【ぼちぼちクライミング&読書】

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「密航のち洗濯」宋恵媛/望月優大

2024年10月02日 11時14分00秒 | 読書(ノンフィクション)
「密航のち洗濯 ときどき作家」宋恵媛/望月優大

2024年 講談社本田靖春ノンフィクション賞受賞

P112・・・8月15日正午に玉音放送、夜7時には安在鴻による特別放送
「わが朝鮮は連合軍によって独立が保証されています。それから、日本人に危害を加えるようなことは絶対につつしんで下さい。朝鮮にいる百数十万の日本人の生命財産をみなさんの手で保護して下さい。同胞のみなさん!日本には引き揚げなければならない五百万のわが同胞がいることを深く静かにお考え下さい。――」

P142
入管の収容所は針尾から同じ長崎の大村に移転した。劣悪な待遇、日韓外交の失敗による長期収容、収容所内のイデオロギー対立で知られた大村収容所だ。大村収容所は、大村海軍廠の跡地に設置された。

P190
敗戦時、朝鮮北部には約27万の在朝日本人がいた。(南部には約50万人)ソ連軍による進駐ののち、「38度線」は早々に封鎖される。軍関係などで8月中に南部京城(現・ソウル)や釜山に到達した者もいたし、満鉄や満州国の関係者で朝鮮から満洲に再び戻った者もいたが、満洲避難民の多くは38度線以北の各地に収容され、極寒の越冬を経験した。

【ネット上の紹介】
1946年夏。朝鮮から日本へ、男は「密航」で海を渡った。日本人から朝鮮人へ、女は裕福な家を捨てて男と結婚した。貧しい二人はやがて洗濯屋をはじめる。蔚山、釜山、山口、東京―洗濯屋の「その後」を知る子どもたちへのインタビューと、わずかに残された文書群を手がかりに、100年を超える家族の歴史をたどる。
密航1946
第1章 植民地の子ども(朝鮮 1911‐24
日本 1924‐44
朝鮮 1944‐46)
送還 1946
第2章 洗濯屋の家族(尹紫遠 ユンジャウォン
大津登志子 おおつとしこ
泰玄 テヒョン たいげん
逸己 いつこ イルギ)

「赤ずきんの秘密 新版」アラン・ダンダス/編

2023年09月25日 08時43分29秒 | 読書(ノンフィクション)


「赤ずきんの秘密 新版」アラン・ダンダス/編

シンデレラ同様、赤ずきんの話は世界中にある。
代表的なのはペロー版とグリム版。
ずきんを赤くしたのはペローから。
(シンデレラにガラスの靴をはかせたのもペロー)

グリム版も、赤い帽子をかぶっている。
でも、エンディングが異なる。
ペロー版は食べられておしまい。
グリム版は漁師が赤ずきんを助け出してハッピーエンド。

P159
18世紀のフランスやドイツの作家は作家は皆、赤ずきんは自分から狼に話しかけ、自分が誘惑されレイプされるよう自ら仕向けたその「罪」のせいで罰せられたのだと理解していたのである。
赤ずきんを食べたり飲み込んだりするのは明らかに性的な行為であり、制し難い欲望や秩序に従わない自然を象徴的に示すものである。

P185
ペローが、同時代の作家と同じく、その有名な話を書くにあたって、子供向けというふうに対象を限定するのではなくて、同時に、あるいはむしろ主な対象として自分の友人仲間を考え、彼らを喜ばそうとした、ということは明白である。(グリムは子どもを読者に想定した。エンディングの違いは、このため、と思われる)

【ネット上の紹介】
赤い色のずきん、またはケープを身にまとい、祖母のところへ食べ物と飲物を入れた篭を持ってお見舞いに行く小さな女の子の話―「赤ずきん」は「シンデレラ」や「白雪姫」と並び、日本でもよく知られている外国の民話だ。なかでも有名なのはグリム童話の「赤ずきん」だが、実際にはグリム兄弟に先立つペロー版をはじめ、ヨーロッパのみならずアジアにまで多くの異話が分布している。その語り口や話の筋も、さまざまな変遷を経ており、多くの謎が秘められている。本書ではこうしたさまざまな「赤ずきん」像を紹介、実証科学的に考察するとともに、「赤ずきん」の解釈をめぐる多様なアプローチの12篇を収録した。
赤ずきんちゃん
小さな赤帽子
おばあさんの話
虎姑婆
「赤ずきん」は神話か?
赤ずきん―小さな五月祭の女王
赤ずきんは自由の帽子をかぶっているのであろうか―ティークとグリムの場合に想定されている意味合いについて
男性による創造、投影としての「赤ずきん」
「児童期」観と子供の民話―テストケースとしての「赤ずきん」
昔話と夢―「赤ずきん」の話をめぐって
赤ずきんと思春期の少女
「赤ずきん」の精神分析学的な解釈


「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」米原万里

2022年05月26日 16時27分51秒 | 読書(ノンフィクション)


米原万里さんの「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」(2001年刊)が紹介されている。
(2022年5月25日付朝日新聞夕刊より)

冷戦下の60年代、チェコ・プラハでともに過ごした3人の親友を30年後に訪ねる3編の交遊録からなる。激動の時代を乗り越え、再会を果たした彼女たちは抱擁のあとで何を語ったのか。ロシアのウクライナ侵攻で世界が揺れる今こそ、読み直したい。

