青空、ひとりきり

鉄路と旅と温泉と。日々の情景の中を走る地方私鉄を追い掛けています。

あの夏の記憶、鎮魂の村へ。

2022年11月26日 10時00分00秒 | バス

(山里に道は続く@日本中央バス・奥多野線車内)

万場での小休止の後出発したバス。さらに神流川の谷を、関東山地の果てまで進むかの如く奥へ奥へと詰めて行く。国道をただ走るだけではなく、集落の中を通る旧道へ何度も出たり入ったりを繰り返しながら、山里の暮らしを結んで行きます。道中、「魚尾(よのお)郵便局前」という難読地名を見付けた。魚尾で「よのお」はなかなか読みづらい。いくら小さなポンチョと言えど、対向車が来たらどうするんだ、という狭い集落の路地のバス停を、一個一個丹念に通過して行くバス。始発の新町駅からの料金は、既に1,500円を超えた。

すっかり雲の抜けた奥多野の風景。神流川に沿って続く山は、さらに紅葉の鮮やかさを増してまさに錦秋と言った趣。今年の秋は天気が安定していて、どこも紅葉が鮮やかだったように思う。まあ関東周辺しか行ってないけどさ。強力な台風がそこまで来なかったから、葉が傷まなかったというのはあるかもしれない。それにしてもこの奥多野線、関東山地の奥へ奥へ分け入って行くバス路線なのだけど、行けども行けども山は尽きず、そして山の向こうにまだ集落があって、人の暮らしも尽きる事なく山の彼方へ続いている印象を受ける。関東山地の深遠を見る思いがする。

神流町からさらに進んで、バスは上野村に入った。上野村に入ったところでハイカーと思しき妙齢の女性が1名乗車し、上野村役場前で下車。上野村は多野郡最奥地の自治体で、上野村の向こうはもう長野県の佐久穂町や南相木村となる。そして上野村と言えば忘れもしない1985年8月12日、日航ジャンボ機墜落事故の舞台となった村。お盆を前に満員の乗客を乗せた大阪行きの日航機が、この上野村の最南部の山中、御巣鷹の尾根に墜落。記憶から決して消えない昭和の衝撃的な大事件であった。1985年8月12日って確か月曜日でしたよね。臨時ニュースで「大阪行きの飛行機が行方不明」という一報を見たのが、確か「クイズ100人に聞きました」を見ていた時だったので・・・

あれから37年。あの夏の出来事は、群馬の一つの山村に過ぎなかった上野村が、図らずも一躍世界にその名を広めてしまった大事故であった。今でも事故当日には遺族による慰霊の登山が行われていると聞くが、流石に遺族たちの高齢化や、時間の経過による記憶の風化はあるのだろう。最近はそう大きく報道で触れられる事も少なくなったように思う。村の中でも、慰霊のための施設はいくつか作られてはいるようなのだけど、あまりそこを強調している感じもなくて、見る限りは静かな秋の山村の風景が広がっているだけであった。クルマで来ていたら「慰霊の園」くらいには立ち寄る時間はあったんだろうけど。

上野村の集落を丁寧に回った後、バスは大きく転回して上野村ふれあい館に到着した。ここは村の物産館と観光を兼ねる施設で、裏の神流川では釣りなんかも楽しめたりするようだ。この施設は上野村の公共交通の結節点にもなっていて、北側に接している富岡市と下仁田町方面から村の乗り合いタクシーがこの物産館まで運行されている。富岡市の富岡総合病院から下仁田駅前を経由し、湯の沢トンネルを通ってここ上野村ふれあい館まで一日4往復。時間は1時間程度なので、上野村に行きたければ上信電鉄で下仁田から来た方が新町からアクセスするよりは時間はかからないかもしれない。最初、帰りはこのタクシーを使って下仁田に出ようと思ったんだけど、乗り継ぎの時間が合わなかったね。

上野村ふれあい館を出ると、いよいよ周囲は完全に人里を離れ、渓流と紅葉の山の道をひたすらに詰めて行く作業となる。新町駅から数えて129個目の停留所である「白井入口」のバス停を通過すると、いよいよ「ご乗車お疲れさまでした」との表示とともに、終点「しおじの湯」に到着する旨のアナウンスがコールされた。新町駅から130個目。流石にこちらの腰もケツも結構な限界だ(笑)。そして、新町駅からの運賃は通常であれば2,080円。1,500円のフリーパスを買っておくべきと申し上げたのはこのためなのだが、ある意味ここまで乗ってしまうと、元が取れ過ぎて逆に申し訳なくなってくる。勿論沿線自治体の補助とかが出てるんだろうけど・・・

結局最後まで乗車していたのは、実需というよりは乗りバス目的のマニア2名のみ。そして、バスはそんな2名を終点のバス停に降ろすと、記念撮影の暇も与えずに爆速で走り去ってしまった。まあ、マニアのそういうのとかあんまり好きじゃないのかもしれないし、新町駅から70kmの道程を長いこと運転してさっさと休憩したかったのかもしれないし、そこは色々とご事情はあろう(笑)。主役のバスが去って行った130個目のバス停は、燃えるような紅葉に包まれて、秋を独り占めしていました。


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