映画とライフデザイン

大好きな映画の感想、おいしい食べ物、本の話、素敵な街で感じたことなどつれづれなるままに歩きます。

映画「黒蜥蜴」 丸山(美輪)明宏&三島由紀夫&深作欣二

2024-10-02 18:52:40 | 映画(日本 昭和35年~49年)
映画「黒蜥蜴」を名画座で観てきました。


映画「黒蜥蜴」江戸川乱歩の原作を三島由紀夫が戯曲化したもの1968年に映画化した。深作欣二監督、丸山(美輪)明宏主演で三島由紀夫も自ら特別出演している豪華な顔ぶれだ。直近の名画座作品ではもっとも見逃せない作品だ。DVDはなく名画座以外では観ることができない。京マチ子版の「黒蜥蜴」もあり、ブログにアップした。京マチ子の妖艶な姿もすばらしい。でも、この戯曲は三島由紀夫が丸山明宏のためにつくった戯曲だ。56年前だけに古さを感じる部分はあってもやはり役者の貫禄が違う。

富豪の宝石商岩瀬の元に高価なダイヤ「エジプトの星」を強奪して娘早苗(松岡きっこ)を誘拐するという脅迫状がくる。岩瀬は名探偵明智小五郎(木村功)に警護を依頼して大阪のホテルに滞在する。その隣には岩瀬の旧知の有閑マダム緑川夫人(丸山明宏)も滞在していた。早苗は緑川夫人から亡くなると見せかけて山川と名乗る雨宮(川津祐介)を紹介される。2人が部屋で歓談しようとする隙に早苗を拉致して雨宮は大阪駅から新幹線で東京へ向かう。緑川夫人が黒蜥蜴だったのだ。明智小五郎が手を回していたおかげで早苗は助かる。黒蜥蜴はその場を得意の変装で逃げ切る。

その後、岩瀬家の自宅に再度脅迫状が来て,用心棒を大勢雇って警察も厳戒体制をとっていた。それなのに黒蜥蜴は手段を選ばず、岩瀬家の家政婦が誘拐に加担して早苗を誘拐するのである。

若き日の丸山(美輪)明宏を観るための映画だ。
ここまで錚々たるメンバーが集まる事は滅多にない丸山明宏演じる黒蜥蜴は妖艶で,変装したときの男装の麗人ぶりは宝塚人気男役のような美的感覚だ。

もともと戦前に江戸川乱歩が書いた小説を昭和30年代に三島由紀夫が戯曲化したわけで、古くさいのは仕方ない。令和の世で考えると、高額のダイヤ泥棒とかもいそうもないし、誘拐の設定もこんな安易にできるわけがない。防犯カメラもあるし、たやすく黒蜥蜴が逃げれるわけがない。そこを突っ込むとキリがない。昭和40年代の子供向けキャラクターモノの実写版TVを見るような感じだ。

現代から見ると稚拙に見える映像も、俳優の貫禄でほぼカバーしてしまう。丸山明宏のナイトクラブのショーを観るような感覚だ。明智小五郎に対して見せる恋心がこの戯曲のポイントなのに明智小五郎役の木村功は適役だったかな?との疑問をもつし、川津祐介も普通。その中で特に良かったのが当時21歳の松岡きっこだ。これがとびきり美しい。大きな眼に眼力を感じる。夜の番組に登場して、その色気に圧倒されて子供心に魅力的な女性だと思っていた。


三島由紀夫自ら生人形役ででてくる。切腹する2年前だ。黒蜥蜴の手によって殺された死体を剥製化した人形となる。特にセリフはないが、肉体美をやたらと誇示したがる三島由紀夫だけに裸を見せつける。黒蜥蜴の棲家には以前写真で見た三島由紀夫の自宅を思わせる美術品や調度品が置いてある。三島自身に黒蜥蜴には思い入れがあるようだ。



音楽は冨田勲だ。後にシンセサイザーで有名になる富田勲がジャズやバロックや様々な音楽を混ぜたバックミュージックでサスペンスを盛り上げる、いきなりゴーゴー喫茶のような謎のクラブが出てくる。サイケデリックが流行の頃だ。緑川夫人がオーナーのクラブで黒蜥蜴こと丸山明宏も妖艶な姿を見せる。店の感じが自分が小学生だったときのサスペンスにつきもののクラブの雰囲気で、自分は小学生時代に戻ったような感覚を持つ。
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映画「男嫌い」越路吹雪&淡路恵子&岸田今日子&横山道代

2024-07-25 08:35:54 | 映画(日本 昭和35年~49年)
映画「男嫌い」を名画座で観てきました。


映画「男嫌い」は1964年(昭和39年)の東宝映画、名画座の越路吹雪特集で観る。この映画の存在自体知らなかった作品だ。具体的年齢は言及されないが、妙齢の独身の4人の女性が主演である。長女が越路吹雪、次女が淡路恵子、三女が岸田今日子、四女が横山道代である。その弟に唯一の男性坂本九がいる。現在、横山道代以外は鬼籍に入った。

父親が亡くなり、親戚の小うるさいオバさんたちにお見合いをさせられる四姉妹の物語だ。一種の集団見合いに近い状況になる。その親戚のおばさんが「肝っ玉母さん」京塚昌子で、お見合い相手が青島幸男と森雅之と神山繁だ。出演者は当時の人気スターばかりで、昭和40年代の日本のお茶の間のTVでよく見る顔ぶれだ。それだけで映画館に引き寄せられるものがある。

正直言って破茶滅茶な映画であった。
セットが中心だ。父親が亡くなって、四姉妹とその弟が住む家が舞台である。笑えるシーンもある。参議院議員になる前の青島幸男がマザコンの独身でおちゃらけていて笑いを呼び、僧侶役で左卜全が出てくると存在だけで場内が笑いの渦になる。それでも現代の映画に比べると、稚拙なところだらけである。後世に残る作品には到底見えない。それなのによくここまでスターを集めたものと感心する。同名で同じキャストのTV番組があったようだ。残念ながら自分は幼少期なので知らない。

東宝映画でもプロデューサーは藤本真澄でなく、渡辺美佐の名前がある。当時36歳だけど、ナベプロ全盛時代に向けて芸能界を牛耳っていたのだろう。人気絶頂だった坂本九マナセプロダクション所属で、渡辺美佐はマナセプロダクション社長の娘だから引っ張るのは容易だ。

ストーリーについて触れても仕方ないので、四姉妹それぞれの俳優にとって1964年(昭和39年 前の東京オリンピックの年)がどういう立ち位置だったのかを見てみる。


⒈越路吹雪
今回は越路吹雪特集でメインの存在だけど、特別でなく4人フラットの立場だ。1924年生まれで当時40歳だ。宝塚の男役出身で夫の内藤法美とはすでに結婚している。越路のマネジャーでもあった作詞家岩谷時子による日本語訳の歌をリサイタルで歌っていて地位をすでに築いていた。有名な日生劇場のロングランコンサートが始まるのは1965年からである。

当時、越路吹雪NHK紅白歌合戦に連続して出演していた。自分は1965年から紅白を見ていたと記憶する。その年に自宅にカラーTVが来た。ただ、越路吹雪の顔が怖くて見れなかった舞台化粧して出演していたのだと思うが、子どもの自分には気味が悪かったのだろう。

(後記 7月27日)
パリオリンピックのルーブル美術館横の劇的な聖火リレーの後で、セリーヌディオンの「愛の讃歌」の絶唱に感動した。日本人の自分は岩谷時子作詞の歌をハミングしてしまう。当然、越路吹雪の声が脳裏で響く。



⒉淡路恵子
次女役で化粧が最も派手だ。1933年生まれで当時31歳だ。晩年の嫌味ぽいオバサンの雰囲気はない。SKD(松竹歌劇団)出身で、若き日の姿が黒澤明監督「野良犬」に映る。まだ清純なイメージだ。その後も「駅前シリーズ」などの当時の東宝喜劇には欠かせない存在だ。成瀬巳喜男監督「女が階段を上がる時」の売れっ子銀座のホステス役が似合う派手さだ。この映画はカラーなのでその妖気が感じられる。中村(萬屋)錦之助と再婚するのは1966年だ。

⒊岸田今日子
三女役で自分で事務所を持っているインテリの役柄だ。1930年生まれで当時34歳だ。淡路恵子より年上だったと気づく。女性に年齢を聞くのはどうかと、周囲も気づいていなかったのか?劇作家岸田國士の娘で文学座を経て、1963年劇団雲を脱退した仲間と結成している。ちょうど女優として脂がのった時期で、名作とされる主演作「砂の女」「卍」も同年に公開している。

この映画から10年後になるが、「傷だらけの天使」の綾部社長役がわれわれにとっては印象深いだろう。平成生まれの人には馴染みは少ないだろうが、昭和から平成初期の時代にはあの独特の声はナレーションも含めて毎日のように聞いていた気がする。

⒋横山道代
四姉妹の1番下で妹キャラだ。1936年生まれで当時28歳だ。この中で唯一健在だ。貫禄あるお姉さんたちとの共演なので、もう少し年下に見えてしまう。黒柳徹子や里美京子と自分が物心ついた頃にNHKで共演していた記憶がある。明るいキャラクターが多く、この映画が公開される頃は喜劇で若手OLのような役が多かった。その後もずいぶんと長い間TV番組で見ていた。

他に印象的なのは、京塚昌子、青島幸男、神山繁、中尾ミエ、賀原夏子などで、俳優を見るだけで当時の雰囲気を楽しめる。
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映画「パンチ野郎」 黒沢年男&星由里子

