映画とライフデザイン

大好きな映画の感想、おいしい食べ物、本の話、素敵な街で感じたことなどつれづれなるままに歩きます。

ブログ誕生から6000日迎えて

2024-11-06 10:47:53 | Weblog
ブログ誕生からちょうど6000日となった。


16年半は速いな。
昨日関内駅降りたらこんなのがあった。
日本一おめでとう!TV見て初めて知った選手ばかりだった


6000日迎えるので、娘と2人で大好きな香港料理屋へ行った。
大好きといっている割にはデモ後の香港へ行っていない。

さくらエビと卵  オムレツみたい


ローストポーク 香港料理の定番


牡蠣のフリッター

ここの牡蠣は割と大きい

車海老のガーリック炒めいかにも香港海鮮

車海老らしいエビ

牛肉のフォー


中華は人数プラス一品というけど5品
娘も自分もよく食べる。
6000日の思いは改めて追記する。10000は無理だろうか?

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丸15年の雑感

2023-06-18 15:02:36 | Weblog
ちょうど15年たった。何気なく始めたブログなのに、記事一覧にはちょうど2300の記事となっている。すごい数になった。本のこと、街歩きのことなど色んなジャンルを書くつもりだったが、ほぼ映画に絞り映画を起点にして色んなことを書いている。本は相変わらず年間200を超えるペースで読んでいるし、食いしん坊だけにグルメ写真もかなりあるけど、本やグルメのブログアップは控えめにしている。

ちょうど15年前に父と母が亡くなった。ブログが6月にはじまり、7月に父がなくなり、11月に母が亡くなった。そんなに経つのかと時間のスピードに驚く。ブログスタート時の中年サラリーマンも今や初老の男だ。仕事的にはこの4月から少し荷が軽くなって、最終エンドにむけて進んでいる。この15年イヤなこともたくさんあったけど、むしろ良いことの方が多かった。運はいい方だ。今までお世話になった人に会おうとして、4月には福岡へ行ったし、来週は3泊4日で大阪、和歌山へ出張する。その時は阪神間にも足を伸ばす。その次の週は名古屋だ。

この3年はコロナ禍でかなり行動が制約された。飲酒禁止令が出た時期には、γ-GTPが何と30以下になった。人間ドックで肝機能がAというのもコロナになって初めてだ。以前は100を中心にプラスマイナス20程度だった。もともとイベントごと以外は家では飲まない。今年は飲み会の数も増えたけど、なんとか50台を保つ。それにしても、今となってはあの行動制限ってなんだったんだろうか?2次会禁止令も出たけど、制約されても時折行った。
身体にガタが出てきたのは間違いない。還暦とはよく言ったもので、昔は人生50年という説もあれど、乳幼児期のハードルを超えてまともに育った人が60歳くらいまで生きたのか?ダメになる身体の部分がでてくる。60歳になった後で、かなり調子が悪い時もあった。検査をすると、白血球が異常に増えていたことがあった。医者も首を傾げていた。あれってなんだったのであろう。今は大丈夫だ。

60になる手前から色んな知り合いが毎年のように死んでいる。高校のクラスメイト、高校の部活の同期、幼稚園から大学まで一緒だった奴、仕事でお世話になった年下の人など。一つだけ共通するのはタバコ。父がヘビースモーカーだった自分は車の中のタバコの匂いがイヤで結局吸わなかった。結果的には良かったかもしれない。今年の冬に大学のひとつ下の後輩が死んだ。ガンだった。葬儀に行った後、1年下の1人に久々に会ったら小学校1年の子供がいると聞いた。自営ではない。サラリーマンだ。これからどうやって仕事するんだろう。

普通は60すぎるとガクンと給料が下がる。今年の4月から少し肩の荷がおりたけど、まだそれなりの給料をもらっている。クラブ活動も、芸者遊びもたまにはやる。でも、体力勝負だというのを自覚する時期に来ている。健康寿命を意識する時期は来ている。

今年に入ってからも80本映画を観ている。選ぶ基準はない。勘で決めている。邦画洋画問わず、古い邦画も名画座へ観に行く。映画館原理主義者ではない。でも、家の近所にあったTSUTAYAがなくなり、DVDで借りることがなくなった。NetflixとAmazonprimeに観たい作品があればいいけど、観る機会は少ない。選んで観に行っても、この映画は映画館でないとダメというのが70%程度か?早送り反対主義者でもない。むしろ量を多く見て作品の優劣を判断することを人には推奨する。日経新聞と週刊文春の映画評で評価の良いものはほとんど観ている。もちろんハズレもある。点数は低いけど行ってみたらよかったというのも多い。自分のメモでは2007年からつけている映画備忘録の映画本数が3176である。生きているあいだに5000本になるのか。なんとか達成するまで生きる。
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5000日目の雑感

2022-02-10 19:15:32 | Weblog
ブログを開始して5000日目となった。日が経つのは早い。もともと何気なくクリックしただけでスタートしたブログだ。映画とライフデザインで、日常をもう少し語ろうとしていた。でも、周囲にはブログをやっていることは13 年以上言っていない。妻と娘は知っているが読んでいない。あくまで備忘録にすぎない。


映画鑑賞を通して、日常の出来事やいろんな事象に触れていければ良いと思っている。コロナになってもエンドレスに映画が製作されている。選択しながらより優れた作品を観るようにしている。本と映画それぞれ年間200本が基本的な目標だ。もともとDVDレンタルも併用しながらの200本であった。でも、近くのTSUTAYAはなんと閉店だ。これからTカードの更新はどうするんだろう。ネットフリックスやprimeでは代替えにはならない。


