【ぼちぼちクライミング&読書】

-クライミング&読書覚書rapunzel別館-

「嘘つきは姫君のはじまり 千年の恋人」松田志乃ぶ

2011年07月31日 22時06分29秒 | 読書(小説/日本)


「嘘つきは姫君のはじまり 千年の恋人」松田志乃ぶ

11巻目、シリーズ最新刊にして最終刊。
見事な大団円。
政治的駆け引きと全体の調和も見事。
このエンディングがベストでしょう・・多分。
(「元のさやに収まれ」、ってファンもいるかもしれないけど)

さて、3つ見所がある。
①野武士団に囚われの身となった東宮、宮子、真幸が、どのように脱出するのか?
(あるいは、助け出されるのか?)
②宮子は東宮の正式な妃となるのか?
(あるいは、真幸との別れはどのように行われるのか?)
一条の大姫は、入内するのか?
③野武士団は四切刀を集めることができるのか?
(あるいは、どのように阻止されるのか?)

これらに、さらに細かいエピソードやキャラが絡んでくる。
あまりにキャラ多彩なため、すべてに説明が行きとどいていない。
メインキャラと本流のみが説明されただけ。
だから、気になることが残ってしまった。
例えば、蛍の宮と五節の今後と姫子の絡み。
有子姫と真幸の行く末。
馨子と文殊丸に未来はあるのか?
盗賊の竜田、百合、駒君も気になる。

名作というのは、全てをクリアーにして説明しないから、これで良いのかもしれない。
でも、番外編、外伝として、(少なくとも)1冊は出そう。
なぜなら、著者自身があとがきで次のように書かれているから。

ページの都合上、書き切れなかったことがけっこう残ってしまいました。これは補完の物語が必要だろうということで、反則ぎみですが、番外編の短編集でそちらを書かせていただきます。
いまのところその内容は、
「宮子の女御入内&うれしはずかし初めての夜」
「真幸と有子姫の恋のゆくえ」
「蛍の宮のなんやかや」
の三つを中心とした短編集になる予定です。
最後の蛍の宮だけなんかテキトーな感じですが、まあ相撲関係の話です。他にも書きたいカップルがいるのですが、再びページ数との闘いになるはずなので明言は避けてむにゃむにゃ。


・・・と言うわけで、まだ楽しみは続きそう。
私は五節と姫子ファンなので、「蛍の宮のなんやかや」が気になります。
「他にも書きたいカップルがいる」というのは、馨子と文殊丸でしょう。
こちらも気になる・・・文殊丸の天真爛漫と馨子の計算ずくキャラの激突がおもしろい。
以上、こんなところが、簡単な紹介と感想かな。

PS
ネット上で7/30発売、となっていたので、朝から探しに行った。
しかし、ロサヴィア虎谷書店にはなく、少し時間をおいて、紀伊國屋高槻店まで足を運んで購入。同じ鉄道沿線ながら、微妙に時間差があるようですね。

【完結フェアリンク】
http://cobalt.shueisha.co.jp/fair11_3/index.html

【ネット上の紹介】
身代わり姫の恋絵巻、涙と笑いの大団円! 四つの刀をめぐる騒動が拡大する中、宮子と次郎君を庇い、深手の傷を負った真幸。これ以上、宮子に後宮で生きる重荷を負わせたくないと考えた次郎君は、宮子に別れを告げ、真幸の元に帰そうとするが…。


「大津波と原発」内田樹/中沢新一/平川克美

2011年07月29日 23時32分37秒 | 読書(対談/鼎談)


「大津波と原発」内田樹/中沢新一/平川克美

原発推進派、肯定派の人たちは、恫喝が好き。
曰く、「今の便利な生活をあなた方は放棄する気があるのか」
曰く、「原発をなくしてしまったら日本のエネルギー自給率はたいへん低くなってしまう。日本の発電量の30パーセントを原子力発電が占めているわけだから、それがなくなったら産業全体が沈滞していって日本経済はどんどん縮小する」

廃棄物処理問題未解決のまま見切り発車、国策として強引に進め、この泥沼状態。
そのあげく、国民を恫喝してどうすんねん。(怒)
では、いったいどうしたらいいのか?
推進派、反対派の不毛論争(中沢新一氏曰く「昔の日蓮宗と浄土宗の論争みたい」)じゃなく、
公平な立場の知識人による、本質をとらえた議論、未来への提言を聞きたい、と思う。
そんな訳で、この本を手に取ってみた。
いくつか文章を紹介する。