2024-05-31 06:16:59 | 映画(日本 昭和35年~49年)
映画「パンチ野郎」を名画座で観てきました。

映画「パンチ野郎」1966年(昭和41年)公開の黒沢年男主演の東宝映画。いつも通り藤本真澄がプロデュースで、監督は「エレキの若大将」岩内克己が引き続きメガホンをとる。実はこの映画の存在自体を知らなかった。名画座の特集で気付いた。dvdもない。主役の黒沢年男のWikipediaにもこの映画の記載がない。でも、東宝が黒沢年男を売り出そうとする試みが感じられて、星由里子も出演する。でも、加山雄三の恋人イメージを崩さないように、黒沢年男の先輩キャメラマンに過ぎない。

いかにも昭和の東宝コメディで、ストーリーはどうってことない。
若者の恋愛が二重三重に絡まる。

黒沢年男はキャパのようになりたいカメラマン、そのポン友が名脇役の砂塚秀夫、黒沢年男の妹役が後の加山雄三夫人の松本めぐみ。松本めぐみが好意を寄せる黒沢の友人でカーレースにのめり込む若者が和久田龍。黒沢年男の幼馴染で銀座のメンズショップの店員が沢井桂子で、沢井には和久田が好意を寄せる。

内田裕也が和久田のカーレースのライバルになる金持ちの息子で、内田は沢井桂子にも入れ込んでいる星由里子は雑誌社のカメラマンで、黒沢年男の先輩になる。女性ドライバーで黒沢に入れ上げる高利貸しの娘藤あきみと黒沢年男と砂塚俊夫が通うバーの女性斎藤チヤ子が恋愛相関関係に絡んでいく。

1966年(昭和41年)の東京の熱気が伝わる掘り出し物の映画だ。
見どころが実に多い。ストーリーよりも背景を楽しむ。

映画が始まる前に、日産自動車とVANジャケットが協賛という表示が出る。ファッションはIVYルック全盛時代で、銀座4丁目の三愛にメンズショップがある設定だ。男性陣はアイビールックに身を包む。石津謙介のほくそ笑む顔が目に浮かぶ。車はハコ型フェアレディが全面的に登場する。

主人公黒沢年男が昭和41年の銀座の街を写真を撮りながら歩き回る。勤める雑誌社は平凡パンチの編集部を意識して、たまり場はオレンジ色の銀座線が渋谷で地下から地上に出るあたりの横に位置する。自宅は川のそば、これは隅田川だろうなあ?昭和40年代までは多かった外壁も木の平屋の家だ。エレキブーム到来でゴーゴークラブで若者がモンキーダンスのような踊りをする。音楽は一世を風靡した11PMのテーマ曲を作曲した三保敬太郎だけど、エレクトーン基調で今観るとドン臭い音楽だ。三保はレーサーとしても有名でマカオグランプリにも出場している。


⒈VANジャケット
いきなり砂塚秀夫マドラスチェックのジャケットを着て登場する。これはVANだなと思いながら、その後もファッションはアイビーだ。みゆき族が話題になったのが1964年だけど、アイビールックは学生たちに根づいていたし、VANの全盛期だった。内田裕也「エレキの若大将」に引き続き登場する。彼のアイビールックは後10年したら出演するエロティック路線を知っている我々からすると妙におかしい。自分がアイビーを知るのは中学生になってからでもう6年後だ。


主演格で現役の慶応の学生和久田龍が登場、いかにも慶応ボーイらしい彼もアイビールックだ。残念ながらこの一作で芸能界は退く。雑誌の編集長役が若大将シリーズの常連江原達怡で彼も慶応だ。この映画の音楽担当でレーサー役で登場する三保敬太郎とプロデューサーの藤本真澄含めて慶応出身者が並ぶ。身内びいきだが、直近で早稲田の学生紛争の映画を観ているので映画のレベルはともかく親しみをもって映画に入っていける。

⒉フェアレディ
実は1966年に日産自動車プリンス自動車を合併して、スカイラインやグロリアも売るようになる。若大将シリーズでも新橋演舞場側の旧日産自動車本社が映る。この映画では、ダットサン箱型フェアレディを前面に押し出す。小学生だった自分から見ると,ヨーロッパ車には見劣りするが,フェアレディはかっこよく見えた。この映画のレースでライバル車となるのはポルシェで、乗り回すのは内田裕也だ。さすがに日産自動車協賛なので、フェアレディに軍配があがる。自分が最も好きな車のジャガーEタイプを金持ち娘が乗り回すのはうれしい。


飛ばす高速は第三京浜か?横浜新道か?当時のカーマニアからすると、冨士スピードウェーは羨望の眼差しで見る場所だった。映画ではレース場面のウェイトも高い。箱根の山のドライブの後、芦ノ湖で水上スキーをするのは若大将シリーズの二番煎じの香りがプンプンする。

⒊東宝の若手女優
星由里子以外の出演女優陣は見かけない女優が揃う。星由里子はすでに若大将シリーズでスターになっている。格でクレジットもトップ扱いとするけど、黒沢年男の恋人にはならない。恋人役が定まらないのは中途半端。東宝の看板内藤洋子はデビューしていたけどまだ16歳、酒井和歌子が17歳なのでちょっとこの映画には無理がある。むずかしい局面だ。黒沢年男の妹役は松本めぐみでなかったら、岡田可愛かな。

現在無名でも女優陣はみんな東宝らしい都会派の雰囲気を持っている。特にいいのが沢井桂子東宝女優らしい気品がある。同じように東宝女優らしい美貌を持つ藤山陽子の方が少し年上だ。「お嫁においで」では加山雄三のお相手だったけど、この後内藤洋子と酒井和歌子の人気に押されてしまったのが残念。


現在でも、TOHOシネマに行くと、次回作紹介で福本莉子が出てくる。彼女を見ると伝統的東宝女優らしさってあるのかなと感じる。
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映画「赤頭巾ちゃん気をつけて」 岡田裕介&森和代

2024-05-19 20:21:07 | 映画(日本 昭和35年~49年)
映画「赤頭巾ちゃん気をつけて」を名画座で観てきました。


映画「赤頭巾ちゃん気をつけて」は,1970年の東宝映画。芥川賞受賞作品で庄司薫の160万部を超える大ベストセラーの映画化である。監督は森谷司郎だ。当時、小学生だった自分はまだ学生運動にもベストセラーにもご縁がなかった。この小説を読むのは高校生になってからである。

戦前の東京府立一中時代からの流れで都立日比谷高校は, 1968年に灘高校に1名抜かれるまで戦後東大合格者高校別進学数で常にトップだった。首位奪還を明言こそしないまでも狙っていたであろう。

都立高校に学校群制度が導入され、日比谷高校が11群3校のうち1校にすぎなくなった。日比谷高校は,1969年に学校群前の最後の生徒が卒業する。しかも同じ年の東大紛争の後、東大入試中止が判明する。その直後の日比谷高校の3年生庄司薫の心の動きを示す物語である。作家の庄司薫はペンネーム日比谷高校のOBでずっと前に卒業している。主演は自ら日比谷高校出身者でもある後の東映社長岡田裕介である。

映画は東京タワー近くの上空から俯瞰する映像で始まる。現在の高層ビルが立ち並ぶ港区付近の光景とは全く異なる。唯一高いビルが霞ヶ関ビルであり,ホテルニューオータニである。その一角に日比谷高校は位置する。上空から日比谷高校を映し出す映像からこの映画はスタートする。

1969年2月東京の住宅地に住む日比谷高校3年生である庄司薫(岡田裕介)は、由美(森和代)と幼馴染で意識し合う間柄だったが、最近つれない。安田講堂に立てこもった学生たちが検挙された後で、東大は1969年度の入試を中止する。近所のおばさん(山岡久乃)からは、京都に行くの?一橋を受けるの?としつこく聞かれる。大学進学自体をやめようと考える薫がそういうと、やっぱ東大を目指すのねと言われて当惑する。

まさに昭和テイストの強い青春ものである。
名画座での昔の東京を題材にした特集の一本である。1970年は大阪万博の年であると同時に70年安保の年でもある。街にはゲバ棒を持った学生たちもまだいる。「赤頭巾ちゃん気をつけて」東大入試中止を題材にした当時としてはアップデートな話題を小説にして大ベストセラーになった。映像では手持ちカメラで粗く街行く人を映す場面も多い。今だったら肖像権で大騒ぎしそうだ。どんくさいしラフな印象だが悪くはない。


⒈昭和40年代半ばの光景
大谷石塀で囲まれた主人公薫の家は、閑静な住宅街の一角にある。広い庭があり。貫禄ある母親は着物を着ていて、自宅には若いお手伝いさんがいる。昭和40年代半ばまではこの手の家はよくあった。外にはブルーバードが止まっている。同じ車が自宅にあったので懐かしい。

ピンキーとキラーズの世紀のヒット曲「恋の季節」は1968年の大ヒット曲だ。歌謡映画のように本物の今陽子が出てくる。ゴーゴーガールが後ろで踊っている。男女が上半身裸になって踊りまくるが、こんな店あったのだろうか?