新作映画を観るときは、日経新聞の映画欄と文春のシネマチャートが主な情報源だ。ここで星4つ以上のいい評価だったものはハズレもあるが、80%以上は一定以上の水準を保っていることが多い。評者により評価が大きく分かれる時がある。逆にそれも注目だ。おもしろい映画である場合も多い。この考えを基本に映画館に観にいく作品を選択する。ここで取り上げられていなくても、この監督作品だけは観にいくという人が国内外を問わずいる。スケジュールは最優先で空ける。愚作駄作にはこだわらないというのは押井守先輩から学んだ。

旧作は昭和20年代から50年代半ばまでの日本映画を名画座でチェックする。自分が幼少時の日本ってすごく興味があるし、薄く残っている記憶を蘇らせるのは楽しい。新幹線が通り、東京オリンピックがあった1964年以前の日本には雑然とした魅力がある。自分のベスト3のうちの1つ黒澤明の「天国と地獄」がすばらしいのも、その転換期直前の映画だからだ。旧こだま号が走っていた日本の原風景を知るには映画を観るのがいちばんだ。現在からみると、何から何まで古くさい。でもそれがいいのだ。


図書館のネット利用方法のコツを覚えて以前よりも読書量が増えた。以前はネット検索してどこかの図書館にあると分かると一冊のために車に乗ってわざわざ借りに行っていた。今はネットで予約して近くの図書館に取り寄せる。

本は手に取ってみないとわからないものだ。そのための下調べは神保町の東京堂書店や新宿のブックファーストが主戦場だ。本屋で立ち読みして気になる本も、図書館にあるかをまずチェックする。意外にあるもんだ。新刊から半年も経つと超人気作を除いて予約ゼロ状態だ。図書館の予約が異常に多かったり、なかったりするとamazon中古本の値を確認して購入する。購入するのは新刊中心になる。

借りたら、付箋をつけながら読書スピードを上げて読む。もう自分に残された時間は短い。期間短縮が鉄則だ。読み終わった後で、付箋のついたページだけiPadで写真を撮る。以前はノートに書き写していた。図書館で借りる場合、返却時期を気にすると、良いことはない。雑にでも一通り読んで期限前に写す。


好きな本の抜き書きや本の中身を写真で撮ったものは口述でgoogleドキュメントに記録する。そうすれば、iPadとiPhoneの両方でいつでも編集ができる。内蔵マイクに話しかけるとわずかな推敲であっさり文面になってくれるのも助かる。

昭和のビジネス書では、口述筆記はこうなってほしいという世界だった。物理の竹内均先生の本でも秘書を使って口述するのが精一杯だ。今ではそれが身近に実現する。

学術本の本のように内容が濃い場合は、一太郎padを使って写真から文章を起こすことができる。これも便利だ。でも、口述か一太郎padのどちらがいいかは場合による。そして、そのドキュメントも記憶から薄れてしまったら困る。付箋でピックアップした部分を20個の単語+αにするのだ。それ自体はソラで言えるように、繰り返し週数回練習する。自分にとってのバイブルのようなものだ。頭の体操にもなる。

映画を観るのは約2時間拘束されるので、それは別として、本を読むのも、文章を書くのも、仕事の作業をするのも基本単位は18分だ。携帯のタイマーで時間をセットする。終わったら別のことをやる。そうやって集中した18分が1日何回とれるかが勝負だ。多くの仕事は作業の集まりだ。しかも分解できる。

若いころ何でこういうことに気づかなかったのだろう。もっと早く気づいていればということがたくさんありすぎる。

5000日目になった今こう考えている。この先はわからない。この一年で学校の同期など周囲にはリタイアする人も少し増えてきた。逆に最近とんでもない大出世をした仲間もいる。メールが飛びまくった。まだ自分は恵まれている方で、収入はある。若い人はあくせくしているが、長い間働いていていろんなことがわかってきた。

12月に決めた食事のアポは2月3日までこなした。それでいったん休憩に入ることにした。こんな美食にありつけていいのかと思うものが食べられるのもあとだれだけか。仕事もいつまでやるのか?あと5000日生きた時にどう考えるのか?未知の世界を進んでいく。
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14年目の雑感(コロナ接種一回目完了)

2021-06-29 18:08:38 | Weblog
コロナワクチン接種1回目完了した。


居住地からの通知は来ずにいつのことやらと思っていた。娘にも会社から職場接種打診メールきていた。妻はSNSの批判的意見で大反対。異常に敏感、でもこういう女って世の中ずいぶんといるみたい。

自分にもいったん先々週に打診メールが届いていたがどうせ先だろうと思っていた。そうしたら、先週末会社に突如職域接種の話がきた。ネットで予約するという。これは予約に時間がかかるだろうなあと思っていたら、ID、パスワード入力して3分以内に完了しかも翌週早々に接種可能だという。コリャいいや。でも、家人には内緒だ。いらぬ心配かけると面倒くさい。

本当は会社に立ち寄る時間があったけど、10時過ぎだったので直行にする。接種会場が遥か昔に新入社員で最初に配属になった場所のすぐそばだ。なんかの縁を感じる。老人の接種会場ではないので、希望者たちの年齢は男女とも若い。スキンヘッドで年上に見える男も絶対年下だろうなあ、見た範囲で年長だと思う。普段着で来ている人も多い。自分のように上着を着ている方が少数派か?書類の確認で並んでいたら、20代の若手社員に声をかけられる。早く接種できてウキウキしている。でも、その他の人たちは心なしか緊張している面持ち。

あらかじめ記入していた書類を確認された後、医師の診察だ。医師が問診票をチェックしてサインをもらう。すると、接種だ。並んでいるときにシャツの前のボタンは外しておいてと言われる。自分の接種担当は首から看護師という札をぶら下げている若い女性だ。優しそうな女性に、シャツは半分脱いだほうがいいですね。そして接種だ。あっという間に終わる。チクリともしない。人間ドックの採血の方が痛い。大阪の吉村知事が言ったこれまでで1番楽な注射ってごもっともです。

休憩して終了、しばらく何もなかったが、若干ふらっとくる。でも問題ない。
こんな感じで、年寄りは家で待機させてドンドン若い人に早くから接種すればいいのにと思う。
2回目はどうなるのか?


