映画とライフデザイン

大好きな映画の感想、おいしい食べ物、本の話、素敵な街で感じたことなどつれづれなるままに歩きます。

映画「愛にイナズマ」 松岡茉優&石井裕也

2023-10-29 17:10:22 | 映画(日本 2019年以降主演女性)
映画「愛にイナズマ」を映画館で観てきました。

映画「愛にイナズマ」は先日「月」を公開したばかりの石井裕也監督松岡茉優主演で描く新作ヒューマンドラマである。2作同時並行でつくったのだろうか?暗さの極致をゆく「月」とはタイプが違うのは予告編でわかる。ただ、松岡茉優や池松壮亮が大声をだしてケンカしているような印象はあまりよくない。

それでも、石井裕也のオリジナル脚本となると興味はわく。元妻満島ひかり主演の「川の底からこんにちは」で石井裕也監督を知ってから、作品によって好き嫌いがあっても追いかけている監督だ。先入観なく恐る恐る観にいく。

映画監督として名前がWikipediaにも載る折村花子(松岡茉優)は、プロデューサーの原(MEGUMI)の推薦で新作の監督を任せられる。新作は花子の実家について書いた脚本で映画歴の長い荒川(三浦貴大)が助監督につくことが決まる。ところが、花子のやり方に原と荒川がやたらとケチをつけるので、嫌気がさしている。そんな時花子は町を歩いていると、ケンカの仲裁に入ったのに殴られて倒れている男を見つけた。その後、バーでバッタリその男正夫(窪田正孝)に会う。正夫と同居する落合(仲野大賀)がたまたま花子の映画に出ることになっていて意気投合する。


その後、花子は自分のオリジナル脚本なのに監督を降ろされる始末に憤慨。実家の父親(佐藤浩市)に連絡して、実際の家族ドキュメンタリーとして映画を撮ろうと長い間疎遠だった長兄誠一(池松壮亮)や次兄雄二(若葉竜也)を呼び出し、正夫も連れて行ってカメラをまわす。

予想外によくできた作品だった。十分楽しめた。
予告編を観て良いなあと思った後、実際に観に行く。悪くはないけど期待ほどでもないことがある。昨年でいえば「ある男」や「死刑にいたる病」がそうだった。この映画は真逆で、予告編の期待を裏切ってよかった。出演者がよくわからずわめいていて家族再生の物語と想像できるけど、ごちゃごちゃしているなあと思っていた。自分と同じように感じてスルーした映画ファンがいれば悲劇だ。

基調になるのは松岡茉優演じる映画監督の成長物語である。前半戦は窪田正孝との出会いも語られるけど、ようやくチャンスをもらって這いあがろうとする健気な姿を映す。そこに石井裕也監督がたぶん実体験として感じてきた業界の暗部や映画づくりのエピソードを織り込む。これがリアルでいい。

主人公が葛藤する相手として、いやらしくMEGUMIや三浦友和のセガレを配置する。石井裕也が映画界で言われたことのあるイヤな言葉をセリフにしている感じがする。いじめられる松岡茉優応援したくなる気持ちになってくる。


加えて、コロナ禍で出没した道徳自警団的な少年を登場させたり、アベノマスクのことや飲食店が休業補償金でかえって潤う話などコロナ禍で経験したエピソードを盛り込む。われわれが昭和30年代の映画を観てこんなことあったんだと思うのと同じように後世の人たちはコロナ禍を振り返るかもしれない。

単なる家族再生の物語だけだったら、こんなにいいとは思わなかっただろう。映画界の裏話的要素が濃くでていい。だから退屈しない。池松壮亮や若葉竜也、佐藤浩市など石井裕也監督作品の常連をうまく脇に使って、監督と初コンビの松岡茉優と窪田正孝を引き立てる。いくつか疑問点はあっても満足できる。

⒈松岡茉優
花子は常にハンディカメラをもって外出先での一挙一動に目を配る。気がつくことがあると、左利きのペンでメモを走らせる。カッコいい。あとで何か使えることがあればと映画ネタをかき集める姿勢がいい。でも、家賃は滞納して督促がくるくらいの極貧生活だ。Wikipediaに映画監督として名前があっても、実質デビュー作。プロデューサーと助監督から、「あらゆる行為には理由がないとダメだ」と散々言われてめげるけど後がないから粘る

実家の父親とは疎遠。父から電話が来ても出ない。兄2人とは10年会っていない。それでも、自らの脚本で映画化が決まり準備していた監督を外されると、実家に乗りこみ、家族を撮っていくぞと父と兄にカメラを向ける。食肉工場で働いていた従順な正夫を実家に引き連れ挽回をはかる。思わず応援したくなる女の子だ。


働き方改革で日本人がみんな怠け者になりつつある中で、昨年の「ハケンアニメ」吉岡美帆のように仕事にがっつく女の子がメインになる映画って好きだ。

⒉池松壮亮
黒澤明に対する三船敏郎みたいな存在になりつつある石井裕也監督作品の常連だ。前半戦は松岡茉優の映画づくりに向けての話が中心で出番がない。今回は主役の兄役で脇に回るけど、後半に向けて徐々に存在感が高まる。池松壮亮は斜に構えた感じの会社社長秘書役で1500万するBMWを乗り回す見栄っ張り。妹の撮影になんで付き合うの?という感じから徐々に変わっていく。

主役のジャズピアニストを一人二役で演じる「黒鍵と白鍵のあいだ」が公開されたばかりだ。池松壮亮はピアノを練習して頑張ったにもかかわらず、残念ながら映画自体に欠点が多すぎた。しかも、一晩の話にしようとするのに無理があった。

ネタバレに近いが、最後に向けて池松壮亮の見せ場を用意する。個人的にはこのパフォーマンスを見て胸がスッとした


⒊佐藤浩市
今年は公開作多いなと思ったら、なんと8作目(Wikipediaでは9作)だ。自分より少し年下で同世代なのに頑張るねえ。殺し屋役だった「藤枝梅安2」では強い存在で恐怖感を増してくれた。おかげで映画に広がりができた。意外に流行らなかったが、自分は好きだ。

こうやって15年間ブログやっていると、佐藤浩市が主役を張った「KT」「ああ、春」なんて古い作品も取り上げている。三井住友信託銀行のCMなどで映画だけでなく露出度が高い。