⒉意味不明な学生たちの言葉
日比谷高校の中にはカメラはさすがに入らない。赤坂見附の駅から急な坂を登る通学路の途中で、高校内の急進派と出会う場面がある。小説家志望だった友人が薫の家に遊びにきてだべるが、まったく意味不明なセリフを延々と話す。高校生にしても、大学生にしても学生運動にハマっている連中にろくなやつはいない

それこそ,日比谷高校の大先輩にあたる日本の知性加藤周一がこんなことを言っていた。
「左翼政治理論といったものは,耳慣れぬ抽象的な言葉がたくさん出てきて,どこがどこへ続くのかわからない。」
「そういう論文を書いた筆者である学生の知的能力の限界です。社会科学のもっともらしい言葉が、無数にくり出されてきて,それぞれの言葉の定義が明らかでなく,整理もつかず,辻褄も合わず,何を言っているのか、誰にもわからないと言うのは,筆者の頭の混乱を示していている。」
(加藤周一 読書術 p186)
まったくその通りだ。

⒊森和代のショートカット
この映画を観て儲けものだと思ったのが、幼なじみ由美役森和代の美貌である。早い段階で、芸能界から足を洗っているので,現在全く情報がない。ベリーショートに近いショートカットが似合う。ミニスカートに身を包むそのスタイルは抜群でテニスウェアも素敵だ。調べたら、何と森本レオと結婚しているらしい。ちょっと驚く。もったないないなあ。


⒋色っぽい医師の戯れ
こうやって、1970年のこの映画を見ていると,割とヌードシーンが目立つ。主人公が足の指を怪我して病院に行く。そこには薫の兄貴が昔付き合っていた女医がいる。その女医は白衣の下が裸のままだった。そこで思わず薫は妄想してしまう。その妄想シーンでバッチリ女医の森秋子のヌードが拝める。

ボリューミーではないがそそるヌードだ。最近の映画を見るとバストトップを隠す女優が多い。むかつく。むしろこのくらいの時代の方が気前が良かったのかもしれない。なかなか色っぽくていい女だ。


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映画「濹東綺譚(1960年)」 山本富士子&芥川比呂志

2024-02-19 18:59:49 | 映画(日本 昭和35年~49年)
映画「濹東綺譚」を名画座で観てきました。


映画「濹東綺譚」1960年の東宝映画。永井荷風の原作を大幅に脚色して豊田四郎監督、山本富士子、芥川比呂志主演で描くモノクロ作品だ。永井荷風が亡くなってちょうど一年経った後だ。個人的に永井荷風の生き様に強い関心があるので名画座放映が気になる。

1992年に新藤兼人監督墨田ユキ、津川雅彦主演で映画化したときは、永井荷風の伝記的な要素もあると同時に墨田ユキの美しい肢体をクローズアップした。たぶんそのせいか、以前1960年版もDVDで見た気がしたけど、エロっぽさがないのでさらっとスルーしたかもしれない。ストーリーをたどって行くうちにちゃんと観ていないことに気づく。縦横無尽に振る舞う東宝に出張した山本富士子の魅力に引き寄せられる。

1936年(昭和11年)玉の井遊郭のおでん屋にいた中学の教師の種田(芥川比呂志)が、突然降った雨の中を歩くと、に入れてくれとお雪(山本富士子)が近づいてくる。そのまま、歩いてお雪の店に行き雨宿りをする。話をしていくうちに、お雪に別部屋へ引き寄せられる。


種田は妻(新珠三千代)と息子と一緒に暮らす。息子は妻が奉公先だった素封家の主人との間にできた子だった。妻は給金を相変わらずもらっていた。夫婦仲は良くない上、妻は宗教にハマっていた。
種田はお雪が気に入り、玉の井に日参するようになる。お雪は以前宇都宮の芸者だった。行徳にいる母親の病状が思わしくなく、治療費としてカネを出してくれと言われ遊郭の仕事をせざるをえない状況だった。

種田は家庭内のイザコザに嫌気がさしてきた。なじみになったお雪から好意を受け、勤務先の学校を辞めようかと同僚の教員(東野英次郎)に告白する。


戦前の遊郭のムードが流れる山本富士子を観るための映画だ。
永井荷風の原作では、永井荷風自身の分身のような小説家が玉の井遊郭でお雪と出会う。なじみになって交わす会話が語られる。そして、小説家が現在書いている「失踪」という小説の登場人物として種田が登場する。いわゆる「小説の中の小説」だ。

映画では傘がご縁でお雪と出会ってなじみになるのは芥川比呂志が演じる種田である。妻のプロフィールは概ね一緒であるが、新珠三千代のような美貌を持つ女性でなく太めの女として描かれている。小説では種田は退職金をもって別の女性と失踪しようとしている設定だ。

映画では、永井荷風とそっくりなロイド眼鏡をかけた小説家が登場する。遊郭の中を闊歩するが、ストーリーには大きく絡まない。1992年版では津川雅彦演じる永井荷風を模した小説家がメインだ。麻布にあった偏奇館も登場して、芸者に貢いできた永井荷風の女性遍歴を語っていく。永井荷風の裏伝記のようなものだ。つまり、原作と1960年版、1992年版とは玉の井遊郭が舞台なのは一緒でも基調に流れるいくつかの点を除いては別物である。小説の中にある重要な会話は山本富士子がセリフとして数多く話す。

当時大女優の道を歩んでいた当時28歳の山本富士子と演劇界で地位を築きあげてきた芥川比呂志の共演は見どころが多い。しかも、東宝所属の新珠三千代や娼婦役も淡路恵子、原知佐子などでしっかりと脇を固める。永井荷風は芥川の高等師範付属中(現筑波大付属)の先輩にあたり、2人の美女が共演で映画出演は少ない芥川比呂志もまんざら悪い気はしないだろう。

日経新聞の山崎努「私の履歴書」で、豊田四郎監督演技指導が厳しかったと山崎努が独白する。情感こもった俳優の演技にはそれを感じさせる部分もある。



原作を脚色して、お雪が行徳の母の面倒をみるために遊郭で働いているとしているが、小説にはない。行徳の町の名前すら出てこない。色んな意味で都合よくつくった映画である。改めて観ると、玉の井の遊郭を再現したセットが趣きある。道の中心にドブのような水路も流れていて、旧式の右側から横に文字を書く「すまれらけぬ」の看板もある。(「ぬけられます」となったのは戦後か?)最後の娼婦たちの顔出しの場面は狂気に迫るものを感じる。

向島周辺と思しき隅田川もロケで映す。まだ昭和30年代だし戦前と大差はないのか?行徳を映した映像って浦安の昔と同じように、いかにもひと時代前の漁師町の場面だ。


先日浅草に行った時に、永井荷風がよく行っていた蕎麦の尾張屋で2本の大きなエビの天ぷら蕎麦を食べた。同じく荷風なじみの洋食のヨシカミは行列ができていたけど、急激に値上げして高くなっているね。ストリップのロック座は健在。ともかく、浅草は外人比率が異常に高いエリアに変貌した。晩年市川に住んだ永井荷風がよく食べた大黒屋のカツ丼も、千葉で仕事をしている10年ほど前は何かと食べに行ったものだ。なくなったのは残念だ
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映画「新夫婦善哉」 森繁久彌&淡島千景

2023-06-09 19:13:07 | 映画(日本 昭和35年~49年)
映画「新夫婦善哉」を名画座で観てきました。


映画「新夫婦善哉」は名作と言われる豊田四郎監督「夫婦善哉」の続編である。といっても公開は昭和38年(1963年)で昭和30年の第1作目から8年経っている。続編はなかなか観る機会がなく名画座の森繁久彌特集ではじめて機会ができた。大阪船場のできの悪い問屋の息子が情のある芸者の元に走るという1作目のストーリーの流れはある程度継承されている。この頃の森繁久彌はコメディアンとしてピークであり、情を通じた数人の女の狭間でオタオタするという役柄を演じるとまさに天下一品だ。この映画も実におもしろい

昭和12年(1937年)、大阪法善寺横丁の小料理屋で女将のおきん(浪花千栄子)とともに切り盛りしている蝶子(淡島千景)は、船場の問屋を勘当された元ボンボン柳吉(森繁久彌)と一緒に暮らしている。浮気性が治らない柳吉は船場の実家の妹(八千草薫)にカネの無心をして、仕事を探しに来た房州出身のお文(淡路景子)という女とともに東京へ行ってしまう。そこには兄と称する男(小池朝雄)がいたが、実は情夫だった。柳吉を取り戻そうと蝶子が東京まで乗り込んでいく。船場の実家にいる柳吉の実娘が嫁入りするという話を蝶子から聞き、柳吉は大慌てで大阪に戻っていく

森繁久彌が冴えわたる。実に見事だ。
上方育ちの芸達者が揃うと本当に楽しい。豊田四郎監督の演出の特徴だろうか?カット割りが多いというよりも、長回しが多い。最近の日本映画のように長ったらしく沈黙が続くわけではなく、笑いを呼ぶ会話がポンポン飛ぶテンポの良いショットだ。名門北野中学出身の森繁は当然大阪弁ネイティブだけど、大阪弁と東京弁の使い分けができる。そのすごみもある。

森繁久彌が我々を笑わせるセリフは台本にあるかいな?と思わせる気の利いた言葉を次々と発する。その森繁久彌に淡島千景も、浮気相手の淡路景子掛け合いのテンポを合わせる。実に軽快だ。お見事である。それに加えて、怪優浪花千栄子ツッコミも冴える。思わず吹き出してしまう。


大阪船場の商人は、息子に跡を継がせるというよりも、まじめな使用人に娘を嫁がせ養子にするパターンが多い。大阪時代に仕事上でお世話になった船場の家もそうだった。自宅は箕面にあった。養子に来た夫との間に子どもができないので、お世継ぎの男性の養子をもらっていた。平成の初めは古い船場の風習が残っていた。

ここでの森繁久彌は船場の化粧品問屋の放蕩息子で、父親から勘当されている。縁なしメガネで陰湿な感じの山茶花究演じる妹の旦那からは冷たくされている。これは仕方ないだろう。妹の八千草薫ダメな兄貴をかばう。でもカネの無心に来ても大したことはしてあげられない。ところが、森繁久彌がつくった娘が船場の家にいる。その子が嫁に行くときいて気になって仕方ない。ダメ男もそれだけは心配だ。その嫁入りをストーリーの柱とする。

あとは、森繁久彌ハチ狂いだ。蜂を上手く育てれば大儲けできるという。淡島千景の店の客でローヤルゼリーで一儲けしよう企む客と淡島の掛け合いがおもしろい。森繁久彌は房州すなわち千葉まで行ってしまう。

時代設定が昭和12年ということだが、これが昭和38年としても何の違和感もない。法善寺横丁の水掛不動の周囲は戦災や火事があっても基本は今も昔も同じである。細い路地に面して長屋のような料理屋が連なる風景は自分がいた平成の初めもそんなに変わらなかった。その後大火事が起きたが特別に復興した。

