枕草子 第二百二十三段 御乳母の大輔の命婦
御乳母の大輔の命婦、日向へ下るに、賜はする扇どものなかに、片つかたは、日いとうららかにさしたる田舎の館など多くして、いま片つかたは、京のさるべきところにて、雨いみじう降りたるに、
茜さす日に向かひても思ひ出でよ
都は晴れぬながめすらむと
御手にて書かせたまへる、いみじうあはれなり。
さる君を見おきたてまつりてこそ、得ゆくまじけれ。
皇后の御乳母であられる、大輔の命婦が、日向へ行かれることになり、下賜される扇などの中に、一面には、日がとてもうららかにさしている田舎風の舘が沢山描かれていて、もう一面には、京の中のしかるべき邸宅で、雨がひどく降っている絵が描かれていて、
茜さす日に向かひても思ひ出でよ
都は晴れぬながめすらむと
と、皇后さまはご自筆でお書きになられる、まことにお気の毒なことでございます。
そのようなわが君を、お見捨て申してなんて、とても行けるものではないでしょうに。
前段に続き、皇后定子の辛い頃のお話です。
常に側にいたであろう乳母が、皇后のもとを離れ日向に下るということは、乳母の家族の都合かと思われますが、定子を支えるべき中関白家の凋落が感じられる出来事でもあります。
少納言さまが、敬愛する定子に対して、悲哀の意味で「あはれ」という言葉を用いている唯一の例がこの文章なのです。
何とも辛い章段です。
御乳母の大輔の命婦、日向へ下るに、賜はする扇どものなかに、片つかたは、日いとうららかにさしたる田舎の館など多くして、いま片つかたは、京のさるべきところにて、雨いみじう降りたるに、
茜さす日に向かひても思ひ出でよ
都は晴れぬながめすらむと
御手にて書かせたまへる、いみじうあはれなり。
さる君を見おきたてまつりてこそ、得ゆくまじけれ。
皇后の御乳母であられる、大輔の命婦が、日向へ行かれることになり、下賜される扇などの中に、一面には、日がとてもうららかにさしている田舎風の舘が沢山描かれていて、もう一面には、京の中のしかるべき邸宅で、雨がひどく降っている絵が描かれていて、
茜さす日に向かひても思ひ出でよ
都は晴れぬながめすらむと
と、皇后さまはご自筆でお書きになられる、まことにお気の毒なことでございます。
そのようなわが君を、お見捨て申してなんて、とても行けるものではないでしょうに。
前段に続き、皇后定子の辛い頃のお話です。
常に側にいたであろう乳母が、皇后のもとを離れ日向に下るということは、乳母の家族の都合かと思われますが、定子を支えるべき中関白家の凋落が感じられる出来事でもあります。
少納言さまが、敬愛する定子に対して、悲哀の意味で「あはれ」という言葉を用いている唯一の例がこの文章なのです。
何とも辛い章段です。