文藝春秋・担当者、藤田淑子さんのコメント、
「米原さんが長編を書けることを証明した作品であり、『若草物語』や『赤毛のアン』のように女性に勇気を与える作品」

妹・井上ユリさんのコメント、
「万里らしい視点。アーニャに偽善があったのは事実」と前置きしたうえで、「でも、優しくて私は大好きだった。アーニャ一家はユダヤ人。さまざまな時代を生き延びてきて、国という概念もわたしたちとは違う。万里の視点で一方的に裁いてしまっているように感じて心に引っかかっている部分もある」
「万里が今生きていればプーチン大統領に対してはもちろん、『核保有』や『敵基地攻撃』を肯定する日本国内の声にも強い怒りで反発したと思う。万里の表現方法は独特のレトリック。どんな文章で、どんなたとえ話で怒ったり笑わせたりするかは分からない。それが一番知りたい」

佐藤優さんのコメント、
「3人の友人はルーマニア人、ユーゴスラビア人、ギリシャからの亡命者の娘で、ソ連社会主義の主流からするとマイノリティー。米原さん自身も日本共産党幹部の娘であり、つまりマイノリティーがマイノリティーを見つめた世界なのです」
「米原さんは私の恩人でもあります。(中略)『国家の罠』は米原さんの言葉なしには書けませんでした。作家としての私の生みの親の1人なのです」


「苦海浄土 わが水俣病 新装版」石牟礼道子

2021年10月21日 07時52分27秒 | 読書(ノンフィクション)


「苦海浄土 わが水俣病 新装版」石牟礼道子

水俣病とその患者、家族に寄り添った記録。
ノンフィクションでありながら、限りなく文学に近い。
古典で名作、と思う。
涙なしに読めない。

P150
海の上はよかった。ほんに海の上はよかった。うちゃ、どうしてもこうしても、もういっぺん元の体にかえしてもろて、自分で舟漕いで働こうごたる。いまは、うちゃほんに情けなか。月のもんも自分で始末しきれん女ごになったもね・・・・・・。

P270
「ねむろねむろ。うちはなあとうちゃん。ゆりはああして寝とるばっかり、もう死んどる者じゃ、草や木と同じに息しとるばっかり、そげんおもう。ゆりが草木ならば、うちは草木の親じゃ。ゆりがとかげの子ならばとかげの親、鳥の子ならば鳥の親、めめずの子ならばめめずの親・・・・・・」

P356
「銭は一銭もいらん。そのかわり、会社のえらか衆の、上から順々に、水銀母液ば飲んでもらおう。(中略)上から順々に、42人死んでもらう。奥さんがたにも飲んでもらう。胎児性の生まれるように。そのあと順々に、69人、水俣病になってもらう。あと百人ぐらい潜在患者になってもらう。それでよか」

【地図】



【感想】
読んでいて、なんとなく「サンダカン八番娼館」を思い出した。
女性たちは、島原半島、天草諸島出身者が多かった、と聞く。
そして、再び水俣に公害病が発生。
なぜ、貧しいところ、弱いところに集中するのだろう。


【ネット上の紹介】
工場廃水の水銀が引き起こした文明の病・水俣病。この地に育った著者は、患者とその家族の苦しみを自らのものとして、壮絶かつ清冽な記録を綴った。本作は、世に出て三十数年を経たいまなお、極限状況にあっても輝きを失わない人間の尊厳を訴えてやまない。末永く読み継がれるべき“いのちの文学”の新装版。
第1章 椿の海
第2章 不知火海沿岸漁民
第3章 ゆき女きき書
第4章 天の魚
第5章 地の魚
第6章 とんとん村
第7章 昭和四十三年


「日本航空一期生」中丸美繪

2021年03月24日 09時59分28秒 | 読書(ノンフィクション)

「日本航空一期生」中丸美繪

航空業界の黎明期を描いたノンフィクション。
とても興味深く、おもしろい。
白洲次郎は、現代では人気者だが、本書を読む限り、「悪役」だ。
吉田茂の側近という立場を利用し、国際ブローカーとして暗躍している。
「かっこいいやつ」とおもっていたのに印象激変。
イメージが一新され、それだけでも、本書を読む価値あり。
なお、著者は元・日航スチュワーデス。

スチュワーデスの条件
P14
わたしが日本航空に入社したときは、「容姿端麗」の条件はなくなっていたからこそ応募もできたのだが、かつてはそんな空恐ろしい条件があった。(中略)
「神話の一ケタ、化石の二ケタ、美貌の百期、知性の二百期、体力の三百期」といわれている。(中略)
スチュワーデスは29歳が最年長で、あとはほぼ22歳前後だった。企画室部長の伊藤良平の回想によると、採用にあたって社内では、「良家の子女を採用して日航のスチュワーデスとしてつくりあげる」という意見が圧倒的だったという。そのなかで独特な意見をいろいろいったのが森村勇で、「容姿端麗な八頭身美人を採用方針に」と提案したのも彼だった。(今ならフェミニストに袋だたきでしょうね・・・初代採用者は、ほとんどやめていくが、生き残るのは体力があって愛嬌もある女性たちだったようだ。最初、バッグは買い取りで給料天引き、ストッキングも靴も自前。後に、制服関連全て支給されクリーニング代も出るようになる・・・だいぶ後の話)

P100
竹田悠子は旅客課長から「3S」が強調されたことをはっきりと記憶していた。
「一番にSafety、二番にSchedule、そして三番がServiceであるというのです。これらがわたしたちの心に刻まれたスチュワーデスとしての基本です」(この竹田悠子さんは、初代スチュワーデス。日航に国際線が出来ると、英語堪能により指名される。あるとき、サンフランシスコ発東京便で、後輩がファーストクラスの客の背広にマティーニをこぼしてしまう。代わりに謝りに行って自腹でクリーニング代を工面。しばらくして、日航人事部に丸紅から連絡が入る。機内で出会った商社マンから悠子への求婚がなされたのだった。まるでドラマのような話だが、実話だ)

