Sightsong

自縄自縛日記

ジョヴィーノ・サントス・ネト+アンドレ・メマーリ『GURIS - Celebration of Brazilian master Hermeto Pascoal』

2017-07-22 14:15:49 | 中南米

ジョヴィーノ・サントス・ネト+アンドレ・メマーリ『GURIS - Celebration of Brazilian master Hermeto Pascoal』(Adventure Music、2016年)を聴く。タイトル通り、エルメート・パスコアールに捧げた作品集。

Jovino Santos Neto (p, melodica, fl)
André Mehmari (p, harmonium, Rhodes, mandolin)
Special guest:
Hermeto Pascoal (teakettle, melodica)

名手ふたりのデュオ、しかも3曲には偉大なるエルメートが参加。曲はエルメートのものと、かれに捧げたふたりのオリジナルである。これが面白くないわけはない。

ピアノデュオはエンドレスな追いかけっこ。メマーリのフェンダーローズにネトのピアノの絡みはスリリング。エルメートはヤカンをもって遊んでいる。特に、マイルス・デイヴィス『Live Evil』においてエルメートが参加した曲「Igrejinha (Little Church)」では、メマーリのハルモニウム、ネトのピアノ、エルメートのヤカン。常に耳元で優しい声が聴こえているようで、繰り返していると涙腺がゆるむ。

愉しげに踊り続ける妖精、幻視の源泉、それがエルメートの音楽。


This Is It! @なってるハウス

2017-07-21 08:06:35 | アヴァンギャルド・ジャズ

入谷のなってるハウスに足を運び、「Tobira-1」あらため「This Is It!」(2017/7/20)。

Natsuki Tamura 田村夏樹 (tp)
Satoko Fujii 藤井郷子 (p)
Takashi Itani 井谷享志 (ds)

いきなりステージ前の談笑とシームレスに演奏が始まっている。井谷さんが布をドラムセットの上に広げ、音の吸収を示しているのだった。やがてシンバルを弓で擦り、藤井さんが内部奏法からスタートする。やがて田村さんがノイズを含めたトランペットを吹き始めた。ドラムスはまるで大波のようなうねりを表現した。

2曲目。3人ともに一音のインパクトではなく、小さなアクションにより発せられる響きを重ね合わせようとした。音楽がそれぞれに渡されてゆき、ストップ・アンド・ゴー。テイジ・イトウによるマヤ・デレンの音楽を思い出させるオリエンタルな響きもあった。どこに連れていかれるのかわからない。

3曲目。田村さんのトランペットの静かなソロから始まり、やがて音圧を高めていく。サウンドが盛り上がり周囲を刺す時間も多いのだが、不思議と、静謐な感じを覚える。井谷さんが選んで発する打楽器の音が、時間を止め、また折りたたんでいくようだった。

セカンドセット。井谷さんのメタロフォンから始まり、やがて藤井さん、田村さんが入る。3人は、きらめく星座のような鮮やかなサウンドの相を、何枚も積み重ねていった。

2曲目、まだできていない曲だという。まるでピアノとトランペットが時間を巧妙にずらせて抜きつ抜かれつの追いかけっこをしているようだ。時間の進み方はもう聴く者にはコントロールできない。

3曲目。藤井さんの冷たくきらめくピアノから始まり、そして、3人でサウンドを熱くも厚くもしていった。4曲目はその勢いもあり、ドラムスの力強いソロもあり、ともかくも駆け抜けた。

複雑で巧妙、冷たくて熱いサウンド。この日、ほとんどは新曲または未完成の曲ばかりが選ばれた。曲の完成に向かうプロセスという形で実験的精神をステージに持ち込み、それが聴き手に大きな刺激を与えるものだった。

Fuji X-E2、XF60mmF2.4

●参照
田村夏樹+3人のピアニスト@なってるハウス(2016年)


チャールス・トリヴァー『Live in Berlin』の2枚

2017-07-17 09:45:53 | アヴァンギャルド・ジャズ

チャールス・トリヴァー『Live in Berlin』(Strata-East、1988年)は「Vol.1」と「Vol.2」の連作だが、昔から2枚目しか持っていなかった。最近なぜか再発されて、それでも微妙に高くて逡巡していたら、アウトレットで出ていたのでついに1枚目を確保した。めでたしめでたし。

Charles Tolliver (tp)
Alain Jean-Marie (p)
Ugonna Okegwo (b)
Ralph Van Duncan (ds)

