ステッキを振ると煙幕が張れるというのは憧れだった。そこで近くの呉服屋のゴミ箱から、反物が巻きつけられているボール紙でできた円筒形の巻き芯を頂戴して、その片端のみをふさぎ、その棒状の筒の中に各家庭から出された練炭の燃えカスを詰めたのだ。思い切り振ってみると燃えカスが煙状に舞い散り、煙幕のようになった。得意満面、Nさんの店の横に積み上げられた薪束の上によじ登った。そして通り過ぎようとするバイクを少年ジェットに見立てて、「ううぅ~む、ゼット(ジェットなのだがそう聞こえた)くん、今回は私の負けだ」と叫びながらそのステッキを振り下ろしたのだ。