社長の松尾靜磨について
P251
飛行機に乗るときには、「お客さまを優先させて、重役であるのに、自分は最後に乗ってきて静かに空いている席を見つけてすわっていらしたわ」と感心するのは伊丹政子である。(中略)
着陸すると、ファーストクラスの客を飛行機の出口でスチュワーデスたちとともに送り、自分は最後に降りたともいう。その後の社長が、地上職員に伴われて、お客より先に飛行機を降りていくのとは対照的だったというのである。(大韓航空の元副社長・趙顕娥(チョ・ヒョナ)、つまり“ナッツ姫”と、えらい違いだ。皿に盛られるナッツを袋のまま出したと激怒。動き始めていた同航空機をリターンさせた事件を覚えているだろうか?ちなみに“ナッツ”は、「きちがい」という隠語・・・double meaning、と思う。こんな事件があるから、財閥2世、3世をモデルにした韓国ドラマも出来るのでしょうね)

【備考】1
伊丹政子は、1971年、昭和天皇が欧州に向かった時、その特別機に乗務している。さすが一期生だ。その時、天皇からお声が掛かる・・・「あの足の悪い伊丹の娘か?」、と。
伊丹政子の父は、元陸軍中将、陸軍士官学校校長もし、後、大使館付き武官として皇太子時代ヨーロッパ歴訪に同伴していたのだ。政子自身もあの玉音放送の時は宮内省総務部に勤務していた。その後、宮内省は改組され、政子は職を失い、聖心にもどり、英語科の一期生となるが家計は逼迫。母の嫁入り道具や着物も借金のカタに持って行かれる。そんな折に、日本航空の募集を知って、応募する。

【備考】2
先日、本書を元に、3月20日、広瀬すず主演で「エアガール」として2時間ドラマになった。とのとき、松尾靜磨は、名前を松木静男に変えられいた。何か支障があるのでしょうか? 白洲次郎や三木武夫は、そのままだったのに、どうして?
このドラマを観ていて思った・・・2時間ドラマじゃなく、NHK朝ドラですべきじゃない?、と。 2時間で消化するには濃すぎるんじゃない?、と。

【備考】3
ドラマには出てこないが、「もく星号」事件が取りあげられている。
松本清張「日本の黒い霧」の世界だ。


【ネット上の紹介】
GHQによる「航空禁止令」のもと、占領下の日本では、航空機保有はおろか、教育や研究も禁止されていた。民間航空再開の日を夢みて奮闘し、「日本航空」創立後は、現場主義・安全運行を何より徹底した先達たち。その気概に満ちた歳月を、当時を知る関係者の貴重な証言をもとに描いたノンフィクション。文庫化にあたり大幅加筆をした決定版。
第1章 創業前夜―占領下で(エアガールに CIEの職員を経て
家計のために 陸軍士官学校校長の娘 ほか)
第2章 日本航空創立―旅行会社のような民間会社(畳敷きの社長室
狭き門 ほか)
第3章 「もく星号」事件から自主運航へ(「もく星号」事件
事故の真相 ほか)
第4章 ナショナル・フラッグ・キャリアとして(一人前の航空会社へ
中学教諭からCIE図書館を経て ほか)


「超訳日本国憲法」池上彰

2018年03月25日 20時53分30秒 | 読書(ノンフィクション)


「超訳日本国憲法」池上彰

池上彰さんが憲法をやさしく解説。

P24
憲法は、国家の最高法規。いろんな法律の親分のようなものです。
ただし、一般の法律の多くが、国民が守るべき内容を定めているのに対して、憲法は、「その国の権力者が守るべきもの」なのです。

義務教育について
P66
義務教育と聞くと、子供たちは、「学校に行くのが義務だ」と思いがちですが、子どもたちにとって、学校に行くのは権利であり、義務を負うのは、その子どもたちの親なのです。

P82
「衆議院」というのは、「大衆の代表が議論する場所」という意味です。これに対して「参議院」は、「衆議院での議論に参加する」という意味です」主役は衆議院であることが、名前から分かります。

【ネット上の紹介】
「(天皇は)日本国民統合の象徴」→“国民がまとまっているという象徴”、「大臣を罷免」→“大臣をクビにできる”、「文民」→“軍人ではない人”、「国権の発動たる戦争…これを放棄」→“正義が守られ、混乱しない国際社会を…誠実に強く求め、あらゆる戦争を放棄”など、池上版「超訳」で読み解くと、こんなに憲法はわかりやすくおもしろい!改憲論争が高まる中、国民必読、一家に一冊の最新版「憲法の基礎知識」。
前文
天皇
戦争の放棄
国民の権利及び義務
国会
内閣
司法
財政
地方自治
改正
最高法規
補則
集団的自衛権と日本国憲法
北朝鮮の憲法
中国の憲法
アメリカ合衆国の憲法


「大草原のローラ物語 パイオニア・ガール」ローラ・インガルス・ワイルダー/パメラ・スミス・ヒル/谷口由美子

2018年03月09日 21時44分28秒 | 読書(ノンフィクション)


