5月3日 続き
昼食後、うまい具合に雨が止んだところでトクマク郊外のバラサグン遺跡へ。
ここで有名なのはブラナの塔。
11世紀、この地方を支配したカラハン朝のミナレットで、現在は24メートルだが地震で崩壊する前は50mあったとされている。
この塔は横のらせん階段を上がった所から内部の階段を使っててっぺんに上がれるのだが
階段は狭くてすれ違いは不可能、誰も降りてこないよう声をかけてからでないと上がれない。
この写真は出口の手前なので明るいが、中は真っ暗。しかも各段の高さが一定ではないので足元を探りながらでなければ上り下りできず、大した高さではないがこれまで上がった塔の中でも一番怖かったかもしれない。
上から周りを見ると塔のすぐ脇にちょっとした盛り上がりが見えるが、これがバラサグンの城塞の跡。
霊廟の土台や小さな博物館の建物も見えるが、天気が良ければ見えるはずの天山の雪山は全く見えず。
この塔の上で景色を眺めていると日本人観光客が上がってきた。
今回の旅で初めて見た日本人ツアー客で、やっと普通の(笑)観光地に来たことを実感。
しかしこの団体が20人以上もいて、塔の上は狭いのに次々上がってきてしまうのには困った。
塔から降りたらまわりの草原に集められた石人を見学。
石人とは6~10世紀の戦士の墓標と考えられているそうで、ひげを生やし、右手に杯、左手に剣を持つ姿がお約束。
博物館の隣のユルトの中はお土産屋さんになっていて
アクセサリーをあさると丸顔のキルギス人のおばちゃんたちの「ハラショー」攻撃にさらされる。
ブラナの見学後は狭い渓谷を抜けてイシククル湖へ。
湖の西端にあるバリクチと言う町に入ると道沿いに魚の燻製を売る露天が並んでいる。
イシククル湖は現在は個人的な漁以外は禁止なので売られている魚のほとんどはよそから持って来た物らしいが、おいしそうなので添乗員におねだりをして、翌日の昼に味見させてもらうことを約束させる。
この後は右手に湖
左手に雪山を見ながらイシククル湖の北岸を走り
ソ連時代からの湖岸の保養地、チョルポン・アタに到着。
もう夕方だが、町の北側にある野外岩絵博物館を見学。
広い野原にごろごろと大きな石が散らばっているのは氷河時代に流されてきたものだそうで、その表面に紀元前8世紀ごろからサカ族やウスン族といった民族が岩絵を残した。
絵柄はユキヒョウやらアイベックス、鹿に狩人とおなじみのもので、最初に見たカザフスタンのタムガリの岩絵に比べるとだいぶ地味。
早々に見学を終えて、今夜の宿は湖岸にあるリゾートホテル。
宿泊棟がいくつも並ぶ大きなリゾートだが、まだ観光シーズン前なので我々の他にヨーロッパからの団体がもう一組来ているだけ。
だから大きなダイニング・ルームもガラガラ、ビールもなくて飲む人はがっかり。
その代わりこの旅で初めてデザートらしいデザートが出た。
明日はもう最終日だけれど。
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昼食後、うまい具合に雨が止んだところでトクマク郊外のバラサグン遺跡へ。
ここで有名なのはブラナの塔。
11世紀、この地方を支配したカラハン朝のミナレットで、現在は24メートルだが地震で崩壊する前は50mあったとされている。
この塔は横のらせん階段を上がった所から内部の階段を使っててっぺんに上がれるのだが
階段は狭くてすれ違いは不可能、誰も降りてこないよう声をかけてからでないと上がれない。
この写真は出口の手前なので明るいが、中は真っ暗。しかも各段の高さが一定ではないので足元を探りながらでなければ上り下りできず、大した高さではないがこれまで上がった塔の中でも一番怖かったかもしれない。
上から周りを見ると塔のすぐ脇にちょっとした盛り上がりが見えるが、これがバラサグンの城塞の跡。
霊廟の土台や小さな博物館の建物も見えるが、天気が良ければ見えるはずの天山の雪山は全く見えず。
この塔の上で景色を眺めていると日本人観光客が上がってきた。
今回の旅で初めて見た日本人ツアー客で、やっと普通の(笑)観光地に来たことを実感。
しかしこの団体が20人以上もいて、塔の上は狭いのに次々上がってきてしまうのには困った。
塔から降りたらまわりの草原に集められた石人を見学。
石人とは6~10世紀の戦士の墓標と考えられているそうで、ひげを生やし、右手に杯、左手に剣を持つ姿がお約束。
博物館の隣のユルトの中はお土産屋さんになっていて
アクセサリーをあさると丸顔のキルギス人のおばちゃんたちの「ハラショー」攻撃にさらされる。
ブラナの見学後は狭い渓谷を抜けてイシククル湖へ。
湖の西端にあるバリクチと言う町に入ると道沿いに魚の燻製を売る露天が並んでいる。
イシククル湖は現在は個人的な漁以外は禁止なので売られている魚のほとんどはよそから持って来た物らしいが、おいしそうなので添乗員におねだりをして、翌日の昼に味見させてもらうことを約束させる。
この後は右手に湖
左手に雪山を見ながらイシククル湖の北岸を走り
ソ連時代からの湖岸の保養地、チョルポン・アタに到着。
もう夕方だが、町の北側にある野外岩絵博物館を見学。
広い野原にごろごろと大きな石が散らばっているのは氷河時代に流されてきたものだそうで、その表面に紀元前8世紀ごろからサカ族やウスン族といった民族が岩絵を残した。
絵柄はユキヒョウやらアイベックス、鹿に狩人とおなじみのもので、最初に見たカザフスタンのタムガリの岩絵に比べるとだいぶ地味。
早々に見学を終えて、今夜の宿は湖岸にあるリゾートホテル。
宿泊棟がいくつも並ぶ大きなリゾートだが、まだ観光シーズン前なので我々の他にヨーロッパからの団体がもう一組来ているだけ。
だから大きなダイニング・ルームもガラガラ、ビールもなくて飲む人はがっかり。
その代わりこの旅で初めてデザートらしいデザートが出た。
明日はもう最終日だけれど。
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それとも、ウォッカならあるとかポン?(笑)
ビールがないのは仕入れが間に合っていなかっただけのようです。バーカウンターがありましたから。
中央アジアでお酒に困ることはないようですよ。
げーっ!
絶対登れない・・・(^_^;)
イシククル湖、大きな湖なのに漁が禁止とは意外ですね
イシククル湖の魚は獲りすぎちゃったので今は漁禁止なんだそうです。
大きな湖なので養殖でもすればいいのにね。