もともと二枚目俳優なんだけど、「春に散る」「愛にイナズマ」いずれも白髪で登場して死にいたる病にかかっている設定だ。今回の方が、妻に逃げられて家族も近寄らず男一人で余生を過ごす情けない役。こんな役が続くと、同世代としては複雑な思いもする。ただ、家族の再生が実現しそうなのでまあいいか。


⒋窪田正孝と仲野大賀
食肉工場で働く飄々とした青年だ。ひょんなキッカケで花子と知り合う。地道に貯めたお金を金欠の花子に提供して、花子の思い通りに映画を撮らせてあげようとする。いわゆるいい人だ。宮沢りえが選挙に臨む「決戦は日曜日」の秘書役も宮沢りえの不始末を処理する良い人役で、気のいい奴って配役も多い。その反面で、「春に散る」では横浜流星と対決するアクティブなボクサーを演じた。斜に構えた男って池松壮亮が演じそうな役だったけど、うまくこなす。

石井裕也監督の「生きちゃった」で主役を演じた仲野大賀窪田正孝と同居する俳優志望の役だ。ただ、配役がもらえず結局自殺してしまう。この映画にはベテラン俳優の役で大賀の実父中野英雄も出演している。2人同時には出ないが、場面が近いので思わず唸った。石井裕也はあえて意識したのか?

中野英雄が自殺する証券マン役で出ていた「愛という名のもとに」は高視聴率で自分も見ていた。当時、バブル崩壊が表面化したころで、自分の後輩がいた大手證券ではバブル崩壊で住宅ローンが支払えない人が社内で百人単位で出たと言っていた。金利も現在より数倍高いし証券マン受難の時期だ。もっとも今のZ世代は生まれていないけど。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「こいびとのみつけかた」 芋生悠

2023-10-28 07:10:33 | 映画(日本 2019年以降主演女性)
映画「こいびとのみつけかた」を映画館で観てきました。


映画「こいびとのみつけかた」は日本のラブコメディ映画。成田凌と清原果耶共演「まともじゃないのは君も一緒」監督前田弘二と脚本高田亮が再度コンビを組む。好きな映画なので、気になってしまう。主演2人はメジャーではないけど、ヒロインの芋生悠村上虹郎共演の「ソワレ」で素朴な田舎の女の子を演じた時の印象が残る。普通だったらスルーしそうなパターンだけど、名脚本家高田亮の存在も気になり早速映画館に向かう。

植木屋で働く杜和(倉悠貴)はコンビニの店員園子(芋生悠)のことがずっと気になっていた。どうやって接近したらいいかと妄想を巡らせる中、親方の大沢(川瀬陽太)や同僚の脇坂(奥野瑛太)に早く声をかけろよとせかされる。杜和に名案が浮かび、木の葉をコンビニからずっと一つずつ置いていく。園子が気づいて歩いていくと、公園で杜和が待っていた。そんなきっかけで2人は会うようになる。園子は何故か廃工場の片隅で1人で暮らしていた。ちょっと風変わりな杜和のことも園子が気に入ってくれたように見えたが。


いかにも低予算の質素なラブコメディだ。
清楚で可愛い芋生悠のような女の子がいつも通うコンビニにいたら、若い男子は誰しもときめくだろう。どうしようかと想う気持ちがうまく進まないのがこの手の映画には多い。でも、主人公の杜和がすぐあこがれの女の子と付き合えるようになる。おや、これってどう展開するのか?時間が余るぞとふと考えてしまう。

主人公は植木屋に勤めている。植木職人というより、剪定した葉っぱを拾ったり下働きだ。人とうまく話せないのを補うのか、ニュース記事の切り抜きをいつも持って突然相手に記事の話題を語る。レアアースがどうしたとか、グローバルな話題を唐突に持ち出す。場の雰囲気がまったく読めない。樹木の剪定に行ったお客様の家でもそんな話を奥さんにして、迷惑だと先輩に止められる。すると先輩に反発するのだ。自分がどうしておかしいのかわからない。

そんな主人公杜和を園子は嫌がらない。普通に受け止めるやさしい女の子だ。廃工場の中にいて、新聞紙を包んで人形を作ったりしている。変わり者同士気が合うという恋だ。「まともじゃないのは君も一緒」でも、成田凌を世間に疎い予備校教師という設定にして、お茶目な高校生の清原果耶とのチグハグなコンビを組ませていた。今回は主役の男女が両方変わっている。



結局、ある意外な事実がわかり急展開していく。ただ、そんなにビックリするほどのストーリーではない。気楽な短編小説を読んでいる感覚だ。芋生悠の魅力でギリギリもっている。最近は暗めの映画が多いので、普通にラブコメディをという気分には悪くない。

芋生悠が魅力的だ。こんなかわいい子と付き合えたら舞い上がっちゃうだろうなあ。「アナログ」波瑠がキレイだった。いわゆるご令嬢が着るような高そうな服を着て上品に話す。こういう子もいいけど、自分は芋生悠の普通ぽい清純さに魅了される。高校生が歌うようなさわやかな歌声で、自分の気持ちを歌詞にした歌を唄う。和歌山が舞台の「ソワレ」での素朴な感じ。その時よりキレイになった熊本出身である。宮崎美子、森高千里といった熊本出身の美少女は歳を重ねても魅力を失わない。同じようになってほしい前途有望な女優だ。


高田亮の脚本で「さよなら渓谷」「そこのみにて光輝く」そして「オーバーフェンス」自分のベストの中にはいる好きな作品だ。若くして亡くなった佐藤泰志の作品の映画化をはじめとして、原作のある作品を巧みに映画にまとめるのが上手。直近の阿部サダヲ主演「死刑にいたる病」も同様である。

「まともじゃないのは君も一緒」と今回の作品は一連の作品と若干タッチが違う。オリジナルのこれらの作品には世間ズレした変人の主人公を放つ。男女の際どいシーンがない。ラブコメディで楽しんでいる感じだ。ミニシアター作品には常連の宇野祥平、川瀬陽太、奥野瑛太に加えて前作の主演成田凌も含めて脇を固める。映画としては普通だが、後味は悪くない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」 レオナルド・ディカプリオ&ロバート・デニーロ

2023-10-23 07:49:53 | 映画(洋画:2022年以降主演男性)
映画「キラーオブザフラワームーン」を映画館で観てきました。


映画「キラーズオブザフラワームーン」マーティンスコセッシ監督の最新作で、レオナルドデカプリオとロバートデニーロ主演という超豪華メンバーだ。マーティンスコセッシは80になるのに創作意欲が衰えない。3時間を超える上映時間に腰が引けるが、これは観るしかないでしょう。予告編でアメリカの先住民がからんでいるストーリーであることはよめたが、先入観なく映画館に向かう。自分が子供の頃に見た西部劇ではまだインディアンが悪者になっていた。まあ、最近では絶対ありえない話だ。

時代背景は第一次世界大戦が終わったあとの1920年代前半である。石油が発掘されて、一気に大金持ちになるアメリカ先住民がいたなんて話は初めて知る世界だ。しかも、それに目をつけるカネ欲しさの白人が町にたむろうという話もアメリカ史の暗部だろう。興味深くストーリーに入っていける。


第一次世界大戦の復員兵アーネスト(レオナルドディカプリオ)は、オクラホマ州の叔父ヘイル(ロバートデニーロ)を頼って移り住む。先住民のオセージ族は石油が発掘できたおかげで豊かに暮らしている。白人たちは石油の受益権を目当てに先住民の女たちと結婚するものもいた。アーネストはオセージ族のモリー(リリー・グラッドストーン)と惹かれあい結婚して子供もできた。ところが、オセージ族の女たちが次々と病気で亡くなったり、殺されたりする事件が頻発する。何かおかしいのではとワシントンから捜査当局が調べに入ってくるのだ。


重厚感のある映像が堪能できる。
ストーリーの内容はわかりやすい。説明口調になっているわけでないのに、登場人物のセリフを聞いているとぼんやり内容がわかってくる。観客には比較的親切な映画だ。現代と比較すると、1920年代だと医学は進歩していないと思うけど、先住民たちが次々に亡くなっていく。どこかおかしい。徐々に白人たちの企みの様子がつかめてくる。ファミリーなのにお互いに猜疑心が強くなっていく。

妻のモリーは糖尿病だ。当時世界中探してもあまりなかったインスリン注射の処方を受ける。でも、良くならない。夫のアーネストが勧めても注射を拒否するようになる。モリーに疑惑の気持ちが生まれてくるのだ。ジワリジワリと不安の度合いが進む。歴史上の事実に基づいてはいるんだろうけど、ヒッチコック映画的な不安をかき立てる要素もある。わかりやすく時間をかけて映像は進む。


それにしても、演技の水準が高い。ずっとディカプリオの映画を追っているけど、現役俳優では最高レベルだと思う。いわゆる二枚目の役柄ではない。どこかヤバさや欠点をもった役柄を演じている。今回もあえて自ら役柄を代わったようだ。適切な行為だと思う。自分的にはクエンティンタランティーノ監督「ジャンゴ」での農園主の怒り狂ったパフォーマンスが頭から離れない。

ロバートデニーロ貫禄は長い間映画界に居続けたからこそのものだ。ディカプリオとの共演は久々だという。意外に思った。町を仕切るまとめ役で善人そのものに見えるけど裏がある。まさに黒幕だ。リリー・グラッドストーンも良かった。わるいことを考えている白人たちの一方で、地道に生きる先住民の女性だ。今回、その母親をはじめとして無表情に近い先住民役の人たちがでていた。映画のリアル感を高めるには必要な存在であった。


小学生時代「じゃじゃ馬億万長者」なんてTVでアメリカのコメディドラマをやっていた。同じように石油あてて億万長者になった田舎の家族の物語だった。でも全然違う。笑いを誘う場面でも悪さするやつらがいて気が抜けない。先日観た日本映画「福田村事件」とほぼ同時期の出来事である。この時代にはこうやって殺し合う世界がまだ前近代をひきづっていたような気がする。ロビーロバートソンの音楽もこの映画のムードにあっていた。亡くなったことは映画を観た後初めて知った。「ザ・バンド」時代からのファンなので残念に思う。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「月」宮沢りえ&磯村勇斗&石井裕也

2023-10-19 18:11:48 | 映画(日本 2019年以降主演女性)
映画「月」を映画館で観てきました。


映画「月」は辺見庸の原作を石井裕也監督脚本で描いた新作である。原作は未読だが、神奈川の障がい者施設での殺傷事件をもとにしていることはわかる。障がい者施設で働く職員を宮沢りえ、磯村勇斗、二階堂ふみが演じて、オダギリジョーが宮沢りえの夫役となる。暗そうなイメージでどうしようかと思ったが、怖いもの見たさに映画館に向かう。底知れぬ暗さをもった作品であった。

重度障がい者施設で非正規雇用で働くことになった堂島洋子(宮沢りえ)は、著名な文学賞を受賞したこともある作家だった。夫(オダギリジョー)との間に障がいのある男の子がいたが、亡くなっていた。洋子はスランプに陥って書けなくなり、生活のために施設に職を求める。小説家志望の坪内陽子(二階堂ふみ)や絵を描くのが得意なさとくん(磯村勇斗)などの若者が施設の職員として障がい者たちの面倒を見る。

施設に入所してみると、障がい者の病気の度合いは想像以上にひどい。職員による虐待と思しき行為も見られる。さとくんはもともと面倒見がよかった。でも、周囲の患者たちへの行為を見るうちに、自力で生活のできない障がい者たちがこの世に存在すること自体良いのかと思い始めていた。

障がい者の扱いについて問題提起する重いムードの作品だった。
舞台となる重度障がい者施設は森の中にある。そもそも、重度でなくても障がい者施設は市街中心部にはない。映画のシーンで、夜暗くなってから仕事を終えて職員が帰ろうとするけど、真っ暗で大丈夫なの?と思ってしまう。暗い場所に蛇や小動物がいるのを月あかりだけで映す。室内の照明設計もホラー映画のような薄暗さだ。

俳優が障がい者になりきって演技する場面が中心でも、どこかの施設で撮った本物の障がい者を映し出す。家族の承諾はもらったのであろう。実際の患者を宮沢りえや二階堂ふみが面倒を見る一コマもあるので、リアル感が高まる。街の心療内科や精神科に通院する心の病にかかった一般の患者とはわけが違う。精神科患者のデイケア施設を描くドキュメンタリー映画「アダマン号に乗って」よりも症状はキツそうだ。入所して監禁されてから一気に悪化して、目で見ることも聞くことも身体を動かすこともできない患者もいる。扱いが難しい重度の患者だらけだ。


あの事件がもとになっているなら、結末は見えている。韓国映画だったら、大量虐殺もえげつなく表現するだろう。ここでは残虐性の程度は抑えている。この映画は、殺人に及んだ施設従業員の狂気を見せつけるだけがテーマではない。障がい者施設に勤める人たちが月給17万の安月給でいかに大変な仕事をしているかを執拗に見せつける。その実態を石井裕也監督は示したいのであろう。

狂ったような大声を出したり、言うことを聞かない障がい者に虐待におよぶシーンもある。重度障がい者の面倒はたいへんな仕事なので、あの大量殺人事件の犯人のように優生思想に陥ってしまう職員が出てきてしまうことまで訴えている。

狂気の世界に踏み込む男の役を演じる磯村勇斗は若手の売れっ子だ。最近は「最後まで行く」「渇水」「波紋」と続く。もともと宮沢りえが入所した時の表情は温和で、絵が得意で紙芝居を障がい者たちに見せたりする模範的な職員だった。オマエは面倒見すぎでやりすぎだと他の男性職員に迫られる。でも、途中から急変する。一気に優生思想に陥る。自分には変わり方が不自然にも見えた。最後に向けての強行シーンは「八つ墓村」の殺人鬼が夜襲におよぶシーンにダブる


宮沢りえ、二階堂ふみ、いずれの職員も心に闇がある。宮沢りえ夫妻の子どもは生まれながらに障がいがあり、3歳になって言葉が発せないうちに亡くなった。言葉を話せない障がい者が自らの子どもにだぶる懐妊がわかっても複雑な心境だ。40歳すぎての出産では障がい児を生む可能性があると中絶を考える。それが優生思想によって重度障がい者を始末する行為とダブって混乱する。二階堂ふみには父親からの虐待の事実がある。小説を書いても認められない。


登場人物の心の闇のエピソードと障がい者たちへの対応をつなげるシーンが多い。全部示さなくて時間を短縮した方がいいのかなとは感じた。それにしても、考えさせられる映画だった。磯村勇斗の彼女が聴覚障がいなのに運転して、できるの?と思っていたらどうやら可能になったようだ。初めて知った。個人的には飄々としたオダギリジョーのキャラクターに好感をもてた。救いがないわけではなかった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「ヨーロッパ新世紀」 

2023-10-15 21:39:10 | 映画(欧州映画含むアフリカ除くフランス )
映画「ヨーロッパ新世紀」を映画館で観てきました。


映画「ヨーロッパ新世紀」ルーマニア映画、移民で揺れ動くルーマニアの山村での出来事を鋭く描く。監督のクリスティアン・ムンジウ「4ヶ月、3週と2日」カンヌ映画祭パルムドールを受賞しており、この映画は自分も観ている。望まない妊娠をした女の友人が掻爬する手助けをする一部始終を映し出す作品で確かに作品のレベルは高かった。同じ監督なので、それなりのレベルは期待できると思って映画館に向かう。後半戦の展開にはぶっ飛んだ。すごい!

出稼ぎ先のドイツの工場で、マティアス(マリン・グリゴーレ)は別の工員にジプシーと言われて暴力沙汰を起こす。ヒッチハイクを続けて何とか故郷のルーマニアのトランシルバニアに帰郷する。妻のアナ(マクリーナ・バルラデアヌ)と息子がいる家に戻るが、まったく歓迎はされない。息子のルディは森で何かを見てから言葉が発せない。マティアスの年老いた父親はかなり衰弱していた。


マティアスは以前から関係のあったシーラ(ユディット・スターテ)の元に行く。シーラはパン工場の経営に携わっている。人手不足で求人しても集まらない。EUの補助金絡みでスリランカから2人雇い、1人追加する。ところが、村の人たちは歓迎せず、SNSに投稿した後で教会の集まりでも神父が工場にアジア系従業員を辞めさせるように言えと吊し上げるのだ。


田舎の村で出稼ぎアジア人に対する酷い仕打ちがあらわになる。
後半戦、エスカレートする住民集会を映し出す。集会に集まった住民にむかって固定カメラが一挙一動をとらえる。これまで観たことのない迫力のある場面は圧巻だ。映画ファンは必見と言えよう。

先入観なく観て、約1時間で登場人物の人間関係がつかめてくる。
そもそも主人公マティアスもドイツの出稼ぎ先で差別用語を浴びせられている。暴力沙汰を起こしてそのまま逃げるようにルーマニアの山間部に帰るのだ。この主人公もいい加減だ。子育てを妻に任せているのに、感謝の気持ちは少しもなく、逆に育て方が悪いといちゃもんつける。息子は言葉が発せなくなっている。

そして、もともと関係のあった工場経営者の女性シーラのところにもぐり込む。一度深い仲になった男女が離れても再度くっつくとヨリが戻るのは良くあることだ。ただ、マティアスの発言は聞いていて腹立たしくなる。


シーラが携わるパン工場は産業のないこの村では数少ない働き場所なんだろうけど、人が集まらない。求人広告をどうしようかなんて相談もしているけど、結局アジア人を引っ張ってくるしかない。スリランカ人を雇う。みんな真面目そうだ。でも、村の住人は気にいらない。村の周辺にあった炭鉱がなくなり職を失った人が多いというのに。ここまで何で避けるのか?という気もする。感染症ももってくるとかうるさい。むちゃくちゃ閉鎖的だ。

まずは、教会の集会に加わろうとしたスリランカ人を入れないように追い出した後に神父に詰め寄る。ここで住民たちの反対の発言がエスカレートした後で、スリランカ人たちが宿舎にしている家が襲われる。

そして、集会が始まるのだ。ここから延々と緊迫感がある場面が続く。自分は時間を計っていなかったが、作品情報によると17分の超長回しだ。このシーンには驚いた。集会で数多くの住民たちがスリランカ人を追い出そうと発言すると同時に、工場経営者や移民側につく人たちも反論の発言する。特定の人だけにセリフがあるわけでない。外野もうるさく、集会がぐちゃぐちゃになる。大げさではなく、こんなリアルな集会のシーンはこれまで観たことがない。これって何度もテイクを取ったのであろうか?やりとりが半端じゃない。最大の見どころのシーンを観るだけで、この映画を観る価値がある。


新生児の数が100万人を大幅に下回り、人口減少が予測されている日本では労働力の確保に移民に頼らざるを得ないのは間違いない。最近は食べ物の単価を上げないサイゼリヤにはアジア系といっても中東系の人種も目立つようになってきた。川口には1000人単位で中国人が入居している芝園団地もある。でも、この映画に出てくるような田舎の町に、移り住むこともあるだろう。この映画は対岸の火事のような捉え方はできない


印象に残ったことは多々あるが、シーラが聴いている音楽がトニーレオンとマギーチャン主演映画「花様年華」で繰り返して使われた弦楽の曲だ。シーラはチェロでこの曲を弾こうとする。


自分たちのそれぞれの伴侶同士で浮気していることに気づき、2人が出会うようになる。「花様年華」ではそんな場面に使われていた。当然、クリスティアン・ムンジウ監督は「花様年華」の不倫ムードを意識しているだろう。ただ、この映画は不倫を極めて描く作品ではない。家庭の混乱、周囲での人種差別と排除とかあるのに、ノホホンとしている主人公を責める。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「春画先生」 内野聖陽& 北香那

2023-10-14 19:02:34 | 映画(日本 2022年以降 主演男性)
映画「春画先生」を映画館で観てきました。


映画「春画先生」塩田明彦監督の原作脚本で、江戸時代の春画を研究する先生をクローズアップする。まさに春画先生を内野聖陽、先生に弟子入りした女性を北香那、ちょっとエロな本の編集者を柄本佑が演じる。先週と比較すると、観てみたい映画が増えたけど、割と暗めの作品が多い。春画がテーマなら少しはマシだろうと推測して「春画先生」を選択する。15禁で露骨に性器が描かれる春画が出てくるのは想像した通りだった。

喫茶店でウエイトレスをしている弓子(北香那)は、お店で偶然知り合った春画の研究者の芳賀(内野聖陽)に自宅に招かれる。書斎で春画の数々を見て、その講釈を聞き関心を持ってしまう。気がつくと弟子入りして毎週芳賀家のお手伝いとして和装で働くことになる。芳賀先生の元には編集者の辻村(柄本佑)が出入りしていて、芳賀は熱烈な恋愛結婚をした元妻(安達祐実)への想いが消えないのを聞かされていた。弓子は密かに元妻に嫉妬していた。

芳賀は弓子を春画をめぐるいろんな集いに連れて行ってくれた。
出向いた金沢での春画品評会で、元妻の写真に瓜二つの女性がいるのに弓子は驚く。


想像とは異なる展開でおもしろかった。
あくまで春画研究に一途の先生と若い女性とがふれあう話だと思っていた。江戸時代の男女の性的交わりを描く春画を無修正で映像に映すので、15禁となったと想像した。春画では「海藻」をまわりに添えた「貝」を大きな「キノコ」のような男根が捻りこむのを露骨に見せる。しかし、それだけではなかった。内容的には往年の日活ポルノのグレートアップ版といった印象を受ける。「さよならくちびる」塩田明彦監督もエロ路線に入り込む。

北香那という女優を初めて観た。小ぶりでキュートなバストを気前よく見せてくれて、割と健闘している。今後映画での起用が増えそうだ。高畑充希によく似ているので、途中までそうかと思っていた。アレ?彼女ここまでやるのかな?違うのかな?と初めて気づく。春画研究に身を捧げている芳賀先生に好意を寄せている一方で、柄本佑演じる軟派な編集者がちょっかいをだし、意外に軽く身を許す。寛容性ありすぎのキャラだけど、自分は好きなタイプの女の子だ。演技はうまい。


「火口のふたり」の時ほどではないけど、絡みのシーンもあって柄本佑も楽しんでいる印象を受ける。プロデューサー役だった「ハケンアニメ」と似たような雰囲気だ。お尻を触ったりセクハラし放題でその昔はたまに上司でいたけど、普通だったら最近のサラリーマン社会ではアウトのキャラクターだ。この手のイヤな奴系の脇役が上手い。


大昔を知っている人からすると、安達祐実がずいぶん変わったなあと思う人もいるだろう。でも、初ヌードを披露してから随分とたつ。映画「花魁道中」で脱いだ時を連想させる。亡くなった春画先生の奥さんという存在で、途中まで回想シーンだけの登場かと思っていた。突然目の前に現れてからは一瞬、ヒッチコックの「めまい」のような匂いを感じる。元妻の双子の姉として登場してからは、まさにSMの女王様のようだ。気がつくと、同じ日活ポルノでも谷ナオミや麻吹淳子が出てくるような展開になり、徐々におもしろくなっていく。


内野聖陽は無難にこなしたという感じで、共演者の強い個性で引っ張った映画という印象をもった。白川和子は春画先生宅の家政婦役である。エロい話は何もない。城定秀夫監督の「恋のいばら」とかたまに出てくるよね。彼女の日活時代はあまり関心がなかったけど、元日活ポルノの女優さんが健在なのはうれしい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「アナログ」 二宮和也&波瑠

2023-10-09 05:22:04 | 映画(日本 2022年以降 主演男性)
映画「アナログ」を映画館で観てきました。


映画「アナログ」ビートたけしの書いた小説の原作を二宮和也とヒロイン波瑠で映画化した作品である。予告編でだいたいの雰囲気がつかめて普通だったらスルーのパターンの映画だ。でも、世間のジャニーズバッシングに呆れきっている自分は二宮和也応援のつもりでつい観てしまう。こういうのもたまにはいいだろう。

デザイン設計事務所に勤める水島悟(二宮和也)が自分が内装のデザインを設計した喫茶店ピアノで1人の女性みゆき(波瑠)に出会う。意気投合した2人は毎週木曜日喫茶店ピアノで会うことを約束して,定期的に会うようになる。小さな貿易会社で働くみゆきは携帯電話を持っていなかった。その後,恋が徐々に実っていき悟は結婚の約束をしようと婚約指輪を買い、いつもの喫茶店で待っていたが,みゆきは来ない。携帯電話がないので連絡もつかない。途方にくれたまま,悟は大阪に転勤になってしまう。


ごく普通の作品であった。

ビートたけしの原作となれば,一定以上のレベルを期待した。でも,古典的なプロットのラブストーリーに終わってしまった。韓国映画のような手の込んだストーリーではない。寸前に見た「アンダーカレント」と比較すると,脚本に大きなレベル差を感じる。脇役を活かし切っていないのが弱い。

東宝の資本が入っているので,映画制作に金がかかっている印象を受けた。満席のコンサート会場におけるフルオーケストラ演奏など,普通の単館物ではここまで予算は出ない。映画としての体裁は整う。海辺の桟橋の映像などきれいに撮れている。

主演2人には好感を持てた。映画人になろうとしている二宮和也からすると,ライト感覚の映画だったかもしれない。店舗内装を中心にしたリノベーションの設計仕事の設定でスケッチが得意でサラッと模型を作ったりする。インチキ英語でわけのわからない上司との対比を浮かび上がらせる。学校時代からの友人に小学生程度の子供がいるのに独身。母親の面倒を見るからと言っても妙に不自然かも。

一方波瑠にとっては二宮との共演はいっそうの飛躍にはまたとないチャンスである。それにしても,現在の彼女は非常に美しい携帯電話を持たずアナログの彼女には秘密があった。村上春樹の小説のように彼女は失踪するが、ちょっとしたハプニングがあったという話だ。ちょうど10年前に濱田岳主演の「みなさんさようなら」という団地の外に出ない男の映画に出演していた。いい映画だった。そこで波瑠は濱田岳の幼少時からの腐れ縁の友人を演じる。その時と比べると30代になって格段に美しくなっている。


二宮和也のギャラで予算はかなり使ってしまうにしても,リリー・フランキー,筒井真理子,板谷由夏など現在活躍の映画人を起用する。加えて二宮の母親役に高橋恵子が登場する。でも、年老いた高橋恵子を見るのは若干忍びない。リリー・フランキー「アンダーカレント」のような存在感がないのはもったいない。


それにしても現在のジャニーズバッシングには腹立たしいものを感じる。マスコミ各社の発言及び会見へのバッシングはちょっとひど過ぎる。言論の自由は守らなければならないが,図にのっている印象を受ける。

聖職者の少年への性的虐待が映画の題材になることがある。「スポットライト」がその一例だ。今回のジャニーズスキャンダルもその要素に近い感じがしている。世の中には少年好きの地位が高い変態男っているもんだ。人生でも数回見てきた。なくなったジャニーさんもその1人であろう。少年イジリについては呆れるばかりである。

ただジャニーさんはもう亡くなった人である。性的虐待に対する補償については対応してもらいたい。でもジャニーズ事務所のタレントには罪は無い。これでいろんな仕事をから干してしまうのは理解しづらい。まさに日本人の同調性が生んだ愚かな話であろう。

あと今回改めて呆れたのは会見でのNGリスト問題である。まっとうな社会人であれば,危機管理のために集団での会見があるときにはこのような注意リストを用意するのが当然である。例えば一般株主が参加する上場会社の株主総会では,会社に対して不満を持っている株主のリストを事前に集めて,その株主が質問するであろう質問に模範回答例を用意する。まず役員だけで回答の練習をする。その後会場で社員株主含めて総会進行の予行練習をするのがごく普通である。社員株主は懸命に拍手をする。今回は会見までそんな余裕は無い。リストを用意して臨んだのは当たり前の話だと思う。

普通にビジネスを知っている人ならそんな事は当然だと思うけれど,非難するのはどうかと思う。橋下徹が,こういったNGリストを用意するのは当たり前だと発言している。自分は改めて橋下徹はまともだと思った。いずれにしても日本人は狂っている。マスコミ及びSNSに変な言論誘導されないように気をつけたい。旧ジャニーズ事務所のタレントたちが,今まで通り日本映画界で活躍することを希望する。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「アンダーカレント」 真木よう子&今泉力哉

2023-10-08 06:48:05 | 映画(自分好みベスト100)
映画「アンダーカレント」を映画館で観てきました。


映画「アンダーカレント」は豊田徹也の漫画をもとにした今泉力哉監督の新作である。真木よう子が主演、相手役は井浦新で、リリーフランキー、永山瑛太、江口のりこの実力派が脇を固める。自分にとっては2013年のベスト「さよなら渓谷」での真木よう子がすばらしく、主演作をずっと観たいと思っていただけにうれしい。事前情報は最小限で映画館に向かう。

かなえ(真木よう子)は父親が営んでいた銭湯を父の死後、夫(永山瑛太)と引き継いだ。ところがある日夫が突如失踪して行方不明になる。不在の間銭湯を休んでいたが、パートの敏江(中村久美)と一緒に銭湯の営業を再開する。そこに銭湯組合の紹介で堀(井浦新)が訪れてそのまま働くことになった。

育休中のよう子(江口のりこ)と旧交を温めたかなえは、よう子から探偵の山崎(リリーフランキー)を紹介されて、夫の捜索を依頼する。山崎から報告を聞いたかなえは身寄りがないという夫に実は両親がいたことなど知らなかった事実を聞き驚く。その後、身近なところで予期もしない事件が次々と起こってくる。


情感のこもったすばらしい作品だった。
今泉力哉監督のナイスチョイスで原作に恵まれたと感じる。しかも、映画と銭湯は相性がいい。漫画は読まないので、原作は当然未読。登場人物に相応の役割を用意して、エピソードも数多く散りばめるので飽きがこない。今泉力哉監督は澤井香織とともに観客の興味をそそる脚本に仕上げた。2023年では自分のベスト上位だ。

ほぼ全部観ている今泉力哉の作品では、今回の「アンダーカレント」が1番良くできていると感じる。いつものように長回しの場面はあっても、セリフに余分なぜい肉はなくダラダラ感がないのも特徴だ。探偵の調査から秘密が判明する。不安な感情を起こさせる。加えていくつか不意に起こる事件で余分な謎をわれわれに与える。ミステリーの要素で緊張感が生まれる。グッと引きつけられておもしろくなる。その雰囲気に細野晴臣の音楽が合う。

