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「大津波と原発」内田樹/中沢新一/平川克美
原発推進派、肯定派の人たちは、恫喝が好き。
曰く、「今の便利な生活をあなた方は放棄する気があるのか」
曰く、「原発をなくしてしまったら日本のエネルギー自給率はたいへん低くなってしまう。日本の発電量の30パーセントを原子力発電が占めているわけだから、それがなくなったら産業全体が沈滞していって日本経済はどんどん縮小する」
廃棄物処理問題未解決のまま見切り発車、国策として強引に進め、この泥沼状態。
そのあげく、国民を恫喝してどうすんねん。(怒)
では、いったいどうしたらいいのか?
推進派、反対派の不毛論争(中沢新一氏曰く「昔の日蓮宗と浄土宗の論争みたい」)じゃなく、
公平な立場の知識人による、本質をとらえた議論、未来への提言を聞きたい、と思う。
そんな訳で、この本を手に取ってみた。
いくつか文章を紹介する。
P66-68
中沢「フランスなどはたいへん原発推進国で原発大国ですから、彼らはこれを自分たちの社会に持ち込むときも最初から怒れる神を扱うように慎重でした。ものすごく危険な神を自分たちの世界に持ち込んで、熱を出させようとしているのを知っているんです」
内田「そうだよね」
中沢「だから、ノルマンディの海岸に原発を建てるときにには、周辺の住民にヨウ素を配っているわけです。(中略)」
内田「まさに神域なんだ」(中略)
平川「聖なるもの、聖なる場所についての扱い方をわかっている」
内田「聖域をどう扱うかっていうことだね」
内田「フランスの原発のデザインってやっぱり神殿だよね」
平川「ああそうか」
中沢「インドの原発って見たことあるんですけれども、それはなんとシヴァのリンガの形をしているんです」
内田「えー!(笑)それはすごい。でもすさまじいエネルギーがそこからほとばしる場所だからね」
中沢「初期の原発なんですけどね、郵便切手にもなっていて、とても有名な原発です。シヴァの男根の形をした原発なんて、宗教学者はうっとりします。さすがインド人はインド・ヨーロッパ系だから、原子力がシヴァだって知ってるんですね」
(P50-54)
化石エネルギーとして使われたものは生活圏の中に受け入れられる形態に媒介変換されてきたわけです。化石エネルギーはたいへん有効ですし、人間の科学技術で十分コントロール可能なものです。
なぜかというと、化学反応でエネルギーを取りだすしますから、そこに関係しているのは、原子核の周りの電子の結合様式だけなんです。これは、人間が扱える範囲のものです。そのかわり利用できるエネルギー量はあまり大きくないです。
ところが原子力エネルギーというのは、そういうものとはぜんぜんちがうところからつくられてきている。なにしろ原子核に手をつけるわけですから。
原子核を結合している核力エネルギーを取りだす技術です。ところが原子核から放出されるエネルギーは今まで一度たりとも、生活圏を通過することによって媒介されていないのです。
核力からエネルギーを取りだす核融合反応というものは、もともと太陽でおこなわれているものです。
それこそ46億年前に地球は太陽の一部がもぎとられるようにしてできた星で、しだいにマントルと地殻の内部構造が形成された。この初期の地球でおこなわれているのが、核分裂・融合のプロセスです。
そのころはまだ生活圏が形成されていません。20億年前くらい前にようやく原始的な植物が出てきて、生活圏の原型みたいなものがつくられてきます。核分裂というのはようするに生活圏の外にある。
(中略)
1942年に最初の原子炉がつくられていいます。それからまだ70年しか経っていない。
たとえば火を扱う技術というのは、何万年もの蓄積を持っていますよね。人間がその技術をマスターするまでには時間がかかっている。火打ち石から、木の摩擦で火をつくるまでには、1000年近くかかっています。ひじょうにゆっくりと発展をおこなったわけです。
でも原子力については、まだ70年しか経っていない。70年というのはどういう年数かというと、ソビエト連邦の持続期間とだいたい同じです。(中略)
