安原伸『安原製作所 回顧録』(えい文庫、2008年)がとても面白い。
安原氏は、京セラを退社後、ひとりのカメラメーカー安原製作所を立ち上げた人である。カメラメーカーとしての活動を突然停止するまで、カメラ「安原一式」、「秋月」、それからライカ用レンズ「Yasuhara 50mmF2.8」を世に送り出した。私自身は、その公表過程を、面白いなと思い傍観していたにすぎない(レンズだけは、さよならセールで購入したが、所詮テッサー型レンズの写りにすぎずすぐ手放してしまった)。
当初「二式」として予告されていた「秋月」は、70年代頃に日本で数多く作られたコンパクトカメラを近代化したようなものだった。そのコンセプトには大いに共感しつつも、7万円台という値段は、「70年代のコンパクトカメラ同等」と考えると高すぎるものだった。しかし、本書では、数がさばけない工業製品がなぜ高くなってしまうのか、そして「秋月」のアバンギャルド性について書かれており、あらためて納得できるものだ。いま買えるなら、そしてレンズがF2.8ではなく昔あったようなF2とかF1.8とかの明るさであれば、真剣に購入を検討するだろう。
安原製作所の特色となったインターネット直販だが、そのサイトでは、「二式」発表前に中身を予想させるクイズとそれに対する回答を公表していた。特にユニークだったのが、キヤノンのシングル8カメラ「518sv」のようなものでしょう、という回答だった。安原氏は、実は自分も「518sv」を愛用しているとコメントを付していたように記憶している。本書では、実は、安原氏が自主映画制作において並々ならぬ経験をつんでいたこともわかる。
もともと直接的で癖のある安原氏の言動には、突然の活動停止とサポート放棄も含めて批判がなされることが多かった。しかし、それだけに、本書において、起業の事情、カメラ業界や中国ビジネス(製品は中国のメーカー「鳳凰光学」で委託生産されていた)に関して書かれた内容は、実感を伴っていて面白すぎるものだ。勿論、同意できないところもあるのは確かだ。(特に、歴史上あまりにも異色なカメラ「コンタックスAX」は安原氏が京セラ時代に開発に参加していた機種であり、このカメラのユーザーは読まないほうがよいかもしれない。)
中国のメーカーがなぜ良いものを作ることができないのか―――勿論これは安原氏の語る一般論だが、その原因を、生産や技術開発のインセンティブにつながらない政治的・社会的状況にみているようだ。ただ、こういったものを遊び心で使うのも悪くない。私のもっているカメラ「華夏823」は、河南省の「華夏光学電子儀器」が80年代に作ったレンジファインダーカメラであり、40mmF2というレンズが付いている。いまのコンパクトカメラ(デジカメを含む)からは消えてしまった「明るさ」という無視できない性能である。当然、日本の「キヤノネット」や「ミノルタハイマチック」や「ヤシカエレクトロ」なんかのコピーに違いない。当時の日本製品との違いは、目に見えない使いにくさや操作感触の悪さである。しかし、描写は悪くない。
華夏823
水準点 華夏823、フジ・Venus 400、西友で同時プリント
工場萌え(下に派手なゴーストが出た) 華夏823、フジ・Venus 400、西友で同時プリント