『やんちゃジジイ・ゆうちゃん』のイカすセカンドライフ

我儘で『やんちゃ』な爺さんの目標は、楽しく生きる事
周りにも笑顔を振りまいて、楽しくセカンドライフを生きる事。

人工知能

2016年03月24日 | Weblog

囲碁でプロの棋士に人工知能が勝利したそうだ。
コンピュータが発達し、人工知能も学習能力を持ち合わせ
経験値から失敗を繰り返さないように考える能力が備わってきた
と言う事らしいのだけれど・・・・。

何だか僕はこの話を聞いていて
『負けた棋士が阿呆なだけ…』と思ったのだけれど・・・・。

最近は自動車の自動運転や、本や音楽の編集も人工知能がやるそうだ。
自動車の運転を自動運転に任せ、事故が減ることは良いけれど、
自動車を運転する事って、一昔前は『ドライブ』という遊びだった。

オートマチック車なんていう物は、そういう意味では対象外。
癖のない、誰でも運転できる車ばかりの今の自動車業界に
若者が興味を持たないのは、単に金がかかるから・・・・ではないのだと思う。

マニュアルミッションの車に乗って、山道やワインディングロードを疾走する。
ギアチェンジのタイミングを練習したり、そのためにダブルクラッチを踏んだり…
癖のある、じゃじゃ馬みたいな車を乗りこなすのが楽しみだった。

今の若者が夢中になるのは、スマホやゲームくらいなのかな?
夢中になるのには、何がしかの魅力がないとそうならない。
そんな中で得た経験値が、自分の自慢だったりプライドだったりしたものだ。

話を人工知能の話に戻すけれど、とにかく機械に人間の感性や
経験値から来るものが負けるとは、僕には到底思えない。
負けるのは閃きや、インスピレーションと言う物が足りない人間だと
僕はずっと思っている。

僕のやっていた仕事で、シミュレーションが大分利用されてきていた。
でも所詮はシミュレーション。
シミュレーションを過信する人間が、すごく多くなっているけれど、
そういう輩は、いわゆる職人肌の仕事には向いていない。

デジタルミュージックが廃れてしまったのも、デジタル楽器が飽きられるのも
結局は『感性』や『感覚』の領域まで機械は入り込めないからでしょう。

囲碁で負けた棋士は『セオりー』通りの囲碁しかしなかったのでしょう。
勝ちたいからセオリー通り・・・・
僕だったら、コンピューターにインプットされた『セオリー』以外の
手を打って、コンピューターを迷わせる、慌てさせることをするけれど・・・・

まさに『定石通り』の囲碁しかできなかった棋士だから負けたのです。
デジタルなんて、所詮はアナログには勝てないのです。
現代人がどんどん、機械並みの事しか出来なくなっている気がしてなりません。

コメント
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