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得がたい経験をした。ABCテレビの情報番組「キャスト」毎週月曜日の「なんでやねん!?」コーナー(5/13放送)に出演させていただいたのである(17:30~17:40)。タイトルは「“かき氷”って言うの、なんでやねん!?」。半年に1回ほど、テレビの取材を受けるが、ほとんどが「食」に関することで、今回は令和になって初の出演となった。
※都祁氷室神社境内で古川昌希アナとツーショット、古川アナは身長180㎝以上!
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「なぜかき氷と言うのか」という疑問を解決するため、古川昌希アナが、かき氷の聖地・奈良を訪ねる。まずは千壽庵吉宗を訪ね、若女将「わらびもちこ」こと山本隆子さんお手製のかき氷を食べる。山本さんに「なぜかき氷と言うのか」と質問すると、「私は知らないが、日乃出製氷さんならご存じかも」。
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奈良県下で唯一の製氷所・日乃出製氷株式会社を訪ね、専務取締役の中孝仁さんを直撃!中さんのイケメンぶりには驚いた。氷の現場を見せてもらい「かき氷の初出は『枕草子』第42段(あてなるもの)で、削り氷(けずりひ)に甘葛(あまづら)入れて、新しき鋺(かなまり)に入れたる、と出ています」との説明を受ける。しかし「なぜかき氷と言うのか」はご存じなく、奈良の食文化に詳しい人がいる、と私にバトンタッチ
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ここでスタッフと合流
私は天理市福住町の「氷室神社」(都祁氷室神社)で、古川アナなどスタッフと合流(5/11午前9時)。一般社団法人「奈良のうまいもの会」から「奈良のうまいもの大使」に任命されていることを説明した。都祁氷室神社は、社伝によると創始は允恭天皇3年というから、5世紀中ごろになる(允恭天皇は仁徳天皇の皇子)。主祭神の闘鶏稲置大山主命(つげいなぎおおやまぬしのみこと)は、氷の神さまである(「御由緒」を末尾に貼っておく)。私は復元された氷室などを見せながら、かき氷の語源を説明した。
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かき氷は「欠き氷」とも「掻き氷」とも書くが、一般的には「欠き氷」。鑿(のみ)や槍鉋(やりがんな)などで氷を削って作った。イメージ的には甲子園の「かち割り氷」のようなもの。のちに平鉋(ひらがんな)を逆さにした「氷かき器」が登場するが、ずっと後の時代である(平鉋の登場は室町時代以降)。
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なお漢字表記は、どんどんシンプルなものにシフトする傾向がある。例えば東大寺の転害(てがい)門のある場所は「手貝町」だが、これも転害から手掻、手害などと転じたあげく「手貝」となった。だから「掻き氷」が廃れて「欠き氷」に一本化されたと考えられる。またかき餅(おかき)も漢字では欠き餅(お欠き)。硬くなった鏡餅を鑿(のみ)のような道具で割ったから。みがきニシンも「身欠き」ニシン。ざっとこのような説明で締めくくった。
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それにしても楽しい経験をした。この日、奈良市内では30℃を超える真夏日となったが、さすがに福住は氷室が置かれただけあって、とても涼しくて湿度も低い。そよ風も吹いていて、快適な取材となった。アナウンサーの古川昌希さん、ディレクターの辻村魁さん、ありがとうございました!
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※都祁氷室神社境内で古川昌希アナとツーショット、古川アナは身長180㎝以上!
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ここでスタッフと合流
私は天理市福住町の「氷室神社」(都祁氷室神社)で、古川アナなどスタッフと合流(5/11午前9時)。一般社団法人「奈良のうまいもの会」から「奈良のうまいもの大使」に任命されていることを説明した。都祁氷室神社は、社伝によると創始は允恭天皇3年というから、5世紀中ごろになる(允恭天皇は仁徳天皇の皇子)。主祭神の闘鶏稲置大山主命(つげいなぎおおやまぬしのみこと)は、氷の神さまである(「御由緒」を末尾に貼っておく)。私は復元された氷室などを見せながら、かき氷の語源を説明した。
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かき氷は「欠き氷」とも「掻き氷」とも書くが、一般的には「欠き氷」。鑿(のみ)や槍鉋(やりがんな)などで氷を削って作った。イメージ的には甲子園の「かち割り氷」のようなもの。のちに平鉋(ひらがんな)を逆さにした「氷かき器」が登場するが、ずっと後の時代である(平鉋の登場は室町時代以降)。
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