とは言え、別に特筆すべきこともない録音である。

もちろんトリヴァーはカッコいいのだが、かつての不必要な熱さはここでは放出していない。どちらかと言えばリラックスして気持ちよくまとめたカルテット演奏であり、このライヴを仮に観ていたとしても震えることはなかっただろう。

アラン・ジャン・マリーのピアノは気が効いていて悪くない。ウゴンナ・オケーゴのベースは堅実で重たいのだが、感想はそこまで止まりである。

まあでも、2枚目もときどき不思議に聴きたくなったし、今回はじめて聴く1枚目も似たようなものである。やっぱりトリヴァーだからかな。

●チャールス・トリヴァー
ビリー・ハーパーの新作『Blueprints of Jazz』、チャールス・トリヴァーのビッグバンド
(2009年)
ジャッキー・マクリーン『The Complete Blue Note 1964-66 Jackie McLean Sessions』(1964-66年)

●ウゴンナ・オケーゴ
トム・ハレル『Something Gold, Something Blue』(2016年)
トム・ハレル@Cotton Club(2015年)
トム・ハレル@Village Vanguard(2015年)
マイク・ディルーボ@Smalls(2015年)
トム・ハレル『Trip』(2014年)
ウェイン・エスコフェリー『Live at Smalls』(2014年)
トム・ハレル『Colors of a Dream』(2013年)
マイク・ディルーボ『Threshold』(2013年)


アンドレ・メマーリ+アントニオ・ロウレイロ『Duo』

2017-07-17 08:58:58 | 中南米

アンドレ・メマーリ+アントニオ・ロウレイロ『Duo』(Estúdio Monteverdi、2016年)を聴く。

André Mehmari (p, syn, Rhodes, fl, g, mandolin, accordion, voice)
Antonio Loureiro (ds, vib, voice)

取っつきやすく聴きやすいのだが、このブラジルのふたりは実はとんでもない。ポップスか、新時代の民族音楽か。

アンドレ・メマーリはピアノのみならず多くの楽器をこれでもかと扱う。何をやっているんだろうという煌びやかさである。アントニオ・ロウレイロはパッと点いて消える火花のようなドラムスもいいが、ヴァイブも声もまた深く快適。


青山健一展「ペタペタ」とThe Space Baa@EARTH+GALLERY

2017-07-16 22:03:28 | アヴァンギャルド・ジャズ

木場駅近くのEARTH+GALLERYに足を運んだ(2017/7/16)。不破大輔さんの告知に気が付いたらあと50分、ちょうど近いこともあって間に合った。The Space Baaは前から観たかった。

青山健一 (art)
辰巳光英 (tp, effector, iphone-g, Theremin)
不破大輔 (b)
jimanica (ds)

ちょうどこのギャラリーで開催中の青山健一展「ペタペタ」にあわせて、The Space Baaが演奏した。なぜこの組み合わせなのかと言えば、それは青山氏が渋さ知らズのアートも手掛けてきたからである。

「ペタペタ」は、レゴブロック的な矩形とガジェットの集合体である絵に、なぜか「ほねほねロック」のようなガイコツのシールがペタペタと貼られた作品群。さらに壁に投影された映像も、そのような静止画をストップモーションのように積み重ねたものだった。しげしげと観ていると、このニセモノの世界でうごめき続けなければならない我々の哀しさを覚えてしまう。そしてThe Space Baaの演奏でも、その動画とともに、青山さんがカメラの下で描く落書きがミックスされた。

ファーストセットでは、辰巳さんはトランペットを使う。エフェクターとともに浮遊する熱いサウンド。不破さんのエレベは相変わらずカッチョよく、何かの上にさらに何かを力技で積み上げていくようなグルーヴがあった。そしてjimanica氏のシンプルで鋭いドラムスが、手作業の社会を構築した。

セカンドセットで辰巳さんが手にしたものは、なんと、iphoneのギターアプリ(あとで見せていただいた)、さらにテルミン。浮遊感というか、北斗琉拳のカイオウがフームと叫んで重力を失わしめる魔の世界である。何なんだ。そこでも容赦ないエレベとドラムスのグルーヴ。

