透明タペストリー

本や建築、火の見櫓、マンホール蓋など様々なものを素材に織り上げるタペストリー

「剛心」読了

2022-01-12 | A 読書日記

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 『剛心』は明治の建築家・妻木頼黄を主人公に据えた小説。妻木頼黄は東京駅や日本銀行を設計した辰野金吾と迎賓館赤坂離宮(旧東宮御所)を設計した片山東熊とともに明治の三大建築家と言われている。

全5章から成るこの小説の第2章では「広島臨時仮議事堂」が完成するまでが描かれている。時は日清戦争が始まったばかりの頃。臨時帝国議会が広島で召集されることに。それにあわせて仮議事堂を建設することになる。設計・施工期間はたったの半月(半年ではない)。しかしこれは実話。この信じられないような短期間のプロジェクトで妻木が人材登用、組織運営に関して優れた能力を発揮して奮闘する姿は実に感動的だ。間に合うのかハラハラしながら読み進む。妻木は職人たちを尊敬し、職人たちは妻木のために最善を尽くして仕事に取り組む。エピソードとして職人どうしの喧嘩を仲裁する妻木が描かれている。例によって私は涙ぐむ。工期内に議事堂が竣工する(*1)。

その後、物語は近代国家・日本のシンボルである議院(国会議事堂)を誰が設計するのか、設計者選定の方法などが描かれていく。議院の設計をめぐる辰野金吾と妻木頼黄との駆け引きがメインに描かれる。このことに関して村松貞次郎氏は『日本近代建築の歴史』(岩波現代文庫2005年)の中でふたりについて**議院建築の問題などではあたかも犬猿の仲の感があった。**(130頁)と書いている。

**「日本銀行、中央停車場、そこに議院が加われば、無敵じゃないか。辰野さんはそこまで上り詰めたい人だよ」**(349頁)

だが・・・、計画段階で妻木は病に倒れ、息を引き取る(過労死ではなかったかと小説を読んでいて感じた)。そして辰野もスペイン風邪で急逝。結局ふたりは議院の直接的な設計者にはなれなかった・・・。

**「(前略)僕が設計するからには、新たな技術を取り入れながらも、この国の、自分たちの根源を忘れずに引き継いでいくような建物にしたいと思っている。そういう建物がいくつも建つことで、江戸のような、心地いい街並みがきっとできる。子供たちの、またその子供たちの世代まで、誇りになるような街がね」**(232頁)妻木のこのことばに共感する。これはただ単に江戸へのノスタルジーから発せられたことばではないだろう。

**「わしらの銀行は、借り物の拵えではない。この土地に根付き、歴史を背負うている。そうして、この日本っちゅう国を盛り立てる労働力をしかと支える――そういう絶対的な安心感を、建物を通して表したいっちゅうことじゃな」**(257頁 妻木が行った日本勧業銀行の設計説明に勧銀総裁がこのように語る)

小説には上掲したことばの他にも印象に残るものがでてくる。建築に興味がある人にはおすすめの1冊。建築に興味が無い方にも。


*1 広島臨時仮議事堂を画像検索するとヒットする。


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