P66-68
中沢「フランスなどはたいへん原発推進国で原発大国ですから、彼らはこれを自分たちの社会に持ち込むときも最初から怒れる神を扱うように慎重でした。ものすごく危険な神を自分たちの世界に持ち込んで、熱を出させようとしているのを知っているんです」
内田「そうだよね」
中沢「だから、ノルマンディの海岸に原発を建てるときにには、周辺の住民にヨウ素を配っているわけです。(中略)」
内田「まさに神域なんだ」(中略)
平川「聖なるもの、聖なる場所についての扱い方をわかっている」
内田「聖域をどう扱うかっていうことだね」
内田「フランスの原発のデザインってやっぱり神殿だよね」
平川「ああそうか」
中沢「インドの原発って見たことあるんですけれども、それはなんとシヴァのリンガの形をしているんです」
内田「えー!(笑)それはすごい。でもすさまじいエネルギーがそこからほとばしる場所だからね」
中沢「初期の原発なんですけどね、郵便切手にもなっていて、とても有名な原発です。シヴァの男根の形をした原発なんて、宗教学者はうっとりします。さすがインド人はインド・ヨーロッパ系だから、原子力がシヴァだって知ってるんですね」

(P50-54)
化石エネルギーとして使われたものは生活圏の中に受け入れられる形態に媒介変換されてきたわけです。化石エネルギーはたいへん有効ですし、人間の科学技術で十分コントロール可能なものです。
なぜかというと、化学反応でエネルギーを取りだすしますから、そこに関係しているのは、原子核の周りの電子の結合様式だけなんです。これは、人間が扱える範囲のものです。そのかわり利用できるエネルギー量はあまり大きくないです。
ところが原子力エネルギーというのは、そういうものとはぜんぜんちがうところからつくられてきている。なにしろ原子核に手をつけるわけですから。
原子核を結合している核力エネルギーを取りだす技術です。ところが原子核から放出されるエネルギーは今まで一度たりとも、生活圏を通過することによって媒介されていないのです。
核力からエネルギーを取りだす核融合反応というものは、もともと太陽でおこなわれているものです。
それこそ46億年前に地球は太陽の一部がもぎとられるようにしてできた星で、しだいにマントルと地殻の内部構造が形成された。この初期の地球でおこなわれているのが、核分裂・融合のプロセスです。
そのころはまだ生活圏が形成されていません。20億年前くらい前にようやく原始的な植物が出てきて、生活圏の原型みたいなものがつくられてきます。核分裂というのはようするに生活圏の外にある。
(中略)
1942年に最初の原子炉がつくられていいます。それからまだ70年しか経っていない。
たとえば火を扱う技術というのは、何万年もの蓄積を持っていますよね。人間がその技術をマスターするまでには時間がかかっている。火打ち石から、木の摩擦で火をつくるまでには、1000年近くかかっています。ひじょうにゆっくりと発展をおこなったわけです。
でも原子力については、まだ70年しか経っていない。70年というのはどういう年数かというと、ソビエト連邦の持続期間とだいたい同じです。(中略)
まだ70年しか経っていない技術だということを忘れて「安全だ!安全だ!」と言いつづけてきたというのは、信じられないような神話力です。
たしかに文明史というのは、毒物を取り入れて薬物に変えるということのくり返しなんですけれどもね。(中略)
それが原子核の中の原子の結合エネルギーを取りだそうということになれば、今まで生態圏になかったエネルギー形態ですし、副産物もいっぱい出てくるわけですから、これはりっぱな毒です。生態圏の外で起こっている現象ですから、生態を破壊していくことはまちがいないですし。
人体だって多大な影響を受けるでしょうし。ところが、この毒物を人間の世界のまっただ中に据えることに関しては、70年ぐらいの技術ではとうてい解決し得ない問題がたくさんある。そのことは容易に想像できます。


P115
いちばん刺激的だったのは、中沢さんがエネルギー革命について説明してくれたときに、「一神教的」という言葉が出たことです。それを聞いたときに、自分の中にあった、日本の原子力行政に対して抱いていた何とも言えない違和感の理由がわかったような気がしました。
今回の原発事故の根本のところにあるのは、現代日本人の「霊的な力」に対する畏怖の欠如ではないかと思ったのです。(中略)
どうして人類が「死霊」や「鬼神」という概念を持つようになったのか、その由来をぼくは知りません。けれども、その機能ならわかります。それは「センサーの感度を上げろ」ということです。もし生き延びたいと思ったら、目に見えず、耳にも聞こえず、匂いも、触感もしない「それ」を感知できるようにセンサーの感度を最大化しろ。それが「霊的なもの」という概念から導かれるとりあえず唯一の実践的命令です。(中略)
ぼくは今回の震災と原子力事故については、「アラームの劣化」ということが大きくかかわっていると思います。そして、日本人が21世紀を生き延びるためには、もう一度「霊的再生」のプログラムについての対話が始まらなければならないだろうと思っています。


【ネット上の紹介】

[要旨]

未曾有の震災後に浮かび上がる、唯一神のごとき「原発」。原子力という生態圏外のエネルギーの憤怒に、われわれはどう対峙し、無惨に切断された歴史を転換させていくべきなのか。白日のもとに晒された危機の本質と来るべき社会のモデルを語り尽くす。

[目次]

1 未曾有の経験をどう捉えるか;2 津波と原発事故はまったく異なる事象である;3 経営効率と排除される科学者の提言;4 原子力エネルギーは生態圏の外にある;5 原子力と「神」;6 「緑の党」みたいなものへ;補 私たちはどこへ向かうべきか―質疑応答に関連して

内田 樹 (ウチダ タツル)  

1950年、東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。現在、神戸女学院大学名誉教授。専門はフランス現代思想、映画論、武道論。著書に『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書、小林秀雄賞)、『日本辺境論』(新潮新書、新書大賞二〇一〇)など

中沢 新一 (ナカザワ シンイチ)  

1950年、山梨県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。人類学者。著書に『チベットのモーツァルト』(サントリー学芸賞)、『森のバロック』(読売文学賞評論・伝記賞)、『哲学の東北』(斎藤緑雨賞)、『フィロソフィア・ヤポニカ』(伊藤整文学賞評論部門)、『カイエ・ソバージュ全5巻』(5巻で小林秀雄賞)、『アースダイバー』(桑原武夫学芸賞)など

平川 克美 (ヒラカワ カツミ)  

1950年、東京都生まれ。早稲田大学理工学部卒業。1977年、翻訳サービスと日米IT関連企業へのローカライズサービスを提供する「アーバン・トランスレーション」設立。1955年、ビジネスサポートを主業務とするBusiness Cafe,Inc.(シリコンバレー)設立に参加。2001年、「株式会社リナックスカフェ」設立、現在、代表取締役。2007年、「ラジオカフェ」を創業、同社取締役プロデューサーとしてラジオパーソナリティーを兼務(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


「芸術新潮」2011年6月号

2011年07月27日 23時12分54秒 | 読書(エッセイ&コラム)


「芸術新潮」2011年6月号

ワシントン・ナショナルギャラリー特集。
気になるので読んでみた。
中野京子さんが印象派絵画について解説されている。
いくつか文章を紹介する。

ピエール=オーギュスト・ルノワール 《モネ夫人とその息子》P27
ピエール=オーギュスト・ルノワール《モネ夫人とその息子》
セーラー服はもともと1857年にイギリス海軍が制定した水兵の制服にはじまります。(中略)男児ばかりでなく、年配者も女性も、それこそ猫も杓子も、セーラー服を着るという大ブームだったのです。(中略)日本では1920年、京都のミッションスクールが初めての女生徒の制服に採用しています。(←京都のミッションスクールとは平安女学院のこと・・・但しワンピースタイプだったらしい。byたきやん)
注目したいのは、服装の歴史に“子ども服”が登場した点です。実は18世紀に入るまで、子ども用の服という概念はありませんでした。ただサイズを小さくしただけの“小さな大人の服”しかなかった。啓蒙時代の教育者ルソーが、子どもは大人の出来損ないではなく、固有の権利があると主張したことが呼び水となり、子ども服が誕生しますが、定着には19世紀後半まで待たなければならなかったんでしょうね。

娼婦たちの定期検診 アンリ・トゥールーズ・ロートレック《ムーラン街》P52

1830年ごろのパリには1万人から3万人にも及ぶ娼婦がいたとされています。その数は年を追うごとに増え、第二帝政期の1852年ごろになると、200軒ほどの娼館の存在が知られています。それから20年後、1872年の調査では、娼婦の数はなんと12万人!この数に、当時急増したビヤホールで「きわめて熱心に働く」女性給仕人や、お針子や踊り子をはじめとするグリゼットたちの援助交際を加えたら、もっと多くなることでしょう。


エドゥアール・マネ 《鉄道》P36

エドゥアール・マネ《鉄道》

モデルの女性は、ヴィクトリーヌ・ムーラン。《オランピア》《草上の昼食》など、職業モデル(これまた娼婦と蔑まれた)として数々のマネ作品に登場しますが、面白いのは後に彼女自身が画家になったこと。同じくマネ作品でモデルをつとめたベルト・モリゾとは階級がまったく異なりながらも、この作品が描かれた3年後には彼女自身の作品がサロンで展示されただけでなく、批評家賞まで受賞します。

(《鉄道》というタイトルのくせに、汽車おらんやんけ、と言われそうだが、後ろの白い煙が汽車である。byたきやん)
Image illustrative de l'               article Olympia (Manet)

Image illustrative de l'               article Le Déjeuner sur l'               herbe

