雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

蜂と蜘蛛 ・ 今昔物語 ( 29 - 37 )

2021-06-14 08:21:04 | 今昔物語拾い読み ・ その8

       『 蜂と蜘蛛 ・ 今昔物語 ( 29 - 37 ) 』


今は昔、
法成寺(ホウジョウジ・藤原道長造営の摂関期最大規模の壮麗な寺。後に焼失。)の阿弥陀堂の軒に、蜘蛛が網を造った。その[ 欠字あり。「糸」らしい。]長く伸びて東の池にある蓮の葉につながっていた。
これを見た人は、「ずいぶん長く延びた蜘蛛の糸だなあ」などと言っていると、大きな蜂が一匹飛んできて、その蜘蛛の網のあたりを飛び回っているうちに、その網に引っかかった。

その時、どこから出てきたのか、蜘蛛が糸を伝って突然姿を現して、この蜂をぐるぐる巻きに巻いたので、蜂は巻かれて逃げることも出来なくなった。それをこの御堂を預かっている法師が見つけて、蜂が死にそうなのを哀れんで、木切れで掻き落としてやると、蜂は地面に落ちたが、羽をすっかり巻かれてしまっているので飛ぶことが出来ない。そこで法師は、その木切れで蜂を押えて、蜘蛛の糸を掻きのけてやると、ようやく蜂は飛び去っていった。その後、一両日経って、
大きな蜂が一匹飛んできて、御堂の軒のあたりをブンブンと飛び回った。それに続いて同じくらいの蜂が二、三百匹ほど飛んできた。
そして、あの蜘蛛が網を造っているあたりを飛び回って、軒や垂木の隙間などを捜していたが、その時は蜘蛛は見つからなかった。
蜂はしばらくそうしていたが、やがて、長く延びている糸を辿って、東の池に行き、その糸がつながっている蓮の葉の上に止まって、ブンブンと騒ぎ立てていたが、それでも蜘蛛は姿を見せなかったので、時半(トキナカバ・一時間ほど)ばかりすると、蜂は皆飛び去ってしまった。

その時、御堂を預かっている法師は、この様子を見て怪しく思ったが、「さては、これは先日蜘蛛の網にかかって巻かれた蜂が、多くの蜂を集めてやって来て、敵を討とうと思ってあの蜘蛛を捜しているのだ。それで、蜘蛛はそのことを知って隠れているのだ」と気づき、蜂どもが飛び去った後、法師は蜘蛛の網があたりに行って軒の回りを捜したが蜘蛛の姿は全く見当たらない。そこで、池に行って糸がつながっている蓮の葉を見てみると、その葉が針で刺したように隙間なく刺されていた。ところが、蜘蛛はその蓮の葉の下に隠れ、葉の裏には掴まらず、糸を伝って蜂の針に刺されないような水際まで下りていたのである。
蓮の葉は裏返って垂れ下がり、さまざまな草も池に茂っているので、蜘蛛はその中に隠れていて、蜂は見つけることが出来なかったのであろう。
御堂を預かっている法師は、この様子を帰って語り伝えたのである。

これを思うに、知恵のある人でさえ、そうそう思いつかないことだ。蜂が大勢の仲間を集めてきて敵を討とうとするのは当然のことである。獣は皆互いに敵を討つのは常のことである。しかし、蜘蛛は「蜂が敵を討ちに来るだろう」と予測して、「これこそが命が助かる方法だ」と思いついて、何とか手段を講じて、あのように身を隠して命を守ったことはなかなか出来ないことだ。されば、蜘蛛は蜂より遙かに知恵が勝っている。
これは、御堂を預かっている法師が、
まさしく語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


 


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