もしかして、この小料理屋のモデルは「正弁丹吾亭」という料理屋かもしれない。当時は安くておいしい料理を出してくれて、社員と大勢でよく行った店だった。浪花千栄子のような気のいいおばちゃんがいた。大衆的な和風のたたずまいが落ち着き、古き大阪の良さを引きずっていた。
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映画「人間蒸発」 今村昌平

2022-11-15 18:41:32 | 映画(日本 昭和35年~49年)
映画「人間蒸発」を名画座で観てきました。


映画「人間蒸発」今村昌平監督の昭和42年の作品である。実際に失踪した男の婚約者とリポーターの露口茂が男性が失踪した手がかりを追うドキュメンタリータッチの作品である。大好きな今村昌平監督の作品なのにこの作品だけポッカリ抜けて縁がなかった。DVDにはなっていても、どうしても映画館で観たかった作品だ。

以前、日本経済新聞今村昌平「私の履歴書」を読んだ時、いくつもアッと言わせる場面があった。印象的だった1つが「人間蒸発」の製作過程だからだ。こうやって観れてうれしい。

プラスチック問屋に勤めるセールスマンの大島という男が福島に出張した後失踪する。婚約者だった早川佳恵(通称ネズミ)はリポーターの露口茂とともに聞き込みを始める。2人と撮影スタッフは勤務先、親類、近所の人、以前付き合っていたらしい女性などにあたってインタビューする。それでも、消息がつかめない。TVの木島則夫ワイドショーの探し人コーナーにも出演する。しかし、探しているうちに大島の予想もしなかった実像が浮かび上がってくる。

スピード感あふれる映画だ。
婚約者とリポーターは次から次へとインタビューをしていく。内容は短い時間で簡潔に編集されている。ひたすらテンポは早い。でも、訳がわからなくなることはない。ジワリと男の実像があぶりでる。勤務先の問屋は、少年の頃からたたき上げで勤めていた会社だ。社長もかわいがっていた。それでも、使い込みをしたことがあるらしい。付き合っていた女もいたようだ。数多くのインタビューを通じてわかってくる。

まずは、現代とは時代背景がちがう。プライバシーが何から何まで暴きだされる。おいおい大丈夫?一部、どうしても顔出しできない人もでてくる。でも稀だ。こんな映像を今出したら、たいへんなことになる。


映し出される60年代後半は、自分も小学生だ。実際に生きていた頃だ。インタビューに訪れる商店の雰囲気が昭和そのものである。福島まで電車で向かった時の町が完全なる田舎の風景だ。たまに親類のいる地方に行くと、ここはどこなのか?と思うくらいロードサイドの店舗に全国統一的な風景を感じる。ここで映し出される顔立ちは誰も彼も鈍臭い

婚約者のネズミ(早川佳恵)は勤め先を退社して、婚約者探しに専念している。
ここで2つの問題が起きる。
リポーターの露口茂と常に一緒にいるネズミが露口にだんだんと惚れ込んでいくのだ。のちに「太陽にほえろ」の渋い中年刑事役だった露口茂もここではまだ若く長身で2枚目だ。婚約者を探そうと必死になっていたネズミが男を忘れてうっとりしてしまう。それに気づいた今村昌平監督はこれを逃してはならないと、隠しカメラとマイクを用意する。見どころの一つだ。


もう一点はネズミの姉と婚約者の2人が一緒に歩いているのを見たという目撃者の証言がでてくる。何か起きたのでは?と妹は姉を追求する。そんなことはないと姉は否定する。姉は若くして芸者の置屋に養女として送られた女だ。もともと姉妹の信頼関係がない。この場面になって急に停滞がはじまる。最初の連続的なインタビュー映像のテンポの良さが急にこわれたレコードの針のように同じようなセリフが続く。

今村昌平監督はじめスタッフも映し出されるが、途中でのネタギレを感じる。しかも、資金不足のようだ。別の進展かあれば、もう少しいい展開で進んだかもしれない。ここで久しぶりに今村昌平「私の履歴書」を読み返してみる。

今村昌平は「もしも大島を探し出せなかった場合にはこの女の内面の探索を中心に映画を作ろうと考え。。」(今村昌平 映画は狂気の旅である2004 p135)としている。そして懸命に追っても足取りがやはりつかめなかった。

「大島捜索を断念した私は,ネズミと言う人間を丸裸にしようと躍起になった。映画をなんとか情念の世界に持ち込みたい。。。撮影のない日も隠しカメラで尾行し,現場から宿まで送り迎えするスタッフの車に隠しマイクを仕込んだ。新宿の喫茶店でネズミが露口と密会し「あなたが好きなの」と泣いて告白するシーンは隠し撮りをしている。」(今村2004 p136)
プライバシーの侵害で問題になったこともあったという。この後も面倒なことはまだ続き、今村昌平監督の苦悩が読みとれる。でも、意外にも婚約者を探していたネズミは久々会うとサバサバしていたという。「人間蒸発」からも今村昌平映画の凄みが感じられる。
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映画「青べか物語」 森繁久彌&川島雄三

2022-11-08 17:33:32 | 映画(日本 昭和35年~49年)
映画「青べか物語」を映画館で観てきました。


映画「青べか物語」は1962年(昭和37年)の森繁久彌主演の東宝映画だ。山本周五郎の原作を脚本新藤兼人で川島雄三監督が演出している。架空の町浦粕が舞台となっているが、山本周五郎が若き日に東京を離れて浦安に住んだ時に見聞きした話が中心である。青べかとは現地の飲んだくれオヤジから無理やり買わされた海苔をとる1人乗りの小舟のことである。

これは観てよかった。
周囲に「先生」と呼ばれている森繁久彌演じるもの書きの主人公が、浦粕の町で下宿して文筆活動に入っている。現地の人情味ある町の人たちとの触れ合いを中心にいくつもの逸話をつづる。

何より、1962年当時浦安上空を江戸川沿いから俯瞰する映像が貴重だ。おそらく、戦前とこの映画が撮られた時と大きく変わっていない。まだまだ、周囲は畑だらけで葦だらけの湿地帯もある。浦安市民には必見の映画だけど、観るチャンスはないだろうなあ。

⒈川島雄三
川島雄三監督作品はかなり観ている方だ。この映画の公開翌年1963年に若くして亡くなっている。本当に残念だ。九段富士見の芸者にスポットを当てた女は二度生まれるなどでもわかるように、現地ロケの配分をわりと混ぜていく。今となっては別世界になった漁師町としての浦安の原風景がよくわかる。

なぜかWikipediaの川島雄三の欄にこの作品の記載だけが空白のように抜けている。よくできた作品だけに不思議だ。前作雁の寺のようなドロドロした人間関係を描いた作品もいいが、コメディの要素が強い作品に本領を発揮する。暖簾で組んだ森繁久彌とのコンビも絶妙だ。水商売女の描写がいつも巧みな川島も、今回は左幸子を場末の小料理屋の女給に起用する。カネを持っていると自慢する関西人の客からぼったくる。この女給役が適役でうまい。

⒉森繁久彌とフランキー堺
社長シリーズや駅前シリーズ全盛時代の森繁久彌やフランキー堺が登場している。この時代の森繁久彌はダメ男の方がうまい。ここでは、少し違う。言いよる女性の誘惑に負けない。社長シリーズでは新珠三千代あたりと浮気しようとしていつも失敗して、久慈あさみの奥さんが登場する。そんなシーンは見られない。喜劇俳優としてはおとなしい。

川島雄三作品では常連のフランキー堺は、地元商店のうだつの上がらないセガレで最初の奥さんの中村メイコには逃げられるし、甲斐性もない役柄だ。名脇役千石規子のお母さんの言いなりだ。でも、次が池内淳子なら役得かも、まあいいか。それぞれにいつものキャラとは違う。

⒊人情味あふれる共演陣
むしろ、地元民を演じる東野英治郎や桂小金治の方が快調だ。その後に水戸黄門で主役を張る東野英治郎は、俳優座に所属しながら映画会社を超えて脇を固める。同じ年の1962年には「キューポラのある町」吉永小百合の飲んだくれオヤジを演じている。大酒飲みということではこの作品も同じだ。「青べか」の舟を売り付けたのは東野英治郎だ。消防署長の加藤武といいコンビだ。


桂小金治は天ぷら屋の亭主だけど、市原悦子の奥さんといつも夫婦ケンカばかりしている。しかも、奥さんの方が背が高い。取っ組み合いしてもやられてしまう。配役もあってか、浦安なのに東京の下町の匂いをぷんぷんさせる。

船長役の左卜全と森繁久彌のかけ合いもいい味だしている。左卜全の初恋の相手役は初代ウルトラマンのフジアキコ隊員桜井浩子だ。自分もTVはリアルで観ていた。東宝映画の青春ものには欠かせない存在だった。あとは、東宝映画だけに山茶花究や脚本の新藤兼人の連れ合い乙羽信子も下宿先の大家だ。


⒊浦安の今と昔
浦安はこの映画ができた後に千葉エリアの東京湾埋立が進み、ディズニーランドや住宅地ができて大きく変わった。この映画に映る浦安の面影はかなり消えたといってもいいくらいだ。川や土手は変わっていないけど、それくらいだ。もともとの浦安原住民は今もそれなりにはいるけど、大規模開発の後にきた人たちがほとんどだ。

漁船というより、小舟がたくさん川に停泊している。それが漁師の手でゆったりと川を下るシーンは趣ある。また、森繁久彌が無理やり買わされた「青べか」に乗って、晴れた日に海に向かい、昼寝したら潮が引いて砂の上に直接舟がのっているシーンも優雅だ。貝を密漁しようとする人を取り締まるシーンもある。