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14年目の雑感

2021-06-05 17:52:53 | Weblog
6月に入った。緊急事態宣言は相変わらず続く。でも、どうやらオリンピックはやりそうな感じになってきた。先週オフィシャルスポンサーのある幹部が訪ねてきて話をしても、完全にやる気になって準備している。余程のことがない限りやる方向に向かっているのであろう。

A新聞はオフィシャルスポンサーにもかかわらず、開催に対して反対意見を発信している。それしか言い様にないんだろう。この辺りの矛盾がいかにもダメ新聞らしいし、いつもながら戦後民主主義の主のように上から目線で狂っている。今期赤字になるのは当然だ。

「普通だったらやらない」という尾身会長の話はごもっともではある。「この状況でよくやる」と発言すること自体は立場的には当然でしょう。それに対してはとやかく言わない。とは言うものの、ここまできたら頑張ってオリンピック開催して欲しい。自分にとって2回目のオリンピックを是非見たい。


普通だったら、オリンピックで日本国民が一致して押し進むべきものが分断している。それはやむを得ない。コロナのせいだ。
日本の人口がベビーブーム世代にかなり偏っている。その世代は70代前半でまだ80代にはなっていないので、そう簡単には減らない。大学で学園紛争をして、世間一般に迷惑をかけた世代だ。当時は大学進学率は今より低いから、仮に大学行かなくても、労働組合に入って会社の利益自体を搾取とみなし、バブル崩壊日本を停滞させた日本経済にとって戦犯のような男女が多い。


ピータードラッカーも日本企業が絶好調時に日本を称賛する一方で日本人労働者の社会主義的発言に呆れている。日本の従業員たちは勤務先企業の生き残りと繁栄に,非常に大きな利害を持っている。ところが,利益への反発はどこの国よりも強い。「私たち日本人にとって,利益は禁句であり,搾取を意味すると何度となく聞かされた。(マネジメント2 有賀訳 p307)


野党は何でも反対で、ワクチン接種も遅れた。野党が法案成立を遅らせたのも明らかだ。偉そうに善人ヅラするな。うちの会社のアメリカ駐在員はとっくに全員接種完了している。ワクチン進んでいるのは自由主義の国だ。あるcpu会社の会長の接種が早いと大騒ぎ。たくさん寄付している人に優遇処置あって当然でしょう。その時点で日本は狂っていると思った。

社会主義国のような日本になってしまっては、後進国になるのもおかしくない。大学時代、経済政策の講義でエジワースの箱を使って、無差別曲線が交わり合うこの圏内に入れない国例えば東南アジア諸国を競争に参加させようと教授が言っていた。まったく逆の立場になった。

一部でA新聞の言説をもっともと思っている我々より上の世代がいる一方で、新聞を読まない若い20代から30代の半分はTVも見ないというデータがNHKより発表された。まあ、若い人にはこのまま反体制の言うなりにならずにオリンピックの組織幹部はじめみんなを応援して欲しい。

1964年幼稚園児の自分にとって印象深かったのは、アベベと水泳のショランダーだった。2人とも強いので印象に残った。


子供なので女子バレーは見ていない。日本選手ではマラソンで最後競技場で抜かれた円谷だ。あとは重量挙げの三宅かな。柔道無差別でへーシンクが神永を破った試合は見ていない。でも、ヘーシンクについてマスコミが騒いでいた印象が子供心にある。


幼稚園ではお遊戯でオリンピック音頭をやったし、幼稚園から近い山手通りの大崎広小路のガード下で聖火ランナーを見た。今と違い後ろめたいことなくさっそうと走っていた。なんかへんな国になったよね、日本。でも、ともかくオリンピックができるように頑張って!
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紅白を見て

2021-01-01 09:21:50 | Weblog
ワインを飲みながら紅白を見てしまう。

観客がいないのがはじめてだという。
ウッチャンの総合司会で、大泉洋と二階堂ふみは映画でもおなじみだ。

それにしても、二階堂ふみの司会が手慣れている。これには驚く。しかも、歌も上手い。
そうなんだ。ついこの間映画ばるぼらでかなり長時間全裸を披露したけど、最近NHKもそんなこと気にしない。


坂本冬美の歌が桑田佳祐とのコラボだという。
「ブッダのように私は死んだ」桑田らしい歌詞で、いい感じの歌だ。坂本冬美の歌なので安心して聴いていられる。
桑田佳祐がミカン畑バックにいかにも和歌山からコメントを言っているみたいに振る舞いだが、和歌山育ちの家人が「これって和歌山弁のつもり?」


鈴木雅之「夢で逢えたら」にもいろんな想い出がある。
そもそも大瀧詠一の曲、吉田美奈子の歌を聴いたのが、自分が高校生の時だ。友人の家でこれを聴いて大酒を飲んで翌日学校に行けなかった。鈴木雅之のバージョンも好きだ。彼の歌は「渋谷で5時」を今でもカラオケで歌う。セクハラ街道まっしぐらだけど、飲み屋のネエチャンだけでなく社内の会合でも若い子ずいぶん引っ張り出したな。菊池桃子かわいいよね。中学の後輩である。


