「日光浴ノート」番外編。
ブログのお友達、キミコさんが私の「日光浴ノート」を読んで、この歌を連想し教えてくださいました。
秋の野 井原義則 2012
最初この歌を聞いた時に、ちょっと怖いような気がしたのです。
「あの子」と言うのは、誰なんだろうー。
座敷ではないので座敷童とは言わないけれど、まるでそんな感じにも感じたのでした。
北原白秋作詞。
彼はどんな気持ちでこれを書いたのかしら。
繰り返し聞いていると、私がちょっと怖いような気がしても無理ないような気がしました。
これは私の感覚なので、もちろん正解と言うわけではありませんが、やはり「あの子」と言うのは、薄い秋の日差しが見せる幻影なのだと思いました。
だから「見たような子」つまり「みたよなあの子」なのかと。
それは過去の自分なのか。それとも大人になるにつれて離れて行ってしまった懐かしい友達の幼い姿だったのか。
または成長してしまった子供の幼かった頃の姿なのか・・・・・・・。
ああ、これはちょっと泣ける。
いずれにしてもその子は、ちょっと走っては振り返り同じ道を歩く私に微笑んでくれるのです。
秋の日のたそがれ時に寂しい野を行けば、黙々と足を左右に出して進んでいくけれど、心の中では誰かと対話していたりするものです。
その誰かとは、過去の自分であり、そして「あの子」の幻影を見るのかもしれません。
この曲を聴きながらマウスをスクロールして、私の「日光浴ノート」の画像を見てみてください。
ちょっと違う風景に見えるかもしれませんね。
女性が歌うバージョンもあります。↓
https://youtu.be/BP62jvg-4D8
この曲は歌う側としましてはどハマリする歌なのです
他に山田耕筰さんの「曼珠沙華」とかブキミな曲もあります
これらは歌う以上は自分なりに解釈がないと歌えない訳で
必死に考え続けるわけなのですが・・・
しかし本当にこの子は誰なんでしょうね??
kiriyさんの解釈はちょっと思いつかなかったかなあ
そうですよね 黙々と歩き続けていると自分と対話していますものね
「見たよなあの子」とかめちゃ怖いですよねΣ(|||▽||| )ヒ!
最後に書いてあったあのユーチューブ
あの女性の方を出したらよかった・・・
私もkiriyさんに勧めてここに貼り付けた後
他のも聞かせて頂いていたんですけど^^;
私もあの方の声の質にもぴったりだし
このページは何度も他の曲を探す時に入っているんですが
この歌が一番よく似合っていました
きっとこの方もこの曲がお好きなんでしょう^^
ところでこの曲は伴奏が難しいのですよ^^;
弾けないわぁ( :ぅ_ぅ)
だからまだ生徒に歌わせていないの( *´ノω`)コチョーリ
YAHOOの質問箱でも、この歌の解釈を教えてみたいなのが載っていましたよ。
教えてもらっちゃうんだと、ちょっとニヤリとしちゃいました。
で、他の人が一生懸命考えてあげてるわけ。
考えた人が学んでいますよね、そう言うの。
「見たよなあの子」「はぐれなあの子」ならどこかで見たことのある近所の子供でも良いのだけれど、それだと
「私の前を」「私のように」と詩人は書くかなって、私は思ってしまうのですよね。
解釈を求めて、ちょっとネット世界をウロウロしていたら「分身」と断定している方もおられて、ちょっと一番共鳴しました。その方のブログはgooさんだったので、今足跡が付くじゃないですか。気まぐれに興味を持たれたら、ここに来てくれるかもしれませんが・・・・
ないか、それ(笑)
「白秋」って自分に名前を付けた方が、秋の野を歩くっていう所にもヒントはあるなと、私は思っています。
女性バージョンもホント、綺麗ですよね。
しかし「曼珠沙華」は聞くだけでも難しい歌ですね。
なんか最後まで聞けない。聴くにも力がいる感じがしますよ、これ(笑)
>ところでこの曲は伴奏が難しいのですよ^^;
えー、そーなんだ。
友達に気軽に「ねぇねぇ、知ってる?弾いて~。」って言おうと思っていたのですが、気軽に言うのは止めておきます('◇')ゞ
いろいろと教えてくださって、ありがとう♪