熱いサウンドで熱くなり、暑い中を歩き、熱いラーメンを食べて帰った。

Fuji X-E2、XF60mmF2.4

●不破大輔
川下直広カルテット@なってるハウス(2017年)
川下直広カルテット@なってるハウス(2016年)
立花秀輝+不破大輔@Bar Isshee(2015年)
不破大輔@東京琉球館(2015年)
山口コーイチ『愛しあうことだけはやめられない』(2009-10年)
高木元輝の最後の歌(2000年)
2000年4月21日、高木元輝+不破大輔+小山彰太(2000年)
『RAdIO』(1996, 99年)
『RAdIO』カセットテープ版(1994年)
のなか悟空&元祖・人間国宝オールスターズ『伝説の「アフリカ探検前夜」/ピットインライブ生録画』(1988年)


北田学+鈴木ちほ@なってるハウス

2017-07-15 08:50:45 | アヴァンギャルド・ジャズ

入谷のなってるハウスに足を運び、北田学・鈴木ちほデュオ(2017/7/14)。

Manabu Kitada 北田学 (bcl, cl)
Chiho Suzuki 鈴木ちほ (bandoneon)

ファーストセット。鈴木さんがマイクに息を吹き込みはじめる。モンシロチョウというオリジナル曲であるという。であれば息遣いは羽音のイメージか、バンドネオンとバスクラによって悲喜が浮かび上がってくる。2曲目はかつて日本でも活動したギタリストの故ケリー・チュルコのオリジナル「Flat Land」であり、複雑な曲。インプロ曲をはさみ、呼吸をモチーフにした鈴木さんのオリジナル。北田さんはバスクラを鳴らしきる一方で、鈴木さんの呼吸とシンクロする微かな音遣いもみせた。

セカンドセット。バンドネオンのイントロであらわれた旋律は、なんと、カーラ・ブレイの「Ida Lupino」だった(アイダ・ルピノはイギリスの女優だという、知らなかった)。カーラ独特の切ないような曲を、クラリネットとバンドネオンとで丁寧に演奏していった。あとで訊いたところによれば、前回はかなり激しいデュオ演奏だったそうである。この曲は、メアリー・ハルヴァーソンが重力を無視した演奏を行っていたりもして、さまざまな形に発展しそうな気がする。もっとこのデュオによる変奏を聴きたいところ。

そしてその余韻が残る中で3曲。北田さんのオリジナル曲におけるクラリネットには耳を奪われた。それにしても、バンドネオンの蛇腹が伸び縮みするときの音には、なぜなつかしさを感じ、雑踏のイメージを幻視するのだろう。

Fuji X-E2、XF60mmF2.4

●鈴木ちほ
りら@七針(2017年)
齋藤徹+類家心平@sound cafe dzumi(2015年) 


マリオ・パヴォーン『Blue Dialect』

2017-07-14 11:31:18 | アヴァンギャルド・ジャズ

マリオ・パヴォーン『Blue Dialect』(clean feed、2014年)を聴く。

Mario Pavone (b)
Matt Mitchell (p)
Tyshawn Sorey (ds)

ピアノトリオで、フリーインプロではなく曲を演奏している。ということであれば、他のプレイヤーやスタイルを参照できそうなものだが、この寄る辺なさは何だろう。

マット・ミッチェルのピアノは、コードや曲のストーリーをいちど取り崩して平らにし、その上にあるものを公平に扱っているような、奇妙な感覚がある。かと言ってそこから新たなストーリーを旋律の形で提示するでもない。実は大変に独創的な人なのではないか。

独創的といえばタイショーン・ソーリーのドラムスもわけがわからない。既存の体系とは別の文脈で動いていることは確かなようなのだけれど、多種のスタイルのショーケースでも、もちろん単純なグルーヴやノリでもない。何なのだろう。

●マリオ・パヴォーン
アネット・ピーコック+ポール・ブレイ『Dual Unity』(1970年)

●マット・ミッチェル
マット・ミッチェル『Vista Accumulation』(2015年)
ティム・バーン『You've Been Watching Me』(2014年)
ティム・バーン『Shadow Man』(2013年)

●タイショーン・ソーリー
マット・ブリューワー『Unspoken』(2016年)
『Blue Buddha』(2015年)
イルテット『Gain』(2014年)
スティーヴ・リーマンのクインテットとオクテット(2007、2008、2014年)
マイラ・メルフォード『Snowy Egret』(2013年)
ジョン・エスクリート『Sound, Space and Structures』(2013年)
フィールドワーク『Door』(2007年)


ロッテ・アンカー+フレッド・フリス『Edge of the Light』

2017-07-14 09:58:32 | アヴァンギャルド・ジャズ

ロッテ・アンカー+フレッド・フリス『Edge of the Light』(Intakt、2010年)を聴く。

Lotte Anker (sax)
Fred Frith (g)

