青空、ひとりきり

鉄路と旅と温泉と。日々の情景の中を走る地方私鉄を追い掛けています。

鉄鍋の中の下仁田。

2024年02月04日 17時00分00秒 | 上信電鉄

(西上州のどんづまり@下仁田駅)

お目当てのデハ251に入庫されてしまった自分。方向性を見失ったまま、ただただひたすら西上州をガタゴトと走る田舎電車に乗って、終点の下仁田に着いた。側線の赤錆びたテムが迎えてくれる下仁田の駅、何度目の訪問だろう。列車別改札の駅で、駅に着いたら駅員さんに急き立てられるようにとっとと改札を出なくてはいけないのはいつもの通り。まあ、断わってホームの風景を撮影することも出来るのだろうけど、マニアの割にはそういうことをあまりしたくない人間でもある。馬庭から乗って来たのは上信の現在の主力である元JR107系の700形。300形を中心とした上信電鉄生え抜きの旧型車の一掃のため、JRから107系を大量導入したのは2017年のこと。JR時代は新前橋電車区に所属して、両毛線&吾妻線や高崎~水上間の上越線ローカル運用に起用されていましたが、同じ群馬の鉄道会社へ華麗な転身を遂げました。この704Fは、JR時代に纏っていたカラーリングに復刻されており、白いボディに細い緑帯がピンクのラインを挟む「ハムサンド」と呼ばれる特徴あるデザインが復活している。いつだって鉄道マニアのニックネームの付け方は秀逸である。

駅を降りて左手に歩くと、下仁田の商業地区。下仁田の町は、西の荒船山に源を発する鏑川に、支流の南牧川と青倉川が合流する山間の小盆地にある。関東山地の東の山すその、いわゆる「谷口集落」の街。下仁田ネギやこんにゃくで有名な農産物や林業、そして石灰石を中心とする鉱物資源、そしてご当地の産業の一つでもあった養蚕を中心に古くから栄えていて、趣のある街並みが残っている。趣があるといっても、いわゆる「小京都」的な小ぎれいな街並みではなく、商人と街人、そして山で働く人たちのエネルギーみたいなものが街にあって、八百屋、肉屋、和菓子屋、薬屋、写真屋、食堂,、旅館などなどが路地にひしめいている。数々の個人商店を中心とした緩やかな連携があって、静かながらも昔ながらの機能としての「街」の体裁が保たれているように思う。

御影石の重厚な門構えを見せる料理旅館「常盤館」。地元産のコンニャク料理が有名。古くからこの地域の迎賓館として、ランドマークのような旅館として街を見守っている。下仁田町の人口は2023年の4月時点で6,500人。そしてそのうちの半数が65歳以上。日本の縮図のような高齢化社会を構成しておるのですが、この下仁田町とお隣の南牧村、高齢化する日本の中でも特に超高齢者が山間の辺境集落にて耕作をしながら暮らしていて、いわゆる「限界集落」などと言われる場所も少なくありません。この下仁田の街並みも、そういった「都会に出て行かなかった団塊世代」で維持されてきた側面があり、将来に続く定住者を増やしていかないことにはどうにもならないのは、どこの地方とて同じことです。

路地を抜け、お目当ての店の前へ。下仁田の街で何とも特徴的なのが、「街の規模に比べて飲食店の類がかなり多い」ということで、非常に「グルメな街」というイメージがある。確かに盆地であり、物資の集散地であり、この地域の行政と交通の中心ではあるのだが、そんなに大きくもない街でこの食の充実ぶりは特筆すべきものがある。食は人間が生きとし生けるための生命の源ではあるけれど、とりわけ「美味しいもの」には、人を引っ張り込む力があるよね。上信電鉄の沿線観光、一番は「世界遺産」の富岡製糸場だったり、多胡碑だったりするんだろうけど、個人的にはこの「下仁田グルメ」というのも非常に侮れないコンテンツだと思う。そんな「マチノチカラ」のグルメを求めて、すき焼きの名店「コロムビア」で、上州牛&下仁田ポークのすき焼きを味わうことに。

「孤独のグルメ Season7」にて紹介されたということもあり、休日はお座敷が埋まって並びが出るほどの混雑になることもあるそうな。この日は平日であったこともあり、先客は地元の奥様グループと思しき三組程度のお客様。上州牛のすき焼きセットも良かったんだけど、3,300円のお値段を見て、迷うことなく下仁田ポークの肩ロースすき焼きセット(1,500円)。どどんとお皿に盛られた厚め&大ぶりの豚ロース、五郎さんも食べた豚すき焼きセットを前に俄然気勢が上がる。我が家でもすき焼きは豚肉でやることが多いし、しかも肩ロースとくれば話が早い。すき焼き・しゃぶしゃぶ系は豚の肩ロースが一番美味いよね。適当に脂っ気があって、バラほどしつこくないし、肉質も噛み応えがあってちょうどいい。

牛脂で下仁田ネギを焼いて、焼き目をついて香りを出してから、豚ロースを投入して割り下を注ぎ込み、一気にすき焼きへ。下仁田ポークのお肉、下仁田ネギ、大きな椎茸、そしてこんにゃく芋から作るしらたきと、順次投入する鍋の中の具材を構成する要素のほとんどが下仁田産である。すき焼きという料理は広くポピュラーながら、これほど地場モノで揃えることが出来るのも食に恵まれた下仁田らしさか。ちなみに、自分は牛丼はともかくすき焼きにはあまり生卵はつけないのだが(みんな同じ味になるでしょ)、この豚ロースは生卵につけても卵と割り下の味に負けない味わいがあるんだよな。いい肉なんだろう。肉と並んで存在感を主張する下仁田ネギは、一人一本分くらいてんこもりで配膳される。割り下でほどよく煮詰まったその味は、焼き目を付けたせいで甘く香ばしく・・・お酒もいいけど、とにかく白いメシの進む味である。脇役の春菊もいいなあ。子供の頃は「なんでこんな匂いの強い葉っぱ入れるんだ!」って思ってたもんだが、春菊の美味さを分かること、大人への階段の一つだと思う。

さんざん食ってお腹もいっぱいになったんだけど、鍋に残ったすき焼きの残り汁を見て、頭の中の井之頭五郎が「このすき焼きの残り汁を見て終われんだろう!」と言ったので追加でうどんを頼む。確か、五郎さんはこの残り汁を生卵とご飯を貰って汁かけご飯にしていたのだが、うどんにしてみた。煮詰まってダシが出た甘っ辛いすき焼きの残り汁で食べるうどん、美味いですよねえ・・・お椀に残ってた生卵も入れて卵とじにしちゃった。 もうね、食い過ぎて胃袋がオーバーランして、下仁田の車止めを突き破っちゃったよね。ごちそうさまでした。

下仁田ネギのすき焼きの名店「コロムビア」さん。洋楽のナンバー流れるお座敷で、下仁田ポークの肩ロースのすき焼きを堪能。すき焼きのお味もいいけど、甲斐甲斐しくお座敷のお客様に世話を焼いてくれる大女将さんも印象深い。店先に山と積まれたネギの箱が信頼の証か。 生では辛いが、火を通すとトロリと甘い下仁田ネギを食べる豚すき焼き、ネギ好きな方は是非に。あ、そう言えばなんで「コロムビア」なのか聞くのを忘れてしまったなあ。いやー、すき焼きなんてみんなで食うもんだと思ってたけど、一人すき焼きも結構いいもんだね。お口直しに娘さんから貰ったキスチョコを口の中に放り込んで、下仁田駅への道を歩く。グルメタウン下仁田、まだまだ掘り起こし甲斐のありそうな街でもある。


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