ディズニーメドレーもいい感じだけど、二階堂ふみうまいよな。
「星に願いを」矢沢エーチャンも歌うよね。しばし、コンサートからも遠ざかる。

「エール」の出演者の歌では森山直太朗の「長崎の鐘」にうなった。
長崎への社内旅行にいったときにお世話になった人が歌っていたこの曲が忘れられない。胸にしみる。

のメドレーはこれで最後ということか3曲だった。でも最後という感じはしない。
女性歌手が歌ういくつか街で聴く曲が流れる。飲み屋で若手女性陣が歌って曲を覚えるけど、その設定がコロナでなくなったのはさみしい。

ユーミンが登場する。
安倍さんがやめるときにユーミンに対してアカ教授の白井聡がつまらないこといってやられたな。荒井由実のまま終わればというけど、こいつ1977年生まれで荒井由実時代のことなんて知らないはずなんだろうけどなあ。意味不明??「守ってあげたい」は自分が大学4年生の時の歌だ。「カラオケロシアンルーレット」でユーミンメドレーを4人くらいで歌って歌えなかったら一気飲みなんて遊びもコロナでできなくなった。最後にやったのが3月だった。


その後で芸人3人を引き連れての「きみのためにSUPERMAN」はよかった。音痴3人の露払いもいい感じ
そして「やさしさに包まれたなら」を聴くと高校時代にタイムスリップする。昨年はまた高校の同級生が亡くなった。一緒にユーミンを聴いた仲間が亡くなるのはさみしい。

福山雅治、MISHAの歌はそれなりによかったし、なんと久々に二階堂ふみ率いる紅組が勝ったのは久しぶり、ちょっとびっくりして2020年にさよならだ。
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13年目の雑感2

2020-05-09 18:01:52 | Weblog
緊急事態宣言が延長された。特定地域以外は緩和される場所も多いようだけど、東京はそのままだ。

小池都知事はステイホームと言うけれど、自宅にずっといると体が鈍る。ジョギングする必要はないが、ウォーキングは必要だろう。4月の後半に妻から顔が少し丸くなったんじゃないか?と言われて、スマホについている万歩計を見たら、1日平均が3月までの9000歩から6000歩切るくらいになった。4月から勤務地が移り、今度が駅から近い事務所になったせいもあるし、仕事上での外出も減ったせいだろう。GW連休寸前から意識的に歩くようにしている。

今勤務地は千代田区で事務所から2000歩強歩いたところに神保町の本屋街があり、会社出勤の日はそこを寄り道して帰ると1万歩の計画が達成できる。GW中も人が少ない千代田区内を悠然と歩く。ただ、土日東京の主要な書店が休みなのはつらい。


4月末から東京では急激にマスク販売を見かけるようになった。会社近くの薬局で10枚1000円なんてマスクを見たら、少したったら10枚700円に変わっていた。一週前の5月3日ごろは50枚2980円が主流だったが、今日街を歩いていると50枚2100円となっていた。下がる時は一気に下がる。需要と供給で価格が決まるという経済の大原則通りだ。

今日あたりは若い夫婦が仲良く歩いている姿が目立つ。この人たちさすがにデートではないでしょう。大好きな湯島のインド料理屋デリーのタンドリーチキンを食べて、湯島の坂を上る。本郷から自由に出入りできる東大構内を通って千駄木方面に抜けようとしたら、大学内には用のない人は入らないようにと書いてあり、警備員まで立っている。これは無理だと思い、菊坂から西片へ出て柔道の殿堂講道館の前を通る。気の毒に全柔連の人たちがコロナに集団でかかってしまったようだ。こういうと差し障りがあるが、恒例の全日本柔道選手権大会が開催されずに柔道の神様がひねくれたのかもしれない。


経済活動はどうなるんだろう。出口戦略も不透明だ。ここまで自粛が続くと飲食業はキツい。3月25日に新宿のクラブで女性をはべらしてから、大人数で女性接待系は行っていない。4月前半に一回だけ四谷荒木町に寄った。お客さんが来ないんで、女の子を休ませてママ1人でやっていた。かわいそうだから言われた勘定より多めに払って帰った。

銀座のクラブのママからは家飲みでテレクラブやりませんか?とメールが何度も来る。返事はしない。30分5000円、延長、ヘルプはという料金表もくる。まさかこっちが単身赴任だと思っているわけではないだろう。不思議だ。飲み会禁止令で結局1ヶ月一滴も酒を飲んでいない。もともと家ではイベント事以外は飲まない。アタマは冴える。映画も見る。ブログも久々更新した。そのほうがいい。


総務からはなるべく会社には来ないで在宅勤務してと言われるがちょっと抵抗がある。実際在宅勤務という名のサボリ、怠慢だと思う。週に一回だけ形だけ在宅勤務にしてあとはいつも通り会社に出勤している。でも暇だ。来客も少ないし、取引先と電話で話してもコロナが明けたら是非なんて言われるだけだ。

娘はずっと在宅勤務だ。テレワークで朝礼もやるらしい。家にいるとき、娘がパソコンを眺めているのでゲームをやっているのかと思ったら、エクセルの表が画面にあったのでビックリした。娘に話しかけると妻に仕事をしているんだから邪魔するな!とエライ剣幕で怒られる。よくよく見たら会社のパソコンで夕方に自分のパソコンと入れ替えている。でも、こんなんで大丈夫かな?と思う。



3月まで部下だった30代前半の女性営業が辞めると報告してきた。昼メシに連れて行って話を聞いた。今は転職サイトをちょっとクリックすると、きっちりプロがリードして次の会社の斡旋をしてくれるそうな。あれよあれよという間に決まったらしい。声をかけたのが3月以前ということもあったのであろう。

それでも内定は4月に入って出たようだ。大会社の福利厚生や施設の管理をやる会社らしい。基本給は下がるが、賞与はそれなりにもらえるという。女性の管理職うんぬん言われているが、その一歩手前でみんな挫折している。旦那は同じ会社だけど辞めない。共働きで都内に土地買って家も建てた。今回もコロナ騒ぎのピーク寸前の応募だった。よかったねと言った。幸せそのものだ。個人的には女性にはいい道だと思う。いいんじゃない。


