「井田真木子著作撰修」井田真木子
以前、「小蓮(シャオリェン)の恋人」を読んで、良いノンフィクション作家がいるな、と思った。
ところが、井田真木子さんは44歳で急逝された。
現在、全作品が絶版となり、入手困難となっている。
「困ったものだ」と思っていたら、里山社から本作が上梓された。
ありがたくも喜ばしいことだ。
とりあえず、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した「プロレス少女伝説」を読んだ。
神取しのぶとジャッキー佐藤の試合について、神取さんのコメント
P153-154
「あの試合のとき、考えていたことは勝つことじゃないもん。相手の心を折ることだったもん。骨でも、肉でもない、心を折ることを考えていた。ただ、それだけを考えていたんで、相手をいためつけようとは思っていなかった。(中略)」
「腕をアームロックにきめたのよ。まず、そこで痛みがあるじゃん。でも、人間って、痛みだけじゃ降参しないよ。痛みはある程度以上、感じることはできないから、それだけじゃ、人間って参らないの。
だから、次に、うしろに回した佐藤さんの腕に足を入れて、膝で首の関節をきめたの。これで、彼女は、首が固定されて、自分がどうなっているか見ることができなくなったわけよ。見ることができないって、人間ってすごく怖いものなのよ。自由がなくなったってことじゃん。自分が、これから何をされるのか、見ることもできないってことになったら、人間って、かなり参るんだよ。
それで、最後に上半身全体を、佐藤さんの肋骨に乗せた。つまり、肺を圧迫したわけよ。これで、彼女は呼吸ができなくなった。息ができないってことは、やっぱ、人間にとって一番の恐怖じゃん。
だから、ここで、彼女の心が折れたのよ。
苦痛と、見る自由を奪われること、息ができない恐怖と、この三つがそろって、初めて、心が折れるのよ。(後略)」
関川夏央さんのコメント
井田真木子さんはしばしば文字通り「寝食を忘れて」仕事をして、「栄養失調」で搬送されたりした。生まれつき「サーモスタット」が欠落していたらしい彼女は、自分の体を燃やしながら回転するエンジンに似ていた。そうやって彼女が発した高い輻射熱は、ときに周囲を焼いた。
『食べる物も食べず、自宅でひとり衰弱しきって亡くなったという井田さんの死も、ほとんど緩慢な自殺といっていい』、と言われている。
我々読者は、残された作品を読んで、心の中で合掌するのみ、である。
【参考リンク】
「心が折れる」、起源は女子プロレスの伝説の試合
『井田真木子 著作撰集』(井田真木子 著、里山社)
【おまけ】
立派な装丁の本であるが、「プロレス少女伝説」だけで、誤植を3箇所見つけた。
よほど大慌てで作ったのだろうか?
しっかり校正をして欲しかった。残念である。
【ネット上の紹介】
あぶれ者の女子プロレスラー、中国残留孤児2世、同性愛者、援助交際をする少女など、社会の「周縁」に居た人々の人生を圧倒的なリアリティを持って描き出した井田真木子。その筆致は第三者の「取材」の域を越えた切実さを持つ。井田真木子の取材方法は、被取材者の人生に介入し、運命を変えていくという強引かつ大胆なやり方だった。だがおそらく取材される側との間には、「魂の契約」とも言うべき結びつきがあった。なぜなら井田にとって「書くこと」は「生きること」であり、人生に苦闘する被取材者同様、切実な行為だったのだ。