「大草原のローラ物語 パイオニア・ガール」ローラ・インガルス・ワイルダー/パメラ・スミス・ヒル/谷口由美子

「小さな家」シリーズの元となったノンフィクション「パイオニア・ガール」と注釈。
(以下「パイオニア・ガール」=PG、「楽」=「この楽しき日々」)
読むのに日数が掛かった。
注釈が半端ない量だから。
本文よりはるかに多い注釈。
古典文学大系か、ってな調子である。
まぁたしかに、古典だし、研究者も多い。
値段も6,264円、マニア向け、と思う。

それにもかかわらず、得るものも多い。
西部開拓時代の政治、経済、世情等、一般知識を得ることが出来る。
また、キャリーやグレイスのその後を知ることが出来た。

キャリーについて
キャリーはびくびくした、弱々しい妹として描かれているが、それはフィクション、PGとも同じ。しかし、実際のキャリーは長じてキャリアを積み、独立心のある女性となった。ふるさとの町でデ・スメット・リーダー紙の植字工を務め、サウス・ダコタ州フィリップではひとりで農地を守って暮らし、ブラック・ヒルズではいくつかの新聞社で働いた。1812年8月1日40代前半で、デイヴィッド・N・スウォンジーと結婚。彼は16歳年上で、子どもがふたりいた。夫の死後、キャリーはサウス・ダコタ州キーストーン駅を切り盛りして働き、1946年6月2日、75歳で没。

グレイスについて
P128
グレイス・インガルスは、デ・スメットの北西約60マイルのところにある、組合教会系のレッドフィールド・カレッジで学んだ。そして、デ・スメットの西の小さな町、マンチェスターの学校で教えた。やがて、地元の農夫で、18歳年上のネイサン・ウィリアム・ダウと出会い、1901年に結婚。チャールズ・インガルスが亡くなる1年前だ。ふたりには子どもはなく、マンチェスター近くのダウ農場で長年暮らしたのち、キャロラインとメアリ・インガルスの面倒を見るために、デ・スメットのインガルス家に移った。1928年のメアリの死後、グレイスと夫はマンチェスターに戻り、グレイス1941年2月10日、64歳で没。夫ネイサンは、1943年に没。

【実際のローラと物語のローラの違い】
P327に脚注を書いたパメラ・スミス・ヒルにより次のように表現されている
PGでは、若いワイルダーはライバルに対してもっときっぱり、はっきり自分の気持ちをぶつけている。なかなかやり手の、プライドと自信に溢れた、ほとんど大人の女性だ。だが、『楽』のローラは、もっと控えめで、自分がアルマンゾを好きなのかどうか、まだよくわからない。物語のヒロインである若い娘の例にもれず、ローラはも大人の女性としての役割や責任を自分のものとしてしっかり受け止めるまでに至っていない。またローラは自分の女性としての魅力にもあまり自信がない。このような控えめなローラが、若い読者の親近感を呼び、魅力的なヒロインに映るのだ。

地図や挿絵も豊富。
それだけでも見ていて楽しい。
インディアン・テリトリーに住んだ「大草原の小さな家」の位置は、のちにローラも探したが分からなかったそうだ。しかし、それも今では特定されている。

【資料】(1)

【資料】(2)


【誤植】
P198
いつもようにちゃんと乳がとれましたが
 ↓
いつものようにちゃんと乳がとれましたが

【ネット上の紹介】
あの「小さな家」の物語は、ここから始まった―。アメリカ開拓時代の少女ローラとその家族を描いた、児童文学傑作シリーズのオリジナル版が、ついに日本語で登場!物語との比較が楽しめるエピソード満載の解説・注釈つき。
イントロダクション 「ものなるかどうかもわからない」―パイオニア・ガールの物語
「パイオニア・ガール」の原稿について
編集作業の進め方について
第1章 キャンザス州とミズーリ州にて 一八六九年~一八七一年(『大草原の小さな家』対応)
第2章 ウィスコンシン州にて 一八七一年~一八七四年(『大きな森の小さな家』対応)
第3章 ミネソタ州にて 一八七四年~一八七六年(『プラム・クリークの土手で』対応)
第4章 アイオワ州にて 一八七六年~一八七七年(「小さな家シリーズ」から省かれたところ)
第5章 ミネソタ州にて 一八七七年~一八七九年(『プラム・クリークの土手で』対応)
第6章 ダコタ・テリトリーにて 一八七九年~一八八〇年(『シルバー・レイクの岸辺で』対応)
第7章 ダコタ・テリトリーにて 一八八〇年~一八八一年の「厳しい冬」(『長い冬』対応)〔ほか〕


「ルポ児童相談所」慎泰俊

2018年01月22日 20時42分25秒 | 読書(ノンフィクション)


「ルポ児童相談所」慎泰俊

昨今、虐待にからんで児童相談所が話題になる。
本書は、児童相談所に併設されている一時保護所を中心にレポートされている。

P78
やってきたとたん服を含めた私物をすべて取り上げられ、保護所内に置いてある服を選び、それを着ることから生活が始まるところもあるそうで、ある子どもは「パンツに番号が振られていて、どこの中学生が番号のついてパンツなんか履くんだと思った」と話していました。

P121
一時保護所は、児童相談所に併設されていることがほとんどです。ただし、すべての児童相談所ではなく、地域で中心となる児童相談所に置かれている場合が多く、その数は2015年4月現在135となっています。年間で一時保護所にやってくる子どもの数は約2万人で、平均して約1ヵ月滞在します。

