
「卯月ばかりのわかかへで、すべて萬(よろづ)の花・紅葉にもまさりてめでたきものなり。」(189段)
こう兼好法師は『徒然草』に記している。旧暦の卯月は現在の暦では今のこの時季で、「この頃の若葉の楓は、すべての花や紅葉にもましていいものである」、と。
鷺ノ森神社の明るい静寂さが満ちた参道。今、この楓の若葉が美しく、仰ぎ見ながら歩く葉は陽を透かして映える。水平に伸びた細い枝が、ゆうらゆうら。紅葉の名所は若楓の名所でもある。緑が目に沁み、やさしい気持ちにさせてくれるお気に入りの場所だが、今日は少しばかり身を取り巻く空気が熱い。暑かった。
『徒然草』ではまた、「世のあはれも、人の恋しさもまされ」と、ある人の言葉に共鳴の思いを述べてもいる。孫のTylerが歌う歌詞が耳に焼き付いていて、〈♪おかあさん おかあさん、おかあさんてば おかあさん…〉と知らず口ずさんでしまっているのだが、私も「おかあさん」と呼びたくなってくる。日に日に青葉の茂りを濃くしていく英気が、母への懐かしさを覚えさせるのかしら。「お母さん」、今一度呼んでみたい。