東日本大震災をはさんで5年間千葉で仕事をした。浦安もエリア内でよく行ったものだ。震災後は液状化現象で住んでいる方々はたいへんだった。浦安市民の所得は高く、東京23区を含めてもいつも全国上位10番台だ。神奈川、千葉、埼玉で浦安市より上のところはない。会社役員などが住んでいることもあるのであろう。

映画の最後に、森繁久彌がこれから湾岸の鉄道や道路が開発されていく浦安の将来の話をしている。そのセリフ以上に発展した。そんな浦安市の原風景をこの映画で観るのがうれしい。
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映画「花影」 池内淳子

2022-07-05 18:49:45 | 映画(日本 昭和35年~49年)
映画「花影」を名画座で観てきました。


映画「花影」は1961年(昭和36年)の大岡昇平原作を川島雄三監督がメガホンをとり、池内淳子がヒロインとなった作品だ。名画座の銀座特集の中では、観たことのない作品で思わず足を向ける。自分が子供のころ知っている池内淳子はいかにもTVホームドラマ向きの顔だった。ところが、けものみちという大胆なよろめき系の作品を観て驚いた。イメージが違う。銀座ホステス役の池内淳子主演の作品に同じような匂いを感じとり観に行く。

根強い池内淳子ファンってこんなに多いのかと思うくらい、池内淳子と同世代のおじいさんが多い。確かに、この映画での池内淳子は魅力的だ。子供から思春期の頃にはまったく思わなかった感情だ。

葉子(池内淳子)は長年付き合っていた松崎(池部良)と別れて、銀座のバーのママ潤子(山岡久乃)の元でホステスをやっている。弁護士の畑(有島一郎)に求愛されたり、葉子の古い馴染みの骨董屋高島(佐野周二)のところに出入りするTV局に勤める清水(高島忠夫)と一緒に暮らしたりする。そこにワイン会社の御曹司野方(三橋達也)が久々に銀座の店を訪れ、旧交を暖めて親しくなるのであるが。。。

川島雄三監督は、同じ1961年7月に大映で若尾文子主演女は二度生まれるをつくっている。千代田富士見の芸者が、いろんな男を渡り歩く作品である。大映でつくったから、東宝でもやってよと言われたのかも?自由奔放な玄人の女ということでは若尾文子と池内淳子の役柄に大差ない。それに、2人の主人公の性に対する考え方が今よりもおおらかな感じがする。

成瀬巳喜男監督女が階段を上るときは前年1960年公開だ。高峰秀子が銀座ホステスを演じる。水の都東京の最後の姿が見れる。脚本は菊島隆三で「花影」と一緒だ。あの当時、ものすごい量の映画が作られていたはずなのにもう60年以上経って、他の作品よりも水商売を扱った美人女優の映画の方が後世に残っている気がする。

⒈池内淳子
ここでも、その後年にTVで子どもの自分たちが知っている池内淳子と違うイメージだ。もちろん脱ぐはずはないが、ディープキスのシーンが多い。夜の営みは想像に任せてといったところで次のシーンに移る。こんないい女とキスできるなんて、まあ往年の名男優にとっても役得だったろう。

銀座歴も15年以上だという葉子(池内淳子)のセリフもある。引き立ててくれる大勢の男たちに支えられて生きている、その美貌に言いよる男も多い。しかし、手を握ってもいない骨董商の高島(佐野周二)が常に本線だ。借金のカタに家を処分した噂もあり、葉子に金の無心をすることも多い。それでも、周囲から高島を常にかばう。付き合いをやめろと言われてもやめない。求婚してきた弁護士の畑もカネにだらしない。

ここでの池内淳子はある意味「ダメンズウォーカーの匂い」が強い。川島雄三監督はダメ女を映すのもうまい。どうも、葉子にはモデルだった銀座の女がいるらしい。好きになったと噂される男の名前は錚々たるメンバーだ。さぞかし、池内淳子レベルのいい女だったのであろう。


⒉銀座のバー
長い間閑古鳥だった夜の銀座にも春を過ぎたあとで人が戻っている。高級クラブにも大勢人が来ているし、転職でホステスになる若い子も多いようだ。コロナで客が来ない時期は長かったが、水商売にも融資が出やすくなったとやらで、系列店を出店する豪腕ママもいる。まずは順調と見受けられる。

昭和30年代の夜の銀座のことは想像するしかない。ただ、カード払いが存在しない世界なので、今よりもツケの世界が強かったのかな?自分が入社した時は、あの人はすごいツケがあるという話もあったし、会社の人がよく行く飲み屋のバーテンが会社に回収に来ていたっけ。平成になって大阪に行った時、東京はすでにカード決済が多かったけど、カード決済が嫌だと現金でない時ツケを選ぶバーが目立った。

山岡久乃が経営するバーも女の子がたくさんいるけど、ふところは火の車って感じだ。池内淳子がまたツケを受け入れたと山岡久乃が愚痴を言ったり、バーテンに回収に行ってねと念を押している。それでも、池内淳子が勘定を済ませようとする三橋達也に、「縁がなくなっちゃう」から今日はいいのって言う。三橋達也はまた来るからと懐中時計を渡す。今は、料亭でも芸者衆への花代もあるのでカード不可と言われる場合を除いては請求書扱いにもせずにカードで絶対に精算する。その方が気が楽だと思うんだけどなあ。
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映画「狂熱の季節」川地民夫

2022-04-25 19:52:15 | 映画(日本 昭和35年~49年)
日活映画「狂熱の季節」は昭和35年(1960年)の蔵原監督川地民夫主演作品。何気なくAmazon prime で見てみる。いわゆる60年安保で世はデモで騒乱の世界だったのに反して、自由奔放にその日暮らしをする不良少年を描いている。

見ていてワクワクするのは、昭和35年当時の渋谷が鮮明に映し出されていることで、西銀座付近や江ノ島あたりの映像もでてくる。今の時代から見ると、稚拙に見える映像も川地民夫のパワーで押し切る。本屋で昭和30年代の東京の写真集を見て喜ぶ方には一見の価値はある。


渋谷のジャズ喫茶をたまり場にしている主人公は、店で外人の財布をすろうとして現行犯逮捕され少年鑑別所に留置される。出所後も懲りずに外車を盗んで好き放題に遊び回る。江ノ島をドライブしているときに自分を警察にチクった新聞記者とその恋人を偶然見つける。女を無理やり車で連れ去り砂浜で手籠にする。しばらくして、女が目の前に現れて妊娠を告白して、右往左往するという話だ。

この時代には、ありがちなストーリーだ。いくら与太者を映し出す映画といってもコンプライアンス社会の今では考えられない悪さを繰り返す。音楽は黛敏郎、でもモダンジャズが基調だ。今では不良音楽というよりインテリが聴くものなので、ストーリーにマッチングというように感じない。

⒈川地民夫
まあ、ハチャメチャな役柄だ。ドライバーでドアをこじ開けて外車を盗んだり、女性を強姦したりする。何度刑務所に入ってもおかしくはない奴だ。それでも、若くて血気あふれているという感じがにじみ出ている。この映画を見て、同じ年に公開された大島渚監督川津祐介主演青春残酷物語を連想する。川津祐介は学生役なので、むしろ川地民夫の方がアウトローだ。

日活には石原裕次郎、小林旭というスターがいて、この映画が放映される時は赤木圭一郎も生きていた。ただ、映画量産時代にはまだまだ主役は足りない。大映の川口浩、松竹の川津祐介、日活の川地民夫の3人は各映画会社における立ち位置がほぼ同じで、似たような役柄を演じている。川地民夫強姦した後に、その女から付きまとわれるのは処刑の部屋川口浩が若尾文子に眠り薬入りの酒を飲ませて犯して、直後に私のこと好きなの?と追われるのに似ている。そういうのが多数派なわけではないと思うが?

いかにも、現代に生きる女性陣からすると不愉快きわまりない映画ばかりの昭和30年代である。女性の地位は明らかに低かった。田園調布にある強姦した女性の洋館に行ってアトリエをメチャクチャにする。今は格差社会と左翼人はのたまうが、当時のギャップは比較にならない


⒉昭和35年の渋谷
渋谷駅のハチ公前の雰囲気が少し違う。駐車ができる。今よりも街を走る車の台数がはるかに少ないから、できるのであろう。交差点あたりの映像では西村のフルーツパーラーの看板が見える。高速道路が通っていないので、雰囲気が違うけど、今は歩道橋のある渋谷警察署側の東口から、246あたりも道路に車がスカスカだ。銀座線車庫がマークシティの中になって久しい。ただ、自分が見慣れているのがこの映画のシーンにある急な坂の横にオープンエアで車両がある姿だ。

川地民夫がたむろうのが、渋谷のジャズ喫茶だ。これはどこなんだろう?今の西武百貨店が建つ場所に映画館があったことを知っているのは、自分と同年代が最後だろう。小学校低学年で父に連れて行ってもらって渋谷にいくと、センター街あたりの大衆酒場でシラスを食べたものだ。109ができる前のくじら屋にもよく行った。ロシア料理のサモワールに行くのは小学校高学年以降だ。

昭和40年代前半、渋谷駅の外には傷痍軍人が大勢いたし、夜でもサングラスをしている怖いお兄さんセンター街を歩いていた。昭和35年当時は横井英樹襲撃事件で渋谷を縄張りにした安藤昇が逮捕され、留置されている頃だ。とはいうものの怖い男たちが街に多くいたのは子どもの自分でもわかる。


⒊郷鍈治
郷鍈治演じる川地民夫の連れは、どこかに帰属した方が良いと暴力団の仲間入りしようとしている役。彼女は外人相手の街娼だ。結局、抗争に巻き込まれて半殺しを喰らう。クレジットでは郷鍈治は新人となっている。宍戸錠の弟で、ちあきなおみの夫だ。早死にしてしまい、落胆したちあきなおみは再三の芸能界復帰懇願にも一度も首をふらないのは有名な話だ。
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映画「からみ合い」岸恵子&小林正樹