【参考リンク】
慎泰俊『ルポ 児童相談所』

【ネット上の紹介】
児童相談所併設の一時保護所は、虐待を受けた子どもや家庭内で問題を起こした子どもらが一時的に保護される施設。経験者の声は「あそこは地獄」、「安心できた」と二つに分かれる。社会起業家である著者自ら一〇カ所の一時保護所を訪問、二つに住み込み、子供たち、親、職員ら一〇〇人以上のインタビューを実施。一時保護所の現状と課題点を浮かび上がらせ、どのように改善したらよいのか、一方的でない解決の方向性を探る。
序章 「一時保護所」とは、どういう場所なのか
第1章 「一時保護所」で、子どもたちはどう過ごしているか(子どもたちの一日
保護所間格差は、なぜ起きているのか)
第2章 子どもたちの生活環境―様々な証言から(職員と、そこで生きる子どもたちのギャップ
一時保護所の運営を規定するもの
ルールを破ったら、どうなるのか)
第3章 児童相談所と一時保護の現状(「むしろ、かかわらないでほしい」という意味
なぜ、子どもたちは一時保護所にやってきたのか
一時保護決定後、保護所での生活が始まる
一時保護委託の拡大がカギ
児童相談所は、どうあるべきなのか
増加する貧困と虐待
激務に明け暮れる児童相談所)
第4章 よりよい子ども支援のために(行政ができることは何か
民間の人間にできることもある)


「魂でもいいから、そばにいて」奥野修司

2017年07月27日 19時19分04秒 | 読書(ノンフィクション)


「魂でもいいから、そばにいて」奥野修司

サブタイトルが、「3・11後の霊体験を聞く」。
遺族の悲しみに寄り添ったレポート。

P9
たとえばタクシーの運転手だ。
「古川駅から陸前高田の病院まで客を乗せたんだが着いたところには土台しか残っていなかった。お客さん!と振り返ったら誰も乗っていなかったんだよ」
(中略)
またある女子大生の話。
「閖上大橋のあたりに行くと、高校時代にいつもそこで待ち合わせていた親友が立っているんです。でも、その子はお母さんと一緒に津波で流されたはずなんです」

このような“恐怖体験”が語られる訳じゃないし、テーマでもない。
著者は次のように述べている。

石巻での話
P246
十字路で前の車が止まったまま動かないので降りてたずねると、道路をたくさんの人が渡っているから待ってくれという。しかし、誰もそんな人は歩いていなかった――。当時は語る方も怖がっていたし、聞いている僕も怖かった。でも、僕が求めていたのはそういう“恐怖体験”ではない。津波で逝った大切な人と、共に生きようとしている人びとの物語を記録することだった。

P246
津波という不可抗力によって、大切な人を突然喪うという悲劇は、生き遺った人の心の中に大きな悲しみの澱を生んだ。ここに紹介した「亡き人との再会」ともいえる物語は、その悲しみを受け入れるためではない。むしろ大切なあの人との別れを認めず、姿は消えたがその存在を感じつつ、忘れることを拒否する自分を受け入れるためのように思う。きっとそれは、大切なあの人が、この世から忘れ去られないためでもあるのだろう。

奥野修司さんという高名なノンフィクション作家が、震災の霊体験を書かれた、ってことに興味を持って読んだ。同じノンフィクション作家・工藤美代子さんの霊体験集とは趣旨が異なる。

「なぜノンフィクション作家はお化けが視えるのか」工藤美代子
「もしもノンフィクション作家がお化けに出会ったら」工藤美代子
(こちらは、純粋に怖い体験集、である)


【おまけの感想】
ところで、本書を読んでいて気になったのが、携帯にまつわる霊体験が多い、ってことだ。
電波と霊は親和性があるのだろうか?

【ネット上の紹介】
今まで語れなかった。でも、どうしても伝えたい。未曾有の大震災で最愛の人を喪った絶望の淵で…大宅賞作家が紡いだ、“奇跡と再会”の記録。
春の旅(『待っている』『どこにも行かないよ』(亀井繁さんの体験)
青い玉になった父母からの言葉(熊谷正恵さんの体験)
兄から届いたメール“ありがとう”(熊谷常子さんの体験)
『ママ、笑って』―おもちゃを動かす三歳児(遠藤由理さんの体験)
神社が好きだったわが子の跫音(永沼恵子さんの体験))
夏の旅(霊になっても『抱いてほしかった』(阿部秀子さんの体験)
枕元に立った夫からの言葉(赤坂佳代子さんの体験)
携帯電話に出た伯父の霊(吉田加代さんの体験)
『ほんとうはなあ、怖かったんだぁ』(阿部由紀さんの体験)
三歳の孫が伝える『イチゴが食べたい』(千葉みよ子さんの体験))
秋の旅(『ずっと逢いたかった』―ハグする夫(高橋美佳さんの体験)
『ただいま』―津波で逝った夫から(菅野佳代子さんの体験)
深夜にノックした父と死の「お知らせ」(三浦幸治さんと村上貞子さんの体験)
“一番列車が参ります”と響くアナウンス(今野伸一さんと奈保子さんの体験)
あらわれた母と霊になった愛猫(大友陽子さんの体験)
避難所に浮かび上がった「母の顔」(吾孫耕太郎さんの体験))


「狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ」梯久美子

2017年06月20日 20時26分19秒 | 読書(ノンフィクション)


「狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ」梯久美子

666ページ、読みごたえがあった。(読むのに、たっぷり1週間かかった)
「死の棘」の妻・島尾ミホの評伝。
膨大な資料と、関係者への取材から書かれている。
戦後の文壇を背景に、「死の棘」を、ミホの立場から読み解いていく。

