「ぶんぶんぶんはちがとぶ」(村野四郎)という歌があるが、これがミツバチだからいいのであって、もしもスズメバチが飛び回っていたらかなり怖い。この怖さを小説にしたのが貴志祐介の
「雀蜂」(角川ホラー文庫)だ。
この作品の主人公は、安斎智哉というそこそこ売れているミステリー作家。舞台は雪に閉じ込められた山荘。彼が気が付くと、いっしょにやってきたはずの妻の夢子が消えている。そして次々に襲ってくるスズメバチ。外部との連絡手段はすべて遮断されていた。いわゆる「絶海の孤島もの」の変形といえるような作品だ。
彼はスズメバチの姿を見てパニックになる。昔一度スズメバチに刺されているので、今度刺されたら、アナフィラキシーショックで命に関わると思っているからだ。襲ってくるのは、スズメバチの中でも最大のオオスズメバチと、好戦的なキイロスズメバチの2種類。山荘にはスズメバチに対抗するための満足な武器がない。整髪料スプレー、熱湯シャワー、バドミントンのラケットなど、なんとか対抗手段を見つけて、スズメバチ退治に精出す安斎の姿は、どこか滑稽感が漂う。
こんな流れなので、てっきり、昆虫パニック小説なのかと思っていたら、さすがに貴志祐介、最後に驚くようなどんでん返しの結末を用意していた。これで、作品が、昆虫パニック小説からサイコものへと一気に相転移を起こしてしまう。
本作が収録されているのは、角川ホラー文庫だが、いわゆるオカルト的な怖さはない。しかし、べつの怖さははある。虫、特に蜂の嫌いなひとは読まないほうがよいだろう。
☆☆☆
※本記事は、
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