原題:『Steve Jobs』
監督:ダニー・ボイル
脚本:アーロン・ソーキン
撮影:アルヴィン・クーフラー
出演:マイケル・ファスベンダー/ケイト・ウィンスレット/ジェフ・ダニエルズ/セス・ローゲン
2015年/アメリカ
「メインテーマ曲」が流れない謎について
スティーブ・ジョブズに関する作品ならば既に『スティーブ・ジョブズ(Jobs)』(ジョシュア・マイケル・スターン監督 2013年)が存在し、何故再びスティーブ・ジョブズを取り上げるのか疑問に思っていたのであるが、本作を観て理由が分かった。本作がスティーブ・ジョブズの人生を描いていることは間違いないのだが、どの場面も1984年、1988年、1998年の華やかであるはずのプレゼンテーションの開始直前のドタバタの「舞台裏」を描写しており、要するにスティーブ・ジョブズの変人振りを確認するというよりも、その「スラップスティック」な悲喜劇として観賞するべきなのであろう。
『オデッセイ』(リドリー・スコット監督 2015年)でも音楽の使い方が気になったのであるが、本作においては「使われなかった」曲に関して論じておきたい。スティーブが9歳になった娘のリサがウォークマンで聴いている曲を訊ねた時、リサは2人の歌手が解釈を変えて歌っている曲だと答える。一人は少女のように歌い、もう一人は「後悔」を歌っていると答え、何故かスティーブは激怒するのである。
リサが聴いていた曲はジョニ・ミッチェル(Joni Mitchell)作詞作曲の「青春の光と影(Both Sides, Now)」という曲で、おそらくリサはジュディ・コリンズ(Judy Collins)が歌って大ヒットしたヴァージョンを聴いていたと思うが、もう一人は作者のジョニ・ミッチェルの許可を得て更に詞を書き加えて歌ったピート・シーガー(Pete Seeger)のヴァージョンであろう。以下、ストーリーを勘案しながらそれぞれ和訳してみる。
「Both Sides, Now」 Joni Mitchell 日本語訳
天使の髪が弧を描いて流れている
空にはいくつものアイスクリームのお城があり
羽毛で埋まった渓谷があらゆる場所にある
私はそんな風にして雲を見ている
でも今や雲は太陽を遮るだけで
みんなの上に雨や雪を降らせるから
私がするつもりでいた色々なことは
雲が邪魔をしたのだ
今私は両側から雲を見ている
天上からでも地上からでも
でもどういう訳か
私が思い出す雲はどれも幻想
私は本当に雲に関して何も知らない
月日が流れ6月も何度も過ぎ観覧車が回り
あなたは目眩くような踊りだす感覚を得て
まるで全てのおとぎ話が現実になっていく
私はそんな風に愛を見ている
でも今はそれはただのありきたりのショーで
あなたが立ち去ってもみんなは笑顔のまま
もしもあなたが気になるならば彼らに知られないようにしよう
正体を悟られてはならないのだ
今私は両側から愛を見ている
意見を交換するところから
でもどういう訳か
私が思い出す愛はどれも幻想
私は本当に愛に関して何も知らない
悲哀や恐れと共に
「愛している」と大声で叫ぶことに誇りを感じる
夢や腹案やサーカスに集う人々
私はそんな風に人生を見ている
でも今や古い友人たちはよそよそしく振る舞い
頭を振って私が変わってしまったと言う
日々の生活の中では
失うものもあれば得るものもある
今私は両側から人生を見ている
成功と失敗の両方から
でもどういう訳か
私が思い出す人生はどれも幻想
私は本当に人生に関して何も知らない
今私は両側から人生を見ている
天上からでも地上からでも
でもどういう訳か
私が思い出す人生はどれも幻想
私は本当に人生に関して何も知らない
「Both Sides, Now」 Pete Seeger 日本語訳
天使の髪が弧を描いて流れている
空にはいくつものアイスクリームのお城があり
羽毛で埋まった渓谷があらゆる場所にある
僕はそんな風にして雲を見ている
でも今や雲は太陽を遮るだけで
みんなの上に雨や雹を降らせるから
僕がするつもりでいた色々なことは
雲が邪魔をしたのだ
今僕は両側から雲を見ている
天上からでも地上からでも
でもどういう訳か
僕が思い出す雲はどれも幻想
僕は本当に雲に関して何も知らない
月日が流れ6月も何度も過ぎ観覧車が回り
君は目眩くような踊りだす感覚を得て
まるで全てのおとぎ話が現実になっていく
僕はそんな風に愛を見ている
でも今はそれはただのありきたりのショーで
君が立ち去ってもみんなは笑顔のまま
もしも君が気になるならば彼らに知られないようにしよう
正体を悟られてはならないのだ
今僕は両側から愛を見ている
意見を交換するところから
でもどういう訳か
僕が思い出す愛はどれも幻想
僕は本当に愛に関して何も知らない
悲哀や恐れと共に
「愛している」と大声で叫ぶことに誇りを感じる
夢や腹案やサーカスに集う人々
僕はそんな風に人生を見ている
でも今や古い友人たちはよそよそしく振る舞い
頭を振って僕が変わってしまったと言う
日々の生活の中では
失うものもあれば得るものもある
今僕は両側から人生を見ている
成功と失敗の両方から
でもどういう訳か
僕が思い出す人生はどれも幻想
僕は本当に人生に関して何も知らない
娘よ、娘
君は知らないだろうが
そのように感じるのは君が初めてではない
だから僕が去る前に言わせて欲しい
いずれにしてもそれにこそ価値はあるのだと
いつか僕たちみんなが驚くだろう
僕たちが起きて目覚めると
その時ついに世界中の人々みんなが
このように感じていることに気がつくのだ
僕たちは全員混乱したまま生きている
愛を見いだせないまま周囲を見回す
そして最後に振り向くとようやく太陽を見いだす
そう、僕たち全員が
自身が養子になった経緯を巡って抱いたトラウマから愛することができなかったリサとようやく理解し合えるようになったスティーブがラストでリサとした約束はiPodの開発だったのであるが、何故かラストにかかる曲はボブ・ディラン(Bob Dylan)の「シェルター・フロム・ザ・ストーム(Shelter from the Storm)」なのである。もちろん悪い選曲ではないが、ここまで伏線をはったはずのピート・シーガー(Pete Seeger)版の「青春の光と影(Both Sides, Now)」が流れないのは何とも解せない。アメリカでは流す必要もないほどのスタンダードナンバーということなのか。
Judy Collins - Both Sides Now (Official Audio)
Joni Mitchell - Both Sides Now (Official Audio)
Joni Mitchell - Both Sides Now (2021 Remaster) [Official Audio]