梯久美子さんは昭和史の研究家と思っていたが、
文芸にも造詣が深い、と分かった。
文中にも高名な文学者、評論家が多数登場する。
(戦後文壇史としても興味深い)
島尾敏雄さんは、特攻隊の隊長であり、
奥さんのミホが、奄美大島の旧家の出で、
戦争末期の極限状態で出会った…これが全ての始まりである。
島尾家という、究極の「家族」を描いている。
やはり、読まざるを得ない作品だ。

P133-134
(前略)島尾は、日本人の持つ「固さ」の原因は近世以降の武士道にあり、それ以前の日本人は挙措にしても考え方にしてももっとのびやかで自由だったはずだと考えた。

P227
故郷を侮辱されることは、ミホにとって両親を侮辱されることでもあった。のちに『死の棘』に描かれることになるミホの狂乱は、結婚以来プライドを踏みにじられてきたことへの悲しみの噴出でもあったのである。

P232
そのとき眞鍋は、「島尾は自分の情事について書いた日記を、わざとミホさんに読ませたのかもしれない」と言ったのだ。

P249
死という裏打ちが失われたとき、エロスもまた失われた。二人の戦後はこうしたずれの中で始まったのである。

P261
「そういえば島尾敏雄の『死の棘』、あの浮気は“藤十郎の恋”なんですってね」
(中略)
「藤十郎の恋」は菊池寛の小説で、上方歌舞伎俳優の坂田藤十郎が不義密通する男の役を演じるため、人妻であるお梶に恋を仕掛ける話である。

【蛇足】
島尾敏雄さんは、ミホが日記を読むように、わざと開いておいた。
それは分かった。
うすうす、ミホは夫の浮気を知っていた。
でも、狂ったのは、その日記を読んでからだ。
梯久美子さんの説は、文字により狂った、と。
その負債返済のために膨大な時間と労力を費やし文字により贖った。
その結果「死の棘」が完成した。
読んでいて感じたのだが、ミホは、『夫が読ませようとしておいた』、
それを直感的に感じとり、その動機と甘えを許せなかったのではないか?

【ネット上の紹介】
戦後文学史に残る伝説的夫婦の真実に迫り、『死の棘』の謎を解く衝撃大作。島尾敏雄の『死の棘』に登場する愛人「あいつ」の正体とは。日記の残骸に読み取れた言葉とは。ミホの「『死の棘』の妻の場合」が未完成の理由は。そして本当に狂っていたのは妻か夫か――。未発表原稿や日記等の新資料によって不朽の名作の隠された事実を掘り起こし、妻・ミホの切実で痛みに満ちた生涯を辿る、渾身の決定版評伝。
【目次】
「死の棘」の妻の場合
戦時下の恋
二人の父
終戦まで
結婚
夫の愛人
審判の日
対決
精神病棟にて
奄美へ
書く女へ
死別
最期


「死刑の基準」堀川惠子

2017年03月12日 20時04分00秒 | 読書(ノンフィクション)


「死刑の基準 「永山裁判」が遺したもの」堀川惠子

「永山基準」というものがある。
死刑の判断で、スタンダードとなるそうだ。
では、それは何なのか?
永山事件とは、どのような事件か?
膨大な資料と関係者からの取材により、掘り起こしていく。

P242
憎むべき犯人が、死刑になって処刑されることで癒やされる遺族も確かにいるだろう。他方、悲しみの分母に比べるとほんの僅かかもしれないが、犯人の真の更生が、遺族の慰藉に繋がる面もあることは否定できないのではないだろうか。
「犯人に償ってもらいたい」という言葉。その償いの方法は、「死」であるべきなのか、「更生」であるべきなのか――。深く、重い問いかけである。

「永山基準」とは何か?…最高裁判決の以下の部分を指している。
P349
 犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害者感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき……極刑がやむをえないと認められる場合には、死刑の選択も許されるものといわなければならない。

P393
過ちを犯した者を非難することはたやすい。しかし、過ちを犯した者に向き合うことは難しい。その先に、すべての人々を満足させる明確な答えが見つからないからだ。

あとがきより
P396
人は、人を裁けるのか。本書を書きあげた今も、私は明言することを躊躇します。この大きな問いの入り口に、やっと立ったというのが偽らざる実感です。

第32回講談社ノンフィクション賞受賞作。
受賞前は専門書コーナーに置かれて、殆ど売れなかったそうだ。
ところが、受賞後一般の人が手にとって読んでくれるようになった。
講談社ノンフィクション賞の選考委員の方達は、さすがプロである。
膨大な作品群から、埋もれていた宝石を見つけ出したのだ。
著者も文庫本あとがきで次のように書かれている。
――「書く」という世界で私自身が生きていく道を拓いてくれました。
こうして、「教誨師」「原爆供養塔」へと繋がっていくのである。

日本の戦争 BC級戦犯60年目の遺書 

【ネット上の紹介】
「永山基準」として名を留める、十九歳の連続射殺犯・永山則夫。本書は、彼が遺した一万五千通に上る膨大な書簡から、その凄惨な生いたちと、獄中結婚した妻との出会いにより、はじめて「生きたい」と願うようになる心の軌跡を浮かび上がらせる。永山基準の虚構を暴く、圧巻の講談社ノンフィクション賞受賞作。
第1章 生いたちから事件まで
第2章 一審「死刑」
第3章 二審「無期懲役」
第4章 再び、「死刑」
第5章 「永山基準」とは何か 


「脱出記 シベリアからインドまで歩いた男たち」スラヴォミール・ラウイッツ

2016年06月08日 20時43分33秒 | 読書(ノンフィクション)


