また新しい1週間が始まってしまいます。今日からはまた電車が混むのかと思うと、寝る前から憂鬱になってしまいます。
先日、1000番台や1500番台を含む非貫通型の「いなほ」をお届けいたしましたが、今日は青森運転所の貫通型「いなほ」をご紹介したいと思います。

昭和53年3月12日 新前橋駅にて 青森行きクハ481200番台使用の「いなほ」
両毛線の70系を撮影に行った帰り、新前橋駅で捉えた「いなほ」。非貫通型より貫通型の好きな私にとって、青森行きの「いなほ」は絶好の被写体だったのですが、青森行きの「いなほ」でも300番台の非貫通型も混用されていましたので、列車によって、また、前後によっても貫通型の確実性がないなため、なかなか思い通りに撮ることができずに苦労しました。
※ この写真の原版はカラーですが、あまりにもカラーバランスが悪かったため、敢えてモノクロに加工してあります。

昭和55年 東北本線 西川口~蕨間にて イラストマークとなった貫通型「いなほ」
昭和53年10月、「いなほ」もイラストマークが導入されています。「やまばと」は本改正で秋田運転所持ちとなり貫通型が消滅しましたが、「いなほ」の1往復は青森運転所持ちのままとなったため、上越新幹線の開業まで貫通型を見ることが出来ました。
写真は、「特急デジタル時刻表」という本に掲載するために撮影したものですが、フィルム現像に失敗(自分で現像していた頃)して粒子が粗くなってしまい、ボツになってしまったものです。
多くのリバイバルトレインが運転される中で、上越線・羽越本線とも健在な区間ですから、「いなほ」のリバイバルも可能かと思われますが、この485系貫通型や食堂車、そしてサロまで消滅してしまった今、写真のような「特急らしい特急列車」を走らせることは夢物語となってしまいましたね。
485系非貫通型「いなほ」 → http://diary.jp.aol.com/applet/marutetsu/20070829/archive
先日、1000番台や1500番台を含む非貫通型の「いなほ」をお届けいたしましたが、今日は青森運転所の貫通型「いなほ」をご紹介したいと思います。

昭和53年3月12日 新前橋駅にて 青森行きクハ481200番台使用の「いなほ」
両毛線の70系を撮影に行った帰り、新前橋駅で捉えた「いなほ」。非貫通型より貫通型の好きな私にとって、青森行きの「いなほ」は絶好の被写体だったのですが、青森行きの「いなほ」でも300番台の非貫通型も混用されていましたので、列車によって、また、前後によっても貫通型の確実性がないなため、なかなか思い通りに撮ることができずに苦労しました。
※ この写真の原版はカラーですが、あまりにもカラーバランスが悪かったため、敢えてモノクロに加工してあります。

昭和55年 東北本線 西川口~蕨間にて イラストマークとなった貫通型「いなほ」
昭和53年10月、「いなほ」もイラストマークが導入されています。「やまばと」は本改正で秋田運転所持ちとなり貫通型が消滅しましたが、「いなほ」の1往復は青森運転所持ちのままとなったため、上越新幹線の開業まで貫通型を見ることが出来ました。
写真は、「特急デジタル時刻表」という本に掲載するために撮影したものですが、フィルム現像に失敗(自分で現像していた頃)して粒子が粗くなってしまい、ボツになってしまったものです。
多くのリバイバルトレインが運転される中で、上越線・羽越本線とも健在な区間ですから、「いなほ」のリバイバルも可能かと思われますが、この485系貫通型や食堂車、そしてサロまで消滅してしまった今、写真のような「特急らしい特急列車」を走らせることは夢物語となってしまいましたね。
485系非貫通型「いなほ」 → http://diary.jp.aol.com/applet/marutetsu/20070829/archive