映画とライフデザイン

大好きな映画の感想、おいしい食べ物、本の話、素敵な街で感じたことなどつれづれなるままに歩きます。

映画「デトロイト」 キャスリン・ビグロー

2018-08-13 09:09:58 | 映画(洋画:2016年以降主演男性)
映画「デトロイト」は2018年日本公開のアメリカ映画

1972年7月デトロイトで起きた暴動騒ぎの時に、悪ふざけでニセ拳銃を撃った一部の黒人が暴動を鎮圧しようと警備に当たっていた警察により虫けらのように射殺される顛末とその後処理を描いている。


キャスリン-ビグロー監督ビン・ラディンの射殺の顛末を映像化したゼロ・ダーク・サーティ以来久々に長編映画のメガホンをとる。 個人的にゼロダークサーティのもつ緊迫感あるシーンが好きである。パキスタンのある家にビン・ラディンが住むと知り、綿密な計画を立て隠密に飛行機を飛ばし突撃するシーンは思わずドキドキしてしまう。ジェシカ・チャスティンが演じるCIA の分析官も名演である。

今回も実話に基づくドキュメンタリータッチで描く。淡々と悪夢の一夜を再現する。

1967年7月23日、アメリカ中西部の大都市デトロイトで、警察の横暴な捜査に地元住民が反発したことをきっかけに、大規模な暴動が発生した。市民による略奪や放火、銃撃を、警察だけでは鎮圧できず、ミシガン州が軍隊を投入したことで、デトロイトは戦場化する。


暴動発生から3日目の夜、比較的平穏な地域にあるモーテルで、宿泊客の1人が玩具の銃をふざけて鳴らしたところ、銃声として通報を受けた警察や州兵がモーテルに突入し、若い白人警官のクラウス(ウィル・ポールター)が無抵抗の黒人青年を射殺する。クラウスはそこには存在しない“狙撃犯”を見つけ出そうと、居合わせた8人の若者たちに非人道的な尋問を開始した。(作品情報引用)


映画の中で「ドラマティックス」という固有名詞が出てくる。知っているバンド名だ。自分が洋楽ポップスを聴き始めた1970年代前半、ヒットチャートマニアだった自分は「イン・ザ・レイン」というソウルのヒットナンバーに魅かれる。雨音の特殊音が印象的でそのあとソウルフルなスローバラードが流れる曲だった。もしかして、同じバンド?と調べたらその通りであった。残念ながら、この事件により軽快なフルセットボイスを披露したリードシンガーは辞めてしまう。なぜか?デトロイトのコーラスグループなのにドラマティックスがモータウンレーベルに属さない。それはこの事件が理由か?


焦点は警官の正当防衛である。今回、酷く黒人を射殺した警察官は結局無実となる。しかし、この映画の前半で、この事件の前にも正当防衛というよりも過剰防衛としてもおかしくない背後からの射殺の前科があることが示される。銃の所有が正当化されるアメリカではこの手の話はつきものだが、この警察官は異常なまでの人種差別主義者と目される。この映画を製作する背景として、同じような無実の黒人が白人警官により射殺される事例が増えているという。(映画com)引用


1967年のアカデミー賞作品賞は「夜の大捜査線」である。ミシシッピ州の田舎町は人種差別主義者の多い街である。その町にたまたま現れるシドニー・ポワチエ演じる黒人のエリート刑事が不条理な仕打ちを受けるが、結局地元の警察官ロッド・スタイガーと協力し合う。立場の違う2人の触れ合いを描く。ここでの映像を見て、60年代半ばの南部における人種差別の凄まじさを自分は知ることになる。

1968年のメキシコオリンピックでは人種差別に対抗して、陸上200mの表彰式で黒人メダリストが国旗掲揚時に抗議をしたことが今でも記憶に鮮明に残る。キング牧師が殺されたのも1968年だ。それから4年たっているが差別の流れは大して変わっていないだろう。


ただ、暴動が起きているのにスターターピストルを何度も撃って、警備に当たった警察を威嚇しようとした のは被害者にも問題があると言わざるをえない。悪ふざけではすまない行為だ。関与した警察官に大きな問題はあれど、被害者が悪ふざけしなかったらこんな事は起きていない。無罪にはそれなりの理由があると思う。
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映画「ミッションインポッシブル/フォールアウト」 トム・クルーズ

2018-08-11 20:23:12 | 映画(洋画:2016年以降主演男性)
映画「ミッションインポッシブル/フォールアウト」を映画館で観てきました。

千両役者トム・クルーズの登場だ。十八番ミッションインポッシブルとなれば見逃せない。離陸する飛行機にくっついて1500mまで上昇するというすごいシーンを見せた前回ローグ・ネイションは十分楽しませてもらった。今回は主にパリが舞台で、相変わらずの度肝を抜くアクションは変わらない。



IMFのエージェント“イーサン・ハント”(トム・クルーズ)と彼のチームは、盗まれた3つのプルトニウムの回収を目前にしていた。だが、突如現れた何者かの策略で仲間の命が危険にさらされ、その最中にプルトニウムを奪われてしまう。イーサンとIMFチームは、プルトニウムを再び奪い返し、複数の都市の“同時核爆発を未然に防ぐ新たなミッション”を受ける。この事件の裏側には、シンジケートの生き残り勢力が結成したアポストル(神の使徒)が関連しており、手がかりは“ジョン・ラーク”という正体不明の男の名前と彼が接触する“ホワイト・ウィドウ”(ヴァネッサ・カービー)と呼ばれる謎めいた女の存在のみ。だが今回のミッションに対しイーサンの動きを不服とするCIAは、敏腕エージェントのウォーカー(ヘンリー・カヴィル)を監視役に同行させることを条件とした。


イーサンはホワイト・ウィドウの信頼を得るため、やむなく収監中の敵“ソロモン・レーン”(ショーン・ハリス)の脱走に手を貸すが、その影響で味方の女スパイ“イルサ”と対立してしまう。一方、同行するウォーカーはイーサンへの疑惑を深め、二人はやがて対決の時を迎える。
やがてタイムリミットが刻一刻と迫る絶体絶命の中で、チームの仲間や愛する妻の命まで危険にさらされる等、いくつもの〈フォールアウト(余波)〉がイーサン・ハントに降りかかる・・・。 (作品情報引用)

破壊力のある核爆弾を奪いとり、爆発の危機から救うというのが今回のミッションだ。しかし、登場人物のキャラがセリフからは理解不能。しかも、スパイ映画特有の敵味方入り乱れる構図だけにストーリー内容もよくわからない。それでも、危機一髪の状態をギリギリのところで回避して、ミッションを遂行するという最終形だけは明らかだ。いつも通り、アクションを活劇として気楽に楽しむという気分でいればいいような気がする。


⒈ロケ地
成層圏外の輸送機からパラシュートで突入するのはパリだ。凱旋門、セーヌ川、エッフェル塔とパリの主要エリアで暴れまわるトムクルーズをくまなく映し、街の中で派手なカーチェイスを見せる。凱旋門のまわりを逆走してしまう。日本でもそうだが、歴史の古い街は道が狭い。その狭い道を全速力で駆け抜ける。ヒヤヒヤものである。以前マット・デイモンのボーンシリーズでも、同じようなセーヌ川の近辺エリアでカーチェイスを見せてくれぶったまげた。パリって随分と映画ロケに対して寛容なんだと思う。


爆弾奪還に向けてインドカシミールに向かう。日本人的にはカシミールというとカレーだ。東京湯島にあるデリーの激辛カレーはカシミールカレーという名だ。おいしい!その独特の辛味が脳裏に浮かぶ。映される映像はアルプスの山奥を思わせる雪景色、そこで飛び立つヘリコプターにギリギリへばりつくトムクルーズのアクションが光る。最後に映る北欧フィヨルドを思わせる断崖絶壁の風景が美しい。演じるトムクルーズは大変そうだけど。

⒉アクションの見せ場
全世界の映画ファンいやミッションポッシブルのファンはアクロバットなアクションを期待して映画館に向かう。今回もその期待は裏切らない。まずは成層圏の飛行機からの脱出。空気が薄いというよりもほとんどない。そこを酸素マスクをつけて飛び降りる。下手をすると失神してもおかしくない。しかも、パラシュートもなかなか開かない。地上までもうすぐだ。ドキドキする。