「脱出記 シベリアからインドまで歩いた男たち」スラヴォミール・ラウイッツ

無実の罪でシベリア送りになったポーランド陸軍騎兵隊中尉・ラウイッツ。
6人の仲間と脱走し、シベリアからインドまで歩いていく。
酷寒のシベリア、空漠たるゴビ砂漠、屹立するヒマラヤ山脈。
ハリウッド映画のような波乱万丈の展開。
一気読みの面白さだった。

脱出劇だけでなく、旅行記としても面白いし、サバイバル記録としても貴重でだし、冒険談としても楽しめる。
途中で追っ手の恐怖も去り、ロシア軍を気にする必要もなくなる。
もう、そこでしばらく滞在したら?と思ってしまう。
でも、彼らは根っからの「旅人」で「冒険家」なんでしょうね。
よくこれだけのメンバーが集まったものだ。
(もし滞在してしまったら、「セブン・イヤーズ・イン・チベット」になってしまう…それはそれで面白いと思うけど)

チベットで出逢ったサーカシア人について
P358
「あの人たちを見ていると、自分のほうが卑しい気がする。これまで、人間としての尊厳を失った人々に対する、苦々しい記憶がわだかまっていたが、あの人たちがそれを、ほぼ一掃してくれた」

PS
ゴビ砂漠を渡るとき、もう少し情報収集して、装備を調えたら良かったのに。
もっと大きな水袋を持つとか。
でも、これって「後知恵」なんでしょうね。

【おまけ】
椎名誠さんがあとがきで、脱出行ベスト3を選んでいる。
1冊は本書、他の2冊は次のとおり。
「ヒマラヤのスパイ」
「ラオスからの生還」 

ヒマラヤのスパイ

【ネット上の紹介】
こんな極寒の地でこのまま朽ち果てたくない―第二次世界大戦のさなか、ポーランド陸軍騎兵隊中尉だったラウイッツは無実にも関わらずソ連当局にスパイ容疑で逮捕された。苛烈な尋問と拷問の末、下された判決は25年間の強制労働。そしてシベリアの強制収容所へと送られた。意を決した彼は6人の仲間と収容所からの脱走を計画し、見事成功する。なんとかシベリアの原野を抜け、徒歩で一路南へと移動を始めた彼らだったが、その前途には想像を絶する試練が待ち受けていた!極限状況を生き抜いた男たちの、壮絶なるノンフィクション。


「B面昭和史1926-1945」半藤一利

2016年05月24日 20時35分44秒 | 読書(ノンフィクション)


「B面昭和史1926-1945」半藤一利

昭和史をB面=草の根レベルで振り返ろう、って企画。

P20
 12月30日 宮中大奥(女官)のお局制度廃止に決定――東京日日新聞。
いまになると、この決定は新天皇の強い意志によるものであったことが明らかになっている。
 ともあれ、その昭和元年は、12月25日から31日までの1週間しかない。
(昭和元年生まれの人は少ない…当時満年齢ではなかったから、生まれてすぐ2歳になって不憫であろうと、昭和2年1月生まれにして届けたそうだ)

P39
日本最初の地下鉄、上野―浅草、2.2キロ
「人間がモグラになった」

P98
「のらくろ」の本名は、“野良犬黒吉”である、と。
「僕は、のら犬の黒つまり『のらくろ』というものであります」

P378
昭和16年頃の替え歌
 どんどん どんがらりと どなり組
 まわして頂戴 ヤミ物資
 教えられたり 教えたり

同じく昭和16年10月30日、
浅草寿町の本法寺境内に「はなし塚」が建立される。山ほどある演目のなかから花柳ダネ(明烏、居残り佐平次、廓大学、子別れ、品川心中、付け馬、つるつる、六尺棒など35種)、妾ダネ(権助提灯、星野屋など4種)、間男ダネ(紙入れ、包丁など6種)、艶笑ダネ(疝気の虫、不動坊、宮戸川など7種)、残酷ダネ(後生鰻)の計53種の古典落語をすべてここに葬ったのである。
 上からの命令にあらず、落語協会の自粛によるというのであるから、ちょっと首をかしげたくなる。花柳ダネこそが芸のみせどころと思うのであるが、それを高座にのせないことが聖戦遂行や大政翼賛のためになるというのであろうか。もう日本人みんなわけのわからないままに集団催眠にかかっていたというほかはない。

落書きパロディ
P435
「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」
 ↓
「足らぬ足らぬは夫が足らぬ」
男が戦場にかり出されて、町は女子どもばかり、と。「贅沢は敵だ」→「贅沢は素敵だ」に匹敵するパロディだ)

P449
有名なフレーズ「撃ちてし止まん」が古事記からきている、と。
神武天皇の御製
「みつみつし 久米の子らが 垣下に 植ゑしはしかみ 口ひびく 吾は忘れじ 撃ちてし止まん」

P464(昭和18年)
「米機を撃つなら、英機を撃て!」などと大書きしたビラが、電信柱やガード下の壁に貼り付けられているのを見かけるようにもなった。この場合の「英機」とは東条英機首相のことであったのであろう。

P529(昭和20年の冗句)
「戦争はじまっていらい、
○増産されたもの=法律とお金、歌わぬ音楽とシラミ
○減産されたもの=物資、食料と親切心
○不明のもの=大和魂あるいは必勝の信念」

特攻隊員の残した川柳
P555
 慌てし者小便したいままで征き
 万歳がこの世の声の出しをさめ
 父母恋し彼女恋しと雲に告げ
(川柳とは言え、一般の詩歌と同じで、胸にせまるものがある)

