
久しぶりにNHK連続テレビ小説「あさが来た」を楽しみに見ている。30分ぐらいあってもいいのにな、と思いながら。15分という小刻みな時間で毎日見るには、こちらに期待感がなければ、まったく見る気もしない。2014年の「花子とアン」以来だ。「ゲゲゲの女房」が2010年、2012年には「梅ちゃん先生」を見ていたようだ。こうしてみると、ほとんど見ていないのがわかる。
「あさが来た」のヒロインのモデルとなる広岡浅子という女性を知ったのは、2011年に『負けんとき ヴォーリズ満喜子の種まく日々 上下』(玉岡かおる)を読んだことがきっかけだった。
満喜子15歳。当時の女子最高学府とされる女子高等師範学校に通い、新任教師の津田梅子との出会いの場面から始まっていく。富や地位があっても満たされることがない満喜子だったが、アメリカに留学して帰国後に建築家ウイリアム・ヴォ―リズと出会い、やがて結婚。満喜子の兄嫁の母親が広岡浅子という関係で、満喜子傷心の時にかけてくれたことばが生涯の指針となったとあった。
「負けんときや、おマキさん」 「あのな、勝とうとしたらあかんのどす。大阪は勝たへんのが華。相手を勝たしてなんぼが商売どす。けどな、負けへんのどす。絶対自分に負けんと立っとるのどす」。この言葉が忘れられずに「広岡浅子」の名は記憶された。

昨日、大阪へ行った帰りに、同方向に帰る仲間と大同生命大阪本社で開催中の特別展「大同生命の源流“加島屋と広岡浅子”」を見に立ち寄った。たくさんの資料をいただいたが、目と鼻の先にあるデザインの美しい建物がその会場だったとは。
女性の社会的地位の向上のために専念しながら度々口にしていた言葉が、「個人の目先の欲望のためではなく、社会全体のために必要なことを使命として持とう」だったとか。「一人ひとりが社会のために為すべきことに、男女の別など存在しない」という思いで。
これはまだまだずっと先の展開。まずは、学問好きのお転婆娘が大阪の豪商に嫁ぐまで、どんなドラマに・・・。