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「おかあさんやすめ」は、時代遅れ?

2005-07-17 23:15:33 | ライフスタイル
讀賣新聞のWEB版に「教育ルネッサンス」という連載がある。
今回は和食が育てる体と文化と言う記事がUpされている。

「おかあさんやすめ」が、子供たちに人気のあるメニューだと言われて久しい。
一応、そのメニューとは・・・
お:オムレツ
か:カレーライス
あ:アイスクリーム
さ:サンドイッチ
は:ハンバーグ
や:やきそば
す:スパゲッティー
め:麺類、ラーメン、目玉焼き
のこと。
あまり噛まなくても、食べやすいメニューと言われている。
と同時に、作りやすくコンビニエンス・ストアーなどでも気軽に子供たちが買えるメニューのように思う。
何も、これらのメニューが悪いわけではない。
そこにある問題点は、なんだろう?

この記事にあるように子供たちの食環境の変化は激しい。
食物アレルギーの子供たちは、年々増加の一途だとも聞く。
幼稚園や学校給食の場では、食物アレルギーを持っている子供たちに対して一般給食とは別のメニューを提供していると言うところや、お弁当を持参するという場合があると言う。
それが、一種のいじめの対象になると言う話もあるようだ。
確かに、和食の多くはアレルギーの対象となる食物が少ない。
その為、クラス全員が同じ物を食べると言うことが可能となる。
でも、それだけでいいのだろうか?
実際、毎日食事を作るお母さん達はどうなのだろう?

この季節、スーパーマーケット等の店頭に桃が並ぶ。
その良い香りに誘われて、思わず手にとってしまいそうになる。
しかし、桃は傷み易い果物なので「ジッ」と観て、熟れ具合を判断するしかない。
ところが、10年ほど前から平気で触っているお母さんの姿を、頻繁に見るようになった。
私が子供の頃には、考えられないような風景。
きっと、彼女達は子供の頃に「桃は触ったところから傷みがくるから、触っちゃダメ!」といわれたことが無いのだろう。
私事ではあるが、幼稚園児くらいの頃、母と買い物に行くたびに「桃は、傷みやすいから触っちゃダメ」とピッシャと手を叩かれていた。
食事の大切さと言うのは、こういうところから始まるのではないだろうか?
「和食」を食べるにしても、元々の素材や調理方法を知ることで「アレルギー食物」を知り、代替となる食べ物や調理法の工夫が出来なくては、意味が無いような気がする。
何も、お母さん一人だけの問題ではない。
お父さんも、同じだと思う。
「食べる」というのは生活の基本だが、そこには「合理性」や「利便性」とはかけ離れた行為がある。
だからこそ、子供の頃の(家事)手伝いは、大切なのではないだろうか?

もうすぐ夏休み。
子供たちに、スーパーマーケットで食品の買出しや調理の手伝いをさせる時間に、当ててみてはどうだろう?
それも大切な「夏休みの思い出」になると思うのだが。