(《オランピア》《草上の昼食》とは上の作品・・・同じモデルとは知らなかった。byたきやん)
 
こちら、同様にマネのモデルをつとめたベルト・モリゾ


ピエール=オーギュスト・ルノワール 《ポン・ヌフ、パリ》P33

ピエール=オーギュスト・ルノワール《ポン・ヌフ、パリ》
印象派の画家たちは、近代化された街を、なにも見たまま描いているわけではありません。だって、馬や犬の糞尿跡が無い(笑)ちなみに、速度制限も横断歩道もなかったこの時代、馬車による交通事故は非常に多かった。法律も、前輪で轢いたら御者の責任だけれど、後輪ならば誰も責任を問われなかったとか。
(なぜかこの絵が好き。惹かれるものがある・・・ポン・ヌフだから・・・?byたきやん)

【関連図書】
「印象派で「近代」を読む-光のモネから、ゴッホの闇へ」中野京子


世界選手権2011アルコ

2011年07月26日 12時16分13秒 | クライミング(コンペ、国体)

JFAサイトに、世界選手権2011アルコ報告が載っている。
最高メンバーで臨んだけど、振るわなかったようですね。

【参考リンク】
世界選手権2011アルコ
http://freeclimb.jp/compe/ic/ic11.htm#alco


昔の画像

2011年07月25日 20時01分57秒 | 身辺雑記


写真を整理していたら、昔の画像が出てきたので、掲載する。
ウインドウズ95が登場する前、マックを使用していた。
マックには画像ソフトが付いていて、普通にアニメを作ることが出来た。
ウインドウズは、安定していて便利だけど、「アソビ」要素では、マックに負ける。
実用ソフトでも、アクセスはファイルメーカーほど使い勝手よくない、と聞く。
(私はウインドウズ用ファイルメーカーを使用している・・・ポケットマネーで)
ある意味、ウインドウズは90年代マックに、今でも追いついていない。(がんばれ!)


夏ポンポン山7/24

2011年07月25日 00時27分31秒 | クライミング(一般)


ポンポン山に登ってきた。
このところ、日曜はずっとハイキングを行っている。

6/24、ポンポン山
7/3、愛宕山
7/10、大文字山
7/17、比叡山
7/24、ポンポン山

1ヶ月前、6/24もポンポン山に登った。
この時より、今日は少し体が慣れてきた。
練習の成果が出てきたようだ。
足のような大きな筋肉は、割りと鍛えやすいのかも?
その点、クライミングは、細い指先だったりで、無理するとパキるし。
微妙なバランスや、ムーブ発見で、登れたりする。
複数の要素が絡み合ってるから、鍛えるのも難しい。

真夏で、登山者も少ない?(↑)

そんなことありません!暑いから、皆さん日陰で休憩。(↑)


「3月のライオン」(6)羽海野チカ

2011年07月25日 00時04分27秒 | 読書(マンガ/アニメ)


「3月のライオン」(6)羽海野チカ

「マンガ大賞2011」「講談社漫画賞」ダブル受賞。
「3月のライオン」最新刊、6巻目。
今までで、一番盛りあがったかも。
何巻続くか未定だけど、今回は大きな山だ!
もう、読んでいて涙、涙。

零君が、ひなちゃんの為に、京都に駆けつけるシーン。
広い京都で、見つけることが出来るのか?
そして、新人戦の行方は?
何人もの登場人物、1人1人の心理と行動を描き分け、
ストーリーのうねりを展開させていく。
もう、見事としか言いようがない。

【ネット上の紹介】
学校で友達をかばったために、いじめに合うひな。周りに負けず戦う彼女のために零はできることを必死に捜す。零は元担任の林田先生に「お前にできることを一つずつやりなさい。」と諭され、ひなのために戦うことを誓う。すべての読者の心を感動で震わす「3月のライオン」。戦いの第6巻ここに登場です。


「スピカ」羽海野チカ初期短編集

2011年07月24日 23時46分50秒 | 読書(マンガ/アニメ)


「スピカ」羽海野チカ初期短編集

羽海野チカさん、初期短編集。
初期とは言え、完成度は高い。(もう既に、このレベル)
「ハチクロ」「3月のライオン」・・・登場人物の雛形を見ることが出来る。

さて、短編が6作品収められている。
一番完成度が高いのは、タイトルとなっている「スピカ」でしょうか?
萌え要素満載?
私が個人的に興味深かったのは、「イノセンスを待ちながら」。
最初、「イノセンス」って、あの「イノセンス」?・・・まさかぁ?
・・・と、思っていたら、まさかの「イノセンス」、でした。
う~ん、と唸ってしまいました。

