京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

「年取り」

2017年12月27日 | 日々の暮らしの中で

朝から白いものが舞う、寒い一日でした。
新年の本堂の荘厳のことを思っていたのでしたが、つい先ほど、我が家には木で作られた搗臼と杵とがあったのだ、と思いだしました。

私が嫁いだ年の暮れ、義母の計らいで夫と3人での餅つきを楽しみました。へっぴり腰で頼りない餅つきでしたが、笑いは充分だった。外は雪でした。あのとき1回きりの出番で、子供たちと一緒にしたこともなかったのはどうしてだったか。年を経て、孫たちもいるというのに、と思っても、今や遅し。お祝いの餅、鏡餅、おけそくさんも、すでに注文済みです。蔵のどこぞで眠っているにしても、古くってほったらかし。所詮、使い物にはならない代物でしょう。

おけそくさんとは、ちょうど親指と人差し指で輪を拵えるほどの大きさで、薄い小餅です。華足に盛ってお供えします。聞くところでは、井戸の神さん、火の神さん、おようじ(トイレ)の神さんと、家中の神々に二つ重ねのおけそくさんを供えて回る家もあったようです。(写真はこの秋にテレビでの画像を映したもので、左右に盛られたおけそくさんがみられます)

「十二月三十日の夕刻に…年取りをすることにした」。『還れぬ家』(佐伯一麦著)で、とても興味深く読んだ個所がありました。
入院中の母親に代わって「私」はしぶしぶでも引き受けねばならず生家を訪れます。「年取り」のための「お正月一式」が、風呂敷に包んで奥の床の間に置かれてありました。「私」は、藩主だった伊達家の影響なのだろうか、と飾り付けながら思ったりします。

【〈大國主神〉〈事代主神〉〈五穀豊穣〉〈大年神〉と半紙に刷られた縦長の御神像を長い棒に画鋲で留めてから、踏み台に上がって神棚の右上の横柱の2カ所に引っ掛ける。〈奥津神奥津姫神〉は去年のものと貼り替える。
神棚の載った棚板にはだるまが5個。そのだるまの前に寿の字に海老などが描かれた玉紙を、小さな鏡餅を重しににして飾る。
神棚の扉を開けてお神札を新しいものに取り替える。
神棚には、白皿2つに米と塩。蓋つきの瓶子に酒、水玉に水を用意し、左から水、酒、米、塩の順に並べる。
その両脇に榊を差した榊立。
その手前に蝋燭を立てる。
輪飾りを十ほど作って、注連飾りを玄関の上に飾っ】て、「お正月一式」は飾り終えられました。


私の実家には仏壇と神棚がありましたが、神棚はずっと簡素なお飾りでした。新年を迎えるにあたって、家々に伝わる習わしにもいろいろあることでしょうね。

コメント (4)
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