3月まで急落の株もやばい話があっても大きく下げない。堅調である。悲観主義が台頭しているが、意外に何とかなる。そんな気分で来週からもっと仕事しようかと思う。
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13年目の雑感

2020-04-12 10:52:23 | Weblog
映画を観にいかなくなって約1ヶ月半以上経つ。

絶対に見に行きたいという作品がないというのもあるが、どうも映画館という空間が大丈夫なのかという妙な先入観が生まれたからなのかもしれない。

それでも、4月から場所が移ることもあり、3月は銀座に、歌舞伎町に、四谷荒木町にと27日まで毎日派手に飲みに行ったものだ。徐々に人の流れは少なくなっても自分だけはという安心感があった。25日の夜小池都知事が夜の自粛を記者会見で話しているとき、自分は歌舞伎町の夜のクラブ活動で女性軍に囲まれていた。今自分の携帯には7人の美女に囲まれている写真がある。


26日は18人で夜の会合を大宮でやる。こういうときにいっちゃだめという奥さんの声に欠席したメンバーもいた。気がつくと午前様だ。27日はおそるおそるイタリアンへ。人気レストランも人は少ない。さすがに早く帰った。その後小池都知事が夜のナイトクラブやカラオケには行かないようにと30日再び会見した。不届き者の自分はその時点で3月の自分のアクションが度を超したものかと思った。

さすがに28日からは夜の街に出たのは1回だけ。むろんそういうクラブへは行っていない。感染したK大病院の研修生が飲み会したのは26日、その日に自分も花束もらってウキウキしていた。マスコミにこれだけ言われる医者も気の毒だ。

それにしても、こんなに夜の街にコロナが蔓延しているとは思っていなかった。そういうとこのバカという感じでしょう。明らかに2月末の安倍総理のイベント自粛宣言あたりから夜の町の人出は減っていた。街の人の流れはともかく、個別の店には人は少なかった。カラオケ歌っても一曲ごとにマイクを消毒していた。自分だけは大丈夫という思いはあったかもしれない。


政府は108兆円の経済対策というが、あまり効果はないと感じる。税金を納めていない人ばかりに援助というのに強い抵抗がある。普通のサラリーマンにはまったくメリットはない。それはないよ。これから企業業績が悪化するのはまちがいない。それを対岸の火事とまだ捉えている人が多い。そうなったときには素直に税金を納めているサラリーマンが減収という意味で大きく影響を受ける。基本はあらゆる国民に平等という意識が必要だと思う。安倍さんはいったんもらう資格者になったとしても辞退すればいいだけの話だ。

あと、抵抗感があるのは国の補償と誰もが言うことだ。国に無限大のお金があると思っているのであろうか?赤字国債の乱発ってことなの?こればかりは不思議で仕方がない。これまでは、大企業の内部留保のことをとやかく言っている人が多かった。でもこの先は内部留保がある会社が生き残るであろう。その生き残ったとき、経済活動がすべて止まってしまっていたとなれば、経済は相互連関性があるので生き残ったとしても再び下へ。なんとか事態の収束に向けて行きたいものだ。

国は経済活動がつぶれることを心配している。もっともである。でも終息しなければすべてはない。出口戦略をみながらの舵取りを期待したい。

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12年目の体調不良

2019-12-23 20:42:30 | Weblog
今年はどうもおかしい。
4月新年度に入りいきなり転倒で左目上を切り、救急車に緊急搬送され腫れ上がった状態になる。
縫ったあと、血が降りてきて目が見えない状態となる。最悪だ。
5月のゴールデンウィーク明けまでサングラスをして会社に通う始末となる。


1ヶ月程度の禁酒を顔が治るまでと7月まで2回にわたっておこなう。
このけがによる精神的ダメージは強かった。
でも80~100程度だったγ-GTPがなんと28まで急落、人間ドックで肝臓がAなんてはじめてじゃないか。

でも次第に酒のペースは少しずつ元に戻る。

11月にはいって休日に関連会社役員などとの研修と称した懇親旅行が2回ある。
同時に営業の成績優秀者を慰労する会などの飲み会が多数、その合間に亡き母の妹が亡くなって静岡へいくはめに。きっと疲れがたまっていたんだろう。
アナ雪2のブログアップの後から調子を落とす。
カゼなのか?若干の腹痛で胃の調子が悪いのか?よくわからない時期に社内の機密を協議するかんずめ会合が休日にある。疲れた。

そのころから熱が出る。37℃後半となって会社に行って調子悪いから早めに自宅近くの医者に行く。いつもの院長はおらず、どっかの病院からアルバイトできている若い女医だ。これが間違いの元。もらった薬は効かない。口の中がおかしい。しゃべりも滑らかでない。脳神経外科に行く。


口の異変を伝えると早速MRIだ。これをやってもらえば安心なのはよい。でもなんともない。
そのあと、熱が上がったり下がったり、口もなめらかでないのでいつも人間ドックをやっている病院へ。白血球が14000だ。町医者と同じ女医だけど、今度はまともだ。これは異常に高いと、人間ドック並に超音波やレントゲンやいろいろ何でも検査、でも何をやっても数値はわるくない。抗生剤の点滴をして帰る。そして抗生剤をもらう。


その後も治らない。その週の後半から食事も入らなくなる。
同僚と食事に行って定食を頼んだら、半分も入らない。つらい!
5日分もらった抗生剤と熱冷ましだが、あわないと感じてやめる。そのころから少しずつよくなる。でも37℃以上にならなくなるまで3日くらいかかった。

