『 我が子を殺して継子を守る ・ 今昔物語 ( 9 - 4 ) 』
今は昔、
震旦の魯洲(ロシュウ・春秋時代の国。孔子の出身地。)に兄弟二人の人がいた。一人は母の子で、一人は父の子である。
その父の子は、幼少にして父母共に死んでしまった。そのため、弟の母に弟と共に孝養を尽くした。
母の子が母に孝養を尽くすのは当然のことである。ところが、父の子が弟の母(継母にあたる)に孝養を尽くすこと、実の母に対するものより勝っていた。
ある時、隣の家の人が、酒に酔ってその家にやって来て、その母を罵り辱めた。
すると、この二人の子は、それを聞いて、この罵る隣の人を咎めて殴りつけたが、やがて打ち殺してしまった。
子供は、犯した罪は重いが、母を思う気持ちからなので、逃げようとはせず門を開いたまま家にいた。間もなく、役人がやって来て、この二人の子を捕らえて、殺そうとした時、兄は役人に、「この男を殺したのは、私がやったことです。速やかに私を殺しなさい。弟は何の罪もありません」と言った。
すると弟は、「兄は、決して殺していません。この男は、私が殺したのです。ですから、私を殺しなさい」と言う。
このように、二人は互いに命を失うことをかばい合った。
役人は、二人の申し出を聞いて、不審に思い、すぐにこの罪を確定させることは出来ず、帰って、国王に事の次第を申し上げた。
国王は、「その母を召し出して詰問すべきである」と仰せられたので、母に伝えると即座にお召しに従って参上した。
役人は、「お前の子供は、どういうわけで、たちまち命を失うことを互いにかばい合って、命を惜しまないのか」と訊ねた。
母は、「この罪は、全てわたしにあります。あたしが、子に命じて殺させたのです」と答えた。
国王は、刑罰の法には、情状の余地はない。お前が子らの罪を肩代わりすることは出来ない。ただ、その子二人を殺すべきである。但し、一人を殺し、一人を許すことにする。お前は、いずれの子を愛し、いずれの子を憎んでいるか」と仰せられた。
母は、「この二人の子のうち、弟はわたしの子です。兄は父の前の妻の子です。その父が死ぬ時、妻になっていたわたしに、『この我が子には母がいない。我もまた死なんとしている。身寄りがなく頼る所もない。我は、死に臨んでこの事を思うにつけ、心が安まらない』と言いました。わたしは、『わたしはあなたの言葉に従いまして、この子をおろそかにすることなく、実の母のように育てます。あなた、どうぞこの事でこの世に執心を残さないで下さい』と申しました。父は、わたしの言葉を聞いて、喜んで死にました。ですから、その言葉を誤る事がないように、わたしは、我が子を殺して、父の子を許していただこうと思います」と申し上げた。
すると国王は、母が答えるのを聞いて、約束を忘れていないことに感激して、全員をお許しになった。母もまた喜んで、二人の子を引き連れて家に帰っていった。
まことに、亡き夫との約束を違えることなく、我が子を殺して継子を守ろうという心は、そうそう有るものではないと、聞く人は皆感激し誉め称えた、
となむ語り伝へたるとや。
☆ ☆ ☆
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます