映画とライフデザイン

大好きな映画の感想、おいしい食べ物、本の話、素敵な街で感じたことなどつれづれなるままに歩きます。

映画「YOLO 百元の恋」ジア・リン

2024-07-17 22:20:23 | 映画(自分好みベスト100)
映画「YOLO 百元の恋」を映画館で観てきました。


映画「YOLO 百元の恋」安藤サクラ主演「百円の恋」の恋の中国版リメイクである。なんと730億円もの興行収入の大ヒットだという。2023年の日本のランキングはスラムダンクの158億円だけにちょっとレベルが違う。「百円の恋」は自分の映画歴の中でも上位に入る好きな作品だ。自堕落な生活をしていた安藤サクラがトレーニングを始めてからシェイプアップした姿を見せるシーンには躍動感がある。

基調は同じストーリーと聞いていたが、今回主演と監督を兼ねるジア・リン(ジャー・リン)がなんと50kgの減量を成し遂げたという。残念ながら上映館は少ないが、閉館寸前の東映の映画館に向かう。気分が高揚するいい映画だ。


食品店を営む父母と暮らす32歳のドゥローイン(ジアリン)は長い間家に引きこもって、食べては寝ての繰り返しでブクブク太っている。離婚した妹が子供の小学校通学のため出戻りとなり、大げんかしてドゥは家を出ていく。一人暮らしになったドゥは居酒屋でバイトをする。そこでボクシングジムのトレーナーのハオクン(ライチャイン)と出会う。ハオクンはジムから練習生を集めるノルマを課せられていて、ドゥも引っ張られる。


成り行きでハオクンがドゥの部屋に潜り込み、ハオクンが大事な試合にでるのをバックアップする。でも、結局試合に負けたハオクンとケンカ別れしてしまう。その後もいやなことが続き、吹っ切れるためにボクシングを本格的にやりたいとジムに志願する。


最高のリメイクだ。必見である。
安藤サクラ「百円の恋」は傑作であるが、実際には低予算で作られている気がする。それを安藤サクラの超越した個人プレイでカバーしている。今回は中国のコメディアンであるジア・リンが自ら監督兼主演で大活躍する。基本ストーリーは同じでも、ボクシングジムの勧誘イベントや、TV局でのオンエア場面など原作にない場面も多い。それなりの予算がかけられている。

何せ主人公を演じるジアリン(ジャー・リン)は1年かけてやせていくのだ。映画の最後にその1年間の減量続けた軌跡が映像となっている。よくぞやせたものだ。最後に向けて、試合の控え室から廊下に颯爽と外に出る時のシェイプアップした姿はかっこいい安藤サクラも自堕落な状態からやせたがこんなレベルではない。ライザップのCMで見る体験前後の姿のようなもの。それよりもすごい。

太ると人間は老け顔になるのだろうか。元々のジアリンの顔は30代40代を飛び越えて50代ぐらいの人相である。それがやせて一気に若返るのを見ると,シェイプアップのためにボクシングをやろうとする中国人が増えるはずだ。中国ではコメディアンだというジアリンのもともとの姿を知っている人たちはアッと驚いたはずだ。


安藤サクラもそうだったが、ジアリン訓練された鋭いパンチをくり出す。一昨年岸井ゆきの「ケイコ 目を澄まして」が高い評価を受けたが、自分は過大評価と思っていた。岸井のパンチが貧弱すぎるのである。これでは相手は倒せないでしょう。もっと鍛錬してから出て欲しかった。あの映画をよく評価するやつはおかしいと思っていた。


「百円の恋」と基調のストーリーは同じである。もともと観客に高揚感を呼び起こすストーリーだ。中国人も同様に感動しただろう。シェイプアップした安藤サクラを見ていて、自分のようにワクワクさせられた日本人は多いといっても大ヒットではない

コメディ的要素は「百円の恋」よりもこの映画の方が強い。中国で興行収入730億の超大ヒットになるのは,それもあるのか。ここまで笑える中国映画って自分は観ていなかったのかもしれない。この興行収入はただ人口の多い少ないだけの要素ではないと感じる。丹念につくった観客に親切ないい映画だった。
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映画「青春18×2 君へと続く道」 清原果耶&シュー・グァンハン

2024-05-05 16:52:39 | 映画(自分好みベスト100)
映画「青春18×2 君へと続く道」を映画館で観てきました。


映画「青春18×2 君へと続く道」は日台合作のラブストーリーで台湾の男優シュー・グァンハンと清原果耶の共演である。監督は日本から「最後まで行く」藤井道人である。暗いシリアスな話ばかり観ていても疲れるので、たまにはラブストーリーと思い映画館に向かう。これが大当たりだった。

映像は18年前と現在、そして日本と台湾を行き来する。とりあえず作品情報を引用する。

始まりは18年前の台湾。カラオケ店でバイトする高校生・ジミー(シュー・グァンハン)は、日本から来たバックパッカー・アミ(清原果耶)と出会う。天真爛漫な彼女と過ごすうち、恋心を抱いていくジミー。しかし、突然アミが帰国することに。意気消沈するジミーに、アミはある約束を提案する。


時が経ち、現在。人生につまずき故郷に戻ってきたジミーは、かつてアミから届いた絵ハガキを再び手に取る。初恋の記憶がよみがえり、あの日の約束を果たそうと彼女が生まれ育った日本への旅を決意するジミー。東京から鎌倉・長野松本・新潟・そしてアミの故郷・福島只見へと向かう。(作品情報引用)


自分には肌が合う作品で、感動した。
ロードムービーの色彩もあるが、基調はラブストーリー
思いっきり泣けた。最後に向けては映画館内の至るところからすすり泣く声が聞こえた。直近の日本映画では一番のおすすめだ。おじさんの方が気に入るかもしれない。

主人公が18歳と36歳の時の話である。今の自分からすると、目線をずいぶんと落とすわけだけど、まったく違和感がない。ここまで自然に主人公へ感情移入できる映画は少ない。

18歳で台北の大学を目指している主人公が「神戸」という名の台南のカラオケ屋でバイトしている。その店にかわいい日本人の女の子が突然働きたいとやってくる。財布をなくしてしまい困っていたのだ。ジミーが仕事の指導をしているうちに徐々に関係は近づいてくる。ときめく主人公。

自分が同じ立場だったらこんなかわいい子がそばにいれば舞い上がってしまうだろう。気持ちが同化して映画に没頭してしまう。清原果耶が誘って2人乗りバイクで台湾の街をさまようシーンには疾走感がある。2人で見る夜景がキレイだ。


ゲーム会社の創業者社長が、役員会で追放されて実家に戻る。親に「一休みは長旅のため」と言われて、むかし出会った人の面影も追いつつ日本に向かう。それが18年後のジミーなのだ。スラムダンクの聖地と言われる江の電の鎌倉高校前の踏切に行ったり、松本に向かい現地で出会った台湾人の飲み屋の店主と松本城に行く。

その後、飯山線に乗っている時知り合った青年と行動をともにする。飯山線のトンネルから列車が外に出た時に一気に雪景色になる川端康成の「雪国」の冒頭を思わせるシーンがドラマティックだ。そこでジミーがとっさに連想するのは岩井俊二監督中山美穂主演の「ラブレター」だ。確かにあの銀世界のイメージがある雪景色だ。自分が好きな作品だけに取り上げられるのはうれしい。実は「love letter」はアミと一緒に観に行った記念すべき想い出の作品だったのだ。こんなロマンティックなシーンを連結するやり方がうますぎる。


藤井道人の作品は観ているが、今回は娯楽的な要素も含めてもっともよく見える部分的な小技も効いているし、映像のリズムもよくムダがない。シュー・グァンハンはまじめそうな理科系サラリーマン的な雰囲気をだす普通の若者だ。18歳の高校生役の演技も悪くない。清原果耶はトゲのあるセリフを発することも多いけど、いつもよりもかわいく見える


孤独のグルメ松重豊が出てきた時も驚いたが、アミの母役で黒木瞳が出てきた時はもっと驚いた。相変わらずキレイだ。そんなベテラン俳優も巧みに使う。こんな風景が日本にあったのかと思わせるロケハンに成功した風景もピアノタッチの切なさを感じさせる音楽もみんなよかった。そして、エンディングロールではミスターチルドレンの歌でまとめる。こんなにミスチルの歌が心に沁みる記憶は今までなかった。
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映画「瞳をとじて」 ビクトルエリセ

2024-02-10 18:26:24 | 映画(自分好みベスト100)
映画「瞳をとじて」を映画館で観てきました。


映画「瞳をとじて」はスペインのビクトル・エリセ監督が31年ぶりに長編映画を撮った新作である。予告編で感じるスペイン映画独特の不穏な感じが気になる。名作「ミツバチのささやき」の子役で出演したアナトレントも登場する。今年83になるビクトル・エリセ監督が長い間あたためてきた構想なんだろうと想像しながら映像を追う。見ごたえがあった。


映像は1990年に撮られた映画のワンシーンでスタートする。
ある富豪が自分の命が短いことを知り、上海にいる生き別れた娘に会いたいとある男に依頼する。

2012年マドリード、この映画を撮った監督ミゲル(マノロ・ソロ)がTVの特集番組に呼ばれる。映画の中で捜索を依頼された男を演じた俳優フリオ(ホセ・コロナド)が、海岸で靴を置いて撮影途中で失踪していたのだ。行方不明になったフリオには娘アナ(アナトレント)がいた。アナはTV出演を拒否したが,ミゲルと会う。既に諦めている様子であった。


ミゲルは現在住む海辺の集落に戻り,TV番組を見ようとするが途中でやめた。しかし、TVを見て思わずフリオ本人ではないかと連絡をしてきた老人養護施設の職員がいた。もらった写真はたしかに似ている。思わず施設に向かうのである。


重厚感のある素晴らしい作品だった。すっかり堪能した。最後に向けては思わず涙腺を刺激されてしまう。映画館で周囲の観客がストーリーの決着を固唾をのんでみているのが実感としてよくわかった。

スペイン映画独特の不安をかき立てる音楽を絶妙なタイミングで組み込む。同じくスペインのペドロアルモドバル監督作品などと同じ不穏なムードが漂う。基調はミステリーだけど、ヒューマンドラマの要素が強い。失踪した男が見つかった時には記憶喪失になっていたなんてストーリーだけをとれば目新しさはない。そこに「映画の中の映画」の手法を用いて、真実と虚実を混在させる。

ビクトルエリセが満を持して作ったのがよくわかる映像美に優れる作品である。撮影する場所も室内セットだけでなく、マドリードの都会的なバックに加えて海上や海辺の街並みにもカメラを移す。開放感も感じられる。しかも、廃館した映画館を巧みに使う。上映時間はもう少し短くできるとも感じるが、31年温めたものをビクトルエリセが披露する機会はもうないかもしれない。仕方ないだろう。


濱口竜介監督が作品情報で『瞳をとじて』は徹頭徹尾「座っている人間にどうカメラを向けたらよいのか」を問う。絶賛している。観ている途中で自分も同じ感触を持った。小津安二郎監督得意の切り返しショットではあるが,単純に正面を映す訳ではない。切り返すたびごとに都度俳優の表情を遠近や方向を変えたショットで映し出していく。陰影にもこだわる照明設計も素晴らしい。ミゲルがフリオとともに愛した女にあった時のシーンに映画撮影の極限値を感じた。主演のマノロ・ソロの演技も安定している。あらゆる映画人の教科書になると感じた。


映画の結末に向けては、どうクローズさせるのかとドキドキしてしまった。終わり方もベストだと感じる。ピアノベースのエンディングミュージックに余韻が残ってよかった。

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映画「アンダーカレント」 真木よう子&今泉力哉

2023-10-08 06:48:05 | 映画(自分好みベスト100)
映画「アンダーカレント」を映画館で観てきました。


映画「アンダーカレント」は豊田徹也の漫画をもとにした今泉力哉監督の新作である。真木よう子が主演、相手役は井浦新で、リリーフランキー、永山瑛太、江口のりこの実力派が脇を固める。自分にとっては2013年のベスト「さよなら渓谷」での真木よう子がすばらしく、主演作をずっと観たいと思っていただけにうれしい。事前情報は最小限で映画館に向かう。

かなえ(真木よう子)は父親が営んでいた銭湯を父の死後、夫(永山瑛太)と引き継いだ。ところがある日夫が突如失踪して行方不明になる。不在の間銭湯を休んでいたが、パートの敏江(中村久美)と一緒に銭湯の営業を再開する。そこに銭湯組合の紹介で堀(井浦新)が訪れてそのまま働くことになった。

育休中のよう子(江口のりこ)と旧交を温めたかなえは、よう子から探偵の山崎(リリーフランキー)を紹介されて、夫の捜索を依頼する。山崎から報告を聞いたかなえは身寄りがないという夫に実は両親がいたことなど知らなかった事実を聞き驚く。その後、身近なところで予期もしない事件が次々と起こってくる。


情感のこもったすばらしい作品だった。
今泉力哉監督のナイスチョイスで原作に恵まれたと感じる。しかも、映画と銭湯は相性がいい。漫画は読まないので、原作は当然未読。登場人物に相応の役割を用意して、エピソードも数多く散りばめるので飽きがこない。今泉力哉監督は澤井香織とともに観客の興味をそそる脚本に仕上げた。2023年では自分のベスト上位だ。

ほぼ全部観ている今泉力哉の作品では、今回の「アンダーカレント」が1番良くできていると感じる。いつものように長回しの場面はあっても、セリフに余分なぜい肉はなくダラダラ感がないのも特徴だ。探偵の調査から秘密が判明する。不安な感情を起こさせる。加えていくつか不意に起こる事件で余分な謎をわれわれに与える。ミステリーの要素で緊張感が生まれる。グッと引きつけられておもしろくなる。その雰囲気に細野晴臣の音楽が合う。

真木よう子はすばらしい演技を我々に見せてくれた。ちょうど10年前の「さよなら渓谷」に劣らない。あの時もしっとりと間をもった演技を見せていた。銭湯のお湯に何度も浸かって揺らぐ気持ちを示す。失踪した夫の行方を探偵が捜索し、夫がウソをついていることがわかって動揺する。子どもの頃のつらい想い出にも悩まされるし、次々と身の回りに事件が起きる。とても冷静ではいられない。心の揺れを情感込めて演じていた。やはりこの人にはサブでなく主役をやらせたい。

井浦新は黙々と銭湯で仕事をする。薪を燃やしてお湯を沸かす。夫が戻ってくるまで働くと言って勤めている。余計なセリフは少ない。真木よう子の心の乱れに戸惑う。まったくの第三者的な存在だったのが、途中から知られていない新事実がわかってくる。徐々に井浦自身も心が揺れてくる。つい先日「福田村事件」での主役に引き続きナチュラルな演技がいい感じだ。


リリーフランキーはちょっと変わった探偵を演じる。只者ではないキャラで適役だ。探偵の依頼主への報告にカラオケボックスや観覧車の中を使う。周囲にバレないためと言っても珍しい設定だ。でも、きっちり聞き込みをした調査で失踪した男の秘密を暴いて主人公を驚かせる。そしてラストに向かってもう一仕事をする。今泉力哉監督の前作「ちひろさん」で風俗店の元店長を演じて、真木よう子とは「そして父になる」で夫婦役だった。


江口のりこは今泉力哉監督の「愛がなんだ」でも成田凌があこがれる個性的な女性を演じて存在感を示した。ホラー映画を除いて彼女の作品は全部観ている。いつもひょうひょうとしている。好きな女優だ。ブログでは取り上げていないけどTVシリーズの「ソロ活女子のススメ」の大ファンである。いろんなことにトライする江口のりこの独り言の声がここでも聞けてうれしい。Netflixでも見られる。そういえばソロ活で都内の古い銭湯まわりもしていたなあ。


中村久美「高野豆腐店の春」藤竜也と老いらくの恋を演じる。最近主演頻度が高く、老け役が多い。今回は今泉力哉作品常連の若葉竜也が出ていない。珍しい。この作品に関しては配役するのが困難かも。どこで撮影したのか気になったけど、エンディングロールで市川,浦安方面だとわかる。銭湯は市川で、何回も出てくる橋が浦安市堀江の橋かと連想したが、Google mapsを見たら間違いなかった。バックの鉄橋を走る電車は地下鉄東西線だ。ただ、池や海は違うなあ。いい架空の街ができた。ロケハンの賜物だ。
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映画「ロストキング 500年越しの運命」 サリー・ホーキンス

2023-09-23 18:09:22 | 映画(自分好みベスト100)
映画「ロストキング 500年越しの運命」を映画館で観てきました。


映画「ロストキング 500年越しの運命」は15世紀後半の英国王リチャード3世にまつわる伝承の真相を探った女性を追う英国映画である。手堅い演出のベテラン監督スティーブン・フリアーズがメガホンをとり、サリーホーキンスが主人公を演じる。サリー・ホーキンスは好きな女優である。美人ではないが、不思議な魅力がある。異類との恋を描いた「シェイプオブウォーター」の演技には感動した。サリーホーキンス、歴史ものという2つの観点でこの作品を選択する。これは成功だ。

世界史好きな自分でも、百年戦争からテューダー朝に至る15世紀の英国に関する知識は薄い。山川の教科書を見ても、王朝家系図にリチャード3世の名前はあるが、教科書の文章に彼に関する記述はない。もっとも、シェイクスピア劇の中では「リチャード3世」は4大悲劇の次によくとりあげられる。ただ、かなり悪人に扱われているので有名だそうだ。

フィリッパ・ラングレー(サリーホーキンス)は2人の子どもを抱えて働くシングルマザーである。職場での理不尽な待遇に不満をもっている。離婚した夫とはまだ良い関係だ。息子と一緒にシェイクスピアの「リチャード3世」を観劇した際にリチャードの扱いに違和感を感じて、リチャード3世に関する書物を読むようになる。すると、フィリッパの前にリチャード3世の幻影(ハリー・ロイド)が姿を現すようになる。


のめり込んだフィリッパは同じような同志が集うリチャード3世協会に入会した後、リチャード3世の遺骨が実際には川に散骨されたのではなく、昔あった屋敷の敷地内に眠っているのではと思い、大学教授リチャード・バックリー(マーク・アディ)の協力を仰ごうと行動を起こす。

感動した。すばらしい!
自分にフィットした作品で歴史好きには必見である。今年の自分ベストに入る快作だ。
目標に向かって突き進む女性を描いた映画はたくさんある。その中でも目標の難易度は高い。そもそも歴史や考古学にまったく無縁の女性が、500年以上前の王室の真実を追う訳だ。歴史学的にもリチャード3世に関する定説ができている。覆すなんてことは難しい。かかる費用を捻出するべく資金集めをするために大学や役所に乗り込んで行ったり、クラウドファンディングで世界中からお金を集める。

リチャード3世にのめり込む前に会社で冷遇されて、精神的に参っている上に持病もある。それでもくじけず前に進む。そんなフィリッパを演じるサリーホーキンスがすばらしい。適役だと思う。これだけ頑張っているのに、もともと資金を出すときに渋って、否定的だった連中が急に自分の手柄だと言い出す。われわれの周囲を見回してもよくあることだ。フィリッパ頑張ったねと言ってあげたい。女王陛下から勲章をもらったと聞くと救われる。


この映画も居心地のいい映画だった。話している英語が妙にしっくりアタマにはいる。英語能力がさほどでもない自分でもわかりやすい。これは英国のベテラン監督スティーブン・フリアーズがメガホンを持っているせいかもしれない。自分が中学や高校で英語の教師に習った英語と通じるものがあるかもしれない。アメリカ映画を見るときよりも英国映画を観るときに感じることが多い。英語の恩師を思い出す。

加えて、スコットランドのエディンバラの街並みやフォース鉄道橋などの背景も趣があり、流れる音楽から美術を含めて何もかもが良かった。


幻影としてリチャード3世を演じるハリー・ロイドがお茶目だった。幻影は肝心な時に主人公のそばに来てヒントをくれる。そんなファンタジー的要素でなごませる。それもこの映画を魅力的にしているポイントだ。女性の直感の凄さも実感する。
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映画「絶唱浪曲ストーリー」港家小そめ

2023-07-08 04:53:58 | 映画(自分好みベスト100)
映画「絶唱浪曲ストーリー」を映画館で観てきました。


映画「絶唱浪曲ストーリー」浪曲師になろうと奮闘する女性の成長をドキュメンタリーにした映画である。これまで浪曲は自分には無縁の世界であった。何気なく観た予告編に心を揺さぶられて映画館に向う。


ちんどん屋稼業で渡り歩いていた港家こそめが、浪曲界の大ベテラン港家小柳の舞台に魅せられて弟子入りを志願する。しかし、港家小柳は持病が悪化し舞台に立てなくなる。こそめが名古屋にある小柳の自宅に見舞いに行く姿も映しながら、100歳直近の三味線弾きの曲師玉川祐子の元で修行する場面を追い、襲名披露の舞台に立つまでを描く。

感動しました。
本当に観てよかった。予想よりも胸に響くものがあった。

浪曲といえば、歌謡曲に転向した三波春夫や村田英雄を思い浮かべる。あとはドスの効いた声の玉川良一かな。いずれも昭和だ。全国で昔3000人いた浪曲師は今全国で100人に満たないという。実際に浪曲をまともに聞いたことがないし、行こうと思ったこともない。そんな自分でも予告編で浪曲師のお姐さんがうなる浪曲が心に響く

最初は、何人か登場人物が現れるけど、何が何だかわからない。浅草にある木馬亭で三味線をバックに先ほどまでヨタヨタしていた80すぎのおばあさんが浪曲を口演するのだ。これが素晴らしかった。港家小柳である。この凄さはぜひ映画館で体感して欲しい。文章に書けない圧倒的な迫力だ。(浪曲に字幕があったのは助かった)

女性が次々登場するわけだが、美女はいない。ごく普通の人たちである。主要登場人物は3人だ。80代と90代のおばあさんが2人いる。普段の姿は街でヨタヨタ歩く年寄りとかわらない。でも、舞台に上がった時はシャキッとするのだ。こんな長いセリフ、よく覚えているなと。それを年季の入った声で唱える。これは哲学者西田幾多郎が言う「純粋経験」の境地なのだ。

港家こそめ
女子美短大を出たあと20代からちんどん屋稼業をやっていたのに、40過ぎて港家小柳の浪曲に感動して弟子入りを志願する。


港家小柳
1928年佐賀生まれ、80歳を超えて現役の老浪曲師。大阪で修行時代を過ごし、自ら一座を率いて地方のどさ回りをしてきた。映画の前半で、舞台の上で年季の入った浪曲を口演する姿を映す。「水戸黄門尼崎の春」だ。しかし、身体にはガタが来ている。弟子のこそめも小柳が住む名古屋に見舞いに行くが、もう戻れない。


玉川祐子
1922年茨城笠間生まれ、映画の中ではもうすぐ100歳になる老曲師(三味線弾き)。故郷の奉公先の横のレコード屋から流れる浪曲に魅せられて18でこの世界に入る。もともと浪曲師を目指していたが、声質から曲師を勧められる。結婚離婚再婚と浪曲のような人生だ。名古屋に住む小柳が上京するときには玉川の家に泊まる。小柳の身体が限界に達して舞台を降りたときから、こそめの面倒をみる。(現在でも100歳超えて存命)


この作品はかなり長期にわたるドキュメンタリーだ。監督の川上アチカ港家小柳の芸に感動しなかったら、この作品は生まれていない。しかも、カメラで捉えている映像には歴代の浪曲師が信頼してきた名曲師沢村豊子 と港家小柳が組んだ圧巻の舞台だけでなく、衰えて舞台を降りるときの姿も映る。自分の行く末をさとり、病床からこそめにアドバイスを贈る。


また、港家こそめ玉川祐子の元で稽古に励む姿も映す。「たまには汚い声も出すのだ。いい声だけではダメだ。」と教える。味のある言葉だ。師弟関係を超越した心のふれあいに感動する。同時に川上アチカ監督粘り強さと、的確な編集を経て一般公開に持ち込んだ執念に感動する。拍手をおくりたい。もう一度観たい映画に久々に出あった。
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映画「ジュリア(s)」ルー・ドゥ・ラージュ