そんなこんなで、会社にいっているが調子は出ない。
12月中旬にかかるところで、自分がとりまとめている業界の会合があった。
それだけはいかねばならないと禁酒する。忘年会はいくつもあれど、酒は飲まない。何より食事もあまり入らない。比較的食べる方だけど、これって何なんだ。

あとでアップするが九州出張での業界の会合は無事終了、少しはほっとする。
会社内の面倒も少しずつ解決、一応書いておく。

何かあたったんだろうか?それだったら下痢をするはずだけど、そうはならない。
口の中に異変を感じたので歯科へ、口内の大掃除をする。かみ合わせはよくなった。それもあるんだろうか?
そんなこんなでブログ12年目での久々のブログだ。新作映画がみれない。旧作をいくつか見た。そこから復活を図ろう。
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10年目の雑感2

2018-02-12 20:02:55 | Weblog
それにしても咳が止まらない。この数日は少しはましだが、もう1か月だ。

咳の原因はアレルギーか?ここ数年春先アレルギーにやられることがある。目のまわりがしわくちゃになったり、首に湿疹ができたりすることがあった。今度は咳じゃないだろうか?

もしかしたら、株の下落も要因の一つかもしれない。それにしても、下げるなあ。実は1月26日に評価益はピークを迎えていた。世間的にはすでに変調を迎えていたが、自分の持ち株だけは上がっていた。ところが、1月29日からおかしくなる。前週急騰した株がその上昇分を少しづつ減らしていった。あれよ、あれよと下がって行ったが、2月2日現在ではまだ被害は少なかった。日経平均の25日移動平均線マイナスもすぐ戻るだろうと思っていたが、そうは問屋はおろさない。

ニューヨークが2月2日大きく下げた。長期金利の上昇が原因だという。さて、5日はどういう寄り付きか?寄り付き後軽く押し目買いが入るが弱い。10時過ぎに一部売却の決断。利益が出ている2つと含み損を抱えた1つだ。中長期的に持とうとしているDとT2つについてはそのまま。ここでいくつかある他の株も売っていればよかった。最初の決断はむしろ遅すぎたくらいだが、これはそのあとの大幅下落を踏まえると大正解だった。

もっとも下げた6日は静観、一度戻すのは間違いない。そう考えると、あわてない。そのままにする。すると、翌7日反発、これは予定通りだ。しばらくは行方を見送るが、持ち玉は寄り高のじり安というパターンだ。いやだなあと思いながら外出。日経先物をみると、昼休み中に下がっている。それも日経平均ベースで200円も。おい、これはやばい。ということで後場を見る。しばらくすると、じり安のパターン。これは持ち株全部売却で仕方なかろうということになる。含み益がかなりすっ飛んだが、黒字で退出できた。

これですっきりするはずだが、虎視眈々と復活戦を狙う。
でもうなぎの手づかみみたいにうまくいかない。まだまだだと思うが、どうなんだろう。

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10年目の雑感1

2018-02-05 21:47:35 | Weblog
一か月ブログサボってしまった。
正月明け、若干体調不良気味のなかで各種行事があり、人ごみの中にいる機会が多かった。4日に同じ系統の会社グループの新年会が昼にあり、そのまま同じ会社の人と夕方まで居酒屋で痛飲。翌日は東京の責任者たちと会議後新年会。飲んでしまう。そのあと、体調は良くない。

9日の神社参拝及びそのあとの懇親会でうつされたんだろうか?11日に恒例の会社参拝で、寒い中コートを脱いでお祓いを受け、そのあと昼から互礼会。乾杯の音頭で少しだけ飲むが、受ける酒も断る。でも体調厳しいのでタクシーで帰宅して16時ごろ病院直行。インフルエンザの診断キッドをみてB型と判明。

その翌日から日曜はさんで3日休んで会社出社。その日は会社でぼーと一日過ごすが、翌日は本社会合の後、飲み会。顔が真っ赤と言われる。これはすぐ帰る。木曜日は関連会社含めた大勢とボーリング、なんでこんなに下手になったんだろうというスコア。そのあと懇親会。すぐ帰ればいいものを歌舞伎町の谷間に誘われクラブ活動。勢いにのってあと2軒。これもよくなかったかな?

もっとよくないのはその週末、大学のOB会に出席。地方から2人来て、同期6人が久々全員そろうという快挙でこれは楽しみにしていた。自分の時はいなかったほぼ20期下の女性後輩と会話かわしていたら、すぐさま応援歌を歌う時間になる。肩を組むのがなぜか気恥ずかしかったが、30代女性の色気に気分は高揚。2次会に突入、そのまま痛飲。ふと気が付くと熊本から来てる同期のホテルの部屋で寝ている始末。彼の部屋で目が覚めたのが2:30で家には4時前くらいについたのか?ダメじゃこれ。

22,23日は飲み会。特に22日は営業部署の責任者たちと会議。その日、東京は大雪。夜のオフィシャル懇親会を中止にしたにもかかわらず、新宿駅が入場制限になっていると聞き、どうせ今日はメシないだろと会社地下のそば屋でそば焼酎を会議メンバーを誘って飲む。雪が収まるのを見ながらも、どうせまともに帰れないと別の店を2軒はしご。日付の変わりそうな時間に数少ない流しのタクシーに乗り帰る。高速使えないから時間はものすごくかかる。翌23日は神楽坂、24日全然咳が収まらないので、もう一度医者へ。少し強めの咳止めをもらったけれど、完全には治らない。

そのあと26日から和歌山出張。ゆったりした新幹線のグリーン車に乗りながら、岐阜~滋賀付近の大雪に驚く。特急くろしおの先頭車両がずいぶんとよくなっていた。和歌山に行ってからもこれも24年ぶりに会った昔の仲間と痛飲してしまう。ブリがおいしかった。ここでも4軒はしごだ。