デュオというシンプルな構成でロッテ・アンカーのサックスを聴くとやはり格別。息とともにノイズを吹き込むスタイルで、その結果、内奥から泡立つような音が展開されている。

アンカーの周波数は幹からよれまくるのだが、これがフレッド・フリスの無調と重ね合わされて、あちこちで発火してアンカーの音色というテキスタイルが焦げて穴があくようで愉快。フリスは80年代のフリー・エクスペリメンタルの尻尾をまだ引きずっているのかな。

●ロッテ・アンカー 
須川崇志+ロッテ・アンカー+キャスパー・トランバーグ+ラース・グレーヴェ@下北沢APOLLO(2017年) 
ロッテ・アンカー+クレイグ・テイボーン+ジェラルド・クリーヴァー『Triptych』(2003年)

●フレッド・フリス
フレッド・フリス+ジョン・ブッチャー『The Natural Order』(2009年)
高瀬アキ『St. Louis Blues』(2001年)
突然段ボールとフレッド・フリス、ロル・コクスヒル(1981、98年)
『Improvised Music New York 1981』(1981年)


ジャスト・オフ『The House of Wasps』

2017-07-13 23:28:11 | アヴァンギャルド・ジャズ

ジャスト・オフ『The House of Wasps』(My Best! Records、-2015年)を聴く。

Just Off:
Tristan Honsinger (cello, voice, clap)
Yuriko Mukoujima 向島ゆり子 (vln, voice, vo, clap)
Shuichi Chino 千野秀一 (p)
Takashi Seo 瀬尾高志 (b)

チャーミングなヴァイオリン、思索しているかのようなチェロ、重く地を震わせるコントラバス、3つの弦がそれぞれ異なる音域で鳴り、お互いに接近して紙縒りを作っているようだ。そのフェーズ群の中でピアノがきらきらと散りばめられている。

どこの誰の音楽なのか知らぬが花とばかりにサウンドの宴を催しているのも愉快である。冒頭曲などは指笛のような音、そして沖縄音階。向島ゆり子さんがライナーを書いている。トリスタン・ホンジンガーとは、「沖縄の居酒屋で一晩中沖縄音階で即興し続けたこともある」そうなのだ。この地球市民たちの音楽はとても魅力的。

●トリスタン・ホンジンガー
「KAIBUTSU LIVEs!」をエルマリート90mmで撮る(2)(2010年)
「KAIBUTSU LIVEs!」をエルマリート90mmで撮る(2007年)
トリスタン・ホンジンガー『From the Broken World』、『Sketches of Probability』(1991、96年)
ICPオーケストラ『Bospaadje Konijnehol』の2枚(1986-91年)
1988年、ベルリンのセシル・テイラー(1988年)

●向島ゆり子
向島ゆり子@裏窓(2016年)


酒井俊+永武幹子+柵木雄斗(律動画面)@神保町試聴室

2017-07-13 21:16:09 | アヴァンギャルド・ジャズ

ホーチミン在住の酒井俊さんが帰国して唄う。去年入院しているときに、『Beyond Time』や『四丁目の犬』を聴いたりして、今度の帰国時には駆けつけようと思っていた。そんなわけで、神保町試聴室(2017/7/12)。バンド名は「律動画面」だがどういう意味だろう。

『Beyond Time』を発売した頃になんどか観て以来だから、20年は大袈裟だとしても、今世紀になってはじめてだ。

Shun Sakai 酒井俊 (vo)
Mikiko Nagatake 永武幹子 (p)
Yuuto Maseki 柵木雄斗 (ds)

酒井俊さんの活動初期の録音を聴くと、圧が強い高音が目立っている。その後、ちょっとハスキーにもなり、しかしエネルギーは猛烈な勢いで溢れ出ていた。そして今回、前よりもしっとりとして、ますます素敵な声になっていると思えた。肌理のこまかな布のようである。べらんめえ調な感じの唄い方は健在。

この夜、「Stardust」、「Nearness of You」というホーギー・カーマイケルの名曲を情感たっぷりに唄い、『Beyond Time』所収の「It's A Most Unusual Day」や「四丁目の犬」も披露してくれた。「寿限無」、「トルコ行進曲」、「とんかつの唄」はアクセントを入れるようにユーモラス。(「とんかつの唄」では、とんかつが食えなくなったら死んでしまいたい、と唄っている。だがわたしは、入院前にはとんかつさえ噛み切れなくなっていたのだった・・・。情の唄を聴くと自分のことばかりを考えてしまう。)