あとはパリの古い建物の屋上をいつもながらのトムクルーズ走りで駆け抜けて、助走をつけて隣のビルに飛び移るシーンだ。このシーンでトムクルーズは骨折したらしい。これも本気でやっているとすると凄いな!我々はトムクルーズ独特の走りを見て、旧友に会うようになんかホッとしてしまう。それと、カシミールでのヘリコプターアクションと断崖絶壁での格闘だ。ヒッチコックの映画以来、こういう絶壁での格闘で危うく落ちそうになるというのが古典的な映画の文法、バットマンもスパイダーマンも映画のラストに向けて高所での戦いがつきものだ。今回も映画の文法に忠実だが、カシミールの絶壁を横からそして俯瞰して見る映像にドキドキする。


ボンドガールという呼び名があるが、ミッションインポッシブルの場合どうなんだろう。今回はレベッカファーガソン、ミッシェルモナハンと以前に同シリーズ出演の女性が再登場する。前作同様レベッカファーガソンの格闘技アクションが光る。味方だか敵だか判りずらい組織の女性トップを演じるヴァネッサ・カービーもいい感じで使われており相変わらずこれら美女が映画に色どりを与える。


それしてもトムクルーズはいくらギャラもらっているんだろう。これだけ危機一髪の状態をスタントなしで演じるのはちょっと飛び抜けた額じゃないと割が合わないなあ。プロヂュースのところに名前があったが、興行収入も大事だよね。祈り!大ヒット。
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映画「ファントムスレッド」 ダニエル・デイ・ルイス&ポール・トーマス・アンダーソン

2018-05-27 19:25:55 | 映画(洋画:2016年以降主演男性)
映画「ファントムスレッド」を映画館で観てきました。

オスカー男優賞3回受賞のダニエル・デイ・ルイスポール・トーマス・アンダーソン監督と新作を出したという。しかも、ダニエル・デイ・ルイスにとって引退作品になるとなれば、観に行くしかない。2人がコンビを組んだ「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」で見せた猛獣のように荒れ狂う石油掘削師を演じたダニエル・デイ・ルイスには驚いた。あまりの衝撃にブログにアップアップできていない。

今回は1950年代のロンドンを舞台にオートクチュールばりの高級仕立て屋のデザイナー兼オーナーをダニエル・デイ・ルイスが演じる。ジョニー・グリーンウッドの実に優雅な音楽をバックに、田舎のウェイトレスだった若い娘と主人公の交流を描く。今回のダニエル・デイ・ルイスは繊細で荒々しさはない。優雅に映画が進んでいく中で、途中で偏愛のムードが広がる。ミステリーではないが、そのムードを残したままで映画は終盤に進む。美しいドレスが見れるという視覚的要素に加えて、ストリングスとピアノ基調の音楽があまりにも素晴らしく快適な瞬間が過ごせる映画である。


1950年代のロンドン。英国ファッションの中心に君臨し、社交界から脚光を浴びる高級仕立て屋ウッドコックのデザイナー兼オーナーのレイノルズ・ウッドコック(ダニエル・デイ・ルイス)は姉シリル(レスリー・マンヴィル)とともに経営していた。


仕事に疲れたレイノルズは休養をとろうと郊外の別荘に向かった時、町のレストランでウェイトレスのアルマ(ヴィッキー・クリープス)と出会い魅かれる。素朴な彼女を別荘に誘ったあと、彼女を新たなロンドンに迎え入れる。彼女をモデルに昼夜問わず取り憑かれたようにドレスを作り続けた。

しかし、アルマの気持ちを無視して無神経な態度を繰り返すレイノルズに不満を募らせたアルマは、ある日とんでもない行動に出るのであるが。。。

1.偏愛
2人が出会ったのは田舎のレストラン、朝食のオーダーを取りに来たアルマにレイノルズが魅かれるのが最初だ。デートの後別荘に行き、レイノルズは採寸してドレスをつくってあげる。そうしていくうちにロンドンの自宅兼仕事場の一角で暮らすようになる。この映画の最初に若い女性がかまっているのをレイノルズが嫌がるシーンがある。姉と一緒に仕事をしているが、こうして女が代わるのを姉は容認している。

そうして、2人の関係は深まっていくが、レイノルズには取り巻きが多いし、社交界からももてはやされている。2人きりということはない。姉が小姑のように若い娘をいじめるかというとさほどでもない。それでも、2人きりになれないもどかしさを感じ、アルマは2人きりの会食の時間をつくろうとするが、それはそれでレイノルズのルーティーンにあわない。そうしていくうちにアルマはあることを思いつく。

毒キノコを切り刻んで飲み物の中に入れるのだ。ベルギーの王女のウェディングドレスの製作に取り掛かっていたレイノルズは効いてきた毒キノコの毒のせいで倒れたら、ウェディングドレスを汚してしまう。みんなは大慌て。


そこでアルマは献身の看病をする。それだったら、そんなことしなくてもいいのにと思うが、違う。自分だけのものにするための1つの行為なのだ。これも高等な手段としか言いようにない。まさに偏愛だ。しかも、この映画はこの逸話だけでは終わらない。飼いならす女になるアルマが見物だ。

2.ポール・トーマス・アンダーソン
前回「インヒアレント・ヴォイス」は私立探偵ホアキン・フェニックスを主演にした70年代の音楽を基調にその時代のムードが漂う猥雑な感じだった。今回は優雅な世界を描くせいか、TV「皇室アルバム」のバックにバロックが流れるがごとく、やさしく美しいストリングスが素敵な音楽をバックに映像を映す。故フィリップ・シーモア・ホフマンを新興宗教の教祖様にした「マスター」も視覚的な要素を楽しめたが、この映画もより高尚な雰囲気が漂う美しさを持つ。

ポール・トーマス・アンダーソンインタビューより
作品については、「本作はゴシックロマンスに近いといえる。そういうジャンルで人気なのは、『レベッカ』や『ガス燈』などだ。ロマンスと危険な要素という組み合わせが魅力的な作品だね。我々は、そこにユーモアを加えた。昔のゴシックロマンスにはユーモアが欠けているから、本作は“ゴシックロマンス・コメディ・ドラマ”かもね(笑)」(映画com引用)


『レベッカ』や『ガス燈』ジョーン・フォンテイン、イングリッド・バーグマンいずれも映画界の歴史を代表する美女だ。そこでは2人とも恐怖におびえる。その2つとミステリー的要素は通じるが、今回我々をドキドキひやひやさせるのはアルマのヴィッキー・クリープスである。しかも前の2人ほど美女ではない。姉役のレスリー・マンヴィルは巧い演技をみせるが、「レベッカ」の怖いお手伝いさんダンヴァース夫人的色彩に見えてそうならないのがミソ。それもあってかヴィッキー・クリープスが際立ち、オスカー俳優ダニエル・デイ・ルイスと均衡する演技すら見せる。いい感じだ。
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映画「ウィンストン・チャーチル」 ゲイリー・オールドマン

2018-04-11 17:34:26 | 映画(洋画:2016年以降主演男性)
映画「ウィンストン・チャーチル」を映画館で観てきました。


ゲイリー・オールドマンがついにアカデミー賞主演男優賞を受賞した第二次世界大戦初頭の英国首相ウィンストン・チャーチルを描いた作品である。絶好調ナチスドイツが欧州制覇に乗り出し、当惑する英国国内の事情が映し出される。欧州に攻め入るナチスに対して、1938年のミュンヘン会談を経てネヴィル・チェンバレン首相がとった宥和政策は後世批判を浴びる譲歩といわれる。英国首相ウィンストン・チャーチルが就任した1940年5月の英国が舞台だ。

上記事実は世界史の教科書では有名であるが、ディテイルとなると知らないことが多い。チャーチル内閣と「英国王のスピーチ」で観たどもりの英国王ジョージ6世の関係を含め興味深く見ることができた。やっぱり歴史は面白い。

1940年5月、英国議会で野党労働党アトリーが高らかに演説しているシーンからスタートだ。ナチスに対して保守連立の挙国一致内閣で対抗するのは構わないが、ネヴィル・チェンバレン首相(ロナルド・ピックアップ)に対しては内閣不信任とすると。内閣不信任となると自分はやめるというネヴィル・チェンバレン首相から王室からも信頼の厚い外相ハリファックス(スティーヴン・ディレイン)が打診を受けるが、自分はその任にないと断る。そうしていくうちに海軍大臣ウィンストン・チャーチル(ゲイリー・オールドマン)にお鉢が回ってくる。


