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史跡訪問の日々

幕末維新に関わった有名無名の人生を追って、全国各地の史跡を訪ね歩いています。

「群青」 植松美土里著 文春文庫

2011年11月14日 | 書評
幕府海軍総裁を務めた矢田掘景蔵(鴻)を主人公とした小説である。矢田掘景蔵は、無名とはいわないが、比較的目立たない存在である。
よく知られているように、勝海舟は、咸臨丸艦長として太平洋を横断している。本来、咸臨丸に乗って渡米するのであれば、矢田掘景蔵こそが適任であった。ところが彼は日本人だけで太平洋を横断することを無謀と主張し辞退する。
あるいは教え子の一人である榎本武揚は、新政府に徹底抗戦を主張し、旧幕艦隊を率いて函館五稜郭で戦った。矢田掘は、戊辰戦争に際して、日本人同志で戦うことの愚を説いて、海軍総裁でありながら一切抵抗をしなかった。その結果、彼は「逃げた海軍総裁」といった有り難くないレッテルを張られ、明治後を生きることになる。
この小説を読むと、矢田掘鴻という人物が、極めて高い技術力、見識、人格、信望を持った人間であったかがよく分かる。当然、小説であるから、著者の思い入れや創作はあるだろうが、巻末に掲載された参考資料を見れば、著者が矢田掘鴻およびその周辺について、極めて深く研究し、その人物像に肉迫したかが想像できる。
ことさら主人公を持ち上げるために史実に無いエピソードを挿入することもなく、安心感を持って読むことができた。勝海舟、岩瀬忠震、木村喜毅、佐々倉桐太郎、甲賀源吾、榎本武揚、荒井郁之助といった登場人物もよく書きこまれている。幕府海軍の人間模様を知るにも格好の小説である。

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「魔軍の通過 天狗党叙事詩」 山田風太郎著 ちくま文庫

2011年11月14日 | 書評
天狗党長征という史実に幕府若年寄の田沼意尊の妾、市川三左衛門の娘が人質として連行されるというフィクションを交えた小説である。実際に天狗党の軍列には女性用の駕籠があったという当時の目撃証言もあり、このことにヒントを得て創作されたものであろう。
天狗党は、尊王攘夷という旗印のもとに結集した軍団である。京都に禁裏守衛総督という立場で駐屯する一橋慶喜に尊攘の赤心を訴えるという一念で峠を越え、行く手を阻む敵軍を蹴散らした。しかし、結束を誇る集団に、女性がわずか二名交っただけで、統制は乱れ、喧嘩が乱発し、脱落者が続出する。情けないけど、男は女に弱い。
天狗党の最期は十分知っていたつもりであるが、三百五十二人が家畜のようにされる場面には、思わず目をそむけたくなる。人間はどこまで残酷になれるのだろうか。いかなる小説家でも、史実になければここまでの残虐シーンは思い浮かばないに違いない。
本書は、天狗党の乱から三十年後、武田耕雲斎の子、武田源五郎の口を借りて、当時の様子を生々しく語るという体裁を取っており、この仕掛けによってリアルな描写に成功している。維新を迎え、復権なった武田金次郎(耕雲斎の孫)が復讐の鬼となって、市川三左衛門らを嬲り殺しにするシーンは、凄惨の極み。もはや尊王攘夷とか、佐幕というイデオロギーを越えている。人類はこれに類した、無意味にして凄絶な殺し合いを幾度となく繰り返している。この本を読んでその愚を再確認した方が良いだろう。

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「上杉茂憲 沖縄県令になった最後の米沢藩主」 童門冬二著 祥伝社新書

2011年11月14日 | 書評
奥羽越列藩同盟の雄、米沢藩の最後の藩主、上杉茂憲。今春家族旅行で訪れた沖縄県。この二つがクロスオーバーした書籍であり、無視するわけにはいかない。期待が大きかっただけに、失望も大きかった。
上杉茂憲という人物の人生を俯瞰したというわけではない。沖縄県令時代のことは紹介されているが、その前後について触れられるところは少ない。
では、「琉球処分」など、本土とは違った独自の経緯をたどって日本の行政に組み入れられた沖縄県の生い立ちが詳述されているかと言えば、必ずしもそういうわけではない。要するに、中途半端で消化不良であった。
また、明治九年(1876)に山口裁判長に出仕した岩村通俊が「広沢真臣たち“萩の乱”に関係した連中の審問や裁判を行った」などとあんまりな誤りも見られる(言うまでもなく広沢は明治四年(1871)に暗殺され世を去っている)。

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