意外なのは林栄一の「ナーダム」や「回想」。「Ain't No Sunshine」もやった。最後は「真夜中のギター」で締めた。もう素敵すぎて反則。

永武幹子さんのフレーズをあらたに紡ぎだそうとする歌伴も、柵木雄斗さんの遊び心もよかった。

俊さんはベトナムのお土産を来客に持ってきていた。わたしは布の財布をいただいた。仕事場からちょっと出るときに使うことに決めた。

帰り道、俊さんの声を頭の中で反芻した。そのせいか、途中で飲んでしまい帰宅したのは朝の4時になった。

Fuji X-E2、XF60mmF2.4

●永武幹子
永武幹子トリオ@本八幡cooljojo(2017年)
永武幹子+瀬尾高志+柵木雄斗@高田馬場Gate One(2017年)
MAGATAMA@本八幡cooljojo(2017年)
植松孝夫+永武幹子@北千住Birdland(JazzTokyo)(2017年)
永武幹子トリオ@本八幡cooljojo(2017年)

●柵木雄斗
永武幹子+瀬尾高志+柵木雄斗@高田馬場Gate One(2017年)


安田芙充央『Erik Satie / Musique D'Entracte』

2017-07-11 23:25:04 | アヴァンギャルド・ジャズ

安田芙充央『Erik Satie / Musique D'Entracte』(Winter & Winter、2016年)を聴く。

Fumio Yasuda 安田芙充央 (p, prepared p)
Joachim Badenhorst (cl, bcl, sax)
Julie Läderach (cello, voice)

「almost forgotton masterpieses」 との副題にあるように、エリック・サティの知られざる曲を演奏した作品集。

わたしはサティの曲などほとんど知らないので、受け売りである。とは言え、曲の雰囲気は、寂しく静かであり、サティらしいとはこのことかなと思ったりもする。浮かれた曲であっても全体を哀しさ切なさが覆っている。

何しろヨアヒム・バーデンホルストの演奏がいい。このサウンドを絵画だとすれば、その中に目立つように描き込まれた主題ではなく、周囲の色に混じり、また別の色を出しているような印象である。この人はハン・ベニンクとの共演でも俺が俺がではなく、また、カラテ・ウリオ・オーケストラにおいてもその特徴を全体のサウンドに高めている。

最後の曲はプリペアド・ピアノとともにバーデンホルストのバスクラも割れた音を発し、静かな部屋にぽつりと佇むような寂しさを残して終わる。

●ヨアヒム・バーデンホルスト
Spontaneous Ensemble vol.7@東北沢OTOOTO(2017年)
ハン・ベニンク『Adelante』(2016年)
カラテ・ウリオ・オーケストラ『Garlic & Jazz』(JazzTokyo)(2015年)
カラテ・ウリオ・オーケストラ『Ljubljana』(2015年)
パスカル・ニゲンケンペル『Talking Trash』(2014年)
ハン・ベニンク『Parken』(2009年) 


<浅川マキに逢う>ライブ&上映会@西荻窪CLOPCLOP

2017-07-11 07:35:53 | アヴァンギャルド・ジャズ

Eiichi Hayashi 林栄一 (as)
Akihiro Ishiwatari 石渡明廣 (g)

山崎幹夫さんによる浅川マキのライヴ映像を観るために、西荻窪のCLOPCLOPに足を運ぶ(2017/7/10)。

山崎さんより短いお話があった。CLOPCLOPが新宿蠍座を彷彿とさせること。文芸座ル・ピリエはかつて文芸地下劇場であったこと。ヴィデオカメラを持っていたら、浅川マキに突然命じられ、原田芳雄がル・ピリエの階段を降りる場面を撮影する羽目になったこと。その後、マキさんの映像を何度も撮ったのだが、ある日、いきなりそのヴィデオテープがすべて山崎さんのもとに返送されてきて、マキさんにその理由を訊いてもよくわからなかったこと。

上映前には、林栄一・石渡明廣による短い演奏があった。至近距離で聴くと、林栄一のアルトの音圧が半端ない。音がでかいというよりも、独特の倍音が鼓膜のある箇所を刺激するようなのだった。まるでトレーラーがエッジを露わにしてガチで衝突するような感覚である。