保守党と自由党を行ったり来たりしたウィンストン・チャーチルには敵も多かった。挙国一致内閣とはいえ、保守党内をまとめるためネヴィル・チェンバレン元首相と外相ハリファックスも閣内に残す。国王ジョージ6世(ベン・メンデルソーン)はむしろ外相ハリファックスを信頼していた。

そんな中もナチスドイツの侵攻はとまらない。デンマークを占領した後、オランダやベルギーも自分の配下にいれ、フランスも自軍の配下にいれつつあった。フランスのはずれカレー地方とダンケルクもすでにナチスドイツに包囲されている状況だ。フランクリン・ルーズベルト大統領に軍艦の出動を願ったが、中立性を大事にすると断られる。そんな中、イタリアのムッソリーニ総統より講和を仲介する打診が入る。当然noであるが、軍部に確認しても戦況打開の方策が見つけられない様子。外相ハリファックスは講和を進めるよう進言してきてチャーチルは悩み、条件付きで交渉を進めるように決意したとき、夜突如ジョージ6世がチャーチルに会いに来るのであるが。。。


恥ずかしながら、ネヴィル・チェンバレン首相ウィンストン・チャーチル内閣に入っていたという事実は知らなかった。というより世界史の教科書ではそこまで習わない。しかも、宥和政策をすすめていたネヴィル・チェンバレン首相と外相ハリファックスがイタリアを通じて再度ナチスドイツとの接近を図ろうとしていたことも当然知らない。英国史というのは奥深い。これらのことがあった後、半年後にネヴィル・チェンバレン首相は亡くなっているという。医療が今ほど進んでいないということもあるが、一国の首相というのはストレスに包まれているんだろうねえ。日本でも昭和天皇に解任された田中義一首相があっという間に亡くなっているのと同じだね。

1.ゲイリー・オールドマンとチャーチル
ベテラン俳優である。個人的には「レオン」で殺し屋ジャンレノと対決する麻薬捜査官役が最も好きである。手ごわい相手といった感じで、最後までドキドキさせられた。その後もいい役に恵まれたが、ここでは特殊メイクで議会演説は議会の騒乱とともに圧倒的な迫力をみせる。主演男優賞は当然の受賞であろう。


その裏側で、気難しさがある部分も見せる。映画「情婦」チャールズ・ロートン演じる弁護士と看護婦の関係を思わせるような妻役クリスティン・スコット・トーマスとの掛け合いが絶妙で味がある。緩急自在のチャールズ・ロートンの演技と同様にわがままでアクの強いチャーチルの実態をコミカルに演じる。タイピストのリリー・ジェームスに意地悪く接しながら、次第に仲良くなっていく姿も描く。Vサインの報道写真を前にしてチャーチルと一緒に笑うシーンがかわいい。

2.サインはV
映画を見るまで、ウィンストン・チャーチルのVサインというのをすっかり忘れていた。


自分が小学生のころ、バレーボールのスポーツ根性ドラマ「サインはV」はとてつもない人気だった。クラスの全員見ていた。それと同時に、当時少年だった我々のようなおじさんが誰もが知っている有名なシーンがある。「巨人の星」の星一徹のパフォーマンスだ。

星飛雄馬の青雲高校が東京都大会を勝ち抜き甲子園に出場が決まった後で、いったんは青雲高校の監督もやった父星一徹が、新幹線に乗って東京駅から旅立とうとする息子の前に現れ、Vサインを示すシーンだ。自分が初めてVサインを知ったのはこのときだ。いかにも梶原一騎らしい場面だ。

これを40年以上ぶりに思い出せたのも楽しい。
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映画「グレイテスト・ショーマン」 ヒュー・ジャックマン

2018-02-25 17:19:53 | 映画(洋画:2016年以降主演男性)
映画「グレイテスト・ショーマン」を映画館で観てきました。

予告編で観る躍動感あふれるサーカスの場面が気になる。スタートから観ている我々を引きつけるショーの場面がうつる。連続性にあふれる映像が活気をもつ基調の音楽だけでなく、それぞれの恋愛に合わせたデュエット曲が素敵だ。ヒュージャックマンだけでなくミシェル・ウィリアムズやザック・エフロンにも歌う場面がでてくる。

「地上最大のショウ」という1952年のアカデミー賞作品がある。これもサーカスが舞台で「地上最大のショウ」という名称はこの映画の主人公バーナムが口にするセリフだ。今回は現代の映像技術で躍動感あふれる映像を見せる。しかし、ストーリーは極めて単調で先が見える。これは仕方ないんじゃないかしら?結末の決まっている日本の時代劇のような決まり切った文法に忠実だ。それでも、心地よい時間を過ごせた。監督はジェームズ・マンゴールド

19世紀半ばのアメリカ、P.T.バーナム(ヒュー・ジャックマン)は幼なじみの妻チャリティ(ミシェル・ウィリアムズ)を幸せにしようと挑戦と失敗を繰り返してきたが、オンリーワンの個性を持つ人々を集めたショーをヒットさせ、成功をつかむ。しかし、バーナムの型破りなショーには根強い反対派も多く、裕福になっても社会に認めてもらえない状況に頭を悩ませていた。

そんななか、若き相棒フィリップ(ザック・エフロン)の協力により、イギリスのヴィクトリア女王に謁見するチャンスを得る。バーナムはレティ(キアラ・セトル)たちパフォーマーを連れてビクトリア女王に謁見し、そこで美貌のオペラ歌手ジェニー・リンド(レベッカ・ファーガソン)と出会う。彼女のアメリカ公演を成功させれば、一流のプロモーターとして世間から一目置かれる存在になると考えたバーナムは、ジェニーのアメリカ・ツアーに全精力を注ぎ込むため、団長の座をフィリップに譲る。


フィリップは一座の花形アン(ゼンデイヤ)との障害の多い恋に悩みながらも、ショーを成功させようと奮闘する。しかし、彼らの行く手には、これまで築き上げてきたものをすべて失うかもしれない波乱が待ち受けていた……。(作品情報より)

格差社会が以前よりも現代日本でも話題にされる。19世紀となれば、その格差はべらぼうなものとなる。主人公バーナムは仕立て屋の息子、小さいころに知り合った妻チャリティとは階級差があった。チャリティの父母は公然とバーナムを差別する。それでも恋を貫き、2人は結ばれ2人のかわいい娘ができる。

ミシェル・ウィリアムズ「マンチェスター・バイ・ザ・シー」での好演が記憶に新しい。別れた妻が本当の私の気持ちは違ったの!でも仕方なかったの!と主人公に言い寄るシーンはなかなかの見ごたえあった。今回はスウェーデンの著名歌手のプロデュースをしているうちに、主人公バーナムは相手に言い寄られ、それが世間のゴシップになってしまう。すかさず実家に逃げ帰る設定だ。いずれも、単純にはいかない夫婦生活という話で共通、今回は歌うので新鮮。


商船会社に勤めていたバーナムは突然解雇。なんと船が沈没してしまい会社が倒産。バーナムは沈没した船の権利書をこっそりピックアップしてお金を借り、蝋人形や珍しい剥製などを展示する「バーナム博物館」をはじめるが、客は来ない。娘から生きている動物をみたいという話を聞き、動物や小人や大男、ヒゲの生えた女、曲芸が得意な兄妹などを集めてショーをはじめるとこれが大当たりだ。


あっという間にバーナムは上昇気流となる。英国ではビクトリア女王と面会、欧州を代表する歌姫とも会い、彼女とのコラボにも成功する。それだけでは物語にはならない。そこから一気に急降下の転落だ。



そんな単純なストーリーでもしっかりと聞かせる歌が続く。個人的にはザック・エフロンと躍動感あふれる動きを見せるゼンデイヤとの恋歌デュエットのシーンが気に入った。この2人にはもともと階級差があり、男の父母に何でこんな女と付き合っているの?というシーンが出てくる。日本も駅前で共産党のババアどもが時代錯誤的に資本家が労働者から搾取して格差が広がるなんてスピーチをしているけど、この映画の時代設定ならあてはまるね。


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映画「ビジランテ」大森南朋&鈴木浩介&桐谷健太&篠田麻里子

2017-12-13 19:57:55 | 映画(洋画:2016年以降主演男性)
映画「ビジランテ」を映画館で観てきました。


これは強烈!
韓国クライムサスペンスを連想させるえげつなさをもつ凄さで圧倒された。傑作だと思う。
今回は大森南朋、鈴木浩介、桐谷健太の三人が主役という構図だが、脇を固めるやくざや政治家たちの演技がうまい。それに加えて、元AKB篠田麻里子がいかにもキャラピッタリの政治家の奥さん役がまさに適役である。入江悠監督の腕がさえる。

途中退屈な場面もあってもよさそうなんだが、まったくだれない。暴力描写も多い。その残酷さは「冷たい熱帯魚」や韓国クライムサスペンスと比較してもひけをとらない。いくつかの描写には目をそむけてしまった。政治家と地元利権というテーマは何度も映画のテーマにもなっている。でも、地方のレベル感がありえそうでリアルな感じをおぼえる。

今年一番の作品になるかもしれない。

暗い川の水面を3人の少年が逃げる。それを男が追っているシーンが映る。父親のようだ。三男、次男をつかまえ、長男を組み伏せる。首を刺された父親は、誰がやったんだと激しく殴りつけ、アタマを強く打たれた長男は家を飛び出す。

時が流れて父親の葬儀がおこなわれている。次男の二郎(鈴木浩介)は政治家だった父の跡を継ぎ市議会議員になった。葬儀が終わり、父が残した土地は、市が誘致するアウトレットモールの建設予定地にかかると知らされる。相続してうまく受け渡すように市の有力者に言われる。そこでまず地回りのヤクザの下でデリヘルの店長をしている三男の三郎(桐谷健太)にあう。三郎は葬儀にも参列しなかった。相続には関心がなかった。そこへ突然、音信不通だった長男の一郎(大森南朋)が実家に戻ってくる。


父の残したその土地で久々に長男一郎に会うと、自分は相続放棄しないと父と結んだという公正証書をたてに土地の相続を主張する。女連れで借金取りに追われる身分だが、まったく主張は変えない。市議としての二郎の面子は丸つぶれだ。二郎の妻(篠田麻里子)は何でずっと離れていた長男に土地が行くのかと怒る。長男が戻ってきて自分の権利を主張していると聞き、街の有力者はアウトレット不成立を恐れ、ヤクザになんとかしてくれと頼む。地回りのヤクザの配下でデリヘルをやっている三郎にも長男を説得するように命が下る。しかし、三郎も兄を説得できないとなると、三郎の親分は激しく怒り半殺しの目にあってしまうのであるが。。。
 
 
1.舞台となる地方都市
畑の中に延々と鉄塔が連なり、送電線が続く。そして、遠くに小高い山が見える。いかにも北関東独特の風景だ。群馬県なんだろうか?そう思っていると、最後のクレジットをみると、埼玉県の深谷のようだ。なるほど、クセのある政治家で名高い荒船清十郎や糸山英太郎の選挙区だったことでも有名な金権政治エリアである。その場所で生まれた入江悠監督のオリジナル脚本。これがよくできている。どちらかというと、こういうデリヘル系の風俗は群馬県の匂いもするし、外国人が多いというのもどちらかというと群馬の匂いだ。映画が終わるまでそう思っていた。


閉鎖的な地方都市で、住民への騒音をものともせずに大騒ぎする中国人たちと自警団との衝突なんて設定もあり得そうだ。そういうマイノリティーの排除は都会でヘイトスピーチを使いまくる連中の動きを連想させる。

2.えげつない描写
戻ってきた長男は女を連れてきている。でも、覚せい剤に染まっている長男は、発作が起こるとわれを忘れる。暴力的に女をむちゃくちゃにする。三男のデリヘルと知らず頼んで部屋にきた女も発作が起こったら、ハチャメチャにする。そんなシーンが続くのも園子温的だ。


デリヘルには上部組織としての暴力団組織が絡むことが多い。今回も貢ぐヤクザに三郎は兄貴に相続放棄させろといわれるが、うまくいかない。もうこの仕事をやめて堅気になるというと、コテンパンにやられる。この暴力シーンには目をそむけてしまう。映画の見ものだ。最初の父親から子供たちが殴りまくられるシーンもえげつないし、暴力描写は強烈だ。

3.篠田麻里子
濡れ場というのが本当は似合う女優だと思う。いかにも銀座の高級ホステスという風貌がそうさせている。今回も別にバストトップを見せているわけではない。夫とのカーセックスである。政治家の妻という今の立場を絶対に下げたくない。夫が有力者に利権を献上することができず、外されそうになった時でも自分で何とかすると言って、体を張っていく。そういう状況がにあう女性である。

本当は街の有力者とねんごろになる場面でベットシーンを見せるべきであろうが、観客にきっとそうだろうと連想させる想定にしている。政治家への貢ぎのカラミまでやると、さすがにイメージが崩れすぎちゃうと思ったのであろうか?
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映画「ブレードランナー2049」ハリソン・フォード&ライアン・ゴズリング

2017-11-03 08:56:51 | 映画(洋画:2016年以降主演男性)
映画「ブレードランナー2049」を映画館で観てきました。


もともと未来ものは苦手である。子供のころからSF小説は読まない。飛躍がありすぎると、本当にそうなるのか?と思ってしまう。逆に歴史好きだったせいもあるのか、むしろ過去にあった事実を探る方が好き。それもノンフィクションのほうがいい。それでも、予告編に映るハリソン・フォードの姿を見ると、好奇心をそそられる。

結果的に言えば、つまらなかった。映像表現が素晴らしいという声が聞こえてくるので、大画面スクリーンの映画館で前方に座って見た。確かに見ごたえはある。「ダンケルク」の時も素晴らしいと思ったが、緊張感を持たせるハンス・ジマーの音楽はいい。デイヴィッド・リンチ監督の作品を思わせるようなずっしりくる音楽がジーンと響きわたる。でも話にまったくなじめない。これは好みなので仕方ない。

前作では日本びいきのリドリー・スコットらしい日本の夜の繁華街らしき映像が目立った。新宿のしょんべん横丁や歌舞伎町の街を意識している。今回も同様に登場するが、一度は荒廃しきったという前提でこういう感じが残るのか?疑問が残った。


2049年、貧困と病気が蔓延するカリフォルニア。人間と見分けのつかない《レプリカント》が労働力として製造され、人間社会と危うい共存関係を保っていた。危険な《レプリカント》を取り締まる捜査官は《ブレードランナー》と呼ばれ、2つの社会の均衡と秩序を守っていた―。LA市警のブレードランナー“K”(ライアン・ゴズリング)は、ある事件の捜査中に、《レプリカント》開発に力を注ぐウォレス社の【巨大な陰謀】を知ると共に、その闇を暴く鍵となる男にたどり着く。


彼は、かつて優秀なブレードランナーとして活躍していたが、ある女性レプリカントと共に忽然と姿を消し、30年間行方不明になっていた男、デッカード(ハリソン・フォード)だった。いったい彼は何を知ってしまったのか?(作品情報より)

ドゥニ・ビルヌーブ監督には「灼熱の魂」であっと言わされた。ものすごい傑作である。その後も作品を追いかけている。出演者には自分の好きな俳優がそろっている。ハリソン・フォード「刑事フック」「逃亡者」といったサスペンスものや「インディージョーンズ」シリーズを通じてずっとファンである。近年出番の増えたライアンゴズリング「ドライブ」「ラ・ラ・ランド」で一層好きになる。

2人ともここでの演技は全く悪くない。荒廃しきったラスベガスと思しき建物で2人が出会うシーンは個人的には感動的だ。むしろ助演の女優群が個性的な役柄を見事にこなす。美人ぞろいの人造人間を欲するアキバ的ボーイが増えそうな予感。


手塚治虫の漫画に出てくる世界を思い浮かべた。「火の鳥」にはロボットと共生する社会が出てくる。そして、人間の形をした気まぐれな人造人間が出てくる。ある意味、今から40年以上前に書かれたこの漫画にこの映画のストーリーに類似した点が多々見受けられる。


クローン人間というわけではないが、AIの進歩は加速度的に著しい。ロボットも普通の歩行ができるだろう。近未来にはそういう人造人間がでてくるとなれば、そういう社会を予言したような気がする。でも、映画の中にある退廃と進歩の混在に矛盾を感じる。空飛ぶ車が走る一方でごみダメみたいな世界がある。人類はそこまでバランスを崩すように思えないが、私の希望的観測が強すぎるのか?

最後に向けて雪の中映し出されるライアンゴズリングとハリソン・フォードの姿は美しい。大画面の手前で観ると、はたして30年後にライアンゴズリングがもう一回「ブレードランナー」をやるのか?そう考えてしまう。あと2年でどう変わるかわからないが、前回の「ブレードランナー」で想像した世界には今はなっていない。あと30年後にこの映画のつじつまが合うか見ものだ。

ブレードランナー ファイナル・カット
歌舞伎町と思しき街角の映像が懐かしい
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映画「バリー・シール」トム・クルーズ

2017-10-31 19:36:02 | 映画(洋画:2016年以降主演男性)
映画「バリー・シール」を映画館で観てきました。

トムクルーズの新作はちょっと変わった実在人物をモデルにしたらしい。しかも、トムと相性のいい飛行機が題材となれば期待感は高まる。それにしても本当にこんな奴がいたんだろうか?そう思わせる映画である。禁輸のキューバから葉巻を持ち出したり茶目っ気のあるパイロットだったのを、CIAにスカウトされる。冷戦時代ソ連の息のかかった中米諸国のアジトの写真を撮るなんてことから始めて、気が付くとコロンビアの麻薬王と意気投合して運び屋さんになってしまうなんて話はありえないと思うが、こういう事実があったらしい。


バックミュージックのセンスが抜群で、優雅に小型飛行機を飛行する映像やラテン系の景色が流れる中でノリのいい曲が流れる。大好きなオールマン・ブラザース・バンドのツインギターがはえる曲が流れると、思わずドッキリ。これにはゴキゲンになる。それに加えて、即席滑走路から小型飛行機を離陸させる場面など、いつもスタントマンを使わないトムクルーズも草木にぶつかりながら飛行させるのはドキドキものでは?

天才的な操縦技術を誇り、民間航空会社のパイロットとして何不自由ない暮しを送っていたバリー・シール(トム・クルーズ)の元に、ある日CIAのエージェント(ドーナル・グリーソン)がスカウトに現れる。CIAの極秘作戦に偵察機のパイロットとして加わる事となったバリーは、その過程で伝説的な麻薬王パブロ・エスコバルらと接触し、麻薬の運び屋としてもその才能を見せ始める。ホワイトハウスやCIAの命令に従いながら、同時に違法な麻薬密輸ビジネスで数十億円の荒稼ぎをするバリー。しかしそんな彼の背後には、とんでもない危険が迫っていた…。(作品情報より)


撮影中に小型飛行機の事故があり、死亡者も出たらしい。そうなったのもわかるような小型飛行機の低空飛行はなんか怖いなあ。トムクルーズもスタントマン使わないで、よくやるよ。いつもいつも見せ場を作るかれど、今回は国境の警備隊に対抗して、普通の住宅地を不時着する。こういうのまでスタントなしでやれちゃうのは命知らずとしか言いようにない。保険って掛けられるのかな?


レーガン大統領もたびたび登場、ナンシー夫人も含めて懐かしいね。ニュース映画映像などを通じて肉声が聞こえる。昔レーガンが出ていた映画のシーンも織り交ぜ、コミカルに映し出すのはいい感じだ。ソ連の中南米進出に対抗して、地場の親米反政府組織と組むんだけど、あまりうまくいっていなかったのであろう。それにしても、各組織から逮捕命令が出たのにもかかわらず、釈放されるなんてすごいなあ。


命短し、捕まったらずっと牢屋に入りっぱなしとなれば、自分でも使い放題に金を使ってしまうだろう。でも、彼の場合はコロンビアとの空輸で時間を使っているから、暇もないのだろう。使い切れない金を銀行に預けるだけでなく、家じゅうに隠している。ちょっと疑問なんだけど、銀行は何も言わず自分の銀行口座で預かったのであろうか?真面目な人が多い今の日本では考えられないが、金持ちがいるとは思えない田舎町では黙って預金量の増加としてしまうのであろう。

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映画「はじまりへの旅」ビゴ・モーテンセン

2017-10-29 16:43:46 | 映画(洋画:2016年以降主演男性)
映画「はじまりへの旅」は2017年公開の映画


大森林の中で、子供にサバイバル教育をするおやじが、妻の悲報を聞き、仲の悪い妻の父親のところにある母親の遺影のもとへ6人の子供を引き連れてバスで向かうという話である。ロードムービーは大好きだけど、dvdスルーであった。

いきなり、少年が森林にいる野獣を退治するという映像が映し出される。人里離れてサバイバル生活をして鍛えられた子供という設定はたまに見るが、ここでは本を読まされて頭脳も幼児から徹底的に鍛えられる。幼児なのにむずかしいことをすらすら答えられるシーンが次から次へと出てくる。

変人の振る舞いをみていると、感覚がおかしくなる。父親は子供に平気でスーパーでの集団万引きを教えたり、世話になっている家で好き勝手なことを言いまくったり。変な奴のパフォーマンスを見ていると、気分が悪い。でも、子供が普通の生活をしたい。大学に行きたいという願望が出てくるあたりから、少しづつ様相が変わってくる。

アメリカ北西部。携帯の電波さえ届かない大森林の中で、自給自足のサバイバル生活を送る奇妙な一家がいた。高名な哲学者ノーム・チョムスキーを信奉し、現代の文明社会に背を向けた父親ベン・キャッシュ(ビゴ・モーテンセン)と6人の子供である。18歳の長男、15歳の双子、12歳の次男、9歳の三女、そして7歳の末っ子ナイは学校に通わず、先生代わりのベンの熱血指導のもと、古典文学や哲学を学んで6ヵ国語をマスター。おまけにアスリート並みに体を鍛えていた。


ある日、ベンは、数年前から病で入院していた妻レスリーが亡くなったという知らせに心を痛める。泣きじゃくる子供たちは、「お葬式に行かなくちゃ」「ママに会いたい」と懇願。レスリーの父親ジャック(フランク・ランジェラ)と折り合いが悪く、「来れば警察を呼ぶ」と警告されているベンは子供たちを不憫に思い、彼らの願いを受け入れる。目指すは2400キロ離れたニューメキシコ。一家が成し遂げるべきミッションは、仏教徒のママを教会から“救出”すること。バスに乗り込んだ子供たちは一斉に雄叫びを上げた。


コーラを“毒液”と見なすベンはお腹を空かせた子供たちスーパーマーケットでミッション“食べ物を救え!”を実行。まんまと盗んだチョコレートケーキを子供たちに振る舞った。この日の宿は、ベンの数少ない理解者の妹ハーパーとその夫デイヴの自宅。ところが夫妻の2人の子も交えたディナーは、ベンらが常識外れの言動を連発したせいで最悪の雰囲気に。ハーパーはたまりかねて「子供たちは学校へ行くべきよ」と諭すが、そんな忠告に耳を貸すベンではなかった。


遠路はるばるニューメキシコに到着した一家は、厳かに葬儀が進行中の教会にド派手なファッションで乱入。しかしベンを心の底から憎むジャックに、埋葬への参列を拒まれてしまう。このままではママを救えない。しかも大学進学を夢見るボウドヴァン、ベンの極端な教育方針に反発するレリアンが次々と不満をぶちまける。さらに子供たちの養育権を法的に争うとジャックに宣告され、新たなミッション中に起きたアクシデントで、たちまち窮地に立たされたベンの信念が揺らぎ出す。(作品情報より)

むかつく話も多いけれど、頭が良くて、名門大学から軒並み合格通知をもらうほどクレバーな長男が、バスで移動中に宿泊するキャンプで知り合った女の子に急接近するシーンはかわいい。少しづつ性に目覚めていく姿がいい。

ただ、おやじは頑固そのものだ。名門大学からの入学許可を見せても、行く必要がないという。妻の父親である義父は少しはまともな生活をさせようとしても言うことを聞かない。見ていてこちらが、かわいそうになってくる。それでも最終に向けてはほっとさせられる。



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映画「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」ジェイクギレンホール&ナオミワッツ

2017-10-22 19:49:12 | 映画(洋画:2016年以降主演男性)
映画「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」は今年公開のアメリカ映画

随分としゃれたラブストーリーを連想させる題名である。ジェイクギレンホール、ナオミワッツとも銀幕の前では自分にはおなじみ。でも、妻を亡くした男の喪失という大枠の話を聞いて、後回しにしてしまう。dvdではじめてチェックしたが、 ちょっとビックリだ。なかなか感情移入ができず見終わる。改めて解説をみて、原題がdemolitionだったということを確認する。日本語訳で解体だ。おいおいこの原題どおりの映画じゃないか、なんか騙されたみたいだなと感じる。

ディヴィス(ジェイク・ギレンホール)は、出世コースに乗り、富も地位も手に入れたウォールストリートのエリート銀行員。いつもの朝、美しい妻とともに車でオフィスに向かう。ところが、突然の交通事故に遭遇し、妻だけが他界してしまうのだ。ディヴィスは、一滴の涙もでない。哀しみにさえ無感覚になっている自分に気付く。このあと、デイヴィスの行動が支離滅裂になってくる。まだこのときは、周囲からは突然の妻の死に遭遇した夫に対する同情の気持ちが強かった。


そんななか、「心の修理も車の修理の同じことだ。まず隅々まで点検して組み立て直すんだ」という会社のオーナーである義父(クリス・クーパー)の言葉が契機となり、ディヴィスは身の回りのものを分解し始める。やがて、エスカレートし、あらゆるものを破壊し始めるのだ。


妻が搬送されていった病院の自動販売機でチョコレートを買おうとしたが、コインを入れても出ない。妻の死よりもそのことが気になって仕方がない。自動販売機のメーカーにクレームの手紙を再三だす。すると、深夜デイヴィスの心を癒すがごとく、電話がかかってくる。カノン(ナオミワッツ)という女性からだ。何度もかかってきた後で正体を突き止める。メーカーのクレーム係のシングルマザーだ。デイヴィスは彼女に急接近をする。


解体だという題名だったら、誰も見に行かないだろうと、詩的日本題をつけたので、面喰らう。ちょっとしたことで腹をたて食器を割ったりする女性は、それでもストレス解消で見にくるんだろう。自分は苦手。最初に家の冷蔵庫を分解し、おいおいどうなるんだと思ったら、会社のパソコン、トイレみんな分解してしまう。周りも奇異の目で見るようになる。そのあと、町の解体現場に行き、自分にもぶち壊させてくれという。解体職人にダメだと言われたら、金を払うからやらせてくれと。このエスカレートぶりには驚く。


この映画では、独り者になった主人公があるシングルマザーとちょっと変わったその息子と交わるのも見せ場だ。変わり者が変わり者と交わり、おかしな方向へ進む。ウォールストリートのエリート金融マンとシングルマザーの家庭との格差社会的アンバランスを含め、我々に何かを感じさせようとしている。
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映画「ダンケルク」 クリストファー・ノーラン

2017-09-17 18:44:10 | 映画(洋画:2016年以降主演男性)
映画「ダンケルク」を映画館で観てきました。


クリストファー・ノーラン監督の新作は戦争ものだ。それも英国との間のドーバー海峡に面するフランスの町ダンケルクドイツ軍に包囲された英仏両軍が逃走する姿をここで描いている。要は真っ向勝負の戦争を描いているわけではない。

いきなり包囲するドイツ軍に囲まれた英国兵がクローズアップされる。空からはドイツ軍得意の宣伝ビラが落ちてくる。君たちは包囲されていると。もはや逃げるしかない。防波堤には大勢の英国軍兵士がいるけれど、空からはドイツ空軍の戦闘機の爆弾攻撃を受けている。逃げようとするが、容易にはいかないし八方塞がりになってくる。

英国人、フランス人はどうなのかは知らないが、日本の高校世界史の教科書では、この撤退の事実をあまり語っていない。日本人にはなじみが薄い事実である。その撤退劇をクリストファー・ノーラン監督がじっくりと映像化している。低音が利いた音楽がうるさくなく響き、逃げ場がない状況に近い英国軍の兵士たちが追いつめられる姿を描く。どちらかというと、スリラー映画的な気味の悪さが全編を流れる。

歴史上、英仏軍が撤退したことは知られている。しかし、ここで登場する出演者たちが個別に逃げられたかどうかは、予備知識として持っていない。そこに緊迫感がある。しかも、最後の最後まで危機一髪の状態が続く。誰が助かるのかわからない部分があるので目が離せない。
実に見ごたえのある作品である。

1940年5月、仏英連合軍40万の兵士は、フランス北部ダンケルクの海岸に追い詰められていた。トミー(フィオン・ホワイトヘッド)やアレックス(ハリー・スタイルズ)ら英兵たちは、英海軍中佐(ケネス・ブラナー)が指揮する撤退作戦のもと、艦船での帰国を目指すが、空と陸から攻撃してくる独軍が行く手を阻む。


一方、英国では、900隻の民間船が兵士を救出する“ダイナモ作戦”が動き出していた。息子とその友人を乗せて出港したドーソン船長(マーク・ライランス)は、海上を漂流する謎の英国人(キリアン・マーフィー)を救出する。空軍のファリア(トム・ハーディー)も、戦闘機スピットファイアで出撃し、空から作戦を援護する。(作品情報より)


1.時代背景
1939年9月にナチスドイツポーランドに侵攻して第二次世界大戦がはじまる。この時点では1939年8月に独ソ不可侵条約を結んでいるので、ソ連はドイツとともにポーランドを分割する。1940年4月にドイツは西部電撃戦を始める。デンマーク、ノルウェイをあっという間に占領し、ベルギー、オランダ、そしてフランスに侵攻する。ドイツ軍が最も勢いがあるころの話である。パリ陥落はこの映画での撤退劇の後の1940年6月である。


1940年5月英国ではチャーチル首相が指揮を執る。大戦前まではネヴィル・チェンバレン首相がナチスドイツに宥和する政策をとっていた。チャーチルは戦火激しいフランスからいったん撤退を命令する。しかし、40万ともする英仏連合軍が逃げられるのであろうか?それがこの映画の時代背景である。

2.撤退
戦争末期の日本軍的には撤退という言葉はなく、玉砕しかないといった感じである。しかし、欧州戦では撤退によって、戦力を温存し次に備え逆転したという歴史上の事実がいくつかある。

例えば、1815年幽閉されたエルバ島から脱出したナポレオンが起こしたワーテルローの戦いでは、プロイセン軍とウェリントン将軍率いる英国軍が立ち向かう。ナポレオンは自ら軍を率いる戦いではほとんど勝つ。まずはプロイセン軍を制覇し、英国軍と対しようとする。ナポレオンはもはや勝ったも同然の気分である。しかし、プロイセン軍は敗兵軍を再陣営して、英国軍と共同戦線が組みやすい場所に移動する。そして、侮ったナポレオンは楽勝ムードで英国軍と対戦するが、目の前に現れた加勢するプロイセン軍に驚きやられ、連合軍が勝つ。


チャーチル首相ダンケルクから撤退するおかげで、多くの兵士を温存できた。これが最終的に勝つことにつなげられたのだと思う。

3.空間設計の巧みさ
大画面で見たほうがいい映画である。広がりのある海岸の爆破シーン、トム・ハーディ演じる英国空軍の戦闘機とドイツ空軍の戦闘機との海上での空中戦など大画面をうまく生かした映像である。その一方で、逃走する輸送船がドイツ軍の潜水艦の魚雷攻撃を受け、船のなか兵士が溺れながら逃げるシーンや船底に銃弾を撃ち込まれ穴から水が漏れ兵士たちが絶体絶命に追い込まれるシーンなど、全く逆に閉鎖的空間の使い方もうまい。


豪華キャストではあるが、絶対的な主人公がいない映画である。それがいいかもしれない。一か所ではなく、湾岸、救助しようと英国港を飛び出した船、撤退から守ろうと出発した空軍の飛行機といくつもの場面を並行的に描く。編集もお見事である。
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映画「パターソン」 ジム・ジャームッシュ&アダム・ドライバー

2017-09-03 20:29:10 | 映画(洋画:2016年以降主演男性)
映画「パターソン」を映画館で観てきました。


奇才ジム・ジャームッシュ監督の新作は何気ないバス運転手の日常を描いたものだという。「ストレンジャー・ザン・パラダイス」以来独特のムードを持つ作風のジム・ジャームッシュ監督が人気俳優アダム・ドライバーを起用してできた新作は、アメリカの地味な町で普通に暮らすバスドライバーの1週間を追ったものである。末梢神経を刺激するような過激なシーンもなく、淡々と一人の男とその家庭を描く。素敵な映画である。

ニュージャージー州パターソン市でバスの運転手をしているパターソン(アダム・ドライバー)は妻(ゴルシフテ・ファラハニ)と一匹のブルドックと暮らしている。朝6時過ぎに妻と一緒のベッドで目を覚まし、歩いてバスの車庫に行き、頭に浮かんだ詩をノートに書いた後一日の運行に出る。それぞれの乗客の様子を黙って感じながら、倉庫へ戻り、自宅に決まった時間に帰る。食事の後は犬と夜の散歩に行き、なじみのバーで一杯飲んで帰る。決まった生活が続く中で、様々な人に出会う。その月曜日から日曜日までを映画は描いていく。


決まった時間に会社に行き、同じような生活だが、バスの乗客の他愛のない会話、町で出会った詩が好きな10歳の少女やコインランドリーでラップ風に詩を作り上げる男とのふれあい、バーの酔客やマスターとのやり取りなどをつづっていく。固定した場所での話なのに、どちらかというと、様々な人との出会いからロードムービーの匂いを感じさせる。

衝撃的な事件が起きるのではと思わせるが、それらしき展開になってもおとなしく収まる。詩が好きで、ノートに手書きで書いていく。地元パターソン市出身の詩人ウィリアム・カーロス・ウィリアムズを敬愛し、自分の思いを詩にするが、妻にもそのノートを見せているわけでない。バスの運転手なのに携帯電話をもたない。束縛されたくないからだという。中東系の奥さんとどうやって知り合ったのかということは一切語られずに、2人のアツアツのムードがにじみ出る。

1.ジム・ジャームッシュ
現代の吸血鬼を描いた「オンリー・ラヴァーズ・レフトアライブ」以来の新作である。「アイ・プット・スペル・オン・ユー」が繰り返し流れる「ストレンジャー・ザン・パラダイス」で名を挙げた後は「ナイト・オン・ザ・プラネット」、工藤夕貴や永瀬正敏も出演した「ミステリートレイン」など名作を少しづつ世に出している。個人的に最も好きなのはビル・マーレイ主演の「ブロークン・フラワーズ」である。いつもながらのポーカーフェイスのビル・マーレイ演じる主人公のもとへ昔の彼女からあなたの子供があなたのもとへ訪ねていくよと言われ、昔の彼女が誰か特定できないまま旅に出るロードムービーが人をくった感じで好きだ。


今回もいつも通りのムードだけど、よくできている。出演した永瀬正敏「ジム・ジャームッシュのつくる現場は温かい。」とほめちぎる。初めて組む主演のパターソンを演じるアダム・ドライバーも絶賛だ。いい奴なんだろうね。

2.パターソンの町
ニュージャージー州にある人口14万の町だ。地図を見るとニューヨーク・マンハッタンから遠くない場所にあるけれど、古いレンガ造りの建物が多い地味な町である。美しい滝が流れる。


その場所での日本人の詩人である永瀬正敏とのやり取りが素敵だが、地元の少女との詩作談義で「water fall。。」と語り合う場面もいい感じだ。映画「コラテラル」マイルスデイヴィスの「スパニッシュキー」を聴きながらトム・クルーズの標的になったバリー・シャバカ・ヘンリー演じるマスターが営むバーがソウルフルな選曲もよくムード満載で、パターソンのように毎日通いたくなる感じがした。


コーエン兄弟やウェス・アンダーソンなどの名監督と組んで少しづつキャリアを重ねているアダム・ドライバーが何気ない普通の男を演じてすごくいい。奥さん役のイラン出身のゴルシフテ・ファラハニがかわいらしい。昭和から平成にかけて日本ではやった石原真理子のような濃い眉毛メイクがエキゾティックだけど、パターソンにやさしく寄り添うのでいい感じだ。ヒステリックでいやな女が多いアメリカ映画中ではぴか一だ。あとはブルドック犬の名演技これもすげえや!なくなったと聞き、残念


ブロークンフラワーズ
ジム・ジャームッシュ監督で一番好きな作品
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映画「ベイビー・ドライバー」 アンセル・エルゴート&ケビン・スぺイシー&ジェイミー・フォックス

2017-08-20 17:59:23 | 映画(洋画:2016年以降主演男性)
映画「ベイビー・ドライバー」を映画館で観てきました。


なかなかの評判である。週刊文春シネマチャートで満点1点たらずの24点となると、すぐさま観に行くしかない。ここまでの評価は年に1~2回くらいしかない。満員御礼状態である。ライアン・ゴズリング「ドライヴ」とその元ネタであるライアン・オニール「ザ・ドライバー」を意識したカーチェイスがクローズアップされる。主人公は犯罪者の運び屋ということは同じだ。

ケビン・スぺイシーとジェイミー・フォックスというアカデミー賞主演男優賞の受賞者を脇に回すというのはすごいこと。「ドライヴ」と運転の腕が凄腕ということは変わりはないが、主人公は喧嘩が強いタイプではない。アンセル・エルゴート演じる主人公は弱々しさを持つ。ナイーブな主人公と犯罪組織のワルたちの絡みに、主人公の純愛を組み合わせる展開を抜群のセンスのポップミュージックで盛り上げる。


ベイビー(アンセル・エルゴート)。その天才的なドライビング・センスが買われ、組織の運転手として彼に課せられた仕事―それは、銀行、現金輸送車を襲ったメンバーを確実に「逃がす」こと。子供の頃の交通事故が原因で耳鳴りに悩まされ続けているベイビー。しかし、音楽を聴くことで、耳鳴りがかき消され、そのドライビング・テクニックがさらに覚醒する。そして誰も止めることができない、追いつくことすらできない、イカれたドライバーへと変貌する―。


組織のボスで作戦担当のドク(ケヴィン・スペイシー)、すぐにブチ切れ銃をブッ放すバッツ(ジェイミー・フォックス)、凶暴すぎる夫婦、バディ(ジョン・ハム)とダーリン(エイザ・ゴンザレス)。彼らとの仕事にスリルを覚え、才能を活かしてきたベイビー。しかし、このクレイジーな環境から抜け出す決意をする―それは、恋人デボラ(リリー・ジェームズ)の存在を組織に嗅ぎつけられたからだ。
自ら決めた“最後の仕事”=“合衆国郵便局の襲撃”がベイビーと恋人と組織を道連れに暴走を始める―。(作品情報引用)

1.バックミュージックのセンスの良さ
いきなり主人公のドライブテクニックを紹介するのは「ザ・ドライバー」や「トランスポーター」などのスタートと同じである。約6分間に主人公の腕を見せる。ここで他の作品と違うのは主人公のドライブに合わせたノリの良いバックミュージックである。

主人公は子供の時、運転しながら夫婦喧嘩をして衝突事故を起こした父と母を亡くしている。その時から聴力に支障ができた。耳鳴りを弱めるために好きな音楽をipodにいれて聴いている。今や時代錯誤の大事な音源を吹き込んだカセットテープも大事に持っている。若いエドガーライト監督であるが、選曲はひと時代前のR&Bなども含め若干古めである。これが軽快で抜群にいい。


自分としてはサム&デイブ、バリーホワイト、T-REX、クイーンあたりの曲が好きだ。特にバリーホワイトのドスのきいた声が映像にマッチしてしびれる。その他もブラックミュージックのテイストにいい感じがした。ラストのエンディングロールでは久々ポール・サイモンの歌声を聴いて、なかなか席が立てなくなる。映画の題名と同じ「ベイビー・ドライバー」である。サイモン&ガーファンクルの名曲「ボクサー」のシングルB面で、史上空前の大ヒットアルバム「明日に架ける橋」のB面二曲目だ。あれだけ聴いたアルバムなのにすっかり忘れていた。

2.カーチェイスと恋の行方
いきなり見せるカーチェイスはその後も強盗の手助けをするたびごとに続く。これは「ドライヴ」「ザ・ドライバー」と同じであるが、今回は破壊的な衝突が目立つ。エドガーライト監督のインタビューを読むと、「ブルースブラザーズ」から影響を受けているとなっている。これだけ多くの車をつぶすのには確かにその匂いが感じ取れる。

運び屋稼業もジェイミーフォックスやジョンハム演じるかなりヤバい奴らの送迎で面倒だ。敵味方が入り乱れるのはお決まりの構図である。実は主人公はもう足を洗って、堅気になりたい。恋人と仲よく遊びたい。でも、ケビンスぺイシー演じる裏組織の親分がそれを許さず、稼ぎのいい仕事だからと主人公にしつこく運び屋仕事を依頼する。とまどう主人公だ。