2021-09-15 19:09:26 | 映画(日本 昭和35年~49年)
映画「からみ合い」を名画座で観てきました。

「からみ合い」は昭和37年(1962年)の作品。名画座の悪女特集でいちばん注目した作品である。岸恵子がこんなエロい表情を見せる写真は珍しい。60年代前半のジャンヌモローを彷彿させる。小林正樹監督岸恵子主演で松竹配給ではあるが、岸恵子が有馬稲子、久我美子とつくったにんじんクラブの制作だ。


南條範夫の原作「からみ合い」を映画化したこの作品は小林正樹、岸恵子のキャリアにとって重要な時期に作られているのに正直存在すら知らなかった。Wikipediaにも何故かこの作品だけ記載がない。現在DVDはあるようだが、少し前までなかったのではないか?これって松竹の映画だよねと再確認するくらい東宝作品で見る顔が多く、仲代達矢、山村聰以下共演の配役は豪華である。若き日の芳村真理の姿が新鮮だ。

ある社長(山村聰)ががんで余命短いとわかり、3億の遺産を妻(渡辺美佐子)に3分の1渡した以外の3分の2を離れ離れになっている3人の子供に分けようと、弁護士(宮口精二)とその部下(仲代達矢)や秘書課長(千秋実)と社長秘書(岸恵子)に探してもらおうとする。その探す過程でさまざまなあくどい利害が絡むという話だ。


謎解きというわけではない。登場人物がほぼ全員が悪というドラマだ。3人の子どものうち、1人が亡くなっている。でも、その子を生きていることにして秘書課長(千秋実)と今の妻(渡辺美佐子)が昔つくった子を社長の子供に仕立てたるなど自分の都合のいいように資産が他に渡らないように手を尽くす。

「人間の条件」で映画界の注目を一気に浴びた小林正樹監督が現代劇のミステリーを次作に選んだ。「からみ合い」はサスペンス小説がベースで登場人物が多いので、観ているこちらには一度だけではわからない場面も多い。割とロケのシーンが多く、昭和37年の街の様子が随所に出てくるので、それを楽しむだけで満足と思うしかない。

⒈岸恵子
いきなりカメラは銀座の街を闊歩する岸恵子にフォーカスを合わせる。撮影当時30才で、フランスに渡ったあと一時帰国してこの作品に取り組んだ。ドレスアップしたその姿はずば抜けて洗練されていて美しい山村聰演じる社長の秘書役で、死期を間近に迎える社長の寵愛を受けると同時に、社長の子供の川津祐介からも求愛される。


世で言う悪女映画はスリラータッチになることが多い。ちょっとした浮気が女性の狂乱をまねく危険な情事クリントイーストウッドの「恐怖のメロディ」カーティスハンソン監督の「ゆりかごを揺らす手なんていうのが代表的な作品だろう。この映画では悪女が引き起こす恐怖に満ちた場面は一切ない。どちらかというと、「ずるい女」というのが適切だろう。

山村聰演じる社長が方々であちらこちらでつくった子供に渡る財産を、自分も社長と交わり子どもをつくり、横どりしようと虎視眈々と狙っていくのだ。彼女自体も悪さを企む。このスチール写真の顔はいつもと少し違う。

⒉芳村真理
温泉場のヌードスタジオなんていうのもコロナ禍でどうなったのであろうか。社長が方々につくった子どもの1人という設定だ。福島の飯坂温泉まで仲代達矢演じる弁護士の使いが向かい、芳村真理演じるヌード嬢に接近する。悪巧みを考えて、用意周到に父である社長の前に現れる。


われわれの世代が若いころは芳村真理をTVで見ない日はなかった。出ずっぱりである。スタートは昭和41年の小川宏ショーで、露木茂と組んでアシスタントを務めたあと、昭和43年から夜のヒットスタジオでの前田武彦との名コンビで完全なメジャーな存在となる。フジテレビが本線だったが、TBSの人気番組「料理天国」は毎週見ていた。

小川宏ショーの前は単なるセクシー俳優の1人だった。東映の「くノ一シリーズ」で見せる姿とこの映画は似たようなもの。その後、TVでいかにも上流のイメージを強く押し出していたキャラクターとこの映画のアバズレキャラはまったく交わらない。でも下層階級上がりで自由奔放な女を演じるこの映像は貴重である。

⒊黒澤組の俳優たちと劇団員
いきなり弁護士役の宮口精二が出てきて、秘書課長役の千秋実、弁護士の補助役の仲代達矢三井弘次も出てきて女性の脇役で菅井きんと千石規子まで出てくれば、これは黒澤組だなと思ってしまう。先日亡くなった田中邦衛川津祐介をはめるチンピラ役で出てくる。黒澤明「悪い奴ほどよく眠る」の殺し屋と同じような使われ方をしている。


映画を観たあと、小林正樹のキャリアを振り返ると、仲代達矢主演の大作「人間の条件」などでこれらの俳優が出演していることに気づく。もっともこの当時は、文学座、民藝、俳優座といった劇団の俳優たちが小遣い稼ぎに映画に出ていた訳だ。逆に劇団の俳優たちが出演しないと映画が成立しなかったともいえる。

岸恵子の日経新聞「私の履歴書」ではこの時期の苦労が書かれている。民藝所属の奈良岡朋子から劇団員にギャラが半分しか支払われていないと岸恵子が問い詰められたようだ。愕然としたという記述がある。もっとも岸恵子もギャラを受け取っていない。にんじんクラブも結局は倒産している。身内の亭主にあたる人に経営を任せていたが、放漫経営がたたって悲劇になる。

⒋武満徹
音楽は武満徹だ。とはいうものの、前半戦から正統派モダンジャズが奏でられている。ジャズミュージシャンのポスターがクローズアップされたり、帝国ホテルのバーなど当時としてはモダンな場所が映されたりする。一瞬最初だけ音楽違うのかな?と思ってしまうが、何度もモダンジャズが鳴り響く。もともと、武満徹がモダンジャズの影響を受けているのを確認して納得する。


途中から、ストーリーの事態が入り組んでくるようになって時折武満徹独特の不安心理を増長させる音楽となる。シリアスな映画では武満徹の音楽が効果的だが、そこまでは流れない。それ自体その程度の緊張感しかない映画ともいえる。
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映画「赤坂の姉妹 夜の肌」新珠三千代&淡島千景&川島雄三

2021-06-23 18:54:31 | 映画(日本 昭和35年~49年)
映画「赤坂の姉妹 夜の肌」を名画座で観てきました。


新珠三千代特集が渋谷の名画座で上映されている。これまで存在すら知らない映画がいくつかある。そのうちの一つ「赤坂の姉妹、夜の肌」は1960年の川島雄三監督作品である。赤坂のバーマダム長女(淡島千景)と店を手伝う次女(新珠三千代)を中心に複雑な男女関係を映し出し、信州から上京まもない三女(川口知子)が左翼運動に色染められる話を絡ませる。

有力政治家(伊藤雄之助)、車ディーラーの副社長阿久井(田崎潤)、ブローカーの田辺(フランキー堺)そして三女の恩師でもある中平(三橋達也)が長女と次女、そして政治家の情婦でもある演劇俳優(久慈あさみ)に複雑に絡む。と言っても訳がわからなくなる訳でもない。いつもはもう少し理性がありそうに見える役を演じている淡島千景の方がいちばん男出入りが激しい役を演じる。


何といっても、1960年(昭和35年)の赤坂を総天然色(カラー)で見れるのがいい感じだ。今のように東京に高い建物はないので、赤坂を映す映像のバックに1958年に完成した東京タワーが見える。高い場所から赤坂の街を俯瞰する映像も多い。しかも、安保の年だけに実際のデモ隊も映し出す。盛り沢山だ。本屋にたくさん積まれている昭和30年代の写真集を見るよりも超リアルである。

ストーリー自体は正直どうってことない。男に頼って這い上がろうとする水商売の女の話はこの時代にはいくつも転がっている。でも、川島雄三作品らしくリズミカルな展開であるのに救われる。Wikipediaで「赤坂の姉妹」は記載がなく省かれていて、DVDにもない。川島雄三監督作品にもかかわらず存在すら知らなかったが、見る価値は十分ある作品だと思う。

⒈昭和35年(1960年)の赤坂
いきなり国会議事堂駅を映し出し、議員が乗るハイヤーが赤坂に向けて坂を下りながら暴走して、それを追う新聞社の車が映し出される。周囲はまだ低層の木造二階も多く今とは見違えるほどだ。赤坂の中心部にある料亭の隣に印刷屋があったりする。それでも、日枝神社の境内の姿は今も昔もたいして変わらない。人気クラブのラテンクォーターのネオンも映し出される。料亭も多かったんだろう。国会から近いから、議員たちのヒソヒソ話で随分と使われたであろう。


大通り沿いにホテルニュージャパンらしき建物が映った。赤坂見附駅あたりからの撮影だ。アレ?もうできていたっけ?と思いながら、調べてみると1960年完成だという。やっぱり間違いない。政界の紳士藤山愛一郎がつくったホテルでまだ横井英樹の持ち物ではない。

何度も映し出されるのが、TBSテレビである。一ツ木から丘を上ったところに建物が完成するテレビ局だということで「テレビ東京」という名前で何度も名前がでてくる。

⒉新珠三千代
宝塚出身の美人女優である。世代によって見方は違うと思うが、我々の世代ではTVドラマ「細うで繁盛記」の加代のイメージが強い。このTVが流行った時期はまだ自分も小学生から中学生にかけてだったので、女性としての魅力は全く感じなかった。自分の父母より少し年上だ。伊豆弁丸出しの冨士真奈美イジメに耐え抜く耐える女に過ぎなかった。