映像は、1993年12月28日、文芸座ル・ピリエでのライヴ。『黒い空間』の1年後である。

冒頭の「アメリカの夜」、いつものようにセシル・モンローとのデュオ。シンプルで重いモンローのスティック、やはりじいんとしてしまう。

続く「暗い眼をした女優」で、渋谷毅、川端民生、林栄一の面々が入ってくる。会場にはその林さんがいて、渋谷さんも観に来ている、不思議な感覚。懐かしい川端さんのグルーヴ、ぎゅわぎゅわと乱暴に入ってくる渋谷さんのオルガン。「こころ隠して」での林さんのソロが凄い。凄いのだが、いまの林さんの方が遥かに凄い(わたし自身も、90年代には可愛いアルトの音にあまり馴染めなかった)。

「夕暮れのまんなか」。「町の汽船」。渋谷さんとの「無題」、「マイマン」。「都会に雨が降るころ」、川端さんのベースも、林さんがマキさんの声とユニゾンで吹くアルトも良い。次の「セント・ジェームス医院」も、林栄一が吹いているとなんだか不思議である。録音すべきだったのに。

「あんな女は初めてのブルース」。ここにきてマキさんは共演者たちに全幅の信頼を置くように、酔ったように弛緩している。そういえばライヴではいつもそうだったかもしれない。昂揚したように、「それはスポットライトではない」を歌おうと思ったけれど、と呟いて、「あの人は行った」。前年の『黒い空間』における歌唱よりも崩している。そしてアンコールは川端さんのベースをバックに「ナイロン・カバーリング」。

感傷的になるのは仕方がない。

●浅川マキ
浅川マキ『Maki Asakawa』
浅川マキの新旧オフィシャル本
『浅川マキがいた頃 東京アンダーグラウンド -bootlegg- 』
『ちょっと長い関係のブルース 君は浅川マキを聴いたか』
浅川マキが亡くなった(2010年)
浅川マキ DARKNESS完結
ハン・ベニンク キヤノン50mm/f1.8(浅川マキとの共演、2002年)
浅川マキ『闇の中に置き去りにして』(1998年)
『浅川マキを観る vol.3』@国分寺giee(1988年)
『山崎幹夫撮影による浅川マキ文芸座ル・ピリエ大晦日ライヴ映像セレクション』(1987-92年)
浅川マキ『アメリカの夜』(1986年)
浅川マキ+渋谷毅『ちょっと長い関係のブルース』(1985年)
浅川マキ『幻の男たち』 1984年の映像
浅川マキ『スキャンダル京大西部講堂1982』(1982年)
浅川マキ『ふと、或る夜、生き物みたいに歩いているので、演奏家たちのOKをもらった』(1980年)
オルトフォンのカートリッジに交換した(『ふと、或る夜、生き物みたいに歩いているので、演奏者たちのOKをもらった』、1980年)
浅川マキ『灯ともし頃』(1975年)
『恐怖劇場アンバランス』の「夜が明けたら」、浅川マキ(1973年)
宮澤昭『野百合』(浅川マキのゼロアワー・シリーズ)
トリスタン・ホンジンガー『From the Broken World』(浅川マキのゼロアワー・シリーズ)


ハン・ベニンク『Adelante』

2017-07-09 23:20:46 | アヴァンギャルド・ジャズ

ハン・ベニンク『Adelante』(ICP、2016年)を聴く。

Han Bennink (ds)
Joachim Badenhorst (cl, bcl, ts)
Simon Toldam (p)

冒頭曲でいきなりハン・ベニンクらしく猛烈な勢いで走りはじめる。笑ってしまうほどである。(一時期不調説があったが、今年は来日もするし、元気なら嬉しい。)

一方のリードとピアノのふたりは、ミニマルな印象を受けてしまうほどに地味。しかしそれがよいのである。ヨアヒム・バーデンホルストのクラやバスクラには衒いが皆無だが、マイペースに自分の音楽を展開しており、決して埋没などしないところが面白い。ミシャ・メンゲルベルグの2曲などその淡々さがじわじわくるユーモラスさに転じていて、聴けば聴くほど滋味が浸み出てくる。

●ハン・ベニンク
ハン・ベニンク@ディスクユニオン Jazz Tokyo(2014年)
ペーター・ブロッツマンの映像『Soldier of the Road』(2011年)
ハン・ベニンク『Parken』(2009年)

