淀城において岩成主税介を、下津権内と共に討ち果たしたのが、築山弥十郎俊方である。父は兵庫介貞俊、その妻は沼田上野介光兼と系図に見える。私が知る限りにおいて、肥後細川家家臣で一番古くから細川家に仕えた家である。弥十郎の五代前、築山保俊が「正平十年三月、細川頼之から松笠菱御紋付之御具足拝領子孫代々家之家紋ニ用候様仰出蒙る」と系図に書き込まれている。保俊の室はどうやら頼之の庶女福(高秋院)であることが、その子重俊の項の書き込みで知ることができる。岩成主税討ち果たしのことを含めて「築山家由緒」に詳しい。
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