「ドライブ」キャリー・マリガン「ザ・ドライバー」イザベル・アジャーニ同様にリリー・ジェームズ演じるドライバーの恋人デボラが登場する。キャリーマリガンが同じアパートに住む人妻で、イザベル・アジャーニが謎の組織の女ということからすると、デボラという名のウェイトレスはいちばんの堅気の女の子である。さすが「ベイビー」という題名がつくだけあってこの映画は純愛の要素を見せるし、この映画Hな絡みがない。少年たちを含めた幅広い観客を狙った作品ともいえる。

ここでの車はスバルのインプレッサである。走りが玄人好みなのか?日本車が前面に出るのはうれしい。これで全米で売りまくるだろう。なぜか群馬県太田市ですぐ公開されているのはスバルの工場があるせいだろう。なるほど
冒頭のカーチェイス↓




ドライヴ
ライアンゴズリングのドライヴがかっこいい(参考記事


ザ・ドライバー
ライアン・オニールの抜群のテクニック(参考記事
Happinet(SB)(D)
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映画「王様のためのホログラム」トムハンクス

2017-08-10 08:48:25 | 映画(洋画:2016年以降主演男性)
映画「王様のためのホログラム」は2017年公開のトムハンクス主演映画である。


トムハンクスの小品。この原作を読んで、作品化と主演を要望したという。映画を見てみると、一級作品に絶えず出ているトムハンクスが何で?この映画に?という印象が強い。

アラン(トムハンクス)は大手自転車メーカーの取締役だったが、業績悪化の責任を問われ解任されると同時に離婚。大学生の娘の養育費を払うためにIT業界に転職する。そこでの任務はサウジアラビアの国王に最先端の映像装置〈3Dホログラム〉を売りこむことである。

砂漠に到着すると、ボロテントに仲間3人がいるが、エアコンも壊れ、Wi-Fiもつながらなくてプレゼン資料も作れない。担当者に面会を要請してもいつも不在である。プレゼン相手の国王がいつ現れるのかもわからない。本国の上司からは常に電話はかかってくるし、ストレスはたまってくる。そのとき、酔って背中にあるこぶをいじくろうとして大出血する。病院に行くと、アラビア人の女医に介抱してもらうのであるが。。。


エリートビジネスマンから転落した男が、転職して文化も違うサウジアラビアに行き、王様に映像装置を売り込むという話である。現地オフィスの隣にある砂漠の真ん中のテントを起点に売り込みをかけようとするが、プレゼン資料を作成することすらできない。

現地オフィスの担当者にも会えない。八方塞がりの様子だったとところで、現地オフィスにいる一人のデンマーク女性と知り合う。仲良くなり、内部事情を教えてもらう。最初にこの女性に接近し、積極的な彼女の性的要求にこたえようとするが、いざというときにいたせない。
それでも、その女性と知り合うきっかけがもとで現地オフィスの担当者とようやく会えるようになる。要望したら、住環境も、IT環境も整えてくれる。そして王様へのプレゼンに備えていく。


以上の話にアラビア人の女医と接近する。結局のところ、そんな話である。
繰り返すけど、よくわからないなあ?何でトムハンクスがこの映画にでたのか?アラビアに行ってみたかっただけなのか?起伏のない本当に普通の映画である。制作費に対して、興行収入が極度に少ないというのは仕方ないだろう。トムハンクス主演でなければ、日本公開はなかったであろう。

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映画「ファウンダー ハンバーガー帝国の秘密」 マイケルキートン

2017-08-04 20:09:52 | 映画(洋画:2016年以降主演男性)
映画「ファウンダー ハンバーガー帝国の秘密」を映画館で観てきました。


これは面白い!久々のおすすめ映画である。
まさに超満員の客席、実は自分も一回観そびれている。これはまずいとネット予約で向かう。映画館の外には観そびれている夫婦やら大勢いた。マクドナルドの真の創始者マクドナルド兄弟と全米のフランチャイズ化に成功したレイ・クロックの物語である。

わかりやすい映画だ。
多少の脚色はあるが実話に基づいており、話はずっとだれない。周りの人は食い入るように画面に目を向けている。ここまで観客の熱い視線を感じる映画は少ない。労基署からの厳しいご指導?のおかげで働き方改革という言葉にがんじがらめになっている日本のビジネス社会とは全く真逆なレイクロックの行動力にはむちゃくちゃ魅かれる。

1954年アメリカ。52歳のレイ・クロック(マイケル・キートン)は、シェイクミキサーのセールスマンとして中西部を回っていた。ある日、ドライブインレストランから8台ものオーダーが入る。どんな店なのか興味を抱き向かうと、そこにはディック(ニック・オファーマン)&マック(ジョン・キャロル・リンチ)兄弟が経営するハンバーガー店<マクドナルド>があった。


合理的な流れ作業の“スピード・サービス・システム”や、コスト削減・高品質という革新的なコンセプトに勝機を見出したレイは、壮大なフランチャイズビジネスを思いつき、兄弟を説得し、契約を交わす。次々にフランチャイズ化を成功させていくが、利益を追求するレイと、兄弟との関係は急速に悪化。やがてレイは、自分だけのハンバーガー帝国を創るために、兄弟との全面対決へと突き進んでいくーー。(作品情報より)

1.レイ・クロックとマクドナルド兄弟との出会い
もともと家庭を顧みず仕事に励むワーカーホリックなレイクロックは、車でセールスで飛び回る。夜は自己啓発のレコードを聴きながら自らのモチベーションを高める。でも、常にうまくいっているわけではない。そんな時、電話番の女性から自分の会社のミキサーが6個注文が入って驚く。これは間違いだろうと注文先であるマクドナルドに問い合わせると8個欲しいといわれ驚くことがすべての始まりである。


きっと儲かっているんだろうと、イリノイからカリフォルニアの遠方まで車を走らせマクドナルドの店に向かう。店の前は行列だ。でもすぐにさばかれていく。注文聞きのウェイトレスはいない。食器はない。頼んだらすぐ品物が出てくる。どこで食べるのかと聞くと、どこでも好きなところで食べてくださいと店員に言われる。みんなおいしそうに食べている。


改めてマクドナルド兄弟に話を聞きたいとディナーを一緒にしたいと申し込む。そこで聞いたのは合理的なハンバーガー製造システムである。この場所でやっていられればいいと思うマクドナルド兄弟に、レイ・クロックはフランチャイズシステムを提案するのだ。

そこから、レイクロックは根っからの商売人ぶりを発揮し、一気にフランチャイズを伸ばしていく。この辺りの過程はよくできたドキュメンタリー番組を見るようで実に楽しい。

2.レイ・クロックの家庭
ここではビジネスの話だけでなく、レイ・クロックの家庭生活もクローズアップする。もともとシェイクミキサーを売りに、町から町へと車を走らせるレイは家庭をぞんざいにしていた。デイヴィッド・リンチ映画の常連ローラダーン扮する妻との冷たい生活が、マクドナルドの仕事をやり始めてから急変する。社交クラブへ一緒に食事に出たりして、妻も夫をかばうようになる。でも、英雄色を好むというわけではないが、FC経営者の妻に一目ぼれをして、一気に近づいていくのだ。そのあたりから直情型肉食系のレイ・クロックの人間像を浮かび上がらせる。


3.レイ・クロックと日本マクドナルド
自分が中学生の時、藤田田社長率いる日本マクドナルド社がスタートする。「ギンザナウ」に出演する矢沢永吉を見に銀座三越に行くと、マクドナルドでハンバーガーを食べたものだ。その時彼が書いた「ユダヤの商法」はとんでもないベストセラーとなった。今でも自分の書棚にある。ユダヤ人の商売流儀について書かれている。

藤田田「辛抱よりは見切り千両」として、「ユダヤ人はソロバン勘定に合わないとわかれば、3年はおろか、半年待たないで手を引いてしまう。」(ユダヤの商法 46p)これはクロックに学んだのであろう。クロックはありとあらゆることをそく実行して試してみるのであるが、システムに乗らないなと思ったら即、手を引く。

マクドナルド本社のユダヤ人についてドライな人間像を想像したが、ここで書かれているレイ・クロックは極めて熱い!それを演じるマイケルキートンは抜群にいい。

ユダヤの商法―世界経済を動かす
藤田田とマクドナルドの出会い


成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝―世界一、億万長者を生んだ男 マクドナルド創業者 (PRESIDENT BOOKS)
ファウンダーの原作のようなレイ・クロックの伝記
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