2023-05-07 18:29:12 | 映画(自分好みベスト100)
映画「ジュリア(s)」を映画館で観てきました。


映画「ジュリア(s)」フランス映画、もしちょっとした人生の選択が違っていたら別の人生の展開があったかもしれないというあるピアニストの話を映像で見せてくれる作品である。遠出をしないGWなのに、観てみたい映画に恵まれない時に選択した作品である。人生の先のことはわからないけど、「あの時こういう選択をしたら?」、「あの人に出会わなかったら?」なんて過去のことを時折考える。「人生をもしもで考えるとおもしろい。」と言ったのは小泉信三だが、ちょっとした好奇心で選択したこの映画は極めて上質な作品だった。

ピアニストを目指す17歳のジュリア(ルー・ドゥ・ラージュ)ベルリンの壁が崩壊するニュースを見て、音楽仲間と親に内緒で遠距離バスで一緒に行こうとする。この時、うっかりバッグから落ちたパスポートを家に忘れたかどうかで人生が分かれる。

1)パスポートを家に忘れたことに気づく
いったん外に出た後で、あわてて家に戻ると両親がいて、仲間と遠出をすることを止められてしまう。バスの時間があるので仲間はベルリンに旅立ち、ジュリアは何もなかったかのようにピアニストへの道を歩む。

2)家でパスポートに気づきベルリンに旅立つ
出発前にバッグから落ちたパスポートに気づき、そのままバスで仲間と一緒にベルリンに行き、東西の壁を壊す場面に出くわす。壁を壊している場所のそばにあるピアノを弾きはじめると、その音色の美しさに周囲はジュリアに注目して、それが新聞記事になってしまう。でも、未成年が勝手に旅立ったことに父親が憤慨、反発したジュリアは家を飛び出す


まずここで運命が分かれる。
ここからいくつもの出会いと選択でジュリアの人生の道筋が変わっていく。

本屋でたまたま出くわした男性と一緒にカフェに行って話さなかったら?
シューマンコンクールで賞をもらわなかったら?
もし運転する2人乗りのバイクが事故に遭わなかったら?


この展開は映像で堪能してほしい。

時の流れは示しても、それぞれの人生を文字で明示をするわけではない。
最初はもっとわかりづらくなるのかと思ったが、ごく自然になり得たはずのそれぞれの人生の場面に移り行く。こんなに多くの人生があったら、長時間になってもおかしくない。編集がうまい。


むちゃくちゃよかった!今年でピカイチ
コクのあるフルボディのワインを飲むような味わいをもつ。重厚感がある。まず、映像の質が高い。ジュリアが暮らすそれぞれの街で室内外あらゆる美術のセンスに優れる。望まれない妊娠をした女の子を追った昨年屈指の傑作「あのこと」の舐めるように主人公を追うカメラワークを担当したロラン・タニーが撮影を受けもつ。被写体がよく、カメラも巧みなので大画面で観ると我が身に響く

加えて、音楽の選曲がすばらしい。どの曲も心にじんわりとくる。ピアニストが主人公なので、当然ピアノ曲が中心となる。オリヴィエ・トレイナー監督は以前「ピアノ調律師」で短編映画のセザール賞を受賞している。おそらくは音楽の素養があるのであろう。ここまでピアノ曲の選択に優れる映画に出くわしたのは初めてだ。


俳優陣は日本でメジャーとはいえないが、いくつものフランス映画の傑作で観る顔ぶれだ。22年では抜群におもしろかったフランス映画のサスペンス「ブラックボックス」で主人公の妻役を演じたルー・ドゥ・ラージュの熱演がきわだつ。髪型を変えてなり得たいくつものジュリアにそれぞれなり切る。夫役のラファエル・ペルソナは久々に見る気がする。物理を学んだ後に金融の道に進むという典型的な現代エリートの役柄だ。アランドロンばりの典型的なイケメンフレンチでクールな「黒いスーツを着た男」が印象的だった。

ちょっとした選択や出会いでこんなにも人生が変わってしまう。ジュリアのそれぞれの人生で、一見幸せそうに見えた流れが一瞬にして不幸に陥ってしまったり、不幸せのどん底から逆に結果オーライに進んだり、オリヴィエ・トレイナー監督変幻自在に変化球を投げてくれる。単純に進めないストーリー展開も良かった。そして、それぞれの幸不幸の場面を映像で演じてくれたルー・ドゥ・ラージュに敬意を表したい。母親の危篤と葬儀に直面するときの4通りのジュリアに感動した。父娘の交情にも触れる。


自分の人生を振り返るいいきっかけになったすばらしい作品だった。先日観たフランス映画「午前4時にパリの夜は明ける」より10倍良かった。メジャー俳優がいないからなのか、こんないい作品が東京で1カ所しか上映していないことに驚く。
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映画「メグレと若い女の死」 パトリス・ルコント& ジェラール・ドパルデュー

2023-03-19 18:13:46 | 映画(自分好みベスト100)
映画「メグレと若い女の死」を映画館で観てきました。


映画「メグレと若い女の死」はフランスの名匠パトリス・ルコント監督がベテラン俳優ジェラール・ドパルデューと組んだ新作だ。作家ジョルジュ・シムノンメグレ警視が謎解きをするミステリーの名作である。50年代のフランスパリの雰囲気が感じられるという解説を読みこの映画を選択、ここのところハズレが続く中では大当たりだった素敵なフランス映画である。

1950年代のパリ、身体に5カ所の刺し傷のあるフォーマルドレスを着た若い女性の死体が発見される。メグレ警視(ジェラール・ドパルデュー)が現場に駆けつけるが、身寄りを示すものは何も残っていない。高価なドレスと履いてる靴や下着は不釣り合いだ。犯人を探すために、目撃者の証言、遺留品をたどっていくと若い女性ルイーズの素性が少しづつわかっていくという話だ。


ミステリーのお手本のような作品だ。
テンポがいい。90分以内に上映時間を簡潔にまとめる。ムダがない。それなのに、大柄で太めのメグレ警視の動きはゆったりで、あせらず動く。音楽とあわせて心地が良い気分になる。蓮實重彦が常に言う映画90分論にあてはまる。昭和30年代の日本映画の刑事ものもこのくらいの長さであるが、映像につなぎ目が多く、不自然さがある。この映画ではごく自然に謎解きが流れる

子どもの頃、東京オリオンズ(のちのロッテ)に小山正明という300勝投手がいた。ムダなインターバルなく、あっという間に完投する投球を見せてくれた。「巨人の星」での星飛雄馬のように、投げるまでに10分かかるような映画が最近やたらと多いので、この映画のムダのなさがより一層体感できる。ベテランのパトリス・ルコント監督のうまさであろう。

フランス映画独特のムードの中で、陰影のバランスが上手い鮮明に見せない映像もすばらしい。古い街並みがそのまま残っているパリならではのロケもあり、クラシックな建物とインテリアもいい。ストーリー自体は、都合のいい出来すぎな設定もある。でも、変なつくり込みはせずに、手掛かり材料から周到に聞き込みをしていくメグレ警視をじっくり追っていく。コロンボ刑事を連想する。


若い美女3人も巧みに起用していた。図体だけデカイ、動きが緩慢な初老の警視とのコントラストもいい。俳優の使い方に長けている。特に良かったのが、たまたまスリの現場を見つけて、手なずけたベテイという女性(ジェドラベスト)だ。もともとは育ちがよくない女だけど美しい。低めの声がカッコいい。出来すぎな展開に彼女がうまく使われていた。


この展開自体は不自然というより好感をもって自分は観れた。奇妙な余韻も悪くない。傑作とまではいかないが、この映画が好きだ
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映画「BLUE GIANT」

2023-02-19 06:46:21 | 映画(自分好みベスト100)
映画「BLUE GIANT」を映画館で観てきました。


映画「BLUE GIANT」は以前ビックコミックに連載されていた石塚真一の同名漫画を立川譲監督でアニメ映画化したものである。恥ずかしながらこの漫画の存在自体知らない。そもそも長い間漫画雑誌はまったく読んでいない。ビッグコミックにさいとうたかをが亡くなってもまだ「ゴルゴ31」が連載されていることを知っていても、ほかに何が連載されているかも知らない。

そんな自分でも、プロのジャズミュージシャンを目指した成長物語のアニメ映画が公開されると知り気になる。今までこんな設定の作品ってあっただろうか?目の付け所がいい。しかも、映画ではアニメ映像に合わせて現役のジャズプレイヤーがバックで吹替え演奏しているとなるとアニメ映画はめったに観ない自分でも観に行きたくなる。結果、大正解だった。


高校時代からジャズプレイヤーを目指して、テナーサックスの練習をしてきた宮本大(山田裕貴)が卒業して仙台から上京する。行くあてもなく、大学に進学した玉田(岡山天音)の家に居候し、橋の下で練習を始める。ライブハウスで演奏していたピアニストの沢辺(間宮祥太朗)のプレイに惚れ込み、一緒にやろうと誘いジャズで身を立てようとする話である。

気分が高揚するすばらしい成長物語だった。
映画が始まり、いきなり、ジョンコルトレーン「インプレッションズ」の旋律が流れる。イイぞ!と興奮してくる。そこから主人公宮本大がサックスで身を立てようとする物語が始まる。大がそのピアノプレイに惚れたライブハウスで演奏している沢辺は、ピアノを4歳からやっている天才肌でプライドの高い男だ。大の演奏を聞いて一緒に組んでもイイということになる。こんなプロとしてモノになる寸前の演奏でも本物のプロのプレイヤーが吹替え演奏している。これがイカしている馬場智章のサックスソロが実にいい。


ピアノの上原ひろみを中心にオリジナルの曲を作ったのであろう。連載漫画では当たり前だが、音はない。普段漫画を読まない自分のようなジャズファンが聴いても気にいるような映画にしようとする意気込みが感じられる。登場人物が演奏する曲も練って作っている感がある。石原裕次郎時代の日活映画でジャズマンの成長物語があった気がする。でも、流れるジャズのレベルが違う。

物語の流れは比較的単純である。スポーツ根性モノ劇画のような成長物語だ。素人ドラマーの玉田がこんなにすぐうまくなるのかよと思ってしまうが、所詮はアニメ映画、いいんじゃないと受け入れる。実写でなくてよかったなとは思わせる。


元ジャズ歌手のジャズクラブの女性オーナーや無理やり出演させてもらったライブハウスのオーナー東京で一番のジャズスポットのオーナーなど登場人物も巧みに設定している。スポーツ根性劇画で甲子園出場を目指すが如く、10代のうちに「BLUE NOTE 」を意識した架空の人気ライブスポット「SO BLUE」のステージに出演しようと頑張るなんて話もいい感じだ。紆余曲折もいくつか用意して緩急をつける。実に楽しい。


コロナでジャズのライブステージができない時期もあり、酒を飲みながら楽しむジャズクラブ通いも減った。ジャズ人気に翳りが出てきている中でこの映画が公開される意義は大きい。映画館で周囲にいる若いカップルがじっと見入っている姿にジャズを知らない人たちもこれをきっかけにジャズを好んで聴くようになるのではと感じた。

大学時代から一緒にジャズクラブ通いを続けている仲間たちにも薦めたい。

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映画「あのこと」アニー・エルノー&アナマリア・ヴァルトロメイ&オードレイ・ディヴァン

2022-12-06 18:45:53 | 映画(自分好みベスト100)
映画「あのこと」を映画館で観てきました。


映画「あのこと」は2022年度ノーベル文学賞を受賞したアニーエルノーの実体験に基づく小説「事件」の映画化である。女流監督のオードレイ・ディヴァンがメガホンを持つ。2021年のヴェネツィア映画祭の金獅子賞を受賞している。望まぬ妊娠をした大学生が自分の懐妊に向きあう姿を描き出す。

文句なしの5つ星である。
おそらくは2022年度の各ベスト作品上位に入ってくるであろう。フランス映画らしい簡潔さで100分にまとめる。

ものすごい衝撃を受けた。妊娠を怪しむ時点からのアンヌ(アナマリア・ヴァルトロメイ)の動きを映像で執拗に追っていくカメラワークがすばらしい。大画面からアンヌの心の動きがあぶり出される。これほど臨場感のある映像は少ない。ナレーションは一切ない。一人称で書いた私小説のようだ。

昨年同じように17歳の高校生が望まぬ妊娠をして、長距離バスで移動して中絶に向かう17歳の瞳に映る世界という傑作があった。ドキュメンタリーを観ているような映像で、よくできていた。ただ、戸惑い続けるアンヌを追う映像には、それ以上の緊迫感がある。


映画の性描写はきわどい。主人公を演じるアナマリア・ヴァルトロメイも割と大胆で、ヘア自体も何度も飛び出す。加えて、女子寮の別の女子学生のヌードシーンが何度も登場する。ただ、映画の内容がシリアスなので、いやらしさはほとんど感じない。

⒈アンヌとアナマリア・ヴァルトロメイ
アンヌは大学の文学部に通う学生だ。年代は原作者アニーエルノーの年齢に合わせて60年代の設定である。アンナから1940年生まれというセリフがある。古い感じはまったくしない。授業中、講師に突然当てられても、理路整然と答える自他ともに認める秀才である。上のランク(大学院)も目指している。女子寮の個室で暮らすが、夜は男子学生もいるダンスパーティにも参加する。

そんなアンヌが生理が来ないことに悩む。そして、医師に妊娠の診断を受ける。診察前に、医師の性交渉の経験があるかという質問にはないとウソをついて答えていた。医師には始末してくれと言うが、当時のフランスでは妊娠中絶が禁止であった。他の医師に相談しても、すぐさま帰ってくれと言われる。法令違反で逮捕されるリスクがあるからだ。


胎児の始末をどうするか。悩みが徐々に増幅する。最初は黙っていたが、懐妊の相手当事者にも告白するし、親しい友人にも漏らす。処置方法がわからないのだ。学業にも手がつかず、成績は急降下だ。心の戸惑いを感じる。

そんなアンヌを演じたアナマリア・ヴァルトロメイがすばらしい。美形である。脱ぐことも厭わず、ひたすら攻撃的にアンヌになり切る。彼女をひたすら追うカメラも含めてすばらしい。自力で処置をしようと、性器に刃物を刺すシーンは映画の見どころの一つだ。映画館の隣席の男性客が、そのシーンのクライマックスを観られず目を下にそむけていた。自分も同じような心境だ。

⒉妊娠中絶論議
フランスで妊娠中絶が認可されるのは1975年である。まだ10年以上の月日が必要であった。日本では、ベビーブームで極端に人口が増えることは国のために良くないとGHQ承認のもと1949年には中絶が認可されている。1950年には中絶率10%だったのが、1954年には何と50%にまで上昇する。1955年に116万件、1960年に107万件の人工中絶があったというデータもある。(男女共同参画局HPより)

自分は父母が結婚してまもない時の子供で、母親の死後に日記を読むと、もう少し新婚生活を楽しもうと最初は中絶を考えたようだ。懐妊が父の父母にわかり産むことになったと書いてある。もしかしたら、自分は生まれていなかったかもしれない三島由紀夫「美徳のよろめき」のような中絶小説が流行していた頃、きっと世間はそんな風潮だったのであろう。


ただ、アメリカの現在の中絶論議には驚くしかない。自分は民主党を支持する訳ではないが、共和党の政策は女性の気持ちを無視していると感じる。ある意味、禁酒法と同じである。この映画のように、裏の世界が蔓延るのではないだろうか?そんな思いも映画を観て感じる。
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映画「スワンソング」ウド・キアー

2022-09-01 19:47:37 | 映画(自分好みベスト100)
映画「スワンソング」を映画館で観てきました。


映画「スワンソング」はゲイのヘアメイクドレッサーの話で、ポスターもなんか好きじゃないなあと思っていた作品。ただ、老人のロードムービーという宣伝文句が気になり映画館に向かう。好きなジャンルだからだ。これが予想以上に良かった

オハイオ州、死期を待っているような老人が多い老人介護施設にいるヘアメイクドレッサーだったパット(ウドキアー)の元に、以前上得意だったリタ(リンダエヴァンス)の弁護士が訪れる。つい先ごろ亡くなり、遺言にはパットに「死化粧」をやってほしいと書いてある。報酬は高いが、今さらもう無理ということで断る。ところが、過去の出来事が走馬灯のようによみがえり、施設を抜け出し葬儀場に向かう話だ。


