昨日のYOHOOニュースは、あのロシアの女子テニスプレーヤーのマリア・シャラポアが大好きな日本文学についてレビューし、それが谷崎潤一郎の「陰影礼賛」であることを伝えている。
建築を志す学生たちが必ず読まされるのがこの名著である。日本の建築空間に現れる陰影の意匠性を論じている。
シャラポアはこの著にとどまらず、生活の中でこれを体現させているようだ。
一流プレイヤーは一流の見識を持つ。来日する外国からの観光客が古い建築や庭園や町のたたずまいに感動するのは、まさしく谷崎の論ずるところであろう。
ところが、現代日本の住宅事情は、このような空間に身をゆだねるようなことが出来なくなりつつある。
木を植えこむことさえできないような狭小な敷地では、木陰を楽しむこともできない。
明るさを取り込むために大きな建具をしつらえ、狭い敷地で隣の建物が迫ってきてカーテンが開けられない状態である。
余計な照明器具がたくさん設けられ、電気代が倍になったという話をよく聞く。
私が初めて海外旅行をしたときに泊まったホテルは、部屋の天井に照明器具がなくはじめは違和感を感じたが、大きなスタンドとミラータイトとフットライトがあって、このスイッチを入れると事足りて大いに満足したことを思い出す。
太陽や照明がおりなす陰影こそが、おおいなる安らぎをもたらしてくれる。
我が家の奥方のように「もったいない/\」が口癖で、電気を消して回られると、安らぎもへったくれもないが・・・・