まだ70年しか経っていない技術だということを忘れて「安全だ!安全だ!」と言いつづけてきたというのは、信じられないような神話力です。
たしかに文明史というのは、毒物を取り入れて薬物に変えるということのくり返しなんですけれどもね。(中略)
それが原子核の中の原子の結合エネルギーを取りだそうということになれば、今まで生態圏になかったエネルギー形態ですし、副産物もいっぱい出てくるわけですから、これはりっぱな毒です。生態圏の外で起こっている現象ですから、生態を破壊していくことはまちがいないですし。
人体だって多大な影響を受けるでしょうし。ところが、この毒物を人間の世界のまっただ中に据えることに関しては、70年ぐらいの技術ではとうてい解決し得ない問題がたくさんある。そのことは容易に想像できます。
P115
いちばん刺激的だったのは、中沢さんがエネルギー革命について説明してくれたときに、「一神教的」という言葉が出たことです。それを聞いたときに、自分の中にあった、日本の原子力行政に対して抱いていた何とも言えない違和感の理由がわかったような気がしました。
今回の原発事故の根本のところにあるのは、現代日本人の「霊的な力」に対する畏怖の欠如ではないかと思ったのです。(中略)
どうして人類が「死霊」や「鬼神」という概念を持つようになったのか、その由来をぼくは知りません。けれども、その機能ならわかります。それは「センサーの感度を上げろ」ということです。もし生き延びたいと思ったら、目に見えず、耳にも聞こえず、匂いも、触感もしない「それ」を感知できるようにセンサーの感度を最大化しろ。それが「霊的なもの」という概念から導かれるとりあえず唯一の実践的命令です。(中略)
ぼくは今回の震災と原子力事故については、「アラームの劣化」ということが大きくかかわっていると思います。そして、日本人が21世紀を生き延びるためには、もう一度「霊的再生」のプログラムについての対話が始まらなければならないだろうと思っています。
【ネット上の紹介】
[要旨]
未曾有の震災後に浮かび上がる、唯一神のごとき「原発」。原子力という生態圏外のエネルギーの憤怒に、われわれはどう対峙し、無惨に切断された歴史を転換させていくべきなのか。白日のもとに晒された危機の本質と来るべき社会のモデルを語り尽くす。
[目次]
1 未曾有の経験をどう捉えるか;2 津波と原発事故はまったく異なる事象である;3 経営効率と排除される科学者の提言;4 原子力エネルギーは生態圏の外にある;5 原子力と「神」;6 「緑の党」みたいなものへ;補 私たちはどこへ向かうべきか―質疑応答に関連して
内田 樹 (ウチダ タツル)
1950年、東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。現在、神戸女学院大学名誉教授。専門はフランス現代思想、映画論、武道論。著書に『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書、小林秀雄賞)、『日本辺境論』(新潮新書、新書大賞二〇一〇)など
中沢 新一 (ナカザワ シンイチ)
1950年、山梨県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。人類学者。著書に『チベットのモーツァルト』(サントリー学芸賞)、『森のバロック』(読売文学賞評論・伝記賞)、『哲学の東北』(斎藤緑雨賞)、『フィロソフィア・ヤポニカ』(伊藤整文学賞評論部門)、『カイエ・ソバージュ全5巻』(5巻で小林秀雄賞)、『アースダイバー』(桑原武夫学芸賞)など
平川 克美 (ヒラカワ カツミ)
1950年、東京都生まれ。早稲田大学理工学部卒業。1977年、翻訳サービスと日米IT関連企業へのローカライズサービスを提供する「アーバン・トランスレーション」設立。1955年、ビジネスサポートを主業務とするBusiness Cafe,Inc.(シリコンバレー)設立に参加。2001年、「株式会社リナックスカフェ」設立、現在、代表取締役。2007年、「ラジオカフェ」を創業、同社取締役プロデューサーとしてラジオパーソナリティーを兼務(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)