雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

木像の母 ・ 今昔物語 ( 9 - 3 )

2023-07-25 13:24:30 | 今昔物語拾い読み ・ その2

       『 木像の母 ・ 今昔物語 ( 9 - 3 ) 』


今は昔、
震旦の[ 欠字。「漢」が該当する。]の御代、河内(カダイ・河南省の黄河以北の地域。)に丁蘭(テイラン・前漢の人)と言う人がいた。幼少の頃に、その母は亡くなっていた。
十五歳になった時、丁蘭は母の姿を恋しく思い、工(タクミ)に相談して、木でもって母の像を造らせて、帳(チョウ・帳台。高い台の四隅に垂れ絹をしつらえた間。)の内に置いて、朝夕に供給(クギョウ・食膳を供えること。)すること、生きている時のようであった。本当の母親に接するのと変わらなかった。
朝に出掛けていく時には、帳の前に行って出掛ける旨を告げた。夕に帰ってきた時には、帰って来たことを告げた。そして、今日あった事を必ず語って聞かせた。世間で起きたことを語らないということがなかった。
このようにして、熱心に孝養を尽くし、すでに三年が過ぎたが、丁蘭の妻は性格が悪く、常に丁蘭の行いを嫌って憎らしく思っていた。

ある時のこと、丁蘭が外に出掛けている間に、妻は火で以て木の母の像を焼いた。
丁蘭は夜になって帰ってきたが、木像の母の顔を見なかった。その夜、丁蘭の夢の中で、木像の母自らが丁蘭に、「お前の妻が、私の顔を焼いた」と語った。
夢から覚めて不思議に思い、朝になって行って見てみると
、木像の母の顔が焼けていた。
これを見て後、丁蘭はその妻をいつまでも憎み、愛情を注ぐことがなくなった。

また、ある時、となりの人が丁蘭に斧を借りたいと言ってきた。丁蘭は木像の母にこの事を伝えると、木像の母はあまり良い顔をしなかったので、斧を貸さなかった。
隣の人は大いに怒り、丁蘭が外に出掛けている隙を狙って、密かにやって来て、太刀で以て木像の母の片腕を斬った。血が流れ出て、床に満ちた。
丁蘭が帰ってくると、帳の内から痛がる声が聞こえた。驚いて帳の内を開いて見ると、
赤い血が床の上に流れていた。
怪しく思って近寄って見ると、木像の母の一つの腕が斬り落とされていた。丁蘭はこれを見て、泣き悲しみ、「これは、隣の人の仕業だ」と思って、すぐに隣家に行き、首を斬り落して、母の墓に祀った。

その時、国王はこれを聞いて、その罪を罰するべきであるが、孝養のためであるということによって、その罪を問わずして、丁蘭に禄位(ロクイ・俸給と官位)を与えた。
されば、堅い木に過ぎないといえども、母と思って孝養を尽くせば、天地は感じ取られるのである。赤い血が木像から流れたのである。孝養が深いがゆえに、殺人の罪を免れて、返って喜びを得たのである。
されば、孝養の貴き事は永く伝えられ朽ちることがない、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆ 


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