《殯(もがり) 敬う人の死を惜しみ、しのぶ時間のこと。また、その場所の意。語源に「喪あがり」喪があける意、か。》 映画『殯の森』のエンドロールが流れる直前に、この字幕が出た。
昨日(8/25)、カンヌ映画祭でグランプリ(審査員特別大賞)を受賞したこの映画を見てきた。近鉄高の原駅(奈良市朱雀)前の「ワーナー・マイカル・シネマズ高の原」(イオン高の原ショッピングセンター内)で、この日から上映が開始されたのだ。
自主上映を除けば、奈良県下での公開は今回が初めてである(厳密には、ここは京都府木津川市になるが)。そこで初回上映の終わりと第2回の冒頭で、河瀬直美監督と主演のうだしげきさんによる舞台挨拶が行われた。
私は第2回上映(12:30)を見に行った。舞台挨拶は15分ほどの軽妙なトークだったが、うださんがお若いのには驚いた。なお彼は、この映画を15回見られたそうだ。奈良女子大近く(NHKの裏手)で古書喫茶を営まれていて「ヒマなので来て下さい」とおっしゃっていたので、一度立ち寄ろうと思っている。
※古書喫茶ちちろ
http://n-dv.net/chichiro.html
映画については、私の知人で先に見た人が2人いて、1人は面白かったと言い、1人はほとんど寝ていた、と言ったので、どちらが本当かと興味を持っていた。なお私は、河瀬作品は初期の短編を見た程度の初心者である。
冒頭から、鬱蒼とした森が登場する。県下で見慣れた杉の人工林ではなく、広葉樹の天然林だ。私の頭の中で、早くも「千の風になって」が流れ始めた。田原地区(奈良市)の整然と刈り込まれた茶畑も印象的だ。
※『殯の森』の公式ホームページ
http://www.mogarinomori.com/
グループホームのシーンでは、深い皺が刻まれたお年寄りの顔がアップで写る。まるでフェリーニの映画だ。その中でヒロインの真千子(尾野真千子:五條市西吉野町出身)の若さ・美しさが際立つ。
認知症のしげきは妻(まーこ)を33年前に亡くしている。新任介護福祉士の真千子は幼い息子を事故で亡くし、それがもとで離婚している(真千子は息子の死を自分のせいだと責めている)。ある日、2人はしげきの妻のお墓参り(三十三回忌)に出かけるが…。
90分の作品は、とびきり上等のアート系映画である。主役はしげきと真千子というより、森であり風であり鳥の声であり川であり田畑である。その中で生かされている人々がいて、そこで1つの事件が起きる。
ロケは田原だけでなく、奈良市月ヶ瀬(スイカ畑)や東吉野村(川べり)でも行われたと舞台挨拶で聞いた。真千子の住まいがある北東向(きたひがしむき 奈良市花芝町)の雰囲気も良い。主人公たちの心を投影した印象的な風景を選んだ河瀬監督の感性は、鋭い。
しかし予期していたほど「奈良色」が前面に出た映画ではなく、むしろ普遍的な情景を選んだようにも思える(東北や九州でも撮れそうだ)。生と死、老いと若さ、魂と肉体、という普遍的なものを表現するのだから、それで良いのだが。
それにしても、こんな才能の持ち主が奈良から生まれたとは、素晴らしい。河瀬監督は、平城京遷都1300年の2010年に「平城宮跡周辺で国際映画祭を開催したい」という抱負を語っておられたが、ぜひ実現させたいものだ。
※写真は、田原の茶畑(奈良市此瀬町。頂上に太安万侶墓がある 6/23撮影)。
昨日(8/25)、カンヌ映画祭でグランプリ(審査員特別大賞)を受賞したこの映画を見てきた。近鉄高の原駅(奈良市朱雀)前の「ワーナー・マイカル・シネマズ高の原」(イオン高の原ショッピングセンター内)で、この日から上映が開始されたのだ。
自主上映を除けば、奈良県下での公開は今回が初めてである(厳密には、ここは京都府木津川市になるが)。そこで初回上映の終わりと第2回の冒頭で、河瀬直美監督と主演のうだしげきさんによる舞台挨拶が行われた。
私は第2回上映(12:30)を見に行った。舞台挨拶は15分ほどの軽妙なトークだったが、うださんがお若いのには驚いた。なお彼は、この映画を15回見られたそうだ。奈良女子大近く(NHKの裏手)で古書喫茶を営まれていて「ヒマなので来て下さい」とおっしゃっていたので、一度立ち寄ろうと思っている。
※古書喫茶ちちろ
http://n-dv.net/chichiro.html
映画については、私の知人で先に見た人が2人いて、1人は面白かったと言い、1人はほとんど寝ていた、と言ったので、どちらが本当かと興味を持っていた。なお私は、河瀬作品は初期の短編を見た程度の初心者である。
冒頭から、鬱蒼とした森が登場する。県下で見慣れた杉の人工林ではなく、広葉樹の天然林だ。私の頭の中で、早くも「千の風になって」が流れ始めた。田原地区(奈良市)の整然と刈り込まれた茶畑も印象的だ。
※『殯の森』の公式ホームページ
http://www.mogarinomori.com/
グループホームのシーンでは、深い皺が刻まれたお年寄りの顔がアップで写る。まるでフェリーニの映画だ。その中でヒロインの真千子(尾野真千子:五條市西吉野町出身)の若さ・美しさが際立つ。
認知症のしげきは妻(まーこ)を33年前に亡くしている。新任介護福祉士の真千子は幼い息子を事故で亡くし、それがもとで離婚している(真千子は息子の死を自分のせいだと責めている)。ある日、2人はしげきの妻のお墓参り(三十三回忌)に出かけるが…。
90分の作品は、とびきり上等のアート系映画である。主役はしげきと真千子というより、森であり風であり鳥の声であり川であり田畑である。その中で生かされている人々がいて、そこで1つの事件が起きる。
ロケは田原だけでなく、奈良市月ヶ瀬(スイカ畑)や東吉野村(川べり)でも行われたと舞台挨拶で聞いた。真千子の住まいがある北東向(きたひがしむき 奈良市花芝町)の雰囲気も良い。主人公たちの心を投影した印象的な風景を選んだ河瀬監督の感性は、鋭い。
しかし予期していたほど「奈良色」が前面に出た映画ではなく、むしろ普遍的な情景を選んだようにも思える(東北や九州でも撮れそうだ)。生と死、老いと若さ、魂と肉体、という普遍的なものを表現するのだから、それで良いのだが。
それにしても、こんな才能の持ち主が奈良から生まれたとは、素晴らしい。河瀬監督は、平城京遷都1300年の2010年に「平城宮跡周辺で国際映画祭を開催したい」という抱負を語っておられたが、ぜひ実現させたいものだ。
※写真は、田原の茶畑(奈良市此瀬町。頂上に太安万侶墓がある 6/23撮影)。