真木よう子はすばらしい演技を我々に見せてくれた。ちょうど10年前の「さよなら渓谷」に劣らない。あの時もしっとりと間をもった演技を見せていた。銭湯のお湯に何度も浸かって揺らぐ気持ちを示す。失踪した夫の行方を探偵が捜索し、夫がウソをついていることがわかって動揺する。子どもの頃のつらい想い出にも悩まされるし、次々と身の回りに事件が起きる。とても冷静ではいられない。心の揺れを情感込めて演じていた。やはりこの人にはサブでなく主役をやらせたい。

井浦新は黙々と銭湯で仕事をする。薪を燃やしてお湯を沸かす。夫が戻ってくるまで働くと言って勤めている。余計なセリフは少ない。真木よう子の心の乱れに戸惑う。まったくの第三者的な存在だったのが、途中から知られていない新事実がわかってくる。徐々に井浦自身も心が揺れてくる。つい先日「福田村事件」での主役に引き続きナチュラルな演技がいい感じだ。


リリーフランキーはちょっと変わった探偵を演じる。只者ではないキャラで適役だ。探偵の依頼主への報告にカラオケボックスや観覧車の中を使う。周囲にバレないためと言っても珍しい設定だ。でも、きっちり聞き込みをした調査で失踪した男の秘密を暴いて主人公を驚かせる。そしてラストに向かってもう一仕事をする。今泉力哉監督の前作「ちひろさん」で風俗店の元店長を演じて、真木よう子とは「そして父になる」で夫婦役だった。


江口のりこは今泉力哉監督の「愛がなんだ」でも成田凌があこがれる個性的な女性を演じて存在感を示した。ホラー映画を除いて彼女の作品は全部観ている。いつもひょうひょうとしている。好きな女優だ。ブログでは取り上げていないけどTVシリーズの「ソロ活女子のススメ」の大ファンである。いろんなことにトライする江口のりこの独り言の声がここでも聞けてうれしい。Netflixでも見られる。そういえばソロ活で都内の古い銭湯まわりもしていたなあ。


中村久美「高野豆腐店の春」藤竜也と老いらくの恋を演じる。最近主演頻度が高く、老け役が多い。今回は今泉力哉作品常連の若葉竜也が出ていない。珍しい。この作品に関しては配役するのが困難かも。どこで撮影したのか気になったけど、エンディングロールで市川,浦安方面だとわかる。銭湯は市川で、何回も出てくる橋が浦安市堀江の橋かと連想したが、Google mapsを見たら間違いなかった。バックの鉄橋を走る電車は地下鉄東西線だ。ただ、池や海は違うなあ。いい架空の街ができた。ロケハンの賜物だ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「シアターキャンプ」ニック・リーバーマン&モリーゴードン

2023-10-07 07:19:34 | 映画(洋画:2022年以降主演男性)
映画「シアターキャンプ」を映画館で観てきました。


映画「シアターキャンプ」はアメリカのモキュメンタリー映画(疑似ドキュメンタリー)である。夏休みに子供たちがキャンプ地に集まって演劇の練習をしてミュージカルを上演するまでを描く。theaterという英単語を見ると、劇場という訳しか思いつかないが、辞書を見ると演劇の訳がある。実際にアメリカではこういう演劇キャンプが運営されているようだ。

ニューヨーク郊外の湖畔のキャンプ地で、夏休みに子供たちが演劇の合宿をして1つの舞台を仕上げるために集合する。ところが、スタッフを束ねる女性校長が突然倒れる。校長の息子トロイ(ジミー・タトロ)が代わりにリーダーシップを取ろうとするが、演劇には素人で参加者たちは無視。でも、音楽、演劇、ダンスの講師たちは変人ぞろいだけど、子供たちからは絶大な信頼がある。それぞれの指導のもと練習に励む。

しかし、このシアターキャンプの懐事情は最悪で、金策にも失敗し続ける。差し押さえ目前である。投資ファンドも買収にきている。窮地を脱するためには発表のステージでいいショーを見せて投資家から出資してもらうしかないのだ。


構成力と編集力に優れたモキュメンタリー映画だ。
製作・脚本のニック・リーバーマン監督と音楽講師役で監督も兼ねるモリーゴードンを含めて4人で練って製作した作品だ。かなりの準備期間を経て、19日で撮影を完了したという。練ってつくられたストーリーを前提にしたモキュメンタリーとはいえ、実際に子どもたちが集まって個性的な演劇指導者の指導を受けて鍛錬に励む。全般に流れるムードはコミカルだ。


子どもたちはマジだ。本気でいいミュージカルをつくろうとしている。演技というレベルを超越する。それぞれの歌も上手い。講師の演技指導に対する不満など本音も次から次に発せられて、真剣勝負と言ってもいいのではないか。


この映画は90分台に簡潔にまとめられている。子どもたちが演技で動いているシーンとミュージカルをいい作品にしようとリアルに行動している部分と両方をうまく混ぜ合わせる。人間関係が複雑で揉め事の多い大人の一方で無邪気に行動する子どもたちがカワイイ。この19日間にはかなりの量の映像が撮影されたはずだ。それをテンポよくリズミカルな構成にまとめる。構成力と編集力に優れているという理由だ。お見事な仕事といえよう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「白鍵と黒鍵の間に」池松壮亮

2023-10-06 17:53:32 | 映画(日本 2022年以降 主演男性)
映画「白鍵と黒鍵の間に」を映画館で観てきました。


映画「白鍵と黒鍵の間」は池松壮亮が一人二役で昭和のジャズピアニストを演じる新作だ。予告編からジャズがテーマとわかって気になっていた作品だ。原作者のジャズピアニストである南博の本は読んだことがある。ここのところ、「ジョージ追悼コンサート」「CCRのライブ」と続いて音楽系の映画を観ている。ジャズクラブでグラスを片手にジャズを聴くのは大学生時代からずっと好きだ。今年はジャズミュージシャンをクローズアップした映画「BLUE GIANT」に感動した。バックの上原ひろみの演奏がスリリングで迫力があり自分の今年の5本の指に入る。同じようにジャズを味わいたく映画館に向かう。