PS
最後に、こう書かれている。

この単行本の印税は全て
東日本大震災に被災された方々と、被災地の復興のためへの
義援金とさせていただきます。
1日も早い復興を心より祈っております。


【ネット上の紹介】
羽海野チカがデビュー当初、各誌に描いた珠玉の短編をついに集約して一冊に…。少年探偵・バレエ・ショートストーリー・エッセイなど様々なジャンルを集めた短編集! 2011年7月刊。


「無力感は狂いの始まり」(「狂い」の構造2)春日武彦/平山夢明

2011年07月21日 22時45分42秒 | 読書(対談/鼎談)


「無力感は狂いの始まり」(「狂い」の構造2)春日武彦/平山夢明

以前、「「狂い」の構造」を読んだ。→「「狂い」の構造」春日武彦/平山夢明
これは、その続編。(続編が出るとは、言いたい放題だったけど、わりと好評だったんですね)
さて今回も、そんな「言いたい放題」の対談。
でも、内容はちょっと薄味になったような。(「下品さ」は同じだけど)
前回の方が、面白かったように思う。(単に、気のせい?)
例によって、いくつか文章を紹介する。

(P13)
「今の日本が病んでいる最大の原因は心身ともに貧乏になったこと。特に経済的な理由が大きいんでしょう?」
「そして心の病が駆け込み寺になっている」
「(中略)でも、日本人って何だかんだ言っても我慢するよね。慣れるっていうか」
「不幸慣れする」
「それでぼやくの。母ちゃんっぽいんだよね。母ちゃんって、いつもおやじの文句ばかり言っているでしょう。嫌なら別れりゃいいのにと思うんだけど」
「ぼやきつつ耐えるんだよね」


(P19)
「自己肯定の出来ていない人は、基本的に自分を被害者だと規定するんだよね。被害者だから、自分は善人なの。社会のシステムなり、両親とか世の中の人たちの不理解によって、私はこういう不幸な状態にいるんですと」

(P28-29)
「さっきトラウマを擬人化しましたけど、それ自体がひとつのイニシエーションになっちゃってるんですよね。それを越えれば次の私になれる。無視することはあり得ない。乗り越えれば私は大人になれる、マトモになれるなんて、イニシエーションに変えて、結局トラウマにしてしまうんでしょう?ああ、もう自分とは切り離せない、捨てられない、みたいな。ところで一般人が、トラウマと戦って勝つ、その勝率はどのぐらいなんでしょうか?」
「まず、勝てない。そもそも勝ち負けって発想のところで負けている」


(P70-71)
「見境なく怒鳴り声を出す人間って、獣になってるわけでしょ。人間としての和解とか理解を超えてさ。獣になった瞬間に強くなるんだよ。人間を捨てて、わーっとやった瞬間に、こっちも中に入ろうという気はしなくなるもの。危ないから。(中略)その段階でバランス的には負けているんだよね」

(P172)
「アル中の治療ってさ、言い聞かせたってダメだから」
「どうするの?」
「本当にひどい目に遭わないとダメだから、ちゃんと「底つき体験」という言葉があるの。本当に身に染みないとダメだから。でも、底のつき方というのが、離婚されるはわ、職は失うわ、刑務所に入るわ」
「強姦されるとか」
「本当にひどい目に遭わない限り無理なんだよ。それでも、暫く経つとまた元の木阿弥になるのが多い(略)」


以上、いかがでしょうか?
気が向いたら、読んでみて。

【ネット上の紹介】
秋葉原通り魔事件、婚活殺人から巷の怪事件まで―正気じゃない!人間の深層に眠る狂気の種を抉り出す、伝説の不謹慎放談、まさかの第2弾。

[目次]第1章 無力感が人を狂わせる(狂気の世に思うこと、再び;平山夢明的怪事件 ほか);第2章 犬吠え主義者たちの饗宴(泣くことについて、再び;品のない狂気と大吠え主義 ほか);第3章 鬱と暴力と死体(遊園地で鬱は治らない;ローマ字ニュアンスで“UTSU” ほか);第4章 正論という狂気(嫌な話が読みたい!;ひどい物語の宝庫「南部文学」 ほか);第5章 ゲスさが足りない!(幼年期は愚行すべき!;幼児期に経験する「殺し」は重要 ほか)

著者紹介
春日 武彦 (カスガ タケヒコ)   
精神科医。1951年、京都府生まれ。日本医科大学卒業。都立松沢病院、都立墨東病院勤務を経て、’07年より東京未来大学教授 
平山 夢明 (ヒラヤマ ユメアキ) 

1961年、神奈川県生まれ。’94年、『異常快楽殺人』(角川ホラー文庫)で作家デビュー。『独白するユニバーサル横メルカトル』(光文社)で日本推理作家協会賞受賞、『このミステリーがすごい!』’07年版国内編第1位を獲得(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