それから今日までいっさい飲んでいない。2回目の東京雪の日は同席予定者からキャンセルの連絡。それは珍しく素直に受け、家でふるさと納税で送ってきたフグを食べる。晩酌はもともとしない。それ以外の休みの日は外出もしない。本は少し読むけれど、頭脳の回転が悪く進まない。映画は当然見ない。最終日近くにdvdを借りて1月映画鑑賞ゼロを免れたが、映画館には行けない。昨日初めての映画館だ。でもその「スリー・ビルボード」がよかった。


こんなこともあったのかと思いだすために書いておく。
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9年目の雑感2

2017-02-22 22:44:29 | Weblog
映画は楽しめればいい。量か質か?これでもか、これでもかといい映画、自分に合った映画を探し求める。
2006年ころから見た映画の題名だけをピックアップして記録しているが、もう2222本を超える。それだけ見たわけだ。ここのところ年間200本割っている。dvdで旧作をどれだけ見れるかにもよる。


以前映画検定を受験しようとして、映画の古典をまず見ておくことが必要と見はじめた。その時に、いちばん参考になったのが芝山幹郎著「映画一日一本」である。安易な名前だが、中身は濃い。ヒッチコック、ビルワイルダー、アルドリッチ、ジョンフォードなどの名匠のピックアップはさすが目が効いて、日本では小津安二郎、黒澤明、溝口健二、成瀬巳喜男などの監督の名作を巧みに解説してくれる。自分にとってはバイブルのようなものだ。そういう古典を知った後に、名画座やdvdで若干古めの作品をみる。それはそれで楽しい。芝山幹郎氏の映画に関する著作は全部読んだが、いずれも素晴らしい。

新作は好きな評論家が勧めているものであれば、はずれはほとんどない。それに加えて好きな監督の新作をピックアップする。
週刊文春のシネマチャートはすぐれものだ。評者の一人芝山幹郎氏のセレクトは天下一品で簡潔で的確な文章もいい。彼が4点以上つけたものは映画館で見るようにしている。日経新聞金曜夕刊の映画記事もすぐれものだ。ここで5つ星はほとんどはずれがないし、4つ星でもピックアップする価値がある。それこそ以前は芝山幹郎が日経新聞で解説書いていた時期があった。あとは東大教授藤原帰一氏の毎日新聞の映画コラムがいい。忙しい人だから選択してして見に行っているはずで、作品の選択は間違いない。本も読んで、映画も見てとなると時間は限られる。まずは信頼できる達人がピックアップしたものに行くのがいいと思う。

映画で自分の知らない世界が体感できるのはすばらしい。

本屋探訪も楽しい。amazonはポイントがつくし、プライム会員なので発注したらすぐ来る。しかもマーケットプライスで意外に安い値段で買えることがある。でも立ち読みはできない。
御茶ノ水~神保町の街並みを歩くのは大好きだ。カレー屋だけでなく中華など食べ物屋の老舗も多い。現在の勤務地からも近く、休みの日もひまさえあればぶらぶらしている。まずは新刊を扱う大書店にいく。東京堂書店の平置きは実に選択するセンスがいい。いかにも目利きのきく店員がいるのがわかる。サブカルチャー系、映画や美術系など趣味の本も充実している。ここの喫茶コーナーは居心地がいい。

御茶ノ水の丸善も品選びが自分に相性いい。一連の古本屋には以前入ったが、最近はさほどでもない。amazonがないころは絶版本を懸命に神田じゅう探したことがあった。ないことが多かった。amazonのマーケットプライスは本当に便利だ。以前絶版になった伊藤整の「氾濫」がどうしても読みたくなって、神田の古本屋を探しまくったけどなかった。でもamazonですぐさま見つかる。全国を探せば絶版本を書棚にそろえている人がいるのだ。便利な世の中になったものだ。地元新宿では西口「ブックファースト」が居心地いいし、品ぞろえが豊富で土日はポイント還元率も高い。東口の紀伊国屋の一階平置きが何気なく面白い本をピックアップしている。思いがけない出会いも多い。

そういいながら図書館で借りている比率も高い。一連の本屋まわりで気になった本で新刊でなければさいたま市図書館の検索を見て、どこの図書館にあるかを確認して車ですっ飛んで行く。意外にあるものだ。

これだけインプットしまくりで、アウトプットがおろそかになっている。これも9年目の課題だ。
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9年目の雑感1

2017-02-19 04:16:46 | Weblog
ちょうど丸9年になる。勢いでできたブログだ。映画中心にコメントしているが、以前ほどアップの頻度が高くはない。本も映画も数を気にしているが、量よりは質に転換すべきところなのであろうか?同じ本や映画を何度も読んでものにするという態度も必要なのか?以前アップした映画をもう一度見て推敲し直してもう一度アップするなんてことやってみようかな

サラリーマン生活も同じ会社に結局30年以上いることになった。商売人の息子だし、会社に長くいるつもり全くなかった。だから気に食わない奴がいると年上でも逆らったものだった。20代のころはとても会社に長くいるような仕事をしていなかったし、周りからもそうみられていなかった。単なる担当者だったり、マネジャーの頃に比べれば、数字責任は重くなったが仕事は楽になった。携帯電話やiPadがあると、わざわざ会社に行かなくてもできることも多い。朝は早く7時半には出社するが、夕方は6時までいない。5時半には帰る体制だ。会社飲みは残業のようなものだ。飲みに行く時もなるべく早くからにしてもらう。それでも「飲みの残業」は行くと、かなり長くなりタクシーで帰る。

