京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

優しい贈り物

2023年03月02日 | こんな本も読んでみた
すぐれた文章の世界にあるのはフィクションのベールに包まれた真実であり、言葉に置き換えられる作家の理性である。
フィクションすら許せない人は文学から何を学ぶというのであろう。

刊行数が多いわりにすぐれた作品は少ない。作家らしき人が、らしき文体を、らしきものを書いて自画自賛する時代。平成明朝浮薄体とでもいうべき今の文章は軽く読み流せるが、読者が味わうべき日本語の格調はない。
文学が芸術であることを作家も読者も忘れている。


『二十五年後の読書』。
作家・乙川優三郎氏の文学論が随所に、たっぷりと書きこまれている。
物語の展開より、こちらを核とすることで、かなり読みごたえがあった。氏の文章自体が美しい。丹精されている。

旅行業界を52歳で退き、エッセイストから書評家として名声を得はじめた中川響子、55歳。
作家が時に命を削って佳い文章を物することを知るだけに、安易な絶賛で凡庸な書評に迎合したくはなかった。
短い書評も文学に負けない美しい日本語で、文学への愛情に裏打ちされた苦言と賛辞を記したいと思うのだった。


家族を持たずにきて、生涯の縁と思った作家・谷郷敬との別れは響子に孤独をもたらし、不安神経症と診断された。
海洋の小島で療養する響子を見舞った編集者は、谷郷が日本を離れて病床の妻のもとで書き上げた仮綴本を手渡して帰っていった。

文筆家として老化し、文章に艶が失われていることを響子は案じてきたのだが、その作品は25年ぶりになる“谷郷の優しい贈り物”だった。
美しい日本語が続き、それに勝る言葉など見つからなかった。

奔放に人生を送ってきたが、どのような境遇であれ、尊いもの美しいものを追い、道を付けていく。その生きざまもまた良しと思った。
コメント (2)
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