「風にもまけず粗茶一服」松村栄子

2011年07月20日 20時08分21秒 | 読書(小説/日本)


「風にもまけず粗茶一服」松村栄子

先日、比叡山を登りに行って、この本を読み返したくなった。(比叡山舞台だから)
この作品は、「雨にもまけず粗茶一服」の続編。→「雨にもまけず粗茶一服」松村栄子
前回読んだのは、今年の1月。→「風にもまけず粗茶一服」松村栄子
今回、読み返してみたけど、やっぱり面白かった。
気になった文章を紹介する。(前回とは違うところが気になったし、また、印象に残ったところも少し異なる)

(P199)
〈いただきます〉は、あなたの命をいただきますという意味だと子どもの頃、隣の和尚に教わった。鮎の命をもらって、自分の命をつなぐ。〈ご馳走さま〉は、走り回ってもらってありがとうございます、という意味だ。

(P179)
「なんとか言ってくれよ。宗家巴流の番頭さんなんだろ。いつもここから巴さんち見てるんじゃないの。御所の近くだし」
「・・・・・・知らんわ」
「爺さん、その水飲んでも、しらばっくれてられんのか。花脊の水だぞ、それ」
「・・・・・・花脊・・・・・・」
水筒がすとんと落ちた。遊馬はそれを拾って土を払い、もう一度老人の胸に押しつける。細い、枯れ枝のような指が竹の表面で滑る。掴もうとするけれども小刻みに震えてうまくいかない。花脊・・・・・・と、もう一度呟いた。乾ききってひび割れた頬が湿り、じわじわと染みだしてきた伏流水のように涙がその表面を覆う。


(P340)
「正直、あんたが娘や言われても、もひとつ実感がわかへんかったけど、そうか、たしかにわたしとあのひとの子ぉやな。けったいな手紙もろて、それ本気にして別れてしもたが、あれは嘘や、ほんまの手紙は、カンナはんのその名ぁやな。やっとあのひとのほんまの手紙もろた気分や」

さて、今回気になったのは、これ以外にもいくつかのキーワードがある。
「無動寺坂」「「玉体杉」「雲母坂」・・・いずれも、実際、比叡山にあるルート名だったり、樹の名前だったりする。当然、地図で場所を確認する作業を行った。

最後に、前回も書いたが、この表紙サイテー。
悪いイメージが焼き付いてしまう。
前作・文庫本の柴田ゆうさん、松岡史恵さんのコンビにして頂きたい。
こんな表紙を考えた編集者、責任をとって欲しい。(怒)


【ネット上の紹介】
あの、遊馬が修行中?武家茶道坂東巴流の将来を背負って立つ(はずの)友衛遊馬が、いよいよ比叡山に―。「武家茶道って、何?弓道と剣道と交わるところって…」真剣勝負で挑む茶の湯ワンダーランド。「粗茶一服」シリーズ第2弾。19歳が繰り広げる大傑作青春エンターテインメント。


「テンペスト」池上永一

2011年07月19日 21時49分05秒 | 読書(小説/日本)



「テンペスト」池上永一

2年前、2009年7/20付で、「テンペスト」を紹介した。
現在BSで放送中。
それが、総合TVでも、放送されるようだ。(7/23・土曜・7:30pm)
とりあえず、1回だけでも観てみよう、と思う。

【参考リンク】
http://www.nhk.or.jp/jidaigeki/tempest/index.html

参考までに、2年前、私が書いた紹介文を再録する。
(なお、当時はハードカバー上下だったけど、今は文庫本になっている)
以下、再録。

【再録】
これは面白いよ!
2段組上下2冊が短く感じられる。
実は、この作品昨年の夏に出版された。
その時からずっと気になっていた。
でも、この長さに、ちょっと躊躇していた。
「もし、おもしろくなかったらどうしよう」、と。
でも、とりあえず購入だけしておいた。
読む気になったら、すぐ読めるように、と本棚に置いておいた。
そして、やっと読み気になったのが先週のこと。
ああ、こんなに面白いなら、もっと早くに読むんだった!
特に、琉球王朝に興味のある方は必読。
首里城が主な舞台。
(以前、沖縄に登りに行った際、観光で訪問したことがあるので、よけい身近に感じられた)

さて、興味深い点をいくつか。
ヒロインが真鶴、超美少女天才クラスの頭脳の持ち主、13カ国を操る、と言う設定。
このヒロインが男装して大活躍。
また、この兄が美少年、女装すると、後宮の美女もまっさお。
こりゃ~、少女マンガか宝塚じゃないか!
さらに源流はシェイクスピア「十二夜」「お気に召すまま」等、日本にも「とりかえばや」あるけど。(そう言えば、シェイクスピアに同タイトルの戯曲あり)
死ぬような目になっても生きかえり、流刑になってもまいもどってくる。
このあたりは白土三平さんのカムイ伝を彷彿する。

さて、ずっと褒めてきたけど、弱点もある。
それはキャラクターの薄さ。
特に、ヒロインの魅力イマイチ。
著者の池上永一さんは女性の心理描写が苦手、とお見受けする。
奥田英朗さんや山本幸久さんクラスになれ、とは言わないけれど、もうちょっとなんとか・・・。
薄味な登場人物が多い中でも、私の好きなキャラは真牛さん。
この方が、もっとも強烈なキャラクターで印象に残る。
後半登場する側室の真美那もヒロインの親友として大活躍、好感度が高い。
女官の思戸もいい感じ。

少々クレームをつけてしまったが、御容赦。
面白くて、レベルが高かったからこその苦言と思って下さい。
ストーリーに関してはジェットコースター状態。
(多少ご都合主義もあるけどご愛敬)
資料の駆使も見事。

PS
それにしても、繊細で深い心理描写があれば鬼に金棒なのに、と悔やまれる。(しつこい?)
琉球文化と歴史を学べるから、まっ、いっか。


「阪急電車」有川浩

2011年07月18日 20時12分52秒 | 読書(小説/日本)


「阪急電車」有川浩

有川浩さんの中でも人気作品。
文章も読みやすく、そんなにぶ厚くなく、内容もおもしろい。
・・・でも、一気に読めなかった、3日かかった。
読んでいてつらくなるのだ・・・甘すぎて。
甘すぎるお菓子やケーキを一気に食べられないのと同じ。
(女子コーセーとか、普通に読めるんでしょうね)
私のようなおっちゃんには、ちょっとキツい。
(椎名軽穂さんの「君に届け」を読んだときは、もっとキツかったけど)

以上、ちょっと辛めの感想で申し訳ない。
一般の方には普通に楽しめる、と思う。
なにより、関西人に馴染みの阪急電車だし。
ちにみに、私の一番好きなシーンは、ミサと翔子が親しくなるシーン。

(P220)
お茶を飲み終わったら、きっとこの年になると作ることが難しい友だちが一人増えているだろう。


PS
私の最寄り駅も、阪急京都線なので、親しみを感じる。
(登場人物・翔子さんの「前の自宅」と同じだ!)

【参考リンク】
作家の読書道:第68回 有川浩
「学芸カフェ」2011年4月号(カバーインタビュー)

【上記インタビューで、印象に残った言葉】
わたしは、物語はどんな嘘をついてもいいと考えています。でも、人の気持ちで嘘をつかせてはダメです。
人の気持ちの流れに嘘がなければ、読者さんは物語の嘘にはついて来てくださる、とおもいます

将来書きたいものについては、小説のネタは出会いものだと考えています。自分から何かについて書きたいということではなく、目の前に降ってきたものを掴むというスタンスです。そのために、降ってきたネタを掴むための瞬発力と握力は常に鍛えておきたいです。

【ネット上の紹介】
隣に座った女性は、よく行く図書館で見かけるあの人だった…。片道わずか15分のローカル線で起きる小さな奇跡の数々。乗り合わせただけの乗客の人生が少しずつ交差し、やがて希望の物語が紡がれる。恋の始まり、別れの兆し、途中下車―人数分のドラマを乗せた電車はどこまでもは続かない線路を走っていく。ほっこり胸キュンの傑作長篇小説。

 


2011夏、比叡山▲848

2011年07月17日 20時09分58秒 | 登山&アウトドア(関西)

ハイキングに行ってきた。
今週は、比叡山。
詳細は次のとおり。

JR比叡山坂本駅-京阪坂本-本坂登り口-根本中堂-釈迦堂
-玉体杉-横川中堂-牛尾宮三宮宮-日吉大社-鶴喜そば-JR比叡山坂本駅


9:30JR比叡山坂本駅に到着。
日吉大社を横に見て、石段を登り始める。
暑い、暑い、汗びっしょり。
11時過ぎ、根本中堂到着、昼ご飯を食べる。
フルーツゼリー、バナナ、凍らせたミカン缶詰。
再び歩き始める。
釈迦堂、西塔、玉体杉、そして横川中堂。
ここまで来たら、あとは下山のみ。
最初は大きな道で、左に琵琶湖を見ながら良い感じ。
でも、だんだん悪路となり、道が分からなくなる。
道を間違えて谷に下りてしまったようだ。(大宮川の谷)
なんとか、一般道らしきものを見つけて、日吉大社の裏に出て一安心。(3:30pm)

