私がこれまで訪ねてきた墓の数については、数えたことはないが多分千や二千ではきかないはずである。墓へのこだわりでいえば、相当なものだという自負があるが、本書を手にして上には上がいるものだと脱帽するしかなかった。
筆者は、弘前大学で教鞭をとる傍ら、学生にも手伝ってもらい、弘前や北海道、福井の墓地を調査して、その結果から様々なことを墓に語らせている。筆者は「悉皆(しっかい)調査」という言葉を使っているが、要するに対象となる墓地の全ての墓石の被葬者(一人なのか複数なのか)、没年月日、建立年月日から墓石の形式、素材、石工を調査してそのデータを積み上げることによって、その地域の人口の長期的な増減や急激な死亡者数の増加(たとえば、疫病の流行や天災などによる)であったり、墓石形式の流行廃りとか、港町の隆盛衰亡、墓石の物流や石工の広がりなどを考察しようというのである。筆者がこれまで調査した墓石の数は三万を越えるというから全く恐れ入る。古い墓石には摩耗劣化によって読み取れないものも多いが、片栗粉を流し込んで墓石の文字を読み取ろうという筆者の執念には頭が下がる。筆者がいうように、文書史料と違って、墓石は「原位置性」を保ち、「紀年銘」としての役割を持ち、「普遍性」と「不朽性」を併せ持っている。その結果、雄弁な史料となり得るのである。
筆者によれば、墓石が我が国に根付いたのは江戸時代の少し前のことであった。地域差はあるものの概ね江戸時代中期に入ると、一部の経済力のある人のものから、比較的庶民でも墓石が建てられる時代になった。深く考えることもなく、自分もやがては墓に入るのだろうと思っていたが、人口減少時代を迎え、無縁墓は激増している。まさか自分の墓が無縁化するとは、墓を建てる当事者は誰もそんなことを考えていないだろうが、自分の孫や曾孫の時代になれば、無縁化しても不思議はない。少なくとも三世代~四世代もすれば、かなりの確率で無縁化しているという筆者の指摘は間違いあるまい。そう考えると昨今流行の樹木葬とか散骨というのも、あながち理由のないことではない。現在、敢えて石という物質に名前を刻まなくても、写真や電子データによって故人を偲ぶことはいくらでもできる時代になった。近い将来、墓石文化は消滅する運命なのかもしれない。筆者は「墓石が急速に減少・衰退に向かいつつある二一世紀は、「墓石文化晩期」ないし「墓石文化終末期」と呼ばれるはず」としているが、なるほどその予言は的中するかもしれない。
我が国における墓石文化は、江戸時代に興隆して幕末明治期から現代に頂点を迎えた。私が個人的に掃苔の対象としている幕末から明治期というのは、ちょうど墓石がよく残されている時代に当たる。江戸初期とか戦国時代となるとそうもいかない。結果的にはよい時代を選んだということかもしれない。
筆者が「あとがき」の末尾に記している「よそ様のお墓には足繁く通う一方で、自分の家のお墓にはなかなか足が向かない」という言葉は、私も両親からいわれているのとまったく同じ台詞で、思わず苦笑してしまった。
著名人の墓の案内書は、世の中に数多出回っているが、墓石そのものについてこれほど深く、しかも執念深く掘り下げた本はほかにはあるまい。どう考えてもたくさん売れる本ではないが、それでも刊行した出版社にも拍手を送りたい。
筆者は、弘前大学で教鞭をとる傍ら、学生にも手伝ってもらい、弘前や北海道、福井の墓地を調査して、その結果から様々なことを墓に語らせている。筆者は「悉皆(しっかい)調査」という言葉を使っているが、要するに対象となる墓地の全ての墓石の被葬者(一人なのか複数なのか)、没年月日、建立年月日から墓石の形式、素材、石工を調査してそのデータを積み上げることによって、その地域の人口の長期的な増減や急激な死亡者数の増加(たとえば、疫病の流行や天災などによる)であったり、墓石形式の流行廃りとか、港町の隆盛衰亡、墓石の物流や石工の広がりなどを考察しようというのである。筆者がこれまで調査した墓石の数は三万を越えるというから全く恐れ入る。古い墓石には摩耗劣化によって読み取れないものも多いが、片栗粉を流し込んで墓石の文字を読み取ろうという筆者の執念には頭が下がる。筆者がいうように、文書史料と違って、墓石は「原位置性」を保ち、「紀年銘」としての役割を持ち、「普遍性」と「不朽性」を併せ持っている。その結果、雄弁な史料となり得るのである。
筆者によれば、墓石が我が国に根付いたのは江戸時代の少し前のことであった。地域差はあるものの概ね江戸時代中期に入ると、一部の経済力のある人のものから、比較的庶民でも墓石が建てられる時代になった。深く考えることもなく、自分もやがては墓に入るのだろうと思っていたが、人口減少時代を迎え、無縁墓は激増している。まさか自分の墓が無縁化するとは、墓を建てる当事者は誰もそんなことを考えていないだろうが、自分の孫や曾孫の時代になれば、無縁化しても不思議はない。少なくとも三世代~四世代もすれば、かなりの確率で無縁化しているという筆者の指摘は間違いあるまい。そう考えると昨今流行の樹木葬とか散骨というのも、あながち理由のないことではない。現在、敢えて石という物質に名前を刻まなくても、写真や電子データによって故人を偲ぶことはいくらでもできる時代になった。近い将来、墓石文化は消滅する運命なのかもしれない。筆者は「墓石が急速に減少・衰退に向かいつつある二一世紀は、「墓石文化晩期」ないし「墓石文化終末期」と呼ばれるはず」としているが、なるほどその予言は的中するかもしれない。
我が国における墓石文化は、江戸時代に興隆して幕末明治期から現代に頂点を迎えた。私が個人的に掃苔の対象としている幕末から明治期というのは、ちょうど墓石がよく残されている時代に当たる。江戸初期とか戦国時代となるとそうもいかない。結果的にはよい時代を選んだということかもしれない。
筆者が「あとがき」の末尾に記している「よそ様のお墓には足繁く通う一方で、自分の家のお墓にはなかなか足が向かない」という言葉は、私も両親からいわれているのとまったく同じ台詞で、思わず苦笑してしまった。
著名人の墓の案内書は、世の中に数多出回っているが、墓石そのものについてこれほど深く、しかも執念深く掘り下げた本はほかにはあるまい。どう考えてもたくさん売れる本ではないが、それでも刊行した出版社にも拍手を送りたい。