好きだなあこの映画
施設にいるパットは普通によくいる男性の老人である。ゲイの香りはしない。でもいたずらっ子が大きくなったみたいな男だ。その老人が彷徨うロードムービーは味がある。昔の知人の配役もピッタリでストーリーに不自然さがない。バックに映るオハイオ州の広大に広がる畑の風景やアメリカンテイストの家も素敵で、音楽もセンスもよくヴィジュアル的にも快適な時間を過ごせる。元気よく勧められる作品だ。

実際にいたヘアメイクドレッサーのモデルがいたという。きっと偏屈でお茶目なやつだったのだろう。トッドスティーブンス監督もゲイ、彼が若き日にパットに出会っている。


⒈葬儀場に向かうパット
老人施設にいるパットの周囲には生きているのがやっとの老人も多い。心臓疾患があるにも関わらず、タバコはやめられない。施設の担当者にタバコを取り上げられても、こっそり隠している場所をまさぐる。そんな老人のもとに死化粧を依頼した故人の弁護士が突然来て、25000$の多額の報酬を提示する。一瞬驚くが、ヘアメイクとも遠ざかっているからむずかしい。

でも向かう。気になってしまうのだ。
金は施設預かりだから、ほぼ無一文だ。思い立ったパットはすぐさま施設を脱走する。単なる老人の格好でゲイの姿をしているわけでない。死化粧には化粧道具も必要だ。ヒッチハイクで老女のトラックに乗った後、昔ゆかりある場所を次々とまわる。


依頼してきた弁護士に出くわすと、用意のための支度金をもらおうとするが、故人の資産は凍結ですぐもらえない。それでも、元の自分の住処や御用達の化粧品店、知っているビューティーサロンなどや仲の良かった相棒の墓にも向かい何とか調達しようとする。

ここから先の話は見てのお楽しみだが、ロードムービー特有の人との出会いがある。老人のロードムービーにはデイヴィッドリンチ監督の名作「ストレイトストーリー」がある。最近では英国を縦断する傑作「君想いバスに乗る」もある。いずれも長距離移動だが、ここでは以前住み慣れた街の徘徊だ。それでもドラマがある。いずれもディープだ。

⒉愛情をもった周囲
その昔はゲイっぽく着飾ってステージも立った。町では有名人だった。でも、新しく町に来た人は知らない。ただ、いくつかの親切に助けられる

昔の自分のイメージを崩したくないパットは、ファッションも決めたいとブティックに入る。そこで、服を物色すると店の女性店員に声をかけられる。
「あなたはもしかしてビューティーサロンのパットでは?覚えていないかもしれないけど私は一度だけ入ってヘアメイクしてもらったことがあるのよ。そのヘアスタイル本当に気に入っていたの!」
パットは店員の名前を言い、そのときのヘアスタイルや産んだ時の子どもの名前まで思い出して言う。その昔町の有名人だったパットにそこまで思い出してもらって店員は超感激である。

このシーン観て思わずうなった。好きだな。このやりとり
むかしのことなんてきっと忘れているだろうと、お客様の方が思っていても意外に忘れていないもんだ。自分も40年近く前のお客様との付き合いでも会話の内容とかディテールまで思い出せる。それで得することもある。


出会いのエピソードにも十分こだわって最後まで盛り上げる。ゲイバーでのパットのパフォーマンスもすっかり笑える。トッドスティーブンス監督が実際にゲイなので、このバーの中のパフォーマンスはリアルなのかもしれない。

平凡なようでも十分内容がある素敵なストーリーだ。もっと老いた時、自分も同じような心境でむかしご縁あったところを方々まわるかも。自分にとっては決して遠い先の未来ではないので胸にしみるいい作品だ。
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映画「サバカン SABAKAN」

2022-08-21 20:58:22 | 映画(自分好みベスト100)
映画「サバカンSABAKAN」を映画館で観てきました。


映画「サバカン SABAKAN」は、ある作家の故郷長崎での小学生時代の想い出を描いた作品である。夏も終わりに近づき、季節にあった作品を探している中で見つけた作品。初めて知る子役2人が主役であるが、草なぎ剛や尾野真千子も出演しているので悪くはないだろうとチョイスする。これは正解であった。

離婚して娘と別々に暮らす作家久田孝明(草なぎ剛)が、生活のために書くゴーストライターの仕事に満足せず新作の構想を練っている。そんな時小学5年生だった1986年の夏休みの忘れられない想い出を振り返って書き綴る。


長崎の海辺の町で育った久田は、小学校5年生で父(竹原ピストル)、母(尾野真千子)と弟の3人暮らしだった。ある日、いつもみすぼらしい同じ服を着てクラス仲間になじめない竹本から、山の向こうにあるブーメラン島にイルカが漂流しているので一緒に見に行かないかと誘われる。最初は断ったが、竹本が久田のある秘密を握っていることがわかり、自転車の2人乗りでブーメラン島に向かう顛末とその後に起こる話が基調である。

心に響くすばらしい映画だった。
恥ずかしながら、今年観た映画の中でいちばん泣けた。自転車に乗ってブーメラン島に向かう2人のエピソードは、ビックリするようなハプニングや意外性はない。でも、心になぜか響く。そこでは、まだ精神的に成熟していない主人公を引き立てる登場人物が次々と加わってきて、ひと夏の物語を膨らませていく。

田舎の典型的な家庭の姿を描くのに尾野真千子をはじめとした配役が絶妙に起用される。ロケハンにも成功して、ドラマのポイントとなる場面に映る長崎の風景はこんな美しいところがあったのかと驚く。素朴な子ども目線でストーリーは流れていき、心が洗われるような気分になれる。必見である。

⒈美しい長崎
ほぼ全面的に長崎ロケである。といっても、長崎市内でなく大画面で観る長崎の長与は海と川が印象的な素敵な田舎町だ。おそらくは舞台となる1986年から30年以上の月日が流れても近代化されていないのであろう。田舎の匂いがぷんぷんする。ロケもやりやすそう。背景が巧みに描かれるので、登場人物にリアル感がでる。長崎県長与町出身の金沢知樹が監督・脚本なので、長崎県内の景色の良い場所からイイトコどりした感じもする。

海沿いを走るこんな鉄道路線が長崎にあるとは知らなかった。島原鉄道のようだ。海を見渡す駅は絶景である。大画面で観ると凄みが増す。


⒉絶妙な配役と竹原ピストル
オーディションで選んだのであろうか?主人公を演じる番家一路は、田舎育ちを感じさせる素朴さを持つ。坊主頭の弟役の子どもも含めて竹原ピストルと尾野真千子と食卓を囲んだシーンには本当の家族のようなリアル感がある。地元の方言も飛び交う。自分が知っている熊本あたりの言葉に通じてしまう。

一方相手役の竹本を演じた原田琥之佑には都会育ちのようなクールさを感じる。もっとも、役柄もつらく貧しい境遇の中で育っている設定で、これはこれで良いのかもしれない。その母親役が貫地谷しほりで、やさしいお母さん役が似合う年ごろになった。一世を風靡した「スイングガール」からもう18年経ったんだね。


主人公の父親役の竹原ピストルは、田舎の気のいい親父という感じをうまくかもし出す。いかにも地元の人のようだ。親父が斉藤由貴が大好きで、セガレもその影響を受けてカラオケを歌う。そこで時代を感じさせる。ボーナス2万円プラスビール券しかもらえないと、妻に罵倒される。主人公の弟にお父さんとお母さんもチュッチュしているのと言われて、尾野真千子と2人ニンマリ笑う姿がいい感じだ。


2人がブーメラン島に遠征して、ピンチでもうダメかという場面で助けてもらったお姉さんとお兄さんがいる。これがある意味謎の存在だけど、正体をほのめかすヒントをわれわれに与えながらミステリアスに巧みに使われている。特にお姉さん茅島みずきはモデルだけに美形だ。カッコいい。

⒊尾野真千子
こちらあみ子でもお母さん役をやっていたばかりである。あの時は遠慮気味の継母だったが、今回は長崎一おっかないお母ちゃんという肝っ玉母さんで口より手が先にでる。亭主も息子も叩きっぱなしだ。夫役の竹原ピストルと子役2人とのコンビネーションも抜群に良い。


こちらあみ子広島が舞台で「サバカン」長崎で、いずれも都会の匂いがしない海辺の田舎町だ。尾野真千子地方ロケを楽しんでいる感じもする。2021年公開作では主演女優賞をかっさらっていったが、往年の大女優と違い、偉ぶらずに主演にこだわらないその姿には感服する。小学生高学年の子どものお母さんを演じるには適齢ということもあるだろう。芸の幅がますます広がり、大女優の道を着実に歩んでいる。尾野真千子の出演作にハズレはない尾野真千子と竹原ピストルの最近の出演作をほぼ観ていることに気づく。

サバカンは、名のごとくサバの缶詰のことだ。ある場面で食卓に登場してから後半戦に向かって、効果的にうまく使われる。映画が終わり、エンディングロールに流れるテーマ曲が情感を高める素敵な曲だ。ただ、この曲は最後まで聴いてほしい。オマケの映像が2つあるのでご注意を。


映画館を出たら、若いお母さんと登場人物と同じくらいの小学生の男の子が歩いていて、泣き疲れたと思しきお母さんが息子に支えられながら、「泣いちゃった。この映画何度でも観たい」と息子に言っていた。その気持ちよくわかる。
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映画「キングメーカー 大統領を作った男」ソル・ギョング&イ・ソンギュン

2022-08-14 09:25:36 | 映画(自分好みベスト100)
映画「キングメーカー 大統領を作った男」を映画館で観てきました。


映画「キングメーカー」は韓国の名優ソル・ギョングパラサイトの主人公イ・ソンギュンが共演した新作である。韓国映画も当たり外れがある。おもしろそうと思って先日観た「なまず」は訳がわからない映画で大外れ、感想を書く気になれない。まあこんなこともあるだろう。押井守先輩じゃないが、「愚作駄作も回避せず観よ」という訳だ。

現代韓国史の暗部に踏み込んだ実話ものはどれもこれもおもしろい。この映画は金大中大統領が若き日に組んだ選挙参謀について描いている。直近ではいちばん興味深い映画で早速映画館に向かう。予想を裏切らず、久々の大当たりだ。

1961年国会議員選挙に落ち続ける政治家キムウンボム(ソル・ギョング)の演説を聞いて感銘を受けた薬剤師ソチャンデ(イ・ソンギュン)は選挙のお手伝いをしたいと志願する。選挙に勝つことに主眼をおいたソの発想で、対抗候補のスキをつき勝つとともに、1963年地元木浦選出の国会議員選挙に挑戦する。与党は負けてられないとばかりに多額の資金を投入するが、選挙参謀ソの巧妙な作戦でキムが優位となる。そういった選挙のエピソードと常にキムの影の存在であるソの心の彷徨いを描いていく。


実におもしろい!
実話に基づいたフィクションだというが、ブラックコメディ的な面白さが所々にみえる娯楽映画の最高峰である。2時間まったく飽きる場面はなく、スリリングに突っ走る。笑える場面も多い。時間も長すぎずに構成力よくまとめると同時に主演2人がともかくすばらしい。文句なしの5点満点だ。

⒈選挙参謀ソチャンデ
元々は小さな薬局を経営している。街頭で演説するキムウンボムは、選挙には弱い。理想国家を訴えても、選挙に勝てなくては仕方ない。ソがお手伝いしたいと言っても最初は断られるが、「負けたら善戦でもダメだ。」と訴えるソの心意気に押される。

やり方はキレイではない。ひと時代前の日本には似たような選挙戦の裏工作はあったかもしれない。1960年代までの韓国は朝鮮戦争が尾を引いて貧しかったと言われる。今と違い後進国だった。相手側は買収は日常茶飯事で、投票日に停電させて票を操作するなんてこともやる。そんな相手に対抗するのだ。


ソの思いつきは前近代的悪事だ。悪知恵がはたらく。要は対抗馬が自滅するように有権者に悪い印象を与えるインチキくさい手を使うのだ。1票増やすよりも相手の10票減らすことをめざす。自分の選挙運動員にライバル党の制服を着せるなんてありえない。その運動員にライバル党の悪態を有権者の前で演じさせるのだ。いずれにせよ、一時代前の日本もそうだったが、 田舎の従順な農村地域では有力者が推す候補者にみんな投票する。そこに狙い撃ちをかける。


イ・ソンギュンは韓国映画好きには最後まで行くの存在感が強いし、主役だったTVシリーズマイディアミスターやアカデミー賞作品パラサイトで日本でもお馴染みになる。国会議員に立候補したキムウンボムの対抗候補が「マイディアミスター」で対抗勢力の常務役だった俳優だと気づき、思わず吹き出す。でも、エンディングロールがハングルだと誰が誰だかわからないんだよなあ。


⒉政治家キムウンボム(金大中)
九段下のホテルグランドパレスからKCIAを使って、韓国の大統領候補金大中を拉致した事件は日本中で大騒ぎになった。新聞、TVいずれも金大中一辺倒だ。中学生だったけど、仲間との会話でもKCIAが日本人にとって恐ろしい存在となった。昨日のことのようによく覚えている。当然その時初めて金大中の名前を知ったわけで、そもそも日本では今のように韓国の大統領選挙は話題にもなっていなかった。映画KT金大中事件を取り上げた傑作だ。

この映画では金大中事件は取り上げられていない。むしろ、選挙に勝てない金大中がモデルのキムウンボム(金雲範)が汚い手を使うソチャンデを巧みに使って国会議員から大統領候補に這い上がる姿を描く。結局、ソチャンデがいなくては国会議員にもなれなかったという事実がわかる近代韓国史の側面を学習するいいチャンスだった。


韓国映画を代表する名優ソル・ギョングが実にうまい。天下国家を語る演説姿がすばらしい。Netflix映画夜叉の不死身の男もよく演じていた。すごい功績をあげた選挙参謀は悪どいやり方をとる汚れ役であくまで裏方だ。でも、そろそろ表舞台にとなった時に2人の葛藤が生まれる。そこが大きな見どころだ。脇役も含めて操縦するビョン・ソンヒョン監督の手腕を感じる。それにしても、実録政治ドラマを巧みにつくる韓国映画の凄みに圧倒される。
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Netflix映画「夜叉」 ソル・ギョング&パク・ヘス

2022-04-12 20:34:49 | 映画(自分好みベスト100)
Netflix映画「夜叉 容赦ない工作戦」はソルギョング主演の韓国映画


Netflix映画「夜叉 容赦ない工作戦」は、韓国得意のスリリングなクライムアクション映画だ。ソル・ギョング主演で、「イカゲーム」のパクヘスが共演する設定が気になり見てみる。高倉健主演作品に「夜叉」という傑作があり、すぐさま連想するが、まったく関係ない。

財閥の腐敗を捜査しているジフン検事(パクヘス)が、行き過ぎ捜査で左遷されて閑職になってしまう。汚名挽回で中国瀋陽でスパイ活動を行なっている秘密工作員グループの特別監察をする仕事に手をあげる。現地に行くと、夜叉と呼ばれるリーダーのガンイン(ソルギョング)が脱法行為の工作活動をしていて、日本や北朝鮮の工作員も混じった敵味方入り乱れた諜報戦に巻き込まれてしまうという話である。

バカ真面目な検事が札つきのスパイ集団と一緒に行動するなんて発想が独創的だ。

これは抜群におもしろい!
韓国映画であるが、香港と瀋陽を舞台にしている。瀋陽北朝鮮がからんだ諜報戦が繰り広げられていて、スパイが各国から送り込まれている都市だという。満州国時代の奉天だ。高層ビルが立ち並び、夜景がものすごくきれいな大都市なんだけど、繁華街に行くと猥雑なところである。

そんな街に脱法行為の韓国人工作員と若いその仲間を放つ。瀋陽の街がもつ裏表のキャラクターがきっちり描かれているので、登場人物にもリアリティーがでる。とにかく多様な人物のハチャメチャな動きで画面に集中できてしまう。

⒈ソルギョング
映画がはじまり、いきなり道路にはみ出した看板が並ぶ香港の雑踏ソルギョングが大立ち回りをする。そのシーンだけで、ぐいっと身を乗り出してしまう法を逸脱した行動をとるけれども、当局も見て見ぬふりをしてきた必ず成果は出す工作員だ。もちろん腕っ節も強いし、ピンチになっても怯えず度胸がある。しかも不死身だ。強い男というだけで魅力的なヒーローだ。

以前映画「力道山」力道山役をやったことがある。日本語がうまいので、観た後改めて配役の名前を確認した。「ペパーミントキャンディ」のソルギョングと同一人物と気づき驚く。今回も日本語のセリフがいくつかある。ここで日本語のセリフが多いのも以前の「力道山」役の印象が強いからだと思う。日本人が登場する韓国映画では、インチキくさい日本語を耳にすることが多い。その中では別格だ。


⒉パクヘス
サムソンを連想させる巨大財閥の会長を取り調べて告発しようと躍起になっている検事だ。ところが、違法捜査の疑いで、途中で捜査は中断して会長は釈放される。しかも、毎日仕事らしい仕事のない閑職に追いやられるバカ真面目で上昇志向の強い見ようによっては嫌な奴だ。そんな時、スパイの工作員を監察せよという指令が来て、勇んで瀋陽に行く。

取り締まってやろうと意気込んで乗り込んでも、いきなり北朝鮮スパイとの銃撃戦に巻き込まれる。ふと気づくとタトゥだらけの売春婦と寝ていて、側には麻薬が転がっていて、警察が乱入してくる寸前という修羅場だ。まさにはめられた検察官という感じだ。


それでもパクヘスの動きに映画に軽いコメディ的要素を残す。何があっても慌てないソルギョング対照的な存在でおもしろい。

「イカゲーム」での印象が残る。(おもしろかったのに、うまくまとめられずに感想をアップしていない。)ソウル大学出身のエリートだったのが、金融取引で穴をあけて「イカゲーム」に参加する役だった。エリートという意味では変わらない。嫌な奴なのにコミカルな感じが強い分、憎めない存在で映画を面白くする。

⒊韓国の世相
今回の韓国大統領選挙で当選した尹大統領が不正を摘発した検事だったらしい。この映画、本当はもう少し前に作られていたけど、公開が遅れてNetflix映画になったみたい。時流に乗ったかな?ここでは、池内博之が演じる日本人のスパイ兼裏社会の親玉みたいな存在が対抗勢力として出てくる。日本語でのセリフも多い。池内はいわゆるヤクザ言葉のような乱暴な言葉を話さず、丁寧語が多い。これはこれでいいんじゃないかな。最近の本当のワルはこの手のタイプが多いかもしれない。


ただ、検事による財閥グループの告発や日本人を悪者にしてしまうのはいかにも韓国の世論の支持を目論んだ映画のように見えてしまうのも確か。日本が悪者にされて腹立って嫌う人も多いかもしれない。

でも、不思議だなあ!自分はそこまでは感じない。それは、映画としてのキレの良さが嫌な部分を揉み消しているのかもしれない。カネもかかっている映画だとも思う。最近のNetflix映画ではピカイチだし、娯楽作品では飛び抜けて楽しめる
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映画「猫は逃げた」今泉力哉&城定秀夫

2022-03-19 20:44:12 | 映画(自分好みベスト100)
映画「猫は逃げた」を映画館で観てきました。


「猫は逃げた」は公開まもない愛なのに監督城定秀夫、脚本今泉力哉のコンビで、担当を裏返して、今泉力哉がメガホンを取る新作である。題名に「猫」が入っていて、猫が中心の映画のイメージを持ったが、動物好きかどうかで客筋を選ばない作品だ。

愛なのに」では若き河合優実の大人びた高校生ぶりと共演女性陣の脱ぎっぷりの良さで単なる現代若者事情を伝えるだけの映画以上のレベルになった。エロチックな話題でここまで笑える作品は少ない。今回は、出演者にいくつかの作品で知っている俳優はいても、メジャー俳優がいない。それなのに、むしろ「愛なのに」よりよく見えた。

離婚寸前の夫雑誌編集者(毎熊克哉)、妻漫画家(山本奈衣瑠)の夫婦は、どちらが猫を引き継いで飼うかで離婚届を出すのをためらっていた。夫には雑誌社の同僚(手島実優)、妻には漫画の編集者(井之脇海)の不倫相手がいて、それぞれ離婚が確定するのを待っていた。そんな時猫の行方がわからなくなり、探し始めるという話の展開だ。

結果的に、今年入っていちばんおもしろかった。
最近ではいちばんのおすすめ作品だ。快適な時間を過ごせた。自分の琴線に触れたのかもしれない。会話のセンスがよく、別れる寸前の夫婦のちょっと際どい場面でもいやな感じがない。映像のショットの目線も適切で、ウディアレン監督作品を思わせるドリーショットなど遠近をうまく使った映像もよく見える。

⒈それぞれの不倫
夫は女性週刊誌で著名人のスキャンダルを追っている。もともとカメラマンを志していた彼女は次々に密会場面の証拠写真を撮ってくる。でも、一緒にコンビを組んでいると男女の間違いは起きやすい。気がつくと不倫関係で、彼女も結婚志向が強い。離婚届を出すのを今か今かと待っている。たかが、猫の養育権だけなら、奥さん側に渡せばいいのにと怒る。イライラして、夫が妻の待つ家に帰ろうとする時、歩道橋の上から飴を落としてちょっかいを出す演じる手島実優のいたずらっぽい姿がかわいい。


妻はレディースコミックでエロチックな漫画の連載物を描いている。コミック雑誌の担当編集者で、自宅で締切の原稿を首を長くして待っているのが彼氏だ。1人で描いているハードな漫画の仕事に疲れた時に、マッサージをしながら気がつくとメイクラブだ。すでに妻は離婚届にサインしていて、後は優柔不断の夫の返事を待つばかりなのである。


そんな不倫関係のベッドシーンは少しだけ用意されている。ピンク映画のベテラン城定秀夫監督の「愛なのによりはハードなエッチシーンは少ない。山本奈衣瑠、手島実優ともにお世辞にも豊満ボディとは言えない。ただ、ポルノタッチの映画やAVのように絡みを見せる訳ではないので、むしろリアル感があっていい気がする。逆に2人とも口は達者で、会話はおもしろい。

⒉離婚寸前の夫婦
いきなり、妻が離婚届にサインして、あとは夫が書けば終わりというシーンからスタートする。猫の所有権くらいでなんでサインしないのかなと思ってしまうくらいだ。その後も不倫関係のベッドシーンばかりで、早々に別れてしまうと思っていた。そんな時に猫がいなくなる。

2人が飼う猫は拾った猫だ。まだ結婚する前に2人の関係が微妙になりそうだった時期があった。カラオケBOXから夫が外に出ると箱の中に捨てられていた。その猫を大事に飼ってきたのだ。ここからの回想シーンとその時の心情について2人が語るシーンを見て、気がつくと不意に泣けてきた。ネタバレなのでこれ以上言わないが、いろんな映画で脇役として活躍する毎熊克哉に対応する無名の俳優山本奈衣瑠が奥の深い演技をする。


⒊転換期の驚き
猫がいなくなる。すでに離婚寸前の夫婦だったけど、2人にとってはかけがえのない猫だ。一緒になって懸命に探す。その猫がいなくなるにつれて、関係に少し変化が出てくる。

そこで、アレ!という転換点を迎える。
結果を見ると、そんなことだと思っていたという人もいるかもしれないが、意表をつかれた。そして、映画のクライマックスというべき修羅場が訪れる。そこでの長回しがなかなかおもしろい。掛け合いが見どころだ。フィックスした場面で静的なのに動的感覚だ。「街の上」の長回しはセリフに不自然さを感じるのが気になり、どうかと思う人物が多く共感が持てなかった。ここでは違う。女のいやらしさが表面化されるが、かなりの稽古を重ねたと推測する場面であった。


それにしても、猫をうまく手懐けたものだ。演出にうまく応えている。猫が家の外に出て動きまわる絶好のショットを導くために、カメラマンが時間をかけてほどよいタイミングを待ったのであろう。猫と教育した人とカメラマンに殊勲賞をあげたい。
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