知人のYさんという女性が、Facebookに郷土食・伝統食「おみ」のことを紹介されていた(2022.1.2)。Yさんは桜井市三輪のご出身である。詳しくお聞きすると〈前日の残ったそうめんと冷やご飯、有り合わせの大根や、人参、里芋などを味噌仕立てで食べる田舎ご飯です。時々小麦粉を溶いてお団子にして一緒に入れたりもします。お味噌汁にお素麺もご飯も一緒に入っていて味噌仕立て、というのは珍しいみたいです〉。
※トップ写真は、私が試作した「おみ」(1/15再撮影)。ご飯とそうめんが一体と
なり、全く違和感はない。体が温まるので、今のような寒い時期にはピッタリだ!
〈三輪はほとんど年中おそうめんを食べるので、味噌雑炊に残ったお素麺を投入、みたいなものが食べられていたのでしょうね。私のソウルフードです〉。知人のKさんのお母さま(桜井市纒向のご出身)もよく作られ、ニラや玉子も入れられたという。これは面白い。三輪そうめんでよく知られる桜井市ならではの食べ物ではないか!
手元にあった田中敏子著『大和の味 改訂版』(奈良新聞社)には〈「おみい」の思い出〉として紹介されていた。〈雑炊に味噌を加えた味噌雑炊を「みそうず」または「おみそうず」といい、さらに「おみい」というようになった。大和では、ご飯が少し足りないときや寒いときには「おみい」をよく食べる。つまり、味噌汁に冷やご飯と大根、ニンジン、ミズナや油揚などを入れて炊く。また里芋、素麺を加えたり、季節によっては生シイタケやシメジ、エノキダケなどの「きのこおみい」を炊くこともある〉。
ご飯200g(茶碗1杯半)、だし汁200cc、そうめん1/2束(25g 1/3に折った)、そこに
味噌、刻みネギを混ぜ、しば漬けをトッピング。ご飯とそうめんの比率は、お好みで
大和郡山市に生まれ、天理市に住んでおられた故田中敏子さんも食べておられたのだ。すると、桜井市の郷土料理にとどまらないことになる。確かに大和では、そうめんは桜井市にとどまらない。宇陀市のお宅でお盆にそうめん(乾麺)をお供えになっていて、驚いたことがある。紀州では器に入れたにゅうめんを供えることはあっても、乾麺をそのまま供えることはなかったからだ。
地理的にどこまで広がるのだろうかと興味を持ち、奈良県立図書情報館を訪ねた。すると2つの資料が見つかった。1つは三輪山本さんの『そうめん 第2集』。新社屋完成を記念して刊行されたもので、「非売品」となっていた(1984.4.15 刊行)。著者は中山時子さん(お茶の水女子大学教授=当時)。
そこには「おみ」ではなく「ふしのおじや」として紹介されていた。なお「ふし」とはそうめんを干すとき、麺の上下にできる丸く曲がった部分で、私はよく味噌汁の具にする。〈おじやの中に「ふし」を入れる。驚くなかれ、なかなかおつなものだよ。「めし」と「ふし」が出合うところにこのおじやのよさがある〉。紹介されたレシピは醤油ベースだったが、「みそでもかまわない」とあった。「ふし」はあらかじめ固めにゆがいておく。
もう1つの資料は、東吉野村教育委員会編の『ふるさとの味 東吉野』(1984.3.31 発行)。冬の季節料理のところに「おみ」があった。野菜を煮た汁の中にご飯を入れ3~4分煮てから、ゆがいたそうめんを入れ、味噌で味をつける。〈寒い冬にいただくと体の芯から暖まり、暑い夏は汗を流しながらふうふう吹いていただくのも後がさっぱりとしておつなもの。中に入れる野菜は好みで季節のものを使うとよい〉。
〈「おみ」は、昔から、米を節約し、しかも栄養価が高くて、体があたたまる主食として、どの家庭でも、重宝がられた食事である。先祖の生活の知恵として、なつかしいふるさとの味を残すものである〉。
これで北和から中南和まで、すべての地域で「おみ」が作られ、食べられていることが分かった。まさに「先祖の生活の知恵」、これは受け継いでいかなければ!Yさん、Kさん、良いヒントをありがとうございました!
※トップ写真は、私が試作した「おみ」(1/15再撮影)。ご飯とそうめんが一体と
なり、全く違和感はない。体が温まるので、今のような寒い時期にはピッタリだ!
〈三輪はほとんど年中おそうめんを食べるので、味噌雑炊に残ったお素麺を投入、みたいなものが食べられていたのでしょうね。私のソウルフードです〉。知人のKさんのお母さま(桜井市纒向のご出身)もよく作られ、ニラや玉子も入れられたという。これは面白い。三輪そうめんでよく知られる桜井市ならではの食べ物ではないか!
