「「文藝春秋」にみる平成史」半藤一利
P127
私は、ことに防災責任者の述べる言葉に底知れぬむなしさをおぼえ、口を開くのも億劫になった。それは、震災後に出版された「震災豫防調査會報告」という報告書を全く眼にしていないことを知ったからである。
(中略)
私のような素人ですらそれを入手し書架におさめてあるのに、関東大震災についてそれを読まずに語るのは不可解であり、防災責任者は、なにを根拠に地震対策をするのか、と心もとなさを感じたのである。
P129
発火原因について、中村博士は、薬品の落下によるものが44個所もあると指摘している。
P130
江戸時代、江戸の町々はしばしば大火に見舞われ、幕府はその対策に腐心し、結局、最も危険な物は、火事の折に避難する者が家財その他を積んで引出す大八車と断定した。
P305
A級戦犯のなかでも、松岡洋右と白鳥敏夫という二人の外交官の名前が出てくるところで、やはり昭和天皇は、三国同盟に反対していたことがよくわかる。
P308
後任の松平宮司が、どう考えたのか、易々と合祀してしまった。この《易々と》という表現が、いかにも昭和天皇らしい。
P309
鎮霊社は、靖国神社の一角に目立たぬようにひっそりと建ってます。A級戦犯と西郷さんがそこで一緒というのは、意味深ですね。
ところが、昭和53年3月に筑波宮司が急死して、靖国神社の方針はガラリと変わる。7月に松平永芳宮司が就任すると、あっというまに10月の秋の例大祭で、A級戦犯を合祀しています。
【ネット上の紹介】
「昭和史」の半藤一利が平成に挑む。「平和」「自然災害」「IT」。「昭和史」の半藤一利氏が、平成を「三つの言葉」で読み解きます。月刊「文藝春秋」から選び抜いた31篇を全文掲載。将来が不透明な日本で、令和をよりよく生きるヒントを「歴史」に学びます。平成史の決定保存版です。
はじめに 「三つの言葉」で平成を読み解く(半藤一利)
平成元年 天皇崩御 緊迫の官邸(小渕恵三)
平成2年 全告白 悪夢のすべて(金賢姫)
平成3年 本田宗一郎は泣いている(城山三郎)
「大空位」の時代(諸井薫)
平成4年 「日本型経営」が危い(盛田昭夫)
ワープロは日本語を変えたか(井上ひさし)
平成5年 両親が語る新皇太子妃の素顔 娘・雅子が決意した日(小和田恆・優美子)
平成7年 歴史はくり返す(吉村昭)
阪神・淡路大震災 両陛下の十五日間(八木貞二)〔ほか〕