青空、ひとりきり

鉄路と旅と温泉と。日々の情景の中を走る地方私鉄を追い掛けています。

瀬戸の海 讃予の旅よ しまなみよ。

2021年11月18日 22時00分00秒 | JR

(Shikoku Smile Station@JR四国・高松駅)

玉藻公園を散策し、お堀端のことでんを何枚か撮影した後は、JRの高松駅に戻って来ました。笑顔のあしらわれた駅前に、托鉢の僧侶が鎮座しているのが四国と言えば四国らしい・・・本州と宇高連絡船によって結ばれ、四国の玄関口として栄えた歴史はもう30年以上も前の話。貨車や客車が桟橋まで犇めいていた大きなヤードはすっかり形を変え、再開発の商業ビルが立ち並ぶエリアに生まれ変わっています。

駅全体のスペースはコンパクトにはなりましたが、連絡船の時代と同様の頭端式のホームは健在。予讃・土讃の四国の二大幹線に、高徳本線と瀬戸大橋線方面の列車が発着していて、連絡船の時代に比べて発着番線の数は増えていたりする。改札口の電光掲示板には、色々な方向の様々な列車が表示されていて、その行先を眺めるだけでも旅心が慰められるというか、いいものですね。

仏生山の撮影会と琴平線でのレトロ運行は諦めて、少し早めに高松を後にします。乗車するのは、特急いしづち9号松山行き。JR四国ではお馴染みの「アンパンマン列車」で運転されていました。この列車、途中の宇多津で岡山からやって来るしおかぜ9号と併結されるのですが、高松口では3両しかないのね。

ちなみに、発車5分前で自由席はこんな感じの乗車率。これでは3車でも多いかも・・・と思ってしまう。飛び石でもない週中にあるポツン祝日で、昼前に高松を出る特急。緊急事態宣言明けて1ヶ月程度の四国では、まだまだ観光需要もビジネス需要も戻っていないのか。対松山で考えると、JR四国バスが伊予鉄と共同運行で高速バスも出してたりして、およそ2時間半強で4,100円なんですよね。JRは特急で同じく2時間半強で5,760円と運賃では負けてしまってたりするので、そっちに流れてるってのもあるのかなあ・・・

高松を出たいしづち9号は宇多津でしおかぜ9号を併結し、一路松山を目指します。高松~松山間で鉄道とバスの所要時間が変わらなくなるのは、バスは今治を経由せず、松山道を直行してしまう事にあります。四国と九州はホント高速バスが便利で、正直都市間移動だけであればバスに軍配が上がるのですが、鉄道は所々で瀬戸内の海岸線沿いを走るので風景はこちら。多度津から先、詫間や箕浦付近では、波打ち際を瀬戸内の島々を眺めながら走って行きます。

大王製紙の工場の巨大な煙突が何本も見える川之江・伊予三島。構内にコンテナが山と積まれた新居浜は、古く別子銅山の鉱山開発を契機に住友財閥が発展させた街。その他タオルと造船の今治など、特急いしづち号は瀬戸内にベルト的に繋がる工業都市に停車して行きますが、JRの特急列車に2時間以上乗るなんていつ以来か。ガラガラの車内が伊予西条から乗ってきた親子連れグループでちょっと賑やかになりつつ、列車は松山へ。

松山到着。高松から2時間23分。恥ずかしながら、高松と松山という隣県の県庁所在地の割には案外遠いのだなという事を実感。高松から194.4kmとなると、東京から静岡の先の焼津くらいの距離だからかなりのもんだ。こっから先、予讃本線はさらに伊予大洲から八幡浜を通り宇和島まで通じているのだけど、宇和島方面は特急宇和海へ乗り継ぐことになります。宇和海はいしづちの到着したホームの先端部に縦列で付けてくれるので、階段を上り下りすることなく乗り換えが出来ます。

という訳で、人生初の松山に到着。どっちかって言うと、今回の旅程では高松のレトロは行きがけの駄賃的な感覚で、行った事のない松山の方を楽しみにしておりました。JRの松山駅は、県庁所在地の駅にしては非常に昔のままの体裁を残しているようで、駅ビルとかステーションモールなんてのはどこ吹く風の、横に長い二階建て。駅前の車寄せに、これほどクラウンコンフォートのタクシーが似合う駅もないんじゃないかなあ。

ともあれ、時刻は午後二時過ぎで、まだまだ街歩きをする時間は残されています。
ちょっと重たい余計な荷物をコインロッカーに叩き込んで、街へ出ると致しましょうか。

 


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