こんばんわ。
カテゴリの検討につきまして、ご意見や励ましのお言葉をいただき、大変嬉しく思います。内容もできるだけわかり易いように、また、楽しめるように考えてまいりたいと思いますので、引き続きご支援のほど、よろしくお願いいたします。
新設カテゴリのEF58ですが、あまり詳細がわかる資料が無いため、機能や形態分析、解説等が困難な状態となっております。したがいまして、ネタ的な内容の切り口になってしまい、詳細が知りたい方からすると物足りなく感じてしまうと思われますが、資料が手に入れば内容を更新するようなスタイルで充実させていこうと考えております。
では、今日は高崎第二機関区所属の130号機の画像をご覧いただきたいと思います。
昭和56年10月頃 西川口~蕨間にて EF58130の牽引する荷物列車
130号機は、全国のEF58淘汰が活発になってきた頃、長岡区の全滅(EF641000番台化)に続いて淘汰が始まった高崎第二機関区に所属していました。僚友が次々と倒れていく中で、同区において最後まで残ったのがこの130号機でした。
同機が終焉を迎えたのは昭和57年度と思われますが、それまでは、上越線の急行運用を始め、東北本線の荷物列車もすべて同区のEF58が運用していました。そのため、宇都宮運転所にも多数集結していたEF58は、晩年になるまでほとんど荷物列車の運用には就いていなかったようです。
130号機は、長岡区のEF58と同様に、スノープラウ、ツララ切り、ホイッスルカバーといういわゆる「上越仕様」で、側面のフィルタも原形を留めていました。
高崎第二機関区からのEF58型撤退に伴い、残った東北・上越の荷物列車はすべて宇都宮運転所の運用に移行し、別の地の僚友にその責を託すことになりました。
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新設カテゴリのEF58ですが、あまり詳細がわかる資料が無いため、機能や形態分析、解説等が困難な状態となっております。したがいまして、ネタ的な内容の切り口になってしまい、詳細が知りたい方からすると物足りなく感じてしまうと思われますが、資料が手に入れば内容を更新するようなスタイルで充実させていこうと考えております。
では、今日は高崎第二機関区所属の130号機の画像をご覧いただきたいと思います。
昭和56年10月頃 西川口~蕨間にて EF58130の牽引する荷物列車
130号機は、全国のEF58淘汰が活発になってきた頃、長岡区の全滅(EF641000番台化)に続いて淘汰が始まった高崎第二機関区に所属していました。僚友が次々と倒れていく中で、同区において最後まで残ったのがこの130号機でした。
同機が終焉を迎えたのは昭和57年度と思われますが、それまでは、上越線の急行運用を始め、東北本線の荷物列車もすべて同区のEF58が運用していました。そのため、宇都宮運転所にも多数集結していたEF58は、晩年になるまでほとんど荷物列車の運用には就いていなかったようです。
130号機は、長岡区のEF58と同様に、スノープラウ、ツララ切り、ホイッスルカバーといういわゆる「上越仕様」で、側面のフィルタも原形を留めていました。
高崎第二機関区からのEF58型撤退に伴い、残った東北・上越の荷物列車はすべて宇都宮運転所の運用に移行し、別の地の僚友にその責を託すことになりました。