枕草子 第二百二十四段 清水にこもりたりしに
清水にこもりたりしに、わざと御使して賜はせたりし、唐の紙の赤みたるに、草(サウ)にて、
「『 山近き入相の鐘の声ごとに
恋ふる心の数は知るらむ 』
ものを、こよなの長居や」
と書かせ給へる。
紙などの、なめげならぬも、とり忘れたる旅にて、紫なる蓮の花びらに、書きてまゐらす。
清水寺に参籠していました時、皇后さまからわざわざ御使いを差し向けて下さいましたお手紙は、唐製の紙の赤みがかったものに、草書書きで、
「『山近き入相の鐘の声ごとに 恋る心の数は知るらむ』(山に近い寺の夕方の鐘の一撞きごとに、そなたを恋うる私の思いの数は分かるだろう)
それなのに、随分と長い参籠なのね」
と、お書きになられています。
紙などは、失礼にあたらないようなものは、持ち合わせていない旅先なので、紫の蓮の花びら(法会の散華に用いる紙製のもの)に、返歌を書いて、ご返事申し上げました。
この頃は、少納言さまも古参の女房であり、年長であることもあって、定子皇后がいかに頼りにしていたかが分かる話です。実に切ない章段であります。
なお、少納言さまの返歌は、現在には伝えられていないようです。
清水にこもりたりしに、わざと御使して賜はせたりし、唐の紙の赤みたるに、草(サウ)にて、
「『 山近き入相の鐘の声ごとに
恋ふる心の数は知るらむ 』
ものを、こよなの長居や」
と書かせ給へる。
紙などの、なめげならぬも、とり忘れたる旅にて、紫なる蓮の花びらに、書きてまゐらす。
清水寺に参籠していました時、皇后さまからわざわざ御使いを差し向けて下さいましたお手紙は、唐製の紙の赤みがかったものに、草書書きで、
「『山近き入相の鐘の声ごとに 恋る心の数は知るらむ』(山に近い寺の夕方の鐘の一撞きごとに、そなたを恋うる私の思いの数は分かるだろう)
それなのに、随分と長い参籠なのね」
と、お書きになられています。
紙などは、失礼にあたらないようなものは、持ち合わせていない旅先なので、紫の蓮の花びら(法会の散華に用いる紙製のもの)に、返歌を書いて、ご返事申し上げました。
この頃は、少納言さまも古参の女房であり、年長であることもあって、定子皇后がいかに頼りにしていたかが分かる話です。実に切ない章段であります。
なお、少納言さまの返歌は、現在には伝えられていないようです。