手元にあった田中敏子著『大和の味 改訂版』(奈良新聞社)には〈「おみい」の思い出〉として紹介されていた。〈雑炊に味噌を加えた味噌雑炊を「みそうず」または「おみそうず」といい、さらに「おみい」というようになった。大和では、ご飯が少し足りないときや寒いときには「おみい」をよく食べる。つまり、味噌汁に冷やご飯と大根、ニンジン、ミズナや油揚などを入れて炊く。また里芋、素麺を加えたり、季節によっては生シイタケやシメジ、エノキダケなどの「きのこおみい」を炊くこともある〉。
ご飯200g(茶碗1杯半)、だし汁200cc、そうめん1/2束(25g 1/3に折った)、そこに
味噌、刻みネギを混ぜ、しば漬けをトッピング。ご飯とそうめんの比率は、お好みで
大和郡山市に生まれ、天理市に住んでおられた故田中敏子さんも食べておられたのだ。すると、桜井市の郷土料理にとどまらないことになる。確かに大和では、そうめんは桜井市にとどまらない。宇陀市のお宅でお盆にそうめん(乾麺)をお供えになっていて、驚いたことがある。紀州では器に入れたにゅうめんを供えることはあっても、乾麺をそのまま供えることはなかったからだ。
地理的にどこまで広がるのだろうかと興味を持ち、奈良県立図書情報館を訪ねた。すると2つの資料が見つかった。1つは三輪山本さんの『そうめん 第2集』。新社屋完成を記念して刊行されたもので、「非売品」となっていた(1984.4.15 刊行)。著者は中山時子さん(お茶の水女子大学教授=当時)。
そこには「おみ」ではなく「ふしのおじや」として紹介されていた。なお「ふし」とはそうめんを干すとき、麺の上下にできる丸く曲がった部分で、私はよく味噌汁の具にする。〈おじやの中に「ふし」を入れる。驚くなかれ、なかなかおつなものだよ。「めし」と「ふし」が出合うところにこのおじやのよさがある〉。紹介されたレシピは醤油ベースだったが、「みそでもかまわない」とあった。「ふし」はあらかじめ固めにゆがいておく。
もう1つの資料は、東吉野村教育委員会編の『ふるさとの味 東吉野』(1984.3.31 発行)。冬の季節料理のところに「おみ」があった。野菜を煮た汁の中にご飯を入れ3~4分煮てから、ゆがいたそうめんを入れ、味噌で味をつける。〈寒い冬にいただくと体の芯から暖まり、暑い夏は汗を流しながらふうふう吹いていただくのも後がさっぱりとしておつなもの。中に入れる野菜は好みで季節のものを使うとよい〉。
〈「おみ」は、昔から、米を節約し、しかも栄養価が高くて、体があたたまる主食として、どの家庭でも、重宝がられた食事である。先祖の生活の知恵として、なつかしいふるさとの味を残すものである〉。
これで北和から中南和まで、すべての地域で「おみ」が作られ、食べられていることが分かった。まさに「先祖の生活の知恵」、これは受け継いでいかなければ!Yさん、Kさん、良いヒントをありがとうございました!
> つわりの娘が昔食べたのを思い出して急におみが
> 食べたいと言ったので作り方を探してました。
和歌山県出身の私は全く知らなかったのですが、実際に作って食べてみると、とても美味しくて驚きました。そうめんがポイントですね。
小麦粉で練った小さい団子や茄子、かぼちゃ、そうめんが入っていました。出汁で最後味噌も入り冷やして食べます。
材料だけみると結構塩分多いなと思いますが、田んぼ仕事の昼ごはんとしておじいちゃんが食べていたので塩分多くてもよかったのかなと勝手に思っています。
近所の人たちも食べてたのでウチだけのオリジナルでもなさそうでしたが。もう覚えている人も少なくなっていくんでしょうね。
夏に冷やして食べるとは、驚きました。一度、試してみます。
食欲が落ちる夏場に、こんな消化の良いものを食べるのは理に適っていますし、塩分補給も出来ます。生活の知恵が詰まった逸品ですね。
どんなお味になるかなあと楽しみです。
しっかし知らない事が大半ですがこの「おみ」にはびっくりしました。
> 奈良県に生まれて奈良県で育っていますが全く食べた事
> がありません。初めてこの料理を知りました。
「おみ(おみい)」は基本的に、残りごはんと味噌とそうめんがあれば、簡単に作れます。王寺町、桜井市、東吉野村ご出身の方々は、よく召上がるそうですが、すべてのご家庭で食べるというものでもなさそうです。
大和郡山市ご出身の田中敏子さんの著書『大和の味 改訂版』(奈良新聞社刊)では、〈味噌汁に冷やご飯と大根、ニンジン、ミズナや油揚などを入れて炊く。また里芋、素麺を加えたり、季節によっては生シイタケやシメジ、エノキダケなどの「きのこのおみい」を炊くこともある〉と紹介されています。
野菜をたくさん入れれば、栄養バランスも良くなります。いちど、お試しください!