【感想】
正史からもれた巷の雑学ネタが満載。
約600ページの厚さ、読みごたえがあった。
ところで、「B面昭和史1926-1945」という事は、戦後史篇も出る、ってことか?
楽しみに待っている。

【ネット上の紹介】
国民はいかにして戦争になびいていったのか?政府や軍部の動きを中心に戦前日本を語り下ろした『昭和史1926‐1945』(=A面)と対をなす、国民の目線から綴った“もうひとつの昭和史”

[目次]
プロローグ 一週間しかなかった年―昭和元年
第1話 「大学は出たけれど」の時代―昭和二~四年
第2話 赤い夕陽の曠野・満洲―昭和五~七年
第3話 束の間の穏やかな日々―昭和八~十年
第4話 大いなる転回のとき―昭和十一年
第5話 軍歌と万歳と旗の波―昭和十二~十三年
第6話 「対米英蘭戦争を決意」したとき―昭和十四~十六年
第7話 「撃ちてし止まむ」の雄叫び―昭和十七~十八年
第8話 鬼畜米英と神がかり―昭和十九~二十年
エピローグ 天皇放送のあとに


「将棋の子」大崎善生

2016年02月08日 21時20分14秒 | 読書(ノンフィクション)


「将棋の子」大崎善生

以前から気になっていた作品を読んだ。
「3月のライオン」の元ネタのひとつ、と思われる。
奨励会を舞台にしたドラマ。
日本各地で天才と言われた少年達。
しかし、勝ち残れるのはごく一部のみ。
敗れ去ったものたちは、いかに挫折を克服するのか?
あるいは、出来ないのか?

P340
 では、なぜ彼らの闘いがこんなにもせつなく胸に迫ってくるのだろうか。
 それは、棋士を目指すというあまりに単純で逃げ場のない目標のせいなのかもしれない。あるいは、少年の日に抱いた夢に人生をかけて突き進んでいく姿が健気だからなのだろうか。それとも、その挑戦があまりにオールオアナッシングだからなのか、年齢制限という厳然とした逃れられないシステムのせいなのだろうか。

棋士の世界という特殊な世界を扱いながら、万人に訴える内容。
思った以上に、胸に応える。
講談社ノンフィクション賞受賞作・・・読んでみて。

【ネット上の紹介】
奨励会…。そこは将棋の天才少年たちがプロ棋士を目指して、しのぎを削る“トラの穴”だ。しかし大多数はわずか一手の差で、青春のすべてをかけた夢が叶わず退会していく。途方もない挫折の先に待ちかまえている厳しく非情な生活を、優しく温かく見守る感動の一冊。第23回講談社ノンフィクション賞受賞作。
[目次]
第1章 北へ
第2章 沈黙の海
第3章 夢への遡上
第4章 吹きあれる風
第5章 月光
第6章 再会の日
第7章 放浪
第8章 恋
第9章 勇気の駒


「おひとりさまの最期」上野千鶴子

2016年02月01日 23時29分33秒 | 読書(ノンフィクション)


「おひとりさまの最期」上野千鶴子

気になるテーマ。
どのような状態で成仏するのか?
特別養護老人ホームに入るか?
グループホームに入寮するか?
それとも、自宅で死ぬことは可能か?
どの程度、身体能力が失われるのかにもよる。

P21
質問:「あなたは正月三が日をひとりで過ごしましたか?」
この回答になんと前期高齢者の独居男性の10人に6人が「はい」と回答しました。

P22
樋口恵子さんはBBこと「貧乏ばあさん」ということばを造語しましたが、女の貧乏は一生ついてまわります。

P45
年金、医療、介護は、いずれも日本では共済制度、つまり保険によっています。国民年金保険、国民健康保険、介護保険です。介護保険だけ、「国民」とついていないことに注意しましょう。介護保険は最初から加入者を国籍条項で制限しませんでした。

P53
病院では死は敗北ですが、高齢者施設では死はゴールであり、達成。

P95
暮らしとは(1)口から食べて、(2)お尻から排泄して、(3)清潔を保つことの日々の積み重ね。ここから(1)食事介護、(2)排泄介護、(3)入浴介護の「三大介護」が生まれました。家族が支えているのがこの3つの介護なら、この3つを他人さまに支えていただければ、おひとりさまでも家にいられることになります。逆にいえば、介護力がないばかりに、涙をのんで施設や病院に入らなければならなくなるのです。

P213
判断能力を失ったひとに対してその意志決定を法的に代行するのが成年後見です。それには財産管理と身上監護が含まれます。
成年後見には任意後見と法定後見の二つがあります。

P249
「尊厳死」という概念がこわいのは、いつでも「尊厳なき生」より「死」のほうがまし、という考え方にスリップしていくことです。

【ネット上の紹介】
「在宅ひとり死」のススメ。何でもあり、どんな死に方もあり!身近な友人の死を経験して「次はいよいよ私の番だ!」と切実な関心のもとに、医療・看護・介護の現場への取材から得た収穫を、惜しみなく大公開。

[目次]

み~んなおひとりさま時代の到来
死の臨床の常識が変わった
在宅死への誘導?
高齢者は住宅弱者か?
在宅ホスピスの実践
在宅死の条件
在宅ひとり死の抵抗勢力
在宅ひとり死の現場から
ホームホスピスの試み
看取り士の役目
看取りをマネージメントする
認知症になっても最期まで在宅で
意思決定を誰にゆだねるか?
離れている家族はどうすればよいのか?
死の自己決定は可能か?
死にゆくひとはさみしいか?