映画を見るようになってからは、森繁久彌社長シリーズでバーのマダムなどの役によくでていた。社長の森繁に一生懸命に口説かれて最後に久慈あさみの奥様が出てきていつも口説き損なうというワンパターンだ。でも、シリアスな役で力量を発揮する。以前感想をアップしたが女の中にいる他人での役柄に凄みを感じた。霧の旗」や「黒い画集 寒流もいい。それなので、今回も特集は楽しみにしていた。今回は和装の淡島千景に対比するように洋装が多い。実に美しい。子どもの頃には彼女の魅力はまったくわからなかった。

⒊川島雄三
昭和30年代前半の川島雄三というと、日活映画というイメージが強い。実は昭和32年に東宝(東京映画)に移っている。大阪船場舞台の暖簾もその一つだ。名作「幕末太陽傳」でコンビを組んだフランキー堺は映画会社を飛び越して今回も出演する。大映映画女は二度生まれるで男を渡り歩く九段富士見の不見転芸者を撮ったのが翌1961年、ストーリーはもちろん違うが、根底に流れるものは一緒である。アレ?所属映画会社どこだっけか?とふと思ってしまう。


「赤坂の姉妹」は川島雄三作品らしくテンポが早い。セリフのリズムもスピーディーである。しかも、新珠三千代と淡島千景の取っ組み合いの姉妹けんかも映す。これ自体も一瞬で終わるのではなく、マジでけんかする。なかなかきびしい演出である。

「洲崎パラダイス」「幕末太陽傳」では遊郭、「赤坂の姉妹」「女は二度生まれる」では芸者のいる花街を舞台にして、男を渡り歩く女を描く。女性総合職がさっそうとオフィスを闊歩する現代とは異なり、男頼りでしぶとく生き延びている色街の女を描く。時代の風潮にリアルタイムで反応する川島雄三の映画が楽しめる。

⒋蜷川幸雄と露口茂
1960年といえば安保の年、町ではデモ隊がウヨウヨいたのであろう。信州から出てきたばかりの田舎娘の三女が左翼活動に毒される。北海道の炭鉱閉鎖に伴うデモに遠征して大けがするというシーンがある。こういうストーリーを加えると、当時の世相に合ったものになる。仲間の左翼学生の中に、若き日の露口茂と蜷川幸雄がいる。

鬼の演出家として知られる当時25才の蜷川の表情もまだ温和である。伊藤雄之助演じる政治家が三女から「資本論」をもらって、おふざけに読むシーンが笑える。
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映画「帰郷(1964年版)」  森雅之&吉永小百合&渡辺美佐子

2021-04-11 20:31:24 | 映画(日本 昭和35年~49年)
映画「帰郷」を名画座で観てきました。

名画座の森雅之特集でどうしても観たいと思っていたのが「帰郷」である。大佛次郎原作を西河克己監督が設定を変えて脚色した1964年版の日活映画である。


横浜港の見える丘公園の横に大佛次郎記念館がある。昭和40年代前半まで当代きっての流行作家であった大佛次郎の名前を見て、ダイブツジロウと思っている人は多い。若い時分からここにデートで行くと、大佛次郎のある小説で、母の先輩で自分が幼少からお世話になった女性がモデルになっている作品があるんだ。なんてウンチクを語っていた。それが「帰郷」である。

この2年前の「キューポラのある街」では中学生役だった吉永小百合も、ここでは雑誌社に勤める若手の編集者役である。大人の世界に一歩踏み入れようとしている。本当の意味での主役は森雅之であり、渡辺美佐子である。森は影のある初老の男性を演じるが、キャラクターの雰囲気がでている。現在の俳優で、この役柄を同じように演じられる俳優がいるかと思うといないかもしれない。その風格に感服する。

都電が走る東京の原風景や出来たての高速道路が通る赤坂見附、いまだ残している田園調布の駅舎、一方で和のテイストを持つ国電奈良駅の駅舎法隆寺の五重塔など視覚的にもオリンピックを迎えようとしている日本の姿が見れるのもいい。


1957年のキューバハバナ、遊び人の男女で賑わう夜のナイトクラブには新聞記者牛木が高野左衛子(渡辺美佐子)を連れ添って入ってきた。そこには外交官の守屋恭吾(森雅之)が来ていた。守屋はキューバ革命軍を資金援助していた。ナイトクラブでも革命軍の絡みのいざこざがあり、左衛子にはクラブで再会した恭吾に連れて行かれた地下室でその晩強烈に結びつく。しかし、革命に協力した恭吾の逃げ場を自分を守るために政府系の秘密警察に密告してしまう。翌日のキューバの新聞では守屋は処刑されたとでていた。

雑誌社で女性週刊誌の編集に携わる守屋伴子(吉永小百合)には外交官の父がいたが、赴任先のキューバで動乱に巻き込まれて死んだと聞いていた。伴子の母・節子(高峰三枝子)は大学教授の隠岐達三(芦田伸介)と、子連れで再婚した。

ある日、伴子は原稿を受け取りに女画商で有名な高野左衛子(渡辺美佐子)の画廊を訪ねた。初対面の左衛子が守屋という伴子の名字を聞いて素性を確認すると恭吾の娘であることがわかった。改めて明日自宅まで原稿を取りに来てほしいという。

その日、父の達三の知り合いの古本屋へ伴子が一緒に行くと、バイトしている岡部雄吉(高橋英樹)という大学院生と知り合った。伴子は好感をもった。達三は自宅に帰宅する時、すれ違うのが、妻節子の知人牛木であるのに気づく。何の用で来たかと問い詰めても節子は言わなかった。しかし、ようやく口を割ってでてきたのは守屋の帰国である。達三は唖然とする。


一方で、伴子は原稿を受け取りに左衛子の豪邸を訪れた。会話が弾んだあとで、左衛子はハバナで伴子の実父・恭吾に会ったことがあると告げるのだった。伴子には実父の記憶はまったくない。しかも、実父は日本に帰国しているということを左衛子から聞く。伴子は家庭内のイザコザが起きることを恐れて、それを黙っていようと決意するのであるが。。。

⒈大佛次郎
大佛次郎といえば鞍馬天狗を連想する人が多いであろう。同時に映画ファンはすぐさま嵐寛寿郎の黒頭巾姿を連想する。初期のNHK大河ドラマで昭和38年の赤穂浪士、昭和42年の三姉妹と2作原作を提供して、昭和39年には文化勲章も受賞している。横浜港の見える丘公園に記念館はあるが、鎌倉文化人として有名である。


⒉高野左衛子と渡辺美佐子と木暮実千代
母がお世話になった先輩がモデルになった大佛次郎原作の映画があると聞いた。木暮実千代が主人公ということで調べてみて、それが「帰郷」でないかと探って原作を読んだら、高野左衛子のキャラクターがまさに母の先輩Tで間違いないとわかった。

元々大佛次郎の原作では、高野左衛子は料亭の女将である。母の先輩Tは元々育ちの良いお嬢様で、家柄のいい家に嫁いだ。しかし、元々の社交的な性格で、夫を差し置いて飛び出して鎌倉居住の大臣にもなった有名法律家の2号になる。T女史は鎌倉でも文化人のサロンに出入りしていたマダム的存在だった。鎌倉文壇の主である大佛次郎はそこでT女史と知り合い、小説の登場人物に仕立て上げたという顛末だ。それを母から聞いていた。

原作のキャラクター設定に近い昭和25年(1950年)の「帰郷」では木暮実千代が高野左衛子を演じている。木暮実千代の方がキャラクターとしても、モデルと言われたT女史にも通じる。でも、渡辺美佐子の高野左衛子も悪くはない。着物姿が似合う。自分が子供の頃は「ただいま11人」に出演していたお姉さんという感じだった。子供にはその良さはわからなかったが、こうしてみると美しい。ここでの高野左衛子は画廊を経営して周囲に「マダム」と呼ばれる。それ自体でT女史を思い出す。

T女史は文京区西片に住み「本郷のおばあちゃん」と自ら呼び、自分が社会人になっても孫のように可愛がってくれた。そんなT女史を思い浮かべる。金曜日の夜自分が本郷の高級肉で接待を受けたのも何かの縁を感じる。


⒊無理のある脚色
ここでは実父をキューバ革命で革命軍側を援助したという設定にした。これにはかなりの無理がある。安易な設定かもしれない。まずは、実父と母親が何で離婚しなければならなかったのか?子供の頃からずっと会っていないようだが、これが不自然でつじつまが合わない。大学教授隠岐達三と結婚した時期がいつなのか?ともかくはちゃめちゃである。

しかも、戦後20年近く経っているこの頃では、吉永小百合演じる娘は、大学教授の娘なら当然大学に進学する時代であろうが、ここではそうはしていない。

映画のセリフで、大学教授隠岐達三が日中の親善協会の座長になるのをメンバーに左翼系の人物が多いといって断るシーンがある。どちらかというと、既存体制に忠実な人間として継父を描きたかったようだ。反体制的人物が脚本を書いたと思しき脚色だが、キューバ革命を絡めたりアカ的な不自然さが原作を打ち壊した印象もある。ただ、それでも森雅之、芦田伸介、高峰三枝子の名優はその弱点もしっかりカバーするだけ凄いと言える。
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映画「女妖」山本富士子&船越英二&三隅研次

2021-03-07 08:31:34 | 映画(日本 昭和35年~49年)
映画「女妖」を名画座で観てきました。


「女妖」は昭和35年(1960年)の大映映画だ。名画座の三隅研次特集で初めて出会う映画である。売れっ子作家をめぐる3つの独立したストーリーが描かれるオムニバス形式である。京マチ子、山本富士子、若尾文子という当時の大映看板女優で制作した女経はブログにもアップしているが、なかなか面白い。似たような題名の「女妖」にも惹かれて映画館に向かう。3人の美人女優ということでは同じだが、男性側は売れっ子作家の船越英二1人である。