昭和63年(1988年)、銀座のキャバレーで歌手のバックでピアノを弾く博(池松壮亮)が酔客(森田剛)にゴッドファーザーのテーマを弾いてくれとリクエストされる。キャバレーのマネジャーからこの曲は街を仕切る会長(松尾貴史)の好きな曲だと聞き、銀座では特別な曲で演奏できるのはあるピアニストだけだと阻止される。そこでイザコザとなり、博はキャバレーを辞めてしまう。

一方で、銀座のクラブではジャズヴォーカルのリサ(クリスタルケイ)がギターの三木(高橋和也)と千香子(仲里依紗)のピアノをバックに唄っていたが、客が誰も聴いてくれず憤慨していた。クラブに会長が来るということで南(池松壮亮、一人二役)が呼ばれる。南は音楽を学びに米国に留学することになっていた。


残念ながらつまらなかった。
銀座での一晩の出来事を描いた物語だ。ストーリーが不自然であり、何コレ?と思ってしまう。要は、夜の街を仕切る組の会長が好きな曲が「ゴッドファーザー」で、それを誰かが勝手に弾いたということでもめるというだけの話だ。予告編でそれらしきことはわかったけど、実は他に何もなかったということ。これだけの公開館でやる映画にしてはお粗末だ。


ジャズプレイには若干期待していた。南がアメリカの音楽学校に留学したいけど、学校に提出する演奏デモテープが必要なので、クラブでヴォーカルとリズムセクションと一緒に演奏するシーンがある。ある意味、この映画では唯一に近い見どころである。クリスタルケイの躍動感あふれるヴォーカルがいい感じだけど、この曲だけなのがさみしい。池松壮亮はかなりピアノを練習したという。一人二役でキャラを若干変えて演じたこと自体は好感が持てる。


銀座でのロケがむずかしいのはわかるけど、昭和実質最後の年の銀座の街を描くにはちょっと街のイメージがちがう印象を受けた。地方の商店街にある飲み屋街のようなところで、空き地がごまんとあるところって、いかにも当時の銀座を誤解している人が作ったのが見え見えだ。作品情報のstoryに「場末のキャバレー」という言葉があった。とっさに「白いばら」や「ハリウッド」を思い浮かべるけど、銀座のキャバレーをいくらなんでも場末とは言わないでしょう。


映画では街がきっちり描写されていると、登場人物も含めてリアリティがでる。ちょっと違うなあ。あと、プロのジャズ歌手が唄うとなったら、クラブ内で拍手が何も流れないということはないと思うよ。アニメとはいえ、「BLUE GIANT」の出来があまりに良かったのでこれは残念だ。1つ驚いたのは母親役の洞口依子、いつも週刊文春の映画評を読んでいるけど、エンディングロールで洞口の名前見てアレ?いたっけと思ったけど、まさかあの母親とは?「タンポポ」のイメージが強い自分はビックリだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

映画「ハント HUNT」イジョンジェ

2023-10-01 17:41:24 | 映画(韓国映画)
映画「ハント HUNT 」を映画館で観てきました。


映画「ハント」はNetflixの「イカゲーム」の主演イ・ジョンジェが監督も兼任する韓国現代史の暗部を描くスパイ映画で、数々の作品で主演を張るチョン・ウソンの共演である。1980年代のストーリーでフィクションだと字幕がいきなりでる。とは言うものの、当時の韓国大統領は全斗煥であり、映画でも当然変わらない。われわれの世代だと、金大中拉致事件もあって、KCIAという名に恐怖感を覚えた。KCIAの名前は安全企画部という名に継承されていた。安全企画部の内部での権力闘争と二重スパイ問題に焦点をあてる。

1980年代、韓国の全斗煥大統領が訪米した際、ワシントンDCで韓国民主化を叫ぶデモが行われている。その場面で何者かが大統領へ発砲しようとする。韓国安全企画部の海外グループ長のパク(イジョンジェ)と国内グループのキム(チョンウソン)も現地にいて警護活動をおこなう。両者は対立していた。大統領の車の移動ルートが事前に北朝鮮に伝わっていることがわかり、パクとキムは互いに猜疑心をもって組織内にいるスパイ探しをする。一方で大統領暗殺計画北朝鮮により着手されていることがわかって、組織内部でのスパイ探しに一層拍車がかかる。


韓国得意の現代史の史実をベースとしたアクション映画で、ドンパチは激しい。ただ、同じジャンルの韓国映画の傑作と比較すると、5点満点で3.5位のレベルかなあ。
香港映画「インファナルアフェア」は警察がマフィアに、マフィアが警察にスパイを侵入させる名作である。この映画にも似ているようなテイストがある。ここでは韓国の諜報組織に入り込む北朝鮮のスパイに焦点をあてる。でも、映画では誰かはわからずをつくる展開だ。重要機密が密かに北朝鮮当局に送られている。80年代は至るところで北朝鮮による爆破事件が起きた。この映画はバンコクで大統領殺害がからんだ修羅場となるが、ミュンマーで起きたアウンサン廟爆破事件に題材を得ていると思われる。


日本の在日でも南と北のそれぞれの支持者に分かれるが、北朝鮮派の朝鮮学校出身なのに南にいるのはおかしいなんて女子大生が拷問を受けている場面がある。この映画の拷問はかなり酷い

スパイ映画は敵と味方が入り乱れてわけがわからなくなることが多い。この映画も誰がスパイなのか犯人探しのような体裁をもつ。それが、ラスト30分前に「え!」と驚く場面となる。さすがに自分も驚くが、どうやってラストまで展開するのか目が離せなくなる。それでも、最終のドンデン返しは南北両陣営とも何を考えているのかわからなくなる。


北朝鮮という脅威があり、実際にスパイ戦やドンパチもあったわけで、韓国映画は平和な日本と比べればネタは多い。今の日本はそんなことで心配することがないので幸せだ。数多くの映画を観ていくと韓国現代史の要旨がよくわかる。

実際にリストアップされている俳優陣とは別に韓国映画の主演級大物が突然現れる。いわゆるカメオ出演だ。仁川に北朝鮮の飛行機で亡命する飛行士がファンジョンミンだったり、パク次長の昔の知り合いで重要登場人物の女性の親になるイソンミンなど。「ただ悪より救いたまえ」で残忍な殺人鬼を演じたイジョンジェがファンジョンミンと激しく対立する。イジョンジェの初監督作品にご祝儀で出たという感じかな。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする