昨夜と今日、テレビで「白虎隊」をやっていた。
「行ったよね、飯盛山。」
絶対忘れているぞ、という雰囲気のルート君に言うと、
「あの、エスカレーターで途中まで行く所でしょ。」と、覚えていたみたい。2003年10月、そのときもやっぱり受験生だったルート君を連れて会津に行ったことがある。
町が燃えているのに、城が燃えていると勘違いして死んでいってしまった少年兵たち。涙を誘うが、どうして、立派に死んだと言えるのだろうか。
あの時私は、齢の近いルート君を見ながら、その彼の横顔に「白虎隊」の少年達の姿を想い描いてしまった。幼きゆえに死に急いでしまったとしか思えない。16歳の少年に「幼き」と言う言葉は普通は使わないかもしれないが、どうも自分の子供が男の子だと使うことが多い。
幼きと言う言葉は「純」と言う言葉に置き換えられるのかもしれない。
その時、そんなことを考えながら暗くお線香の匂いの絶えない飯盛山から、城下を見下ろしていた。
「城が、城が燃えている。」少年の声がする。
すすり泣く声もする。純粋な彼らからは、殉じて死ぬと言う考えを外す事は出来なかったのだろう。
だけど、「白虎隊」の名は会津の歴史の象徴として、人々の心に残っている。
ちょうど、その会津に旅行に行った頃、役にもたたなかった英会話教室なんかに通っていた。そこの先生は、とっても気の合う大好きな先生だったが、
「白虎隊を知っていますか。」と一応英語で聞いてみた。知らないと言う。まぁ、そうかもねと思い
「新撰組は知っていますか。」とワンパターンな感じで聞いてみた。やっぱり知らないという。じゃあ、明治維新は・・・知らないんだって。ついでに忠臣蔵って知っている? 知っているわけないずら。
―ナァ、おい。5年も日本にいて、日本が大好きとか言っているのなら、おすしの味ばかり覚えていないでさ、もう少し日本語覚えてさ、、日本人の心ここにありみたいな話に興味持つとか、歴史を知ろうとかしろよな。― と言ってみたかったが、英語でいう自信がなかったので、変わらずにスマイルマークのような顔をしていた私・・・あぁ。
でも、たかだか5年滞在のイギリス人なんか責めるのはおかしいのかも知れない。日本人である私達、又はその子供達は、かって日本で何があったのかをどれだけ知っていると言うのだろう。
ドラマを観ていての感想は、
―教育は怖い。
―自分の本当の気持ちも、表す事ができない時代は怖い。
― リーダー不在は怖い。
さまざまな恐怖がそこにあった。だけど、「死ね、死ね、死ね。」と言う母たちの言葉は「生きて、生きて、生きて」と私には聞こえてきた。
浅野ゆう子演じる家老の妻の最後には涙が出た。
主人公が生きることの大切さを知った後 は、感動度が一気に加速したような気がした。
薬師丸ひろこの母は素晴らしかった。その母の臨終のシーンも涙が出た。
―立派に死んだー
拒みたくなるような、それでいて死を受け入れやすくする不思議な言葉だと思った。