浅草六区で雑誌社のカメラマンに写真を撮られた山本富士子が写る記事を売れっ子作家の船越英二が見つける。雑誌社に自ら名乗り出たら3万円あげるという。その彼女を雷門の側で見つけた後に地下鉄の駅で見かける。その後、船越が馴染みの寿司屋にいたら、なんと富士子が入ってきて思わず声をかける。

雑誌で写っていた方ですねというと、自ら名乗り出るつもりはないという。そんな富士子と昼から飲んで意気投合し、深夜まで2人ではしご酒、そのままホテル直行する。しかし、そんな富士子の姿を街のチンピラがずっと追いかけている。やがて、夜半に外で音がすると、ヤクザの組長の高松英郎が撃たれホテルに飛び込んでくるのであるが。。。

箱根のロープウェイで売れっ子作家の船越英二は、鮮やかな黄色のワンピースに身を包んだ野添ひとみに声をかけられる。船越が作家だという身分を知った上で、ちょっかい出してくる。美人なのでついつい気が緩み、熱海に連れて行こうとするが連絡先だけ教えてその場を立ち去る。

その後、ひとみから手紙をもらい高井戸のアパートに行くが、ボロアパートであった。色目を使う野添に船越は抱きつこうとすると、自分は結核だと言って咳き込む。船越はこれで病院に行きなさいと小遣い銭を渡すが、もう先がないと薬を飲んで自殺未遂をする。慌てて救急車を呼ぶのであるが。。。


売れっ子作家の船越英二は、グランドキャバレーに行き、ホステス叶順子を探しに行く。その後、本人が船越の自宅にひょっこり現れる。お父さんでしょと順子が言う。戦前、上海にいたときに船越が付き合った女性がいた。戦中ということもあり別れたが、どうやら彼女との間にできた娘のようだ。母親はすでに亡くなっている。順子が母親の写真を見せると、本人に間違いない。船越は喜び、ご馳走したり一緒に日光に行ったりするのであるが。。。


⒈三隅研次監督
座頭市や眠狂四郎シリーズ、大菩薩峠などの大映時代劇でメガホンをとっている。大映の時代劇は、独特のムーディーな感じの照明効果を持つ夜の描写が自分のお気に入りだ。その中でも三隅は、市川雷蔵の妖気じみた雰囲気を出すのが天下一品である。そんな三隅研次には珍しい現代劇というなら気になって仕方ない。

誰もが、三隅研次の職人的腕前を知っているので、大映倒産後も映画版「子連れ狼」でメガホンをとっていたが、早く亡くなっているのは残念

⒉3人の美人女優
女経でも山本富士子船越英二とコンビを組んでいる。今のご時世、女は魔物なんていうものなら、女性蔑視でとんでもないパッシングを受ける。でも、1960年代に入るくらいは、生きていくのに精一杯の女たちが、男をたぶらかしながら生きていくという構図があるのであろう。

売れっ子作家がたまたま意気投合した美女山本富士子がヤクザの2代目だったという話、いつもながら着物のセンスが抜群に良く美しい。野添ひとみは昭和40年代も美人女優で活躍していたのでなじみがある。川口浩とのおしどり夫婦というのがむしろ売りだったかもしれない。小悪魔的ムードもあり、女詐欺師を演じるのは適役であろう。叶順子は昭和30年代には引退してしまったので、自分には縁が薄いが、いかにも人気女優らしく自由奔放なあっけらかんとした雰囲気がいい。父親が風呂に入っているのに、裸になって洗い場に入ってきて船越英二の父親が戸惑う。

⒊昭和35年の日本
昭和35年の浅草六区エリアが映る。映画館の周りに人が多い。自分が子供の頃昭和40年から50年代にかけてには浅草六区が落ちぶれていた時期がある。寂れた感じがしたものだが、ここでは往年の浅草が残る。東武浅草駅と松屋を映すが、その前の花川戸周辺の道路をトロリーバスが走る。自分が小さいときは地元五反田の近くも走っていた。逆の方向に向かうショットでは神谷バーも出てくる。

スシの折り詰めが400円、金魚すくい1回10円、連れ込みホテル泊まりで800円だ。これってイメージ10倍かな?3万円の賞金というのは今で言えば30万円ということなのか?

野添ひとみが出るシーンでは、箱根と小田原が映る。古い小田原駅が情緒ある。野添の住所が高井戸になっていて、駅が若干周囲の家より高い位置にあることから、おそらくは駅は高井戸駅で走る電車は旧型の井の頭線ではないだろうか?

叶順子と船越英二が親子だとわかって、一緒に日光に向かうシーンがある。華厳の滝と中禅寺湖畔、東照宮を映す。日光の華厳の滝自体は変わりようがない。でも、映画の大画面であの豪快な滝をアップで映すシーンって意外にないんじゃないだろうか?マリリンモンローの「ナイアガラ」もそうだが、大画面で見ると迫力があるもんだ。

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映画「裸体」嵯峨三智子

2021-02-20 18:32:52 | 映画(日本 昭和35年~49年)
映画「裸体」を名画座で観てきました。


裸体は1962年(昭和62年)の松竹映画である。永井荷風の原作を脚本家が本業の成沢昌茂がメガホンを持つ。嵯峨三智子が主演で、男のもとを次から次へと渡り歩く女を演じる。出演者は当時としては豪華で、それぞれ短いショットで映る。

B級映画というよりC級といってもいいような映画である。もともと傑作とか感動するといった映画を見れるとも思っていない。オリンピック前、すでに生まれていた自分の記憶が薄い昭和37年の東京を見てみたいのと、アバズレの印象が強い嵯峨三智子の主演作ということに関心があった。

若尾文子主演で前年昭和36年公開の大映映画女は二度生まれるは次から次へと男を渡り歩く九段の不見転(みずてん)芸者を映し出す。自由奔放に生きていく女を映すということでは、基本的に流れるムードは同じである。勤め先の税理士に手をつけられ囲われることになった若い女が、それをきっかけに秘密クラブのホステスをやって政治家に抱かれたり、好き勝手にやるのだ。

でも、成澤昌茂監督赤線地帯で描いた女のような社会の底辺で生き抜くというような暗さがない。実家で地主さんから賃料を取り立てられるシーンがあるけど、深刻ではない。嵯峨三智子演じる主人公はあっけらかんとしている。

⒈嵯峨三智子と演じる女
当時27才になるところ、なかなかの美形である。自分にはもう少し歳をとってからの妖怪じみた姿と顔つきが頭にこびりつくが、総天然色映画にも耐えうる美貌である。このスチール写真では映っていないが、映画では腋毛が映る。なんとなくエロっぽい。


漁師たちが住む船橋の海辺に近いエリアで銭湯を営む家から東京の税理士事務所に通い事務員として働いている。ひょんな経緯で、税理士の先生に口説かれ、アパートで囲われることになる。1人住まいをした後は、不動産屋の男から紹介され金物屋の二階で下宿する。昔の知り合いから秘密クラブを紹介され政治家と夜を過ごしたりもする。

若尾文子の映画と同様に、売春防止法が施行された後で、こういう感じの裏売春で男を渡り歩く女が街には溢れていたのかもしれない。

⒉豪華な出演者
オープニングの松竹の富士山が映った後に、「にんじんくらぶ」制作とスクリーンに映る。岸恵子、久我美子、有馬稲子の3人でつくった制作会社だ。この3人は出演していない。所属俳優では杉浦直樹とダンサーを演じた宝久子の2人が出演だ。脇役で出てくるのは主演級が多く、出演者はそれなりに豪華だ。アレ?所属映画会社違うのでは?という人もいる。それぞれの出演時間は短い。

昭和40年代前半にかけ、子どもだった我々もてTV番組でよく見かけた顔ばかりだ。地元船橋でサキコに好意を寄せる男に川津祐介、税理士事務所の所長が千秋実、囲われる部屋を斡旋した不動産屋が長門裕之、主人公が間借りする下宿の大家が浪花千栄子、秘密クラブのママが嵯峨三智子の母親である山田五十鈴、夜を共にする政治家が進藤英太郎である。松尾和子がクラブ歌手として色っぽい歌声を聞かせるが、まだ若い。美のピークで美形である。

傑作なのは浪花千栄子だろう。嵯峨三智子と一緒に銭湯の湯に浸かるシーンがある。そこで、ポロっと小さな乳首が見えてしまうのだ。当時55才なんだけど、昔の人は老けているから今でいうと70才に近いくらいに見える。もともと喜劇役者だったわけど、先日同様ファンキーな役柄演じているところが笑える。

今月の日経新聞私の履歴書はホリプロの堀さんだけど、これがなかなか面白い。ロカビリー時代の話で佐々木功を和製プレスリーとして売り出すなんて話が書いてあったな。ここでは主人公に誘惑されるウブな若者を演じている。

⒊永井荷風と成沢監督
永井荷風の原作だけど、当然読んでいない。独身を死ぬまで謳歌した荷風だけに女給カフェかどこかで出会った女をモデルにして書いたのであろう。途中で出てくるストリップ劇場では、全裸を見せないが、ダンサーが色っぽく踊る。戦後は浅草ロック座で、贔屓の女の子たちを可愛がるのが晩年の生きがいだった永井荷風らしい。

千葉の市川に住まいを移した荷風だけに、船橋育ちの女は描きやすかったのかな?主人公の実家付近を映すのが船橋の原風景だったのであろうか。今や埋立が多く、面影がない。

成沢昌茂溝口健二監督作品「赤線地帯」「噂の女といったいった代表作でも脚本を書いている名脚本家だ。監督作品は少ない。長野県の上田出身のようだ。そういえば、成沢という上田高校出身のやつがいたな。大学の時同じクラブの先輩と後輩に割と上田高校出身者がいてみんな真面目だった。会社に入ってお世話になった上司も上田高校出身だけど、質実剛健なイメージが強い。

でも、赤線地帯を書いた成沢昌茂はむしろ軟派なのか歓楽街で働く女性のこともよくわかっている。それだけは今までの上田高校出身者のイメージと違う。
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