最近映画を見たり、本を買ったりする以外お金を使うことがなくなった。ゴルフは嫌い。営業系はゴルフやらないとダメといわれるが、やらなくても出世には影響ない。休みに会社関係者に会うのは最悪だ。飲みに行くのは接待を受けるか、会社の交際費が使えるときに限る。学生時代の友人たちとそう飲みに頻繁に行くわけではない。飲みが続くと、会社のイントラに非公開のダミーの予定を入れる。飲みの誘いをガードするためだ。家で晩酌しないの?といわれるが、誰かの誕生日とかのイベントごと以外はしない。自分より酒量が全然少ない人でも毎日飲もうとする人は割といる。ビール欲しくなるでしょうと言われるが全く欲さない。いわれること自体不思議だ。酒の飲み過ぎモードだと、脳細胞がどうにかなる。頭脳が破壊されていく感じである。頭脳が破壊されると本が読めないから家では飲まない。この間も飲み会を仮病で逃げた。

洋服も買わない。買っても年一回スーツを買う位だ。Y シャツの仕立て券はたまにもらえる。正月福袋の仕立てのYシャツ作ろうとしたら、これだけあるならいいだろうと妻に言われた。ネクタイだけはたまに買う。でもブランドはワンパターン。時計はもともと30年以上しない。飲むとすぐ外すクセがあるからだ。別にそれで困らない。携帯電話で時間を見ればいいし、会議室には時計がある。

以前、車はひら営業のころは月に2000キロ運転していたが、今は1年に3000キロも運転しない。新車はいらない。昔好きだったジャガーEタイプが欲しいが、買っても乗らないだろうからいらない。気になる本があると、まず図書館にあるかを検索する。意外にあるものだ。さいたま市はいくつもの図書館のどれかに所蔵されている。図書館で借りた本は書き込みなどで汚せないというが、付箋をつけて読んで、付けた部分をipadで写真を撮る。いつでも見れる。本を買いすぎることもない。そうすると、意外にお金が貯まる。旅行は年一回家族旅行いくだけ、家族は海外に関心がない。その他で会社からみであちらこちら行ける。

両親は70代半ばでなくなった。親の両親で80代まで生きた人はいない。自分の命はあと15年がいいところだ。父はタバコ吸ったが自分は大嫌い。そこだけが違うので80歳に挑戦できるか。ある人に老後いや定年後何をするのか今から準備したほうがいいと言われた。さすがにリタイア生活で借り入れはしたくない。商売はじめるなんて無理だろう。でもどうやって過ごすか準備が必要か?そのあたりが9年目の課題か
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4月から

2015-03-22 17:49:18 | Weblog
2月からブログの更新が怠慢になっている。

今度4月1日付で四半世紀ぶりに東京に勤務することになった。
その件で、2月中旬事前に話があり、極秘の辞令その他でオフィシャルなことになる前からたいへんだった。
本も読めないし、映画も見れない。
正式な話になってからは飲み会も多く、落ち着かない日が続いた。(そんな日々が続くとき咲いた自宅の梅↓)


昨日は墓参りに行った。
おそらくは4月をすぎるとしばらくはあわただしい日が続くことが予想されている。
そうなると、なおのことブログ更新がなされない可能性が高い。

1月に親友が死んだ。中国駐在の友人だ。うそのような話だったが、3月初頭に追悼会を彼の親族を交え大学の仲間とやった。
本当に悲しかった。彼の死には酒も絡んでいる。死亡診断書は「急死」だが、白酒による急性アル中の可能性も高い。
自分も飲みすぎだけは気をつけよう。脳細胞破壊することだけは避けたい。
そうでないと、東京のスピードについていけないかもしれない。

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同期の死

2014-06-10 23:17:41 | Weblog
今日驚いたことがあった。

先週高校の県別の同窓会があった。
旧制中学時代に通っていた先輩たちをはじめ多数参加している。
そんなことがあり、たまたま高校の同期会のフェイスブックを覗いてみた。
そこにはなんと同期同郷の死亡通知があった。これにはビックリした。

昨夏、高校の学年全体の同期会があったとき、彼は参加していた。
幼稚園から大学まで一緒の学校にかよった。5つの学校が一緒だ。
別に付属の一貫校に行ったわけではない。
小学校から高校までは公立だし、同じ中学から同じ高校は5人だけで同じ中学は彼だけだ。
しかも、お互いの実家は同じ町内に今もある。

お互いの父母が死んでしまったので、5,6年前ならだったらすぐ伝わることが伝わらない。
自分も転勤が多かったが、彼の場合は自分よりも転勤が多い。
どこに住んでいるのかわからない。

昨年の同期会の時に、がんの手術をしたと言っていた。
それ自体驚いたが、そんなにダメージを受けているようには見えなかった。
元々その昔高校時代にはインターハイのファイナリストにもなっているし、大学の体育会のHPにも名前と当時の記録が掲載されているくらいの頑強な身体だ。
さすがに会社の配慮で首都圏に戻っているようだった。
自分も気をつけなきゃと思っていた。

今日は外出先から直接家に戻ったので早く家路についていた。
家で何げなくテレビをつけたら、がんの話をしていた。
娘に「幼稚園から大学まで一緒だった奴が、がんで死んだんだ」なんて話をしている。。。
その矢先だった。

何とテレビに彼が映ったのだ。
本当に驚いて大きな叫び声をあげた。まさに本物だ。娘もビックリだ。
余命わずかにもかかわらず、がんにめげず立ちあがろうとしている人たちの特集ということで映っていたのだ。
信じられない出来事だ。彼の声だ。

これって神様があわせてくれたのかもしれない。
彼がいた高校のクラスには珍しく彼以外仲の良いやつがいない。
したがって情報が自分にこなかったのであろう。

妻は葬儀参列者に自分がいなかったので、彼が操作したんだろうと言っていた。
そうかもしれない。母があわせたのかもしれない。

ともかく冥福を祈り次に実家にいくときに寄ってみる。
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