年じゃないんだから前もって連絡してくれ。」ジョンだからそうしたんで、誰に対してもそうする訳じゃないよな。 昨日のブログに書いた〝鍵っ子の空想世界。あそこに寒山が住う天台山が存在し、その記憶を求めて、ここに至ったような気がした” 寒山拾得を手掛けて以来、薄々気が付いていたことだが確信に変わりつつある。短期間で寒山拾得を百二点も描いた人に、どうだったか聞いてみたいものである。