お出掛け日記など滞っていたものを、遡って書いています。映画館で見た映画の感想も書くようにしているのですが、3つほど書いていませんでした。
感想を書いても、もう映画館での上映は終わっているので、映画館での映画選択にはお役には立たないと思いますが、レンタルなどの時などにはお役に立つと思います。
この「永遠の門」は昨日までだったら、都内3館で上映していたのですが、はっきり言って個人的には、お勧めしたとしたらそうとうの無責任な感じになってしまうので、今から書くのでちょうどイイナと思っているんです。
いや、良い映画ですよ !!
だけど私・・・・・・
寝ちゃった !!!!!
しかも何度も。
いいえ、頑張りましたよ、ワタクシ。映画を愛してますから。しかもケチなので、寝てしまっては入場料が勿体ないと思う方ですから、寝まい寝まいと頬を摩ったり手もみしたり、だけど意識が飛んじゃうのです。
で、隣を見ると、友人が寝息を立ててる・・・・・・。
だって、この映画、罠のようなもの。
美しい映像じゃん。
静かな語り口じゃん。
語られるセリフ・・・・「なぜ、絵を描く。」
と言う禅問答のような内容の繰り返し。
(モデルまでが画家に聞くかよ、まったく~って思いました。でも後から絵をよく見ると、それを聞いたのは医者のガシェなのね。)
そしてそこにだね、ピアノのBGMがボロロンと入るんだよ。
バババ♪バババ♪ じゃなくて、ボロロンだよ。
オーケストラのジャジャジャーンじゃなくて、ボロロンなんだよ。
これって、あれに似ているなと思いました。つまりお風呂に入って、「あー、気持ち良い~!!」って、次に寝ちゃってることがあるでしょう。あれって、気絶しているらしいですよ。
まさにこれと同じ。セリフを真剣に聞いていて、そこにボロロンとピアノの音が入ると、意識が飛んでいるんですものね。
と言うわけで、人には勧められない理由は、良く寝られる映画だったからです。
誘ってしまった友人に悪かったなと思ったら、近頃、良く寝られていなくて、ここですっきり寝る事が出来て良かったという感想。しかも好きな色の黄色が見られて良かったとか、物語的には王道だったねとか、寝息を立てていた割にはちゃんとした感想も出て来て、お主もなかなかやるなぁと思った次第です。
でも私も、何度も気絶をしていた割には、そこそこの感想がありまして、少々書かせて頂こうと思います。
(前置きが長い^^)
御存じのゴッホの物語なので、しかも王道なのでネタバレを気にせず書かせていただきます。
でも私は、本当は知らない事がたくさんあったのです。
まずはゴッホの一番の理解者であった弟の存在です。まったく売れなかったのに、それでも兄の才能を信じて、仕送りを続けて支え続けるのです。
またゴーギャンとの関係も、たぶん多くの人が勘違いしていたのではないかと思われるのですが、もっと底辺には真の友情とか理解とかがあったドラマチックな関係なのかと思いました。ゴーギャンは弟テオに頼まれて、生活困窮から逃れるためにアルルにやって来るのですよね。
そんなゴーギャンなのに、彼が去ってしまうと錯乱して、自分の耳を切り落としてしまうゴッホ・・・・。
きっと彼は心や精神が透明過ぎたのでしょう。
精神病院に入って治療しますが、彼の凄まじい絵は、その狂気が描かせたのかと言えば違うと言う解説をどこかで読みました。どこかと言っても、この映画を見た近辺にです。映画の中で語られたのか、テレビの特集で見たのか、ゴッホ展で言われていたのか・・・・。
ゴッホが絵を描いたのは、精神が安定していた時だったらしいです。
(でも私・・・・という感想はゴッホ展の記事を書く時に描きますね。)
私がこの映画を見て、一番に感じた事は、(私はクリスチャンではありませんが、でも便利に「神」と言う言葉を借りるとするならば)神の時間と人の時間はその長さが違うと言う事だったのです。
人の時間は短すぎて、ゴッホが生きている間にはその絵は一枚しか売れませんでした。
晩年のと言っても享年が若いのですが、展覧会では高い評価を得られるようになってきてはいたのですよね。それでもその絵が万民に受け入られるようになるまでには、まだまだ人の時間の時を待たねばなりませんでした。
だけどきっとゴッホには見えていたのかも知れません。
神の時間の長さにおいてはすぐに、今描いている絵を人々が見て、そしてゴッホの見た風景を共に見る日が必ず来ることが。
だから彼は画家になっての10年の間に、2100点もの作品を残したのかも知れません。
あっ、ハンニバルだと思ったのは、サン=レミにやってきた聖職者でした。
(マッツ・ミケルセン)
彼が言う所の「だけど君の絵は恐ろしい。」、もちろん間が空き過ぎているので、あっイエ、間が空いてなくてもでしたが、セリフは不正確ですが、深く頷いてしまいました。
私にとっては、これはとっても大事なセリフでした。
私の彼の絵に対して踏んできている感覚は、かなりの正当なる感覚だなと感じたからです。絵画鑑賞は若い時からの私の趣味なので、意外と真正面から向き合っています。
ゴッホの絵は、ある時から私にとっては凄い怖い絵でした。だけど今は違います。
噂通り、デフォーのゴッホは、ゴッホそのものに感じました。
アルルにはいつか行ってみたいような美しさがありました。
ゴッホの死因には自殺説と他殺説があります。この映画は・・・・。ここからは言わない方が良いでしょう。いつかネットやテレビで見るかもしれませんから。
彼の葬儀のシーンは、しみじみとした想いとモヤモヤした思いが交錯しました。
出来ない事ですが、この時代に生きていたら、彼の葬儀には参加できる人でありたかったな。タイムマシンがあったら、ここにぜひ紛れ込みたいものだとも思いました。なぜなら・・・・って、これも言わない方が良いですね。
また、家でのんびり、今度は気絶しないようにしっかりと見たいと思います。
(追:この先見ない方もいらっしゃるかもしれませんので、上の部分の書かなかった部分を画像の下に書いておきますね。)
この映画では、他殺説を取っています。彼を誤って撃ってしまった少年たちをかばうために、彼は何も言わずに死んでいくのです。
ちょっと泣けますね。
葬儀の時、棺の周りのたくさんの絵をしみじみと見ていました。最後に彼の絵をじっと見ているのかと思ったら、世話になった方々に絵を差し上げたのですね。だけど人々は貰っていく絵を悩んでいたようです。
私がタイムマシンがあったら、ここに紛れ込みたいと思ったのは、だってですね・・・・・だってですね・・…言い辛い事ですが、だって、今一枚いくらだと思ってるのって、そこにいた人々に言いたいですよね。
私でも、どれにしようかと凄く悩む。だけどどれでも嬉しくてもうお葬式だって言うのにニコニコしちゃうかも。←不謹慎発言 !!!
あっ、でも私、出来たら星月夜の絵か、糸杉がやっぱり良いなあ・・・・。
(11月13日鑑賞)