ハン・ベニンク『Hazentijd』(2009年)
イレーネ・シュヴァイツァーの映像(2006年)
ハン・ベニンク キヤノン50mm/f1.8(2002年)
エリック・ドルフィーの映像『Last Date』(1991年)
ICPオーケストラ『Bospaadje Konijnehol』の2枚(1986-91年)
レオ・キュイパーズ『Heavy Days Are Here Again』(1981年)
レオ・キュイパーズ『Corners』(1981年)
ペーター・コヴァルトのソロ、デュオ(1981、91、98年)
アネット・ピーコック+ポール・ブレイ『Dual Unity』(1970年)
ウェス・モンゴメリーの1965年の映像(1965年)

●ヨアヒム・バーデンホルスト
Spontaneous Ensemble vol.7@東北沢OTOOTO(2017年)
カラテ・ウリオ・オーケストラ『Garlic & Jazz』(JazzTokyo)(2015年)
カラテ・ウリオ・オーケストラ『Ljubljana』(2015年)
パスカル・ニゲンケンペル『Talking Trash』(2014年)
ハン・ベニンク『Parken』(2009年)


ミシェル・ドネダ+レ・クアン・ニン+今井和雄@東松戸・旧齋藤邸

2017-07-09 21:46:16 | アヴァンギャルド・ジャズ

ミシェル・ドネダ、レ・クアン・ニン、齋藤徹という3人による「MLTトリオ」、本日ツアー初日(2017/7/9)。ゲスト・今井和雄。

場所は東松戸にある「旧齋藤邸」。明治時代に建てられた茅葺きの古い家である(齋藤徹さんとは関係がない)。とても暑い日で駅から歩く間に汗がふき出たが、敷地内は緑が多く爽やかだった。

予定では齋藤徹さんも参加の予定だったが、入院で「不在の在」。ライヴ前には吉報もあった。

Michel Doneda (ss)
Lê Quan Ninh (perc)
Kazuo Imai 今井和雄 (g)

ファーストセット。ドネダの息遣い、風、音色の変化に耳を傾けていると思わず涙腺がゆるんでしまった。

ニンはタイコの上で松ぼっくりを転がしたり、棒や指で擦ったり、シンバルに口を近づけて擦音を発したり。叩くという行動は驚くほど少ない。今井さんは鎖も使ったのだが、なぜかこの場においては過激な感じがしない。

セカンドセット。直前に3人で話し合い、裏の竹林でやるという。何ということか。

どのような響きがするのだろうと期待して竹林に入った。皆が葉っぱを踏み、枝が折れる音。蝶が飛び、虫や鳥の声も時折聴こえる。

驚いたことに、ドネダもニンも楽器を持ってあちらこちらへと気の赴くままに歩いてゆき、立ち止まり、音を出す。今井さんの弦が空間を震わせ、その音が竹や草に吸収されていくさまに、快感を覚えもする。ドネダは虫にも鳥にも変化する。ニンは葉っぱをすくい取り、タイコの上でかき混ぜ、息で吹き飛ばす。そのような作業がつぎつぎに提示される。

素晴らしいものは素晴らしいというトートロジーしか言うことができない演奏。ここにテツさんもいてコントラバスとともに立っていたならと想像するが、それはまた次の機会に体感できるだろう。

終わってから庭で雑談している間も、ドネダは草を見つけてきて笛を吹いたり、ヘンな声を出して遊んだりしていた。また嬉しくなってしまった。

Fuji X-E2、60mmF2.4

●ミシェル・ドネダ
ミシェル・ドネダ『Everybody Digs Michel Doneda』(2013年)
ミシェル・ドネダ+レ・クアン・ニン+齋藤徹@ポレポレ坐(2011年)
ロル・コクスヒル+ミシェル・ドネダ『Sitting on Your Stairs』(2011年)
ドネダ+ラッセル+ターナー『The Cigar That Talks』(2009年)
ミシェル・ドネダと齋藤徹、ペンタックス43mm(2007年)
齋藤徹+今井和雄+ミシェル・ドネダ『Orbit 1』(2006年)
ミシェル・ドネダ+レ・クアン・ニン+齋藤徹+今井和雄+沢井一恵『Une Chance Pour L'Ombre』(2003年)
齋藤徹+ミシェル・ドネダ『交感』(1999年)
齋藤徹+ミシェル・ドネダ+チョン・チュルギ+坪井紀子+ザイ・クーニン『ペイガン・ヒム』(1999年)
ミシェル・ドネダ+アラン・ジュール+齋藤徹『M'UOAZ』(1995年)
ミシェル・ドネダ『OGOOUE-OGOWAY』(1994年)
バール・フィリップス(Barre's Trio)『no pieces』(1992年)
ミシェル・ドネダ+エルヴィン・ジョーンズ(1991-92年)