後は電車で帰宅するのみ・・・だけど、せっかく来たので、蕎麦を食べることにする。
1716年から営業するという超老舗「鶴喜そば」である。
味は・・・まぁまぁ、かな。(山で修行して五穀断ちとかして、胃が弱っている人には、いいのかもね。ツユは、もう少し薄めが好み、それにしても、京都近いのに、どうして味が濃いのだろう?)
嬉しかったのは、蕎麦湯を湯桶に入れて出してくれたこと。
(湯桶とは、あの「重箱読み」「湯桶(ゆとう)読み」の湯桶である)
柄と、注ぎ口がある飲料容器を意味する。
現代で湯桶を使うと言えば、本格的なソバ屋くらいかな。
出来たら蕎麦湯用のコップを別に出して欲しかった。
ちょっと細かい芸が足りないし、店全体に愛想の無さを感じた。
値段は、ざるそば890円・・・・これを高いと感じるか、伝統のありがたさを感じるか?
でも、比叡山に登ったら、またここに立ち寄るかもね。

PS
大峰山系では、感じなかった蕎麦文化だけど、比叡山にはしっかりありました。
でも、どうして大峰山にないんだろう?

PS2
蕎麦屋では、有笠の近くの沢渡温泉にある「よしのや」の方がおいしかった、ような気がする。
なお、雑学として、他人の会話に横から口出しする人のことを「蕎麦屋の湯桶(そばやのゆとう)」と言う。

PS3比叡山を歩いていて、本を読み返したくなった。比叡山を舞台にした小説「風にもまけず粗茶一服」(松村栄子)。



1993年ヨーロッパ(2)フランス篇

2011年07月16日 19時58分55秒 | クライミング(海外)

前回、1993年フランス写真(前半)を公開した。
今回は(後半)を公開する。

前回は、パリ到着篇と岩場クライミング篇、であった。
(後編)は生活篇と観光編である。
生活篇は、キャンプ場、アパート、町や村の風景。
観光編は、アビニオン、カマルグ大湿原のサイクリング、アルル、マルセイユ、イフ島、となっている。
特に、イフ島は気合いが入った。なぜなら、私は小さいときから「モンテクリスト伯」のファンだから。
南仏に行ったら、絶対イフ島に行きたい、と思っていた。
ちなみに、「三銃士」ファンでもあるので、パリでは「ボン・ヌフ」に感動した。
(ヨーロッパは歴史と文学の宝庫、平常心ではいられなかった)
 


1993年ヨーロッパ(1)フランス篇

2011年07月15日 20時14分11秒 | クライミング(海外)

このブログは「クライミングと読書」がテーマ。
その割に、読書とハイキング・ネタばっかりやんけ、と言われそう。
5月末くらいに右肘を痛め、今は腰も痛い。(年齢を重ねると色々あるのだ)
今は、最低限の練習だけにして、回復を祈っている状態。

そこで、昔話をすることにする。
1993年、ヨーロッパに登りに行った話。(昔は私も元気だったのだ)

4月5日10:00am伊丹出発。(当時、関空は無い)
平日にもかかわらず、親方が見送りに来てくれた、感謝!
長い、長いフライトで、メシがやたらと出てきた。
パリ到着は7:05pm、税関のチェックも無く28番から北駅(ガール・ド・ノルド)へ。
パリ市内到着時間、9時過ぎ。
宿の予約もしていないので、安いホテルを探してパリの町をさまよう。
その時、犬のウンコを踏んでしまう。
「あぁ、パリに来たなぁ」、と実感する。(パリの町はウンコだらけ)
順番に空室と値段を聞いてまわるが、怪しい雰囲気の東洋人4人なので、少し警戒されているような。
★★ツイン360フラン、朝食21フラン(以下、Fと略する、1F=21.5円、当時ユーロはないから)

やっとホテルが決まったので、荷物を置いて4人で晩飯を食べに夜のパリに繰り出す。
適当にレストラン入ってメニューを見てもよく分からない。
隣の黒人のおっちゃんが、「これ美味いよ」、って感じで自分の食べているものを指さす。
「じゃぁ、それでお願いします」とギャルソン(給仕)の兄ちゃんに言う。
これが不味いのなんのって、「ハズレやんけ」、と怒るが、隣の黒人のおっちゃんは「美味いだろう」、って感じの身振り。
しかたないので、「うん、うまいよ」と愛想を振りまいて国際親善。
ホテルに戻ったら11:00pm、であった。
疲れた、しんどい、メシも食ったし、寝るか~。
(つづく)

写真も公開しておく。
1993年フランス(前編)・・・・後半もそのうち公開する。
写真を見ていて感じるけど、やたら観光写真が多い。
どうも、昔からクライミング写真より観光写真重視の人間だったようだ。