●レ・クアン・ニン
ミシェル・ドネダ+レ・クアン・ニン+齋藤徹@ポレポレ坐(2011年)
ミシェル・ドネダ+レ・クアン・ニン+齋藤徹+今井和雄+沢井一恵『Une Chance Pour L'Ombre』(2003年)

●今井和雄
Psychedelic Speed Freaks/生悦住英夫氏追悼ライヴ@スーパーデラックス(2017年)
”今井和雄/the seasons ill” 発売記念 アルバム未使用音源を大音量で聴くイベント・ライブ&トーク@両国RRR(2017年)
第三回天下一Buzz音会 -披露”演”- @大久保ひかりのうま(2017年)
齋藤徹+今井和雄@稲毛Candy(2017年)
今井和雄『the seasons ill』(2016年)
Sound Live Tokyo 2016 マージナル・コンソート(JazzTokyo)(2016年)
広瀬淳二+今井和雄+齋藤徹+ジャック・ディミエール@Ftarri(2016年)
坂田明+今井和雄+瀬尾高志@Bar Isshee(2016年)
齋藤徹+かみむら泰一、+喜多直毅、+矢萩竜太郎(JazzTokyo)(2015-16年)
今井和雄 デレク・ベイリーを語る@sound cafe dzumi(2015年)
今井和雄、2009年5月、入谷(2009年)
齋藤徹+今井和雄『ORBIT ZERO』(2009年)
齋藤徹+今井和雄+ミシェル・ドネダ『Orbit 1』(2006年)
ミシェル・ドネダ+レ・クアン・ニン+齋藤徹+今井和雄+沢井一恵『Une Chance Pour L'Ombre』(2003年)
バール・フィリップス@歌舞伎町ナルシス(2012年)(今井和雄とのデュオ盤、1999年)


沖縄戦首都圏の会10周年記念講演「沖縄差別―ハンセン病と基地問題―」

2017-07-09 10:30:55 | 沖縄

沖縄戦首都圏の会(沖縄戦の史実歪曲を許さず沖縄の真実を広める首都圏の会)が10周年を迎えた。発足当初は、「大江・岩波沖縄戦裁判を支援し沖縄の真実を広める首都圏の会」だったわけだが、2011年4月の最高裁判決の後(その経緯は『記録・沖縄「集団自決」裁判』に詳しい)、より対象を広くした名前に変えられたということだろう。わたしも沖縄戦や「集団自決」についての同会の勉強会を何度か聴講していた。今回記念講演があると知り、明治大学リバティタワーに足を運んだ(2017/7/8)。

講演者は、土木技術者であり、またハンセン病の問題にも関わっている方である。

技術者の目からみれば、高江のヘリパッド工事はさまざまな問題を抱えているものであるという。情報開示請求により得られた高江の設計資料には、砕石等のダンプによる運搬費は「後日清算するものとする」と書かれている。すなわち青天井というわけである。またその運搬ルートは、住民の反対運動により道路を回避して国有林内に設置されたのだが、それは表向きの「モノレール」ではなく、森林をもっと伐採して作られたものだった(モノレールでは運搬に何年かかるかわからない)。さらにヘリパッドの造成が突貫で行われたために、斜面が崩れてきて当分は使えないような工事であったという。

ハンセン病と基地問題には、国策によって弱者を排除してきたという共通項があると、氏は指摘する。沖縄にも愛楽園というハンセン病患者の施設があったが、そのほとんどは「らい予防法」に基づく「予防」などではなく、排除であった。また、子どもを産ませないため、断種・堕胎が行われていた。すべて差別に基づく誤った行動だった。

●沖縄戦首都圏の会
沖縄「集団自決」問題(16) 沖縄戦・基地・9条(2008年)
沖縄「集団自決」問題(15) 結成1周年総会(2008年)
沖縄「集団自決」問題(14) 大江・岩波沖縄戦裁判 勝訴!判決報告集会(2008年)
沖縄「集団自決」問題(10) 沖縄戦首都圏の会 連続講座第3回(2007年)
沖縄「集団自決」問題(9) 教科書検定意見撤回を求める総決起集会(2007年)
沖縄「集団自決」問題(4) 沖縄戦首都圏の会 連続講座第1回「教科書検定─沖縄からの異議申し立て」(2007年)